奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第十六話【仲間は多くても六人あたりが丁度いい】

23/スキルギルドとお仲間さん物語

 

 “獣人が居る”という理由だけで、お金はあっても服は買えない僕らは、生活スキル向上のため、部屋に閉じこもってアレコレやっていたりする。

 ギルドの依頼には当然、そっち方面の依頼もあって、“糸の納品”とか“なめし皮の納品”、“インゴット製作”とか“子供用の楽器の製作”とか、そういった細工や彫金、木工やらなにやらの生活スキルが必要なものなど、様々だ。

 中でも僕が気になっていたのが“鮮やかな彩りのために”って依頼だった。だって成功報酬がお金じゃなくて服なんだもの!

 

 ◆【鮮やかな彩のために】分類:生活

 成功条件:虹色の染色(せんしょく)材を5個納品

 虹色の染色材は、アメンボィジャーの色袋から調合スキルで採れるものなの。それを5個。お願いねィ。

 調合の仕方がわからないコが受けるとは思わないけれど、もしこれを機に調合を始めるなら……そうねィ、スキルの館でスキルを覚えてみるのがいいわねィ。

 アメンボィジャーの詳細はマクスウェル図書館あたりで調べてねん。

 報酬金:0£[特別報酬:冒険者の衣服一式] 契約金:0£ 依頼主:オーネィディー・O・カーマ

 

 冒険者の衣服一式、というところが色違いになっていて、クリックしてみればその装備の詳細がズラーっと出てくる。

 それは羽帽子やらカフスやらなにやら。ようするに、リシュナさんがシアンに貸してくれた衣服一式だ。なるほど、リシュナさんもこのクエストやったんだな。

 ていうかこの依頼者……オネェでオカマ……?

 

「アメンボィジャーね……」

 

 オーネィディーさんの名前のことは忘れよう。で、衣服のことは良し。是非受けよう。掃除やらなにやらの生活スキルも板についてきたし。……シアンが。

 僕? 僕は才能のかけらもないって相変わらずメッセージにまでツッコまれる有様ですよ。もういいんだ……僕は所詮HIMOです。せめて自分の出来ることで活躍するくらいでしか、役に立つ道を切り開けない未熟者さ。

 だからこそ調べごととかは積極的にやっていこうと思うのだ。

 

 ◆アメンボィジャー

 地界で言うところのアメンボ。

 後ろ足二本で立ち、真ん中の二本足でバランスを取り、前の二本足で武器を手にする旅人型モンスター。

 ボイジャーの名に恥じぬ旅虫であり、雨が降ると旅をする細いアンチクショウ。

 細い体を駆使した素早い動きが特徴だが、細さの余り強風などには弱い。

 通常個体は確かに弱いが、旅を続けて強くなったミル個体には注意。

 

「……ミル?」

 

 ミルってなんだっけ。コーヒーを挽くあれ?

 ……って、違った違った、確か───

 

 ◆ミル

 この世界では“王”の意味を持つ。

 ミルハザードの名から取られた、それぞれの種族の王たるもの。

 通常個体よりも遥かに強いものにつけられる名であり、別にその種族の王であるという意味ではない。

 

 ◆ミル・アメンボィジャー

 雨の中では縦横無尽の強化個体。

 後ろ足で雨を蹴って高速で移動し、真ん中の足で格闘術を操り、前足で様々な武器を使いこなす。

 特に雨を蹴っての空中移動は見事の一言につき、雨降りに戦うのはとても危険。

 *レアドロップ報告:沙雨遊姫(ささめゆき)【分類:一対刀】、稀色(きしょく)の色袋

 

 ……。

 この虫さん、格闘して武器も使って、いろいろ頑張ってるんだなぁ。

 説明文の横に画像もあるけど、見事にアメンボだ。

 刀の説明も一緒に載ってるな……ええっと? 一対刀っていうのは二振りで一つの刀のこと、らしい。一本だけ装備してもあまり意味は無いんだそうで。

 で、この沙雨遊姫っていうのが雨の姫様を想ってどこぞの刀鍛冶が鍛えた刀だそうで、水属性もあって、刀から剣閃みたいに水を放てるんだそうで……なにそれすごい! カッコイイ!

 あっとと、それよりも調べごとの続き。

 なんにせよ僕らはこの色材を手に入れなきゃいけない。

 ……と思うのだけれど、もしこの……えと、稀色の色袋を手に入れられたら、どんな服が出来るのだろうか。

 報酬のグレードアップとかあったりするのかなぁ。

 

「………《ちらり》」

 

 静かな奴隷二人を見てみる。

 シアンは片っ端からいろいろなものを試してもらい、現在はわざと壊したおもちゃの修理中。

 マリアはシアンを警戒しつつ、僕の指示を待っている。うん、なんか待っている。自由にしてていいよって言ったのに、なんでか僕になにか言われるのを待っている。

 今も目が合って、“なに!? なに!?”って感じで目を輝かせていらっしゃる。

 ごめん、特に用事はないんだ……。

 

「……それにしても、稀色……? ってどんな色だろ」

 

 なんとなく調べてみると、それぞれの方角を縄張りとする竜の力を封じ込めた武具を作る際に必要だったものの一つだそうで……え? そんなにとんでもないものだったの? 色袋だよね? え?

 

 ◆稀色の色袋───きしょくのいろぶくろ

 まれいろ、ではない。

 かつての時代、かつての名工が鍛えた武具に色付けをする際に用いられたもの。

 それぞれ力が強すぎて、適当な染色材では剥がれ落ちてしまったのだという。

 この色袋は別の素材に混ぜると、その素材そのものの力を引き出し、そうであるべき色に染まるため、これ以上に合うものがなかったとも言える。

 完成した武具はそれぞれ、稀黄剣、稀紫槍、稀赤斧、稀蒼刀、稀緑杖、稀黒装。

 武器の種類は剣、槍、斧、刀、杖、篭手に具足となり、名は竜の名をそのまま使っている。

 剣の名をシュバルドライン、槍の名をカルドグラス、斧の名をドラグネイル、刀の名をマグナス、杖の名をグルグリーズ。

 ただし篭手と具足の名は黒竜の名ではあるものの、ミルハザードではなくレヴァルグリードとなっている。

 ミルに選ばれるほどの月日を旅したアメンボィジャーが、その体の内で精製するといわれる伝説級のレアアイテム。

 なにせミル個体自体がなかなか存在しないため、倒しても手に入れられなければ意味がない。

 

「………」

 

 文字ばっかりでそろそろ目が疲れてきました。

 なので癒しを……いや、シアンに頼んでマッサージをしてもらう。

 

「まりあがやる!」

「カンベンしてください」

「えぇー……?」

 

 挙手したマリアさんに即却下を。だって目とか刳り貫かれそうじゃないですか、勢い余って。

 ともあれ頼んでみれば、シアンは随分とまあお任せあれ状態。

 なんであれ僕に頼まれるのが嬉しいみたいで、尻尾ぱたぱた表情きらきら。

 

「あ、でもその……ご主人様。まっさじーって、どうすれば……?」

「手探りでいこう。これにもスキルがあるなら、軽くやってくれるだけでもスキルアップする筈だから」

 

 なのでベッドの上に寝転がって、シアンに適当ながらもマッサージのやり方を教える。

 するとシアンは一言言ってからベッドに上がって、何故か僕の頭を女の子座りをした自分の膝の上に乗せて、その上で閉じた目にやさしく指圧をしてくる。

 といっても眼球の上をじゃなくて、こう……目の輪郭? 主に骨の部分をだ。

 

「…………」

 

 ああ、なんだろう。すごく癒される。

 IYASHIでパパッとやったんじゃ得られない、なんというか不思議な癒しがそこにあった。

 なんだろう、これ。

 

(あ……そういえば……膝枕)

 

 香織にやってもらって以来だ。

 両親があんなだから、一度としてやってもらったことがなかったそれ。

 初めてはコケて頭を打った時だった。悠彰が笑って、香織が膝枕しながら心配してくれた、学校のお昼時。

 その時も……こんな安心があったっけ。

 

「ふんふん……まっさじー……! “こっているところ”を指で押すー……ふんふん」

 

 さて。そんな安らぎを堪能しているさなか、ふと聞こえた声に嫌な予感。

 目で確認したいけど、生憎と瞼の上は指圧中。目を開けたら合法サミングが完成して、シアンがまたペコペコ謝罪マシーンになってしまうから却下。

 安心が一気に嫌な予感に変わる、そんな小さな部屋の中で……僕は遭遇するわけがない敵と遭遇してしまったのだ。

 

「あ、でもSTRは1にしてあるし、よっぽどの」

「しあつー!」

「《どきゅっ》───」

 

 アオォオオオオオオォォォォーーーーーーーーッ…………!!

 

 

───……。

 

 

 よく晴れた蒼空に、天井さえ貫く勢いで僕の絶叫が木霊したその日。

 僕はマリアを正座させて、涙ながらに訴えていた。

 

「いいですかマリアさん……! 指圧というのは指でやるものであり、握り拳でちからいっぱいするものではなくてですね……!」

「? ? 握っても、指だよ?」

「握ったらもう拳っていうの!!」

 

 僕のゴールデンが、握られた指で勢いよく指圧された。

 程よく脱力していたところへ来訪したそれは、STR1だとしても地獄の苦しみを男という生物に齎したのです。

 ああ、一度死んでも、死ぬほどの恐怖を食べられながら感じても、やっぱりこの痛みにだけは勝てないと思うのだ。なんというかそのー……男という存在として。

 と、一通り説教したところでIYASHIを発動。痛みを感じながらじゃなきゃ、その痛みや苦しみを真に伝えることは出来ないと思ったからだ。

 そして場は再び生活スキルとクエストの話へ。

 

「ではご主人様。まずはこのスキルの館へ……?」

「うん。前提として必要だっていうなら行かない手はないよ。むしろそんなものがあったことさえ知らなかったんだから、お金を稼ごうっていうのに何をやってるんだって話だよ」

 

 きちんと知らなきゃいけないことは知っておかないと。

 なので、早速行くことに。準備を整えて、いざスキルの館に───…………って。

 

「地界に比べて、準備なんてほぼ要らないってすごいよなー……」

「? ご主人様?」

「ひとー?」

「あ、や、なんでもないなんでもない」

 

 必要ならインベントリから出せるし、清潔感さえIYASHIでなんとか出来てしまうという恐ろしい環境。

 なまけものとかズボラな性格にならないよう、気をつけないと。

 決意を胸に部屋を出て、階下に下りたらミレアノさんに出かけることを伝えて、その足でスキルの館へ。

 呆れたことに場所さえ知らない有様ではあるものの、散策がてらっていうのも悪くない。

 

「……ここは知ってる。ここも知ってる……あ、こんなところに横道」

 

 地界で言う外国の町並みは、なんとも綺麗だ。

 それでいて自然の在り方も損なっていないところを見ると、やっぱりナギー……ドリアードの力もいろいろと働いているんだろうなって思う。それがどんな力なのかはやっぱり知らないけど、ほら、その~……ねぇ? こう、“自然の力、すげぇ!”みたいなものだよきっと。うん。

 自分の思考に苦笑を漏らしていると、初日にシアンと食べたパン屋を発見。せっかくだからと三人分買って食べると、なんだかあの頃よりも美味しく感じられた。

 ……無意識に、余裕がなかったんだろうなぁ、あの頃。

 

「さてと」

 

 ギルドプレート……ナビネックレスの項目を開いて、マップを調べる。

 散策に今日一日を費やすのもいいかなと思ってはいた。しかしふと思ったのでございます。“歩きながらでもスキルアップを目指せるなにか”があるんじゃないかと。そんなものがあるなら、先に覚えてしまえばかなり効率のよい結果になるのでは?

 

(……散歩の時にまで仕事のこと考えていたくないかも)

 

 効率ばっかり考えていたら余裕がなくなります。

 何事も、急かされているわけじゃないのならマイペースでいこう。

 

「あむあむ……これおいしー」

「そかそか。よかった」

「! あっ……ヒトのほうがおいしーよ!? ほんとだよ!?」

「別にパンに美味しさで嫉妬してたわけじゃないからね!? なんでそんな必死なの!?」

 

 傍目から見て、僕らのパーティーは随分と偏ったものだと思う。

 戦力とかは別として、こう、精神的な意味で。だって戦力的に言えば破壊力しかないし。

 そんな僕らのやり取りを、道行く人がくすくすと笑いながら擦れ違う。あの、違いますよ? ヒトって料理とか食材じゃないんです。「ねぇねぇ聞いたことある?」とか「へぇ、初めて聞く食材だな」とか言われても、存在しませんから。

 

「ええっと……ここらへんに……っと、あったあった」

 

 軽く食事も済ませつつ、訪れた場所にそれはあった。

 派手さはない、そこいらにあるような建物をそのまま塾にしたような、けれどそれなりに広い建物。

 建物自体に文字が象られていて、スキルギルド、とあった。

 あ、文字といえば……こういう形として作られたものでも、やっぱり世界が違えば見える形も変わってくるのかな。僕はこの文字がきちんと日本語として読めるけど、シアンたちにしてみれば空界文字なのかもしれない。

 それって凄いことだよね。こうしてきちんと建物の材料で作られた文字なのに、見る人によっては家の造形ごと違うってことになるんだから。

 まあそれも、大小の違いってだけで、紙に書いた文字だって鉛筆やペンで“作られたもの”だ。出来て当然って考えるのも不思議じゃないのかも。

 と、思考はこのへんにしていい加減に入ろう。

 台風とかの時はどうしてるのかなーと不思議な羽扉をバクンと押し開いて、いざスキルギルドへ。

 スキル館って、スキルギルドのことだったんだね。ギルドが率先してスキルを教えているのかな?

 

「へいらっしゃい! ───あん? なんでぇボウズじゃねぇか!」

「え……ドルモスさん!?」

 

 なんと、入ってみればドルモスさんが居た。へいらっしゃいって……ここ木工ギルドだったりするのだろうか。

 

「へっへっへ、なんでここにって顔してやがんなぁ。おうよ、ここは俺っちの家だ。スキルギルド猛攻大工のリーダーたぁ俺っちのことよ!《どーーーん!》」

「スキル屋さんがなんで大工を!?」

「そりゃ、スキルを上げたいからに決まってんじゃねぇか。大工に限らず、大体のこたぁやってるぜ? なにせスキルギルドだからな! そのための人材はきちんと揃えてあるぜぇ?」

 

 でっぱったお腹をどーんと張るドルモスさんは楽しそうだ。

 そうそう、そういえばそうだ。大工屋さんなんて探したところで無かった理由は、こういうことだったのだ。

 むしろ僕、この世界で大工屋が大工屋って名前でやっているかどうかさえ知らなかった。

 

「おっ? おめぇさんはあの時の奴隷だな? っかー、綺麗になっちまって、いい買い物したなぁボウズ!」

「…………《ぐさり》」

 

 いい買い物……いい買い物……!

 そう……買い物、だったんだよなぁ間違い無く……。 またちょっと罪悪感が……。

 

「でー……そっちの嬢ちゃんは? 見ねぇ顔だな。また買ったんか? おめぇさんも好きだねぇ」

「そういうのじゃないですから。あの、ところでスキル───」

「おっといけねぇ母ちゃんにどやされちまわぁ。んで、ここに来たってことはスキル目的だな? ここじゃあ戦闘スキル以外の生活スキルとかの売買をやってるぜ? 買ってくれるんなら覚え方を教えて、売ってくれるんならこっちが知らねぇスキルの取得方法を教えてくれ。もちろんそれをこっちが他の客に売る場合は、買ったやつからの金の何割かを渡す決まりになってる。まぁ、もうオリジナルスキルなんてものはなかなかお目にかかれねぇがな」

「チューチャイ三段蹴りを売って二度と覚えたくないです」

「塩撒くぞこの野郎」

 

 人懐っこいような、誰とでも仲良く出来そうな笑顔が真顔になった。

 

「冗談です。でも要らないのは本当です」

「おうよ、よくわかってるじゃねぇか」

 

 ニカッと笑い合ってから、とほーと溜め息を吐いた。

 さて。気を取り直して話し合いから。

 

「んで? どんなスキルが欲しいんでぇ。ウチはスキル売買をやってっから、数だけならた~んとあるぜ? もちろんレアなもんはちと値が張るがよ」

「ギルドの依頼を受けたんですけど、調合スキルが必要なものがありまして」

「おっと、いつものあれか。いいぜ、覚えるのはお前さんか?」

「いえ、僕はもうどれを覚えようとしても“才能がない”って残酷な通告がくるから……」

「ああ……あれな……。適性が無いと覚えられねぇのがあるんだよな……。俺っちもなぁ……流し目のスキルを習得しようと頑張ったんだけどな……」

「才能……無かったんですね……」

「…………腹のでっぱったオッサンだろうと、夢ぐれぇ見てもいいじゃねぇかなぁ……」

「僕なんて掃除も洗濯も炊事も裁縫も、生活に必須なもの全て才能無しって言われましたよ……」

「………」

「………」

 

 ……互い、同時に溜め息を吐いた。

 けれども奥方らしき人にどやされたドルモスさんはもう一度仕切り直しをして、スキルについての案内をしてくれる。

 

「調合スキルだったな。調合にもいろいろあって、レベルが足りなきゃ作れないものが大体だ。あ、いや、もちろん出来るんだがな、クオリティが違うのさ」

「クオリティ……あ、純度か。純度にもやっぱり詳しい数値とかがあるんで?」

「ランクみてーにFからSSSまであるぜ。ちなみに最高純度の作成物は、過去に存在したモミアゲ伝説の中くらいだ」

「モミ───」

 

 ……なにやってんですか悠介さん。

 

「残されてた書物によるところじゃ、なんでも錬金術まで手掛けて、最高純度の賢者の石まで作ったそうじゃねぇか。俺っちもそうありてぇもんだぜ。まあクグリューゲルスっつぅ学院に残された記録に書かれてたってだけで、それが本当かどうかなんざわからねぇんだがな。まあいいさ、それより調合だ」

「ハ、ハイ」

 

 だから……! なにやってんですか悠介さァァァァアン!!

 錬金術!? 錬金術って……!

 ……うんやばい、とっても心惹かれる。やってみたい。

 

(悠介さんかぁ)

 

 工房の鍵、試していないままだし……もしかしたら開いた先には、ランクSSSの素材がごっちゃり……?

 うわぁ想像したくない。絶対に厄介ごとの香りしかしないよ。でも見てみたいのが人のサガ。

 そわそわしだした僕はほっといて、耳をぴこぴこ動かしながらドルモスさんの話を聞いているシアンは本当に真面目です。出来ることをしっかりとと決めたのに、なにやってんでしょうねこのHIMOは。

 

「んじゃ、スキル習得のために嬢ちゃんにはここに残ってもらうぜ? 一日もありゃあ習得できらぁ」

「え……なんかこう、本みたいなのを読んでチャラララ~って覚えるとかじゃ」

「んなわけねぇだろ。そりゃ、そういった方法で覚えられるものもあるにゃああるがよ。あ~ほら、ギルドプレートにある初級魔法とかな。だが、新しいモン覚えんのはそんなに簡単なこっちゃねぇのさ。で? どーする? 覚えさせるなら今日はここで勉強だ。適性を調べることも出来るから、それをやってからでも構わねぇが……ほれ、見ての通り来客は結構あるから、相方を待つだけで残りたいってヤツにゃあ遠慮してもらってる。座れる場所は限られてるからな」

 

 見れば、確かに結構な賑わいだ。奥の方からペペラペーって音のあと、「よおっしゃあああ!!」って歓喜の声が聞こえるくらいに賑やか。

 

「おっと、テッドがようやく別のスキルを覚えたか。あいつももっと要領よくやれりゃあいいのになぁ……需要がねぇってわけじゃあねぇんだが」

 

 叫んだ人はテッドというらしい。周りからクスクス笑われてるけど、なにを覚えたんだろうか。

 

「ドルモスさーん! ついにやったよ俺! 生け花スキルを習得できたんだ!」

「おう! おめっとさん! 周囲は笑ってやがるが、どんと胸を張れ! ひとつでも欲しいモンを手に入れることは、存在としての誉れってやつだ!」

「おぉっす!!」

 

 ニカッと笑いながら敬礼をする男は、同い年くらいの短髪の男。

 “ジョブなににする?”って訊かれたら間を持たずに戦士って答えそうな男性だった。そんな彼が僕に気づくと、連鎖的にシアンやマリアにも気づいて、ドルモスさんに声を投げる。

 

「……っとと、誰? ドルモスさんの知り合い? あ、俺テッド・ボリバス。見ての通り魔法使いだぜ!」

 

 魔法使い……へぇ魔法つか───魔法使い!? 戦士じゃなくて!?

 

「ぇあえ、あ、えっと。ドーモ、ボリバス=サン。ツァガ・ヒトです」

「おおっ、なんか初めて見る挨拶! 面白ぇなぁ! あ、ところであんた、どっかのギルドとか入ってるか? 入ってないなら一緒に作らねぇか? あー、えと、俺こう見えてソロっていうか、一人でさ。誰とも冒険したことないんだよな。いや、あったんだけど外されちゃったっつぅか……」

 

 第一印象。賑やかな人だ。

 ライトノベルとかに居そうないかにもな細身の少年って感じ。ただし、なんというか……どっちかというとバトル一直線、頭の中までパワーでいっぱいな戦士キャラっぽい威勢なのに、魔法使いらしい。

 

「実は俺、見ての通り魔法ばっかで防御とかからっきしなんだよな。昔っから魔術にしか希望が持てなかったっていうか。武器も格闘もからっきし、だから魔法を……って冒険者になったのに、適性が低かったりして、いやぁあの時は泣いたなぁ。あ、こう見えても周囲から才能無しのヒョロボーヤって言われて、頑張ってもくすくす笑われる冒険者をやってる。んまっ、俺にしてみりゃ“だからどうした”だけどなっ! っとと、俺ばっか喋っちまったな、悪い。あんたは?」

 

 元気だ。こっちの話を挟ませる気がないのかってくらい。

 そして多分、“見ての通り”が口癖っぽいかも。

 

「あ、はい。これでも一応、ギルドリーダーを務めております。ギルド名はトーテムポールロマンス」

「すげぇいい名前だな! あ、それで平均レベルとかは……俺は見ての通り初心者も初心者、5レベル程度なんだが」

「14レベルです」

「ぐっは!?」

 

 マリアとの一件でレベルも上がり、精霊王サマの一件で防御極振り……もとい、獄振り状態だからしょうがない。未来においても成長性の全てが防御側って、すごいことだよね……だから獄振り。

 

「うう、俺と同じくらいの若さでそのレベル……やっぱり俺、冒険者向いてないのかなぁ。見ての通り年齢的に近そうだから、レベルも……とか思ったのに。ああいやいやっ、落ち込むな俺っ! なぁあんた! えーとツァガ! 無茶を承知でお願いする! 俺をギルドに入れてくれないか! 魔法しか出来ないし、その魔法もお粗末だって笑われるレベルだけど、このままじゃただの笑われっぱなし野郎だ! せめてもうちょっと強くなれるまで、一緒にPT組んでくれないか!」

「あ、間に合ってますんで」

「あれぇ冷たい!? あ、や、俺ほら、こう見えて生け花とか出来るしっ……」

「いや要らんです」

「物理が効き辛い相手が出た時、役に立てるぜ!? 魔法とか多少は使えるし!」

「宅のシアンが拳に魔法を込めて殴りますんで」

「だったらえーとえーと……! ととと取り付く島くらい欲しいんだが!?」

「初対面の相手は少ししか信用しないので、僕」

 

 特に、あの薔薇馬鹿の一件のお陰で。警戒心って大事だよ、ほんと。

 それを、僕は両親と自分をイジメた周囲と、それをへらへらと見ない振りをしていた教師どものお陰で知っていた筈なのにね。

 

「くっ……じゃ、じゃあ……! 俺がくすくす笑われてる理由! 俺は見ての通りの男のくせに、裁縫スキルが15の家庭的野郎だ! 材料さえあれば作ってやれる! どうだぁあーーーっ!!」

「よろしくフレンドッ……!」

「……やっぱだめだよなァッハァアーーーッ!? え!? いいのか!? だって裁縫スキルだぞ!? 男で威勢がいいのに針仕事とか~って周囲に笑われて! 他のスキルは適正がないとかで、ギリギリあった生け花なんてのを必死で覚えてまた笑われて!」

「そんなものはね、問題じゃないんだ。僕らが抱いている問題は……」

「も、問題は……?」

「…………服が無いことなんだ…………」

「………」

「………」

 

 マリアがどこからか入ってきた蝶々を追いかけて燥ぐ、そんな明るい空の下のギルドの中。

 僕らは、ただただお互いの肩を叩いて、慰め合った。

 


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