奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第十四話【五臓六腑が美味しいとあの娘ははっぴぃらしい】

20/スキルアップを目指しましょう

 

 筋肉があれば、きっともっと堂々と出来たんだと思う。

 僕は、その言葉を今まさに心に刻んでいる。

 現在、ギルド前にそびえた建つ……そびえ? そびえってどういう意味だったっけ。

 まあいいや、ギルド前に聳え立つ宿屋、海の波風亭に居る。

 ギルドからここまでの距離はそんなにないのに、ここまで来るのにとても恥ずかしかったです。

 まさかマリアに裸のまま外を歩かせるわけにもいかなかったので、眩き太陽の下をトランクス王子が歩みました。宿までの道のりは、なんだか歪んでた。きっと猛暑だったんだ。汗なんててんで出なかったけど。でも歪んでた。滲んでたんだ。

 

「ちょいとヒトちゃん! どうしたんだいその格好!」

 

 で、今現在はミレアノさんに大声で驚かれていた。

 ……だからね、僕は思ったんだ。心に刻んだんだ。筋肉があれば、もっと堂々とここまでを歩いてこれたんだって。

 まだまだひょろっちぃ僕だったから、こんなに視界が滲んでいたんだって。

 そうであるなら結論なんてすぐに出る。

 鍛えよう。

 たとえガードマッスルでも構わない。筋肉は筋肉だ。

 ドラゴンの攻撃だろうと肉のカーテンでガードできるほどの僕を目指そう。

 そうだ、それはある意味浪漫じゃないか。

 伝説の竜を相手に、ブレスで焼かれようと「くだらん技だ」と笑ってやれる自分を目指す! ひとつを極める───スバラシイ!

 でもとりあえずデビル天秤様は殴る。絶対殴る。グーで殴る。

 

「あぁあぁこんなに涙流して……! いったいなにがあったんだい!?」

「な、泣いてなんかないやい!」

「なぁあに言ってんのそんな格好でェェェェ!! 無理しなくていいんだよ!? 誰にやられたんだい!? 大方善人のフリして擦り寄ってきた詐欺まがいの馬鹿冒険者に装備盗られたんだろう!? ひどいことするやつも居たもんだ!」

 

 やめてくださいなんかもう自業自得の部分が強すぎて、フォローされると逆に辛い!

 でも本気で心配してくれている心遣いが嬉しくて、やっぱりホロリ。

 うう、いい人だなぁミレアノさん。

 自分に“いい親”って存在が居たなら、こんなふうに心配してくれたのかな。

 そう思うと、なんだかちょっと身近な人に感じられた。

 ……感じられたから、なんか自分の目標を知ってもらいたくなった。“僕はこんな自分を目指してるよ”って。

 なんだろね、この感情。

 

「え、えっと、ミレアノさん。僕、体鍛えるよ」

「ああそうだね、もうこんなことが起こらないように、しっかり鍛えな。大丈夫、あんたなら出来るよ。しっかりやりなっ」

「───」

 

 そして、自分の目標をまっすぐに応援してくれるこの大きさ。

 何を言っても怒鳴って否定するだけだった実の親とは、他人だというのにこんなにも違う。

 あ、まずい。なんかちょっと余計に視界が滲んだ。

 

「で、そっちの子は誰だい?」

 

 涙が止まった。

 ミレアノさんの目が、ちょっぴり笑ってない。

 あの。聞いてください。べつに僕、女の子をとっかえひっかえしてるわけじゃないです。

 だからその、女にだらしがない子を見るような目はやめてください。

 

……。

 

 ミレアノさんに事情を話すと、随分とまああっさりと信じてくれた。

 いわく、「そんなことも信じられないようじゃ、ギルド前の宿屋なんてやってられやしないよ」だそうで。

 そりゃそうだ、僕の身に起きた出来事なんて、創業から今までを考えれば案外大したことでもないのだろう。

 そうだよね、竜人に会って散々食われて、フレッシュミートとして認識されたご主人様なんて僕以外にもきっといっぱい居るのさ! …………居るよ!? 居るったら居るからね!?

 

「さてと」

 

 それはそれとして。服、なんとかしないと。昼食をいただきながら、そんなことを思う。

 今はとりあえずミレアノさんが服を貸してくれたから、マリアはそれでなんとかなっている。宿屋ってこともあって、たまに忘れものとかがあるんだって。それを借りている。けど、僕はまだフルアーマーオーガ・トランクス王子。でも気にしちゃいけない。

 宿屋の食堂では他の冒険者がお酒……エールっていうらしいそれを、ガッハッハと笑いながら乾杯している。

 木製のジョッキが振るわれ、ぶつかり合うといい音がした。アルコールで顔を赤くした冒険者たちは実にいい笑顔をする。

 

「おぅいママー! エール追加ぁ!」

「だぁれがママだい! まったく真昼間から飲んでるんじゃないよぉ!」

「いやぁしょうがねぇってばさぁ! 今回のクエストでい~ぃ素材手に入っちまってよぉ! ずぅっと欲しかったもんだからもう嬉しくってよぉ! だぁっはっはっはっは!」

「はいはい、つまみは何がいいんだい? 奢ってやるから好きなもん言いな」

「奢り! っかー! そういうところがあるからママは好きだぜ! じゃあハッピーナッツ! あ、バター焼きで!」

「あいよ!」

「今日はいい日だ! ぁぁあ~……ぉうっ、今日はいい日だぁ~……ヒック」

 

 食堂は、お昼時だというのにひとつのギルドの賑わいの所為か、お酒の匂いでいっぱいだ。

 でもその匂いも嫌な感じじゃないのは、お酒自体がいいものだからなのだろうか。

 

「悪いねぇヒトちゃん。昼間っからこの匂いはきついだろう?」

「あ、大丈夫。あまり嫌な匂いに感じないから。……エールって果実酒かなんかですか?」

「ああそうか、ヒトちゃんは地界出身だったねぇ。フェル・マデオネスでいうエールっていうのはね、もちろん果実もあるんだけど、“応援果(おうえんか)”っていう大きな果実と呑米(どんまい)っていうお米で作られたもんでね。これが、祝い事の時に飲むと心から喜べるってんで、ここらでは結構飲まれてるんだよ」

「果実と米……へええ」

 

 応援歌……じゃなかった、応援果と、ドンマイ? 呑米か。すごい名前だ。

 

「あ、そうだ。ミレアノさんに訊きたかったんだけど、この町に服屋って」

「服屋……あぁ、ここらじゃあのヘンクツ馬鹿のところしかないねぇ。獣人だからって嫌うなんて、嫌なヤツも居たもんだ。いい加減、昔の恋人のことなんざ忘れちまやぁいいのにねぇ」

「あ……やっぱりミレアノさんもそういう方向で知ってたんだ」

「娘のことでいろいろあったよ。昔はいいやつだったんだけどねぇ」

 

 どこか寂しそうに言う。

 なんでもあの服屋さんとは古い友人関係にあったらしい。

 でも娘が獣人ってことでいざこざがあって、今じゃ互いに我関せず状態だとか。

 

「おーいあんたらぁ! 誰か、あいつの代わりに服屋でも作る気はないのかい!?」

「おいおい冗談きついぜミレアノママァ!! 俺達ゃ冒険者だぜぇ!? 腰落ち着かせるにしたってもうちょい冒険を楽しんでからにさせてくれぇ!」

「そうそう! まぁでも、ひどい死に方とかしたら、冒険者も怖くてやってらんなくなるかもなぁ! そん時は考えるよ!」

「馬鹿は死ななきゃ治らないってか? だっはっはっは!」

「だぁれが馬鹿だぁ! おめぇに言われたかねぇってんだ! ワッハッハッハッハ!」

 

 冒険者たちは実に楽しそうに話す。

 本当に、冒険が好きなんだろう。じゃなきゃ、死んでも生き返られるとはいえ、こんな危険なことはしない筈だ。

 危険って意味は、マリアとの対峙で文字通り、痛いほど解ったから。

 

「はぁ、まったく……あぁそうだ、ヒトちゃん。なんだったら自分で作ってみたらどうだい?」

「え……自分で?」

「生活アビリティがあれば、そんなことだって可能だろうさ」

「生活アビリティ……あ。そういえばドルモスさんが大工のスキルがどうとか」

「そう、それだ。この世界にゃなにも大工のみに限らず、いろんなスキルがある。ステータス項目に戦闘スキルの他にもいろいろあったろう?」

「え? えと」

 

 あったっけ。一通り調べた筈なんだけどな。

 と、調べてみるものの、そんな項目はなかった。

 仕方ないのでマクスウェル図書館で生活スキルのことを調べてみると、あった。

 

 ◆生活スキル

 誰もが一度は手に入れる生活の才能。

 細工や木工、調理に掃除、様々なものがある。

 どれかが1でも上がれば項目に登場する隠しスキル扱いだが、なんでもかんでも癒すだけで完了させる誰かさんでは、こういった説明を見ない限りは得ることなどないだろう。

 

 ……おのれ天秤この野郎。

 どうしてこういつもいつも最後の一行に余計なことを……!

 事実だけどさ! 事実だけどさぁ!!

 

「え、そ、掃除? 調理? 木工?」

 

 なんの気無しにテーブルの上に落ちた水滴を発見。

 戸惑いつつ、拭ってみよう───とした時、シアンがそれを置いてあった布巾で拭った。

 

  ピピンッ♪【掃除スキルが1上がった! 項目に生活スキルが追加された!】

 

 ……嫌なタイミングで上がるもんだなぁああもう!

 ミレアノさんがなんかものすっごく微笑ましいものを見る目でこっち見てるじゃないか!

 違う! 違うんだよミレアノさん! 掃除をしたことがなかったわけじゃないんだ!

 確かに癒しに頼って、清潔感を回復~とかやってたりもしたけどさぁっ! な、なにもこんなタイミングで1上がることないでしょうに……!

 

「あっはっは、おめでとさん、ヒトちゃん」

 

 笑われながら、頭を撫でられた。もう好きにしてください。

 はぁあ……あの天秤さん、本当に僕の人生を秤にかけて遊んでいるんじゃあるまいな。

 辛いことのあとにはいいことばっかり起こるし、なんだか秤られている気がしてならない。

 楽観的って、そういう意味だったのかな。

 

 ◆生活スキルの成長について

 生活スキルはその事柄を何度も行なえば成長します。

 掃除なら掃除を何度もすれば、細工なら細工を何度も、といったように。

 一度上がったスキルは何年経っても鈍らないので、是非成長させましょう。

 

「へぇえ……!」

 

 一度上がったら鈍らないなんて、素晴らしい。

 それって、若い頃に極めて、老人になるまで一度も手をつけなかったとしても、同じレベルで料理が作れたりするって意味だよね?

 本当に素晴らしい。

 

「じゃあ、ちょっとやってみようか。えーと」

 

 シアンが使った布巾を手に、テーブルを丁寧に拭いてみる。

 

  ガカァン……!《ツァガ・ヒトには才能のかけらも無い!》

 

「畜生めェェェェ!!!」

 

 拭いてみればこれだった。

 途端にログに文字が流れ出して、そこには“防御しか取り得が無くなった者では習得不可能です”とか書いてあった。

 ……視界が滲んだ。

 

「………」

 

 試しにシアンに布巾を持たせて、テーブルを拭いてもらう。

 今回は賢さMAXで。

 ……特に変動無し。

 次はDEXMAXで。

 

  ピピンッ♪《掃除スキルが1上がった!》

  ピピンッ♪《掃除スキルが1上がった!》

 

 連続して上がった!

 あ、じゃあINTとDEXだと……

 

  ピピンッ♪《掃除スキルが1上がった!》

  ピピンッ♪《効率のいい掃除の仕方を編み出した!》

 

 ……そこにAGIを混ぜる喜び。

 

  ピピンッ♪《掃除スキルが1上がった!》

  ピピンッ♪《派生スキル:掃除速度UP(小)を習得!》

 

「……掃除にもいろいろありそうだなぁ」

 

 次々とスキルが上がるのが面白くて、次はこれ次はこれと試してみた。

 ちなみにさっきから黙りっぱなしのマリアは、現在INTをMAXにして勉強中。マクスウェル図書館で文字を習って、習った先から言葉を習っている。

 こうして二人が賢くて素晴らしい女性になってゆく様を見届けるのは、なんとも……きっと主人然としているんだろうけど。

 僕の内心はこうだった。

 

(……あれ? これ、僕ってますますHIMOになるんじゃ……)

 

 生活スキルでさえクソの役にも立てそうにありません。

 ……少し、忘れよう。大丈夫、防御側できっといいことあるさ。

 掃除じゃなくても、きっとなにか…………防御を活かせる生活スキルってなに!?

 ……ハッ!? 蜂の駆除とか!? 防御力があって、癒しも出来るから毒を喰らったって即回復! ……でもそれ、別に生活スキルじゃなくて駆除依頼でしかないや。

 ……ちなみに。ギルドでマリアを引き取ることはできないかとこっそり訊いたら、「依頼には含まれておりませんし、既にペット扱いなので無理です。それとも捨てますか?」と受付のおねーさんに言われ、罪悪感に敗北した。ええ、ペットですもん、テイムしたんですもん、連れていかなきゃ嘘だ。僕はあの両親のような人間にはなりたくない。

 

「あ、あう、あうおー……へ、ひゃー……」

「? マリア?」

 

 マリアが僕を指差して、こてりと首を傾げる。

 え? なに? へひゃー?

 

「へひゃーがなんなのかは知らないけど、僕はヒト。ツァガ・ヒト。はい、言ってみて」

「ひ、ひー……」

「ヒト。うん、ヒトだ」

「ひーと!」

「熱くなってきたぜぇ……! じゃなくてね!? ヒト、ヒトだってば!」

「ん、んー、んー……!」

 

 目をぎゅっと閉じて、頭の上部にある妙なところを指で押すマリア。

 なんか一休さんみたいなポーズ取ってる。

 あそこって押すと頭の回転を助けるんだっけ?

 

「《しゃきんっ!》……ん、わかった。わたし、まりあ。えと、あなた、ヒトー」

「マルがついたらネフェルな人になってボられそうだからやめて!? ヒト! 伸ばさなくていいから!」

「ん、わかった。大丈夫、ちゃんと学んでる。ヒト、ヒト……ヒト……覚えたー!」

「速い!」

 

 シアンの数倍か、それ以上であった。

 そりゃそうだ、なにせステータス自体がそもそも違いすぎる。

 でも具体的な数値は見ません。絶対にです。

 だから、あんまり頭脳派頭でっかちになってしまっても困るので、ステータスは平均に戻した。……STR以外。

 

「あらめられ……あられ? あらめたてませて……あらてーて! ……あらためて、まして? えとえと、マリア・ミルハ」

「ストップ!」

「ふぇう!?《びくぅっ!》」

 

 ミルハザードって言いそうになったマリアに待ったをかける。

 さすがに街中で黒竜王さんの名前はまずい。

 なのでMと言ってくださいと真剣にお願い。

 あと“あらためましてだ”。

 

「マ、マリア・M・スオウ、だよ……です」

「うん……なんかごめん。あ、でも口調は“だよ”でいいよ。そんな硬くならないで」

「でもわたし、ぺっと、だよです」

「大声でそれは言わなくていいから!」

「う、うん」

 

 こくこくと頷く。

 ……ちなみにであるが。

 僕が貰ったステータス移動の能力は、ご存知の通り奴隷にしか出来ない。

 ペット、と書かれているにも係わらずそれが可能なのは、つまりそういった意味でのペットと世界レベルで認識してやがるからなのでしょう。

 ガードマッスルでもいい、絶対に殴ってやるあのデビル。

 でも楽しい今をありがとう。

 

「え、と、ヒト……?」

「《クワッ》ご主人様です」

「ご、ご主人……?」

「シーアーン。ヒトでいいんだって」

「で、ですが」

「マリア、呼びやすいのでいいよ。好きに呼んで」

「ど、…………奴隷長……?」

「ごめんやっぱり今の無し!」

 

 なにがどうなって奴隷長になった!

 そもそもマリアって話が出来たらここまでおどおどっ子だったのか!?

 今までどんな生活してきたの! ……ジャングルの王者ですね! ウワハーイ!

 

「じゃあ、ご主人様……。ぺっと躾けるの、ご主人様」

「……出来れば別の呼び方がいいなぁ」

「……ん、んー……ん、……びっぐしーるどがーどなー?」

「……《ブワッ》」

 

 泣けてきた。

 そのまますぎて、泣けてきた。

 場に出されても防御表示しかされない存在の代表じゃないか。

 むしろなんで知っている。……彰利さんの影響でしょうねそうでしょうねぇ!

 

「そこのところはいっそ誇るべきなのかもだけど、回復も出来るから別のがイイナ……贅沢でごめん」

「……ふれっしゅみーと!《どーーーん!》」

「やめて!?《ガァーーーン!》」

 

 諸手を挙げてのすっごい笑顔で言われた! けどやっぱり餌は嫌だ! 食料は嫌だ!

 特技は食料で~すとかどこぞの豚人みたいに言いたくない!

 

「ん、んーんー……」

 

 僕の反応を見るや、マリアは再びマクスウェル図書館を見る。

 プレートはマリアがいつの間にか持っていた。たぶん、犯人は精霊王様。

 んーんー言いながら空中に浮かんでいる項目や文字に目を通して、やがて僕を見て一言。

 

「あれき!」

「アレキ? え? 僕?」

「ん! あれく! ……あれき? ……あれく?」

 

 ……はて。なんだか妙に格好良く感じるような呼び名が。

 ツァガ・ヒトやご主人様や奴隷長からどうやってそこに?

 

「あれくー、あれくぅ~♪」

 

 マリアは上機嫌で僕の腕をとって、ぶんぶんと上下に振るう。

 ……あれく? あれく……あれ食う? ……ヒィ!? ち、違うよね!? 食べるって意味は関係してないよね!?

 

「え、えっとそのっ……マ……っ……マリア……? そのあれく? っていうのはそのー……どこから来た名前なのかな……?」

「あれくさんどりあ!」

「結局ミートだよそれ!!」

 

 なんでそんなことまで書いてあるのマクスウェル図書館! あと正しくはアレ“キ”サンドリア・ミートだ!

 なんでそんなことに!? と検索機能を使ってみれば、ミートで一番てっぺんに出てくるのがアレキサンドリア・ミートだった。

 ……猪、で調べてみても何故か猪自体の説明じゃなくて、キン肉マンに出てきた猪の説明がてっぺんだった。

 

(───……どうなってるんだろうなぁこの世界……)

 

 なんか妙に冷静になれました。

 ただ、その。

 精霊様方がおっしゃっていたように、つまりはアレなんだろう。

 楽しければそれで良しと。つまり、そういう楽しみに特化した何かを集めた空間、なのでしょうか。

 …………難しいことよりも、楽しむことか。難しいことも楽しんでしまえばどうでもヨロシ。

 

「じゃあ、裁縫から始めよう」

 

 で、今現在で出来る“楽しい”はなにかといえば、結局はそこに行き着くわけだ。

 え? 呼び方? もう餌チックな名前じゃなければなんでもいいです。

 

「え? あの、ご主人様、呼び方は」

「任せる……もう食料的な名前じゃなければ、ご主人様でもなんでもいいから……」

「どれいちょ!」

「やめて!?」

 

 ごめんなさいやっぱり奴隷長はいやだった!

 なので脱力なんぞに負けず、きっちり話し合って……僕が嫌がる呼び名以外でならなんでもいいということに。

 

「んー、ん、んんー……!」

 

 そしてどうやら、この子は考える時にんーんー言うのが癖らしい。

 目をきゅっと瞑って頑張って答えを弾き出している。

 

「で、裁縫なんだけど……」

 

 ミレアノさんに事情を話して、ソーイングセットを借りた。初心者用、というのがあるらしく、いきなり針は危険だから編み物でいけとのこと。

 ソーイングセットって縫い物の道具じゃないのだろうか。縫い物と編み物は違うだろうけど、英語での違いが僕には解らない。

 

「ご主人様、縫い物、というのはどうすれば……?」

「大丈夫、最低限の知識程度ならあるから」

 

 これでもいじめを味わった凡人。

 親が縫い繕ってくれるわけもなく、香織に教わったことがあるのだ。

 というわけで、食堂から移動するでもなくソーイングセットに触れてみたのだけど。

 

  ガカァン……!《ツァガ・ヒトにはもはや裁縫の才能もない!》

 

「アレェーーーッ!?」

 

 香織に教わったものまで防御に回されてしまったようだった。

 忘れようって決めたことはあったけど、これはあんまりなのでは!?

 

「あの、ご主人様……?」

「? ?」

 

 シアンとマリアが首を傾げて僕を見つめる。

 僕は静かに悟った顔をしつつ、指パッチンをして女将さん……もといミレアノさんを呼《コシュッ》……指パッチンすら出来なくなっていた。知らなかった、アレに才能なんて必要だったのか。

 そんな考えが頭に浮かんだ途端、ログにズシャーと文字が現れた。

 

 ◆指パッチン───ゆびぱっちん

 かつてフェルダールを支配せんとした大魔王が望み、とうとう習得できなかった伝説の奥義。

 その悲しみと怨念からか、この世界では才能が無ければ音を鳴らすことが出来無くなっている。

 

「ゲェエーーーッ!!」

 

 綴られる悲しい記録。

 ……大魔王なのに指パッチンが出来ないって……。いや、僕も今出来ないけどさ。

 それを怨念にして、出来なくするなんて……いやそれ以前に奥義扱いなのかこれ。しかもレジェンド級。

 そしていきなり騒いだために他の客やシアンやマリアに何事かと見つめられる僕。ゴメンナサイ。騒いで視線を集めるにしたって、ゲェーはないだろゲェーは。

 

「さ、裁縫だけどさ。精霊王様に能力を書き換えられた時、裁縫技術も無くなっちゃったみたいだから……素直に誰かを頼ろう。むしろミレアノさんを頼ろう」

 

 恥を飲み込みつつ、普通にミレアノさんを呼ぶ。

 ともかくだ。トランクス王子は卒業したい。そのためには服が必要だ。だからってビキニパンツにアゲハ眼鏡というのは無しの方向で。

 

「なんだいヒトちゃん。足りないものでもあったかい?」

「あ、いえ。ちょっと裁縫を教えてもらえたらナって……」

「うん? けどさっきは自信があるって……」

「いろいろあって技術が無くなっちゃったんですごめんなさい!」

「そ、そうなのかい? よぉ~しっ、それじゃあ任せときなっ! おいあんたたちっ! 酒とつまみはそれで足りてるねっ!?」

『イエスマァーーム!』

「そうかいそうかい、あたしゃ素直な子は好きだよ。じゃあちょいとごめんよ」

 

 客の返事をいい笑顔で受け止めたミレアノさんが、僕らと同じ席に座る。

 なんだかんだで贔屓してくれてるのかな、なんて思った時に、それはきっとシアンとマリアが居るからだろうなって思った。獣人差別で娘さんを亡くしているんだもんな、当たり前だ。

 亡くして……なくし……あれ? そういえば……自殺でもサンドランド側に吸収されるのかな。それともギルド入りしてないからそのまま死亡扱い?

 いやいや、この世界じゃ老衰以外は天寿って呼ばないって言ってたし、じゃあ───

 

「あの、ミレアノさん。いきなりな質問なんだけど……この世界で死んだ人は」

「……娘のことかい? そうだねぇ……戻ってこないってことは、向こうで楽しくしてるのかもしれない。それを訊くってこたぁ、ヒトちゃんもそれについては知ったんだろう? ……どの道ね、結界が張ってある町の中で獣人が暮らすなんざ楽なことじゃないよ。そこにいじめだの差別だのがあるんだ、あの子にとっちゃ、自殺はある意味で救いだったんだろうねぇ」

「………」

「死んだ子が戻ってくる。エミュルがそれをやったことがあるって知った時は、あたしだって涙したもんさ。きっといつか帰ってくるってね。けど……あの子は帰ってこなかった。となれば、こんな差別なんてものがあるクソッタレな場所より、向こうの方が楽しいってことなんだろうさ。会えない寂しさはそりゃあある。たった一人の娘をしっかり育ててやれない悔しさもそりゃああるさ。けどね、そんなものよりも娘の幸せさ。あの子がきちんと笑っていられるんだったら、あたしゃ自分の寂しさよりそっちを選ぶ。それだけのことだよ」

 

 語るミレアノさんの表情は、やさしい顔だった。

 意志としてでも、生きていてくれるのならそれでいいと。

 

「ま、だからこうして……あー、んん、そうだねぇ、おせっかいってのかねぇ、こういう風にものを教えるのが、なんだか嬉しいんだよ。遠慮は要らないから、困ったことがあったらいつでも言うんだよ?」

「お、押忍。なにからなにまで、ほんとありがとうございます」

「いいさいいさ。まあ会うこともないだろうけど、何処かで娘に会ったらよろしく言ってやっておくれ。ケイトって名前なんだ」

「ケイト……はい、必ず」

 

 受けた恩は忘れませぬ。忘れてしまっても、思い出したなら必ず返しましょう。

 その思いを胸にしっかりと頷くと、シアンが「オス……!」と言って頭を下げた。……真似してマリアも。いや、やらなくていいから、それ。

 まあともかくだ。編み方の基礎を教わるシアンのステータス……ステイトって言おうか。ステイトは、DEXとINTに振り分けてある。学ぶ力と器用さを主体にだね。

 ミレアノさんがお手本を見せてくれて、シアンがそれを真似する。編み棒が2セットしかないので、出来るのはシアンとミレアノさんだけだ。でもマリアが手だけでそれを真似ている。

 ……手の動きだけを見ると、釜で魔法薬を煮詰める魔女さんみたいだ。

 

「いいかいシアンちゃん。こうして……こうだよ」

「こうして……こう」

「んーん、んー……こうしてー……こー」

 

 教わるシアンに、真似するマリア。

 一歩離れて見ると、なんとも和む。……なんというか。ちゃんと和めるんだなぁ、僕でも。

 

「そうそう、飲み込みが早いねぇ。どんどん覚えてご主人様に服のひとつでもプレゼントしてやんなさい」

「……ご主人様に……服を……!《ぱぁああ……!!》」

「その前にシアンの服を作ろうね?」

「いやです《どーーーん!》」

「なんで普段は素直なのに僕のことになると頑固かなぁ!《くいくい》……ホ?」

 

 即答で断られたことに対してのツッコミのさなか、腕をくいくい引っ張るはマリアさん。

 ……やっぱり服、必要だね。トランクス状態が嫌だからって可視状態にしてる鎧を、こうも気軽にくいくい引っ張られると、物凄い違和感だ。見た目はちょっぴり年下の女の子なのに。

 

「ねーねー、ヒト、ヒートー……! わたしもぼっこ、欲しー! ……だよです」

「……キミはキミで、子供なのか大人なのか」

 

 だよですが定着しそうだ。もうちょっとINTMAXで勉強させたほうがいいかも。あと僕のことはヒトと呼ぶことに決めたらしい。

 で、だけど……ぼっこ? 編み棒のこと? ……残念ながら無いんだよなぁ。

 なので勉強を教えてみる。勉強とは言っても魔法の勉強だ。幸いにしてブラストのプレートグリフならあるのだ、そこから別の魔法もいろいろ調べていってみよう。

 

「ぶらすと?」

「そう、ブラスト。一応マクスウェル図書館には基礎魔法のことは書いてあるから、そこから魔法を覚えられないかなって」

 

 プレートには“マグベストル”に伝わる魔法双剣のことも書いてあった。

 双子であるリオナとリアナが協力して作り出した魔法双剣。ただし適性値が少ないと魔法の方が上手く扱えなくて、属性の加護に頼る結果になってしまう。その状態がリシュナさんの状態、なんだそうだ。種火はつけられるけど、燃え盛る炎は無理、と。そんな感じ。

 リシュナさんが使っていた“着火”、イグニスっていうのは、チャイルドエデンの親代わりと守護者を担っているカルナ・ナナクサって人が開発した始動キーらしい。チャイルドエデン出身のリシュナさんだ、使えて当然なのかも。

 そういえばエミュルさんが“うどん”がどうとか言ってたけど、このカルナって人がうどん好きなのかな? それとも別の人? ……別の人か。連絡が取れないって言ってたもんな。

 あと妻を奪われたとか……───いや、気にはなるけど、深く踏み込むつもりはないよ? 僕も好きな人が~とか、うん……もういいから、落ち着こう僕。

 

「んー、んんー」

 

 過去を思って苦笑していると、その傍で魔法云々をプレートで調べ始めるマリア。

 相変わらずんーんー言っている。と、突如として手を僕に向けると、

 

「まろにかーや!」

「………」

「まろにかーやー!」

「………」

 

 ま、まろ? まろに……え? まろ……なにそれ。

 え、えーと、まろにかーやまろにかーや。

 

 ◆マロニ・カァヤー

 食材の旨味を引き出す生活スキル側の魔法。

 くどい味のスープも魔力の注ぎ込み方次第でまろやかに。

 

「だから食材じゃないとどれだけ言ったらわかるのか!」

 

 プレートで調べてみればこれである。

 むしろマリアさん!? せっかく身につけた知識の幅がほとんど食事に関することにしか活かされてませんよ!?

 

「えへへー♪ ヒートーっ♪」

「《がばしー!》どわぁったた!? ちょ、マリア!? 急になにを《がぶり》ほぎゃああーーーっ!!」

 

 抱き締められた! ちょっと戸惑いつつも照れたりした───途端に噛まれた!

 いやっ、噛まれたっていっても軽いもんだけどくすぐったさといきなりってことが、思わず悲鳴をあげるくらいに不意打ちで!

 

「んんむー、んん、んー? むぁふぉやふぁ……? ぷあっ……まろやか? ヒト、まろやか?」

「女の子に“あなたはまろやかですか”って言われたの、きっと僕だけだよ……。……魔法は発動してなかったよ。SP減ってないし」

「え~……? むぅっ……おしえて、ヒト、教えてっ!」

「教えるって、魔法を? ああえっと、今教えてたところじゃなかったっけ?」

「もっと! 頑張るっ!《むんっ》」

 

 ふんすと鼻息も荒くガッツポーズを取る少女。こんな彼女がしばらく前は暴走していて、コボルトを根絶やしにするところだったと聞いて、いったい誰が信じるのか。ええまあ一応僕は信じる。食われた張本人だし。

 

「そ、そかそか。えっとね、魔法っていうのはイメージが大事らしいんだ。だから───」

「いめーじ……! おいしくなれ~……! まろやか~まろやか~……!」

「やめて!? 人に手のひら向けながら呪いかけるのやめて!?」

「んー、んー……? ヒト美味しい、わたし、嬉しい。えとえと、はっぴぃ」

「食料じゃないと言ってるでしょーが!」

「ヒトおいし~♪ すごくおいし~♪」

「誰が日本代表鶏ガラインスタントだ!《かぷかぷ》噛むなぁあーーーっ!!」

 

 笑顔で日本代表鶏ガラインスタントヌードルの歌を歌うペットがおる。

 ペットなのに“食料=主人”っておかしいよね? でも現実は目の前にある。ちくせう。

 

「わたしわたし、まろにかぁやおぼえたいですだよっ! ヒトまろやか! はっぴぃ!」

「あっはっはっはぁ、こぉ~いつぅっ♪ ……マジでカンベンしてくださいお願いします」

「ヒト、まろやか……! ヒト、あまくなる……! すてきすてき、はっぴぃ……!《ゴカァアアアア!!》」

「ギャーーアーー……」

 

 目がきらきらどころかゴカーと光っている。

 まずい……今誰かが正しいペットの躾け方、とかそんな名前の指南書を差し出してきたら、多少高くても喉から手を出すクリーチャーになってでも欲する自信がある……!

 

「なんだいなんだい、その子、欲求暴走でもしていたのかい? かわいいねぇ」

「え───ミレアノさん、わかるんですか?」

「娘が獣人だったんだ、そこんところにゃ多少の知識はあるってもんさ。欲求暴走にゃあいろいろあってね、食欲、睡眠欲、性欲とあるわけだけど、食欲で満たしてくれた相手にゃあひと際懐くって話さ。研究者が言うには、満たすための最後の一口が、好む相手の一部だとなおいいとか、ね。まあそんなことが出来るやつなんざ、回復の式が廃れたこの世界じゃ珍しいってもんで、今じゃその研究も真実なのかどうなのか」

「───」

 

 笑顔で硬直。ソ、ソウナンデスカーとしか言えない。

 ナルホドネー、だからこんなに僕の味が好きに……───ちょっと待て研究者。それ懐いてるんじゃなくて、味をしめただけだよ絶対。“自分を満たした味”を美味しくいただきたいだけだよ。

 

「それにしてもー……マリアちゃん、っていったっけ? 髪の毛、すごいことになってるねぇ。ヒトちゃん? 相手は女の子なんだから、きちんと整えてやらないと」

「エ? あ、はいィ……」

 

 それは僕も思った。ろくに手入れもしていないだろう髪の毛は結構ぼさぼさだ。痛んでるって言うほどじゃないにしても、こう……整ってはいない。切ってやらなきゃ前髪すごいですね状態だ。

 

「よっしゃ、それじゃあ裁縫のついでに散髪も世話してあげるよ。ど~にもヒトちゃんは不器用っぽいからねぇ。シアンちゃん、よ~く覚えて、ヒトちゃんを支えてあげるんだよ?」

「頑張るマス!《シャキィーーーン!!》」

 

 耳と尻尾をシャキンと立ててのガッツポーズを見た。……力みすぎてて変な言葉になっていた。

 

「それじゃ、マリアちゃん? ちょっとこっち、そうそう、こっちに座ってちょうだい」

「う?」

 

 きょとんと、長い前髪から覗く瞳が疑問に溢れる。でも好奇心の方が勝ったみたいで、促されるままにミレアノさんがどいた席へとちょこんと座る。

 と、ミレアノさんが大きなシーツのようなものを取り出して、バサァとマリアに纏わせた。こう、首から下を包み込むような、いわゆるてるてる坊主状態だ。

 

「? ? ……う? んん、んー……、!《ぴこんっ》これしってる! えとえと、ぽんちょ!」

「あっはっはっはぁ、ポンチョとはちょいと違うねぇ……はい、動かないでねー」

「ううん違くない。これで枝にぶらさがると、明日も天気! はっぴぃ!」

「ヒトちゃん、あとでちょっと店の裏に来なさい」

「僕そんなこと教えてませんよ!?」

 

 あらぬ疑いをかけられた。信じてください僕じゃありません。どちらかと言わずとも絶対に彰利さんです。

 マリアは自分の知識を教えられたのが嬉しいのか、耳がピコピコ跳ねるように動いている。竜人の耳は、どうやらエルフ耳に近いらしい。ただし、横じゃなくて後ろに長い感じ。その上に角があるから、なんかカッコイイ。

 一方でシアンはシアンで“散髪”というものがどういうものなのか、決して逃さず目に焼き付けようと、目を見開いて待機───あ、乾いたみたいで涙拭ってる。

 

「いいかいシアンちゃん。散髪スキルは髪に櫛を通すだけでも上がるから、最初の内はじっくりと櫛の通し方から学ぶんだ」

「……!《こくこく、こくこく》」

 

 ふんふんと頷くシアン。言いながらマリアの髪に櫛を通すミレアノさんは、結構手馴れた様相だ。……たぶん、娘さんにもこうして散髪をしてあげたりしていたのだろう。

 

「ああちなみにね、散髪の時はインベントリを開いておくと楽だよ。切った髪の毛、入れられるからねぇ」

「便利そうだけど技術の無駄遣い感がかなりありますよね」

「な~に言ってんだい、“使えるものは使う”! それをまず覚えなきゃ、生活スキルなんて呼べやしないよっ」

「あ……ははっ、そりゃそっか。ミレアノさんが言うと、説得力もすごいや」

 

 肝っ玉かあちゃん然とした人の言葉は、すとんと簡単に納得の域に辿り着くものでした。

 さっきから頷いてばかりのシアンと一緒に頷いていると、とうとう始まる散髪。食堂で散髪っていいのかなぁと思ってたら、切った先から髪の毛が消えてゆく。恐らくインベントリに便利に収納されているんだろう。

 そうしてハサミが動く音が続いて、しばらくすると……散らかった髪もない椅子の上にちょこんと座る、ポンチョもどきの竜人さんの完成だ。髪型は……なんだろ。悠彰も言ってたけど、小説とかの主人公って、よく相手を見ただけで髪型の名前とか服の名前とかぽんぽんと出てくるよね。僕じゃ無理だ。

 ぼっちでズボラでファッションなんて適当って感じの主人公が、女性が着ている服の名前を的確にペラペーラ並べる在り方なんて、“お前何者?”って思うし。

 

「ミレアノさん、この髪型って名前とかあるんですか?」

「? ないよ? 似合うと思って切ったなら、それが髪型ってもんさ。あぁもちろん、仮で束ねてるだけだから、仕上げは風呂から上がってからになるねぇ」

 

 そうだよなぁ。わざわざ名前を考えんでも、それが似合ってるならそれでいいじゃない。だから思う。小説の主人公、人の髪型の名前、知りすぎ。美容師志望でもないのに、どうやったら覚える機会があるのか教えてほしいくらいだ。

 思いつつもマクスウェル図書館を開いてみる。検索、髪型の名前……あ、出た。

 ええと、今纏められているマリアの仮の髪型はー……フラワーツインテール。ツインテール、ツーテールと呼ばれているものよりも、下の部分で髪を結わったもの。髪を縛っているのが、綺麗な花飾りであることも特徴だとか。上向きに縛るツインテールと違って、下向きに下ろす感じ……らしい。ツーサイドアップに近いとのこと。

 まあそれはそれとして、結局切った髪の毛はインベントリのお陰で散らばらなかったわけだけど……意味はあったのだろうか、このポンチョもどき。

 

「ちなみにね、種族によっちゃあ髪の毛が貴重ってのもあるんだ。その場合だと髪の毛一本一本でスロット一つを埋めるっていうのもあって、あっという間にいっぱいになっちまう時もあってねぇ。はは、これはそのためのもんだよ」

 

 ああなるほど。納得していると、ポンチョもどきがばさりと取られる。……マリアさん、なんでお気に入りを取られた子供みたいな顔してるの。

 

「は~ぃこれで終了だよ、お風呂行っといで。っとと、シアンちゃんにはお風呂のお世話の仕方も教えておかないといけないかね」

「ミレアノさん、そこで僕を見るの、ほんとやめてください」

「な~に言ってんだい、生活スキル上達のきっかけや上達欲なんてものは、“誰かのため”ってのが一番なんだ。スキルがあっても使う場が無きゃ持ち腐れってもんだろう? その点シアンちゃんはヒトちゃんのことが大好きだし、上達はあっという間だろうねぇ」

「むー、わたしもヒトすき《じゅるり》」

「あっはははは! そうかいそうかい! 幸せもんだねぇヒトちゃんはっ!」

「待ってミレアノさん待って!! 今そこの娘、じゅるりってやった!」

「? お腹減ってるのかい? ま、今はそれよりもお風呂だよ。上がったらとっても美味しいもの、用意してあげるから」

「おいしいもの……!《ぱああ……!》」

「やめて!? なんでそこで僕のこと見るの!? いや違っ……僕ほんと、特技が食料な豚人(ブタビト)とかじゃないからね!? 輝く純粋な笑顔で言われたって食料じゃないから!」

「参考までに、マリアちゃんの好きなものはなんだい?」

「ヒト!《どーーーん!》」

「あっはっはっは! そうじゃなくて、好きな食べ物だよぉっ! この子おもしろいねぇヒトちゃんっ」

「わっ……笑える要素がひとつとして存在しない!」

 

 笑いながらシアンと一緒にマリアを連れて行くミレアノさんの後姿を、僕はもはや拭う気にもなれない歪んだ視界で見送った。

 この調子だと僕、食卓にあがることになるのでしょうか……ミレアノさんが気絶するな。出せても血のジュースあたりで……わあ、誇り高き竜族のお食事が、一気に吸血鬼っぽくなった

 いいや、僕もお風呂入っちゃおう。

 




五臓六腑が美味しい→全身が美味しい。
彼女にとって、ヒト少年は最高級の超好物です。

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