骸骨魔王と鬼の姫(おっさん)   作:poc

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ご無沙汰しております。
忙しかったもので、時間が掛かってしまいました。ちょくちょく書いてはいたのですが…。

年明け後も暫く忙しくなりそうですが、今後ともどうぞよろしくお願い致します。


本編18─息子と息子らしい(2)

「[べん えす まいねす ごってす びれ !(Wenn es meines Gottes Wille !)]」

 

ナイン!(Nein !)ヴェン エス マイネス ゴッテス ヴィレ!(Wenn es meines Gottes Wille !)

 

「ヤメロオオオォォォ!!?」

 

まさに魔王からすれば悪夢そのもの。黒歴史(息子)によるドイツ語教室が開かれてしまった。恥ずかしさのあまり心の底から絶叫してしまうのもやむ無しだろう。しかし、魔王の息子たるパンドラズ・アクターは絶叫に反応して一時的に止まってくれるものの問題児(クソビッチ)がそれを許してくれない。

 

「[ぱん]ちゃん!あれは照れ隠しだから気にするな!もっかい教えて!」

 

「…ヤァ!(Ja !)

 

「いいねぇ!格好良いねぇ!」

 

「ふっはっはっは!」

 

「ぐうぅぅ…!」

 

パンドラは少し迷った後、()()()と踵を鳴らして敬礼する。姫は僅かに口角を上げてご機嫌な様子で拍手を贈り、ヨシツネはそんな母親につられて高笑いを上げる。その笑いは魔王からすれば去ってしまった仲間が近くにいるような気がした。恥ずかし過ぎて死にたい。しかし、懐かしさが込み上げて来て本気で止める気になれない。でも、沈静化は止まらない。

アルベドは最愛の人が困惑するこの状況を打破すべく己が動くしかないかと逡巡するが、しかし動けない。魔王から本気を感じないのだ。ある意味で魔王も楽しんでいることにアルベドも困惑していた。セバスはただただ、至高の御方々が楽しそうにしているのを邪魔しないように側で傅く。

因みにシズは〝うわぁ…。〟と何度目かの呟きを零していた。それが魔王の羞恥心を加速させていることは知る由もない。

 

 

 

 

 

時は親子のじゃれ合いが収束を迎えた頃に遡る。もはや魔王は何だかどうでもよくなってきていた。息子(パンドラ)に会うことが、ではなく恥ずかしがっていた事が、だ。問題児(ビッチ)達のじゃれ合いに最初こそ苛立ちもあったが、表情がほとんど変わらずとも友人が本当に楽しそうに自身の息子と戯れているのを間近で見ていると苛立ちも薄れ、少しばかり羨ましくなってきた。

自分の創った()()()ならヨシツネほどじゃないにしろ、ある程度フランクに接してくれるんじゃないかと少しばかり期待を持ちながら姫に尋ねた。

 

「…満足しました?」

 

「そこそこ。じゃ、先に進みましょう」

 

──…あれでそこそこなのか。

 

天井はどこにあるのか気になったが、それよりもいよいよかと思うとやはり緊張はした。奥へ向かうために後ろへ振り返り、固まる。仄暗い通路の向こうからマインドフレイヤーが見つめているのはちょっとしたホラーだった。沈静化が仕事をするほどに。そして、ある意味で納得もした。やはり()はここに来たのだ。

 

「…タブラ・スマラグディナ様?」

 

「んー、違うんじゃね?──おーい」

 

アルベドの訝しげな呟きを否定した姫は手を振ってマインドフレイヤーに呼び掛ける。呼び掛けに応えたそれは()()()()()()と音を鳴らして一行へと近付いてくる。見た目はタブラ・スマラグディナそのものだ。しかし、NPC達はある事に気付き約一名を除いて警戒を顕にする。至高の御方特有の気配がまるでしないのだ。あるのは、ナザリックに属する者の気配のみ。

だが、それではこの姿は一体どういうことなのか。

 

「…何者か、名乗りなさい」

 

「…」

 

アルベドの詰問に対して至高の御方に扮する何者かは首を傾げるだけで何も答えない。それに対してアルベドは最大限警戒心を顕にして表情を歪め、セバスは拳を、シズが銃を構えて臨戦態勢に入った。

 

「…パンドラズ・アクター。元に戻りなさい」

 

子供達の遣り取りに既視感(デジャヴ)を覚えた魔王が疲れたように声をかけた。するとタブラ(仮)の形が()()()()と歪み、一瞬のうちにネオナチの軍服に身を包んだ埴輪顔へと姿を変えた。

 

「ようこそお越し下さいました!私の創造主たるモモンガ様!」

 

無駄に良い声で演技がかった口上に無駄にオーバーなネオナチ式での敬礼。設定通り、しかし想定以上の恥ずかしさに沈静化が起きてしまう。

 

──…ダッッッサ「かっこいい…!」…はい?

 

「おお、これは夜想サキ様!大変、恐縮で御座います!」

 

「…むむ」

 

大袈裟なお辞儀をかます埴輪に羨望の眼差しを送る姫と嫉妬の視線を送るヨシツネ。突然のことに魔王が呆然としていると姫がパンドラの元へ駆け寄った。その後をヨシツネがぴったりとくっついて回る。どんだけマザコン──ファザコン?──なんだと思うのも束の間、シズの〝うわぁ…。〟という呟きが耳に入り沈静化が再び仕事をし始めた。

 

──…あ、なんかイヤな予感。

 

 

 

 

 

「[べん えす まいねす ごってす びれ !(Wenn es meines Gottes Wille !)]」

 

「!──ナイン!(Nein !)ヴェン エス マイネス ゴッテス ヴィレ!(Wenn es meines Gottes Wille !)

 

「ヤメロオオオォォォ!!?」

 

と、冒頭に至る。魔王にとって異世界に来て初めて受けるダメージはあまりにも痛かった。色んな意味で。いや、ちょいちょいダメージは受けていたが、まともなダメージはこれが初めてだ。どこかでドヤ顔しつつ雑魚天使を滅ぼす自身を幻視した。そこ代われと叫びたかった。

しかし、友人の心よりの賞賛に──自身にとって本当に大切なのは()()の方だと理解しつつも──ちょっとだけ誇らしく思えたことに魔王は気付かない。今は羞恥心で頭が一杯なのだ。果たして、どうでもいいとは何だったのだろうか。

ただ、笑い方は違えど無遠慮で快活なヨシツネの笑い声に懐かしさが込み上げて来てしまって、止めようにも止められなくなり問題児(ファッキンビッチ)の暴走を許してしまう。ドイツ語の発音が上手く出来ないということで暫し発声練習の場となり、アルベドを除く子供達の──というよりセバスの。シズはよく分からない──問題児へ向ける温かい眼差しを見た魔王は内心で頭を抱える。冗談じゃなしにこのまま霊廟で引き篭もりたい。

 

「──べん!べん!」

 

ヴェン(Wenn)、で御座います。夜想サキ様」

 

「…よっちゃんはいける?」

 

ヴェン エス マイネス ゴッテス ヴィレ(Wenn es meines Gottes Wille)

 

やけに流暢なドイツ語が耳に届く。こうも連呼されるとドイツ語って何なんだろうと思考が明後日の方向へとズレていく。というか、古風な喋り方のくせになんでそんなに達者なんだよ。俺より上手いじゃねーかよ…。

 

「ほう…なかなかどうして、やりますね」

 

「このヨシツネを甘く見て貰っては困りますな」

 

((フ))ッハッハ!』

 

──なに意気投合してんねん。

 

精神的に疲れが押し寄せてくる。なんというか、問題児が三人に増えた。そんな感じだ。いや、険悪になるよりマシではあるのだが。

心労が重なる魔王はついため息を零す。

 

「…ハァ。アルベド、こいつがパンドラズ・アクターだ。パンドラ、遊んでないで皆に自己紹介しなさい」

 

「おお、これは失礼を致しました!──私、至高の創造主であるモモンガ様!の御手により生み出されましたこの宝物殿領域守護者、パンドラズ・アクターと申します!どうぞお見知りおきを…」

 

大仰な身振りで自己紹介を終えたパンドラはゆっくりとお辞儀する。まるで舞台役者の挨拶だ。埴輪顔でなくイケメンならばもう少し映えただろうが、埴輪顔なのがシュール過ぎる。何で踏み止まらなかった過去の俺…。アルベド達の何とも言えない表情が胸に突き刺さる。

 

「おお、かっこいいねぇ!」

 

「むむむ…」

 

いや、〝むむむ。〟じゃないが。しかし、素直に賞賛してくれるお陰で微妙な空気にならずに済んだことに感謝すべきなのだろうが、そう思えないのは相手が問題児(ビッチ)だからだろうか。友人はここにきてこれ以上ないほど眼を輝かせている。確かに昔は()()が格好良いと思っていたからこそ、こう設定したのだが…。

 

「…ま、まぁ…格好良いかはともかく、皆よろしく頼む」

 

「モモンガ様がそう仰るのであれば…コホン。守護者統括のアルベドです、どうぞよしなに」

 

「夜想サキ様のお付きを仰せつかっております、執事のセバスです」

 

「…六連星(プレアデス)のシズ」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

ひとまずはこれで良いだろうと一息つく。パンドラを様々な角度から舐め回すように見つめるヨシツネのことは一旦置いておこう。何でそんな喧嘩腰なんだよお前、さっき意気投合したんじゃないのかよお前…なんだ?黒歴史(パンドラ)がファッションショーみたいにポージング決め出したぞ。

 

「いいよー![きれ]てるよー!」

 

「おいヤメ…なんか違くない?」

 

「ならば拙者も!」

 

「ちょ、待て!」

 

問題児(クソビッチ)がパンドラを褒めそやすせいで嫉妬に燃えるヨシツネがファッションショーに乱入する。全く言うことを聞かない辺り、どこぞの誰かさんにそっくりだ。パンドラはパンドラで闖入者に戸惑うことなく、同時にポーズを取る。というか、なんで会ったばっかでこんなに息ピッタリなのこいつら。互いに邪魔にならないように、且つ互いのポーズが噛み合うように決めてやがる。

それは優雅に、そして情熱に満ちた躍動だ。姫の鈴が転がるような声が掛かる度に動きのキレが増していく。見る者を惹き付ける魂の篭ったポージングは街行く人々が通り過ぎようとしても思わず足が止まってしまうことだろう。色んな意味で。シズが思わず〝うわぁ…。〟と感動の声を漏らすのも無理はない。あ、沈静化が…。

 

「──って止めんか!」

 

『えー』

 

「ハッ!」

 

──あゝ、パンドラええ子や…ちゃんと言うこと聞いてくれる…ちょっと恥ずかしいけど。

 

キレのある敬礼は少し恥ずかしかったが言うことを聞いてくれるだけ全然マシだった。逆にぶーたれる問題児親子はこのままだと何かもう手が付けられない気がする。どうしよう。

隣のアルベドが笑顔のまま固まっているのがちょっと怖い。

 

「…サキ?()()()が過ぎるようなら、もう二度と口を聞きませんけど?」

 

「[ももんが]さんごめんなさい調子乗りました許して下さい」

 

「え、えぇ…?」

 

唐突なアルベドの一言も衝撃的だったが一瞬で掌を返して華麗な土下座を敢行する友人にこそ衝撃を受けた。親バカここに極まれり。ただ、一つハッキリしたのは優秀なストッパーが隣にいるという事実。思わず、本来の止め役だった筈のセバスに視線を向ければそこには珍しく少し不快気な執事がいた。何に対して不快なのかは推して知るべし。何か言ってやるべきかと迷ったが、それよりも友人を土下座させたままにするわけにはいくまいと視線を戻すとヨシツネが困惑しながらも母親の隣で土下座していた。

 

「サキさん、怒ってませんから顔を上げて下さい」

 

「…申し訳ありませんでした。[あるべど]もごめんね?」

 

「モモンガ様の言うことはキチンと聞くべきだと思うのだけれど?そもそも──」

 

「──アルベド、待ちなさい。サキさん、羽目を外すのは構いませんがちゃんとこっちの言うことも聞いて下さいよ?あなた、一旦走り出すと聞く耳持たなくなるんですから。あの時も──」

 

それから魔王の説法はいつしか説教に変わる。先程までの鬱憤を晴らすかのように。いつの間にかパンドラも正座していたが、魔王は友人への説教に夢中で気付かない。友人は友人でアルベドの睨むような視線を受けつつ大人しく説教を聞いていた。反省しているかは別だが。

 

 

 

 

 

「──本当にお願いしますよ?」

 

「へーい」

 

「…反省の色が薄いようね」

 

「べ、べんえすまいね「やめい!」おっと」

 

魔王のチョップを華麗に避けた姫はその勢いのまま立ち上がる。魔王が睨み付けるが素知らぬ顔だ。ヨシツネがまた羽交い締めにしようと手を伸ばすがそれも()()()と躱してしまう。

 

「ふふー、同じ手は食わないからね」

 

「ぬ、流石はおふくろ様。感服致しましたぞ」

 

「…ハァ。とにかく、アルベドに嫌われても知りませんからね?」

 

その言葉に姫は固まる。恐る恐るアルベドに視線を向けるとユグドラシルの頃と変わらない微笑みがそこにはあった。見た目は全く変わらない、変わらないが故の感情が篭っていない(プログラムされた)微笑み。愛の反対は無関心とは誰の言葉だったか。まぁ、向けられていたのは愛ではなく別の感情だが。それでも一定の関心は向けられていた。それが無くなるとはどういうことを意味するのか。

 

「あ、[あるべど]さん…?」

 

「どうされました?()()()()()

 

僅かに目を見開いた姫は腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。心配したヨシツネが寄り添って声を掛けるが反応出来ずにいる。折角と上手く回り始めたというのに、浮かれ過ぎて転げ落ちてしまったのか。もう自分を()()として見てくれないのか。

魔王は最初こそ演技かと疑ったが茫然自失とする姫を心配したセバスとシズが駆け寄ることにすら反応出来ない事に違和感を持った。ヨシツネとは以心伝心といわんばかりだったために敢えて無視するのも『台本』の内だと思ったが、あれだけ家族に拘った友人がセバスやシズにも反応しないのはいくら何でもおかしい。

 

「…サキさん?」

 

「…」

 

魔王の言葉も届いていないようだ。自分が余計な事を言ってしまったせいかと自責の念に駆られるが、先程のアルベドの返答に違和感を持った。()()()から『様』付けなんてしていたか、と。もしかして、自分の言葉に乗っただけではないのか。

 

「…アルベド、わざとか?」

 

「フフ、流石はモモンガ様。すぐにバレてしまいましたわね」

 

妖艶な笑みで肯定するアルベドに複雑な思いを抱いた。確かにすぐに調子に乗る友人にはいい薬かもしれないが、これはちょっとやり過ぎじゃないかと懸念する。もし、フォローが出来ないようならば…。

魔王は三人の子供に囲まれるも未だ戻ってこない友人が心配で仕方ない。

 

「…大丈夫なんだろうな」

 

「問題ありませんわ。ねぇ、『お母様』?」

 

いつぞやの時のようにアルベドが声を掛けるも姫は未だに無反応だ。アルベドとしてはちょっとした悪戯心やお仕置き程度のことで、このお調子者なら子供として振る舞えばすぐに元に戻ると踏んでいた。しかし、思った以上に傷が深かったようでここまで繊細だとは予想も付かなかったアルベドは計算違いに焦りを見せる。

 

「…ちょ、ちょっと。もしかして意趣返しのつもりなの?モモンガ様に心配を掛けるべきじゃないわ、そうでしょう?」

 

しかし姫は応えない。

 

「サキ?いい加減に──」

 

「──アルベド」

 

魔王に名前を呼ばれる。それは先程までは至福を感じる瞬間だった筈だ。しかし、今はそれが何よりも怖かった。恐ろしく平坦な声音は怒りを秘めているようにも思えて愛しき人の顔を直視出来ない。

 

「もういい。喋るな」

 

「ッ!?」

 

アルベドに目もくれず叱咤もすることなく淡々と告げる。アルベドにとって何より恐ろしいことがその身に降り掛かり、息を呑んだ。魔王が()()と姫を見つめたままゆっくりと近付くとセバスやシズは静かに下がる。ヨシツネは僅かに母親の後ろに身を寄せただけだが、魔王はそれを咎めることなく膝を折って姫の両肩を壊さないよう慎重に掴み、目を合わせて声を掛けた。

 

「…サキさん」

 

「…」

 

「サキさん!」

 

「ぁ…[ももんが]さん、どうしよう」

 

絶妙な力加減で肩を揺すり、力強く声を掛けて姫がようやっと反応してくれたことに少し安堵すると努めて優しい声音で続きを促す。何であろうと大事な友人であることに変わりない。

 

「どうしました?」

 

「…[あるべど]に見放された。もう生きてけない」

 

『!!』

 

姫の言葉に子供達は一斉に放心しているアルベドに向けて殺気を放った。恐ろしく鋭い殺気に、しかしアルベドは()()()とも動かない。魔王はそんな子供達に構う余裕はなく、慎重に言葉を選ぶ。余計な事を言えば取り返しが付かなくなると直感して。

 

「…他の子供達はどうするんですか」

 

「それは…ああ、そうでしたね…じゃあ、部屋に引き篭もって大人しく過ごします…」

 

「…」

 

魔王が考える以上に事態は深刻なようだ。()()自由奔放で勝手気ままな友人がまさかの引き篭もり宣言。しかも他の子供のことすら忘れてしまうほどの衝撃とは思いもよらなかった。それほどアルベドのことを気に掛けていたのかと、そんな素振りは全く無かったのだが。

 

「おふくろ様…」

 

「おお?いつの間にか後ろを取られていたとは、こいつぁ一本取られたな」

 

「…左様ですな」

 

まるで何事も無かったかのように振る舞う友人は見ていて痛ましい。ヨシツネも戸惑っているようだ。そして、そんな初めて見る友人の様子に何を言えばいいのかまるで見当が付かないことに魔王は歯痒さを感じる。確かに大人しくて手間は掛からないかもしれないが、こんな萎れた姿より手間ばかり掛けてもいいからさっきの様に自由でいてほしい。

そもそも自分が余計な事を言わなければアルベドもあんな態度を取って反省させようとは思わなかった筈だ。さっきはイラッとしてついキツく当たってしまったが、アルベドが悪いなら俺にも責任がある。後悔が押し寄せてくるが今は悩んでも仕方が無い。

まずはアルベドには少し距離を置いて貰わないと、と思ってアルベドに視線を戻せば()()()()と涙を零していた。何事かと驚くも沈静化によって冷静に混乱しながら平静を装って問い掛けた。

 

「アルベド、どうしたのだ」

 

口を開き掛けて何かを迷い、震える唇はそのまま閉じられてゆっくりと首を振った。よく分からない仕草をされた魔王は暫し不審げに首を傾げて、ようやく自分が喋るなと言ったことを思い出した。その自分が何事だと聞いているのにもかかわらず口を閉ざす様子は律儀というか愚直というか。自分達()の言う事は絶対だといわんばかりの子供に対して悪かったとは思いつつ許可を出す魔王だが、アルベドの()()が嫌われたくないという一心からくるものだということに思い至ることはついぞなかった。

 

「…アルベド、喋っていいから」

 

「は、はい…申し訳御座いません、モモンガ様。私が余計な事をしなければ…」

 

「あや…。──んん」

 

〝謝る相手が違う。〟その言葉を何とか呑み込んで誤魔化しの咳を一つ。この子は自分の言葉に乗っかっただけで言い出しっぺの自分が偉そうにそんなことを言える筈もない。まぁそもそもが自由奔放過ぎたこの人の自業自得といえばそれまでなのだが、だからといってこれではあんまりだ。そう思いながら姫の方を見てみればヨシツネに肩車されてその頭を()()()()と叩いて…なんか幼児退行してない?

 

「あっはっは、よっちゃんは背が高いのう」

 

「ふっふー、そうでござろうそうでござろう」

 

穏やかに絡んではいるが先程までの煩さがない。それは見方を変えれば空元気のようにも思える。セバスやシズは姫が元気になったことで先程の殺気は鳴りを潜めて、静かに親子の絡みを見ていた。その様子を眺めていた魔王はそこで初めて何か足りない、と違和感を持つ。何が足りないのか考えて動きが煩いの(パンドラ)がいないことに気付いた。

 

「…そういえばあいつ(パンドラ)はどこに──」

 

「──お呼びですか?」

 

「ッ!?」

 

危うく情けない声を上げるところだった…沈静化さまさまだな。ガウンの陰から()()()と頭を出した埴輪顔にチョップをかましてやりたかったが、それよりも聞きたいことがあった。

 

「…お前いつの間にかいなくなってたけど、どこ行ってたんだ?」

 

「おお、これは失礼を!事情はよく分かりませんが、統括殿と至高の御方との間に何やらすれ違いがあるようでしたので僭越ながら助力出来ればと、こちらを持って参りました!」

 

無意味に大袈裟な仕草に目眩が起きそうになるが何とか堪えて両手の上に乗っている物体に視線を落とす。差し出されたのは大きめのクラッカー。これは…。

 

「…『完全なる狂騒』か?」

 

「いえ!こちらは『完全なる狂騒・改』で御座います!」

 

「…何だそれは?」

 

「では!僭越ながら私が説明させて頂きます!このアイテムは──」

 

──いちいち叫ばないと死ぬのかこいつは…?

 

創造主の役に立てると張り切っているだけなのがそんなことは露知らずに内心で頭を抱える魔王であった。

…元々、完全なる狂騒は特定の種族が持つステータス異常──混乱や毒、恐慌など──無効のスキルを無効化するというもの。それを改良(悪?)したのがこの完全なる狂騒・改で、あらゆる種族の『本音』を引き出させるものらしいが…というか、こいつが造ったらしいが暇だったんだろうか。そうだとすると、今まで閉じ込めてたのはちょっと可哀想だったかな…。

 

「──…大丈夫なんだろうな」

 

「勿論で御座います!擦れ違いによる悲劇は相対することによって避けられる、ということで御座います!」

 

「…ふむ」

 

何言っているか全然分からん。いや、分かるんだけど抽象的で理解し難い。まぁ役者(アクター)らしい説明ではあるのだが。つまり、互いの考えを曝け出すことによって相互理解を深めるということか?いやしかし、これは場合によっては最悪の結果に…。

 

「危険過ぎじゃないのか。アルベドはどう思う?」

 

未だにヨシツネと戯れてはしゃいでいる姫を見ながら尋ねる。高い高い、か。見上げる程に高い天井にぶつかりそうなくらい、あんなに高く上げて…いや、マジで深刻じゃねーのこれ。いい歳したおっさんが肩車に高い高いで喜ぶってどうなのよ?確かに常識外れの高さだけどさ。

 

「…正直に言いますと試す価値はあると思います。自分で言うのも何ですが今のサキは私の話を真面目に聞いてくれないのでは、と愚考致します」

 

設定上、ナザリックにおいて自分よりも遥かに天上の頭脳を持つ三人のうち二人が賛成ならば試す価値はあるのだろう。それにアルベドの言うとおり、今の友人は何となく()()()ではないと感じていた。見た目はいつも通りなのだが雰囲気に違和感がある。きっとショックのあまり現実逃避に走ってるのかもしれなかった。

 

──…上手くいくと良いんだけど。

 

ヨシツネに足を掴まれて()()()()()()と文字通り振り回されている友人を見ながら願う魔王だった。ていうか何やってんだあいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははははは」

 

「…」

 

「あははははは」

 

「…サキさん」

 

「あははは…[ももんが]さん」

 

「はい」

 

「…泣けないって哀しいね」

 

「…そうですね」

 

 

 

──つづく。

 




よくいえばデリケート、悪くいえば豆腐メンタル。
だけど涙が出ない、だって鬼の神だもん。

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