奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第十三話【精霊は二人居るから気をつけようね】

19/僕らのジャガー

 

 その後、無事シアンやイグと合流した僕と……マリアは、そのままマラカルニへと戻った。

 戻ってきたシアンがマリアとなにかしらの悶着があるんじゃ……なんて考えがあったにはあったけど、なんかべつに何もなかった。

 僕に抱き付いて、僕の首を味見している光景に、彼女の耳と尻尾が“ッピィーーン!”と逆立ったりはしたんだけど、マリアにチラリと見られただけでしおしおと。

 ああうん……猫と竜じゃね……うん……仕方ないよ、シアン……。

 それでも気になるのか、帰り道ではもうものすっごいチラチラ見られた。

 くすぐったいところを舐められて、くすぐったさと感触にヘンな声やら笑みやらが漏れてしまった時なんて、目の端に涙を浮かべて跳びかかろうとしていた……んだけど、出来ずにヘニャリと尻尾と耳を垂れさせる。

 可愛いって思ってしまった僕は意地悪でしょうか。

 

「はい確かに。変態オカマホモコンさんからの確認は取れています。ではこちらが報酬の5万£です」

 

  コシャンッ♪《5万£を受け取った!》

 

 というわけで、マラカルニの冒険者ギルド。

 報酬を受け取った僕は大きく息を吐いて、達成感とともに困惑も抱いていた。

 や、ほら、結局コボルトがさ……捕獲出来てなくて。

 だからランクアップもまだ。

 一応トドメを刺したってことで、シアンがコボルトキングを倒したことにはなっていた。

 討伐の証である“コボルトキングの重曲牙”っていうのがインベントリに入っていたから、あとはコボルトの捕獲さえ完了させれば晴れてEランクにランクアップ。

 なのだけれど、肝心のコボルトがさ……居ないんだ。

 繁殖期だっていうのになんと可哀相なコボルト。

 

「というわけで、コボルトが居ないんです」

「ははぁ……それは困りましたね。この際、瀕死だろうとなんだろうとコボルトベビーでさえなければなんでもいいのデスが」

 

 困った事態になったので、クエスト受付嬢ではなくエミュルさんに話しかけてみた。

 大体の事情も話してみると、興味深そうにマリアを見るエミュルさん。

 町の中ってこともあり、角が出ている以外はまるっきりフツーの女の子な彼女。少しダルそうだ。

 

「野生の竜人を懐かせるとはやりますねェヒト少年。よろしければ秘訣なんぞの情報をギルドに売ってみませんか?」

「売る───お、おいくらで!?」

 

 売る……売れる!? 僕の情報が!?

 やった! 僕もうHIMOじゃない! ああいや、そんな稼ぎなんぞよりシアンの稼ぎのほうが大きいんですけどね。ハイ、HIMOですとも。

 

「そうデスねェ……情報が他人でも扱えるかどうか、またはそれが確かなものかによりますョ。情報だけ聞いて、ハイだめでした、では買った意味もありません」

「なるほど。じゃあ聞いてからってことになるのかな」

「聞いておいて“ハイそれダメ”じゃあギルドの信用問題デス。一応前金50£をどうぞ」

 

  コシャンッ♪《前金50£を受け取った!》

 

「あ、なんか安心する値段」

「デショ? 話のきっかけに大金渡したって、上手く口が滑らないものデス。これくらいがいいんデスョ。というわけでさぁヒト少年、ズバリ、テイムの条件は?」

「……新鮮さ、かな」

「新鮮さ? …………オオなるほど、もしやその竜人のコ、欲求暴走中だったのデ? それを新鮮な食事でテイムさせたと」

「ええ、それはもう。血も溢れ出る捕れたてピチピチの生(きている)肉を」

「オオ、ナマニクですか。狩りをしていたらいいところに竜人が訪れた、みたいなものデスね? というか、血もしたたる、ではないのデスカ?」

「溢れ出ました。これは譲れません」

「そ、そうデスカ」

 

 ……ていうかやっぱりシアンは町に入ると静かだ。町というか街というか。ええっとファンタジーでいう“マチ”って町でいいのかな。それとも街?

 (*大雑把に、マラカルニでいうならマラカルニ自体を町。区画、用途ごとに並び建てられた部分を街といいます。応用:町中(まちなか)の商店街、など)

 ……気になってマリアの様子をもう一度じぃっと見てみると、やっぱり調子は悪そうだ。

 結界効果ってすげぇ。

 

「さて、ではその新鮮なお肉の詳細を! これが一番大事デスョ!」

「───《ゴギンッ》」

 

 あ。

 ア、アーアアアアアノ!? マリアさん!?

 町中で攻撃とかはマズいと思うんだ……! だからその、急にゴギンと変異させた竜っぽい腕、元に戻して!? ぼぼぼ僕、角以外出てない、腕からも鱗っぽいのが出てない人タイプのキミが好きダナー!

 

「え、あ、は、は、ああ……!? あのあの……!? なぜ竜人ちゃんは急に腕を変異させて……!? ぼぼぼ暴力反対デスョ!?」

「えーと……」

 

 これ、説明しなきゃだめかな。

 ……致死状態でもあっさり回復、なんて力を見せた所為で戦争に狩り出される~とかないかなぁ。

 

「あの、絶対に秘密にしてほしいんですけど。いいですか? ここだけの話」

「イエまあなんとなくわかりました。回復補助適正が飛びぬけているヒト少年デスからネ、大方どれだけ食われても体を再生させて、彼女が満足するまで食われたとかそんなところデショう」

「なんでわかるんですか今ので!」

「エエッ!? 本当なんデスか!?」

 

 適当言っただけみたいだった! なんということでしょう!

 

「ホッホォォォォ……いえまあ過去の文献を紐解けば、回復に長けた化物なんてそこら中に居たんデスがね。いやいやしかしその末にテイムしたのが竜人、それも女の子なんて珍しい」

「あ……そういえば竜人ってこの世界にどれだけ居るんですか? やっぱり縄張りとか持ってたり?」

「ホ? オオ、竜人は片手で数えられる程度しか居ないのではないデスか? “竜が秘術で人の姿になって、人と交わった際に産まれる”という話から、そのまま“秘術で人になっただけ”という話までいろいろありますから。一口に竜人、と呼ぶにはちと判断が難しいんデスョ」

「へぇえ……あれ、じゃあマリアも?」

 

 あれ、でもステータス内のJOB項目は竜人/ペットだ。

 彼女は竜人で間違いないらしい。

 

「どうデス?」

「竜人で合ってますね。で、コボルトの話ですけど」

「さらっとお肉のことを流しましたネ。まあいいデス、癒しを扱える者が居なくなって久しいこの世界デスが、だからといって戦いに無理矢理連れて行く、なんてことは絶対に。いいデスか? 絶対にしません。何故かというと、他人の都合で無理矢理戦争に巻き込んだり、なんて“つまらないこと”をすると、敵側のボスが恐ろしいからデス」

「ボス? え? ボ、ボボボス? え? あの? それって魔王、とか……」

「いえいえ、魔王よりよっぽど強いデス。マクスウェル図書館でもある程度ランクが上がると調べられる情報も出てきますが、その中に敵勢力の情報もアルノデス。そこに敵勢力の親玉の情報も載っておりますが、その相手のレベルが限界レベルとの噂です」

「例の鎌倉幕府レベル!? あ、あ、でもこちら側にもそれだけのレベルの人が居たりは───」

「居ません」

 

 終わってる。

 ああ、なんか終わってるよこの世界……!

 

「ち、ちなみに相手勢力のことはなんて呼んでいたり……? 相手側も国とかなんですよね……?」

「相手勢力の名前デスか。“サンドランドノットマット”デス」

 

 ドリアード様が敵勢力だったぁああああああーーーっ!!

 えぇえええ!? 大自然を守護する精霊様が既に敵って、どれほど嫌われてるのこの世界!

 え、じゃあつまり相手側には魔王も居て自然の精霊も居て? さらにその上にとんでもない存在が───あれ?

 

「……あの。もしかして敵勢力のボスって、以前言ってた二人の親的な存在の……?」

「テイ・トクサンデスか? ンー……どうなのデショウ。そうだとして、敵だというのにこちらにナビシステムを提供するデショウカ。映像についてもそうデショウ?」

「あ、そっか」

「ああ、ちなみに以前、無謀に突っ込んで死んだ人々の話をしましたネ。この世界では、死ぬと敵側に魂が飛びます。敵勢力・サンドランドノットマットは意志が肉体を持った者たち、といった存在であり、私たちはこの世界で死ぬと意志体となって敵側の管理下に置かれるのデス」

「え……強制的に敵側になるってこと───って、それより、死んだら? え? そんな、死んだ後の話とか簡単に出るものなんですか?」

「出ますョ? そもそもがゲーム世界であったフェルダール、通称“ヒロライン”では、死んでも復活出来るという凄まじいシステムの下で世界が成り立っていました。その影響か、死んでも完全に死んだことにはならず、意志は残るのデス」

「……じゃあ、元はこっち側だった人が死んで、急にこちら側に襲い掛かってくる、なんてことも……?」

「? ええイエイエ、別に敵側だからといって、私たちを攻撃しなければいけないわけではありませんョ。意志体になった状態でも旅は出来ます。主に裏側の世界でデスが。もっとも元居たギルドからは引き抜き扱いにされて、敵側に強制登録されてしまうので、せっかく溜めていたギルドポイントも復活するまで使えない、ということになります」

「復活出来るんですか!?」

 

 なにこの世界! 命の価値がすごく曖昧なんですが!?

 交通事故で死んだ自分の命が物凄くちっぽけに思えて仕方ないのですが!?

 

「この世界での復活不可能な死など、寿命以外はありませんョ。なおこの寿命は天寿を指します。この世界でのみ、老衰以外は天寿とは唱えません」

 

 エミュルさんはそこまで言うとニヤリと笑って、眼鏡に魔力を通したのかテコーンと輝かせ……両手を横に広げて仰った。なんか神父とか偉い人がやりそうなポーズ。

 

「いいデスか、ヒト少年。この世界でもっとも重要視されること。それは───“楽しめるか楽しめないか”!! それのみデス!! 死ぬのが怖いから冒険できないなどと軟弱な言葉などいりません! 存分にこの世界を楽しむ! それが、この世界で唯一許された、最高の自由デス!《どーーーん!》」

 

 声高らかに。

 まさにそんな言葉が合ってそうな、見事な主張。

 それに呼応したギルド職員たち、それにギルドに来ていた冒険者たちも、一様に『ウォオオオオオオッ!!』と雄叫びをあげる。

 

「まあ奴隷として売られた子が人生を楽しめるかーとか言えば、そりゃあちょほいと無茶ってもんデスがネ」

 

 うん、そりゃそうだ。

 でも……そうだ。出来なかったことが出来る世界。

 地界でやれば怒られたことだって、この世界ならある程度許される。

 だったら……楽しまないのは損だろう。

 

「……ちなみにエミュルさんは死んだことは?」

「いきなり失礼デスねこの野郎。しかしナイス勇気デスヒト少年。死んだことはありますョ? 敵側の世界を味わったこともあります。ボスに目通りすることは叶いませんでしたが、まあなんというか……遠慮の無い世界でした。一言で言うと“気楽”です。比べてみれば、こっちは堅ッ苦しいデスねェ」

「……堅苦しいって……あ、気になる復活方法とかは……」

「死ぬと強制的にギルド引き抜き状態になり、意志体総合ギルド“ユグドリュアスブレードグリフ”に参加することになります。ギルド引き抜きに応じた場合はそこでしばらく活動しなければいけないことは知っていますか? その期間を治めれば、元の肉体で復活することが可能デス。ああ、“復活出来るなら、以前心配したように冒険者だらけになるんじゃ?”なんて心配はゴムヨーデス。復活出来ようがどうしようが、はっきり言ってモンスター側の方がハチャメチャに強いデス。なにせ基本、竜とかは人間を敵視してますし」

「なんでそんなトンデモない事態に!? え!? 人間って、竜族になにかしたんですか!?」

「どこぞの貴婦人が竜の卵で料理が食べたいザマスとかいう依頼を出して、成功させた例があるんデス。竜はプライドが高いデスから。エー……人と子を生そうとする竜が居る時点でお気づきデショウが、彼らにも当然発達した思考回路があります。さてヒト少年。卵とはいえ、自分の子供を料理にされて食べられて、憎まずにいられますか?」

「───《ニコ》」

「───《ニコリ》」

 

 ああ無理だ、そりゃ無理だよ。

 貴婦人のバッキャロー。

 

「ちなみにその貴婦人の名前はヤムベリング・ホトマシーといいまして」

「なにやってんの魔女さん!!」

 

 叫ばずにいられなかった。

 貴婦人どころか魔女じゃないですか! なんでわざわざ貴婦人なんて言ったんですか!

 

「その人、精霊と協力してこのナビシステム作ったんじゃないんですか!? え、えぇっ!? もしかして責任押し付けて逃げた的なヤツですか!?」

「いいえ違いますョ? そもそも彼女が居なければ赤竜族は絶滅していましたし、赤竜族もそこは感謝してもいいとは思います。絶滅しそうだった可能性の一端が魔女側にあったとしても」

「魔女すぎてもうどうツッコんでいいものか」

「まあいろいろと事情があるんデスョ。死にかけの赤竜王から力を継いで赤竜王になった~とか、王になったから赤竜について調べたくてホルマリン漬けにしてみたり~とか、もういろいろとアレだったそうです。魔女と呼ばれるだけのことはある人デスから」

 

 ……魔女の認識、間違ってた。

 ヒッヒッヒとか笑いながら、釜の液体を混ぜているだけじゃないんですね。

 

「ともかく、竜族が味方だと認識している人間は極僅かデス。精霊とは仲良くやっているようデスし、モミアゲ様には忠誠を誓っていた、という伝説が残っております。あ、ただ巨人族とは今も仲が悪いデス。険悪デス。顔を合わせたら殺し合うくらい危険デス」

 

 ウーワー! 巨人族もやっぱりまだ居るんだ!

 5メートルの巨大コボルトが居る時点でそうだろうなーとは思ったけど! 思ったけどぉおお!!

 ま、まあ別に戦いたいわけじゃないし、ぼぼ僕は平和に癒しの人となりたくて。

 ……そう考えれば、べつに癒しのことを隠す必要なんてないわけではある。あるけれど、冒険者をやっている今だからこそ迂闊な発言はやめておいたほうがいい。

 ギルドに所属しているから手伝わなきゃダメ、とか言われたら、まだ同じギルドで居てくれているリシュナさんも巻き込むことになるし、シアンだっていい迷惑だろう。

 慎重に、慎重に。

 

「あの。これ以上聞いてると魔女さんが大嫌いになりそうなので、なにか別の話が出来るといいなぁと」

「おお、会ってもいない人を聞いた話だけで判断しないのは美徳デスョ。用心は必要デスがね。ではひとつ。コボルトの部位はまだ手元に? 売ったりはしておりませんか?」

「え? あ、はい。さっきも言ったように、キングの素材だけなら残ってます」

 

 それ以外は……その。既に売ってしまった。だって“これほどまでに”絶滅寸前だなんて知らなかったから。

 

「そうデスか。では提案デス。死にかけの自分でさえ再生出来るあなたなら、その部位からコボルトを再生させることは出来ませんか?」

「ア」

 

 あ、いや、でも待った。それはとてもナイスアイディーアではあるけれど。

 まあ今までの会話でとっくにお察しのようだし、エミュルさんになら見せてもいいだろうか。

 

「命まで再生出来ますかね」

「塵になった魂が循環する前ならば。むしろ絶滅の危機デスので、成功してくれると嬉しいデス」

「モンスターでも絶滅すると困るんですか?」

「ヒト少年。この世界はバランスで保たれているのデスョ。私たちが“モンスター”と一言で表している存在にも、それぞれの役割や社会というものがあります。小さな存在でも何かの糧になったり、それがあるからその場所は侵さない者も居る、といったように。デスから生態系は出来るだけ崩さない程度に留めるのが一番なのデス」

「あ……なるほど」

 

 言われてみれば、今回はマリアの欲求暴走の最初の糧になったのだ。

 もしそこにコボルトが居なかったら? 僕の時みたいに人間を襲っていたかもしれない。

 もちろんそれだけを喩えて言ったわけじゃあないんだろうけど、きちんとそこには理由があったのだ。食われるだけの理由なんて冗談じゃないだろうけど、人間側の僕らがそれをいくら言っても仕方ない。人間側には人間側の考えがあるのだ。どちらかの益になることを唱え始めれば、いちいち行動に迷いを生むことになる。

 

「え、と。演習場、借りてもいいですか?」

「いいデスョ。あ、ただ確実に倒せる実力があるのなら、デスが」

「コボルトキングを倒した人がここに居ます」

「太鼓判デス」

 

 ニコリと笑って捕獲用アイテムを貸してくれた。

 いい人だ。

 

……。

 

 さて、というわけで演習場。

 懐かしの木人をちらりと見つつ、さらに奥にある広場に立つ。

 天井はなく、ギルドの大きな中庭をそのまま使ってますよ的な場所だ。ただし、しっかりと壁はあるしその上に格子もある。

 

「よし。じゃあ───」

 

 コボルトキングの重曲牙を手に、癒しを開始。

 するとそこに肉がつき筋が生えて、血肉が湧き出し───ギャア気持ち悪い! 僕も同じことやったけど!

 ああ……牙といっても、内部に肉とかが詰まってたからよかったのかな……。牙だけだったら、こんな風に再生はしないだろう。それこそ骨だけしか復活しなさそう。

 とはいえジュルジュルと再生は完了。

 目の前にはしっかりと5メートルほどの巨体が

 

『《ちゅごぉおおおんっ!!》ギョェエエエエーーーッ!!』

 

 ……完成した、と思ったら、空から光の柱のようなものが降り注いで、コボルトキングを焼いた。

 コボルトキングはまるで、自爆が趣味なバーンシュタインさんが力の暴走に巻き込まれた時のように、巨大な骸骨の波動と一緒に消滅。

 ……コロン、と、牙だけが転がった。

 

「えぇえええっ!? ななな何事!?」

『人間。面倒をかけてくれるな。この世界では死者の蘇生は、裏と表の循環以外禁じられている』

「え───!?」

 

 声。

 空から聞こえた声に空を仰ぐと、そこには長い髪をオールバックにした、錫杖を持った謎の人物が……!

 

「エ、エミュルさん、あれ……どなた?」

「く……空界を代表する大精霊……スピリットオブノート様……デス……」

「───」

 

 言葉が出なかった。

 死んだと思ったら悪魔に出会った、なんて瞬間よりもよっぽどあんぐり。

 でもあまり凄い存在だって実感が湧かないのも事実なので、ちらりとシアンとマリアを見た。というかさっきから体が軽い。いつの間にかマリアが抱き付いてなくて───ア。

 

『……! ……!《ガタガタガタガタガタガタ……!!》』

 

 ……シアンとマリアが、仲良く縮こまって震えていた。

 わあ、野生の勘がそうさせるほど、危険な存在デシタカー。

 

『ふむ。汝はアレか。天秤の悪魔が呼び寄せた地界人か』

「ごっ……ご存知……で……!?」

 

 あれ? おかしいな。声が上手く出ない。

 

『まあ、それはいい。今日は忠告に来ただけだ。よそから入ったのだから仕方ないとはいえ、きちんと覚えておけ。どれだけ何が死のうが勝手だが、死者の蘇生だけは認められん。我々は今までずっと、そうして親しき者を見送ってきた。例外などは必要ではないのだ。───そそのかしたのはエミュル、汝か?』

「しひぃっ!? ハ、ハハハハイ……! デスが生態系の問題が……!」

『問題は無い。無ければ創るだけだ。───刮目せよ』

 

 空の上で錫杖を回転させた精霊様が、床もないのに錫杖の石突を空中に叩き付け、なにかをする。……いや、したと思うだけで、実際にはなにがどうなっているやら。

 とか思っていたら、上空からコボルトがボロボロと落下してきてキャアアーーーッ!?

 

「え、や、ちょっ……! ギギギギルド職員集合ぉおおおおーーーっ!! ギルド敷地内に生体コボルトの群れが出現! せせせ殲滅作戦を開始するのデェエーーース!!」

「あぁ~~ん……? なぁに馬鹿なこと言って居たァアアーーーッ!? おいおいやべぇぞ! ギルド内に居る冒険者も呼べ! とんでもねぇ数だ!」

「すすすスピリットオブノート様!? これはいくらなんでも出しすぎでは───!」

『迷惑料だ。蟹の観察で忙しい。邪魔をするな』

『蟹!? え!? か───蟹!?』

 

 集まってきたギルド職員全員がツッコんだ。

 あ、もちろん僕も。

 

「あ、あのっ!? それってもしかして“スベスベツヤツヤモッチリプニプニマンジュウガニ”のことじゃ……!」

『ああ……! わかるか、汝よ……! たまらんぞ……!? とてもとても脆い存在が、海の中でリヴァイアサンに見守られながら生きる様は……!』

 

 あ。なんかこの精霊様ダメっぽい。言っちゃなんだけど。

 まだ生きてたんだ……案外強いな、スベスベツヤツヤモッチリプニプニマンジュウガニ。

 

「あの。こう言うのもなんですけど、他にすることとかは……」

『汝は己が心から楽しんでいるものの最中、他人から“それはくだらないから別のことをしろ”と言われて頷くか?』

「心の底から楽しんでるんですか!?」

 

 あ……ソ、ソウデスカ……! じゃあ僕から言えることはなんにもありませんですハイ……!

 

「それは失礼を……。あの。その蟹の観察のキモ、というか……楽しめる部分は、いったいどこに……?」

『地界で言うSUMOUで、常に土俵際の攻防を見ているような興奮を味わえる』

「最高じゃないですか」

 

 相撲! いいよね相撲!

 僕も相撲は好きだった。悠彰の家で一緒によく見てたよ!

 

『ほう。あの緊張感が好きか』

「大好きです。あの、無意識に力が篭るあの瞬間……たまりません」

『そうか。それはいいことだ。肯定からはなにも生まれんとはよく言うが、だからといって否定ばかりでは前に進めん。汝はそれらをバランスよく受け取れる人間のようだ』

「というわけで言うだけならタダということで、属性の宝玉とやらを貰えませんか?」

『───…………いい度胸をしているな、汝』

 

 あ。なんかニヤリと笑われた。

 次いで、『言うだけならタダか。懐かしい言葉を聞いた』なんて、クククと笑う。

 

『生憎と私は人間相手にそんなものは精製しないし、加護もくれてやらん。だが、久しぶりに笑ったことも事実だ。私もまだまだ“楽しい”を追求できる。どれ───……ふむ。全てにおいて、適性値ゼロ、という人間もまた懐かしい』

「え?」

 

 で、なんか僕の前に降りてきて、そんなことを言う。

 適性値ゼロ? それって僕の才能的な? え、でも回復系の才能が───

 

『ちなみにだ。汝は悪魔から貰った能力が無ければ、回復側の適性値も0だ』

「うん、なんかわかってた」

 

 思わず遠い目で、どことも知れぬ遠くを眺めた。

 ソ、ソッカー、ゼロカー。

 

『そんな汝の能力をいじくって───と言いたいところだが、それではつまらん』

「えぇ!? つまっ……!?」

『どれ、汝の奴隷の能力を書き換えてやろう。……ふむ、魔法、魔術側がからっきしだな。なるほど、魔法もブラスト一つか。……というか、ゼット・ミルハザードの娘。汝はこんなところでなにをしている……』

「あうー!」

 

 近づいた精霊様から逃げ出すマリア。……が、何故か僕の背中に。

 それに倣うようにシアンもやってきて───……あれ? 精霊様、それをスルー。

 それどころかもう一度僕の前まで来て、僕の腕を取ると───腕にひっついたままのイグに手を翳した。

 

『ギッ!? ギギー!!』

『動くな。少々書き換えるだけだ』

「あのっ!? シアンになにかしらをくれるのでは!?」

『……頭の硬い汝にはこの言葉を贈ろう。───この方が! 面白いからだ!《どーーーん!》』

 

 わあい、この世界の精霊ってこんなんばっかなのかー。

 意識がいっつも楽しいことを探していた彼、悠彰の笑顔を思い出し始める中、精霊様は遠慮無用にイグになにかを行使する。

 するとどうでしょう! イグの体が……真っ黒で光沢でテカテカだった体が、七色……どころじゃない色に変色を続けながら輝くじゃないですか! 何事!? なにごっ……怖っ! 怖い! なにこれ!

 

『人に加護をくれてやることはしない。だが、魔物は我々側だ。このヘビィビーにはたっぷりと私の力を流し込んでおいた』

「あ、あの……それはいったいどういったもので……?」

『奴隷紋で調べればいい。……おっと、挨拶が遅れたな。私は無の精霊スピリットオブノート。有形無形を司る、創世の精霊だ。汝がこの世界を楽しむ気があるのなら歓迎しよう。ないのなら死ね』

「死ねとな!?《がーーーん!!》」

『この世界は人が楽しむためにある。過去に、偉ぶり踏ん反り返るだけの邪魔な存在は全て滅ぼした。それでも奴隷などという制度が存在することに、腹が立たないでもないが……人は人、ということだろう。もはや“勝手にしろ”だ。この世界のマナを殺すような真似をしなければ、精霊はそこまで存在を敵視したりはしない』

 

 そ、そうなのですか! そりゃなにもされてないのにいきなり襲い掛かるとか、どこの蛮族でございますかって話ですが!

 あぁあああそれよりもなにか返事しないと! えーとえーと偉い人にはなんて返せばいいんだっけ!?

 さっきまで平気だったのに、時間が経つにつれて喉が上手く動いてくれない!

 でも返事しないと嫌味みたいに感じられるかも……! な、なんでもいいから返すんだ! 早く! えーとえーと!

 

「あ、お、おう、あ、み、みりん?」

 

 みりんンンーーーッ!?

 

『……私が言うのもなんだが落ち着け』

 

 そしてツッコまれた! 落ち着けって言われても! ていうかなんで“みりん”!? なにを思ってみりんなんて言葉が出たの僕の口!

 

『まあいい。私にはもう話す言葉もない。汝の性格はそう悪い方向にはないようでなによりだ。故にこの言葉を贈ろう。───“人”を楽しめ、少年。楽しめるのであれば、我々サンドランドノットマットは全てを肯定しよう』

「精霊の代表が敵だったぁああーーーっ!!!」

『うん? ……ああ、なるほどな。確かに人であるならば基本的には我々の敵だ。だが、誤解してくれるなよ、人間。我らサンドランドノットマットは、楽しく生きんとする者の友であり仲間であり家族だ。我らが芯とする“楽しい”を自然と受け取れる者であれば否定はしない』

「あ、の……その、あなたたちが芯とする、楽しいっていうのは……?」

『ギルド“俺の翼”の馬鹿者とは対極に位置する。一人が楽しむのではない、何かに巻き込もうとも、皆で楽しむ関係を我々は望む』

「あ……」

 

 ……本当に、どうしてここにキミはいないのか、悠彰。

 キミが大好きそうな人との関係が、今まさに目の前にあるのに。

 

『この世界は“楽しむ者”の味方だ。ただし、呆れるほどに自分勝手な楽しみ方をする者には平気で牙を突きたて殺す』

「剥くだけの牙じゃないんですか!?《がーーーん!》」

『剥き歯になっただけの獣に、警戒はすれど逃げ出す冒険者が居るものか』

「えと、臆病者とか」

『冒険者などやめて国へ帰れ』

 

 正論でした。

 

『だがそうか……ふむ……』

 

 なにか考えることでもあったのか、精霊の代表様……精霊王的な精霊様が、何故か面白そうな顔で僕を見る。

 と、

 

『汝、防御力が自慢か』

「え? あ、はい。なんかもういろいろと才能がなかったので、せめて防御力はと」

『そうか。私も才能が欠片程度しかなかった一人の馬鹿者を知っている。汝のその才能の無さはあいつを思い出させる』

「才能が無いって……え? 欠片程度? 一つはあったってことで?」

『欠片だと言っている。“一”にも満たないものだ。一人では引き出せもしない上、完成するまでは行使すれば頭痛に襲われるという役立たずっぷりだった』

 

 あらひどい。

 ん……あれ? なんだかさっきと違って、結構喋れてる?

 

『……汝が持つ私への恐怖心ならば解いてある。それよりもだ。私は一点を極めようとする存在が嫌いではない。故に、汝が望むのであれば、汝の“成長性”を面白い方向に伸ばしてやることが出来るが』

「是非!」

『よしよく言った』

 

 即答である。

 何故って、こういう時は全力でノリで行け、が悠彰との約束だから。約束、の頭に“お”をつけるとなお良い。

 先に立つ後悔が無いのなら、後悔しようとも後悔の先で楽しめる人生を!

 

『うむ。やはり地界人はこうでなくてはつまらん。で、だが。とりあえず汝の成長の将来性から防御以外のもの全てを吸収し、防御に回す』

「エェエエーーーッ!?《ズチュウウウウン!》ってウワーウワァアア待ってぇええっ!!」

『断る《どーーーん!》』

「えぇええーーーっ!?」

 

 なにかが! 僕の中にある“決定的ななにか”たちが吸われていっている!

 虚無感、または虚脱感みたいななにかが僕を襲って、なのに別の何かがメキメキと満たされている!

 

『うむ。これで汝の能力値は防御以外には振り分けられなくなった。トレーニングをすれば、もちろん人としての筋肉はつくだろうが、それはSTRなどとはまた別の能力値だ。そしてそれもヒットマッスルではなくガードマッスルだ。安心しろ』

「ウワハァアイちっとも安心出来ない! え、あ、えぇっ!? 僕そろそろ魔法防御力が欲しいなって思ってて……!」

『それならばその昆虫の能力を調べてみればいい』

「エッ!?」

 

 さっきから“エ”ばっかりである。でも勘弁してほしい。

 こんな状況になれば誰だって混乱するよ。

 ギルドのみなさん、まだコボルト相手に大暴れ中だし。

 でも言われたからには見ないわけにもいかず、イグのステータスを奴隷紋で見てみれば───

 

 ◆イグナショフ/甲虫、ヘビィビー種

 無の精霊スピリットオブノートの力で無属性防御を高められた虫。

 硬質化でその属性値は高められるため、無属性攻撃には強くなっている。

 属性、とつくからには魔法防御に特化しているため、硬質化すれば魔法を弾ける盾にもなる。

 なお、属性の加護を手に入れるとその属性をハチミツに付加できるようになり、硬質化する際には属性特化シールドとしてとても役立てるようになる。

 例:火属性の加護を入手すれば、火属性を吸収、または無効化する盾になることも可能。

 ちなみに無属性=物理攻撃ではないので注意されたし。

 

「………」

 

 魔法防御がイグ担当になったっぽかった。

 

「うわぁ…………あの、あのぅ……とっても嫌な予感がするのですが」

『仲間とは、足りないものを支え合い笑い合うものだ。故に特化させた《どーーーん!》』

「ありがた迷惑って言葉知ってます!?」

『熟知している。その上でからかうから面白いのだ。そんなこともわからんのか、このたわけが』

 

 精霊様に“すごい漢”風にたわけ言われた!

 

『私への不満は抱けたな? 抱けたなら是非とも成長しろ。殴りに来るがいい。相手が精霊だからとなにを躊躇する必要がある』

「精霊ってもっと落ち着いた存在だと思ってたのに、ナギーもあんたも傍迷惑すぎだぁあーーーっ!!」

『“精霊だから”とひとくくりにして、個の人格を認めぬとは……まだまだ青い』

「そして正論で言い負かされた……! け、けどですよ!? 成長性をいじくる理由は何処に!? 言われなくても僕、ずっとVITに振り分けるつもりでしたが!?」

『ステータスを見るがいい』

「………」

 

 もういやこの精霊王様。

 項垂れつつも一応は見てみるステータス。

 すると

 

◆ツァガ・ヒト/JOB:癒し人

 Lv 14

 

 HP 7998/7998

 SP 0/0

 

 EXP 28702

 NEXT 6298

 

 VIT 86

 

 SKILL:ヒール、オートヒール、ソウルヒール、オートソウルヒール

 £:53982

 

 ◆EQUIP

 頭:無し

 首:無し

 胴:鬼憧重鋼装以外はトランクス王子

 手:無し

 腰:無し

 足:無し

 

 *人物説明

 冷静な顔をして、鎧の中はほぼ裸な元地界人。

 鎧が壊れたらパンツ一丁なんて、どこの魔界っぽい村のゲームの主人公なのか。

 つい先ほど精霊スピリットオブノートの力でVIT以外の適性値が0になった。

 一箇所に限り身体能力から限界の概念が取り払われたので、鍛えれば鍛えるだけ強くはなれる。防御力が。

 なにせ成長性が防御に回っているため、打撃筋はとことん成長せず、防御に特化した筋肉としてしか成長しない。

 けれど一応、他の能力値のすべてを犠牲にすることで到ることの出来る、人間の可能性。

 地界では目指すことの出来ない、地界人が適当に語る“限界”の先を目指してみよう。

 ちなみにトランクス王子状態の時のみ、意識するとランスが創造されて、投げると威力が上昇する。

 

「要らないよそんな能力!!」

 

 最後の一行に向けて全力で叫んだ。

 そしてそうだった! 僕まだ鎧の下はトランクス一丁だった!

 お金も手に入ったことだし服を買わないと!

 あぁああでもあの獣人差別の人のところじゃ買いたくない! どうしよう!

 あとトランクス一丁のことトランクス王子って書くのやめて!? なんか悪い気がしてならないから!

 ……ステータスからVIT以外が消滅したことについては、もう考えるだけ無駄ってことで流そう。そうしよう。

 

『言っておくが、トランクス状態でなくなれば、創造されたランスは消滅する。ストックしておくことは不可能だ』

「考えもしなかったけどやっぱり甘くないですね! ていうかそんなことするように見えました!? 僕!」

『……ヒロラインでは随分と我々精霊を振り回してくれた、とても常識破りな存在が居たのでな……』

 

 わあ、すごい遠い目。

 どれほどからかわれたり裏をかかれれば、こんな目が出来るようになるのか。

 

『だが、サンドランド側に居る限りは退屈はしない。人らよ、我々はいつでも楽しき日々を望んでいる。攻めたくなったらいつでもくるがいい。真正面からブチコロがして意志体ギルドに引きずり込み、その意志そのものに“楽しい”を思い知らせてくれよう』

「もうちょっとマシな殺し文句はないんですか」

 

 文字通り殺す気なのに、楽しいを教えるためなんて。

 

『……ふむ。地界人はもっと、“死んでも平気”という言葉に食いつきがいいと思っていたが。汝はアレか。少々心の蓋にヒビでも入っているのか』

 

 僕の目の、なんか奥の奥を覗くような目。

 説明しづらいけど、自分の奥底を覗かれたような気がして、少し目を逸らした。

 

『……なるほどな。汝の過去を覗かせてもらった。随分とまあ面倒な両親の下に産まれたようだが……まあよくあることだ《パゴス!》ふぶっ!?』

 

 よくあるの!? なんて頭の中で考えながら、僕の体は勝手に動いていた。

 人の過去を勝手に見たって言葉を、心が純粋に拒絶したんだろう。出来るものなのかを確認するより早く、こいつは敵だと認識したようで、精霊王サマの鼻っ柱へ拳を振るっていた。

 

『ふふっ……(つう)ッ……! いい気迫だ……純粋な怒りを浴びたのはどれほどぶりか』

 

 で、殴っておいて一気に“状況”ってものを思い出す。

 というかエミュルさんがヒエーアーとか奇妙な絶叫をあげた。状況というのはつまりそういうことで、現在も続いているコボルトパニックは目の前の精霊が仕掛けたもの。

 その気になればこの場を埋め尽くすモンスターを出現させることだって出来る筈なのだ。

 そんな相手を殴ったとくれば……!

 

『相手が許されない行為を行ったのなら、殴って当然だろう。無論、私も甘んじて受け入れる。ニーヴィレイにも言われたとは思うが、我らサンドランドノットマットはどれだけ殴られようとも楽しいを追求する。相手をからかうのだ、それが相手を傷つけたのなら殴られて当然だ。そして殴られた上で楽しいを追求する』

「なんかもう滅茶苦茶だ!」

『受け入れてしまえ。この世界はそうした方が楽しい。ただまあそう過去を悪い方向で受け取るな、少年。汝よりもひどい過去を持つ者など、こちらには腐るほど居る』

「腐るほど!? あ、いや、べつにもう両親のことはどうだっていいんですけど」

 

 あれ、敬語が取れない。過去を勝手に見られたっていうのに、殴った瞬間に心が落ち着いた。

 

『安心しろ。汝の過去という知識を悪用するつもりもなければ、それに対して強い興味を抱くわけでもない。というかだ、真実こちら側にはありふれすぎていて、もはや普通にしか思えん。気休めに一応言うが、男親に暴力を振るわれ、女親は強く止めることもせず、役立たず扱いされた結果に子供の頃に一族に殺されそうになった男も居る。まあその場に集まった全員を逆に皆殺しにした、という事実もあるが』

「わあ」

 

 「それって地界人ですか?」『そうだが?』……そうだそうです。

 

『辛い過去なぞ今の“楽しい”で埋めてしまえ。私の知るそれらの過去を持つ者は、皆そうやって生きている。地界の常識だけではこの世界は楽しみきれん。一度といわず何度でも常識など破壊しろ。それが、この世界を楽しむコツだ』

「え、あの……生きるコツではなくて?」

『死んだらこちらのギルドに来るだけだ。ああちなみに、どこぞの薔薇馬鹿は絶対にコロがさん。あんなものが来てもこちらのギルドが迷惑するだけだ』

 

 そして彼はひどい言われようだった。

 

『どれほどのモンスターに襲われようとも、大群に襲われようとも必ず生き残ることが自慢らしいが、ククク……! こちら側が来てほしくないから、わざとコロがさないでいるという事実も知らんままに胸を張る……ククク……!』

 

 ワー、命懸けで遊ばれてるんだなぁあの人。

 

『ちなみにヤツを瀕死に追い詰めた時のみ、気絶させて金と装備を奪うようにしている。パンツ一丁で生還を果たし、町の者たちに“奇跡の生還者”と呼ばれ、鼻高々にしていた時など……ッ……ブフッ……!』

 

 あ、この精霊様、結構面白い精霊様だ。

 え? 薔薇馬鹿に対しての同情? あるわけないじゃないですか。

 

「アーアー、ナルホドー、あの事件の裏にはそんな事実があったのデスねー……」

「あ、エミュルさん」

「やあヒト少年。コボルト問題が済んだから一言言いにきましたョ。キミもう捕獲クエストしなくていいからEランクになってください。これでまたコボルト召喚されても困ります」

『存分に楽しめただろう?』

「えーえーもう最高にデスョ! 相手のレベルに合わせて強くなる敵なんて、随分とまた全力を出させてくれますネ! お陰でストレス発散が思う存分できましたョ!」

 

 ヤケクソっぽく叫ぶエミュルさんは、ところどころ焦げている。

 魔法を使うコボルトとでも戦ったのだろうか。

 

『たまには肩の力を抜け。ヤツもそれを常に望んでいる』

「常にデスか!? ヤ、そりゃまあ妻を奪われたのに全力でやさしく接してくれたあの人には、私も随分とありがとうデスが……というか、あの人今なにやってるデス? 久しぶりに会いたいのデスが、連絡が届かねーデス」

『口調が砕けているぞ……ああそうだな、今はとある場所で───……うどんを作っているな』

「うどん! え、あ、え、あの、わ、私も食べることは───! あの人のうどんは今も変わらず大好物デス! そちらへいくのが無理なら、せめてうどんだけでもここに転移を!」

『ふむ』

 

 ……どちゃり。

 空中にいきなりうどんが現れて、落下した。

 

「………」

『………』

「………」

 

 沈黙。

 

「キャーーーッ!」

『《パゴシャア!》ふぶむっ!?』

「キャーーーッ!!?」

 

 突然叫んで精霊王様を殴るエルフさんがおった。もちろん突然の出来事に、僕も絶叫。

 ……これがからかう対価だっていうんだから、ええと、サンドランド……だっけ? そっちの人は意志からして図太い。

 うん、また鼻っ柱だったんだ。精霊の王様なのに、ちょっと涙滲んでる。

 

「あの。防御力とかどうなってるんですか? 精霊の王様ってくらいだから高いんじゃ……」

『いじくって下げてある。痛くなければ対価にならん』

「あんたいい人だ!」

 

 素直に思った。砕けた口調は友好の証。でもごめんなさい、人じゃなかった。

 

『待て少年。いい人、と括るのはやめろ。我々は自分の意思を貫かんとする以上、悪であるべきだ。我々が取る行動の全ては“自分のため”だ。故に、他人の“自分のため”を折る行為を悪だと理解した上で行動している。我らが起こす行為に善を感じようと、そのすべてが私たちのためであると知っておけ』

「なんかややこしいですね」

「地界であったツンデレとかいうヤツデスョきっと」

『……エミュル。恐怖心を取った途端に態度が太すぎるぞ汝』

「遠慮無用は暗黙の了解ってヤツデス。むしろあの人と係わった私やリシュナがフツーに育つと思ってるほうがおかしいデス」

『まあそうだが。まあ汝も、ヤツに会いたいのであれば冒険でもするがいい。ギルド職員など退屈だろう』

「復活出来るとしても、自分が殺されるって恐怖は消えないものデスョ。あれを味わってしまうと、冒険者をまた、というのは難しいデス。あ、とりあえず茶ァください茶ァ。どこぞの誰かがコボルト出した所為で、備え付けの給湯装置がブッ壊れたデス」

『つくづくあの男の息がかかった存在だな汝……』

「創造、なんてものが出来る精霊様が茶のひとつで渋らないでくださいョ」

『神秘をなんだと思っとるんだこの馬鹿者は』

 

 言いつつも茶器を出して、いそいそとお茶を注いでくれた。

 ……あれぇ!? この精霊さんほんといい人だよ!?

 

「フゥ~~~、恐れていた精霊様にお茶を淹れてもらう……上級者のたしなみデスね《スズ……》」

『ちなみに香りはしないがわさび入りだ』

「フヴェェオヴァ!?《ゴプシャア!!》」

 

 おねーさんらしからぬ噴き出し方で、エミュルさんがお茶を噴いた。

 まあその、口とか鼻とかから。

 

『理解しろ汝。これがからかうということだ。無礼な言葉にも笑顔で応え、そこに報復を仕込む。そして《ひょいっ》これは私側の報復であるため、相手側からの攻撃を受ける理由がない』

「ムキー! 大人しく殴られるデスこのヤロー!! ───ッホゲッホゴホ! ツーンとするデス! 痛いデス!」

 

 振るった拳を避けられたエミュルさんが、思いっきり体躯のまんまの反応でぷんすか。

 マアかわゆい。

 

『まあ、そういうことだ。理不尽には対価が付き物であるべきだ。そしてようこそ、この世界へ。歓迎しよう。意志体となって我らのギルドに入り、死ぬ感覚を味わうのが嫌で蘇ることをしない者ばかりだが、汝がそうでないことを願おう』

「あ……やっぱりそういう人って居るんですか」

『大半がそうだな。順調で、自分ならばと突っ込みすぎ、巨大生物に咀嚼されて絶望する。自分が食われる、という記憶を持ったまま生きるのだ、なかなか復活などは出来まいよ』

「そうでなくても、あっちは居心地がいいデスからネー……」

「人でいっぱいになったりしないんですか?」

『人として生きる気力を失った者は別の何かになる。意志体だからな、そこは簡単だ』

「別のなにか……たとえば?」

『心配しなくとも、モンスターになったりはしない。向こうはいつでも人手を求めている部分もある。そこで過ごしてもらうだけだ。姿は完全に別のものになって、だがな』

 

 いえあの、その別のなにかっていうのが気になるんですけど。

 あれですか? 働き者の猫型獣人になって、一緒に楽しむとかですか?

 

『さて、無駄に話も長くなった。私としても蟹が気になって仕方が無いところだ、ここらで失礼しよう』

「ただ迷惑を振り撒きにきただけデスね……や、もちろん命の蘇生はもうやらないデスが」

『それでいい。……ああ、そうだった。ミルハザードの娘よ』

「!《ビクゥ!》」

 

 僕の背中に張り付きっぱなしのシアンとマリアが身をすくめる。特にマリア。

 

『“そちら側”のミルハザードが“こちら側”のミルハザードに敗れて久しい。様子見は弦月彰利の管轄だった筈だが、あれから問題はないか?』

「あうー……!」

『……会話以前の問題だったか。なにをやっているのだ、あのたわけは……』

 

 あ。なんとなく“あのたわけ”っていうのが彰利さんのことだってわかった。

 

『まあいい、様々なことはこれから、そこの主人にでも教わるがいい。私としては、“知人だから助ける”というのは以前のマスターのこともあり絶対にしたくないことだ。その点で言えば今のマスターは随分と気安いものだがな。……さて、“こちら側”の私がいつそういったことに気づけるか。ククッ……』

「独り言してるとこ悪いんですが、シアンが怯えているのでこの娘らの恐怖心も解いてくれるとありがたいです」

『一人か二人くらい怯えていてくれたほうが、威厳のようなものがあるものだろう? 気にするな』

「この世界の精霊ってみんなこんな性格なの!?」

『厳密にいえば“サンドランド側は”だな。マスターのもとで生きていれば、くだらん硬い思考なんぞは滅びてゆく。むしろ邪魔と感じる』

「サンドランド側って……え? 精霊って属性毎に一人ずつってわけじゃ……」

『うん? ああ、違うな。覚えておくがいい。この世界には普通の精霊と“黒”の精霊が居る。この“黒”の精霊が私たち“サンドランドノットマット”だ。こちら側の精霊とは敵対関係だな。馴れ合うつもりなど微塵もない』

 

 ……精霊社会にもいろいろあるんだなぁ。

 

『こちら側のスピリットオブノートに会っても、私と先に話した、などとは言わないことだな。呆れる速さで敵対関係として扱われるだろう。あの夏のことの全てを忘れた精霊どもには、それくらいの間抜けっぷりがお似合いだ』

「よくわからないんですけど。あの、ナギーも?」

『ヤツは特別だな。この世界でドリアードとアルセイドだけがサンドランド側だ。他のニンフどもは違うがな』

「ニンフ……」

 

 あ、たしかドリアードってニンフの中の一人なんだっけ。

 プレート情報の中にあった筈だ。

 オレアードとかナイアードとか、その中にドリアードとアルセイドって名前があった筈。

 

『まあ、ざっくりと言えば“いろいろとある”わけだ。というわけで、だ。ミルハザードの娘。こちら側の私が気づく前に、少々汝をいじくらせてもらうぞ』

「!? や、やー! やーーーっ!」

 

 精霊王様が近づく。

 途端にマリアの怯えは極限にまで達したのか、背中に張り付いたまま僕にすがるように力を込めて───丁度その位置にあった肩甲骨が、メシャリと音を立てて砕け痛ァアアアアアーーーッ!? 不可視化しててもそこにある筈の鎧が意味を為さなギャアアーーーッ!!

 咄嗟に再びの脳内麻薬回復! 痛覚を誤魔化したけど誤魔化しきれない痛みはやっぱりあってギャアア離して離してぇええ!! 離してもらわないと肩甲骨が復元できないぃいいっ!! 強い! 力強い! ステータスいじくっておいた筈なのにどうしてぇえええっ!! あれですか!? 潜在能力的ななにかが発動したんですか!? 竜ですものね、そりゃそんな力もありますよね! 正直侮ってましたごめんなさいだから離してぇええええっ!!

 

『ちょっとした贈り物があるだけだ、そう怯えるな。確か汝は刀になることが出来たな? 簾翁みさおの能力か。刀ではなく槍にしろと言いたいところだが、敢えて言おう。こういう場合の変身武装が刀や剣なのはもういい。拳になれ』

 

 ああやっぱりこの精霊さん滅茶苦茶だった! でも確かに人型のなにかが武器に変化ってなると、大体が剣か刀な気がしますよね! そして肩甲骨痛い! 砕くだけじゃ飽き足らず、お肉が筋が血管がぁああああっ!!

 

『……ふむ。これでいい。変換は無事に完了したぞ。戻ってきたミルハザードが、娘の変化能力が拳武器になっていたことを知ってどう思うか。置き土産も完了した。それでは私は───』

 

 これで失礼する、とでも続けるつもりだったのだろうが。

 彼が居なくなれば、マリアが僕にしがみつく理由もなくなる───そんな安堵が湧いたのち、突如、肩甲骨というか背中のお肉が骨やら筋やらごと解放されたかと思うと、僕の右手にズシリとした重み。

 なに? とチラ見をしてみれば、僕の右腕がなんかとんでもなくデカくゴツく変化していた。

 思わずナインハルトなズィーガーさんを思い出してしまった僕は、悪くない。でもそれよりもまずは肩甲骨を癒した。重さで腕が、肩甲骨ごともげるかと思ったし。

 

 ◆竜身武装ジャガーノート───りゅうしんぶそうじゃがーのーと

 絶対的破壊力を名に冠する変化能力。憑依武装ともいう。

 かつてヒロラインに存在した斧と同じ名前だが、こちらは斧ではなく拳武装。

 憑依した相手に自分の能力の受け渡しが可能ではあるが、憑依されたものにそういったセンスが無ければ持ち腐れ。

 *固有スキル:溜める、超溜める、フルブレイクストレングス

 

 で、いきなり視界に情報が流れ込んできたかと思えば、勝手に固有スキル欄の溜めるや超溜めるやフルブレイクストレングスなどの文字が輝き出して───え? や、ちょ、なになになにいぃいい!!?

 

「《ゴカァアアア!!》ほぎゃあああああああっ!!?」

 

 自分の体の半分以上はデカいんじゃないかと思える手がスパークを帯びた。

 次の瞬間には体が勝手に……いや、体というよりは手に振り回されるように体を捻られて───あ、これダメだ。殴る。帰ろうとして後ろを向いたのに、僕の悲鳴に振り向いた精霊王様のことを絶対に殴る。

 ……殴るならアレでしょう。せっかくこういう名前の武器なんだし、それに勝手に書き換えられたマリアの怒りもあるだろうし。

 じゃあマリアの能力値をSTRMAXにして、と。

 

「ジャガーノートパァンチ!!」

『《ズガァボッシャアアッ!!》ぐがぁおっ!!?』

 

 そうして、振り向き様の彼の顔面に、巨大な拳は炸裂したのでした。

 その威力は凄まじく、精霊王様が吹き飛び、庭の大木を破壊しても勢いが治まらずにバキベキゴロゴロズシャーーアーーと転がり滑ってゆくほどでした。

 遠慮無用に振るった僕の腕……マリアと同化している肩から先も、庭の地面に減り込んでいるほど。

 それをボゴォと地面から引き抜く……いや、マリアが自分の意思で出てくれると、僕はさわやかな顔で汗を拭った。

 

「さあ行こう……僕らの旅は始まったばかりだ……!」

 

 恐らく防御力を下げたままだった精霊王様がぴくぴく痙攣している姿を視界に納め、僕らの戦いは始まった。

 とりあえずギルド職員の皆様がハイタッチを求めてきたのでノリノリで返しつつ。

 

「ウェーーーイ!《ぱしーーん!》」

「ウェイウェーーイ!《ぱしぱしーーん!》」

「いやースカッとしたデス! よくやりましたネヒト少年!」

「おおよ! 悟った態度の偉いヤロウが吹き飛ぶ様ってのは、いつ見てもスカっとするぜぃ! 新人にしちゃあやるじゃねぇか!」

「まあそれはそれとしてEランクへのランクアップ、おめでとうデスョヒト少年。今ギルドカードの更新をするから待ってるデス」

 

 精霊王様と喋っていた時の名残なのか、ちょっと口調が砕けてるエミュルさん。

 そんな彼女が僕のギルドカードに光の篭った指を近づけると、なにやらぶつぶつと言って……カードが光に包まれる。

 と、ギルドカードの色が変わって、メッセージログに

 

  ピピンッ♪【FランクからEランクにランクアップ!】

 

 と、いつもの効果音とともに通知が!

 おおおEランク……! ただの治療屋さんを望んでいた僕が、とうとう……!

 これでお金を稼いで治療屋さんを開業しやすくなった!

 

『ちなみに武装憑依しようがステータス移動をしようがその者はその者だ。STRMAXで殴るのは勝手だが、ミルハザードの娘もダメージを喰らうことを忘れるな』

「うわぁ生きてた!? ……ってマリアァアアーーーッ!?」

 

 ビジュンと目の前に転移して説明してくれた精霊王様を前に、ハタと見てみれば……ジュルリと腕から外れて、地面にぼてりと倒れるマリア。

 しかもヘンな憑依の仕方をした所為でまた裸に───ってムラビトンスーツゥウウーーーッ!!

 一張羅が! 僕らの一張羅がぁああーーーっ!!

 破けた!? やぶけっ……

 

  【村人の服が全損しました】

 

 ログに残っておりました。

 もうやだぁあーーーっ!! 服がねぇええーーーっ!!

 切れ端でもあれば復元できるのに、どうやら全損扱いだとそれすら残らないご様子ゥウウ!!

 

「うう、ちくしょう……」

 

 でもまずはマリアの治療。

 きゅう、と目を回しているマリアに癒しを流すとハイシャッキィーン!

 あっという間に復活した彼女は、精霊王様を見るや僕の背中に隠れるようにしがみついて───ってだから裸なんですってば! しがみつく前に何かで隠す努力をして!? あ、僕で隠してる? でも後ろから見えちゃうから、せめて鬼憧重鋼装を

 

「やーーーっ!《バキベキゴキベキ!!》」

「やぁあーーーっ!?」

 

 で、奴隷紋で着せてみればまた破壊される鬼憧さん。慌ててまたステータス移動をしてみると、じたばたと暴れるだけのゴツいフルアーマーオーガさんの出来上がり。

 ……そう、フルアーマー。そこでハッとした。

 胸と腰だけでもって意識して装備させたところで、結局は全身装備扱いなそれが僕の全身からマリアに移ったところで、トランクス王子な僕は絶叫するしかありませんでした。

 

「え、うわっ、ああーーーっ!?」

「! はっ……ご主人様! この服をっ!《ガバッ》」

「ギャアアシアン駄目! 脱がないでぇええええっ!! だめっ! 脱いじゃだめぇえええっ!! ていうか俺にリシュナさんの服とか着ろってどんな拷問!?」

 

 ハッと気づけばもはや精霊王様はおらず……僕は、その場に居たギルド職員の皆様に、とてもとても温かい目で迎えられたのです。

 ……僕、もうそろそろ本気で泣いていいよね……?

 

 

  本日の教訓。

  ……衣食住、大事。

  住居も食事も大事だけど、代えの服くらい数着持っておこうね……。

 




 花騎士で石が溜まってきたので、何気な~く11連やったらエノテラさん来てくれたヤッター!
 現在の残りの石……121個。
 また貯めよう。

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