奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第十九話【才能の文字を忘れて好きなものを楽しむのは最高】

26/スキルギルドのマッスルども

 

 さて。部屋に入って腰を落ち着けてからは一応の状況報告。

 僕とテッドはモートス森林でサバイバルをして筋肉を鍛えていたことを伝え、シアンとマリアはひたすら適性チェックを受けたあとに伸びがいいスキルを覚えたことを教えてくれた。

 少し熱の入った説明の途中から、シアンの尻尾がぱたぱたと揺れ始めて、どんなスキルをどれだけ覚えたかを報告する頃には、それはもうブンブカ状態。

 ……ちょっと気になって、スッと右手を軽く持ち上げてみると、目をきらきら輝かせて尻尾の勢いが増した。……ああ、撫でられたいのでせうか。褒められたいのでせうか。

 えぇっと、褒めるのってどうするんだっけ。毎度毎度これで迷う。撫でるのが褒めることになったりするのかな。……やばい、まともに褒められたこと、ない。やっぱり毎度、これで悩む。そう、褒め方なんぞ知りませぬ。

 “ウワーウワーよかった!”とでも言えばいいのだろうか。

 

「シアン」

「はいっ《ッピィーーン!!》」

 

 名前を呼んでみれば、ピンと真っ直ぐに尖る尻尾と耳。手は胸の前で組まれていて、次に出てくる言葉を今か今かと待っている。……気がする。

 といっても僕自身、どうすればいいのかもよくわからない。

 漫画やアニメよろしく、よくやったとか言ってみたりすればいいの?

 

 コマンド:どうする!?

 

1:手招きして近寄ってきたら頭を撫でる。ナデナデ、とっても万能。

 

2:褒める。なんかもう褒める。めっちゃ褒める。

 

3:抱き締めて耳にお褒めの言葉を囁く。

 

4:膝に乗せて愛でる。

 

5:よしこーい! と両腕を広げて、飛び込んできたらM11型デンジャラスアーチ

 

 結論:迷った時はフルコース! ただし5は除く。

 

「シアン、おいで」

「!」

 

 ベッドに腰掛け、軽く腕を広げてみると、離れていた期間もあってか素直に飛びついてくるシアン。

 それを逞しくなった胸板と両腕で抱き締めて膝に落ち着かせ、左手で体を抱き、右手で頭を撫でるように絡め抱き、その耳によく出来ました的な言葉を囁く。

 するとシアンさん、真っ赤になりつつ瞳を揺らすと、僕の肩に自分の顎を乗せてすりすりとこすり付け、まるで猫が顎を撫でられた時のような顔になってとろけてゆく。顔、見づらいけどそんな感じ。

 体はふるふると震えて、でも尻尾は未だにゆらゆら揺れて。……あらやだ可愛い。

 そんなことをしばらく続けたのち、尻尾がへなへなしてきたところで背中を撫でると、尻尾がびくーんと跳ねたと思ったらパタンと下に下がった。シアン自身もくたりと脱力してしまい、“あれ?”と顔を覗いてみれば、真っ赤な顔のままに目を閉じて、動かなくなっていた。

 

「……テッド。シアンが動かなくなってしまった───って、きみ、なんで鼻血出してんの」

「ぃゃっ……ぶはっ、おまっ……お前こそなにやって……! やっぱ奴隷っつったらそういう関係なんか!? お、俺のこともまさかそうやってアハーンな道に引きずり込もうと!?」

「……? よくわからないけど、シアンは割りといつもこうだよ? 褒められ慣れてないんだろうなぁ、抱き締めたまま頭を撫でてると、こうやってくたりとしちゃうんだ」

 

 僕も褒め慣れてないから、いっつもいっつも撫でることしかできないんだけどね。

 そう説明すると、「はわわ、こやつ天然やわぁあ……!!」とか言って、軽く開いた右手を開いた口元に持ってゆき、眉間にシワを寄せながら少し引いていた。

 

「そ、そのだな。あーその。つまりだ、あー……ええっと、おー……り、リシュナさんにもこういうことしてたり……?」

「リシュナさん? リシュナさんは前にやりたいことがあるからって別行動始めたから。それにどうして僕が、僕より経験豊富なリシュナさんを褒めるのさ」

「おまっ……わかってないなぁ。経験豊富だから褒められたいって人間、結構多いんだぞ? 慣れてからは出来て当然って思われるよりも、きちんと褒められた方が人間は成長するもんだ。なにせ物事に対するやる気が違ってくる。お偉いさん方はそれをちっともわかってねぇ。ベテランだって褒められたい。だって人間ですもの」

「そういうもん?」

「おう、そんなもんだ」

 

 そうなのかな。言われた通りすぐに受け入れず、きちんと自分で考えてから細かくして飲み込んでゆく。

 うーん、人間って難しい。

 考え事をしている最中に、シアンに倣ってか寄ってきたマリアの頭も撫でて、目を細めるその姿に笑みを浮かべた。

 けれどマリアは頭よりも頬を撫でられるのが好きらしく、僕の手を取ると頬に持ってゆき、にこーと微笑みながらすりすり。そして少ししたら指先をぺろぺろと舐め始めた、と思ったらガブリ。猫である。

 ね、猫ってどうして何回か舐めたあとに噛むんだろうねー。

 硬く閉じられた唇の奥で、人差し指が噛まれている。けれど圧はなく、マリアは首を傾げながら僕の許可を待っていた。

 ……うん、食べたいならまず、口に含む前に許可を貰おうね? テッドが居るからそれを言葉にしないのはいい仕事だとは思うけれど。

 

「テッド。きみはこのギルドにずっと居てくれるかい?」

「おうっ! 男に二言はねぇ! お前が冒険者やめて医者になるって言うなら、俺はその助手にでもなってやらぁ! ───マッチョのな!《どーーーん!》…………やべぇ、マッチョドクターってすごくねぇ?」

「《ごくり……》すげぇ……!」

 

 二人して息を飲んだ。漫画などでも当然居たりはしたけれど、実際にはマッスルドクターなんて見たことがない。

 そんなマッスルに憧れた。オトコノコはもっと筋肉に憧れるべきだと思う。

 

「じゃあいろいろ話すよ。もう別のいろいろは話したけど、今回のはちょっと深い」

「深いのか。重いだけじゃねぇのなぁ、このギルド」

「まあまあ。えっとね、まず、シアンはアイリュコスのハーフ。猫狼だ」

「アイリュコスって……あ~あの」

「で、マリアは黒竜王ミルハザードの娘」

「あっはははははよぅしちょっと待とうかーぁ。いきなり話がぶっとんだぞーぅ?」

「飛んでないって。親の話だし」

「村人の親の話から神の親の話に一気に変わったくらい差があるだろが!! ミルッ……ミルハザード!? まじで!? サインください!」

「ちょっと待って反応それでいいの!?」

「? ん《ビッビッ》」

 

 マリアはサインを送った! サムズアップで首を掻っ切ったあとに、親指が下を向くGOtoHELL的なハンドサインだった!

 

「やばいどうしようヒト! 黒竜王の娘にサインもらっちゃった!」

「きみそれでいいの!? サインだけど! サインだけどさぁ!」

 

 赤らめた頬に手を当て、きゃあきゃあ騒ぐ彼はちょっとカマティック。まあ、フリだということは見ていればわかる。言葉を借りるなら、ほんと、見ての通りだ。状況を楽しんでいる。そして、恐怖してない。

 

「おっしゃ、誰々の娘だとか息子だからって、そいつが怖いと決まったわけじゃあねぇ。俺は経験から物事を拾いたい人間だ。見ての通りな。えーと、経験主義ってやつ? だからべつに黒竜王の娘がお前と一緒に居たって、驚きはするけどそうなのかって感じだな。あ、でもなんで奴隷やってんの? そこだけは教えてほしい」

「短く纏めると、欲求暴走起こしてたマリアを落ち着かせてなんとか鎮めたら仲間になった。強制奴隷化の条件は教えたから知ってるよね?」

「んぁ、なるほど。そういう経緯か。……って、落ち着かせたって、どうやって? ままままさかエロォオロロロロエロティック方面でっ? 確か三大欲求がどうとか」

「きみ、一度死んだ方がいいんじゃないかな」

「ひどいなおい!」

「うーん、なんていうかね。僕、そういった方面の勉強とかしてないんだ。知識として知っているってくらいで、裸なのはいけませんとか、男子が女子の裸を見るのはNGであるとか、そういうところはもちろん知ってる」

 

 むしろ香織にめいっぱい躾けられた。

 女性の体とは、蒼空を羽撃(はばた)く天使の翼のごとく清らかなものであり、見ていいのは女子が心を許した男子だけであるそうで。

 そんなことをじ~~っくりと教え込まれたからか、心を許していない男子に裸を見せる=変態という方程式が確立されておりまして。お陰でマリアが竜化してから人型に戻った時は、盛大に叫んでしまった。あれはいけない。

 

「まあ、僕のことなんていいさ。いろいろあって楽観的に過ごせるようになったのは、ほんとありがとうだ」

 

 まさか自分の命も楽観的に捉えるようになるとは思わなかったけど。と、本音は口にしない。

 けど、こんな世界だ。こんな異常な能力を手に入れた僕には、それほどの異常が無ければ対価として成り立たなかったんだろう。

 ギフトを貰えるとして、どうして対価がないだなんて今まで思ってたんだろうね、僕。楽観的っていうのは、つまりそういうこと。気づこうとしなければきっと一生気づかなかった、人としての欠陥のいち。

 恐怖はあるけど、ある程度それが膨らむと、そんなものもどうでもよくなっていく。何事に対しても軽く捉えてしまう自分が、いつのまにか自分の中に居た。

 三日間の筋肉暴走をしていて気づいたことだ。いつかはしっかりと感じたなにかが、僕の中からごっそりと無くなっていた。

 それに気づいても、それでいいと思えたから笑えてしまう。

 とどのつまり、そこにあって、ごっそりと無くなってしまったものは、僕にとってはもう、どうしようもなくどうでもいいものだった。

 両親への不満も、両親への期待も、両親への憎しみも、どうでもいい。(のこ)してきてしまったものなど無いのだと、与えられた傷と一緒に、いつの間にかごっそりと消えていた。

 なるほど、確かに僕は癒されたのだろう。そこにあった、思い出しても仕方のない“大切”までもを捨てて。

 

(ただ───)

 

 会いたい人は居る。香織と悠彰。傷を消しても消えない感情があった。

 でも、それもきっと、予想通りの未来へ辿り着いたのなら……その時に消えるのだろう。

 リシュナさんは言った。強制でなければいいのだと。その言葉を借りるなら、同意の元でなら何度だって相手を奴隷に出来るし、ステータス移動も出来る。

 強制奴隷化は一度だけ。でも、強制でないのなら何度でも。

 じゃあ、シアンが僕のことを好きになることはない、と書かれていたのを真に受けなければ、それはきっと変えられることで……誰も未来においてまで好きにならないとは言ってないのだと頷ける。

 そして───……そして。

 

(……おかしいなぁ。楽しみなのに、悲しくて仕方ない)

 

 未来において。

 その言葉も借りるのなら、香織が幸せな家庭を築けた理由には、きっと……

 

(頑張って生きよう。生きて、地界に行って…………僕が望んだ通り、僕が嫌った病気なんてものを───)

 

 癒そう。僕の願いのために。

 僕の保険金を使って医者に見せた親の期待なんてブチ壊して、妹だって僕が癒す。

 その先の未来に僕の幸せはなくても……僕はきっと、泣きながらでも、妹におめでとうって言えるから。

 そうだね、天秤さん。僕は幽霊ってことにして、妹を助けることにするよ。だから、あなたの紹介文は間違ってない。さよならは言わず、墓参りだけでもしてくれって言って別れるよ。

 きっと妹は、墓が無いことに驚くんだろうね。そんな受け取り方も、楽しそうだ。……いや、そんな受け取り方のほうが、楽しそうだ。

 香織だって健康になって、いつか悠彰と一緒になる。僕はその先で幸せになれることだけを願って、この世界で朽ちていこう。

 

「楽観的か。まあ、難しく考えるよりかはいいよな。じゃあえっと、あれだ。あるか? 服の材料。早速作らせてもらうわ」

「え? 材料?」

「おう、材料」

「………」

「………ないのか」

「うんない」

「さすがの見ての通りの俺も、材料を作り出すことは出来ねぇなぁ……。魔法って神秘はあるのにそれが出来ないって、世の中どうかしてるよな」

「ああうん、それはわかるかも」

「えへへぇ、だったらヒトはすごい! 千切れたものも生やせる! だからきっと、そうぞうー、とかゆーのの適性もあるだよです!」

「ないな」

「むー! できるもん! ヒト、すごいもん!」

「考えてもみるんだマリア。そんな、急に都合よくそんな力に目覚めるとか、主人公に優しい物語じゃあるまいし、あるわけないじゃないか」

 

 と言いつつ手を掲げ、「創造ぉおお!」と叫んでみた。

 《ヴヴー! ツァガヒトには創造の才能など存在しない! 欠片もだ!》

 

「欠片もとまで言われた!」

 

 このナビシステム、絶対に僕のこと嫌いだろこれ……。

 がくりと項垂れる僕を、マリアが「いいこいいこ~」と撫でてくる。

 いや、いい子だとかそういう慰めが欲しいわけじゃなくてですね? とかもぞもぞやってたら、シアンがようやく再起動。眠っていたわけではないらしく、ぐぅうっと伸びをするように体を震わせながら、僕の頬に頬擦りしてきた。……で、ハッとすると急に離れてペコペコ。

 テッドはそんな僕を見て、「愛されてるってなぁいいことだなぁ」なんて笑ってから、パシンッと手を叩き合わせた。

 

「んじゃっ、これからの行動方針を決めてくか! とりあえず目的として、シアンちゃんたちがスキルギルドに行ってる間のマッスルレボリューションも多少は出来たし」

「そうだね、じゃあこうしよう。明日からはシアンとマリアがサバイバル。僕とテッドがスキルギルド行きで、適性をこれでもかってくらい調べるんだ」

「お、いいねぇ。適性を調べるだけなら安いもんだし、俺ゃ賛成だな」

「え……あの、ご主人様……? スキルレベルを上げたりとかは───」

「それは僕たちが戻ってきてから一緒にやろう。どうせ僕もDEXいじったりとかで一緒に居ることになるから、みんなでやったほうが早い。あ、念のためずっとギルドメッセージモードにして、話は出来るようにしておいて」

「は、はいぃ……」

 

 一応の納得とともに、シアンの尻尾がしおしおと垂れてゆく。

 そしてテッドがそんなシアンを見て、物凄くニンマリ。どしたの、と訊いてみれば、「やっぱ愛されてるねぇ」と笑う。

 

「んやぁ、別に茶化してるとかじゃなくてな。いいなって思ったんだよ。どんな理由があるにせよ、人に好まれるってのは……程度問題もあるだろうが、いいもんだ。俺はお姫様だったから、愛されるってよりはお荷物だったからなぁ」

 

 とほーと溜め息をつくも、すぐにポージングを取って「だが!」と叫ぶ彼。

 

「そんな俺でももはやお姫様じゃないんだ! 見よ! この腹筋! まだまだ発展途上だが、いずれはこの筋肉で掴めるスキル全てを取得してやるぜぇえ!!」

「まあ、そうだね。才能がなくても、ある日開花することもあるそうだし」

「そうそれだ! 俺はその可能性にかける! というわけで、ごめんなシアンちゃん、マリアちゃん。もうしばらくリーダー借りるわ」

「もしご主人様に危害を加えたら、刺し違えてでも始末します」

「そこまで!? 渋々“いいでしょう”くらいで終わると思ってたのに!」

「これいじょーヒトを硬くしたらひどいよ? まりあ、力いっぱい殴るから」

 

 言って、ゴキキモキモキと腕を竜のソレへと変異させるマリアさん。テッドくん、当然の悲鳴。

 

「いやいやいやいやそりゃおかしいだろっ! 本人がそうありたいって筋肉鍛えてんのに、なんで俺が!」

「そうだよ、マリア。僕はむしろ今の自分が大好きさ。筋肉をほどよく鍛えるのは男の浪漫! 実行に移さないだけで、誰もがきっと多少のマッスルを目指している! ……だから、超回復が好きな時に出来る機会をみすみす逃すなんて、出来るわけないじゃないか……!」

 

 そう。自分のステータスを移動出来ないのなら、それ以外で強くなるしかない。

 しかし悲しいかな、この世界だと純粋な筋肉ってあまり戦闘方面では活躍しない。全くそういうものがないってわけじゃないけど、ゴリモリマッチョになるよりもSTRを1上げる方が強くなれたりする。

 そして僕の成長性は全て防御に回っているため、多少筋肉が大きくなったところで攻撃力が変わったり、とかは少々程度でしかなかった。筋肉ではある筈なのに力向きじゃないなんて、どうなってるんだろうね、この世界。

 

「というわけで解散! それぞれ、今日はたっぷり休んで明日に備えよう!」

「おっしゃあ休むぜぇええ!! さすがに眠気がやばいからな!」

「あっははははは僕もだよ! 気分が暴走しっぱなしだ! というわけでシアンにマリア! ……おやすみ《どぎっしゃあ》」

「ご主人様!?」

「ヒト!?」

 

 にこりと笑ってベッドに倒れる。ぎしぃ、どころか結構な音が鳴ったけど、眠気がもうすごい。堪えられない。

 ばつーんと素直に意識を切って、眠りについた。

 

……。

 

 さて翌日。ええ、途中で起きるなんてこともなく、翌日の昼あたりまでぐっすりだった。

 けだるい体を起こしてみれば、広くもないベッドにシアンとマリア。

 シアンは僕の腕に抱きついたまま寝ていて、マリアは僕のフカフカキンタ───ってなにやってんのちょっと!

 慌てて上半身を起こしてマリアの頭をどかそうと手を伸ばす───と、その手がカウンターでがぶりと噛まれた。───起きてた! むしろ起きてたならそんなところ枕にしないで!?

 

「んやぅ……? うぁー……フィフォふぁー……」

 

 ……前言撤回、寝ぼけてたみたい。僕の右手をあむあむしながら、眠たそうな顔で見上げてくる。えっと、なんですか? 何故反射的に噛むので? 僕の、きみの頭をどかそうとした行動に殺気でも感じたんですかあなたは。

 あと僕はヒトであってフィフォじゃあございません。

 

「シアン、ほら起きて」

 

 右腕を抱き締められつつ右手を齧られるという、右手に負担がかかりすぎな昼を迎え、とりあえずは二人を本格的に起こしにかかる。こんな困った状況でも、ステータス移動でSTRを下げればハイ簡単。二人の拘束から逃れつつ、ベッドから降りてぐうっと伸びて、はい覚醒。

 

「はぁあ……あ、そういえば久しぶりに、はたまた寮生活以外じゃ初めてベッドで寝たかも」

 

 地界でも、僕にはベッドなんていう高級なものは与えられなかったからなぁ。毛布一枚で寝ることなんてしばしば、冬なんて寒さと戦いながら寝たもんだ。今はもうどうでもいいけどね。

 

「うっふっふ」

 

 まあそんなことはそれこそどうでもいいとして、いよいよだ。いよいよスキル適性を調べに……! これで、もしかしたら僕にもなにか、途轍もなくステキなスキル適性があることがわかったりするかもしれない……!

 期待に胸が膨らむ……そんな心の温かささえ感じる昼の時、コンコンと聞こえるノック。次いで聞こえてきたのはテッドの声だった。

 

「うぉーいヒトー? 起きてるかー?」

「───合言葉は?」

「未来マッスル」

「おはようブラザー」

「おうともブラザー」

 

 扉越しに、目が覚めて早々になにをやっているのか。

 コチャッと扉を開ければ、防具ではなく赤を主体にした涼しそうな衣服を来たテッドが、よっすと軽く手を上げてにっこり挨拶。僕もそれに倣った挨拶をして、頷き合うと早速行動。

 そう、今日はスキルギルドで己というものをこれでもかっていうほど知る時。生憎とステータス移動が出来ない僕は、自分の中に潜在的に眠るスキル適性なんぞを開花させることには向いていない。

 けどテッドは違う。言ってしまえばシアンやマリアもだ。適性が低くても、DEXMAXでやってみれば、案外潜在能力が解放されてステキスキルとして習得出来るかもしれないのだ。

 そういった意味では……うん。シアンもマリアも連れていったほうがいいのかもしれないけれど、考えてもみよう。シアンは僕が多少の無茶をすることすら非常に嫌がる。そこで僕が適性を無視した無理矢理な習得をしようとしたらどうしますか? きっと止めるでしょう。

 なので行動を分けた。……そう、今日という日に僕は、僕の才というものをこれでもかというほど調べるつもりなのだ───!!

 

……。

 

 で。

 

「ここがスキル適性の髄までを調べられるという希望の家スキルギルドか~~~~~~~~~~~っ!!」

「どおれ今日は己を見極め切ってやるとするか~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 僕とテッドは頷き合って、スキルギルドに赴いて───

 

「んあー……これもだめこれもだめこっちも才能無し……ここまで才能ねぇのも珍しいなぁ」

 

 ───現実を知ったのでした。

 

「ドルモスさんもうちょっとやさしく言って!? つ、次! 次のスキルは!?」

「まあ待て待て。おぅテッド、喜べ。お前さん、調理スキルや掃除スキル、裁縫に刺繍に細工、なんっつーか家庭的なスキル全般にEX補正がついてやがるぜ。だっはっは! い~い嫁さんになるぜぇ!?」

「俺は男だよ! っつぅかドルモスさん! 俺もっと男らしいスキルが欲しいんだよ! なんかあんだろ!?」

「やかまし、順番だ順番。あー……ヒト坊は家事も鍛冶も彫金も細工も、裁縫全般とかなにからなにまでとことん才能0だな。代わりに───」

「か、代わりに!?」

「美容ってスキルになんでかEXがついてやがんな」

「美容!? え……美容ってあの美容!?」

「しかもあんまりにもヘンテコな方向へのEXだ。なになに……? 肌に荒塩を擦り込みメイクをすることで、皮膚が厚くなって、防御力が増す……」

「それってもう美容関係ないんじゃないかなぁ!!」

「ドドドドルモスさん俺は!? 俺にもなにか力強いスキルは!?」

「塩の振り方の加減で味が大きく変わるらしいぜ?」

「塩の強弱の話をしてるんじゃなくて!! こう、魔法が強くなるーとか、この少し成長したマッスルを活かせる~とか!」

「おう、モンスターを容易くバラバラに出来るっつぅスキルが発現可能だな」

「え!? ほんとっすか!? なんだそれすげぇ!」

「食材になるモンスターを、調理のためにバラせるらしい。……死んだモンスター限定で」

「意味ねぇよ!! 相手が死んでんなら強さとか関係ねぇじゃねぇかもう!」

「大体、モンスターって倒したら塵になるじゃないですか……」

「おう! つまり肉とかがドロップした時の行動スキルだな! 今度美味いもんでもごっつぉしてくれや!」

「……それ言うならご馳走っす」

 

 ……僕らはなんともまあ悲しい現実を突きつけられ、それでも覚えられるものはとことんまでに覚えていった。

 シアンたちはといえば、近場で狩りでもしていてくれと頼んでおいたから、今もきっと戦いながら軽い依頼をこなしていることだろう。

 

「ああもうそれしか成長しないっていうなら成長させまくってやらぁあああっ!! 荒塩をッッ! 擦り込むッッ!《ジョリジョリジョリ》痛やぁああーーーっ!!」

「もういいこうなったらバトって作れる戦闘お姫様にでもなってやらぁ! 調理に裁縫掃除にマッスル! なんでも来やがれぇええええっ!!」

 

 そうして、スキルギルドでの日々は流れる。

 僕は希望を裏切られて防御系スキル全般。テッドも期待を裏切られ、女子力が高まりそうなスキルばかりを鍛える日々。

 

「よぅしスキル“鉄の肌”がぐんぐん上がる! アハハハハは! 防御側の成長率が怖いよぅ!」

「ウハハハハハ俺は調理がぐんぐん上がるぜアハハハハハ! どうしてこうなった! こんな筈じゃなかったのに!」

「見てくれテッド! 鉄の肌と一緒に“守りの技法”まで上がっていくよ! 敵の攻撃に合わせた防御の仕方を閃きやすくなるらしい! あっはははははは!!」

「こっちなんて作りたい料理の完成図を思い浮かべると、材料が頭に浮かんでくる始末だよ! 聞いたこともないものまでなんでもござれだ!」

「味噌ラーメン食べたい!」

「味噌ラーメン《ピコーン》よっしゃあ材料も作り方もわかった! だが準備がねぇ!」

「そりゃそうだよね! ていうかあるんだ!?」

「知らん! 作り方がわかっただけだ!」

 

 順調に、といっていいのか。ともかく僕らはスキルを覚えては、そのスキルのレベル上げを目指した。

 ドルモスさんによれば、覚えたばかりのスキルレベルを一日でそこまで上げるなんて、普通は出来やしないそうなんだけど……まあ、DEXにステータスを振っている冒険者なんて居ないそうだし、それも仕方が無い。

 スキルばかりを強化しようと考える生産系職人も当然居るだろうけど、悲しいかな、そういう人ほど“材木の持ち運びのためにSTR”とか“素早い行動のためにAGI”とか、“計算や状況把握のためにINT”と、そちらにばかり振るためか、DEXはとことん人気が無いらしい。

 むしろDEXに振るなんて馬鹿だぜといった奇妙な常識さえあるそうだ。

 それにしたって低レベルのステータス移動程度でDEXMAXにしたところで、そんな伸びるわけねーだろって話なんだが……そこは適性値。本当に潜在的才能があるスキルなら、それを極限まで伸ばせるのだ。補助として、脳の回転速度を癒してあげればブーストも可能。なのでこの伸び様。

 え? 僕自身の防御の才能? 精霊王様に動かされて以降、動かせるはずもございませんが?

 で、言うまでもなくテッドの才能は家事スキル。鍛冶ではない。タレント───才能の一覧に“お母さん”という文字が存在していることは、彼には伝えないでおこうと思った。え? うん、この項目、奴隷の主じゃないと見れないみたいだから。

 

……。

 

 そんなこんなでドタバタのスキルギルド生活も終わって……現在。

 

「……なんだろうな、この……お勤め果たして牢獄から出た、みたいな虚しい気持ち……」

「……きっと……望んでいたものとは180℃違った結果だったからじゃないかな……」

 

 覚えられるスキルは案外多かった。それはいい。

 コンプリートは無理だったけれど、大分上げられたスキルもまあまああった。それはいい。

 でもどうしてそれが、攻撃にはとことん縁のないものだったのか。それが悲しい。

 

 ◆ツァガ・ヒト/JOB:癒し人【称号:強制奴隷野郎】

 Lv 17

 

 HP 9011/9011

 SP 0/0

 

 EXP 50702

 NEXT 8298

 

 VIT 111

 

 ◆SKILL:ヒール、オートヒール、ソウルヒール、オートソウルヒール

 

 ◆LIFE・SKILL

 鉄の肌   :10(5レベルにつき防御力が1%上がる/現在2%)

 守りの技法 :7(防御を意識すると、初めて見る攻撃であろうとどうすれば対処出来るのかがわかる。が、レベルが低ければ意味が無い)

 美容(荒塩):8(荒塩メイクのみ。他はむしろ0)

 G・S   :5(ガードスキップ。防御が成功した場合、その動作や反動を無視して即座に行動できる。レベルにより、受け止められる衝撃が変わる)

 

 ◆PET・SKILL

 魂結糸   :?(魂を結ぶ糸。離れていても、繋がっている)

 竜属性   :?(行動において、クリティカルが出やすくなる)

 

 £:24562

 

 ◆EQUIP

 *鬼憧重鋼装

  頭:青いバンダナ

  首:青いスカーフ

  胴:青い布の服

  手:青い手袋

  腰:青いズボン

  足:青い運動靴

 

 ◆人物説明:いい加減武器を装備しろこのHIMO野郎

 

「今までで一番キッツイ一言来た!!」

 

 もうこれ人物説明じゃないでしょ! そりゃあ17レベルにもなって、手に持つ武器なんてろくにない僕だけど!

 ……あれ? そういえば僕、武器なんてナイフの欠片くらいしかろくに持ってない。たまに持つものも、STRが無い所為で重くて装備出来ない堅晶硬拳だけだし。持てないわけじゃないから筋トレに使うけど、装備と言うには頼りない。僕の筋肉が。

 

「テッド。なにか武器でも探しにいかない……?」

「武器か。じゃあ俺、大剣がいいな。マッスルっぽくて実にいいっ」

「マッスルなら斧でもハンマーでもいけるね」

「そしてもちろん拳もオッケェ! 万能だな! マッスル!」

「でもきみ、マッスルウィザードじゃないか」

「斬新だよなっ! フンッ!《ムキーン!》」

 

 鼻を鳴らしてサイドチェスト。同じくムキリと筋肉を隆起させる僕は、なんというか“楽しい”の只中に居た。

 

「よしっと、じゃあシアンたちを呼び戻して、部屋でスキルのレベルアップに励もうか」

「俺達ゃいいけどよ、お前は困るんじゃないか? だってお前のスキル、全部戦闘向けだろ」

「……いいよ。部屋の隅っこで肌に荒塩スリ込んでるから……」

「それはそれで怖ぇえよ!」

 

 それでも美容スキル(荒塩)が上がるのだ、不思議。

 さてさて、ともかくシアンとマリアにメッセージを飛ばして───と。

 

「あ、そういやさぁヒト? お前って……まあ俺も含めて三人も奴隷が居るわけだろ? 奴隷の先輩であるシアンちゃんにゃあそのー……なにかその証~みたいなのって渡したりしたのか?」

「証? ……奴隷紋じゃなくて?」

「ああやっぱりか。シアンちゃんってあれだろ? ああ見えて実際に奴隷状態なのをお前が買ったんだろ? 奴隷を買うやつってなぁほれ、奴隷紋よりもわかりやすい、自分のシンボルみてぇなものや、ギルドのエムブレムみてぇなのをアクセサリにして渡したりするんだよ」

「へぇえ……あ、確かにそれだとわかりやすいかも」

「地界じゃほれ、ペットにゃ首輪つけるっていうじゃないか。空界じゃ首輪はフツーにアクセサリだったりするんだけど、面白いよなぁ」

「面白いって、なにが?」

「や、だってよ。地界じゃペットにつけるものが、こっちじゃ結構すげぇ装備だったりするんだぜ? この世界のアーティファクトの中にゃあ“タマの鈴”ってのがあるんだが、なんでもそれを慣らすとそれが聞こえる一番近い商人がそこに馳せ参じるとかなんとか!」

「商人が疲労で死にそうなんだけど!? え!? じゃあたとえば空中庭園があったとして、そこで鳴らしたら!?」

「なんかゲーム補正とかいうのが働いて、ゴシャーと空飛んでくるらしい」

「なにそれすごい!! で、帰る時は!? まさか庭園に取り残されたりとかは……!」

「メテオの如く落下していって、無事に着地するそうだ。ちなみに謎の力が働いているだけだから、商人にしてみればいきなり体が勝手に動いて、高い所から飛び降りるって状況でしかないらしい」

「うーーーっひゃーーーっ! ハッタ迷惑ぅううーーーーっ!!」

 

 商人にだけは絶対になるまい。

 そう思った、とある日の出来事でした。

 

 




ネタ曝しです。

*ウワーウワー良かった!
 漂流教室より。
 やっぱり思い出の作品ですよこれ。ところどころトンデモないところとか、特に。
 ちなみにウワーウワー良かったは、高松くんと大友くんが仲直りしている場面……でよかった筈。

*M11型デンジャラスアーチ
 サバオリとスープレックスのコラボレーション。
 KOFより、マキシマの投げ技。

*きみ、一度死んだほうがいいんじゃないかな
 ゼロの使い魔風の姫騎士より、ナルシスの言葉。
 バッカスとナルシスのコンビは結構好きです。

*見よ! この腹筋!
 餓狼MOWより、グリフォンマスクの挑発のいち。

*フカフカキン───
 ドラゴンボール内に存在する伝説の睡眠法。
 その名もフカフカキンタマクラ。
 男子の股間を枕にするという、通常では考えられない睡眠方法。
 老・孫悟飯は悟空へどんな教育をしたかったんだろうか……。

*痛やあぁーーーっ!
 うしおととらより、絵に住む鬼。
 ぐええ痛やあ!

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