上手く区切れず、前2話に比べ文字数が倍に。どうしてこうなった。
6階層までモモンガさん、あとはオリキャラ視点です。
「…あっ」
アルベドに自分の階層を見回りさせた守護者達を六階層に集めるよう指示していたことをすっかり忘れてた。しかも、スキルや魔法の検証も全然進んでいない。主に目の前の
やったことと言えば
「…早く六階層へ行きましょう。あの子達、怒ってるかもしれません」
「誰のせいだと…。─くっ、全然検証進んでないのに…」
「きっと大丈夫ですよ。最悪、指輪で宝物殿へ逃げましょう…。─ちゃんと機能すればですが」
きらり、と
そして『宝物殿』と呼ばれる場所はこのギルドの大半の財宝が納められており、あらゆる空間から隔離されている。つまり、この指輪でしか行けないわけで、現状では最も堅牢で安全と言えるだろう。…ただ
「怖いこと言わないで下さい…仕方ない。指輪の検証も含めてこれで転移しましょう。─…っと、その前にセバスに外の様子を聞いてみます」
「ああ、そう言えば偵察に出していましたね」
こめかみに指を当てて
《〈伝言〉。セバスか?》
《これはモモンガ様。はい、セバスで御座います。ご報告させて頂いてもよろしいでしょうか?》
《うむ》
次の瞬間、頭の中が真っ白になった。
《まず、ナザリックの上空は星空が広がっております。また周囲は辺り一面が草原となっており、人工的な建造物やおよそ知能を持つようなもの、及び脅威となるようなものはおりませんでした。知能を持たない小さな虫や鼠などの小動物でしたら確認を致しました》
《─…何だと?》
これは一体どういう事だ…本来、ナザリック周辺は常に暗雲で覆われた薄暗い毒の沼地だ。嫌らしく醜いモンスターも溢れんばかりに蠢いていた。─決して星空なんか見えやしない。草原なんぞある訳もない。先程から
万が一、ここがユグドラシルだったならば、別のサーバーに飛ばされただけという可能性もなくはないが…もう少し詳しく確認を取る必要がある。
《如何なさいましたか》
《セバス。空に浮かぶ城や島などはないのだな?》
《ハッ。星が瞬く夜空だけが広がっております。他には何も浮かんではおりません》
《草原とのことだが、氷などで出来た草で踏むとダメージがあるなどそういうものでもないのだな?また、周りに大きな岩などの遮蔽物になるようなものは?》
《ハッ。ただの柔らかい青草が辺り一面に生えているだけで御座います。遮蔽物になるようなものは一切御座いません。平坦な草原が続くのみで御座います》
《虫はただの虫で、鼠もラットなどのモンスターではなく、本当にただの小動物なんだな?》
《ハッ。仰るとおりで御座います》
─あとで自分の目でも確かめる必要があるな。プレイヤーやモンスターが今すぐ攻めてくるわけでもなさそうなのが救いか…。
《…分かった。六階層に守護者達を呼んである。もう少しだけ探索したら、お前も来て皆に説明せよ》
《かしこまりました》
頭の中の糸が切れた感覚を確かめ、隣でこちらを伺っている鬼の姫に向き直る。
「どうでした?」
「…星空が広がっていたそうです。周辺1キロ程度ですが、辺りはただの平坦な草原とのことです。モンスターや脅威になるものはいないようですが…」
衝撃の一言だったようだ。初めて表情が動いたように思う。極々僅かに、それも一瞬だが目を見開いていた。
─…まるでゲームのシナリオだな。《世界》が終わった途端に別の《世界》へ、か…。
「…実際に見てみないと何とも言えませんが…脅威が無いならそれに越したことはないでしょう。その辺りの確認は、予定通り守護者達に会ってからにしましょうか」
「…そう、ですね。セバスには六階層に来るよう伝えました。それと念の為に支配者ロールでいきましょう。向こうに着いたら〈伝言〉を繋げておきますので、サキさんも合わせて下さいね?」
「了解です」
こうして俺達は指輪に意識を集めて、玉座の間から姿を消した。結論から言えば、六階層に無事転移できたわけだが…。
「─…おっ」
「─…っと」
淡い光に包まれた石造りの通路に出た。いくつもの
その通路は後ろに長く伸びており、前方には大きな鉄格子が降りていた。床の砂がざり、と音を立てる。
頭の中で糸が繋がる。上の掛け声が繋がったようなのは気のせいだ。
《〈伝言〉。検証は成功…指輪は問題ないようですね》
《そのようですね。それじゃ、[ろぉる]で行きますか?》
《はい。指示通りに動いているならもう守護者たちが集まっているでしょうし》
それに頷きを以て返す。巨大な鉄格子が嵌められた方へ通路を歩いていくと鉄格子はひとりでに上がった。─こういうのはゲームと変わらないみたいだな。それとも誰か操作しているとか?
それをくぐると、見事な星空が煌めく幅広い楕円形状のところに出た。あの陰鬱な沼地の曇天が、今はブルー・プラネットさんが丹精込めて創ったこの空みたいになっているというわけか…。
今、俺達がいるここは
その舞台─処刑場とも言える場所の中央付近に種族も大小様々な者たちが集っている。階層守護者達だ。
─…何か話しているな。
「…本当にここで良いのですね?アルベド」
「ええ、モモンガ様は確かにそう仰られていたわ。守護者達は各々の階層に異常がないか確認の後、ここに集まるように、と」
─…やっべ、すげぇ待たせてたんじゃねぇ?これ。
話しているのは
その横でちびっこ達がギャーギャー騒いでいる。言い争っているのは…この六階層守護者のアウラと第一から三階層守護者のシャルティア。アウラの横でオロオロしているのはアウラの弟に設定してあるマーレ。そして、黙している巨大な青白い人を模した昆虫は…第五階層のコキュートス。
『!』
「すまないな。待たせてしまっ─…たか?」
モモンガさんが話し掛ける直前にザッ、と一糸乱れぬ様子で守護者達が一斉に跪いた。…忠誠心半端なさそうだな、これ。
「
代表してアルベドが応える。後ろで跪く守護者達が同意するように頭を深く下げた。心なしかぷるぷる震えている。緊張でもしているのだろうか。
─先程のアルベドのように『敵意』があるわけでもなさそうだが…アルベドからも今は何も感じないな。
「…そうか」
《サキさん、これどうしたら良いんですかね。こいつら忠誠心半端なさそうなんですけど》
「…」
《うーん…どうしましょうかね》
その言に内心苦笑いだ。こんな傅かれるなんてことは
「モモンガ様…忠誠の儀を行わせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「う、うむ…?」
《サキさん、『忠誠の儀』ってなんですか。そんなの設定にありましたっけ?》
「…」
《いや、そんな設定はなかったように思いますが…》
「では、皆。忠誠の儀を」
〈伝言〉で話していたらあれよあれよと守護者達が一斉に階層順に並び、順繰りに一歩前へ踏み出し跪いた。
「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」
─その様相はとても優雅で。
「第五階層守護者、コキュートス。御身ノ前ニ」
─その動きはとても力強く。
「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ」
「お、同じく。だ、第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ」
『御身の前に』
─その仕草は気品に溢れ。
「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」
─その儀礼は、内に秘める忠誠心を全身で表しているかのよう。
「階層守護者統括、アルベド。御身の前に。第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。─ご命令を、至高なる御方々。我ら守護者一同、至高の御方々に全ての忠誠を捧げます」
言い終えたアルベドは差し出すように頭を垂れた。後ろの守護者達もそれに続く。一糸乱れぬ様はすごく練習したんだろうなぁ、と思考が現実逃避を始めた。
《えっ…なんですかこれ。どう応えればいいんです?》
《やだなぁ、一社畜に聞かないで下さいよ》
二人とも幸い顔には出ないが、それでも戸惑いを表に出すわけにはいかない。といっても、何をしたらいいか分からないので棒立ちだ。あんまり時間かけると変な空気になるぞ、これ。お?アルベドが顔を上げて…?
「至高の御方々は戸惑わられているご様子…無理もありません。我らは、至高の御方々のお力に比べるべくもない矮小な身では御座います。しかし、いかなる難行も全身全霊を以て必ず遂行致しますことを至高の御方々に、アインズ・ウール・ゴウンに誓います」
『誓います』
…ロールもあるが、言葉が出ない。圧倒的な雰囲気。─そこには6人の絶対な意志が秘められているのが感じられる。
だが、感動も虚しくすぐに沈静化されてしまう。透き通った頭の中は静かに6人を眺め、隣の骸骨をちらりと盗み見る。な、なんだ。ぷるぷる震えている…?
「…素晴らしい」
─…は?
「素晴らしいぞ、守護者達よ!お前達ならば我が目的を理解し、失態なく事を運べることを今、強く確信した!」
魔王が感極まってなんか言ってる。【漆黒の後光】も【絶望のオーラ】も垂れ流しだ。
「…だが、残念なことに現在ナザリックは未曾有の緊急事態にあると思われる…何か異常を感じ取った者はいるか?」
「いえ、どの階層も異常は見つからなかった、とのことで御座います」
アルベドが皆を代表して答える。あの子達もモモンガさんの言葉を受けて感極まったり戸惑ったり忙しそうだなぁ…。あ、セバスが遠くで跪いてる。
「ふむ…セバスはいるか?」
「─こちらに」
床が砂なのにスッと音もなく俺達に近付き、程近いところで跪いた。この身のこなし…これがLv100のモンクよ。
「お前が見てきたものを守護者達にも伝えよ」
「ハッ。かしこまりました」
セバスが守護者達に説明してる間に俺らも〈伝言〉で会話を続ける。
《それじゃ、サキさん。守護者達が気になってるみたいですし、戻ってきたって発表しましょうか》
《ああ、確かに。まだ何も喋ってないですし、ちらちらこっち見てましたね》
色々あってすっかり忘れてたが、ナザリックに戻るのは3ヶ月振りになる。その前は確か5ヶ月振りだったかな…その間ずっとここを維持してくれたモモンガさんには頭が上がらないな。煽るけど。
しかし、守護者達も流石に想定外だったのかセバスの説明を受けて驚愕しているな。ただ、何でそんなに悔しそうにしているのだろうか。
「…さて、情報共有は済んだようだな。今、聞いた通りだ。現在のナザリックは外界が不明瞭にある。これは我らが危機にあると考える…。─しかし、吉報もある。この度、我が友である夜想サキさんがナザリックに帰還した」
『!』
「…ただいま」
《─…え、それだけですか?》
《寡黙な美少女ですから》
一瞬の沈黙の後、守護者達が泣き出した。それはもう凄い勢いで。
シャルティアはアンデッドなのに涙と鼻水でグジュグジュだし、アウラとマーレは抱き合ってわんわん泣いている─かわいい─し、デミウルゴスは一滴の涙が頬を伝う程度だが、爪が太ももに食い込み血をダラダラ垂れ流している。えぐい。
コキュートスは流石に涙が出ないようだが、周りの地面がバッキバキに凍り付いているな。雄叫びがうるせぇ。セバスは流石にかわらな…。─ギリギリと音が聞こえるほど握り締めた
全く変わらないのはアルベドだけか…心なしか冷めた表情だ。ぱっと見は本当に全く変わっていないが、纏う雰囲気というか、そういうのが冷めているのが何故か分かった。
《えぇ…すっごい泣いてる。─このままじゃ収拾つかないんで、他になんか言って下さいよ
《な、なんか当たりが強くないですかね…うう、分かりましたよぉ》
魔王の眼窩の炎が異様に燃え盛り、こちらを睨み付けるのが分かった。おっかないから何とか言葉を捻り出す。あ、沈静された。
「…久方振りだが…変わらぬようで安心した…。─しかし、長の言うとおり…今は我らの危機…泣く暇はない…」
『!』
《ちょっ、何言い出してんだ
《まぁまぁ》
魔王の後光が強くなった気がする。ていうか、本当に暴言酷くないですかね。こんな人だったっけ?…こんな魔王だったな。
「…本来なら…泡沫に消えるはずだった《世界》…しかし、未だ在ることは…我らの預かり知らぬこと…」
「─その通りだ。どうやら、この現象は我々にしか知覚できなかったようだが…未だナザリックが健在なのは慶ばしいことである。しかし、これは同時に危機でもある。故に今一度、気を引き締めよ」
『ハッ!申し訳御座いません!』
おお、ナイスフォローですよギルド長。ロールで喋ったことないからどんな感じなのか手探りだったけど、意外と良い感じじゃなかったか?
こほん、と咳払いの真似事をした魔王は続ける。
「差し当たって、周りに遮蔽物が無いのならナザリックの隠蔽を図る必要があるが…案はあるか?」
「は、はい。あ、あの…つ、土で隠すというのは…。─っ!」
アルベドが凄い勢いで振り返った。マーレの怯えようからすんごい睨んでるんだろうなぁ…。
「─畏れ多くも栄光あるナザリック地下大墳墓を土で汚すと…?」
「止めよ、アルベド。どのような意見でも今は咎める時ではない」
「っ…。─ハッ。失礼致しました」
モモンガさんに咎められて、また凄い悲壮な顔をしたが一瞬でNPCのトップに相応しい凛々しい顔つきに戻る。この切り替え速度は流石としか言いようがない。
─…今のところ百面相一等賞だな。流石、守護者統括…。
《良いんじゃないですかね。周りを埋めて、上だけ幻術かける感じで》
《そうですね。あとは周りにダミーを作る感じで行きましょう》
魔王が顎に手を当てて何か考える振りをして〈伝言〉で相談し合う。裏舞台を知ってるとカンペ見てるみたいでちょっと笑えるなこれ。
「…よし、マーレの案を採用しよう。但し、土を掛けるのは壁周りのみとし、上空には幻術を展開してカバーする。周りが平坦な草原ならばダミーとして似たような丘をいくつか作るべきだと思うが…。─セバス、どうだ?」
「それならば問題ないかと思われます」
セバスも凛々しいなぁ…まさに理想の執事って感じだ。初老だけど、肉付きも逞しいし背筋もピンと張ってる。確か、たっちさんが自分をモデルにしてるんだよな。歳を取るならこうなりたいって自分の理想の未来を象ったんだったかな。
「よし…マーレ、今しがた聞いた通りだ。出来るな?」
「は、はいっ!お、お任せ下さい!」
マーレのビルドが広範囲に影響を与えるドルイドだから指示したんだろうな。もしかすると、気配りなギルド長のことだからさり気ないフォローもあったのかもしれない。
─…うーん、健気だなぁ。モモンガさんに頼られて眼がキラキラしてる。アルベドの眼に嫉妬の炎が微かに燃えているのは気にしないでおこう。てか、周りの眼にも嫉妬が宿ってないか?これ。
《サキさんからは何かありますか?》
《うーん…あ、そうだ。一つだけ》
モモンガさんが顔をこちらに向ける。オッケーということだろう。頷いて一歩前に出る。
「私から…皆と話したいことがある…後で呼ばれた者は…来なさい…」
『ハッ!かしこまりました!』
《ちょっ、この
勢いで言ってしまった。これは流石に申し訳ないのでモモンガさんに頭を下げて謝った。何も喋ってないので傍からはお礼のお辞儀に見えるだろう。
《勢いで言ってしまったことは謝ります。ですが、これは大事なことなんです》
眼窩に宿る赤い光を真正面から見つめると、魔王の光が揺らいだ。真面目な話だとは思わなかったのかもしれない。煽るとき以外はいつも真面目なんだけどなぁ…。
《…あとで内容と理由を聞かせて下さいね》
《勿論ですよ。私からは以上です》
《分かりました。それじゃいくつか指示を出して終わりにしますか》
バサッとガウンを広げて最後の厳命を言い渡した。…なにちょっとカッコつけてんだ、この骸骨。格好良いけど。
「─…では、デミウルゴスとアルベドの両名でシモベの情報伝達をより密に、迅速になるよう再構築を命ずる。その他の守護者は別命あるまで待機とする。侵入者に備えよ」
『ハッ!』
「…最後にお前達に聞きたいことがある…私とサキさんのことをどう思っているか。忌憚なく述べよ」
《ちょっ、何か言い出したぞこのしゃくれ骸骨》
─ちょっ、何か言い出したぞこのしゃくれ骸骨。
《お返しですよ。あとしゃくれてないから。宝物殿裏集合な》
─やっべ。心の声がそのまま出ちまった。
冗談は置いておくとして、実際のところ聞いておきたいことではあった。さて、どんな言葉が飛び出すのか…。
「では、私から…。─モモンガ様は、まさに美の結晶。麗しいお身体は何者にも勝る常世の至宝。この世で一番敬愛すべき美しい御方でありんす。─夜想サキ様は、純白の化身。万人が触れることの出来ない珠玉の白いお肌は、瑕を作ることなく
《ぶふっ》
《ぇー》
─これは…思ってた以上の破壊力だな…。
彼女はペロロンチーノさんに創られたNPCだ。
「次ハ私ガ…。─モモンガ様ハ、守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニ、ナザリックノ絶対的支配者ニ相応シイ御方…。─夜想サキ様ハ、不可能ヲ可能トスル類稀ナルオ力ヲ持ツ御方。ソノオ力ハ三千世界ニ轟キマショウゾ…」
《…これって、もしかして
《ああ、ありましたね。そんなこと…初めて見た時はマジでチートだと思いましたよ》
かなり昔の話だ。課金パワーで回避系統のみを極めたら世界級アイテムの効果を
─本来なら世界級の名を冠するものには世界級の名を冠する何かでしか防げない。世界級アイテムの所持、世界級チャンピオンだけが持つスキルの使用…その程度しか手段がない。なかった筈なのだが、上記の通りだ。
コキュートスは
「今度はあたし達が…。─モモンガ様は慈悲に深く、配慮に溢れた御方です。─夜想サキ様は博愛に富み、慈愛に満ちた御方です」
「─モ、モモンガ様はすごく優しい御方です…。─や、夜想サキ様はすごく綺麗な御方です…」
《アウラって意外と大人びてますね。マーレは癒やされるなぁ》
《意外と難しい言葉を使いますね…[まぁれ]の
ぶくぶく茶釜さんに創られた双子のNPCだ。二人ともオッドアイを持つダークエルフとして生まれた。実年齢76歳なのだが、長命のために外見は子供だ。
アウラは白いスラックスを履いた見た目は男の子だが、男装した女の子だ。マーレの姉として生まれた。
一方、弟のマーレは白いスカートを履いた見た目は女の子だが女装した男の
─もう一度言おう。スカートを履いた男の『娘』だ…茶釜さんの業の深さが伺えるな。ペロロンさんにはよく喧嘩という名の制裁をしていたが、姉弟だけあって業の深さが良く似ている…本人には内緒な。
「私ですね…。─モモンガ様は賢明な判断力と瞬時に実行される行動力を有される御方。まさに端倪すべからざる、という言葉が相応しい御方です…。─夜想サキ様は理という概念を超えた御方。疾風を超え、雷電をも超える。まさに鬼出神行、という言葉が相応しい御方…」
《世界級は避けるわ、弐式炎雷さんの
《あれ、すげーびっくりしますからね?》
彼は
「では、僭越ながら…─モモンガ様は至高の御方々の総括であり、最後まで私達を見捨てず残って頂けた慈悲深き御方です。─夜想サキ様は寡黙ながらも慈愛に満ちた、いと深き御方で御座います」
《…なんか、さっきからサキさんの評価高くないですかね?》
《ぉ、[ぎるど]長。あまり苛めると泣きますよ?》
─
セバス─正式名称はセバス・チャン─はたっち・みーさんに執事として創られたNPCで、ナザリックではかなり珍しい極善のカルマを持つ竜人だ。あまり設定がされてなかった筈だが、さっきからよく動いてくれるな…他のNPCと何か違うのだろうか?
「私が最後ね…。─モモンガ様は至高の御方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。そして…私の愛しいお方です。─夜想サキ様は敬愛すべき至高の御方の一人です」
《うぐっ…なんかアルベドだけサキさんに対して妙にあっさりしてますね》
《まだ後悔してるとか言ったら怒りますからね?─その辺りも後で確認したいのですが…多分、嫉妬ですよ》
《えっ?》
《ほら、何か言わないと。不自然ですよ》
守護者達が段々と不安そうな雰囲気になってきた。自分が言ったことでモモンガさんが不機嫌になったんじゃないかと勘繰ってるんじゃないか?
「…うむ。皆の考えはよく分かった。さて…」
また顎に手を当てて、考えるポーズで時間稼ぎしてる。まぁ見た目には様になってるし違和感もないから大丈夫だろう。
《ふぅ、それじゃあ行きましょうか。転移先は円卓の間で良いですか?》
《あ、[ももんが]さん。ちょっと待って下さい》
《どうしました?》
《円卓の間で私と大事な話があるから呼ぶまで誰も近付くなって言って頂けますか?》
《それは構いませんが…話ですか?》
《はい。お願いします》
「では、私達はこれより円卓の間にて大事な話がある。呼ぶまで誰も近寄るな」
〈伝言〉で頼み込むとイケメンボイスで指示を出してくれた。ふー…この評価のあとに重い話か。気も重いぜ。
「お待ち下さい、モモンガ様」
「どうした?アルベドよ」
いざ行こうとしたらアルベドから待ったが掛かった。─…この子、顔は心配そうにしてるけど、先程と同じように俺に僅かな敵意というか殺意が見え隠れしているな。うなじがチリチリする。モモンガさんは気付いてないみたいだ。やっぱりスキルの影響っぽいな?
「現在、栄光あるナザリック地下大墳墓が未曾有の緊急事態とのこと。これに気付かぬ愚かなシモベでは御座いますが、御身をお守することが我らが使命なれば、せめて扉の前でだけでも護衛させて頂きたいと愚考致します」
モモンガさんがこちらをチラリと見ると頭の中で彼の声が響く。あー、その視線の動きは…ほらぁ、アルベドが一瞬だけどすんごい形相だったぞ。
《どうします?》
《断って頂けますか。万が一聞かれるとちょっと不味いので…》
「ならん。お前達を信頼してはいるが、万が一でも我々以外に漏れてはならぬ内容なのだ。すまぬが、先程言った通りだ」
「ああ、どうか御謝りになられないで下さいませ!…左様で御座いますか。畏まりました」
さすが長年魔王やってきただけはある。あんな頼み方でよくここまで魔王できるな。この人もしかして本当に魔王か。魔王だった。
「それじゃあ、サキさん。行きましょうか」
ズッコケそうになった。最後の最後で敬語って…終わったと思って気が抜けたのかな。モモンガさんらしいけど。
転移の直前、微かではあるがアルベドから明確な殺気が叩き付けられた。モモンガさんのあとであの子とも話しなきゃならんのは…『家族』とはいえ、本当に気が重くなるなぁ…。─どこぞにいた反抗期の子供を持つ親ってこんな気分だったのかね?
指輪を使い、円卓の間に転移する。心労がハンパないが、今から話すことを考えると余計に気が滅入ってしまう。あ、沈静された。
「何なんですかね、あの高評価」
「ええ…アイツら、マジか…」
お互い豪奢な椅子に座り、方や綺羅びやかなシャンデリアを吊した天井を仰ぎ見、方や黒檀で出来た綺麗な漆黒のテーブルに突っ伏した。
「…それじゃ、[ももんが]さん」
真面目な声で話し掛けるとガバリと骸骨が起き上がる。
「…話ってなんですか?随分、重い内容っぽいですけど」
「…[ももんが]さん、皆に…─[ぎるめん]に思うところはないですか?」
そう問い掛けるとモモンガさんが固まった。こうなる前の、先程の独り言を思い出しているのだろう。
「…アレを聞かれちゃいましたか」
「ええ。咎めようとかそういうのではないのでご安心を…[ももんが]さんの心の内を今のうちに聞いておきたいんです」
頷いてそう返すとモモンガさんは天井を仰ぎ見、少しして空いている他の椅子を見つめた。
「どうしても…言わなきゃ駄目ですか?」
そう言って眼窩に妖しく灯る赤い光を顔ごとこちらに向けてくる。俺はそれに頷きを以て返す。
「こうなった以上、隠し事は無しにしたいのです。私も考えてることはきちんと話します。[ももんが]さんが疑うことは無いと信じていますし、それは[ももんが]さんも同じでしょう?」
「そんなの当たり前じゃないですか。それでも言わなきゃ駄目なんですか?」
眼窩の赤い光が明滅する。気持ちは分かるが、万が一もある。どこかで齟齬が生じ、仲違いになるかもしれないのだ。後になればなるほど修復は難しくなる。こういうのは早いほうがいい。
「 気持ちは分かります。ですが、相互理解は今のうちにしておきましょう。燻ってるものがあるなら、早めに消火しないと火事になりますよ」
巨大な骸骨が項垂れる。酷な事だと自覚はしている。だが、それは俺も同じだ。本当なら言いたくないし、言うまでもないことなのだろう。しかし、それでも─
「…分かりました。でも、始めに言っておきますけど、決してギルメンを恨んだりなんかしていませんよ。ナザリックを、このアインズ・ウール・ゴウンを見捨ててしまったのか。なんで、そんな簡単に捨てれるんだ…俺にはここしか縋れるものがない。それでも俺を見捨ててどこかに行ってしまったのか…そう思ってしまったのは事実です」
「…」
顎が尖った頭蓋骨の眼窩の赤い光が消えそうなほど細く、しかし確かな熱を持って輝いた。
その熱が広がってこちらに向いた。柔らかな光だった。
「─でも、それだけです。事情があるのは分かってますし、
そう言うとモモンガさんがまた項垂れる。言ってて虚しくなったんだろう…言わせてごめん。でも、中にあるものを吐き出せばちょっとはスッキリするべ。あとはフォローしてやればきっと上手くいくはず。
「…みっともなくないですよ。私も似たようなものです。何ヶ月も掛けて、あんな[あるばむ]を作って過去に縋りましょう、なんて言うくらいですからね」
「あんな、なんて言わないで下さい。すごい良いアルバムじゃないですか。何よりの宝物ですよ」
ちょっとウルッときた。だが、すぐ沈静化される。良いんだか悪いんだか…。
「ありがとうございます。作った甲斐があります…。─話を戻しましょう。まぁ、何が言いたいかというと、[ぎるめん]をどう思おうとそれは[ももんが]さんの権利です。恨もうが許そうが自由です。そして、私は[なざりっく]を、『我が家』を守ってくれた貴方の意志を尊重します」
「…」
「一応、言っておきますが私も皆のことは恨んでいません。しょうがないことだと理解しています…先程は過去に縋りましょう、と揶揄しましたが、あれは他に何もない
「…それは他の皆のことは忘れて生きていきましょうって事ですか?」
眼窩の光が妖しく輝く。【漆黒の後光】まで出てきた。ちょっと怒ってるな。闘っても負けないけど迫力が違う。怖ぇ…あ、沈静…。
「早とちりしないで下さい。いないなら奇跡を信じて探せばいいんです。いなかったらいないで、忘れなければいいんです。図書館に記録が残ってるはずですし、最低でもこの[あるばむ]には全ての[めんばぁ]が載っています。記憶が朧気になることはありません…前を向いて歩こうっていうのはそういうことです。─『我らの中に[あいんず・うーる・ごうん]は在る』、ですよ」
「…」
どうだ…本心ぶち撒けてみたが、果たして納得してくれるか?しかし、本当に魔王だなこの骸骨。言い出しっぺだけど正直、逃げたい。おっかないクソ上司に怒られてる時を思い出すが、また沈静された。
「
急に元気になったな。てか、待って。探すのはいいんだけど、俺が理解して欲しいのはそこじゃない。やっぱり納得できないのかな。
「…ごめん。怒らないで聞いてね?探すのは良いんだ。もちろん、全面的に協力する。でも、言いたいのはそこじゃない。─[ももんが]さん、俺が言いたいのは[ぎるめん]を探すことじゃなくて『今』を理解して納得して、その上で探すなり、たまに昔を懐かしんだりして生きていこうねって言いたいんだ。もちろん、理解してすぐに納得しろっては言わないよ。それは心の整理がきちんと済んでからだべ…ごめんなさい。上手く伝えられないけど、私が言いたいのはこういうことです」
どうしても長ったらしくなってしまう。考えを伝えるのはやっぱ苦手だな…難しい。─さて、どうだろうか、伝わったかな。ていうか、焦って思わず
「…大丈夫です、ちゃんと理解してますよ。先程も言いましたが、事情があるのは理解してます。過去の栄光に縋って生きるんじゃ駄目だって言いたいんですよね?納得…はまだ難しいですが。それよりも『素』を出してくれて、そっちの方が俺は嬉しいですよ」
カラカラと乾いた音を立てて骸骨が笑う。うーん、恥ずかしいことをサラッと言ってくる。これがオトナの余裕か…俺と歳変わんないはずなんだけどな。
「…この姿での『素』は違和感が凄くてあんまり出したくないんですよね…それでも良いならそうしますよ。まぁ、私の拙い説明でも理解して頂けたならもう言うことはないです。心の整理は時間が解決してくれるでしょう。今はそれでいいと思います」
「『素』でも俺は違和感ないですけどね。楽な方でいいですよ。─ああ、なんだか心も体も軽くなった気がします。ありがとうございました」
そう言ってモモンガさんがお辞儀する。─下手すると亀裂が入ったまんま過ごさなきゃならんかった事を考えるとぞっとするが、結果オーライだな。
「いえ、言い難いこと言わせちゃって申し訳なかったんですが、そう言って頂けると提案した甲斐があります。─さて、それじゃ次は『あの子達』の気持ちや考えも聞いておきましょうか」
「ああ、そうです。何故、改まって彼等と話す必要が?」
カクンと骸骨が首を傾げる。不覚にも可愛いとか思ってしまった。ガワは魔王、中身は歳近いおっさんなのに…。
「話す内容は今しがた言った通りです。理由としては…私はあの子達を『家族』であり『息子』や『娘』だと思っています。蒸し返すようで申し訳ありませんが、[ももんが]さんでも[ぎるめん]に対してそう思ったんですから、皆の『子供』と呼べるあの子達はもっと深いかもしれません。─杞憂で済めばいいのですが」
内心苦笑いだ。感情表現が凄い乏しいから見た目は全くの無表情だが。
「…」
「─…あの子達に感情や意志が在るなら、『それ』がもし歪んでたりしているなら、『それ』を助けてあげるのは『親』の努めだと思います…。─親を捨て、子育てもしたことないおっさんが言う台詞ではないでしょうけどね」
表情には出ないが、自嘲してしまう。本当なら、親を捨てた自分が偉そうにあの子達に講釈を垂れる資格は無い。
「…サキさんの過去に触れるつもりはありません。でも、もし零したいことがあればいつでも聞きます…。─彼等がギルメンの子供、ですか」
「多分、愛着に近いんでしょうね。[あるばむ]のために長いことあの子達と向き合ってきましたから。─…繰り返しになりますが、私にとってあの子達は[ぎるめん]の子であり『我が子』ですよ」
モモンガさんは深く腰掛け、眼窩の光が消えた。話してみて分かったが、やはりモモンガさんはこのギルドに…もっと言えばギルメンに執着している。そんな彼にとっても思うところがあるのだろう。
「…─そう、ですね。話せば何かしら見えてくるかもしれませんしね…それでは、誰から呼びますか?」
やがて光を取り戻したモモンガさんが顔を上げた。取り敢えず、話すことに納得はしてくれたようだ。
「階層順で行きましょうか。─となると、[しゃるてぃあ]ですか。どこでやります?
うーん、と二人で悩む。俺かモモンガさんの部屋が丁度いいんじゃないかと思うんだが…どうだろう。言い出しっぺだし、やっぱ俺の部屋がいいか。
「うーん…俺の部屋でやりますか?かなり散らかってるんで片付けに時間掛かっちゃいますが…」
「─ありがとうございます。提案させといてなんですけど、それでしたら私の部屋でやりましょうか。畳と装飾品以外ほとんど何もないのでちゃぶ台と座布団だけ出せば済みますよ」
先に言われちゃったか。申し訳ないな、後で片付け手伝おう。
「いえ、大丈夫ですよ。でも、流石ですね」
「 何がです?」
「整理整頓をきちんとしてるところとかですよ。俺なんか部屋にあんまり興味なかったんで放ったらかしです」
モモンガさんはそう言うとポリポリと頬骨を掻いている。凝り性とただのロールなんだけどなぁ…現実の俺の部屋は結構汚かったぞ。
「ただの凝り性と[ろぉる]ですよ。
「それでも、です。俺の現実の部屋は綺麗っていうよりデバイス以外何も置いてませんでしたから…」
あれ、地雷?自分で言っててなんか沈んでるぞ、この骸骨。尊敬はしてるけど…やべぇ、思ってたより面倒クセェ。
「そういう意味じゃないですよ。ごみとかその辺に置きっぱなしって意味です。つまり、
「エー…」
本気で引かれた。いや、事実だから良いんだけど、いや良くはないけど…ああ、モヤモヤする。まぁ、気が逸れたみたいだからよしとするか…。しかし、この程度だと沈静化されないのか?よく分からんな。
「本気で引かないで下さいよ。傷付くじゃないですか」
「エー…いやいや、エー…」
「ぶっとばすぞこのやろう」
カラカラと骸骨が笑う。元気が出たようで何より。モヤっとするけど。
「─さて、それじゃ場所と心の準備をしましょうか」
「分かりました。うう、緊張するなぁ…」
「気楽に行きましょう。魔王と姫のお悩み相談室ですよ」
「
「うっさい禿げ魔王」
「は、ハゲてねーし!」
そう掛け合って骸骨の魔王が笑う。鬼の姫は相変わらずだが、よく見れば口角がほんの少しだけ上がっていた。
「─…手伝いますから後で部屋の掃除しましょうね」
「─…はい」
─つづく。
『子供達』の闇が思ったより深そうです。
ギルド長はまだまだギルメンの影を追い求めてます。早めに等身大のNPCを見てほしいものです。
早く黒歴史を出したい。かっこいい。