奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第十一話【順調に行っている時ほど世界って残酷だよね】

17/荒天ジェノサイドハート

 

 経験値稼ぎ。

 いわゆるレベリングというものをやっている。

 リシュナさんと別れた翌日の昼、モートス森林の傍の精霊の泉の傍。

 朝から続いているレベリングは……まあ順調と言えるだろう。

 

「ふっ、ふっ、ふっ……!」

「せやややややーっ!!」

 

 ただ、その光景はなんとも不思議。

 一人が筋トレをする傍ら、一人が敵をコロがしているのだ。

 え? うん、もちろん筋トレをしているのが僕なわけだけど。

 重い装備を着込んでひたすら走ってひたすら癒す。まずはAGI強化だ。

 STRが上がるのは確認しているから、遣り甲斐は感じております。

 

「癒し手になりたいなら、脅迫に屈しないマッスルになろう! もやしのままじゃあ屈強な冒険者たちに脅されて無料で、なんてことにもなるかもしれない……!」

 

 そんな時にシアンが巻き込まれたりしないように。むしろ僕が人質になったりしてシアンが脅迫されたりしたら、僕は僕を許せなくなる。

 世の中は自分が思うよりも黒いものが多いことなんて、ここまでの人生で十分知っているのだから、それを防ぐためにやれることはやっておこう。

 20年も生きていない小僧が生意気を、なんて言う大人も居るんだろう。けど、じゃあ、20も生きていないのにあそこまでを味わったのなら、その先はもっとひどいと考える人はおかしいだろうか。

 なにを生意気な、というのなら、自分が味わったものよりも酷い世界を知っている筈なのだ。

 ……だったら僕は、そんな世界よりも癒しと笑顔に溢れた世界を見たい。

 だから、強くなろう。人質になった時、自分を殺せる程度には。

 僕、そういうの大嫌いだから。

 自分が人質に取られた所為で何かが変わるとか、冗談じゃない。

 いざとなったら心臓をナイフで突き刺して、癒しながら死んだフリしてやりすごせるよう。

 ……強さより、恐怖をなんとかする必要があるね。自殺は趣味じゃない。

 

  ピピンッ♪《AGIが1上昇しました!》

 

 ログにシステムメッセージが出現すると、心が“ッシャァーイ!!”と拳を天に突き出して奇声を上げる。

 やっぱり能力が上昇する様を自分で弾き出す、というのは嬉しいものです。

 筋トレって普通、とても地道で地味なイメージがある。

 そもそもにして筋力が上がっているのかどうかでさえ、ひどく不透明で不鮮明だ。誰かが教えてくれるわけでもない。筋肉が“俺、成長!”とか叫んでくれるわけでもないし。

 ただしこの世界は違う。

 きちんとシステムが上達を教えてくれるし、無駄であることなどないわけだ。

 

「よぶふっ! よぼっっほ! よっ……! よぅ、しっ……! いちっ……1上がったっ……ぜはーっ! ぶはぁあっ!!」

 

 ただ、1上げるために、いっそ清々しいくらいに疲労困憊です。

 そりゃね、一日で確実に筋力をUPさせるとか、普通は無理だよ。

 普通は。

 だから余計に、このI☆YA☆SHIの異常性がわかるってものだ。

 

「はっ……はっ……はっ……!」

 

 プレート情報によると……どうやらこの世界、レベル毎にトレーニングなどで上がるステータスの量が決まっているらしい。

 たとえば、“現在のレベルが5”だと、鍛えることで上がるのは10まで、とか。うん、レベルの、大体二倍は上がるみたいだ。

 ただし、上がったら取り返しがつかない。ポイントの振り分けにも言えることだから当然といえば当然。

 シアンはステータス移動が可能だからいいけど、僕の場合は取り返しがつかない。

 だからVITをポイントで上げて、他は筋トレで、と考えるなら……走りまくってAGIを10上げるか、筋肉を鍛えてSTRを10上げるか考えなきゃいけない。

 別に半々でもいいし、勉強をしてINTを上げるのもいいだろう。

 ……ちなみにシアンの場合は、わざとINTを1にして勉強をさせまくってみてます。

 するとどうでしょう、ステータスがポンポンと上がる上がる。

 あっという間に現在のレベルの二倍分のステータスを手に入れましたよ。

 え? ええ、もちろんそのステータス分も移動出来たりするんだから、僕としては遠い目をしてどこかを見るしかないわけで。

 いやほんと……僕は仲間が───それも奴隷が居なきゃなにも出来ないなぁ……。

 

「………」

 

 そんな彼女が一人で戦っているモンスター。

 名前はブル豚。ブルトン、と読むらしい。

 人型の豚だ。脂肪が厚くて、それがクッションとなって物理攻撃を緩和するという嫌なヤツ……なんだけど……

 

『ブヒーッ!?』

 

 現在。脂肪の厚い腹ではなく、顔面や額をドゴドゴ殴られて悲鳴を上げている。

 それが嫌で、他の部位よりも脂肪が厚い腕でのガードに出るんだけど、

 

「シアン! ビンタ!」

「はいっ!」

『《ビシャァーン!!》ブヒィーッ!?』

 

 皮とか肉まで削ぎ落とせそうな音とともに、鞭打が炸裂。大激痛に、ブル豚くんの目にも涙だ。

 ……ハート様も腹ではなくて膝とか狙われていたら、こんな感じだったんじゃないかなぁと思うのだ。

 そんなシアンはDEXとAGIとVITにステータスを振り分けてあって、閃けるようなら技を閃いて、と頼んである。

 無茶な注文なのはわかっております。

 そうはいってもやっぱり確率的なものだろうし、覚える時は覚える。

 ハァーンさんに貰ったマッスル本に書いてあったことでもあるけど、DEXだけで閃く技よりも、DEXとINTを足して覚えた知性溢れる技の方が強かったりするそうだ。

 DEXだけだと力よりむしろ、力を必要としない技巧のみの技となる。

 安定はあるけど威力が少ないんだ。

 

「《ピコーン♪》閃きました!」

『《ゾブシャア!!》プギャアーッ!?』

 

 そうして閃いた先がサミングだった。目潰しである。

 ……面白いもので、一度閃いた技でも、そこから派生して閃くことがある。

 “サミングになにかしらの効果が付加される”とか、“似たような動作の技を閃く”とかだ。

 主に“暗闇”の状態異常が付加されるサミングだけど、今回のは“裂傷”が付加されたようだ。一定時間血が流れ続けて、癒さないと継続してダメージを受け続けるとか、そういった状態異状。これもまあ、血が流れれば当然なもの。

 

「《ピコーン♪》はうっ!?」

 

 そんな、心強い閃きシステム。

 ……だけど、必ずしも閃きが良い方向に転ぶとは限らない。

 丁度今、閃きの発想に誘われたシアンが跳躍した時、それは起こった。

 彼女の口が勝手に動き、技名を叫んで相手に攻撃を加えたのだが───

 

「チューチャイ三段蹴りーーーっ!!《ベキベキベキ!》ギャアア!!」

 

 空中での三段蹴りが決まった! ……かと思えば、シアンらしからぬ悲鳴を上げた。

 見れば、蹴り込んだ自分の足から血が噴き出しているじゃないか!

 すぐに呼び戻して、泣きながら駆けてきたシアンに癒しの奇跡を。

 ついでに閃いたばかりの技の説明を見てみれば、

 

 ◆チューチャイ三段蹴り/体術

 跳躍して敵を三回蹴る技。

 これだけを聞けば素晴らしい体術技だと思うのに、何故か絶対に使用者がダメージを受ける。

 この世界で体術を行使する者ならば絶対に一度は閃く自爆技。

 どれだけ強い武器や強靭な防具を装備していたところで絶対にダメージを受けるので注意。

 

 ……ひどい技もあったもんだと暗い気分になった。

 ブル豚くんがサミング効果で襲い掛かってこれないのをいいことに、頭を抱えるしかなかった。

 

 ───さて。

 こんな技もあるこの世界……空界。

 大体の情報はプレートに込められていることもあって、昨日は眠る前にいろいろ調べたりもした。

 ……眠気に勝てず、すぐに落ちたけど。

 そんな事情もあって、朝に調べたばかりのホヤホヤ(新鮮という意味で)な情報がいくつか。

 リシュナさんが言っていた属性の宝玉や加護についての云々は、あっさりと調べることが出来た。

 プレートによると、魔法については二種類ある、とのこと。

 その種類というのも複雑なのか簡単なのか、ざっくりと説明すると……

 

1:この世界には属性の宝玉というものがある。

 

2:宝玉を手に入れるには、それぞれ属性ごとの精霊に力を示し、精霊に譲ってもらうことのみ。

 

3:ひとつの宝玉を手に入れると、他の宝玉は貰えない。

 

4:つまりひとつの宝玉を貰ったならば、その属性を極める他ない。

 

5:しかし加護はどの精霊からも貰える代わりに、宝玉ほど属性の力を引き出せない。

 

6:そのくせ加護の力だけで全属性を思う様操った者、というのがガトリングスペラー。

 

7:ようするにひとつを極めたいなら宝玉。全部を広く浅く扱いたいなら加護、ということ。

 

 ……と。

 加護だの宝玉だのと言っていたのはそういう意味らしい。

 ただし、多数の属性を含む宝玉もあり、元素の宝玉などがそれの代表にあたる。

 属性は地、水、火、風、雷、氷、光、闇、元素、自然、時、死、無、創、月、災、機、竜、と……たくさんある。

 然の精霊、といっていたナギーが自然の精霊で、実は相当な高位精霊らしい。

 で、えーと……属性ごとの精霊っていうのが、

 

 地:ノーム

 水:ウンディーネ

 火:イフリート

 風:シルフ

 雷:ニーディア

 氷:ラグナシウス

 光:ウィルオウィスプ

 闇:シャドウ

 元:オリジン

 然:ニーヴィレイ・アレイシアス・ドリアード

 時:ロンド

 死:ケイオス

 無:スピリットオブノート

 創:カイ

 月:ルナ・フラットゼファー

 災:シード・デイ・カーナ

 機:ツェルストクラング

 竜:ミルハザード

 

 ……精霊じゃないものまで説明に混ざってたけど、魔王の名前があった時は驚いた。災の欄のシードって魔王だよね……?

 あ、いや、それよりも驚いたのが……

 

「…………ルナ、って……ルナさんだよなぁ……」

 

 ルナ・フラットゼファー。

 モミアゲ様=晦悠介や、ツンツン頭=弦月彰利を語る上では外せないお方。

 通称“ルナっち”で記されていた、彰利さんの日記に存在した“死神”だ。

 実際見たことがあるわけでもないけれど、まさかなぁ、この世界で精霊代わりをやっていたなんてなぁ。

 むしろまだ生きているとか……死神ってすごい。

 日記に書かれていたことが全て事実なら、本当にすごいことだ。

 悠彰にとっても無関係な話じゃないし……───まあ……うん。

 

「考えるより動こう」

 

 いろいろと考え終えると、丁度ブル豚くんが盲目から立ち直ったところだった。

 その頃にはシアンの傷も……その頃どころかとっくに治ってたけど、ともかく癒えていたので早速指示。

 ブル豚くんとシアンがぶつかり合い、顎を的確に殴られた彼(?)はあっさりと大地へ崩れ落ちた。

 それからじっくりとトドメ。

 トドメを刺した人に経験値が多く入るようなので、面倒だけどシアンには手伝ってもらっている。むしろそれを説明したら、“そうしなければダメです!”とまで言われてしまった。

 なので、倒れたブル豚くんにナイフを刺して血行促進。

 失血死させて経験値を得た。

 

「はふぅ」

 

 地道なことである。

 けれどやらなければこの世界では生きていけない……! 嗚呼、なんて悲しき旅路ッ……!

 ……弱肉強食な世界なのはとっくに知っているから、いいんだけどね。

 

「なぁシアン」

「いやです」

 

 そして即答。

 朝に一度相談したことがあるんだけれど、シアンの答えはもちろんNO。

 その相談というのが、MNDを向上させて魔法防御を上げるため、ブラストを拳に込めて僕を殴ってくれないか、といったものだったんだけど、見事に“嫌です”だった。

 防御力もあって魔法防御もあるなんて、最強の盾じゃないか! と自分の閃きを褒めた途端、奴隷様から却下の言葉が出た。

 いっそ強制的に従わせてしまおうか───なんてことは思わない。

 だってね、自分と重ねてしまいそうで吐き気がする。

 生きるために親の奴隷みたいに自分を殺してきた僕だ。シアンに同じことはしたくない。……あ、いや、そうだけどちょっと違う。僕があの親と同じことをしたくないだけだ。

 

「現在10レベル。鍛えて上げられるのは20まで」

 

 STRとAGIばかりが上がってゆく。

 魔法防御も上げたいんだけどなぁ……ああしまったなぁ、リシュナさんが抜ける前にこれを閃いておけば、すぐにでも上げられたのに。

 

(……代わりにリシュナさんがシアンに滅茶苦茶嫌われそうだ)

 

 結局断られていたかもね。

 だったらこう……もっと、“よろしく!”って言ったら“ラーサー!”とあっさりノってくれるくらいの誰かさんが欲しいなぁ。

 いっそあれかな。VITを生かしたストレス発散殴られ屋でも開業しようかな。

 ……相手のレベルが高すぎたら死にますね。

 あぁああ……案がどれだけ浮かんでも、出来ないことばっかりじゃないかぁあ……!

 やっぱり僕はHIMOなのか……HIMOなのかぁああ……!

 

「《ピンッ!》ご主人様っ! 敵です!」

 

 なにかしらの音を拾ったのか、シアンの垂れているフサフサの耳がピンと跳ねる。

 

「相手は?」

 

 訊いてみれば、スンスンと鼻を動かすシアンさん。

 

「匂いからして……またブル豚です!」

「また!?」

 

 どうせレベルを上げようとするのなら、やっぱりクエストもって思うよね。

 もちろん張り出されている依頼書を手に、それを引き受けたりしたんだ。

 内容がアレだったけど、いいかなって思ったりしたんだよ。

 なのに……やっぱりこれは落とし穴だったのかなぁ。

 

 ◆【烈怒露武星───れっどろぶすたあ】分類:討伐

 聞ケ! 最近近くの泉にブル豚が現れるようになったノダ!

 我ラの家系、代々あの泉、手入れしてイル!

 奴ラノ邪魔が続けバいずれ泉の精霊も現れなくナル!

 あの憎キブル豚をなんとかしてくれ!

 報酬金:800£ 契約金:100£

 依頼主:クゥドゥァフ・トニートニー・ネックチョッパー

 

「……すごい名前だ」

 

 いつ見てもすごい名前。

 そんなネックチョッパーさんだけど、べつに獣人とかそういうのじゃあない。

 列記とした人間なんだけど、雰囲気を出すためにこんな喋り方で依頼しているそうだ。

 受付嬢さんが苦笑していた。

 

『ブヒィーッ!!』

「どぉっせぇーい!!」

 

 さて。

 そんな依頼の対象であるブル豚くん。

 両手を広げて掴みかかってきたところを、手四つで組み合い、迎えてみる。

 ……当然メリキキキと押される悲しい僕。

 しかし負けません。

 こんな時こそ全力を出して抗い、疲れたら癒して筋力増強を図る!

 

「せいっ!」

『《ガボォン!》ブギョッ!?』

「ゲェーーーッ!?」

 

 そんなブル豚くんが、“ご主人様になにをするだァーーーッ!”とばかりに攻撃を仕掛けたシアンによって、一撃で塵となる。

 ……頭を削り取るような、見事な一撃だった。

 

  ピピンッ♪《シアンが脳削りを閃きました!》

 

 ワーイ嬉しいのに嬉しくない!

 ちょっと待とう!? 今さらだけど僕、シアンと一緒にいて強くなれるの!?

 なんだか最近、シアンがすごく過保護になってきた気がするんだけど!?

 でもよくやってくれているので、短い距離なのに駆け寄ってきたシアンを、褒めるのを忘れない。

 ……甘いんだろうなぁ。言ってしまえる人ならば、躾がなってないとかキッパリ言うに違いない。

 僕のって甘やかしているだけかもしれないし。

 とほーと溜め息をひとつ、脳削りとやらの能力を見てみる。

 

 ◆脳削り───のうけずり

 魔法以外のほぼ全ての武器で使える技術。

 武器や防具の硬い部分、側面などを用い、あえて相手の硬い部分を擦り削るように攻撃する。

 敵にとっての大半の硬い部分というのが頭部なため、この名がつけられた。

 熱属性との相性がよく、クリティカルで属性が乗り切れば焼き削ることも可能。

 熱属性の武具を装備していると閃きやすい。

 

 へええ……! 属性武器の云々で閃きやすいとかもあるんだ。

 面白いなぁこの世界のシステム。

 そして、もはや目を動かすだけでウィンドウなどを出せるため、ブル豚くんと手四つ状態だった格好のままで溜め息を吐く怪しい僕。

 ……シアンが首を傾げながら、そんな僕を見ておりました。

 泣いて走り去りたい。

 でもせっかくこんな体勢を取っているのなら、

 

「怪奇……蜘蛛男!《どーーーん!》」

 

 ……。

 

「………」

「………」

「よし、これでブル豚くん討伐は達成と。他は……」

 

 沈黙に耐えられなくなったので、たらたらと流れ出た汗をシャバッと拭い、サワヤカに言う。やっぱり走り去りたい。でも無理なので思考にフケる。

 ……で、だけど。

 他のクエストはといえば、リシュナさんが居た頃に請け負ったコボルト捕獲クエストだ。

 なんだかコボルトの数が減ったような気がする。なにせ今日はまだ一度も会っていない。

 

 ◆【荒天ジェノサイドハート】分類:偵察

 ヨゥメェーン! 知っとる? ねぇ知っとる?

 モートス森林のコボルトの数が激減してきとるのYO。

 繁殖期だってーのにこりゃおかしいデショ。

 だからちょほいと行って見てきておくれ?

 奥の方の巣の様子を見てきてくれるだけでおっけーざます。

 あ、討伐はしなくてえーよ? 偵察だからこのランクに頼んます。

 ただし危険なことは確かだから、報酬は高ェェエエゼ?

 見てきた証として、支給される花火を巣の中で発射してくれりゃえーから。

 報酬金:50000£ 契約金:291£ 依頼主:変態オカマホモコン

 

 このランクでも受けられる、5万という報酬に目が眩んで受けたものだ。

 森で、リシュナさんとともにコボルトをコロがしすぎたからかな、とも思っての受諾でもある。

 ほら、ただ偵察するだけでお金が貰えるわけだし。

 ……でもこの契約金は何を狙ったんだろうなぁ。

 なにかが憎かったんだろうか。

 偶然かもしれないけどその数字が怖かったんでレベリング。

 ちょっと強い敵が出る場所で、防御力と破壊力と回復力にモノを言わせての自殺級強引レベリング。

 僕が攻撃を受け止めてシアンが潰す。ダメージを受けたら回復。相手が弱かったら筋トレ。そうして、レベルだけじゃなくて戦闘経験も積んでいった。

 敵を見つけたらとにかく倒す方向で行っているので、シアンも結構容赦ない。

 

『ギギー!』

 

 ああそうそう、ペット扱いになったモンスターにもきちんとレベルはあるようだ。

 試しにイグに調べるを使ってみたら、イグは嫌がるだろうけど“奴隷”の称号を見事に得ていた。

 で、項目に“ペット”が増えていて、当然ステータスも見れるとくれば……ステータスを移動するっきゃないわけで。

 AGIに比重を置いたステータスにしてみれば、彼は素早く飛翔。

 そもそも異常なる硬さは蜂蜜と体液の硬質化で完成していたものなのだから、VITに振る意味はあまりない。

 

『ギギ~? ギ~ギギ~?♪』

『ブヒッ!? ブッ……ブブルヒヒィィーーーッ!!』

「“ン? どうしたの? 遅い? 遅いの?” “こっ……この虫風情がァアア!”と言ってます!」

「翻訳ありがとう! でも戦闘に集中して!?」

 

 しかし本当にブル豚くんがぞろぞろ居る。

 そんな敵だけど、INTMAXにしたイグのDマグナム一発で死んだ。

 STRに影響するのかなー、なんて思っていたら、INTで攻撃力が変わるようだったのだ。

 そしてDEXを重点にしてみれば、匠なるボクシング技術を見せてくれた。

 

『ギギギャーーーッ!!』

『《ドパパパパパ!!》ブヒハブヒホヒブヒヒヒェヒャーーーッ!?』

 

 左を制する者は世界を制する! とばかりに、イグの左ジャブがブル豚くんの顔面に埋まる。

 反撃としてブル豚くんが張り手で叩き落そうとするけど、イグは即座に両前足を顔の前に揃えてピーカブーブロック。その状態で硬質化を完了させると、そんなイグを引っ叩いたブル豚くんの方が手を押さえて苦しんだ。

 

「……そして役に立たない僕である」

 

 みんなが戦っている。

 なのに僕はちくちくとステータスを移動させるだけであり……いや、状況を見極めてステータスを移動しなきゃいけないのは確かなんだけどさ、安全なところで見ているだけっていうのは……さぁ。

 

『ブヒィッ!』

『ギギッ!』

 

 イグがブル豚くんにビンタで叩き落された。しかしすぐに硬質化を解くと、羽を広げて一気に弾丸となって飛翔する。腹にドボォと突き刺さるのかと思いきや、ブル豚くんの鼻と唇の間、人中に鋭い頭突きをかました。

 

「ぬ、ぬう人中……! あそこを的確に打つとは……!」

「し、知っているのですかご主人様!」

「う、うむ。じ、人中打ち……よもやその(わざ)を虫が知っていようとは……!」

 

 ◆人中───じんちゅう

 人体の急所の一。

 急所とはいうけど、普通にこんな、前歯近くで薄い場所を殴られれば痛い。

 一定以上の衝撃は延髄にダメージがいく、とはいうけど、頭部全般、どこを強く殴っても延髄にはダメージが行くと思うんだ。

 じゃあなにが急所的な意味を持つのか?

 頬を殴る場合、衝撃は横に行きますね?

 でも人中は真っ直ぐ殴るしかないのです。だから延髄に思い切り負荷がかかる。

 だから危険なのです。

 蹴りも回し蹴りより体重をかけた前蹴りで、腹を狙いましょう。

 直線のものは避けられやすいものですが。

 *神冥書房刊:『正しいヤクザキック理論』より

 

『《ズパァーーン!》ギギーーーッ!?』

 

 ただし、モンスターも同じ弱点があるかは謎である。

 人中に頭突きをかましたイグだったけど、動きが止まったところで改めて叩き落された。

 もちろん元々硬くはあったけど、VITもいじくれば少しだろうと弱くなるのか、一撃で動かなくなるイグ。ステータスを見れば、HPは……0!? イグさん!? キミ今Dマグナム使おうとした!? したでしょ! って、そんなことツッコんでる場合じゃなくて!

 

「イッ……イグーーーッ!!」

 

 まずい。

 こんな、せっかく仲間になった存在がっ……こんなあっさり死んでしまうなんて!

 ブル豚くんの行動もまったく無視して、地面に落下したイグに駆け寄り、その姿に迷うことなく癒しを流す。

 生死の確認なんてしている暇があるのなら、と言わんばかりに。

 

『ギギー!《テコーン♪》』

 

 ……そしたら復活した。

 …………エ?

 

『ギギギーギギギ』

「あ、あの……虫はたとえ胴体が千切れようと胴体だけで動くことも可能で、たとえどんなことになろうとも、本当に脳が死滅する前なら復活できるそうで……」

「えぇええーーーっ!?」

 

 いやちょっ……嬉しいけどさ! えぇ!? そんなのでいいの!?

 

「《ボゴォ!!》ああっ、でも、無事でよかった!《ゴスドスッ!》もうダメかと……!《ドゴォ!》」

『ギギギ』

「ライバルがそう簡単に死ぬわけがないだろう、と言ってます……けど、あの、ご主人様? 今、殴られたんですけど……あの」

「え? ああうん、痛くない」

 

 ブル豚くんが殴ってきた。でも効かない。ダメージはそりゃああったけど、そもそも防御馬鹿ですもの。VITが高けりゃHPも多いってもんです。

 そんなわけで、

 

「イグ! ヒートマックス!」

『ギギー!』

 

 ボコドガと殴ってくるブル豚くんを無視しつつ、イグを腕に装着。

 すぐに熱を発して限界発熱モードになったイグを振り翳してェエエッ!!

 

「釣りはいらねぇ! 取っときなぁっ!!」

 

 腹を殴って、そのままDマグナムを発射。

 映画版のハート様のように“ディェエ~フェフェフェフェ、どうしました? もうお終いですかぁ?”みたいな顔をしていたブル豚くんだったけど、直後に腹の内側で爆発した熱に悲鳴を───上げた瞬間、内側が蒸発、ごちゃりと崩れ落ちて……塵になって消えた。

 

「良しっ! ざっとこんなもんっ!《ビシィッ!》」

『ギギー!《シャキィーン!》』

 

 勝利のポーズをキメると、イグも腕の上でビッシィとポーズをキメる。

 うん、こういう童心、とても大事。

 悟った気分になって、(はしゃ)がないのはもったいないってもんだ。

 

「うん……やっぱり僕は防御、イグは攻撃。これでようやく一人前の僕らだ」

『ギッギッギ』

「あの、ご主人様? 私は……」

「シアンは……うん……」

『ギギ……』

 

 “なぁ?”とばかりに、腕の上のイグと顔を見合わせる。

 もう……オールマイティーでいいんじゃないかな。

 あれ? オールラウンダーだっけ? まあいいや、そんなようなもので。

 

「よし、じゃあこの調子でコボルト捕獲も行ってみようか」

「はいっ」

『ギギー!』

 

 シアンもイグも実に元気に返事をくれた。

 ……戦いとくれば駆け出す一人と一匹。そして、駆け出しても追いつけない鈍重防御馬鹿。

 癒し要員なのにすぐに駆けつけられないんだ……僕……。

 そりゃさ、AGIを鍛えたくもなるってもんでしょ……?

 ん、まあいいや。今に始まったことじゃない。悲しいけど事実だ。

 なので事実を受け入れた上で、じっくり上を……じゃなくてお金を溜めよう。

 上を目指して一気に稼ぐのもいいけど、ともかく今出来る精一杯の稼ぎと節約で、一歩一歩を確実にだ。

 

……。

 

 さて。

 コボルトの本拠地は、どうやらモートス森林の奥にあるらしい。

 前に来た時は、どうにもヤケにコボルトが出るなーと思ったら、案の定だ。

 ただその数が最近になって減っているそうで、僕らがコロがしすぎたからじゃ……と不安になっていたものの、それだけが理由なわけでもないそうなのだ。

 繁殖期が来たばっかりだっていうのに、彼らも大変だ。

 

「森林の中の空気は心地良いのに……どうして視界はこう……」

 

 森の中で空を見上げ、木漏れ日の隙間を縫って見上げた青の下。

 ……シアンとイグが、群がる猿を殴りまくっていた。

 え? 僕のところに来た猿?

 僕の速度が遅すぎて捉えられません。殴ろうとしても躱されて、キッキーと人を挑発するダンスを踊られる始末です。

 なので調子こいて抱き付いてきた猿を、こちらからも熱く抱擁。のちに跳躍。地獄の鬼憧重鋼プレスで潰して差し上げています。

 敵はそんなに強くないのだけど、数が多い。

 まるでグループ全てがなにかから逃げ出しているかのような……仲間を呼んだ、なんてシステムログもないことから、やっぱり普通に出てきているだけだ。

 

『ギギギギギギギ!!』

『《ドパパパパパ!!》ウキャキャキャキャーーーッ!?』

 

 そんな冷静な分析が出来るのも、きっとシアンとイグが頑張っているからだ。

 ステータス向上も兼ねて、STRを落としているイグの前足ラッシュはとても速く、飛びついてきた猿が逃げられずに、空中で殴られ続けているくらいだ。

 で、シアンは……

 

「《シャキィンッ!》シアン……参ります!」

『ウキャッ!? ウキャーッ!!』

 

 両手にナイフの欠片を構えるシアン。

 凶器と見るや、一斉に襲い掛かる猿たちだったけど……

 

「えいっ!《ゴギィンッ!》」

『ゲキャァッ!?』

 

 シアンが胸の前で堅晶硬拳を殴り合わせる。

 するとそこから一気に熱が溢れ、周囲の猿たちが僅かに怯む。

 怯んだなら、アウト。

 

「STR,AGIセット!」

「はいっ!」

 

 あとは速度と攻撃力特化状態でのマッハパンチにございます。

 飛びつこうとしてきた猿をまず掴んで、フルスウィングして周囲の猿を叩き落す。

 その回転運動のままに掴んでいた猿を離して、奥に居る猿へ牽制をして、叩き落された猿には熱気ゲンコツと脳髄破壊スタンプを。頭を殴り潰したり踏み潰して一発で終わりだ。

 奥からの増援も、そんなあっけなさに立ち止まった瞬間をイグに狙われて、熱を放つ弾丸となったイグが彼ら(?)へ襲い掛かった。

 

「……そしてちくちくとステータスを移動しているだけの僕である」

 

 大事であることはわかってる。状況を見極めて処理しなきゃいけないことだ。大事なことなんだよ? ほんとだよ?

 でもなぁ、どうしてかなぁ、せっかくの防御が全然活かせていない気がするんだよなぁ。

 

『キッ……キキー!』

『ウキキッ!? ウッキーッ!!』

「え? あ、うわっ……!?」

 

 けれどもだ。

 前で大暴れする二人……もとい、一人と一匹に対し、後ろでちくちくとなにかをいじっている僕に本格的に気づいた猿たちが、悲鳴のようななにかを伝え合い……一気にこちらへ駆けて来た!

 あ、あれ!? もしかして僕がなにか魔法的なものを使ってるから、シアンとイグが強いのではとか勘ぐられた!? い、いやぁまいったなぁ! ぼぼぼ僕そんなに役に立つ存在に見えたのかな! って喜んでる場合じゃないよ!?

 あと多分違う理由な気がする!

 どうせ役に立ってない存在が居たから、せめてこいつだけでもって道連れにしようとしてるだけだよきっと!

 

「ごっ……ご主人様ぁーっ!!」

 

 焦るシアンの悲鳴が聞こえる。

 対する僕はごくりと喉を鳴らしながらも構えて───

 

「フン……!《ザキンッ!》フフン……!《ガリゴリガリンッ!》」

 

 大勢の猿による爪や牙の攻撃の雨を、ポージングを取りながら受け止めました。

 え? ダメージ? そんなもの……僕にはないよ…………。

 などとトラサルディーチックしてないで。

 

『ウキャッ!? キャキッ……キャキャーッ!?』

 

 攻撃してきた猿達が、自分の爪を見下ろしたり僕を見たりと忙しい中、僕は深呼吸をひとつ、歩み寄る。

 

「知りなさい猿たちよ……。僕は人質にならないために己を鍛えている……。狙われたとしても、敵がどれだけ弱かろうと、クリティカルを恐れて癒しを流しながら受け止めるほど……!」

 

 後退る猿たちにジリリと近づきながら説く。

 両腕を軽く開きながら、まるでどこぞのマッチョな市長が近づくように。そんな様に怯えたのか、猿は後ろに居た一回り大きな猿の掛け声を切っ掛けに一気に逃げ───

 

『ギギャーッ!!』

『ウキャ《ボヂュウンッ!》───……』

 

 振り向き様、その先でBマグナムを用意していたイグに、ボス猿が一撃でコロがされ、司令塔を無くした猿たちは一気に動揺。

 その隙にシアンが投げまくるナイフの欠片の恰好の的となった。

 

……。

 

 何匹かには逃げられてしまったものの、相当数を狩れたことで随分とインベントリ内の素材が増えた。

 ただ、元々猿の数が多いためか、アイテム説明にまで“高値では取り引されない”と書かれている始末。

 すごい素材もあったもんだ。

 

「うーん……結局なんだったんだろう、あの猿たちの慌てよう……」

「きっとご主人様に───」

「ソレハナイ」

「───怯えっ……って、最後まで言わせてください!」

 

 僕に怯えて慌てるなんてないない。

 ほら、イグもギーギー言いながら頷いてる。

 ともかくコボルトの巣はこの先だ。

 早いところ捕えて、ついでに巣の様子も見て、任務完了といきましょう。

 

  ……なぁんて思ってたんだけどね。

 

 風を切る音が耳に届いた。

 え、なんて“音”が空を仰いだ拍子に喉から漏れて、それもすぐに悲鳴に変わる。

 なにか大きなものが降ってきて、それが僕たちが立っている大地へと落ち……いや、叩きつけられたのだ。

 イグとシアンはなにかを感じ取ったのか、即座に防御の型を。

 イグは僕の右腕にしがみついて羽を広げ、硬質化。それに倣うように僕もイグとシアンのステータスをVITに全て託し、喉を鳴らす。シアンは震えながら落下してきたなにか……ではなく、その上に存在していたモノを見上げ、僕の前に立っていた。

 

  聞こえてきたのは咆哮だろうか。

 

 聞いた途端に体が跳ねて、わけのわからない状況でその“音”は恐怖を膨張させて、完全に僕らの心を蝕んでいっていた。

 

『……コルルルル……!!』

 

 落ちてきたソレの上に立つ“それ”は喉を鳴らしながら、倒れているソレを見下ろす。

 ゴパァ、と開かれた口からはまるで蒸気のような、湯気のようなものが溢れ、吐き出した“それ”の頬を撫でるようにして消えてゆく。

 喉を鳴らし、真っ直ぐに見つめた“それ”。

 形はあくまで人型のよう。

 けれど腕には鱗のようなものがあり、耳の上あたりからは鋭い角。

 背には魔物の翼が生え、後ろ側の腰付近からは太い尾のようなものが。

 

『ギッ……ギギッ!? ギギギッ!?』

「……!? りゅ、竜人!? あれがっ……あれが竜人なんですかイグさん!」

 

 イグが震え、シアンが驚き、僕はなにがなんだかわからない。

 けれどどうやら相手は竜人と呼ばれる存在らしく、なるほど、確かに人と竜を混ぜたような姿だと……震えながらに納得した。

 そして……そんな“それ”の下。ズタボロになっているソレを、ふと気になって調べた。竜人を調べる気にはなれなかった。もしそんなことをして敵と判断されたら……そう考えてみればきっと、トラックに潰されるよりも明確な死を、心があっさりと認めてしまう。

 自殺するのは趣味じゃない。

 それに、

 

  【───コボルトキングは既に瀕死だ!】

 

 調べるで出た結果を見れば、そんなことは犬死にの未来しか生まれないことはよーくわかった。

 だから僕は、シアンを下がらせた。声は出さず、そっと肩を掴んで、驚かせないようにゆっくりと。

 僕を守ろうとしているのか、僕より後ろにはいこうとしない。

 けれどそれでも引っ張って、せめて隣に。

 

「ごっ……しゅ、じん……さま……」

 

 息も荒れ放題。

 体は震えて、涙なんて流れっぱなしだ。

 それはそうだろう。

 混ざっているものが人とはいえ、猫+狼と、竜では……。

 

「シアン、イグ……たぶん、アレが……コボルトの数が減っている原因だ」

「はっ……は、い……!」

『ギギ……ギィイ……!』

「繁殖期で増え始めたコボルトを食べてるんだ……たぶん、あのキングで最後……」

 

 それが終われば、食料は無くなる。

 無くなったらどうなる? それで満たされなかったら?

 体が小さいとはいえ。人の形をしているとはいえ、5メートル以上の巨体生物を食べて満腹になる確証なんてものを僕達は持っていない。

 じゃあ? 足りなかったら真っ先に食べられるのは?

 ……すぐ傍に居る、生き物なんじゃないか……!?

 

「……シアン、ナイフのかけら、貸して」

「ごっ……い、いけませんっ……! ご主人様が注意を引いている間に逃げる、なんて作戦ならば、私は……!」

「自殺は趣味じゃないったら……! いいから、一本……!」

 

 小声で話しをして、シアンからナイフを一本頂戴する。

 そしてナイフに……えーと……あった。

 自生していた薬草をひとつ千切って、軽く潰してナイフに巻きつける。

 さらにその上からI☆YA☆SHIを流し込んで、シアンに渡す。

 

「ご主人様……?」

「……これを、コボルトキングに」

 

 投げろと。

 はっきり言って、僕らじゃアレには敵わない。

 きっと、逃げられもしないだろう。

 じゃあどうするか?

 ……死にたくないと願う存在と、一緒に戦うしかないだろう。

 

「シアン、早く……! いちかばちかだけど、コボルトが死んだ後じゃ意味がない……! どの道逃げられないなら、少しでも助かる手段を選ぼう……!」

「───!」

 

 僕の言葉を聞いて、シアンの体から震えが消えた。

 やせ我慢だろうと、震えたままよりはいい。

 手にした癒しのナイフを、振り被ったシアンが強投スキルでコボルトキングへ投擲。

 癒しは癒し。

 いいから癒されなさいって思いを込めて、投げられたそれがコボルトキングに刺さる様を見届けた。

 

『《ザグシャア!》ギャアーーーッ!!《シャァアン……キラキラ……♪》』

「「『ゲェエエーーーーーーーーーッ!!!』」」

 

 そして僕らは絶叫する。

 何故って、投げたナイフがコボルトキングの頭に刺さって、しかもなんの冗談なのか、ログメッセージに輝くは“クリティカルヒット!”の文字!

 わあいわざわざ色まで変えての美しい演出だ~って馬鹿ァアアアアアッ!!!

 なにもこんな時にクリティカル出さずとも! 出さずともォオオ!!!

 あれじゃあ薬草に込められた癒しが届く前にダメージが入るよ! あんなんじゃ助からないよ! ていうかシアン!? シアンさん!? なして頭に投げたと!? せめてあの逞しい腕とかにですね!?

 ……あぁあああシアン滅茶苦茶震えてる! やっぱりやせ我慢だった! そしてごめんなさいシアンに任せた僕が言えるような言葉じゃなかったァアーッ!!

 

『《ドグシャア!!》ウキュッ!?』

 

 そしてコボルトキングの上に凄まじい威圧感を以って立っていた、竜人……? が、足場が塵になった所為で落下してヘンな声出した!

 ていうか脇腹から落ちた! 痛い! あれは痛いよ絶対! ……ってほら痛がってる痛がってる!!

 

『グッ……、……うぐぅあぁああううっ!!』

「「『キャーーーッ!?』」」

 

 苦しそうに立ち上がる竜人! その勢いのままにこちらへと迫る姿は、まさしく獣そのもののようで───ア、走馬灯ダー。

 

「あ───」

 

 竜人が大きく口を開けることで見えた鋭い牙。

 それを見た時、自分のかつてが思い返された。

 ろくな人生じゃなかった。

 生きる場所を変えてまで生きることを許されたっていうのに、どうしてまた、僕はこんな……。

 シアンを買わずにいれば、天秤の悪魔の言葉通り平穏に暮らせたのかな。

 ……いや、きっとそれは平穏だろうけど、後悔の日々でしかないのだろう。

 悲しいな……結局僕は、そんな世界しか生きていけないのか。

 

「───」

 

 イグとシアンだけは守ろう。

 なにも救えなかった自分だ、なんの役にも立てず、好きな人を泣かせてしまった自分だ。

 せめてなにかを救った証と、自分は生きてよかったのだと思えるなにかを残したい。

 腕を食われようと体を千切られようと、最後までしがみついて……シアンたちが逃げるまで、僕が……!

 

  シアンを後方へ突き飛ばして、前へ。

 

 驚きと呆然を混ぜたような表情のシアンが離れてゆく。

 そんなシアンに微笑みかけると、前を向いて……目の前にある死の気配を飲み込んだ。

 つまらない人生だっただろうか。……そんなことない。

 くだらない人生だっただろうか。……そんなことない。

 些細なことで微笑みを浮かべていられた。

 あたたかいご飯を食べることだって出来た。

 誰かに頭を撫でてもらって、些細な失敗を“いいんだよぉ”、なんて笑って許してもらえた。

 ……そんなことで、嬉しくなれる……やすっぽくても、とても暖かい数日だった。

 

  ああ、そういえば……。

 

 今日は、ミレアノさんがお弁当つくってくれたんだっけ。

 食べることも出来ずにごめんなさい。

 ……あたたかい日々をありがとう。

 やさしい母親なんて知らない僕だったけど、僕にとって、あなたが用意してくれたご飯は───

 

「───!」

 

 襲い掛かる牙に、左腕を差し出した。

 ひと噛みで篭手ごと砕かれ、潰され、引き千切られ、左腕の肘から先が無くなった。

 

『ギ!? ギギー!』

「イグゥウッ! キミも逃げろォオッ!!」

 

 悲鳴を上げるように叫び、右腕で硬質化しているイグを装備ごと外してシアンへと投げる。

 ……この残った腕でなにが出来るだろう。

 左腕を咀嚼して飲み込み、僕へと向かうその姿へ、僕は───

 

「っ……くうぁああっ!!」

 

 癒す。

 食われた腕を生やして、再び迫る姿に自らを差し出し、押さえつける。

 

「ご主人様ぁっ!!」

「なにやってんだばかっ!! はやっ……はやくにげろぉおっ!!」

 

 食われる。

 顔面を噛み削ごうとしてきた口へと拳を突き出し、噛み砕かれ、ブチブチと血管が腕の中から引きずり出される音が、この身に骨を伝って響いてくる。

 けれど癒す。生やす。

 必死すぎて、もう何を考えていいかもわからない。

 あまりの痛みと恐怖とで涙なんてとっくに止まらない。

 それでも……ただ役に立てるなら。

 誰かが笑ってくれるのなら。

 ……僕なんかが代わることで、誰かの命が助かるのなら。

 いつか、妹の病も治してやれず、悲しむ好きな人も守れなかった自分から、少しでも成長出来た僕が───

 

「く、う……おおおおおおおおおっ!!!」

 

 殴る。

 食われようが、裂かれようが、砕かれようが。

 癒して、繋げて、立ち向かってゆく。

 与えるダメージが1だって構わない。

 勝てるのなら、目だろうがなんだろうが何処だって狙ってでも勝とう。

 大切だと思える人を守れるなら、この身だって捧げていい。

 だから……どうか、今度こそ……救わせてください。

 かけられた保険金に助けてもらうのではなくて。

 知らない未来で幸せに暮らした、なんて言葉だけで納得する虚しい未来ではなくて。

 どうか……今、自分に……その結果を知ったのちの死を、どうか……!

 助かった、なんて言葉だけで伝えられて死ぬ世界なんて……! そんな言葉だけで、心からの納得もなく喜ばなきゃいけない世界なんて、もう───嫌なんだ……!

 

『《ゾギュッ!》ギッ!?』

「───!」

 

 砕けた腕、露出した骨が、それごとを飲み込もうとした竜人の口内に傷をつけた。

 瞬間、頭に浮かんだものはなんだろう。

 勝機? いや……道連れって言葉だ。

 傷口を広げて、血流を活性化させてやれば、助かる可能性くらい───!

 

  そんなふうに抱いた幻想は、瞬間的に癒された傷を見て、霧散した。

 

 またも、え、なんて音が喉から漏れる。

 癒しの能力がこの世界から忘れられて久しい。

 それでも使える者は居るのだろうし、再生能力自体が強い相手も居るのだろう。

 でも、ああ、ちくしょう。

 なんだってそれが、目の前で僕らを食おうとしているんだ。

 

「くっ……くっそ……! うあぁあああああっ!!!」

 

 腕を振り回す。

 当たったところで、人の肌から浮き出した硬い鱗に弾かれて、こちらの皮膚が傷つくほど。

 生やした先から食いちぎられる感触に、何度も何度も凍てついた鉄棒を背骨代わりに突き刺されたような吐き気に襲われて、それでも意識ある限りに癒しを流して立ち向かう。

 後ろに居るシアンとイグに逃げろと泣き叫びながら。

 

「っ……、ひっ……」

 

 僕を食べるたびに満たされていくのか、相手の動きが速くなる。

 なんとかがむしゃらに、腕を差し出すことで稼いでいた時間も、段々と相手の都合によってどうにもならなくなってきて。

 腕ではなく脇腹を抉り取られて。

 癒した瞬間、こぼれ出そうになった内臓を掴まれて引きずり出され、そのまま咀嚼されて。

 自分の喉から自分でさえ聞いたこともない“音”が放たれて、食われる内臓を守ろうとするけど、手を伸ばした途端に腕をもがれて。

 

  それでも。

 

 それでも、“意識”にずうっと癒しを流す。

 気絶だけはしてはならない。

 頭がおかしくなるほどの激痛も、脳内麻薬を癒すことで“出来る限り”抑えて、ただ、見たこともない“自分が食われる”という目の前の現実に恐怖しながら、時間を稼いだ。

 千切られ、削がれる度に揺れる体。

 涙で滲んだ視界の隅に、座り込んで泣きじゃくる女の子の姿を見た。

 そんな彼女を引っ張る虫の友達が居て、僕は───

 

「……STR、MAX……じゃあね、シアン、イグ」

 

 イグのSTRをMAXにすることで、その引っ張る行為を助けて……遠ざけた。

 シアン……こんな僕と一緒に歩いてくれてありがとう。

 イグ……本気の殴り合いをして、友達になってくれてありがとう。

 

「僕はっ……《ゾゴォッ!》ぎあっ!?」

 

 腕から散った血が左目を塞いだ途端、その閉ざされた視界がこじ開けられ、光の下に引きずり出された。

 眼底から血管や神経ごとブギブギと引きずり出される世界はひどく赤い。そう感じた直後に左の世界は真っ暗。

 右で捉えた世界には、引きずり出された左の世界が食われる現実があった。

 それも、癒す。

 自分の世界なんてこの体があればいくらだって癒そう。

 でも、こぼしてしまったものを癒せるほど強くはないから。

 だから、守れる世界は……癒せる世界はいくらだって癒したい。

 

  この世界はつまらなかったかな。

 

 自分の中の自分が、自分に質問を投げた。

 なんて答えよう。

 そんな言葉も浮かぶより早く、結論なんて出てしまった。

 

  まだなにも知らない。

 

 知らないから───死ねない。

 笑って逝くことなんて出来ない。満足だって出来ない。

 出来ないから……

 

「ほぼ……丸呑みだったよね、きみ……」

 

 今も自分を喰らう人と竜の混血。

 どうやって産まれたのかもわからないそれのお腹に触れて、にっこりと微笑んだ。

 

「全部癒すよ。きみが食った僕の全て。ははっ……“何人”になるかなぁ」

 

 遠慮はしない。

 殺しにくるなら、女子供でも敵だ。

 そして……僕は、相手が敵なら女性でも殴れる。

 女性の姿のそれの腹部を通して、癒しを全力で解放。

 イメージはもちろん……“僕を癒す”。

 癒したものは基本、失った部分が生えてきた。

 じゃあ食われてほぼ丸呑みにされたそれらから生える部分は、どうなるのか。

 もちろん、腕以外の体だろう。

 

  最初に聞こえたのは、メヂィッ、ていう……おかしな音。

 

 次になにかが破裂する音と、…………巨大な何かが倒れる音。

 

「…………ぶ、はっ……!」

 

 直後、僕は血を吐きながらもそれを見つめた。

 それの腹には亀裂が走っている。

 が、破裂は……していない。

 破裂したのは“それ”が身に着けていたボロ布みたいな服だ。

 胃袋どころか腹が破裂する寸前、彼女が取った行動は……竜化。

 そう、つまり……巨大な何かが倒れる音は、

 

「竜人……って…………」

 

 そのまんま。

 竜になったそれが、倒れる音だった。

 

「………」

 

 いや。疑問がどうとかよりも癒しに専念する。

 恐怖に呑まれるな。

 正直、自分の何倍も大きな存在、それも竜なんてものが存在するって現実に眩暈が起きそうだ。

 でもここで気絶なんてしたら、そのまま出血多量で死んでしまう。

 

「げぷっ……ぶっ……う、げぇえっ……!」

 

 体の奥から搾り出されるように、まるで嘔吐するみたいに血を吐いた。

 胃の中が血まみれなのだろう。

 一回じゃ足りないくらいに血を吐き出して、ようやくそれが治まる頃───

 

「は、ぁ……」

 

 改めて覚悟を決めて、目の前に倒れる大きな竜を視界に納めた。

 

「………」

 

 デカい。

 さっき塵になったコボルトキングなんて目じゃない。

 しかもその腹部に走る亀裂……まあ他の部分に比べ、薄くなっている場所からは、うっすらとだけど人の顔が見えるような見えないような。

 あれ、僕が癒して再生させた僕の体……だよね?

 

(うわー…………ウ、ウワー……!)

 

 改めて自分が食われていたって実感が湧いてきた。

 でも助かったのだ。

 これは喜ばしいことで……

 

「あぁ……だめだ」

 

 助かったんだろうけど、もう動けない。

 いや、癒したお陰で体は健康そのもの。

 それこそ、今すぐジャンプしてキャッホイとか叫ぶくらい出来るのだろう。実際は。

 でもね、心が疲れてしまっているのです。

 地面に座り込んでしまった体勢から、もう立ち上がることも出来ない。

 逃げたほうがいいんだろうに。困った。


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