骸骨魔王と鬼の姫(おっさん)   作:poc

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新たな手法を取り入れてみました。
ちょっと読みづらいかもしれませんが、お付き合い頂ければ幸いです。



本編14─ファーストコンタクト(2)

平和な村に突如として現れた暴力。それは力無き村人達を蹂躙していき、中央の広場へと追い立てた。他の村々と同様の手口で行われるそれは最初と比べると随分と手慣れてきたものだ。村人を中央に集めて殺戮するだけの単純作業。極一部に斬り殺す事や犯す事などに快楽を見出す堕落者もいたが。

それはともかくとして残る作業は数人の村人を生かしつつ残りは殺して村を燃やしておしまい、それだけだった。その筈だった。

 

「──…思ってた以上につまらんね」

 

「左様で御座いますか」

 

──こいつらは一体なんだというのだ。

 

 

 

 

 

風を切って走る二つの影。一方は絶世の美貌を持つ不可思議な服を着崩した鬼の姫。もう一方は老いを感じさせない動きで追従する老執事。悲鳴のする方へ向かって土を蹴っていくと村人が広場に集められているのが見えた。家屋の陰に隠れて様子を伺うと生き残った村人達が肩を寄せ合って怯えている。

 

「ふふー、登場は優雅に決めたいね…せばやん、武器破壊してから行くからちょっと待ってて」

 

「…ハッ、かしこまりました」

 

返事が遅れたのは、向こうにいる兵士に強者がいないか確認したからだろう。せばやんと呼ばれた老執事は万が一もあってはならないと考える。強者と自覚する己ですら当てることの出来ないであろう至高の御身に当てられる者などいよう筈もないが、それでも油断など絶対にしてはいけない。ただでさえ危なっかしいのだ、警戒は決して解かずに傍に控えた。

一方の姫は安穏としたもので〝さっきの奴らは全力で動いたら見えてなかったっぽいから今回もそれで行けばいい感じにやれんじゃねぇ?〟と老執事の苦労も知らずに気楽に考えていた。

()()()()()はタイミングが大事だと昔のメンバーから学んだ姫は、じっとその時を待つ。老執事は辺りの警戒に全力を注ぐ。それが至高の玉体を傷付ける可能性があるならば蟻一匹とて見逃しはしない、その一心で。

やがて、兵士の一人が村人を斬ろうと振り上げた。

 

──()()だっ。

 

振り下ろし始めた兵士へ全速力で駆ける。この場でそれを知覚できるのは傍で控えていた老執事のみ。時が止まったかのように静止した中で姫はその手に持つ刀を抜いて、村人に襲い掛かる凶刃へと交差させると直ぐ様に元いた場所へと戻った。

一陣の風が吹くと振り下ろした筈の剣は粉々に砕け散っており、命を散らすと覚悟していた者と奪おうと悦に浸っていた者が呆然と見つめ合うという不思議な自体に陥っている。突然のことに周りも唖然とするしかなく、虚を突くには十分な間といえた。

 

「行くよ。あくまで優雅にね」

 

「かしこまりました」

 

家の陰からゆっくりと姿を現せば、場は騒然となった。当然だ、その美貌はあまりにも現実離れしていて村人も兵士も皆驚きのあまり目を見開いている。しかし、その後の兵士達の舐めるような視線が姫は気になった。後ろの老執事がややお怒り気味なのも。

ただ、騒然とする中でも何人かは手に持つ得物と額の角に気付いて警戒し始めたが、レベルが違い過ぎていくら警戒しようと話にならないのは滑稽に思えた。

 

「あなた達、随分とお楽しみのようね」

 

「…何だ貴様は?」

 

透き通るように美しい声は、しかしよく通り美貌と相まって周りの者を感嘆とさせる。後ろの老執事は当然とばかりに胸を張っていた。そんな中で勇敢なのか図太いのか、近付いて問い掛けてきたのは鎧の上からでも分かるくらいにひょろ長い体躯をした兵士とは思えないほど線の細い男だ。他の兵士よりも一層粘っこい視線は、何とも悍ましさを感じさせる。

 

「通りすがりの…『正義の味方』かな。どう?」

 

「素晴らしい響きです。その通りで御座います」

 

この場において物怖じせず、あまつさえ目の前の男をあしらうような雰囲気はむしろ余裕に溢れている。村人は得体の知れない輩に怯え、舐めるような視線を送っていた兵士達もこの状況で余裕を崩さない態度に警戒心を顕にする。

そんな中で目の前の()()な男はあしらわれた事に苛立ち、腰にある剣を抜いた。ここまで自分より弱い者だけを相手にしてきたことにより増長していたのもあったのだろう。姫の美貌に打たれ湧き出た我欲に囚われず、冷静に観察すれば額の角と手に持つ得物にすぐ気付けた筈だ。

 

「貴様ァ!この状況でふざけるとは大した度胸だな!?」

 

「…そんな度胸だからここにいるんじゃないか。君は馬鹿だね?」

 

カッとなった男は剣を振り上げて怒りのままに振り下ろした。姫は後ろの執事を手で制してあまりにも遅い剣の動きを前にどうするか逡巡する。

〝壊すもよし、腕を折るもよし、殺すのは()()なし、だ。〟

そこで、ふとある事を思い立ちようやく目の前まで降りてきた剣を親指と人差し指でそっと摘んだ。()()()と止まった剣は岩に打ち付けられたかのようにびくともせず、綺麗な指に大人しく摘まれたままだ。

 

「なぁ!?」

 

「…うーん」

 

「如何なさいましたか」

 

驚愕する周りをよそに姫は些か不満そうだ。老執事は何か不味いことでもあったのだろうかと内心で気を揉むが〝優雅に。〟という命令を遵守し、心情はおくびにも出さずに尋ねた。目の前の男は剣を動かそうと一所懸命だが、相変わらず震えもしない。

 

「いや、白刃取りっていうのを試してみたんだけど…思ってた以上につまらんね」

 

「左様で御座いますか」

 

「なん…何なんだ!貴様らは!」

 

男が叫ぶと同時に兵士達が剣を抜くとまた先程のような一陣の風が通り抜ける。すると、抜かれた()()の剣は粉々に砕け散り再び場が騒然となる。村人はもう何がなんだか分からず身を寄せ合い、頼れる相棒(得物)を失った兵士達も狼狽えるばかりだ。目の前の男も混乱して訳の分からない言葉をただただ叫んでいる。

 

オオオァァァアアアアアア!!!

 

その時、更にこの場を混沌に陥れる地獄の咆哮が彼方より鳴り響いた。それは空気を揺らし、森から鳥達が一斉に羽ばたいて逃げ出す様はまるで天変地異の前触れのような恐ろしさが感じられる。重厚で規則正しい地響きは何か恐ろしいモノがこちらに向かって来ている、と二人を除いたその場の全員が恐怖とともに直感で理解した。

そして、すぐに『それ』は現れた。巨大な体躯を鎧で包み右手には波打つ刃の長大なフランベルジュを、左手にはその巨体を覆うほどの大きなタワーシールドを持つ騎士。しかし、生きてはいない。禍々しい角を生やした兜や鎧の隙間から見える顔や体表は朽ち果てており、その窪んだ目には生者を憎む不死者(アンデッド)特有の赤い光が揺らめいていた。

 

「グオオオォォ!!」

 

それは唸り声を上げると一番近い兵士まで恐るべき速さで近付き、巨大なタワーシールドでかち上げた。皆恐怖で身体が固まりその様はまるで蛇に睨まれた蛙のよう。兵士()()()()()は赤い何かを撒き散らしながら宙を舞い、やがて()()()()と地面に叩き付けられた。死体は従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となり、うめき声を上げて起き上がる。

あまりにも現実離れした光景に誰もがこれは()()の悪い白昼夢だと信じて疑わなかった。もう一度、近くにいた別の兵士が巨大な盾によって弾き飛ばされる。今度は宙を舞わずに地面を削りながら転がっていった。鈍い音が何度も発せられ、止まった時には壊れた人形になっていた。当然のように、そちらもうめき声を上げ始める。三度目、兵士の一人は地面と一体化した。こちらは…うめき声がくぐもっており、四肢は地面にめり込んでとても動けそうにないが。

堰を切ったように泣き叫ぶ兵士達。村人達はこちらに来ないよう隅で必死に身を小さくしている。

そんな中で姫は呆然とその光景を眺めていた。目の前の男が金切り声を上げて特に五月蝿かったので、鞘で脳天から殴ったら頭が首にめり込んで静かになった。老執事は気配から偉大なる主…いや、父が創造した者と理解しており、指示がない限りは姫の護衛に尽くすべきと判断した。

 

「…えぇ…なにこれ…」

 

「恐らくは父上の死の騎士(デス・ナイト)かと思われますが」

 

それは姫にも予想は付いていた。というかそれしかないだろう。問題は何で護るべき主人を置いてこんなところで遊んでいるのかということだ。現実になった事で召喚モンスターが言うことを聞かなくなったのかと危惧するもそれはないなと即断した。何故ならば、もっと気軽に狩れる獲物が近くで縮こまっているからだ。そもそも、あれだけ派手に暴れておいてこちらの方に余波が一切来ないということが不可解だった。よくよく見れば、死の騎士から()()()()と視線を感じる。

 

──…もしかして、気を遣ってる?

 

ユグドラシルの頃にはよく見かけたため、恐ろしさというのは全く感じない。それどころかその特殊能力からギルド長に愛用されており、自分には直接関係なかったがそれでも信頼されているその姿に一定の愛着は持っていた。それが現実となり、ましてやこちらを気遣うなどというプログラムには決して出来ない仕草に()()()()を感じたのは気のせいではないだろう。

 

「…あの子、欲しいかも」

 

「…左様で御座いますか。後でお伺いを立ててみましょう」

 

それは無意識の呟き。周りが聞けばその発言には目を剥くだろう〝お前、正気か?〟と。約一名を除いてそんな口を利いたら老執事にお灸を据えられて天に召されてしまうだろうが。

それはともかくとして、死の騎士は遊んでいた。逃げようとする奴は剣で殺し、石を投げたり辛うじて残っていた剣で立ち向かう奴は盾で弄ぶ。その様子はどことなく楽しそうで、まるで子供が虫を苛めるような純粋な残虐さで。

姫は楽しそうな様子に自分も混ざりたいと思ったが、ただでさえこちらに気を遣って遊んでいるところを邪魔するのは憚られた。むしろ、気なぞ遣わずに子供らしく遊んで欲しいというのが正直なところなのだが。

愛おしそうに死の騎士を見つめる姫を見て、老執事は人知れず妬ましそうに死の騎士を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「そこまでだ、死の騎士よ」

 

兵士達の数も半分を下回った頃、見計らったかのように上空より声が掛かる。その声と同時に死の騎士と呼ばれた邪悪な巨躯の騎士と従者の動死体は()()()と動きを止めて、声の主に跪いた。

声の主は豪奢な刺繍が施されたアカデミックガウンを羽織り、泣いているような怒っているような奇妙な面をつけている。側には禍々しくも女性らしいラインを保った鎧を着込んだ戦士らしき人物が控えていた。

下から見上げていると分かりにくかったが、ゆっくりと地面に降り立った時に改めて見るとその豪奢な衣服に奇妙な仮面はあまりにも不気味だった。不死者の騎士に翻弄されて疲弊し切っている兵士達にはもう驚く気力さえも残っていない。

その奇妙な仮面を被った大柄な男?はゆっくりと首を動かし、かろうじて生き残った兵士達を眺めていた。因みに姫は何故か俯いて口を抑え、明後日の方向を向いていた。その肩は震えており、まるで涙を堪えているようにも見えるが…。

 

『(あんにゃろう…)』ふむ…大分お疲れのようだな?」

 

「殺すなら…ひと思いに殺してくれ…!」

 

兵士の一人が掠れた声で懇願する。それを聞いた男は首を傾げて心底不思議そうに聞き返した。その言葉に兵士達は絶望を見る。

 

「お前達は…殺した村人達の懇願を聞いたのかね?」

 

「なっ…」

 

それは男にすれば嫌味でも何でもなく単純な疑問だった。相手の言う事を何も聞いていないのに自分の言う事は聞いてくれという。()()を行ってきたのに自分の番になって命乞いなど虫が良すぎる話であり、そもそもとしてそんな身勝手な振る舞いが許されるのは絶対的強者のみだ。

絶句する兵士達を置いて話は進む。それは一筋の光明にも立ち込める暗雲にも映っただろう。

 

「そうだな…二、三人だけ帰って貰うとしよう。残りは自分達で縛り上げるといい…縄はあるかね?」

 

『なっ…!?』

 

そこから始まったのは醜い争い。村人が息を切らしてどこからか持ってきた縄で弱った奴から縛り上げられ、あとは兵士達の殴り合い罵り合い。

〝お前が、いいやお前が。〟それは無責任極まりない押し付け合いだ。あまりにも下劣で見るに耐えず、男は〝別案を考えるべきだったか。〟と内心で呆れ返るほど往生際が悪い。村人達からすれば〝こんな奴らに殺されたのか。〟〝地獄に落ちろ。〟と悔し涙を流し怨嗟に満ちた視線で睨み付けることしか出来ないのが口惜しい。他方で姫は罵り合いは興味がないようで、あちらこちらを興味深そうに見ていた。

やがて選別が終わり、息を切らした顔は腫れ上がってはいるが希望に満ちた目で男を見つめる兵士が三人残った。その様子にうんざりした男は浅くため息を吐く。

 

「ハァ…お前達には誇りというものが無いのだな…。──まぁ、いい。お前達の主人、飼い主に伝えろ。この辺りで騒ぎを起こすな、起こせば死を告げに行くと!…さぁ行け!」

 

それを聞いた兵士達は()()()()と足が取られそうになりながらも必死に逃げていった。村人達はそれを汚物を見るような目つきで見送り、残った兵士に怒りの視線をぶつける。〝家族や友の仇を取りたい。〟そんな想いがありありと表情に浮かんでいるが、目の前にいる強大な力を持つであろう者達を前に迂闊なことは言えない。それ以前に命を助けて貰ったのか、はたまたこの者達が自分達を殺すのか目的が未だ不明で戦々恐々としているところもあった。

 

「あ、あなた様は…一体…」

 

「…ここが襲われているのが見えたのでね。助けに来たのです」

 

「おおぉ…」

 

端で固まっていた集団の先頭を務めていた男が立ち上がり問い掛けてきた。帽子を被ったやや小太りの中年だ。隣で一緒に立ち上がった女性は妻だろうか。その言葉で命を救われたということが実感できて、村人達の表情も幾分か和らいだのが見て取れた。

 

「そ、それで…あちらのつ、角が生えたご婦人達とあの巨大な騎士は…」

 

「ああ、()()は私の召喚したシモベです。服従しているので私の命令がない限り危険はありません。そして、彼女達は友人とその従者です。角は…生まれつきです。あまり気にしないで頂けると助かります。一足先にこっちに向かっていたようですが…」

 

物凄い強引な言い訳だが、他に言い訳が思い浮かばなかった男はこのまま押し切ることにした。

件の姫に視線が集まる。興が乗った姫にいつものお巫山戯は鳴りを潜めておりあくまで優雅に自己紹介を…とは言っても上位者の作法なぞ知らない姫は、シャルティアがやっていたお辞儀(カーテシー)の真似事で対応することにした。

 

「[さき]と申します。どうぞ、よしなに」

 

「セバスと申します」

 

〝おお…。〟と村人達から感嘆の声が漏れた。姫としてはわりかし適当にやったのだが、きっと自身の体(アバター)の性能のお陰だろう。それは見事なお辞儀でセバスとしては村人達の感嘆は当然だと言わんばかり。唯一、魔王だけが〝気持ち悪い皮被ってやがる…。〟と思っていたのはご愛嬌だ。

 

「さて…助けに来た、とは言いましても実は私達は()()事情によりお恥ずかしながらこの辺りの地理には疎いのです。報酬代わりと言っては何ですが、教えて頂けると…」

 

「おお、そうでしたか。その程度で良ければいくらでも話させて下さい…それで、差し支えなければあなた様のお名前もお聞きしたいのですが…」

 

ここで魔王はふと考えた。ここからギルドの名を拡げていけば、もしかするとこちらに来ているかもしれない仲間が気付くのではと。

しかし、一つ問題があった。目の前の友人の存在だ。個人の名として勝手に出すのは憚られるし何より先日に話した感じを思い出すと多分、この友人は許してくれないだろう。いくら問題児とはいえ大切な友人に変わりはないのだ。そして、あまり猶予もない。

 

──えぇい、ままよ!

 

「私の名はモモンガと言います。こちらはアルベド…。──そして、知るが良い!我らは誇り高きギルド『アインズ・ウール・ゴウン』なり!」

 

『…ははぁっ!』

 

腕を広げ空を仰ぐ魔王のポーズで決める。村人達は一時呆気に取られたが命の恩人のカリスマに惹かれて、一斉に頭を下げた。側に控えるアルベドとセバスはそれを見て満足そうに頷くのだった。

 

──…へぇ?

 

 

 

 

 

その後、魔王は話していた人物が村長と分かり、そのまま自宅で話をするために案内してもらった。アルベドもそのまま付いていき、残った姫とセバスは村人達に囲まれたが最初に助けた村娘を連れて来ることとその間に後片付けをしておいて欲しいことを伝えて姉妹のところへと赴いた。

死の騎士は取り敢えず村の中央で警護に当たってもらうことになった。村人達は危険はないと言われてもその威圧感からなかなか近寄りがたいのか遠巻きに見ているだけだ。命の恩人の一人?でもあるため忌避感はないようだったが。

因みに従者の動死体はセバスに処分してもらった。姫曰く〝可愛くない。〟だそうで。

 

「…お、いたいた」

 

ドーム状の障壁の中で未だ不安そうにしている姉妹を発見する。二人は姫を見るやいなや平伏してお礼を述べ始めた。

 

「ぁ…あの、さっきは助けて頂いて本当にありがとうございました!」

 

「ありがとうございました!」

 

姫としてもここまで感謝されたことはなく、どことなくこそばゆい。()()()()と頬を掻くだけで特に返事はしない。セバスはセバスでその態度は当然だと言わんばかりに胸を張る。さっきからずっとそんな感じだが、やはりカルマが極善とはいえ至高の御方より優先される事は無いということなのだろうか。

やがて顔を上げた娘が覚悟を決めた目をして問い掛けてきた。

 

「あ、あの!お名前は何と仰るんですか!?」

 

『(そんなに気合入れる必要なくねぇ…?)』[さき]です。どうぞ、よしなに」

 

片手を上げるだけでさっきのようなお辞儀はしない。ここに来る間にセバスから〝上の者は無闇に頭を下げるべきではありません。〟と小言を言われたからだ。セバスの真っ直ぐな目で見つめられるとノーと言えない問題児だった。

 

「あ、あの…出来れば、そちらのお方のお名前も…」

 

「おや、これは失礼。セバスと申します」

 

「あ、ありがとうございます…サキ様、セバス様。む、村は…どうなりましたでしょうか…?」

 

姉の方が不安そうに聞いてきた。姫の中では、村人はそれなりに生き残っているわけで無事といえるだろう。しかし、実際のところ村のことはどうでもよくなってきていた。

よく分からない村人達よりもこの娘達は礼儀正しいこと、きちんとお礼を言えること、ファーストコンタクトということもあって姫からの評価がそれなりに高い。というかぶっちゃけ気に入った。

 

「村は無事っちゃあ無事かなぁ…あ、そうだ。君らの名前は?」

 

「は、はい!エンリ・エモットと言います!」

 

「ネムです!」

 

打てば響く受け答えに満足そうに頷く姫。この姉妹の周りに張ってある障壁はそこそこ強力だが絶対ではない。世界級(ワールド)アイテムと化したこの刀を使えば破るのは容易い。

破壊耐性貫通率確定というチート能力で以って破壊スキルの一つである【マジックブレイク】を使用すれば…──

 

バキャン!

 

──と、お手軽に障壁も破壊出来る。このスキルは一定確率で『魔法で出来たもの』を破壊するスキルだ。性質としては〈解呪(ディスペル・マジック)〉に近く、〈盾壁(シールド・ウォール)〉のように体を覆うような防御魔法や〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉、果ては〈要塞創造(クリエイト・フォートレス)〉で出来た要塞も壊せる。しかし、位階や大きさに反比例して確率は格段に下がるし破壊したところでMPさえあればもう一度唱え直せば済む話で。もっと言えば、使うタイミングがない。これを使うぐらいなら防具の一つでも破壊したほうが効果は高く、乱戦時に嫌がらせ程度にしか使えない。乱発出来ない仕様だし。

余談だが〈転移門(ゲート)〉も効果時間内なら壊せることが判明している。極超低確率だったが。

〝割と死にスキルだったよなぁ…。〟と驚いている姉妹を置いてしみじみ思う姫だった。

 

「ほら、呆けてないで行くよ。[えんり]、[ねむ]」

 

『は、はいっ!』

 

まるで愛玩動物(ペット)を散歩に連れ出すような感覚で誘う。いや、姫の中ではほとんどペットと化している。かつてハムスターを飼っていたギルメンが嬉しそうにペットのことを話しているのを内心では羨ましく思っていた。

あの人曰く『ペットとは家族』とのこと。時には〝ただの愛玩動物などではない〟と熱弁されたこともある。そのペットが亡くなった時は一週間近くユグドラシルに来なかった時があったが、それを聞かされた時は姫も自分の事のように大層哀しみ沈んでいた。

もしかすると、『家族』に対して執着が強くなったのもそのペットの話を聞いたからかもしれない。家族とは親子だけの関係ではなく、その家の一員と認めれば家族なのだと理解したのが拍車を掛けた。つまり、姫にとってこの姉妹はペット枠ではあるが家族も同然となった。ファーストコンタクトゆえの愛着からか、誠実さに惹かれたか。いずれにせよ、ある意味障壁などよりも最強の加護を手に入れた姉妹だった。

 

 

 

 

 

多少なりとも覚悟していた魔王だったが、聞いたこともない国の名を聞いて本当に全く知らない別の世界へと来てしまったのだと少しばかり落胆していた。

この村はカルネ村といい、リ・エスティーゼ王国という聞いたこともない国の辺境にある。北に広がる森はトブの大森林という名称で、古より南方を支配する森の賢王といわれている大魔獣のお陰でモンスターに襲われることもなかったそうだ。

王国の周辺勢力を地図上で俯瞰的に見ると東にバハルス帝国、南にスレイン法国、やや北西にアーグランド評議国となっているらしい。

地図は伝聞で聞いたことを描いたそうで非常に大雑把な上に文字が読めないので、営業で培った記憶力をフルに使って頭に叩き込む。

因みにアルベドは外の扉の横で待って貰っている。明らかな強者以外には意識を向ける必要はないと言い含めているので問題は起きないだろう。誰かさんと違って。

 

「なるほど…」

 

「申し訳ありません…何分、ここより南にあるエ・ランテル以外に行ったことがないものでこれ以上の情報は…」

 

村長は申し訳無さそうに深々と頭を下げて謝罪しようとするも魔王が手で制する。何も知らないよりはマシ、どころか非常に有意義な情報を手に入れることが出来たのだ。大雑把でも周辺の地理が判明するのは大きい。本音としてはもう少し詳しく知りたかったが、文明レベルも大して高くはない村でこれ以上は欲張りというものだろう。

 

「いえいえ、十分です。後は…──」

 

その後の情報収集も大いに実りあるものだった。今しがた村長が口にしたエ・ランテルのこと。王国は帝国と仲が悪く、そのエ・ランテルの近くで毎年争っていること。ユグドラシル金貨とは違う貨幣。冒険者という存在。他にも色々と知りたいことはあったが、突如としてあの姉妹に掛けた障壁が消えた感覚が伝わった。恐らくは友人が破壊したのだろうとは思うが念の為に確認を取ることにした。

 

「ん…?」

 

「どうなさいました?」

 

「ああ、いえ。申し訳ありませんが、少々お待ち頂けますか?友人が何かトラブルにあったようで…」

 

不思議そうな顔をする村長夫妻に構わず〈伝言(メッセージ)〉を友人に繋げる。一応、分かりやすく誤魔化すためにこめかみに手を当てて。

 

《〈伝言〉。サキさん、障壁壊しました?》

 

《[やぁ!(ja !)だす いすと りひてぃひ!(Das ist richtig !)]》

 

《ヤメロオオオォォォ!!》

 

辿々しい発音でも連鎖反応で思い出してしまうのだろう。一人頭を抱えて悶絶する魔王。村長夫妻は何事かと心配を顕にするも気付いた魔王が慌てて〝何でもない。〟と手を横に振る。すぐに沈静化が襲うが、何ともいえない感情が燻っており悶々としていた。

 

《こ、この問題児(クソビッチ)…やけに大人しいと思っていたが、ここでぶっ込んでくるとは…》

 

《ふふー。あ、あとこの姉妹と死の騎士([です・ないと])頂戴?》

 

《いきなり何言ってんだ貴様!物じゃありません!》

 

《むぅ、駄目ですか》

 

魔王は頭痛などとは縁遠い身体の筈なのに頭が痛くなってきた。いきなり黒歴史をぶっ込んできたかと思えば、唐突に訳の分からないことを言いやがるのだ。シリアスなシーンが続いたから鬱憤でも溜まっていたのだろうか。適度に()()()()させないとその内とんでもないことをやらかしそうだと魔王は不安になった。

 

──…いや、ガス抜きの頻度高過ぎじゃねぇ…?

 

《どうしました?》

 

《ああ、いや…ハァ。取り敢えず収穫はあったのであとで情報共有しておきましょう》

 

《[べん えす まいねす ごってす びれ !(Wenn es meines Gottes Wille !)]》

 

《キョホオオォォォ!!?》

 

魔王の血を吐くような裏返った絶叫に〝あかん、壊れた。〟とちょっとだけ反省する問題児(おっさん)

〈伝言〉を交わす中で村長夫妻から奇妙な視線を一身に浴びていた魔王だったが〝これも情報伝達に必要な動作なのでお構いなく。〟と割と苦しい言い訳をしていた。しかし、そこは流石魔王のカリスマなのかすんなりと納得して貰えていた。

〝アルベドが同席してなくて本当に良かった。〟と()()とする魔王だった。

 

 

 

 

途中から慌ただしい情報収集になってしまっていたが、葬儀の準備が整ったらしく仕切り直しということで一旦はお開きにした。この世界の葬儀に興味を持った魔王と姫は情報交換をしつつ、それを遠目に眺めている。

姉妹には、両親は助けられなかったことを魔王が伝えるも姉妹共々仕方ないことと気丈に振る舞っていた。しかし、恩人から離れて村人達とともに墓前に立ち追悼を終えると堪えていたものが溢れ出たのか堰を切ったように泣き叫んでいる。

 

「…[ももんが]おにいちゃん」

 

「ヤメロ。──…駄目です。というか、そんなにあの姉妹が気に入ったんですか?」

 

見れば鬼の姫の表情はほとんど変わらないが、何かを堪えるように握り拳を作っていた。こんな友人を見るのは魔王としても初めてで珍しく思う。アルベドは表情が見えないため何を考えているかは分からないが、セバスはそんな友人を傷ましい目で見つめていた。

 

「きっとそうなのでしょうね…私の中で彼女達は[ぺっと]に()()しました。つまりは、家族といえます…家族が哀しんでいるのをただ見ているしかないのは何というか、辛いですね」

 

「…正直に言います、私にはよく分からないです。いえ、()()()()()()()()が正確でしょうか。それに死者を甦らせられる存在というのは…」

 

言い淀む魔王に友人はゆっくりと首を振った。それは否定ではなく肯定。問題児といえども流石にその危険性は理解している。

死を与える者と生を与える者。人間という生き物を理解していれば、どちらが厄介事を招くかは誰でも分かる。

 

「大丈夫です、分かっています…それより、やっぱり[ももんが]さんもですか」

 

「何となくそんな感じはしていましたが…今の会話にも違和感ないですもんね」

 

それはつまり、精神が身体に馴染んで変質しているか異形種の精神に人間の残滓や記憶といえるものがくっついてるだけなのかもしれない。二人とも人間を同族と見れず、むしろ虫に近い感覚でしか見れなかった。

魔王としては、カルネ村の住人とはそれなりに接したためか小動物程度に愛着が湧いた。姫としては、姉妹に興味と愛着を持ってペット(家族)と看做したが他の住人は石ころ程度の感覚だ。二人ともそれに違和感を持てないことが少しだけ恐ろしかった。

 

「…帰ったら[あるばむ]を見ませんか。何だか落ち着きません」

 

「ああ、それは良いですね。どうせなら皆と一緒に見ましょうよ」

 

その時、アルベドとセバスの目が()()()と光ったのはきっと気のせいではないと付け加えておく。思惑は違えども、狙いは一緒なのだろう。

姉妹の泣き叫ぶ声がいつまでも響いていた。二人はそれを、ただじっと見ているだけだった。

 

 

 

 

 

陽も傾き始めた頃、葬儀を終えた村人達は復興に励んでいた。少なくなった男手は資材を運び、女手とともに壊された家屋の修復に汗水を流している。村人達の心模様とは裏腹に空は晴れ渡っており魔王は復興を、姫は流れる雲をじっと眺めていた。傍に控える二人は主人のそれに倣うことなく辺りを警戒している。

 

「…アルベド。アルベドは…人間が嫌いか?」

 

「ハッ…正直に言いますと、好きではありません」

 

「…ふふっ」

 

魔王の問いに真実を知るアルベドは言葉を選んで答えた。姫はそれが何だか可笑しく感じてつい笑ってしまった。仮面越しにアルベドが睨んでいるのが分かる。絡んでも良かったのだが、そうすると〝セバスがきっと内心でしょぼくれる。〟と考えた姫はセバスにも問い掛けることにした。

 

「せばやんはどう思う?」

 

「ハッ…全てが、とは言いませんがきっと輝くものを持っていると信じております」

 

──…カルマが極善のセバスらしい…ん?

 

()()()()を見てもまだそんな前向きなことを言えるのは、極善ならではだろう。そう思った時に姫はふと閃いた。

〝カルマ値の影響もあんじゃねぇ?〟と。なんだかんだ言って自身もカルマ値-500の極悪。その辺りの考察も行った方がいいかもしれない。

姫が珍しく真面目なことを考えていると村人達の様子が騒がしくなっており、こちらを()()()()と盗み見ていた。

 

「また厄介事か…」

 

「…[ももんが]さんは先に帰っててもいいですよ。私は『あの子ら』を守ります」

 

姫が冷めた視線を村人達に送りながらそう宣言すると魔王は短くため息を漏らした。

 

「ハァ…あの子ら()()、でしょう?全く…それにサキさんを放っておいたら絶対に厄介事が増えますよ…」

 

仮面のせいで視線が読めないが、恐らくは姫を睨んでいるであろう魔王のその言葉には今までの苦労がありありと滲み出ていた。

問題児(おっさん)はかつてギルド間の交渉に人がいない時を狙って()()()買って出たことを思い出した。それから…ギルド間抗争に発展したのは言うまでもない。元々、潰す予定だったのが唯一の救いだが特に隣の魔王や銀ピカ騎士、世界災害からべらぼうに怒られた。他の面子はそれを見て指差して笑っていた。解せぬ。

 

「…まーた碌でもないこと考えてますね?」

 

「ふふー。あなたや銀ぴかさん、災害さんに怒られてた時を思い出しましてね?」

 

「そんなこと言ってるから特にウルベルトさんがマジギレするんですよ…ほんと懲りない人ですね」

 

『銀ピカ』でセバスが反応していたのに気付いた鬼の姫はその話は後でゆっくりしてやろうと思っていた。魔王はそんな問題児に諦めの視線を送り、先導して村人達のところへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、よりによって嫉妬[ますく]って…くすくす」

 

「うっせ問題児(クソババァ)。これしか丁度いいのがなかったんですよ」

 

「着けれるだけいいじゃないですか。私は頭部は耳以外何も装備出来ませんからねぇ」

 

「それですよ!幻術掛けようにも手遅れだし、自分で言っといて何ですが『角は生来だから気にするな』って無理がある言い訳しか思い浮かばなかったんですケド」

 

「まー、人化の指輪使うまで今回はそれでごり押しするしかないですね」

 

「…ほんっと他人事ですよねぇ」

 

「ふふー、照れるね。ま、きっとなんとでもなりますよ」

 

「褒めてねぇから!…ハァ。さっさと帰って早く『アルバム』が見たい…」

 

 

 

──つづく。

 




黒歴史やオリ主のNPCは帰宅後に出せたら…いいなぁ。

━オリ設定補足━

解呪(ディスペル・マジック)

有名な魔法だと思いますので補足するまでもないかもしれませんが、一応。
数多のメディアで扱われてるのと一緒です。D&Dは詳しくないのですが、いわゆる魔法効果解除ですね。魔法で創造したアイテムも解除できるか等までは考慮してません。

・マジックブレイク

光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジエントベリル)とかは魔法の鎧を纏うと解釈。魔法で出来たモノを壊す、という設定なので解除できます。確率は超低いですが。
〈転移門〉はふざけてやったらたまたま壊せてその後検証を重ねた結果判明しました。
因みに召喚系はあくまで魔法とは別の何かで出来たものを召喚する、だと思いますので効果はナシです。

━━

琳璋様、ドイツ語のご指摘ありがとうございます。一部修正致しました。

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