原作とは違うストーリーとなります。
原作世界とは違う、パラレルワールドのお話と思って読んで頂ければこれ幸いと存じます。
「ああ、そういえば片付けの途中だったっけ……」
(45年前から帰ってきて、家の惨状に思わず苦笑が漏れる)
(でもまあ、セワシ君は僕が45年前に行った時間から1分後の世界に戻してくれたし、時間的な余裕は充分にあるな)
(少し疲れてるけど、ゆっくり片付けるか……)
(そう思いながら、1番近くにあった箱に手を伸ばした)
(箱の中には数冊の本が並んでいる)
「アルバムか……そういえばしばらく見てなかったな」
(適当に一冊取り出して表紙をめくると、始めにあったのは高校の卒業式の日の写真だった)
(僕と静香、ジャイアン、スネ夫、出木杉の5人で学校の校門の前で写っている)
(そういえば、高校卒業の時にはもうドラえもんは居なかったんだっけ……)
(その後、大学に入ったは良いけど単位はギリギリで、留年しないように必死だっな……)
(ああ、就職祝いのだ、この日はみんなで徹夜で酌み交わしたっけ……)
(ページをめくるごとに日付が進んでいく)
(不思議なものだ。写真を見ると、忘れていたと思っていた記憶が鮮明に蘇ってくる)
「……ん?」
(ページをめくる手が無意識に止まった)
「懐かしいなこれ……雪山から静香と降りてきた時のだ」
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「ハックション!」
(頭が重い……これじゃ、一緒に行くのは無理かな……)
「はっきりしてよ。行くの?行かないの?」
「行きたいんだけどね……。坂道に弱くてねえ。平らな山ならいいんだけど……」
「はあ……。いいわよ、もう。他のお友達と行くから」
(しずちゃんに心配かけないように冗談めかして言ったつもりだったんだけどな……失敗だったか)
「ああ、ごめんよ!そんなに怒らないで……」
「まったく、のび太さんったら……。でも、その風邪じゃどっちみち止めておいた方が良いわね、山登り」
「うん……ごめんね、しずちゃん」
「いいわ、そんな状態で無理される方が困るもの」
(しずちゃんは優しいなぁ……)
(僕がしずちゃんにプロポーズしてからそんなに経ってないけど、接してる感じはいつも通りだもんなぁ)
(返事は保留にされてるけど……)
「じゃあ行ってくるわね」
「うん、行ってらっしゃい。気を付けて、楽しんでらっしゃい」
「ええ、のび太さんも酷くならないように安静にね?」
「うん、ありがとう」
(ああ、行っちゃったか……本当は僕も風邪じゃなかったら行きたかったんだけどな)
「ハックション!」
(うう……体までだるくなってきた……)
(しずちゃんに言われた通り安静にしてよう)
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《心配になって来た》
《なにが》
《タイムマシンで調べるとぼくは将来しずちゃんと結婚することになってるだろう。でもね、どうも今のところそんなムードじゃないんだ》
《いや、僕もかねがね不思議に思ってた。あんないい子がなんだってよりによってのび太くんなんかと。もう少しましな男がいっぱいいるのに……》
《言い過ぎだ!!》
《それで念のためその辺の事情を確かめたいっての?分かった。はい、タイムテレビ》
《これがのび太青年》
《パッとしないなあ》
《はあ、君はちっとも進歩してないね》
《なにも言い返せないよ……。見ていられないや。先へまわして》
《あれ!?》
《しずちゃんが1人で……》
《霧で仲間とはぐれたんだよ》
《ど、どうしよう!?助けに行かなきゃ、しずちゃんが危ない!》
《しずちゃんが危ない!》
《しずちゃんが危ない!》
《しずちゃんが!》
《しずちゃん!》
「しずちゃんっ!?……夢?……いや違う、夢なんかじゃない」
(なんで僕はこんな大事なことを今の今まで忘れていたんだろう)
(しずちゃんはこの登山で仲間とはぐれて遭難する)
(すぐに助けに行かなきゃ)
(いや、待てよ……)
(多分僕が行かなくても昔の僕が助けに行くんだよな……)
「……って、バカか僕は!」
(昔の僕がしずちゃんを助けに行ったのは僕が呑気に寝ていたからだ)
(しずちゃんのピンチを知っているのに、今の僕が助けに行かないなんてどうかしてる)
(そうと決まればすぐにでも出発だ)
(とはいえ、雪山に無策で飛び込むわけにもいかない)
「とりあえず世界地図……はダメだね」
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(安いレンタカーを急いで借りて、ようやく山の入り口まで来た)
「よし、ここからは徒歩だ。今は君だけが頼りなんだ、頼むぞ……しずちゃんの元に案内して!」
(オートコンパスを両手で握り締めて、祈るように起動させる)
(するとコンパスは山の頂上に向かう一点を指し示す)
「よし、こっちだな。もう少しの辛抱だ、しずちゃん。すぐに行くからね」
(声は届かなくても想いは届けと、まだ見えぬしずちゃんにエールを送り、僕はコンパスの向く方向へと歩き出した)
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「おかしいなぁ……歩けど歩けどしずちゃんに会えないじゃないか!」
(山の入り口ではそこまで酷くなかった雪も、登って行くに連れてどんどん酷くなってくる)
「はあ……このコンパス壊れてるんじゃないの?」
(よくよく考えたら、あいつの持ってた"たずね人ステッキ"も的中率は70%なのに、オートコンパスが正確なわけないか……)
「これじゃあ世界地図持って来たあの時と変わらないな……」
(しかしまあ、だからってがむしゃらに歩くよりはオートコンパスを頼った方がマシだろうし……)
「よし、もう一度だ。しずちゃんのと」
「ねえ君!」
「うわあ!?ビックリしたぁ……」
(オートコンパスに目的地を再入力しようとした時、突然後ろから声をかけられた)
「き、君は?」
(振り向くと、そこには綺麗な白……というより白銀の長髪を靡かせた女の子が立っていた)
(明らかにこの雪山にそぐわない程の薄着なのに、なんでだろう。違和感は感じられない)
(年は僕と同じくらいなのかな?)
「あれ、もしかして私のこと忘れちゃった?」
(そう言って少しだけ首を傾げる姿はすごく可愛らしい)
(確かに、どこかで会った気がしないでもないけど……)
「……ごめん、思い出せないや」
「そっか」
(女の子の少しだけトーンの落ちた声に罪悪感が湧いてくる)
「本当に、ごめんね」
「ううん、私の方こそ。あなたと会ったのはたったの1回だけだし、その日からかなり時間が経ってるもの。それなのに覚えてろってほうがおかしいわよ」
「……」
「ほーら、気にしない気にしない!」
(そうやって気丈に振舞われると、余計に罪悪感が湧いちゃうよ……)
(この子は、1回しか会ったことがなかった僕をずっと覚えていてくれた。それなのに僕は……)
「ふふ、ありがと。あなたは優しいんだね」
(口には出してないけど、顔に出ていたらしい)
「ううん、そんなことない。でも今度は絶対に忘れない。だからさ、もし昔の僕が聞いていたら申し訳ないんだけど、もう一度君の名前を教えてよ!」
(名前。そう、名前を聞ければ僕だって忘れない自信はある)
(リルルだってロップル君だってホイ君だって……みんな、忘れた事なんて一度もないんだから)
(もしかしたらこの子の名前も聞いてなかったのかもしれないし)
(だけど、質問をした途端、女の子の顔が少しだけ曇った)
「私ね……名前がないの」
「名前がない……?」
(名前がないってどういう事だろう……)
(複雑な家庭環境?)
(あまり突っ込むのはやめておいたほうがいいのかな……)
(僕が反応に困っていると、目の前の女の子は急に表情をパッと明るくして、僕をじっと見つめた)
「そうだ!それじゃあ、あなたが私に名前を付けてくれない?」
「うえ!?僕が!?」
「そう。私、貴方に名前を付けてもらいたい!」
(そんなこと急に言われたってなぁ……)
「ユ、ユキちゃんとか……?」
(僕が恐る恐る言った瞬間、女の子は目を点にさせた)
(しょうがないじゃないか!同い年くらいの女の子に名前を付けてあげるなんて経験、そんなあるもんじゃないぞ!)
「プッ……完全に見た目で決めたでしょ!」
「わ、笑わないでよ。それに、なんて言うか、君はなんだか雪がすごく似合うから」
「そっか……。ユキ。ほんとね、確かに私にはピッタリ。ありがとう」
(思わず、女の子……ユキちゃんに見惚れてしまった。本当に嬉しそうな笑顔だったから)
(でも僕には心に決めた人、しずちゃんがいる。だからしずちゃんを……)
「そうだ!しずちゃん!」
(大事なことを思い出した、しずちゃんを探さなきゃ!)
(突然の出来事があったとはいえ、一瞬でも忘れていた自分に腹が立つ)
「ど、どうしたの急に大声出して」
「友達を探してるんだ!」
「友達?」
「うん。ここに登山しに来た友達がいるんだけど、この雪で一緒に来てた子たちとはぐれちゃって遭難しちゃったんだ。だから僕が助けに来たんだけど、僕が迷っちゃってね……どこにいるんだか……」
(なんだかユキちゃんと話してる間に吹雪が強くなってきてるきがする……)
(大丈夫だと思うけど、やっぱり心配だ。早く行かなくちゃ)
(あれ、でもなんでだろう。不思議と息苦しさを感じないな)
「そ、そうなんだ……ごめんなさい……」
「え、なんで君が謝るの」
「ううん、なんでもないわ。それより、あなたをその子の所に案内してあげる」
「え!?場所がわかるの!?」
「ええ、この山のことなら全部把握できるわ。その子がいるのはね……うん、こっちよ」
(そう言ってユキちゃんはスタスタと歩き出してしまった)
(不思議な子だ……)
(オートコンパスも無しで本当にわかるのかな……)
(でも今は信じるしかない)
(待ってろよ、しずちゃん)
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「その友達って、どんな子なの?」
(僕の前を歩いているユキちゃんが、振り向かずに聞いてきた)
(それにしてもこの吹雪の中、よく通る声だなぁ……)
「あれ、答えにくかった?」
(答えるのに少し間が空いてしまったからか、気を遣わせてしまったみたいだ)
(答えにくいなんてことはない。むしろ胸を張って言える)
「いや、そんな事はないよ。その子はね……僕の好きな子なんだ」
「……好きな子?」
(ユキちゃんの声のトーンが少し落ちた気がするが、構わず話を続ける)
「うん。僕が小さい頃から、あの子のことが好きだった。僕って何をやってもダメなやつだったんだ。勉強も、運動も、本当に取り柄がなくて。友達にもバカにされたり、親にも先生にもよく叱られたし。でも、あの子は僕をバカにしなかった。励ましてくれた。救い出してくれた。あの子は、僕の生き甲斐なんだ」
「ずっと、好きだったの?」
「うん、ずっと。小さい頃からずっと好きだった。ずっと、僕にはあの子だけだった」
(自信を持って、僕はずっとしずちゃんだけを好きでいて、他の女の子になびいたりなんかしてないって言え……あ……まあ、そうだね)
(……ガールフレンドカタログの件は墓場まで持ってくさ)
「そっか、最初から私に勝ち目なんて無かったのね……」
「……え?」
「ううん、なんでもない。ほら、もう少しでその子のいる所よ!」
(表情は見えないけど、ユキちゃんの歩く背中は変わらない)
(それなのに、さっきまで聞こえていたあの透き通った声は、どこか曇りがかっていた)
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(しばらく歩いた後、ユキちゃんが突然立ち止まって一点を指差す)
「ほら、あそこに洞穴があるでしょ。あの中よ」
「ほんと!?よし!早く行こう!」
(そうと分かれば早くしずちゃんの所に行かなくちゃ)
(ここまで案内してくれたユキちゃんのことも、お礼がてらに紹介したいし)
(でも、ユキちゃんの考えは違った)
「うん、その方がいいわね。……じゃ、私はこれで」
「え、なんで?」
「なんでって……私があなたと2人きりでいたって知られたら色々とまずいんじゃない?」
(確かに、プロポーズが保留にされている今、ユキちゃんと2人でしずちゃんの前に現れるのはマズイかもしれない)
「そうかも……。いや、でも!」
「私に気を遣わなくていいわ」
(いや、すごく気遣うよ……)
(でも今のユキちゃんからは、絶対に譲らないぞっていう、なんというか、意固地なオーラを感じる)
「……そっか、わかった。ここまで連れてきてくれてありがとう」
(と、お礼は言ったものの、やっぱりこのままユキちゃんと別れてはいけないような気がした)
「でも、ユキちゃんは一人で大丈夫なの?」
「ええ……私は、ここに住んでるようなものだから、問題ないわ」
(だけどユキちゃんには、はっきりと断られてしまった)
(ユキちゃん自身がそう言うなら、きっと大丈夫だよね)
(それに、僕がまたここに来れば二度と会えないなんてことはないだろう)
「そっか……わかった。本当に色々とありがとう。今度また、お礼させてね」
「……ええ、そうね。また、いつか会いましょう。……また貴方に会えて、嬉しかったわ」
「うん、僕も会えてよかった。次は絶対にユキちゃんのこと忘れないから、また会おうね!」
(そう言って笑顔で手を振って別れを告げた)
(二度と忘れないぞと)
(きっとまた会いに来るよと)
(そんな思いを込めて手を振った)
(だけど僕は、もう二度とユキちゃんと会うことはできなかった)
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春を見てみたい
それが私の夢
あの日あの時
君には春が来た
私が消えたから
これからきっと
君には春が来る
私が消えるから
春を見る方法は1つだけ
私が消えればいい
消えるのはもう慣れた
それなのに
消えるのがすごく怖い
初めてのことだから
春を見てみたい
それが私の夢だった
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「のび太さん!来てくれたの!?」
「ああ、よかった、本当に無事で良かったよしずちゃん……」
(しずちゃんの姿を見た途端、安心してへたり込んでしまった)
(本当に僕はここぞと言う時に男らしくないな……)
「もう、大袈裟ねのび太さんは。……でも、よく1人でここまで来れたわね。この岩穴、オートコンパスにはインプットされてなかったんだけど」
「う、うん……僕のコンパスにも無くて道に迷ってたんだけど、えーと、偶然ここを見つけたんだ」
(しずちゃんに嘘をつくのは心が痛いけど、折角ユキちゃんが気を遣ってくれたんだ)
(その気持ち、無碍にはできない)
「でも、こんなことになるなんて思わなかったわ。天気予報じゃここまで降るなんて言ってなかったのに……ってあれ?のび太さん、吹雪が止んでるわ!」
(洞穴の入り口を見ると、確かに吹雪が止んで、日の光が差し込んでいるのが見える)
「ほんとだ、これなら下山できそ……ハックション!」
「大丈夫!?そういえば朝は酷い風邪だったじゃない!まだ全然治ってないんじゃないの?」
(本当に優しいな、しずちゃんは)
(まだプロポーズの答えは聞けてないけど、結果がどうであれ僕の好きな人であることには変わりない)
(そんな相手を心配させるわけにはいかないね)
「あはは、大丈夫大丈夫。多分寒いのは風邪のせいじゃない。きっと……
……雪のせいだよ」
某有名アーティストさんの曲からインスピレーションを受けました。
某曲の妖精さんが見たかったのは夏でしたが、この子が見たかったのは春でした。