奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第十七話【筋トレを三日でやめた? 三日からが本番さ!】

24/ユナイテッド・テッド

 

 いきなり加入はみんなも驚くだろうってことで、テッドくんは仮入隊扱いになった。

 シアンをスキルギルドに置いて行く代わりに、といった感じの一日体験。

 マリアは指圧が気になっているようで、ダメもとで訊いてみれば指圧スキルはあるとのこと。是非ともやってみたいというマリアも残し、こうして僕らのPTは僕とテッドくんとイグナショフで構成された。

 そんな僕らは現在、モートス平原の空の下、軽く伸びをしてから挨拶を交わしているところ。

 

「よっしゃ改めて、テッド・ボリバスだ! よろしくな、ギルドリーダー!」

「よろしく。僕のことはヒトでいいよ」

「お、そか? じゃあヒト! あ、早速ギルドメンバー見ていいか? どんな人が居るか気になるし、名前も発音だけで覚えてても間違えると失礼だからな。いやぁ俺こう見えて物覚えはいいほうなんだけど、ハァーンさんの名前は声聞いただけじゃ覚えられなくってさぁ!」

「ああ、それはわかるかも」

 

 そういう理由ならとギルドメンバーの確認をさせると、彼は「ホゲェエアア!? リシュナさん!?」と叫んだ。

 

「あれ? お知り合い?」

「知り合いもなにも! 俺、見ての通りこの人の魔法双剣に憧れて冒険者になったんだよ! ああもちろん双剣の適性値0だったから双剣はムリだったけど! 親の言いつけ破って町の外に出ちまったことがあってさ。その時にオークに捕まってな? 人質になるくらいならって、“くっ、殺せ”とか言ってたら助けてくれる人が居て。いやー、あの時のリシュナさん、格好よかったなぁ」

「……きみって喋り出すと長いね」

「あ、よく言われる。あぁほら俺って見ての通り弱いだろ? 弱いんだよ。だからいろいろな面で役に立てるようにっていろいろ頑張ったんだよ。適性のほとんどが0だったんだけど、交渉とか早口とかの適性は結構あってな? だからそっち側の訓練をしてたら結構上がってくれて、見ての通りの状態になったってわけだ!《どーーーん!》」

 

 わかるなぁ……わかりすぎて辛い。適性がないものばっかりだと、少しでも適性があるものを発見すると、ひどく安心するんだ。

 だって僕、体術が5程度あっても、他は0だったし。

 なので彼にソッととある書物を見せた。

 

「……! これ……!」

「僕もね、戦いに使うための適性値のほぼが0なんだ。だからシアンたちとギルドをやってる。あ、攻撃方面は本当にからっきしだから、戦うとなるとイグに頼りきりになると思う」

「イグ? あ、そういやイグナショフってやつが居たな。どんなやつ?」

 

 きょとんとするボリバス……うん、テッドくんよりもボリバスのほうが呼びやすい気がするのはどうしてだろう。まあいいや。そんな彼に、右腕にくっついて硬質化してるイグナショフを見せる。

 ……うん、なんかもうイグが普通にギルドメンバーに組み込まれていることにはツッコんじゃいけない。楽観的にいこう。

 

「? 盾がどうした? てゆゥかすげぇなその盾。模様がない代わりにめっちゃくちゃ硬そうじゃんか」

「これがイグナショフ。ヘビィビーで、僕の友人……友虫だ」

『《もぞり》ギー』

「!? モンスター!? え、あ、へぇえっ!? モンスターが仲間に!? あっ、ひょっとしてお前、森で幼子の頃から一緒に育ったとかそんなオチ!?」

「いや、最近仲間になった」

「すげぇなおい……ああでもモンスターを仲間に、なんてことは確かに歴史書にも載ってたけど……へぇえ、実際に仲間にしてるやつ、初めて見た。見ての通り重そうだなぁ」

 

 そう。イグは重い。ステータスからVIT以外が撤去されてからは余計に重い。

 筋肉疲労を定期的に癒していかないと、持っていられないのだ。

 しかし安心めされ、地味に筋肉が作られていっているのか、ほんの少しずつ癒しをかける間隔が広くなっていっている。

 これは、実際ヒョロボーヤな僕には嬉しい事実だ。

 ……ちなみにボリバスに見せた本は、ハァーンさんからもらったマッスルブックだ。彼も筋肉には興味があるらしく、目を輝かせていた。

 

「よっしゃ! じゃあ早速互いの長所でバトルを補おうぜ! ちなみに俺は風魔法の適性だけは高い! でも変則型で、ウィンドカッターとかそういうのがてんで出来ねぇ!」

「魔法のことはよく知らないけど……どんな魔法なら出来るんだ?」

「おうっ、チャージブラストってのがあるんだけどさ。こう、自分の前方に風を集めて、空気砲を放つってやつ。上手く出来るのがそれしかねぇ。魔法適性値も少ないから射程も短ぇし」

 

 いやーまいったまいった、と笑う彼は……何故魔法使いなんぞをやっているんだろうか。訊いてみれば、スキルギルドで言った通り、魔法使いが唯一多少はまともだったからだそうだ。

 僕みたいに体術以外がオール0とか惨たらしいレベル。彼の場合は魔法使いがギリギリ20はあったそうだから、仕方もなしに魔法使い。そういった世界を僕らは歩いているわけだ。

 

「才能に自分の人生を委ねてぇってわけじゃないさ。20は20でも、やってやれねぇことはねぇと思うし。だからとりあえず、俺は俺のやり方で強くなりてぇって思ったわけ。冒険自体が嫌いなわけじゃないんだし。だからまずは体を鍛えないとだろ」

「うん、マッスル最高」

「よろしく未来マッスル!」

「こちらこそ未来マッスル!」

 

 いつか必ずマッチョに。そんな願いを込めて、互いを未来マッスルと呼んでの握手。

 通り過ぎた別ギルドのパーティにクスクス笑われたけど、僕らはそんなのがお似合いだ。笑われているうちに、どんどんと強くなろう。

 

「お前案外ノリがいいなぁ。あ、俺のことはテッドって呼んでくれ」

「よろしくボリバス」

「お前そりゃないだろぉ! あんまボリバスって好きじゃねぇんだよぅ! だから! ほら! なぁ!? お前だってツァガツァガ呼ばわれて嬉しいか!?」

「───」

 

 ツァガ───多賀。忌まわしき、あの家族であることを証明する苗字。

 妹には悪いが、正直大嫌いだ。

 

「リネームとか、出来ればいいのに」

「あーそれ賛成。どっかにゃ名前を変えられる場所があるらしいけど、それって結構知り合いに迷惑だよな」

「だねー」

 

 言いつつもとことこと歩いて、モンスターを探す───までもなく、現れた。

 

「おっ、マリーモス」

「わー、毬藻みたーい」

 

 マリーモス。毬藻のような苔だらけの大きな蛾だ。

 その強さはコボルトベビーより弱く、しかし鱗粉には多少のシビレ効果があったりする。

 

「よっしゃあ実力見せるぜ! はぁあああ……!《ゴォオオオ……!》バァアーーーッ!!」

 

 ted は チャージブラスト の 構え!

 チャージブラストが発動! ted の前方の空気が前方に勢い良く押し出された!

 

「………」

「………」

 

 マリーモスが突然の強風に驚き、こちらに気づいて襲い掛かってきた。

 僕ら、一目散に逃走。けれど鬼憧装備の所為で足が遅い僕と、まだまだ駆け出しのテッドは足が遅かった。

 

「すげぇだろ?《ニカーーーン!!》」

「歯ァ輝かせてサムズアップするほどのこと!? ただ気づかれただけじゃないか!」

「仕方ないだろこれしか出来ないんだから! ものを吹き飛ばすくらいしか出来ないんだよ!」

「だったらそこらへんの石でも飛ばせばいいじゃないか!」

「《ハッ……!》お前頭いいな!」

「まさかそれすら考え付かなかったの!?」

 

 僕の言葉に、マリーモスに振り向きながらズシャーーーアアアと滑るように屈んで、そのままの動作で石を手に───

 

「あれっ!? おいヒト石がねぇぞ!」

 

 ───小説とかのように上手くいかない現実がそこにあった。

 立ち止まるなら石を見つけてからにしよう!? なんでそんな急に止まったの!?

 

「ああもうテッド! 投げるならこれ!」

 

 なので、僕のインベントリにたっぷりと存在するナイフの欠片をプレゼント。

 ボリバス呼びしなかったからか、テッドは笑みを返しながらそれを受け取って、早速───何故か指の間に一枚ずつを挟んで、その上で拳を作ってマリーモスへ攻撃!

 

  MarieMoth は ガードの構え!

 

「《ガゾブシャア!》ギャアーーーッ!!」

 

  MarieMoth の ガードが成功!

  Ted の 掌にナイフの欠片の歪んだ底が刺さった!

 

「きみ馬鹿なのか!? 馬鹿なんだろ! 投げるならこれ、って渡したのになんでナックル!?」

「男なら肉弾戦したいじゃないか! 適性値0でも夢見て何が悪いんだコノヤロー!!」

「気持ちわかるけど! 今は逆ギレしてる状況じゃないからね!?」

 

 普通なら雑魚相手との命懸けの漫才も終わり、テッドはナイフをきちんと持つと、その状態でチャージブラストを発動。彼の前方に圧縮されてゆく空気の塊にナイフを載せると、「チャージブラストぉっ!」の声とともにナイフが弾かれるように発射された。

 ……されて………………なんか飛んでいった。

 

「………」

「……《ぽすぽす》」

 

 それを見送った僕らは、ただただ呆然としていた。テッドはマリーモスにモサモサな体でぽすぽすと体当たりされてたけど。

 

「テッド。きみ、命中とかの適性は……」

「投擲はこれでも高い! 大丈夫! ただ風に乗せてものを飛ばすことが初めてだっただけだ!」

「きみ絶対応用力とかの適性0だろ!」

「失礼だなおい! 4はあらぁ!!」

「4はむしろ“だけ”だろ! さ、ササさ最低でも5はないと……ネ?」

「それ絶対お前の最低値が5だから言ってるだけだろ!」

「……最低値は0だよ」

「……俺もだよ」

 

 むしろ僕の場合、IYASHIと防御を抜かせば“最高値が”5だ。むしろその適性値までもが防御に回された可能性だってある。……そりゃHIMOにもなるよ。どうやって冒険しろっていうんだ。

 だから筋肉大事。しっかり育てよう。

 ともあれマリーモス。攻撃自体はてんで軽いこのモンスターだけど、実はぽすぽすと体当たりするのは毬藻部分に存在する鱗粉を風に乗せるためだったりして───

 

「ギャアーーーーーーッ!!《がくがくがく》」

 

 どうやらとうとう、彼の足が痺れたらしかった。

 そう。マリーモスの痺れ鱗粉は、吸収すると何故か足から痺れる。正座を長時間やったあとの、あのなんとも言えない痺れだ。

 そしてそれは、正座をしたことがない人にとっては軽い拷問レベル。……空界に正座なんてものがあるとは思えないので、多分彼にとっては初めてのもの。ほら、足がめちゃくちゃ震えてるし。

 そのことをテッドに伝えると、彼は「いやハハハなに言ってんのこれ生まれたばかりのトムソンガゼルの真似だからね?」とイイ顔でサムズアップしていた。

 ………………え? 居るの? トムソンガゼル。

 気になって調べてみたら、居た。戦闘中なのに調べてみたら、居たのだ。なんか余計に鱗粉くらってギャアーって叫んでる横で調べてみたら、居たのです。

 

 ◆トムソンガゼル

 地界でいう鹿に近い生き物で、個体からとれる生肉は様々な存在に愛されている。特に獣人に。

 足が速く、脚力も当然強く、蹴り攻撃のクリティカルは、空腹を満たそうと迫る猛獣を一撃で屠ることもあるレベル。

 美食を求める冒険者に愛されている牙獣種だが、基本的に強いので注意。

 

 まあ……うん。名前はちょっと違うけど、スベスベマンジュウガニまで居るんだし……ねぇ。

 

「ギルドリーダーーーァァァア!! ナビネックレス見てないで助けてくれってぇええっ!!」

「?」

「いやギルドリーダーあんた! あんただからきょろきょろしない!」

「え? あ、そうだった」

 

 本気で見えないギルドリーダーを探してしまった。

 ……あ、でもどうしよう。助けるってことは、IYASHIを使うってことで……今日知り合ったばかりの人にIYASHIが使えることがバレる……?

 まあ薔薇馬鹿の前でリシュナさんを癒した時点で、そういうのは今さらか。エミュルさんも言ってたじゃないか、無理矢理戦闘に出すなんてことはないって。もっとオープンに行こう。信用する人は自分で選ぶとして。

 とりあえず足が遅いながらもマリーモスへと走って、彼? に飛びついてそのまま胸に抱き───鬼の愛を込めた100tプレス。ドゴォン、って音が鳴って、マリーモスは潰れた。もちろん100tなんてない。

 

「うへっ……潰して勝利って、そんなのありなのか……!?」

「正直僕は防御しか取柄がない。頭部分は不可視化してあるけど、防具がやたらと重いから出来ることなんだ」

「そか。俺は裁縫スキルと風くらいだな。前にちょっと冒険者の手伝いをさせてもらえた時は、あだ名が“お姫様”だった。試しとして手伝ったんだけど、当然ギルドには入れてもらえなかったよ」

「………」

「………」

 

 同時に溜め息を吐いた。

 まあ、こんな出会いも縁っていうものなのかな。

 

「ね、テッド。きみの魔法、物体であればなんでも吹き飛ばせるのか?」

「へ? ああ、根性がありゃなんでも出来るだろ。射程距離ばっかりは魔力適性の問題だから、そう簡単にゃあ上がらないだろうけど」

「そっか……じゃあテッド、提案がある」

「提案?」

 

 疑問符を飛ばす彼に、痺れを癒すIYASHIをかけて、彼に驚かれつつもいろいろと話した。

 いろいろこだわるのはもうやめだ。やれることから役に立つ方向をどどんと前に置いて、その上で進もう。

 癒しのことも、自分の適性値のことも、シアンやマリアのことも話して、その上で彼がどう出るかで信頼関係を築いていこうと思った。

 信頼が重過ぎるって言われたらそれまでだ。提案に乗れないっていうならそれでもいい。僕は彼を利用して、彼も僕の癒しを利用する。リシュナさんも僕のIYASHIやステータス移動はとても便利だと言っていたんだし、それを利用して彼とともに上を目指す。

 上を目指して、収入が安定したら……家を買って平和に暮らそう。そうしよう。

 

……。

 

 さて。互いを利用する算段を決めた僕らは、平原に落ち着かせていた腰を持ち上げて、敵を探した。

 ちなみに彼のステータスも既に移動してあって、そうしたからには彼ももはや奴隷状態だった。

 

「うっほぉおーーーっ!! これがSTRMAX状態の俺かぁあっ! シャアアアア!!」

 

 そんな彼は拳を左右交互に前方に突き出し、びゅぼっ、びゅぼっ、と自分で効果音を言っていた。

 

「どうだヒト……俺の筋肉、輝いてるか?《ニコリ》」

「いや、ステータス移動する前から全然変わってないよ」

「だっは……や、そりゃそうだよなぁ。あーまあいいよ、俺別に自分の立ち位置とかに拘りないし、俺は俺だ。お姫様だとか才能無しだとかヒョロボーヤだとか、言われすぎてて慣れっこだ。それが今さら奴隷に代わったところで、誰にプレートを見せるわけでもねぇしなぁ。……あ、ギルドのおねーさんには見せるか。やべぇなどうしよう。こう見えて俺、あの人のこと結構気になってて、前にお茶に誘ったことがあるんだけど……!」

「え? リシュナさんのこと好きなんじゃないの?」

「やっ! ばっかなに言ってんだお前! 俺にとってのあの人はただ憧れってだけで! そ、そそそれに俺はだな、こう、胸がこう、もっとおっきな人がだな」

「きみ、いつか刺されるぞ」

「その時はあの胸のおっきな獣人ちゃんの胸の中で───」

「……どうでもいいけど、色恋沙汰でパーティー分解とか勘弁してほしい。まあそうなったら、ギルドなんて捨てて自分だけでやるつもりではあるけど」

「……そんな寂しいこと言うなよ。悪かった、えっと、シアン・ド・ギャルドちゃん、だっけ? それともマリアちゃん? 胸のおっきな子。ともかく、別に色恋目当てでどーのこーのとかないから」

「………」

 

 色恋沙汰が起きてPTが分解。もしもを考えて、一気に頭の中が冷たくなった。冷たくなって、そうなったあとの自分を想像してみれば、一人で金を集める“いつも通り”の自分がそこに居た。

 やることは変わらない。色恋に走ってテッドと連れ添うようになったらなったで、それがシアンの幸福に繋がるなら、べつに僕が居ても居なくても変わらない。人と人との関係なんて軽いくらいが丁度いいんだ。後腐れなんてなく、ああそんなやつも居たなって、直後に“それよりさ”なんて言葉で話題を消されるくらいがいい。

 仲間ではあるし大事な存在。でも、個人の望みを僕の望みで上書きしたいと思うほど、そこに絆を求めちゃいない。いつか“今までありがとうございました”とか言われても、笑って手を振れるくらいの距離がそこにあれば……。

 

(そのくせ、一番先に出た言葉は“勘弁してほしい”だったな)

 

 結局は寂しいんだろう。ほんと、自分の感情って簡単じゃない。

 

「よしっ、じゃあ早速いろいろ試してみるかっ! で、リーダー? あんたが言う強力な合体技ってなんなんだ?」

「うん。テッドの魔法はこう、重いものでも飛ばせるんだよね?」

「おうっ、重量制限があるかはわからねぇけど、飛ばせなかったもんはないな。全部試したわけじゃないけど、手で持てるものなら全部飛ばせた。持ったことないものはわからねぇ! やったことねぇし!《どーーーん!》」

「そか。じゃあやろう《スッ》」

「………」

「………」

「え? なにを?」

「え? いや、ほら。僕がこうしてT-SUWARIをしているから、テッドは僕を飛ばしてみてほしい」

「お前をかよ! できっ……出来るのか!? つか、大丈夫か!?」

「大丈夫! 防御力以外に取柄がないし、しかも重いから適当な武器を飛ばすよりも大砲めいてて強い! たぶん!」

「…………よっしゃわかった! むしろ俺とあんたとじゃあそれくらいしか合体技思いつかないよな! じゃあINTを上げてくれ!」

 

 言って、テッドが早速チャージブラストの構え。体育座りをしている僕に魔法をかけると、なんと僕の体が浮き始める。

 ステータスは……僕が飛んでいってしまったあとのことも考えて、INTとVITに振り分けた。

 

「チャァアアーーージッ!! ブラストォオオッ!!」

 

 やがて発射! 背中側に渦巻いていた圧力みたいなものが弾けて、僕の体が一気に前方へと吹き飛んだ。

 一気に流れる景色にお腹の下あたりがしくんと恐怖を感じるけれど、そのまま目を見開いて、勢いが許す限りに飛翔。ていうかすごい飛ぶねこれ! すぐ落ちると思ったらすごく飛んでる! まるで空を飛ぶ格闘漫画内の登場人物にでもなった気分だ!

 なので体をピンと伸ばして、腕も飛行機のように少し横に伸ばしてみる。なんかそれっぽくなって、ますます踊る、我が心。

 やがてその勢いも尽きかけてきた頃、前方にブル豚くんを発見。避けようにも絶賛吹き飛び中の僕にそんなことが出来る筈もなく───

 

「マッスルミレニアムーーーーッ!!!」

「《ドガガシィッ!!》ブヒッ!? ブッ……ブヒョォオーーーッ!?」

 

 背中を向けていた彼の腰辺りに頭突きを、勢いで反った体から伸びた両手首をガシィと掴むと、その先にあった岩盤へと───いや嘘だ。そんな都合よく衝突物などある筈もなく、僕とブル豚くんは地面をバキベキゴロゴロシャーーーアーーーッと転がり滑って、やがてグビグビと泡を噴いた。

 うん、勢いのままに変な格好のまま地面を跳ね転がった所為で、首をしこたま捻った。そりゃ泡くらい噴く。

 けれどすぐにIYASHIを発動。泡を噴いて目を回しているブル豚くんの顔面にダイビングセントーンをして潰し、塵にした。ちなみにセントーンとは尻餅の意であり、ダイビングセントーンとはようするにジャンプした上での全体重を乗せたヒップアタックである。

 

「うおおお……視界が揺れる……! 癒しがなかったら死んでたんじゃないかな、これ……!」

 

 結構な距離を飛んだ。痛む頭が痛みを消してくれるまで癒しを流して、直ったらドッカドッカと走ってゆく。

 適度に筋肉を砕いたら超回復を活性化、筋肉を作ってはもう一度砕いてを何度でも。

 

「ぎゃああああああたんぱく質が欲しいぃいいいいいいっ!!!」

 

 でもやりすぎると体が栄養を欲しすぎるので、限度を知りましょう。

 とりあえず荷物をひっくり返す勢いでインベントリを開くと、“ミレアノのお弁当”を取り出して、鶏肉を噛み千切っては癒して、噛み千切っては癒してを繰り返して、無限鶏肉を喰らう勢いで飲み込む。

 その上で体内を癒しで活性化してあげれば、物凄い速度で消化吸収が開始される。すると、先ほどまであった気だるさも眩暈も無くなって、血色が良くなってくる。うん、何度やっても思う。反則だねこの能力。

 で───ぜーぜー言いながらもテッドが居る場所まで戻ると、別のブル豚くんにボコボコにされているテッドを発見した。

 

「ぎゃああああ! 強ぇえええ!! くそっ! エアバースト! エアバースト!」

 

 ボコボコと言っても反撃しないわけではなく、VITにも振っていた甲斐があったようで、なかなかいい勝負をしているように見える。

 射程距離が短すぎる魔法をINTとVITに平均に振ったステータスで放ち、それをくらうとさすがのブル豚くんも嫌がる。

 けれど速度が足らず、連発も出来ない上に攻撃されれば躱せもしないのでボッコボコ。

 

「ハッ! いや、こういう時こそ自分の奥底に眠るなにかを呼び起こすんだ! 今なら何かが出来そうな気がする! 魔力を込めて、こうっ───《ヴヴー! SPが足りない!》ゲェエーーーッ!!!《バゴシャア!》ギャアーーーッ!!」

 

 そしてSPが枯渇した彼は、ブル豚くんのランページ(往復武器ビンタ)でボコボコにされた。

 って、のんびり見ている場合じゃないって!

 

「急いでっ……くああああ重い!! 素早く動ける筋肉が欲しいよぅ!!」

 

 鬼憧装備を外せばまだ速い。けれどそれ=トランクス王子。どうする僕!? ───仲間の危機になにを仰る! いざゆかんトランクス王子!

 装備を外して一気に駆ける。当然トランクス一丁のまま。そして、苦戦している彼が僕を見た。荒い息を吐き、頭部から流れる血に片目を閉じる彼の視界には、トランクス一丁で自分へと全力疾走する謎のギルドリーダーの姿がっ!!

 

「へっ……はぅあ!? いやなになになんだこれえぇええええっ!!」

「詳しい話は後! っ───せいぃっ!!」

 

 ある程度の距離になったら跳躍。その状態で鬼憧装備を装着してドッゴォンと着地。すぐにテッドに癒しを流すと、ついでにソウルヒール、オートヒール、オートソウルヒールを流していざ対峙。

 

「あ、あー……顔だけ不可視化させてたのって、その下に服がなかったから……つか、そういうことか! だから裁縫スキルの話した途端に許可したのか!」

「その通りでございます! だから命救ったお礼に服作ってくださいコノヤロー!!」

「こんな状況でそれ言うか!? ……ぶっふ! だははははは! よっしゃわかった! このギルドおもしれーわ! ちょっとの魔法と生活スキルしか取柄がねぇけど、その話ノったぁっ!!」

「で、なにか閃きそう? 正直僕、ほんと防御と癒しだけでなんにも出来ないんだけど」

「っへへー、とっておきのを編み出したぜぇ? つっても、技とかを閃いたわけじゃないんだけどよっ」

 

 技後硬直してらっしゃったブル豚くんが、棍棒を持ち直してのっしのっしと歩いてくる。

 そんな状況で暢気に話し合っている僕らは、そうでもしないと活路が見出せないという、攻撃力が滅法低い男PTだ。いやもう……シアン一人でも倒せる相手を前に、二人掛かりでも勝てそうにないって、なんて悲しい事実。

 

「いくぜヒト! 一秒だけ時間を稼いでくれ!」

「よしわか1秒!?」

「“よしわかいちびょう”って誰だよ!」

「それ稼ぐ意味あるの!? ええいもうとにかく一秒!」

 

 一歩前へ。振るわれたデカい棍棒を前にして、

 

「防御《ごぎぃんっ!!》」

 

 コマンド・防御で普通に防御。左手一本で受け止めてみせた。

 

『ブヒッ!? ブッ、……!?』

 

 そんなことをしてみせれば、ブル豚くんは棍棒と僕とを見比べて相当に戸惑った。

 他に自慢出来ることなどないし、この防御だってもらいものの力。けれど育ててゆきましょう、きちんと自分の努力で育てたものだと誇れるまで。というわけで、

 

「テッド!」

「チャージブラストォッ!!」

「えぇっ!?」

 

 テッドに“今だ”とばかりに言ってみれば、言った通り一秒だったのか、もうやっていた。

 テッドが込めた風の魔力に捕まったブル豚くんが、大空へ向けて弾き飛ばされて───やがて落下して潰れた。

 おあ、あー、なるほどー、そりゃどんなに強くても、落下死って中々避けられないことだよなぁ。

 

「ぃよっしゃあっ! ざっとこんなもんっ!」

「なんていうか、無茶苦茶だね、きみ」

「弱いやつの理論! 勝てばいい! 手段ばっか選んでて、冒険者なんて出来るかって。ぃやー、それにしても。あんたがパンツ一丁で走ってきた時は何事かと思ったよ《ぺぺらぺー!》おっ、レベルアップ」

「これね、防御力は滅茶苦茶高いけど、ひどく重いんだ。だから急ぐ時は脱ぐ」

「そうだろうなぁ。てーか、10レベルそこそこで装備するようなもんじゃねぇだろ。どうやって手に入れたんだ? 誰かのお下がりとか?」

「呪われてたのを安値で買った」

「呪われっ……って、あんたもしかして解呪能力持ちか!? 着脱できるってことは、もう呪いがないんだろ!?」

「まあそんな些細は捨てといて」

「せめて置いておけよ! 気になるだろ!? でもなんだ?」

 

 気にはなっても先に聞いてくれるらしい。いい人だ。

 

「……今の戦いでやっぱり思い知った。ステータスじゃなくて、まずは体……鍛えよう」

「……おう」

 

 彼も十二分に思い知っていたのか、持ちかければあっさりと頷かれた。

 幸いと言っていいのか、シアンたちはスキルを覚えるためにしばらくはスキルギルド通いだ。一応お金はあるから、覚えられるものがあったら覚えておいてと伝えてある。

 なので───鍛えよう、体を。

 

「いいかいテッド。僕の癒しは傷はもちろん、壊れたものも治せる。筋肉だって“超回復”。回復には違いないから、問題なく促進できる。だからね、とにかく体を動かそう。筋肉を酷使しよう。で、疲れたらお弁当を食べる。それだけでいい」

「おべんとって。俺持ってねぇぞ?」

「大丈夫、食べかけのものも癒しで再生出来るから、どれほどでも食べられる」

「おまっ……なんでもありだなおい……!」

「綺麗事だけでこの乱世を乗り越えられるものか……。もはやこの世は修羅の世ぞ」

「なんでいきなり悟った顔で語られてんのかは知らんが、なんだかよくわからんなりにあんたの苦悩はわかった」

「いや……さ。PT組んでわかったと思うけど、癒しと防御しか出来ないんだよ僕。お陰で女の子二人に戦わせてなにもしないHIMOの出来上がりだ。……ハハ……知ってるかい、テッド……。僕の宿代も食事代も、なんならこの装備の代金も、みぃんなあの娘らの稼ぎなんだぜ……?」

「やめろ! わかったから! 目から輝きが消えていってるから! ~~~……と、とにかく! お前がいろいろと苦労してるのはよ~~~っくわかった! 解ったからまずこれ着よう! な!?」

 

 言って、テッドは自分のインベントリから服を取り出して僕に押し付けた。……え? 服?

 

「丁度持ってたやつで悪ぃけど、それなりに上手く出来たやつだから! なんだかんだでギルドに入れてくれたし、姫扱いだった俺にもきちんと戦わせてくれたし、その……あ、あんがとってことだよ! ほら!」

 

 何故か顔を赤くして押し付けてくる。僕はそれを受け取って、彼と服とを交互に見て……なんだか胸が熱くなるのを感じた。

 贈り物……贈り物だ。香織や悠彰に貰って以来じゃないだろうか。

 ここで突っ返すのは簡単だけど、それはよろしくない。

 むしろ頭の中がありがとうでいっぱいで……そのくせ、“これを理由に取り入ろうとしているだけだ、騙されるな”なんて考えが浮かんでくるあたり、自分は相当捻くれているんだろうって自覚が湧く。

 でもさ、いいじゃないか。取り入ろうとしているからってなんだってんだ。騙されるのが僕だけなら、それは別に───問題なんかじゃないのだから。

 

(…………ああ)

 

 こんなことを普通に考えられるあたり、やっぱり僕の中での僕って存在は、随分と優先順位が低いらしい。

 妹と香織と悠彰。その三人が居れば、僕は幸せだったのだ。

 今はその三人も居ないなら、僕の中の順位なんてひどく曖昧だ。それはある意味で、デビル天秤さんが言ったようにひどく楽観的な考え方。

 自分の価値が希薄であるなら、なにをするにも軽く動ける。……そこに、シアンやマリアっていう“他”が存在しなければ。

 ……今だから、なんとなく思う。もしシアンを買わずに家を買っていたら、きっと僕は───こんな感情にも自覚を持たないまま、言われるままに苦しむ人を癒すだけの機械になっていたんじゃないか、って。

 だって、自分の優先順位が低すぎるのだ。どんな状態になろうが他を優先させすぎて、やがて無茶して朽ちていたんじゃないだろうか。

 

「《じゃーーーん!》イエイ」

 

 まあ僕のことなぞ二の次だ。

 ともあれ考え事をしている内にトランクス王子になって、服を着た。

 ちょっと肩幅がキツイかなと思ったけど、トランクス王子よりはマシだ。ていうかコマンドパネルの装備項目から装備すればいいものを、わざわざご丁寧に自分で着てしまった。

 わあ、テッドがなんか苦笑してる。

 

「あんた、どっかがちょっとヌケてるな」

「きみに言われたくない」

「お互い様か。よっしゃ、じゃあ筋肉鍛えようぜ! 俺こう見えて筋肉に憧れててさあ! あ、ほら、俺ってどう見ても戦士向きじゃん? 威勢とか性格とか! ……適性0だけどよ。けどこう、やっぱ男ならマッチョだろぉ! つーわけだ! どんな苦しみにも耐えてみせるから鍛錬方法教えてくれ! 適性値無かったから魔法の基礎しか学んでねぇ!」

「じゃあまず僕を負ぶって全力疾走」

「よっしゃこぉおーーーい!!」

 

 言葉通り威勢のいい彼の背に乗って、やがて彼は駆け出した。

 この、始まったばかりの、僕らのマッスルロードを───!

 

「ゲハァーーーッヘッ……!! ゲッハッ……! はぶわぁあっはっ……!!」

 

 そして早くも産まれたばかりのトムソンガゼル状態に。そんな彼に鶏肉を半分食わせると咀嚼し飲み込んでもらい、パパァアとIYASHIを解放。

 

「《シャキィーーーンッ♪》エイドリアァアーーーン!!」

 

 するとお肌もツヤツヤ、元気もいっぱい。

 きみ、実は地界人だろとツッコミたくなる声を聞きつつ、彼のマッスルロードは続いた。

 

「がはぁあーーーはっ……! ぶっは……!《がぼりもぐもぐパパァアア!》エイドリアァアーーーン!! ……ぶっは……! げっほ《がぼぉ!》んごぉ!?《パパアア!》エイドリァアーーーンッ!! ……へっは! ふはー! ふは《がぼっ!》ほぐぉ!?《パパアア!》エイドリアァアーーーンッ!! ちょ待っ、待ってくれ! 走るのとかならいいけど、物食うのには限界があるだろ! いくら即座に吸収されてても満腹中枢やばいからやめてくれ!」

 

 全手動式マッスルトレーナー。そんな名前が頭の中に浮かんだ、とあるよく晴れた日のことだった。




ネタ曝しです。

*くっ殺せ
 女騎士とオーク。
 多くは語らない。いや、オークと多くをかけたギャグではなくて。

*空を飛ぶ格闘漫画
 ドラゴンボールとかブリーチ。
 飛ぶなとは言わんけど、どっちかっていうと役割毎のほうがいい気がする。
 ファンタジーなら特に。誰でも飛べたら翼人とか要らんし。

*マッスルミレニアム
 またの名をロビン流ロープワークタワーブリッヂ。
 相手を空中に投げ、自分はロープを使ってサブマリンロケッター。
 相手の背中に頭突き、仰け反った体とともに投げ出される相手の手を掴んで、そのままの勢いで反対側のロープに叩き付ける、キン肉マン二世の万太郎の技。

*グビグビ……
 ネプチューンマンによる掟破りのロビンスペシャルをくらったロビンが、口から泡というか涎というか、謎のロビン汁を垂れ流しながら出した擬音。

*ランページ
 FF11より、片手斧のウェポンスキル。
 リズムと効果音がいい。

*○○だけ時間を稼いでくれ!
 ……あれってさ、どうしてその時間でチャージが済むって解るんだろうね。
 ルフィのギア4を見たら、久しぶりに首を傾げた。

*ざっとこんなもん
 SF4より、ユンの勝利セリフ。

*エイドリアン
 映画、ロッキーの恋人の名前。
 主人公が勝利した際、恋人の名前を叫んだだけ。
 映画の内容を知らなければ、それがまさか女性の名前だとは思わないだろう。
 はい、別にテッドくんが地界人ってわけではないです。

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