骸骨魔王と鬼の姫(おっさん)   作:poc

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このままオリ展開(第二部)に持っていければと思います。



本編15─セカンドコンタクト

村の広場に奇妙な仮面の魔王、珍妙な格好の鬼の姫、女性っぽい戦士、ナイスミドルな老執事、ただの村長。そしてやや後ろにデカい不死者(アンデッド)の騎士となかなかカオスな面子でこの村に近付いているという不審な騎士の集団に相対すべく臨んでいるわけだが…この場合はどちらが不審に映るかは甚だ疑問であった。事情を知らない者が見れば怪しい集団を騎士達が捕えに来たと言うだろう。約二名は怒り狂うだろうが。

それはともかくとして、村人曰く『怪しい集団』は間もなく遠目にだが姿を現した。武装に統一感はなく、しかし統率された動きは軍隊の()()だ。仮に正規軍なら軍備は統一されている筈だが、もしかすると漫画にあるような各自のアレンジを許された精鋭かもしれない。

先頭で馬に跨り、一際()()()()()の存在感を放って険しい表情を浮かべている髭を生やした男が目につく。この集団のトップだろうか。

一定の距離を置いて足を止め、暴力的な鋭い視線を各人へ順番に送った。村長、戦士、魔王、鬼の姫、老紳士…と思いきや視線を凄い勢いで姫の方へと戻した。その目は見開き、顔と角を交互に見遣っている。三度(みたび)瞬きを繰り返し、落ち着いたのか再び鋭くなった視線は老紳士へ移り、何かに気付いて少し上へ向けると不死者の騎士と目が合い()()()とした表情を浮かべる。

 

──…なんだ、このおっちゃん。面白いな。

 

髭を生やした『面白いおっちゃん』は不死者が動かないことを怪訝な目で見送り、魔王と村長の元へと視線を戻した。

 

「…私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らし回っている帝国の騎士達を討伐するために王より御命令を受け、村々を回っている者である」

 

〝王国戦士長…。〟と村長が零す。どの程度の規模かは分からないが、役職名と村長の反応から察するに現実(リアル)でいえば本社の役員が孫会社の現場に来るようなものかと姫は考えた。帝国の騎士を追っているということは先程のしょぼい連中は隣の国の騎士なのだろうが、『騎士』という割には随分と()()()()()連中だった気がする。帝国がしょっぱいだけか?

魔王は村長と小声で何かを話している。目の前にいるのは先程共有した情報にはなかった人物でそれの確認だろう。目の前の()()()だか()()()()だかは目を細めて値踏みするように視線を送っていたが、タイミングを見計らって口を開いた。

 

「…この村の村長だな?そちらは誰なのか教えて貰いたい」

 

「それには及びません。我々はギルド『アインズ・ウール・ゴウン』…私はギルド長を務めています、モモンガというものです。この村が襲われているのが見えたのでね、助けに来たのです」

 

口を開きかけた村長に被せるようにして魔王が自己アピールを挟む。あえて自ら攻めにいくことで会話の主導権と興味を同時に取り、話を有利に進めようという肚だったと後で教えて貰ったのだが到底真似は出来そうにないと感じた姫だった。

そんな思惑を知ってか知らずにか、それを聞いた『面白いおっちゃん』は馬から降りた。重苦しい金属の擦れ合う音が響く。いかつい顔つきは一層厳しくなり、微かな緊張感が生まれる。

 

「この村を救って頂き、感謝の言葉もない」

 

そう言って男は重々しく頭を下げた。村長や後ろの部下らしき者達が言葉を失っている。その様子を見た姫は先程のセバスの言葉が思い出された。なるほど、子供達にこのような顔をさせるわけにはいかないと思うのであれば上に立つものは簡単に頭を下げてはいけないのだ。

 

「…顔をお上げ下さい。たまたま発見して報酬目当てで助けただけですよ」

 

「それでも、だ。恥ずべきことだが我々は間に合わなかった…無辜の民を救ってくれたことに変わりない。それで、差し障りなければそちらの方々を紹介してほしいのだが…」

 

そう言って戦士長はこちらの方、特に姫の方へ鋭い視線を送る。その視線を受けた姫は喧嘩を売られていると思い、無表情なまま視線を交わすと戦士長は目をそらした。〝ふん。〟とどこか勝ち誇る姫。一部始終を見ていた魔王は内心で呆れていた。

 

『(なにやってんだか…。)』──これは失礼を。こちらからアルベド、サキ、セバスと言います。それと後ろにいる騎士は私が召喚したものでして、危険はありませんのでご心配なく」

 

魔王がそう告げると死の騎士(デス・ナイト)はその場に跪き、それを見ていた周りの者から〝おぉ…。〟と感嘆の声が上がる。ただ、そんな中で戦士長だけはそちらに目もくれず姫を見つめていた。その眼差しに敵意はなく、代わりに興味や困惑、疑念が含まれている。

 

「…なるほど、了解した」

 

「[がぜ()]さん。私に何か…?」

 

それは玉を転がすような声。ほとんど感情がない表情は見ようによっては物憂げにも見え、女性との免疫がほとんどなかった戦士長にとって声と顔の相乗効果は計り知れない。

額に生えた二本の角も非常に気になるが、改めて観察すれば透き通るような白磁(しろ)の肌と対照的に艷やかな漆黒(くろ)の長髪、そして引き込まれそうな深紅(あか)の瞳。それらのコントラストに戦士長は息を呑んだ。あまりにも整った容姿は天上のものか、はたまた神からの贈り物か。

見た目は噂に聞く吸血鬼(ヴァンパイア)で──角の生えた吸血鬼など聞いたことはないが──彼らは魅了の術を使うと聞く。惹き付けられるのは魅了によるものかもしれない。〝これはいけない。〟と戦士長は気を引き締めた。

 

「…ガゼ()、だ。失礼、その額にある角は…?」

 

「ああ、『これ』ですか。生まれつきですよ?」

 

姫は何でもないようにあっけらかんと答えた。額に()()()()と生えた『それら』の片方を優しく撫でている様は自身が強者であると自覚していること故の余裕。それを受けた戦士長は一層厳しい表情を浮かべる。はぐらかされたのは明白であり生まれつきならば異形種と断定すべきか逡巡する。しかし、この村の救世主の一員を無下に扱うことは出来ない。

〝だからどうした。〟と言わんばかりに周囲の空気が酷く重苦しいものに変わっていることに気付いた戦士長は、これ以上は徒らに突っ込むべきではないと判断して肝を冷やしつつ話をそらした。思わず敬語が出てしまったのも已む無しだろう。

 

「…そうですか。して、モモンガ殿。宜しければ顔を拝見させて頂けないだろうか?」

 

「ふむ、見せて差し上げたいのは山々なのですが…後ろに控える騎士の制御に必要な仮面でして。外すと暴走してしまうのですよ」

 

〝こちらもまた、はぐらかされた。〟

後ろの部下達は額面通りに受け取り困惑しているが、戦士長はそう直感した。恩義ある者に疑いなど持ちたくないが聞けば聞くほど怪しさが増していく。しかし、両者の余裕の持ちようからこれ以上の『正体』についての問答は意味がないと結論付けて話を進めることにした。

捕えた者はいるのか、いるならば尋問のための場所の確保、この村からの報酬代わりに支度金のほとんどを報奨金として譲渡。こちらは村の補助金に当ててくれと断られたが、ならばと自身の家へいずれ寄ってくれることを約束。

そのように話を進めていると新たな影が近付いてきていた。

 

 

 

 

 

村の家の一室。窓から見えるのは等間隔に並んだ人と天使。それもユグドラシルのモンスターである炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)。魔王は何年か振りに見た懐かしさと戸惑いを感じながらも幾つか疑念が湧いた。見た目が一緒の別のモンスターなのか、それともたまたまユグドラシルと同じモンスターがこちらにいるのか、もしくは…プレイヤーの存在だ。装備も使役しているモンスターもパッと見では貧弱過ぎるためにプレイヤーではないと思われる。あの天使が自分の知っている天使と同じモンスターだった場合は教えた存在がいる筈だ。

ここに来てようやくプレイヤーの存在を思い出したのは隣の問題児(ファッキンビッチ)が好き勝手に話を進めるからすっかり忘れていたのだ。あと引っ掻き回すし。

ただ、あの家族面談は非常に有意義だったと思うし、この問題児(アホ)がいると気持ち的に余裕も生まれているところもあるためにあんまり責められない。逆に余裕がない時も結構あるが…あれ、これ責めていいんじゃね?

 

「ふむ、彼らは一体…?」

 

『(知らないとこで[です]られてる気がする…。)』何なんですかね、あれ」

 

「…あれだけの魔法詠唱者(マジックキャスター)を揃えられるとなると限られてくる。恐らくだがスレイン法国が抱える特務部隊、『六色聖典』のうち何れかの色だろう」

 

──スレイン法国。何故その可能性を…ああ、問題児(こいつ)のせいだな。

 

魔王は()()()と隣に立つ姫を盗み見るとほぼ完全にとばっちりを受けていることは露知らずに長い黒髪を弄って遊んでいる。後ろに控えているアルベドとセバスは微動だにせず、じっと立って警戒を続けていた。

魔王は顎を擦り思案する。色々とタイミングが良過ぎるこのシチュエーションはユグドラシルでの『釣り』を思い起こさせた。()を使って釣る(狩る)…先程の騎士共が帝国に偽装した()だとするならば、その狙いは。

仮にプレイヤーが絡んでいるとしても自分達を狙うには対応が早すぎるし、悪を標榜としてきた自分達が人間の村を救うことなど考えるだろうか。今回はセバスのお陰であって本当にたまたまだ。

絡んでいない場合、帝国と王国の軋轢を拡げる欺瞞工作としか考えられないが…状況的に考えられる本命は隣にいる相変わらず厳しい顔をしている戦士長、か。

 

「…そちらに心当たりがないのであれば、答えは一つだな」

 

「…憎まれているのですね、戦士長殿は」

 

「まぁ、な…立場的には目の上のたんこぶといったところだ。困ったものだよ」

 

苦笑を浮かべる人物は誰にとっての()()()()なのか。帝国は言わずもがな、法国がわざわざリスクを冒してまで狙うその理由。捕えた騎士達を尋問しようにもタイミングがない。

そう考えていると戦士長から一つ提案が出された。

 

「──モモンガ殿。よければ雇われないか?」

 

「…おこと「よくないのでいやです」」

 

「」

 

──いきなりなに被せてんのこの問題児(クソババァ)

 

「…そ、そうか。かの騎士だけで「やだ」」

 

「「…」」

 

僅かに流れる微妙な空気。当の姫は濡れ羽色の毛先を()()()()と弄るだけで見向きもしないがそこにあるのは絶対に関わりたくないという強い意志。こんなところで妙な行動を起こさないで欲しかったが〝そういう奴だった。〟と同室させたのを魔王は少しばかり後悔していた。村の中央にある倉庫に村人達を避難させているのだが、そこの警護をさせている死の騎士のことを何故か気に入ったようだし、そいつと遊ばせておけばよかったと思う。

因みにアルベドは、魔王(愛する人)の台詞を遮られて怒り心頭なのか()()()()と震えていた。セバスはそんなアルベドを見て冷汗を掻いている。

 

「…王国の法を用いて強制徴集とい──」

 

「──何か言いました?」

 

表情は変わらない。声質も変わらず透き通るような美しさだ。ただ、何というか目に見えない重圧があった。今のは魔王も気持ちが分かる。そもそもとして根本的に力の差があり過ぎて強制力など皆無な訳だが。

変な勘違いを起こされてもたまったものではないので改めて牽制する必要があるだろう。

 

「…友人が失礼を。しかし、私としてもいずれの提案もお断りさせて頂きます…国家権力も含め何かしら力を行使されるのであればこちらとしても些か抵抗させて頂きますよ?」

 

再び沈黙が降りて仮面越しに睨み合う。姫は我関せずとでも言わんばかりにずっと髪を弄り続けている。魔王は〝いや、マジで外で遊ばせりゃ良かった…。〟と本気で後悔し始めた。

先に視線をそらしたのは戦士長だ。それを横目で見ていた姫は人知れず鼻で笑っていた。

 

「…怖いな。法国とやりあう前に全滅してしまう」

 

「ご冗談を…ですが、ご理解頂けたようで嬉しく思いますよ」

 

戦士長は目を細めて、値踏みするように二人を見つめた。話せば話すほどやはり怪しいが、何よりも力を一切感じられないのが不気味だった。魔法のことはとんと分からないが戦闘技術には一日の長を自負している。

立ち居振る舞いを見ればある程度の技量というのは自ずと見えてくるものだが、サキという人物だけはまるで分からなかった。誰よりも隙だらけで誰よりも力を感じないのにここにいる誰よりも強い。そんな確信があった。

 

「…いつまでもこうしているわけにはいくまい。モモンガ殿、サキ殿、そして従者の方々…この村を救ってくれたこと、感謝する」

 

そういって戦士長は無骨なガントレットを外して魔王に握手を求めた。魔王はそれを見やり、無礼とは知りつつこちらのガントレットは外さずに握手を交わす。戦士長はそれを咎めることもなく、力強く握り締めた。姫は髪弄りを止めて、それを感情の篭っていない視線で眺めている。アルベドは何も変わらないが、セバスだけはどこか誇らしげに胸を張っていた。

 

「本当に…本当に感謝する。よくぞ、無辜の民を救ってくれた。そして、不躾で申し訳無いのだが…もう一度、村人達を守ってくれまいか」

 

「…勿論です。我ら、アインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて必ず守ってみせましょう」

 

その時、初めて姫の表情に変化があった。ほんの極々僅かな変化だが、目を見開いているようだった。瞬き程度の時間で元に戻ったが。

戦士長はその変化には気付かず、眼に不退転の覚悟を秘めて微笑を浮かべた。

 

「かたじけない…これで我らに後顧の憂いはない。前を見据えて駆け抜けよう」

 

「…でしたら、餞別にこれを」

 

そう言って魔王が差し出したのは何の変哲もない木製の人形。戦士長は〝君からの品だ、有難く受け取っておこう。〟と疑いもせずに受け取ると囮になることを告げて部下と共に家から出て行った。残る四人の間に沈黙が降りる。最初に破ったのは姫だ。

 

「…()()に愛着でも湧きました?」

 

「まぁ…そうですね。画像で見た犬猫程度には。──って、誤魔化そうったってそうはいきませんからね!何ですかさっきの!」

 

魔王は先程の姫の行動に()()()()怒っていた。思惑は分からないがここで見逃してしまっては間違いなく助長する。子供達の前とはいえ、きちんと叱っておかなければならない。場合によっては後で説教コースだ。

 

「…なんか()()()()んですよ。軍事の長が狙われるのは理解出来ますが、そもそもなんでこんな片田舎にまで出張ってくる必要があるんですか。毎年戦争やってんのに近隣に常備兵はいないんですかね。──それに法国って名前からして宗教国家ですよね?領地拡大とか関係なさそうなのに、なんで帝国に偽装してまで絡んでくるんですかね…正直、傍観者に務めたいです」

 

意外とまともな事を考えていることに魔王は少し驚いた。もっとアホなことを考えているものとばっかり思っていたのだ。アルベドも似たようなもので先程の怒りより感心するように僅かに顎を下げた。

 

「…意外とマトモなこと考えてるんですね」

 

「いや、私は結構まともですよ?やってることがあほなだけで」

 

「余計に質が悪いわ!…ハァ。とにかく、一旦村人達のところへ行きましょう」

 

「あ、ちょい待ち」

 

家から出て行こうとする魔王を姫は引き留めた。まだ何かあるのかと魔王は疑いと期待の半々の眼差しで肩越しに振り返る。仮面で目線は見えないが。

 

「[でみ]ちゃんに連絡取って下さい。隠密と捕縛が得意な子をここに連れて来てって」

 

「…考えることは同じですね。()()()()を捕まえて色々と『お話』をさせて貰いましょうか…」

 

多分、お互いに人間だった頃ならば悪い顔をしていただろう。まさしく、悪のギルドに相応しい表情といえた。アルベド曰く〝嗚呼、あくどい顔も素敵ですモモンガ様。〟とのことだ。仮面被っている上に中身は骨なのだが、どうやって判別しているかは不明だ。

 

 

 

 

 

「ぐっ…」

 

「よく耐えた…だが、ここまでだな?ガゼフ・ストロノーフ!」

 

吼えるのは頬に傷を持つ男、スレイン法国の特務部隊『六色聖典』の一、陽光聖典の隊長だ。部隊の中でも一人だけ素顔を晒しており従える天使も別格の強さを持つ。自ら動くことはなく的確な指示を随時行い、隊列の中央奥より相対する男を見据えている。

戦士長の身体は既に満身創痍だ。そして敵の天使は何度屠っても完全な状態で再び襲い掛かる。元々の戦力差は絶望的でむしろ善戦したほうだろう。下衆な貴族の横槍が無ければ、完全装備を用いることが出来ていればまだ勝ちの目はあったのだが…。

既に部下達はやられてしまいあちらこちらで横たわっている。まだ息はあるようだが、このままでは全滅は免れない。部下達の命が散ってしまうことが悔やまれるが、そんなことを零してしまえば部下達から怒られてしまう。

死の淵に立っているというのにそんな他愛もないことを考えていると思うと、代わりに笑みが零れた。

 

「フッ…」

 

「…何が可笑しい。気でも触れたか?」

 

「どう、だろうな…だ、だが気が触れようと…俺は負けん。む、無辜の民を護るためにも…俺は、負けるわけにはいかん!!」

 

満身創痍でもこの裂帛の気合。精鋭中の精鋭である筈の陽光聖典の隊員でも気合に押されて身が竦む者が出るほどだ。流石、王国最強と謳われるだけのことはあった。

だが、隊長は余裕を崩さない。司令塔である隊長は何があっても余裕を崩すわけにはいかない。口は嘲笑を形作っているが、その鋭い視線に油断はない。

 

「フン、よく吼える…そんな身体で何が出来る?無駄な足掻きは止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

「…ぐっ…何も出来ない、と思うならば…お前が…こ、ここまで来て…首を取ったらどうだ?」

 

そう挑発する戦士長の体は震え、剣を杖の代わりにせねばもはや満足に立つことも出来ない。確かに見た限りでは首を取るのは容易いだろう。しかし、油断や慢心は決してしない。この男のことだ、この状態でも相打ち覚悟で武技を使ってくる。まず間違いない。

 

「ハッ、口は回るようだな?無駄なことだ…貴様はここで死ぬ。その後、口封じに村人達も全員殺す…貴様がやっているのは時間を先延ばしにしているだけに過ぎん」

 

「クッ…クク…」

 

戦士長が笑みを浮かべる。それは嘲笑に近く、死に体だというのに余裕のあるその姿を見た隊長は、本当に気が触れてしまったかとむしろ憐れにすら思う。

 

「あ、あの村には…俺など、足元にも及ばぬ…方達がいる…い、命が惜しければ…俺だけで我慢することだ、な…」

 

「フゥ…本当に気が触れてしまったか。さっさと止めを刺してやるべきだったな」

 

隊長は憐憫を込めてため息まじりにそう零した。この片田舎に王国最強を超える者がいるのならば、何故助けに来ない。最後の最期まで民草を想うその姿勢には頭が下がるが、それはこちらとて同じこと。いや、むしろ人類の未来を想うこちらの方がより重い。多数を救うためには少数の犠牲は已む無し、だ。

 

「残念だよ…貴様が()()()側の人間だったならばどれだけ人類に貢献出来たか…。──天使達よ、この男を殺せ!」

 

無数の羽ばたきが重なる。力を振り絞り、いくら足掻こうと戦士長の命運は尽きた。その筈だった。

 

 

 

 

 

《そろそろ交代だな。》

 

 

 

 

 

死ぬ筈だった戦士長の代わりにいつの間にか複数の人影が立っていた。それはあまりにも異様な組み合わせの胡散臭い集団だ。

面妖な仮面を被った魔法詠唱者らしき者、女性らしいラインを保った禍々しい鎧を着込んだ戦士、鷹の目のような鋭い眼光の老執事、そして…。

 

──…異形種だと?

 

額から生やした小さな角が二本、白い肌、紅の眼、長い黒髪。見たこともない種だが、紛れもなく異形種だろう。人類の敵であり、いつもならば有無を言わさずに殲滅した。

しかし、異形種であることを隠しもしないこの集団には見覚えがあった。確か、()()()()()()に似たようなのがいたはずだ。

 

(…まさか、な)

 

古より、かの『八欲王』をして諸悪の根源と恐れられたという伝説を聞いたことがある。

〝邪悪なる神々が降臨せしとき世界は滅びる。〟とも…。

 

──もし、本物ならば。

 

「…初めまして、スレイン法国の皆さん。我々はギルド、アインズ・ウール・ゴウン。私は長を務めます、モモンガという者です」

 

隊長であるニグン・グリッド・ルーインは逡巡する。本物ならば人類どころか世界の危機。だが、秘密結社であるズーラーノーンもかの経典を持つという。まさか、名を騙っているだけか…?

 

「隣からアルベド、セバス、そして友人のサキと言います…皆さんに幾つか聞きたいことがあるのですが、少しばかりお時間を頂けますか?」

 

全て経典に書かれている名だ。装備もそのままだが、偽装している可能性がある。まだ判断しかねるため、顎をしゃくって続きを促した。

 

「素晴らしい…お時間を頂けるようで有り難い。なに、簡単なものです。お時間は取らせません…。──その天使達はアークエンジェル・フレイムという天使で合っていますね?」

 

意図が読めない。仮に本物だとしてもこれは神から賜った魔法の一つだ。どちらにせよ知らない筈がない。何を企んでいる…?

疑問は尽きないが、話を進めるため首肯して続きを促すことにした。

 

「その通りだが…それがどうした?」

 

「単純な確認ですよ。次にユグドラシルという単語をご存知で?」

 

記憶を辿るがそのような単語は知らない。あの経典にも載っていなかった筈だが。ただ、あまりにも膨大な量だったために全てを暗記している訳ではないし不明な単語も無数にあったため、もしかすると…。

ニグンはこの出会いが分岐点だと直感した。万が一でもこの者達が邪神とその従属神であったならば。末恐ろしい未来を想像し、背筋が凍る。

しかし、知っていると嘘を付いたところですぐにボロが出る。ここは正直に言うしかない。ついでに主導権を握れれば御の字か。

 

「…いや、知らんな。それよりこちらの質問にも答えて貰おう…ガゼフ・ストロノーフをどこへやった?」

 

「今は戦士長殿の部下共々、村におりますよ」

 

いけしゃあしゃあと返された。というより、一つの事実に対して一つの疑問が湧き上がった。今更だが…仮にズーラーノーンだとして何故ガゼフ・ストロノーフを助ける真似を?何かの生贄にしようと企んでいるのか。

しかし、ならば何故あの村を助けた。それも生贄というならば、タイミングを見計らっていた?だが、それならば我々の事を知らない筈がない。いくらズーラーノーンとはいえ、我々とまともに張り合えばどちらもただでは済まない筈だ。ならば、何故…。

無数の『何故』がニグンを襲う。袋小路に入り掛けて、抜け出せたのは仮面の男の台詞だった。そして抜け出した勢いそのままに、挑発に乗ってしまったことを後悔する。

 

「…何を迷っておられるのかな。今頃になって良心の呵責でも湧いてきましたか?」

 

「…フン、まさか。だが、ズーラーノーンにしては随分と大きく出たな?まさか、あの邪神共の真似事とは…。──っ!?」

 

その時、空気が変わった。まだ陽は沈んでいないというのに暗闇に包まれたかのような圧迫感。隣に死神が立っているかのような強烈な寒気。隊員達はざわめき立ち、叱責しようにも目の前の存在から視線を外すことが出来ない。

 

「邪神の真似事、ねぇ…知っていることを話して貰おうかな?」

 

「我々は紛れもなくアインズ・ウール・ゴウン。ズラだか何だか知らんが、訳の分からん馬の骨と一緒にしないで貰おうか?」

 

口調もそうだが、この重圧感。玉の転がるような声もそうとは思えないほど頭の芯に重く響いた。従者と思われる二人が何も反応しないことが却って不気味だった。

神人である漆黒聖典の『第一席次』と会ったこともあるが、彼とてこれほどの重圧感(プレッシャー)を与えられるかは定かではない。つまり。

 

──不味い、ズーラーノーンではない!?恐らくは()()…!?

 

何としても本国へ報告しなくてはならない。人類どころか世界の危機。未曾有の大災厄…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【()()()()()()()()()()()】」

 

──…は?

 

ドシャ!

 

勝手に跪いた体はそれ以降動かない。体が地面に縫い付けられたかのようだ。言葉を発することが出来ない。息は出来るのにまるで何かが喉に詰まったかのようだ。

何が起きたのか理解出来ない。目は動かせたので周りに視線を動かせば部下達も同じ目にあっていた。何が、どうなった?

 

「おお、流石[でみ]ちゃん。見事に()()()()ねぇ」

 

「恐れ入ります」

 

「という事はこいつらはレベルで言えば40以下か…」

 

玉を転がすような声に心の中に入り込むような耳に心地よい声。そして、何かを確認するような仮面の男の声が聞こえた。まるで訳が分からなかった。

 

「さて、我々が手間を掛けて救った村人達を殺すと明言したな。その発言には些か不快を覚えたものだが…」

 

「手間も省けたし[でみ]ちゃん呼んで正解でしたねぇ」

 

「いや、全くです…よくやった、デミウルゴス。褒美に後で『指輪』を渡そう」

 

「いえ、この程度で…ああ、なるほど。そういうことですか。──…失礼致しました。謹んでお受け致します」

 

何を話しているのかまるで分からないがこれだけは理解した。八欲王すら恐れた邪神達の降臨。

 

即ち、世界の終焉。

 

朗らかな空気とは対照的に人類は…いや、世界は絶望の淵に立たされた。もはや未来は、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家族と家が在ればどうでもいい」

 

「仲間達ともう一度冒険できればそれでいい」

 

「つまり?」

 

「この世界なんてぶっちゃけどうでもいいっす」

 

「おあとがよろしいようで」

 

「…サキさん、一人で何やってんですか?」

 

「!?」

 

 

 

──つづく。

 




邪悪なる経典とは一体…!?

誤解が誤解を生んでるようですが、あながち間違ってもいないという…。

絶賛セバスが嫉妬で苦い顔をしっぱなし。

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