奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第十二話【大事の前の小事より後の小事の方が気力を使うよね】

18/先人は存在だけで偉いかって言ったら全員が全員そうってわけでもない

 

「竜人かぁ……」

 

 ぽつりと呟いて、竜を見る。

 生きたまま食われ続けるなんて恐怖を乗り越えた先……もっと動揺するのかな、なんて思っていたのに、自分は案外平然としている……ほうだと思う。

 普通だったら泣き喚いたり、脅かしやがってクソがァァァとか言って、倒れている怪物をドカドカ蹴ったりするんだろう。後者は映画とかだと突如目覚めたバケモノにパックンチョされるパターンだから気をつけよう。

 

(……案外、自分の死に関心がないのかもな、僕)

 

 地界で死んだ時も、そういえば香織とか妹の心配ばっかりしていた。

 どうやら“どうせこんなもん”は、自分の命の価値にまで向けられていたらしい。

 それでも好んで死にたいとは思わない。どうせ死ぬなら良い天寿ってものを全うしたい。飛ばされる前の天寿はひどいものだったし。

 ああちなみに、天寿っていうのは天が定めた寿命って意味。

 つまり“最初から最後まで決められた人生”ってわけだ。

 トラックに轢かれて死ぬのが僕の天寿だから、あまりにも笑えない。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 深呼吸。

 繰り返すこと十……何度だろう。

 足は未だに動いてくれず、心は完全に疲れきってしまっている。

 今すぐにでも走って逃げるくらいはするべきだろうに、まるで体を動かすために必要ななにかがすっぽり抜け落ちてしまったかのように動かな───アレ?

 もしかしてこれ……これって……

 

「I☆YA☆SHIの酷使の影響……だったり……?」

 

 有り得そうだった。

 だってこんな反則なまでの神秘、なんの消費もなく使えるわけがない。

 じゃあええっと、

 

「消費したなにかを癒そう。はい癒せ~♪《パパァアアア!!》治ったァアアーーーッ!?」

 

 途端に溢れる活力! 立ち上がる体! 漲るパァウワァー!!

 癒しは癒しっていうけどいくらなんでも反則すぎやしませんか!? いやまあ癒しなんだからなんでも癒せなきゃ“癒し”の名に恥じるところだとは思うけどさぁ!!

 というかどん底から急激に癒したもんだから、心が自信に溢れているというか、やっぱりあのその漲るパゥワー!!

 

「パパパッパッパッパ、パゥワァーッ!!《ドォン!》ホゲェア!?」

 

 漲る力を持て余しつつくるくる回っていたら、竜の方から何かが爆発するような音。

 心底びっくりしてヘンな声がでたけど、もはやテンションのお陰で恐怖も吹き飛んだ。さあ、なんでも来いだ。

 さっきみたいに急速回復して襲い掛かってこようが、今度はこっちにも余裕という名の武器がある。姑息の限りを尽くして出し抜いて、見事逃走してくれよう!

 ……え? 倒さないのかって? 無理です、防御力以外に誇れるものがありません。

 そんな防御力もカミカミされてあっさり千切られちゃうんですよ? 逃げなきゃウソだ。

 

「………」

 

 などと脳内で様々な今後を考えていたら、音と一緒に発生していたらしい土煙が風に流され晴れてゆく。

 そこには先ほどの竜の巨体はないことから、どうやら僕の体を強引に消化して人の姿に戻ったと予測してよさそうで……や、だってね、消化もせずに人間の状態に戻ったら、今度こそ腹が裂けるだけだろうし。

 さっきの音はたぶん、竜の姿から人の姿に戻った音なのよ。きっとそう。

 状況を待つ時間は案外心細く、どんどんと忘れていた恐怖を思い出させてくれる。思い出したくもないのに。

 なので冷や汗が再び浮かんでくるわけだけど……

 

「………」

「………」

 

 果たして、そこに彼女は居た。

 相変わらず腕には鱗があって頭には角が生えていて、翼もあるし尻尾もあったけど、それよりなにより

 

「変態だぁあああああぁぁぁぁぁーーーっ!!」

 

 裸族であった。

 そりゃそうだよね! だって胃袋の代わりに衣服が裂けたもんね、さっき!

 

「あ、あう、あぅう」

「なにをしているのですはしたない! 早く服を着るのです! って服持ってないの見ればわかるよねそりゃそうだ! えーとえーと!」

「あうー」

 

 僕が慌てつつ悩んでいる中、竜人の女の子……や、僕と同じくらいの歳だとは思うんだけど、そんな彼女は、ナイスなバディ……悠彰言うところの死語的な言葉で表せばそんなところの体を隠しもせず、てとてととこちらへ寄ってくる。

 その表情に敵意のようなものはまるでなく、まるで遊園地を前にした子供のような無邪気な顔で近づいてきて、

 

「ふれっしゅみーと!」

「《がばしー!》ギャアア食われるぅううーーーっ!?」

 

 僕に抱き付いてきた!

 しまった殺意はなくても食欲はあった!

 ていうかあうあう言ってた無邪気な子がいきなり人をフレッシュミート扱いしてきた!

 悠彰が持ってたゲームで、そんなこと叫んで襲い掛かってきたモンスターが居たなぁ! さっきみたいな恐怖が全然感じられなかったからって油断しすぎだなにやってんだ僕!

 どうしようどうしようと考えるより行動! と頭ではわかっているのに、困ったことに両腕ごとがっちり抱きしめられてしまっているためなにも出来ない。

 そんな僕を、裸な彼女はあろうことか……! 味見をしてきたのだ!!

 

「《ペロリ》ヒギャアアアアアーーーッ!?」

 

 首を……背伸びをしてまで右肩と首の中間あたりを舐められた。

 温かなぬるっとした何かが肌を這う感触と、食べられた恐怖を思い出すということを同時に脳が受け止めてしまい、絶叫。

 そんな絶叫のさなか、僕の視界で何かがチカチカと点滅。

 次いで、《ペペラペー♪》と奇妙な音。

 

「へっ!? なっ、なななんっ、なにっ……!?」

 

 恐怖で喉を何度も鳴らしながら、視線だけでログウィンドウを表示。

 すると一気に文字が流れ込んできて、

 

 ピピンッ♪【竜人の幼体の欲求暴走の鎮圧に成功!】

 

 ピピンッ♪【野生の竜人のテイムに成功しました!】

 

 ピピンッ♪【マリア・M・スオウをペットに登録しますか?】

 

  ⇒YES

 

   NO

 

「………」

 

 欲求ってナニ?

 ヨッキューボーソー?

 味見されながら首を傾げ、かぷかぷ甘噛みされながら寒気を覚える今の僕に、これはあまりに難問すぎます。

 

(なにジョジョ? 疑問の答えがわからない? それは考えようとするからだよ。逆に考えるんだ。答えなんて見てしまえばいいと考えるんだ)

(ジョースター卿!?)

 

 わからないならどうすればいいのだろうか。

 答えを知ればいいのだよ。

 そんな言葉を脳内に浮かんだダンディが教えてくれた。

 なのでメニューを操作して辞典……別名マクスウェル図書館を開く。

 欲しがっている情報ページをあっさりと開いてくれる機能に感謝しつつ、開かれた半透明のウィンドウにはこんなことが書かれて……おりましたとさ。

 

 ◆欲求暴走───よっきゅうぼうそう

 魔物と人の混血によく見られる現象。

 その多くは三大欲求で知られている。

 食欲、睡眠欲、性欲……とあるが、寝ているだけで解消されれば苦労はしない。

 稀に寝ているばかりで満足する者も居るには居るが、睡眠欲が暴走したからといって困る者はあまり居ない。寝る子は育つ。いいことだ。

 しかし食欲と性欲が暴走した場合の幼体は性質が悪い。

 が、勘違いをしないで頂きたいのが、それらの暴走は一纏めであること。

 混血幼生の暴走は欲を満たせばなんの問題もなく、そもそもこれだという欲もない。

 食べることが手っ取り早いから喰らいにかかるだけであり、眠らせてやっても性欲処理をしてやるのでも別に構わない。

 食欲を満たしてやりたい場合はまずお金の心配をしましょう。

 近くに食堂などがない場合は命が危ないです。

 欲求暴走にならずに大人になる個体も存在しますが、その場合は遅い暴走が始まることもあり、さらには人を襲うこともあるので、第二の混成を作らぬためにも欲求は睡眠か食欲で満たしてやることが大事。

 幼い頃に暴走を満たしてやれば、再度暴走することなど滅多になく、これは混血奴隷を持つ者は知っておいて損はないこと。

 なお混血奴隷が他人を襲った場合、主人がその罪を被ることとなり、奴隷紋を通して裁きが下ります。

 スピリットオブノート自らがあなたをブチノメしに来訪するので、お楽しみに。

 

「………」

 

 エ?

 えーと……エ?

 いやいや待て待てなんだいこれ。

 結局この子はどうなったんだ? 食欲? 食欲を満たすことが出来た?

 でもなんかフレッシュミートゆーてはりましたが?

 

「………」

「あうー!」

「…………」

「あう?」

 

 ああうん、ええっと。つまりだ。

 僕自身を食わせることで、彼女の欲求暴走とやらは満たされた。

 でも、僕自身を食わせたことで“僕=エサ”という事実が彼女の中で確立。

 常に新鮮、いつでも食べられる僕……つまりフレッシュミート。

 

「………」

 

 前略、我が友人弧月日悠彰……。

 僕……HIMOだけでは飽き足らず、食料になったみたいです……。

 これからのことを思うと涙が止まりません。

 ですがそれよりなによりやらなければいけないことがあります。

 なにかって? 食われないように、きっちりとペット登録スルノデス。

 きっとペットにすれば主人を食うとかそんなことは……無いといいなぁ!

 というわけでYES。項目を視線でクリックすれば、お決まりの《ピピンッ♪》という音のあとに“マリア・M・スオウをペットにしました!”の文字。

 

「………わあ」

 

 奴隷紋に、マリア・M・スオウのステータスが追加された。

 ペット扱いだ。

 頬が引き攣った。

 笑えない。

 人……ではないけど半分人な存在をペット……ペットって……!

 ああでもステータスくらいはきちんと確認しよう。

 今は美味なる食料を愛でているだけなのか、それこそ味見をするように首筋をぺろぺろ舐めてきているだけだけど、襲われる前の威圧感は異常だった。

 能力値やスキルを確認して、危険なものがないかを……いや、存在自体がもう危険なんだけどさ。

 

 ◆マリア・M・スオウ/JOB:ペット/竜人

 Lv 30

 

 HP 500/40000

 

 ───よしステータスの部分は飛ばそう。それがいい。

 30レベルでHP4万とか何者ですかコレ。僕みたいにVIT重視ならまだしも、絶対に違うでしょうあの攻撃力は!

 ス、スキル! スキル見よう! STR値とか見たら僕絶対気絶する!

 

 SKILL:竜化、月光力、刀化

 £:0

 

 ◆EQUIP

 頭:無し

 首:無し

 胴:無し

 手:無し

 腰:無し

 足:無し

 

 *人物説明

 人と竜人と神と死神の混血。

 月の家系の祖たる血を受け継ぐ存在であり、無自覚ではあるが月操力を扱える。

 母親の影響で刀に姿を変えることが可能。

 父親の影響で竜に姿を変えることが可能。

 ちなみに名前のMは父親側の苗字的なアレなので、知らない方が身のためではある。

 知りたい場合はここをクリック!! “ココ”

 

「………」

 

 ん?

 

「………」

 

 アレ?

 

「…………」

 

 ツキノ……カケー? ソタルチ? ゲッコーリョク?

 ……また月の家系関連かい!!

 悠彰!? 悠彰ぃいいっ!! どうしてキミはここに居ない!

 どうして僕がこんな目に!? キミが居てくれたらどれだけ心強かったかっっ!!

 

「あーあーどうせまた厄介なことが起こるんでしょーよ! こうなった以上、他になにが怖くなるっていうんだ! 僕もうなにも怖くない! ここをクリック!? 望むところじゃ男じゃ僕ァーーーッ!!」

 

 強気でクリック! 意識して次なる項目を開く!

 どうせ親が怖いとか、逆に父親は実は穏やかなのですとか、この子とのギャップがある説明なんでしょ!? もういいよ予想ついてるよ! どんと来いだよ!

 

 ◆マリア・ミルハザード・簾翁───すおう

 月の家系、初代・刀の巫女である簾翁みさおと、空界における絶対王者黒竜王ミルハザードの娘。

 様々な事情が重なり、ほぼ一人で生きてきたために言語が幼いままで不自由。

 持って産まれたサラブレット能力でほぼ敵無しだったためか、純粋にして我が儘。

 なのだが基本は無邪気な子供のような存在。

 最近、一人の地界人に敗北し、暴走した欲求も満たしてもらったため、自らその地界人についていくことを決意。

 自分の立ち位置とか血の重要性とかてんで知らないのでペットでも納得している。

 ……ちなみに。

 母親がどうなったかは謎ではあるが、父親は存命である。

 子育てなんぞ出来るほど器用ではないぶきっちょパパンだが……娘は大事である。

 もう一度言う。存命である。ミルハザードである。黒竜王である。

 頑張れ、黒竜王の娘の裸を見た上、ペットにした少年。

 

「………」

「あう?」

 

 首を舐めるのをやめて、僕の目を見てこてりと首を傾げるMさん。

 デビル天秤様……これは罰ですか?

 あの時、家より奴隷を選んだ僕への罰ですか?

 シアンではなく家を買っていたなら、僕には穏やかなIYASHI生活が約束されていたのですよね?

 ならばこれは…………

 

「僕の責任だ」

 

 選択したのは僕だ。

 ならばもはや悲しむまい。あくまで、そのことに関しては。

 だから今のこの状況は素直に悲しませてください。

 そしていつか、僕は竜の王様の娘をペットにしたことを黒竜王様に知られ、ブチコロがされるかもしれません。

 ですが、なにかに怯えて生きることなどずうっと……それこそ子供の頃からしてきたことだ。

 ならば僕は、幼い思い出の中にこそ力を見出すのです。

 

「まずは装備から……ええっと」

 

 鬼憧装備の大半は彼女……マリアに砕かれてしまった。

 けれどそれも癒しでハイ修理完了。

 それを外して奴隷紋をいじくって……と。はい装備完了!

 

「………」

『…………《む~~~ん……》』

 

 ゴツい存在が僕に抱き付いていた。

 考えても見てほしい。

 抱き付いて、人の首をぺろぺろ味見していた少女が、突如鬼面武者に大変身する様を。

 頭部部分だけでも不可視化するべきかなぁ。

 いや、これでいいや。これなら味見も出来ないだろうし。

 

『やーーーっ!《ベキバキゴキャバキャ!!》」

「キャーーーッ!?」

 

 しかしそんな鬼面があっさりと彼女自身の手で破壊された。

 ムンズと掴んで引き千切るかのように、ベキャゴキャと。

 まあそれはそうか。犬や猫にビニール袋を被せると、物凄い速さで振り払うアレだろう。うん、僕の家にペットなんて居なかったから、これもまた悠彰経由の知識だ。

 

(DEF50がまるでおもちゃのように……)

 

 やっぱり彼女のSTRは見ない方が正解らしい。

 けど。けどだ。忘れてもらっては困る。

 

「ステータス移動! MNDMAX!」

 

 そう、ステータス移動!

 彼女の怖いものを全て魔法防御に回せばアラ不思議! なにも怖いものはな《パキャアアアン!!》

 

「………」

「……う?」

 

 金属が弾けるような音とともに、彼女が装備していた重鋼装が吹き飛んだ。

 何故? とは言わない。だってこれ、装備条件があったし。それを忘れてMNDに振れば、まぁ……そうなるな。

 でも彼女の鎧の下は裸なわけでギャアアアアア!!

 でででもごめん! VITMAXは! VIT極振りはなんだか嫌だったんだよぅ! 僕の存在の意味がそれこそ0になる気がして!

 再びこてりと首を傾げる彼女を前に、ひとり真っ赤になってあたふたする僕は、周囲から見ればさぞアホウなパフォーマーだろう。

 でもこれ全身装備扱いだから他の装備がないとどうにも……!

 

「………」

 

 軽鉄の鎧、まだあったっけ。

 ああでも上は隠せても下が隠せない……! あ、それならムラビトンスーツ(村人の服)が!

 思い立てばさあ早い。自分の装備から衣類を外してマリアに装着させる。

 けれど以前に言われた通り、武具とは違って大きさ補正がされないため、ダボついた感じに。誰だこんな設定にしたヤツ。男ものの服を女性に着させて喜ぶ趣味なんて僕にはないから、今すぐジャストフィットシステムを構築してほしい。

 結論。裸よりはマシ。

 そして、逆に裸に近くなったトランクス王子な自分には、鬼憧重鋼装を。もちろん顔部分は不可視化で。

 

「っと、シアンにも無事だってことを伝えないと」

 

 今すぐ追う? いや、心配を払拭させるなら早ければ早いだけいい。

 だったらプレートのシステム(ナビシステムというらしい)にあるメールとかチャットとかで済ませるべきだろう。

 ええっと、確か……

 

 

 

-_-/イグナショフ

 

 ピピンッ♪

 

『ギッ!?』

 

 それは突然の違和感であった。

 ヘビィビー……昆虫種である彼のもとに届いた機械音は、シアンを引っ張っていた彼を困惑させる。

 しかしヒトの仲間になって以降、視界の隅にチラつくなにかがチコチコと点滅していて、そこに意識を向ければザァっと開かれる半透明のウィンドウ。

 

『ギ!? ギギ!?』

 

 意味がわからない。

 得体も知れない。

 しかし点滅する何かに意識を向けるままにウィンドウを開いていけば、最後にそれは開かれた。

 

  【私は怖い】

 

『………』

 

 困惑。

 というか文字が読めなかった。

 そんな困惑とは別に、シアンのもとへもメールが届いていたようであり、彼女が開いたメールはこんなものだった。

 

  【食物連鎖の頂点の主人にして食料】

 

「………」

 

 困惑。

 けれど無事であることが確認出来た───途端、彼女はイグナショフを抱えて駆け出した。

 

『ギギッ!? ギー!』

「ご主人様……ご主人様が無事でした! それも主人! すごいです! 竜人を従えたってことですよねイグさん!」

『ギー……』

「ねぇよ!? ね、ねぇよってどういう意味ですかイグさん!」

 

 ともかく、騒ぎながらも一人と一匹は先を急いだ。

 先ほどまで身を蝕んでいた絶望など、完全に忘れているようだった。

 

 

 

-_-/ヒトっち

 

 ピピンッ♪

 

「あ」

 

 メッセージ返信があった。

 

  【ギー】

 

 いやわからないから! ギー!? この二文字でなにをどう察しろと!?

 でもきっと、大慌てでこちらに向かっているんだろう。

 シアンは特に。

 そして───…………あ。

 

「あ、え、ええっ……と……! 奴隷紋を……」

 

 そういえば彼女らはステータスに偏りがありすぎた。

 視界の中に居ない間にモンスターと遭遇したらかなりまずい。特にイグ。

 STRMAXのモロさは、よ~く知っているのだ。無茶はさせられない。

 ということでステータスをいじくって、VITとAGIに振り分けた。

 これで大丈夫だろう。

 で、だけど……

 

「………」

「……~……」

 

 抱擁はやめてくれたものの、ダボついた衣服を鬱陶しそうに振るう、目の前の少女はどうしたものか。

 この流れからして、少女……まあ、僕よりちょっと下っぽい外見だとしても、年齢はとんでもなく上~とかそんなオチなんだろうけど、それはそれとしてどうしたものか。

 養う……一緒に連れて行くとなれば、攻撃でも防御でもとても頼れる存在だと思う。

 でも、彼女が空腹になる度に僕はフレッシュミートでなければならないのでせうか。

 いっ…………いやだなぁあああ……!!

 どうしよう……どうしたものかなぁ……ほんと、まいったなぁ……。

 誰か、こんな切ない思いを無条件で受け取ってくれる人でも居れば……───

 

「あ」

 

 そうだ、このプレート。

 メッセージ……メールも飛ばせるんだよね。

 それこそ、相手のフルネームさえわかっていれば、いくらでも。

 もちろん拒否設定されれば無理だろうけど…………い、いいよね?

 こんなトンデモな状況に巻き込まれるハメになったんだから……ちょっとくらい悪戯してみても……イタズラという名の冒険をしてみても、いいよね?

 

「許可します《ニコリ》」

 

 慈愛ならぬ自愛に満ちた薄い笑みを一人で勝手に浮かべ、自分を許してみた。

 もう……僕はがんばったのだから。

 少しくらい、休んでもいいのよ……? と、よくある感動モノっぽく。

 なのでさあメールだ。

 送信相手は……───

 

 

 

 

-_-/ルナ・フラットゼファー

 

 ドンドゴドンドゴドンドゴドンドゴ・ドンドゴドンドゴドンドゴドンドンドンッ!

 

「オ・レイッ!!」

 

 ……視界の先でホモが踊っていた。

 

「ブホッシュ、この人妻まだ人のことホモホモ思っておるでよしつけーったらねーべヨゴハハハハ」

「うーさいホモっち」

「だからホモっち言うのやめなさいっつの! ダーリン!? ダーリン! キミ奥さんになんて教育しとるの!」

「ゆーすけならノートン先生のとこ。ホモっちこそいつまでゆーすけのことダーリンって呼ぶ気なのよぅ。それやめればホモっち言うのやめてもいいけど」

「なにを言っとるんだこの男は……」

「うーさいホモっち」

「キャア否定せんかったわこのおデスさん! ヨゥヨゥヨゥメェーーーン!! メンズデス! デスメンズ! ねーねールナっち“ご婦人方にまたモテそうだ”って言ってみて!? ねーねー! ねーったら!《パゴルシャア!》エボルボ!?」

 

 目の前で人を逆上させるダンスをするホモの顔面にグーを埋めた。全力で。

 ……今日も光の塔のてっぺんは静かなものだ。これでホモっちが居なくてゆーすけが居れば、言うことないのに。

 一人っきりで空中に浮かびながらまったりしていたら、急に来訪したホモが騒がしい。最悪だ。

 

「やー、しっかし相変わらず高ェェェェねここ。雲突き抜けてる上に太陽がまぶしゃーとよ。あれ? あの太陽どうなってんだっけ。ウィルオウィスプの輝き? あいつのナルスィーもとうとう輝きを放つまでになったの?《ガタタタタタ》」

「いろいろな属性のえーきょーだーってゆーすけ言ってたでしょー……もう帰ってよホモっち……」

「え? やだ。だって暇なんだもの。だから踊ろうぜルナっち! アタイ今急にサンバに目覚めたの! オーレッ! オーレッ! ……なんか昔、オレオレ言いまくるサッカーソング、なかったっけ。あ、それはそうと貴様の拳なぞアタイに致命傷を与えるほどのものじゃあねぇぜ? アタイにかかりゃあイチコロよ。殴られた所為で脚震えまくってるけど《ガタタタタタ》」

 

 致命傷じゃあないらしい。なるほど、ウソはついてない。

 

「はあ」

 

 ……光の塔。

 その頂上はまったいらな上に特になにがあるわけでもない。

 いつか光天龍が無茶して、皇竜剣を封印していた場所を破壊して以来、それを直すこともなくまったいらにしてしまったからだ。

 で、なんでこんなところでぼ~っとしているのかといえば……私が月の精霊、なんてものに選ばれてしまったからだ。

 

「月の聖域を用意するにしても、もっといい場所がよかった……静かだけど退屈だし」

「おいおい馬鹿言っちゃいけねぇぜデス子さん。死神が精霊になったんだから、精霊にしかできねーことをやって暇潰しゃあええのよ? ほれ、なんかあるデショ? 自爆するとか塔から飛び降りるとか」

「……そーねー……封冠取るとかー……」

「勘弁してくださいアタイが悪かったッス」

 

 別に精霊じゃなくてもできることだ。

 というか、ほんと退屈だ。

 だからって月の民に祀られるなんて冗談じゃない。

 あそこが嫌だからここに来たんだし。

 光の精霊にはいい顔されなかったけど、そこはエロっちがセイントマッスルパンチで黙らせたから問題ない。

 ヒロライン側の精霊はもちろん今でも居るし、光の塔を管理しているのは相変わらずレムだ。

 空界側の精霊に任せて自由気儘に生きている精霊も居るけど、まあ……そういった行動の別の場所では私みたいに面倒をなすりつけられている者だって居る。

 とりあえず、シャモン……月光竜は今度見つけたらグーで殴る。

 

  ピピンッ♪

 

「う?」

 

 いつもどーりに宙に浮きながら暇をしていると、懐かしい違和感。

 ナビメールだ。

 この感覚もヒロラインぶりになるのだろうか。

 ……あ、そうでもないか。ホモっちが悪戯メールとか送ってくるし。

 この記憶だって、エロっちが記憶だけならってくれただけだしね。

 でも知っているものは知っているのだ。ゆーすけ……カイと魂結糸を繋げば、記憶以外のことも受け取れたわけだし。

 ともあれ、例によってホモっちからの悪戯メールかなと思って、目の前でサンバを踊るホモをじろりと見てみれば……きょとんとしていることからこのホモからのメールではないことを確認。

 もしかしてゆーすけかな、なんて少し期待をしながら開いてみれば───

 

  【ルナ様への初メールです\(^o^)/(ヤッホー)喜んでいただけたでしょうか?】

 

 …………。

 

「おいホモ」

「ホモとな!? あ、あれ? “っち”が抜けてるよ? え? なに? サンバに目覚めたアタイに用?」

「……ねーホモっち? この顔もじー? とかいうの、たしか“人生が終わった”的な意味のものだったよね?」

「ホ? おやおやこりゃ懐かしい! 顔文字なんぞ使っとるモンがまだおったとは! でもうんそうやね、確かにオワっとるね。はいルナっち、ここで一言」

「顔文字がかわいくない」

「オッケン!《ズヴァーーーン!》」

 

 ホモっちが親指立てて笑顔になった。

 やっぱりからかうためにこのホモが送ったのだろうか。

 ……でも送信者はツァガヒト、ってなってる。……誰?

 

「いやしかし懐かしいねェ~~~ィェ。まさかルナっち相手にルナ様用のメールを飛ばす者がおるとは……。これ狙ってやったんかね?」

「? ……ホモっち、このツァガヒトっていうの、知ってるの?」

「おーおー知っとる知っとる! アタイが出した依頼を受けたボーイに違いねー! 街ン中でイチャついとったから“初々しいわねェ~~~ィェ”ともからかっといたし」

 

 ホモっちがツンツン尖った髪の毛をワサワサ振り乱す勢いで、身振り手振りを加えて説明してくれる。鬱陶しい。

 どうしてこの男はいっつも静かに説明できないのか。

 

「ちなみに仕事の内容はマリアの観察。最近なんか不安定っぽくなっとったからね。てーかゼットのヤロゥめ、今どこにおるんかね。みさおが刀になっちまってから随分……まあアタイが言うのもなんだけど腑抜けになっとったけど、だからって娘ほったらかしでどこぞに行っちまうのもスゲーよねェ~~~ィェ」

「ホモっちだって、恋人ほったらかしで時空の旅とかしてたくせに」

「……魂結糸で記憶の共有とか勘弁してつかーさい。アタイだっていろいろなけりゃあ粉雪とラヴってたんじゃけぇ。全部思い出した今となっちゃあ、粉雪に申し訳なくていかんわい」

 

 耳が痛そうに辛そうな顔をするホモっちだけど、それからまたぶちぶちとこぼしたりキャアキャア叫び出したりとやかましい。

 人が静かにしてほしい時ほどやかましいのだ、このホモは。

 

「弦月彰利」

「キャア! ルナっちがアタイをフルネームで呼んだ! てめぇナニモンだ! もしや精霊になって脳がトロけた!? 悠介以外を名前で呼ぶなんて! ……あ、さっきスッピーのことも呼んでたか。ならいいや。で、なに?」

「静かにして」

「……お、押忍」

 

 空中で膝を畳んで、足首から抱えるようにして丸くなる。

 今日は本当についてない。

 久しぶりに客が来たと思ったらホモっちで、しかも届いたメールは悪戯メールだ。

 名前が知られるっていうのはこれで、面倒でしかないのかもしれない。いや、面倒だ。

 

「ねーねールナっち? 静かにするからアタイに構え? アタイ暇なのYO」

「………」

「あらやだ! この死神精霊ったらアタイのこと無視しまくりング乙女! てーかさぁルナっち? その体勢って苦しくない? 内臓がギュってなるデショ」

「精霊に人と同じ内臓事情を説かれたって知らない」

「ぬう。こうなるとテコでも動きやしねー。まあいいコテ、ほいじゃあアタイ、ちと猫の里に行ってくるでよ。アタイに用が出来たらメールちょーだいね?」

「………」

「マアアア無視ですよこの人妻ったら! アタイは要望に応えて静かにしたってーのになんたる態度! くらえ安眠妨害!」

「《ゾス》うきゃあう!?」

 

 目を閉じて自分の中に意識を埋没させよう、っていう時に、ホモっちが私の脇腹に貫手をした。

 もちろん激怒。

 「む、無視するのが悪ィイのよ!? アタイ悪くないもん!」と叫ぶホモを鎌で八つ裂きにした。

 ……聖域が安定するまでここから動けないとはいえ、いつまでここに居なきゃいけないのかな。

 はあ……退屈だー……。ゆーすけ、来ないかな……。

 ゆーすけ、ゆーすけゆーすけゆーすけぇえ……。

 

 

 

-_-/ツァガヒト

 

 ピピンッ♪

 

「うわっと」

 

 依頼の通りに洞窟内で花火を打ち上げると、少しののちにメールが届いた。

 誰からだろう、ルナさんからかな、なんて思いつつ開いてみれば……なんと“送信者:弦月彰利”。

 

「えぇええっ!?」

 

 言っちゃなんだけど生きてるの!? プレートにある情報を見ればいろいろ知れたことはあったけど、まさか本当に!? どれほど前のご先祖さまだと思ってんですかあなた!

 さすがに驚きを隠せず、ドキドキしながら内容を読んでみる。や、ルナさんが生きているって時点で相当驚きなんだけどさ、死神とかっていうなら生きていても不思議じゃないって解るよ? うんわかる。でもまさか彰利さんが存命だったとは……なにやってるんだろ、この人。

 けど、そんな過去の人物からのメールだ……きっと物凄く偉大というか、素晴らしい言葉が書かれているに違いない……!

 

  【キミの所為でルナっちにボコボコにされたんだぞ! 覚えてろコノヤロー!!】

 

 …………。

 

「見なかったことにしよう」

 

 童心を忘れずに、という偉大な言葉を遺した人が居た。

 その言葉に、僕も悠彰も随分と救われたものだ。

 そんな人からのメールがコレ。

 なるほど、童心溢れるモノスゲー人だ。大人げない。

 

「……はぁ。さてと、それじゃあ……」

 

 溜め息ひとつ、現状整理。

 現在、コボルトの巣の中。

 中、誰も無し。

 僕とマリア、依頼の通りに巣の中で“クエストアイテム:花火”を使用。

 火があるわけでもないのに、使用したら火がつき、弾けた花火を見て少しの間だけ心トキメキ。花火見るの、初めてだったし。

 でもなぁ、それはそれとしてだよなぁ。

 

「……捕獲クエスト、どうしよう」

「?」

 

 もはや誰も居ない巣の中で、竜な女の子が首を傾げる中、とほーとたそがれた。


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