オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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二週間かからない予定でしたが、ゴールデンウィークが思ったよりも忙しかったので遅くなりました

今回はエ・ランテルでの話です
ちなみに最終章の時間軸は前章のパーティーから三ヶ月ほど経っていますが、前話での王国の宮廷会議だけは一ヶ月ほど前の話になって居るため、視察団は既に王都を出立し、この話の時点ではエ・ランテルの近くまで着いている感じです


第93話 エ・ランテルでの後始末

「殿ぉ! 久しぶりでござるな!」

 事前に連絡し、転移で室内に入れさせていたのは知っていた。だがアインズが現れた瞬間突進して来るハムスケには、思わず身を翻しかけた。その前にナーベラルが間に入り、ハムスケに向かって手を伸ばした。

 

「待ちなさい。いくらアインズ様のペットとは言え、不敬よ」

 その言葉と共に、ハムスケはギリギリのところで急ブレーキを掛ける。

 今度は床が抜けないか心配になったが、流石は高級宿というべきなのか、作りがしっかりしているため、多少グラツキはあったが床は無事だった。

 

「も、申し訳ないでござるよ。殿と会うのは久しぶりでござるがゆえに」

 しゅんと身を縮こませるハムスケだが、その巨体故、効果はさほど無い。

 全く、と言いたげにナーベラルは息を吐く。正直に言えば、言われても直らないという意味では彼女も大差無い気がするが、わざわざ口に出すこともないか、と気を取り直す。

 

「うむ。久しぶりだなハムスケ。お前にも後で話があるが……先ずはこちらから済ませておこう。モモン」

 

「はっ! ここに」

 こちらに対し恭しく頭を下げるパンドラズ・アクターにアインズは満足げに頷いた。

 相変わらず、演技は完璧だ。モモンとして行動している間は普段の過剰な身振り手振りが出ない分、余計にそう感じる。

 

(いっそコイツには常に演技をし続けてもらった方が……いや、それは流石に酷だな、仮にも俺が作った息子……のようなものだし)

 内心を隠しつつ、アインズは口を開く。

 

「さて。伝言(メッセージ)で粗方の部分は伝えたが、あれから仕事の依頼は受けていないな?」

 パンドラズ・アクターをナザリックに戻すのならば、必然的にモモンの役はアインズがこなすことになる。

 しかし、現在のアインズは守護者たちの仕事の肩代わりもしなくてはならないため、少なくとも法国との戦いに決着を付けるまではモモンとして活動する余裕はとても作れそうにない。

 だからこそ、アインズは事前にパンドラズ・アクターに伝言(メッセージ)を送り、仕事の依頼が来ても断るように言っておいたのだ。

 

「はっ。問題ございません。元よりアダマンタイト級冒険者チームへ頼むほどの仕事は減りつつありましたし、それ以前に現在組合はそれどころではないようです」

 

「どういう意味だ?」

 

「近々王都からエ・ランテルに視察団が来る計画があるようなのですが、その視察場所に冒険者組合も入っているとのことで、対応に追われているそうです」

 今は神人への対応を考えるのを優先して、各国の今後の動きに関しては後回しにしていたため、その情報は初耳だった。

 

(視察団? 法国との戦争も近いというのに暢気なことだな。あるいは敢えてそうすることで戦争が始まることを隠そうとしているのか。どちらにしても我々にとっては好都合だが……)

 言葉に出さず考えながら、この話は後で詳しく調べることにしよう。と心に留めておく。

 他国と異なり、王国にはラナーという情報提供者が居るので情報を得るのは簡単だ。

 本来ならばラナーの担当はデミウルゴスだが、今回ばかりはアインズが行わなくてはならない。何故ならば──

 

「そうか、まあいい。モモン、いや。パンドラズ・アクター。お前は予定通りナザリックに帰還せよ。守護者たちに私の教えた誰でも楽々PK術を伝授し、模擬戦闘を行って練度を高めておけ。それと、守護者の仕事の引き継ぎも指示しておけ。統括は私が行うため、それぞれの資料とこれからの予定だけ纏めさせておくように」

 これだ。守護者にはこれから対神人用の特訓に入って貰わなくてはならない。

 その為にも、他の仕事はアインズが引き受けなければと心に決めていた。

 デミウルゴス並みの知能を持つというラナーの相手をするのは気が重いが、知恵者だからこそ、いつもデミウルゴスにやっているようなやり方で、ラナー自身に状況を説明させて、対策を考えさせるという方法も可能だ。

 

(いや、その前に先ずは組合に出向いて話を聞いてみるか? しばらく依頼を受けないと伝える必要もあるし、アインザックからなら何か話を聞き出せそうだ)

 何も知らないまま話を聞くよりは、多少なりとも理解してからの方が話もスムーズに進む。

 ついでに、モモンとしてしばらく活動しないことを告げていれば、皆の代役を務める間の邪魔が入ることはなくなる。

 

「はっ! 畏まりましたアインズ様。このパンドラズ・アクター。必ずやご期待に添う結果をお見せいたします!」

 そんなことを考えている間に、早速とばかりにモモンの姿からいつもの軍服姿に戻ったパンドラズ・アクターは、アインズに対し先ほどとは比べものにならないほど生き生きとした声とポーズで返事をした。

 アインズが先ほどの件を反省し、モモンではなくパンドラズ・アクターと名前で呼んだことが嬉しかったのだろうか。

 

「……影武者殿のこういうところは、まだ慣れないでござる」

 そんなパンドラズ・アクターを前に、小声で言うハムスケと、その横で一瞬確かに。とでも言わんばかりに頷きかけるが、ギリギリのところで堪えるように動きを止めるナーベラルの姿が映る。

 やはり誰から見てもパンドラズ・アクターの演技はキツいのか、と気づかされる。だが流石に慣れてきたのか精神沈静化は起こらず、だからこそ余計に長く続く恥辱の苦しみを味わうことになってしまった。

 

 

「さて。あちらは奴に任せるとしてだ。お前たちにもこれからやって貰いたいことがある」

 パンドラズ・アクターをナザリックに帰還させた後、アインズは格好をモモンに変えてから、気を取り直し、ナーベラルとハムスケに向かって告げる。

 

「殿のご命令とあらば、某頑張るでござる!」

「何なりとお命じ下さい」

 相変わらずナーベラルの態度は冒険者の仲間に対するものではない。

 本来ならばモモンとナーベは共にアインズの子供同然の存在という設定にしたのだから、兄妹のような態度を取ってほしいのだが、NPCにそれをさせるのは酷というものだろう。

 

「よし。では先ずはハムスケ。確かお前には試作型の鎧を預けていたと思うが、それは今どこにある?」

 ドワーフたちがハムスケの体型に合わせて制作した鎧を雛形に、ナザリックの鍛冶長に制作させた鎧のことだ。

 元々はドワーフに全て任せる予定だったのだが、ドワーフの鍛冶師が扱える金属はアダマンタイトまでで、それ以上の金属となると、加工はおろか溶解する事すら出来なかったためだ。

 現地レベルでと考えればアダマンタイトの鎧でも良かったのだが、今回は決して負けられない戦い。

 元々レベル的にハムスケの方が不利と言うことに加え、現地の者でもガゼフやクレマンティーヌ、蒼の薔薇級の実力者となってくるとアダマンタイト製の鎧くらいなら凹ませたり、鎧の上からダメージを与えることは充分可能だ。

 だからこそ多少卑怯だと思いつつも、この世界で手に入れる事は出来ない四十五レベル金属のインゴットを使用してハムスケ専用に作り上げた。既にそれはハムスケに送られ、装着訓練を積ませていたはずだ。

 

「あの鎧でござるか! ナーベラル殿にお願いして、厳重に管理して貰っているでござる。今でも毎日特訓は欠かしていないでござるがゆえに、今では着たままでいつも通り尻尾を操ることも出来るようになったでござるよ!」

 ヘビの尻尾が嬉しそうにはね回る。

 確かハムスケは鎧を着て移動すること自体は初めから出来たが、バランスを取るのが難しく戦闘時尻尾を正確に目標に当てることが出来なかったと聞いていた。

 それもリザードマン達やデス・ナイトと共に訓練を重ねてある程度改善したと聞いたから、武王との戦闘にハムスケを選んだのだ。だが使用する金属を変えれば鎧の重さも変わるはずなので、またバランスを取るのに苦労するかも知れない。そう考えパーティー後に急いで新しく製作したのだが、そちらの鎧でも尻尾を自在に操れるようだ。ならば、コツを掴めば多少の違いは気にならないのかも知れない。

 これも訓練の成果と言えるだろう。

 

「そうか。ならばそう急ぐこともなかったな。実はハムスケ、今度お前に帝国の闘技場で戦って貰うことになったのでな」

 どうせ戦争後にずれ込むのだ。わざわざ特急で鍛冶長に鎧を作らせることもなかった。

 そんなことを考えているとハムスケが首を傾げる。

 

「闘技場とは、ナザリックにもある、あれでござるか?」

 ハムスケは特訓などでナザリック地下大墳墓に来ることもあり、一通りの施設や設備も記憶している。

 第六階層の闘技場で訓練をさせたこともあったはずだ。

 

「ああ、そうだ。ナザリックの第六階層にある円形闘技場(コロッセウム)。あれと似たようなものだ。さまざまな催しを行い、観客に見せる。ハムスケが出るのは戦士と戦士が一対一で勝負する決闘だ」

 

「戦士と戦士のぶつかり合い。良い響きでござるなぁ。某もあれから特訓を重ね、ザリュース殿から、戦士を名乗っても大丈夫だと太鼓判を押して貰ったでござる。ハムスケウォリアーでござるよ」

 ハムスケが自慢げに口にした異名を聞いたアインズは、話そうとしていたことを一瞬忘れて思考する。

 

(ほう。ハムスケの癖にちょっと格好いいじゃないか。俺もそういう異名を付けたかったな。漆黒のモモンと呼ばれてはいるが、どっちかって言うとチーム名だし。後呼ばれているとしたら、漆黒の英雄か。うーん、それはそれで大ざっぱというかありきたりだしな。もっとこう、ダークウォリアー・モモンとかそんな感じでも良かったかも知れないな)

 転移したばかりの頃、デミウルゴスにそう名乗ったことを思い出す。

 連呼される気恥ずかしさからすぐに止めさせたが、この世界の強者は大抵なにかしらの異名で呼ばれているのを耳にしていると、あの名前もそれなりに良いもののように思えてきた。

 しかし、自分のネーミングセンスの無さは自覚している。これも自分だけがそう感じているだけかも知れないので、口には出さず話を戻した。

 

「ちなみに相手はその闘技場のチャンピオンらしい。レベルだけで言えばハムスケとそう変わらないはずだが、魔法は禁止だからその分お前の方が不利になるだろうな」

 力や速度がレベルに換算して三十三程度とはいえ、近接戦闘に置いては殆ど素人だったモモンと出会ったばかりのハムスケは大して差がなかった。

 闘技場で最強の戦士である武王の強さは、純粋な戦士としては恐らくモモン以上だろう。

 それを考えるとやはりハムスケの方が少々分が悪い。

 だからこそ特注防具が必要なのだが。

 

「なんと! 某の方が不利でござるか!? これはもっと特訓を積んで強くなる必要があるでござる!」

 アインズの言葉に、ハムスケは逆にやる気を漲らせる。

 

「そうね、ハムスケ。モモンさーん率いる冒険者漆黒の名誉と魔導王の宝石箱で作られた鎧の宣伝、二つを背負っているのだから、万が一負けでもしたら……」

 

「ど、どうなるで、どうなるでござるか。ナーベラル殿! 某、皮を剥がれるのは嫌でござるよ」

 アインズのペット枠に収まったハムスケに今更そんなことはしないが、先ほどの件もある。少し意地悪をしてやろうと、口を開かず顔を背ける。

 ハムスケは背後からヒィと悲鳴とも付かない泣き声を上げた。その態度に溜飲を下げ、アインズは気を取り直す。

 

「さて、冗談はこれくらいにしてだ。先ずは冒険者組合に向かう。ナーベラルはここで待機しつつ、何かあれば私に伝言を送れ。状況によってはこちらから返答できないかもしれんから、私の返答を待たず内容を話して良い」

 

「畏まりました」

 

「ハムスケは……折角だから、騎乗テストも行っておくか。確か鞍が付いた鎧も作っていたな。ナーベラル。あれもお前が管理しているのか?」

 単純な鎧ではなく、騎兵をイメージしてモモンが乗りながら戦うことを想定した鎧だ。モモンと同じ漆黒の鎧にしてみたのだが、そちらは戦闘用の鎧とは異なり、予想以上の重量になってしまった。そのため、そのまま戦うことは流石に無理ということになり、尚かつアインズがモモンとしての活動を休みがちになったことでお蔵入りになっていたものだ。

 特訓を重ねた今のハムスケならば普通に騎乗して歩くくらいはできるだろう。

 

「はっ。さっそく装着いたします」

 

「うむ。頼んだ」

 

「うーん。あの鎧はちょっと重いのでござるが……嘘、嘘でござる! このハムスケ、騎乗魔獣として、殿に乗っていただくことこそ本懐でごさる!」

 ハムスケの僅かな不満も、ナーベラルの殺意の眼光に封殺される。

 アダマンタイト冒険者になって直ぐ、いくつもの依頼を受けていた時によく見たこの光景も、今では懐かしさすら覚える。

 冒険者モモンとして活動した当初の目的は、ナザリックの為というよりは、アインズ自身の息抜きに近いものだったはずだ。

 それがいつの間にか、最高位冒険者として相応しい振る舞いを求められ、魔導王の宝石箱の店主、アインズの息子同然の存在としてしまったことで、結局は仕事の一つになってしまった。

 

(全部終わったら今度こそ、未知を求める冒険者にでもなりたいものだ)

 かつてのギルドメンバーたちとしていたように、未開拓の土地に出向き、知恵と力を合わせて冒険をする。

 対モンスター用の傭兵ではない、本物の冒険者。

 

(そう言えば、フォーサイトを勧誘した時はそんな名目で勧誘したんだったな。そっちも本格的に考えてみるか)

 武具の宣伝としては十分な成果を上げてくれたフォーサイトも、まだアルシェの妹たちのことがあるため、未開拓の土地を調査するといった仕事は任せていない。

 法国の件さえ片付けば周辺諸国での大きな問題は無くなるが、店舗拡大を目指すにはまだ訪れていない竜王国や都市国家連合、そして評議国などといったまた別の土地と交易を行う必要がある。

 となれば今度こそ、そうした冒険の仕事が意味を持ってくるはずだ。

 アイテムボックスの中から探し出した、漆黒の鎧をハムスケに装着させるナーベラルと、未だブルブルと震えながら、されるがまま鎧を身につけているハムスケを見ながら、アインズはぼんやりとそんなことを考えていた。

 

 

「それで。組合長、本日はどんなご用件ですか?」

 予定通り組合に出向き、しばらくの間新しい依頼を受けないよう伝えに来たアインズだったが、受付に到着するなり、半ば無理矢理この組合長室まで連れてこられた。

 視察団の件を探るため後で来るつもりだったとは言え、この強引さには何か理由がある。アインズは内心で緊張しながら、以前のように隣に座るのではなく、向かい側に腰掛けている組合長アインザックに顔を向ける。

 

「……このような強引なやり方をしたことは謝罪しよう。しかし、私もエ・ランテルの冒険者組合の長として、君に聞いておかなくてはならないことがあるのだ」

 いつもの軽い調子ではない視線からは、強い意志と共に僅かな敵意すら感じさせる。

 

「伺いましょう」

 パンドラズ・アクターが何かしたのか。と思いながら、アインズは話を聞く態勢を取る。

 

「私は腹芸は好まないので、単刀直入に聞こう」

 彼がやり手であり、息を吐くような自然さで嘘をつける男だと知っているアインズとしては、言いたいこともあったが、わざわざ波風を立たせることもないと無言で頷く。

 

「魔導王の宝石箱、いやアインズ・ウール・ゴウン殿は我々冒険者をどうするつもりなのだ?」

 てっきり例の視察団がらみの話だと思っていただけに、アインザックの言葉を聞いたアインズは内心の動揺を隠しながら問う。

 

「……どう、とは?」

 アインザックとラケシルが例の開店記念パーティーに招待されていたことは知っている。

 パーティー中にアインズと会話はしなかったはずだが、あれで組合にも魔導王の宝石箱の力を見せつけることで、魔導王の宝石箱と敵対することは無意味だと思わせる狙いがあった。

 そうして大人しく組合ごと魔導王の宝石箱と手を結ぶか、最低でも冒険者を引き抜いても文句を言われない下地を作る予定だったのだ。こうしてハッキリ聞かれると答えに困る。

 

「君から招待を受けて出向いた、あの開店パーティー。あれを見て確信したよ。このまま魔導王の宝石箱が王国中に、いや周辺諸国全域に商売の手が広がれば、既存の冒険者の存在理由はなくなる」

 

「……ふむ」

 

「荷物の運搬や護衛はゴーレムに取って代わられ、モンスターの間引きや討伐はあのアンデッド、デス・ナイトが行うことになるだろう。そうなれば冒険者の中で生き残る者は本当にごく僅か、モモン君を初めとしたアダマンタイト級冒険者、後は精々オリハルコン級冒険者くらいだろう。それでは組合を維持して行くことはできない。だからこそ君に聞きたい。ゴウン殿の目的は? 我々の仕事を奪い、どうするつもりなのだ」

 あまりにも直球な問いかけに、アインズは言葉に詰まった。

 ここ最近、人間と関わるのは商売人としてが殆どであり、こうした直球な問いかけをしてきたのはガゼフくらいなものだ。しかしあれも質問ではなく、単純に自分の用件を伝えてきただけだった。

 

(そう言われてもな。冒険者の使い道は決まっているが、組合自体をどうするかって言うのは考えてなかったからな)

 アインズが考えていた冒険者の使い方は、帝都支店のフォーサイトのように、あくまで個人やチーム単位で契約を結ぶやり方だ。

 武器やアイテムを提供する代わりに仕事の報酬の一部を納めて貰ったり、未知の地方に調査に出向かせ、細かな情報を入手して貰う。その際の依頼もアゼルリシア山脈調査の時のように、組合を介するつもりでいた。

 つまり組合そのものをどうこうする気はなかったのだが、アインザックの言葉によると、このままでは組合存続の危機にあるのだという。

 

「……アインズ様は何も冒険者の仕事を奪おうとしているわけではありません」

 

「しかし現実に、冒険者組合に来る依頼の数は減っている。いや、これは冒険者組合だけではない、魔導師組合からも人が離れている。都市内に直接支店を持たないエ・ランテルでもこうなのだ。王都などはより厳しい状況に置かれていると聞いている」

 

(盛者必衰は世の常。俺から言わせれば冒険者など、代わりが見つかれば消えてしまう夢のない職業。その代わりが見つかっただけだと思うが、まあ生活の糧として働いている当人たちからすれば、たまったものではないのは理解できる)

 冒険者に限らず、アインズたち、魔導王の宝石箱が台頭したことにより、多くの職業に影響が出ていることは聞いている。だからといってその者たち全員をアインズが助けられるわけではない。

 しかし、中には帝国のフールーダのように自分から魔導王の宝石箱と手を組む、もしくは傘下に入ろうとする者も出始めているそうだ。

 最近ではドワーフの鍛冶師長などもそうだ。ドワーフでは溶解すらできなかった金属を使用して造られたハムスケの鎧を見たドワーフが、何とかその製法を学び取らんとしてナザリックの鍛冶長に弟子入りを申し出ているそうだ。

 勿論ナザリックの知識を現地の者に広めるつもりはなかったため、弟子入り自体は受け入れては居ない。だが、それなりの金属を渡し、それを溶解する方法を研究させ、それが出来た暁には弟子入りを認めると言ってある。

 つまりはンフィーレアと似た扱いだ。

 他にはこの間のパーティーであったオスクもそうだ。本来闘技場での戦いに参戦するのは決まっていたが、オーダーメイド武具は、元から決まっていたものではなく、その場で決めたものだ。

 良い商売になると思ったのもそうだが、オスクの語る最強の戦士を作り上げたいという夢。

 現地の者たちのレベルや、武具の脆弱さを知っているアインズにとってそれ自体は無謀な夢だと言わざるを得なかったが、それを叶えるためにどんなことでもすると言ったあの目に嘘はなかった。

 要は目標のためにどんなことでもすると言う考え方が気に入ったのだ。

 ンフィーレアやフールーダ、ゴンドたちもそうだが、そうした者は信用できる。

 

(彼らはみんな成果を自分の利益にしようとするのではなく、あくまで夢を叶えたいという欲望を満たすために行動しているからな。ああ言う者たちは取り込みやすくて良いんだが……ん? 取り込む?)

 つい先ほども似たようなことを考えた気がする。

 魔導王の宝石箱の本業であるゴーレムやアンデッドの普及を止めるわけにも行かない以上、既存の冒険者には先がない。そして先ほどアインズが漠然と考えていた未知を求める本物の冒険者。

 それらを合わせれば、組合そのものを魔導王の宝石箱の傘下に収められるのではないだろうか。今まで取り込んできたものに比べると規模はかなり大きいが、人手不足は前から解決しなくてはならないと考えていたことでもある。

 試す価値はあるのではないだろうか。

 

「組合長。お話はよく分かりました。ですが、アインズ様にその気がなくても魔導王の宝石箱の成長はもはや止まることはない。結果として冒険者の仕事はこれからも減り続けていくでしょう。そして、私にはそれを止める力はない」

 

「モモン君から言ってもゴウン殿は止まらないと言うことか?」

 

「正確には止まる理由がない。というべきでしょうね。アインズ様は商売人ですから。ですがだからこそ、利益が出るのならば敵対関係にはならないということでもあります」

 

「どういう意味だね?」

 顎先に手を延ばしながらアインザックはこちらを探るように見つめる。

 食いついた。と心の中で喜びながらもそれを隠し、アインズは先ほど考えついた内容を話し始めた。

 即ちモンスター退治専門の傭兵から未知を求める本物の冒険者になる。その為のバックアップを魔導王の宝石箱が行うという話だ。

 一商会が、国にも完全には飲み込まれない強大な力である冒険者組合を取り込むという話は、本来ならば一笑に付されて終わりだろう。が、アインザックはパーティーで魔導王の宝石箱の力を見ている。彼は渋い顔をしつつも、その場で返答はせず、様々な者に相談するので少し考えさせて欲しい、とだけ告げた。

 即答こそ得られなかったが、リアルで培った営業としての経験上、こうした時は大抵良い返事が貰えるものだ。

 更に仕事が一つ増えてしまった感はあるが、どうせ冒険者は戦争には参加しない。

 この話を詰めるのも戦争後になるだろう。

 小躍りしたくなる気持ちを抑え、アインズは組合長の部屋を後にした。

 その後、元々の目的である王国の視察団についての話を聞き忘れたと思い出すのはそれからしばらく経ってからだった。

 

 

 ・

 

 

「というわけでお二方。アインズ様の命によりこの私パンドラズ・アクターが、至高の御方で在らせられるぷにっと萌え様が考案なされた戦術を、余すことなくお伝えしたく存じます」

 仰々しく、それでありながら優雅さを感じさせる礼と共に、パンドラズ・アクターがアルベドとデミウルゴスに頭を下げる。

 アルベドは彼の行動に、よく見ないと分からないほど僅かに、何か言いたげな微妙な表情を浮かべているが、デミウルゴスにとってはそんなことはどうでも良い。

 彼が優秀な存在である。ただそれだけで十分好意に値する。

 

「一つよろしいですか?」

 

「なんなりと」

 こちらに視線──空洞のような瞳からは、どこを見ているのか正確に掴むのは難しいが──を向けるパンドラズ・アクターにデミウルゴスは、ではと前置きをして話し始める。

 

「神人討伐の成功率を上げるため、我々がぷにっと萌え様が考案された戦術を学ばせていただくのは大変名誉なことです。が、現在我々がアインズ様より命じられている仕事に関しては、どのようにすればよろしいのですか?」

 主が自分たちの身を案じ、誰も死なせずに神人討伐を成し遂げさせたいのだと言うことはよく分かる。

 主のために生き、そして死ぬことこそ本懐である自分たちをそこまで大切に思って貰えるのはこの上ない喜びだ。

 だが今は時期が悪い。

 この美しき、主の身を飾るための宝石箱である世界を主に献上する為に、今が最も重要な時期だ。

 ナザリック地下大墳墓を中心とした周辺諸国を主に影響下に置くと言うことは、この世界を手に入れるための足がかりを造ることと同義。

 法国以外で、周辺諸国に幾つか残った問題を解決しなくてはならない。その重要度を考えると自分の配下に任せるのは少々心許ない。

 

「それでしたらご安心を。そちらに関してもアインズ様より指示をいただいております」

 当然主が自分が気付く程度のことに気付かないはずがない。だがそれを聞いてデミウルゴスの中に嫌な予感が巡る。

 

「基本的には皆様の直属の配下に引き継ぎをお願いします。ですが、現在の作戦はその大部分が魔導王の宝石箱に関わる案件。これらに関しては全てを把握し統括する必要がございます。その為にアインズ様御自らが先頭に立ち、采配を振るわれるそうです。ですので皆様は何の心配もなく訓練に励むようにとのことです」

 やはり。

 デミウルゴスは思わず頭を抱えたくなった。

 ありとあらゆることを完璧にこなす主ならば、当然自分が想定している問題など容易に片付けてしまうだろう。

 だがそれでは本末転倒だ。守護者とは主の為に働き、役に立つことこそが存在理由。自分たちの為に主に負担を強いるなど言語道断である。

 

「分かりました。では、早速引き継ぎの用意を、重要な情報に関しては書面に纏め配下の者たちで共有、アインズ様にも提出します。それで問題ないわね、パンドラズ・アクター」

 

「結構です」

 

「アルベド、それでは……」

 

「デミウルゴス。貴方が何を言いたいのかは分かるけれど、議論は時間の無駄よ、私に従いなさい。これは全て私たちの未熟さが招いたことよ。私たちが初めからぷにっと萌え様の戦術を学んでいれば、私たちがアインズ様に心配をお掛けしないほど強ければ、こんなことにはならなかった。だからこそ、私たちが今すべきことは一刻も早く戦術を極め、誰一人欠けることなく神人を打ち倒すこと。違う?」

 一気に言い放たれた言葉には反論の余地もない。

 全てが正論だ。彼女は主のことになると理性より感情を優先させすぎるきらいがあるが、自分とパンドラズ・アクターに並び、ナザリック内では最上位の知性を持った者だ。

 その彼女相手に反論するには、こちらの手札が足りなさすぎる。

 

「分かりました。これだけは自分で片付けたかったところですが、アインズ様でしたら何の問題もないでしょう」

 空間を割き、中に入れていた書類を取り出す。

 パンドラズ・アクターに呼び出される前に、主に提出するために用意したものであり、自分の配下には任せられないと思った理由の一つだ。

 

「それは?」

 

「王国の黄金からですよ。一ヶ月前に王宮に六大貴族が集まり、全員の参戦が決まった件は報告させて頂いたと思いますが」

 

「ええ。当然アインズ様にも報告書が上がっているわ」

 

「その時に貴族派閥から出た提案から推察される、行動予測とそれに対処する作戦を記したものです」

 

「随分と必死ね。例の件での失態を取り戻そうとしているのかしら」

 書類を受け取り、眺めながらアルベドは嘲笑する。

 その笑みに隠された未だに燻る僅かな怒りは、ラナーが舞踏会の場で畏れ多くも主を試そうとしたことに起因しているのだろう。

 

「確かにそれもあるでしょうが、彼女との契約は貴族派閥を排除した時点で終了ですからね。余計にやる気になっているのでしょうね」

 

「あら。そうなの? その後はどうするつもり?」

 

「適当な領地で犬と一緒に生涯を全うするそうです。勿体ない話ですがね。彼女の望みに対する働きとしてはここいらが限界でしょう」

 肩を竦める。

 本来人間如きとの約束など破棄して、死ぬまでこき使っても良い。しかし他ならぬ主は、例え相手が矮小な存在である人間であっても一度交わした契約は守る。

 その上、働きへの対価は正当なものでなくてはならないと考えているのだ。

 だからこそ、その人間が望むものに応じて、どの程度の働きをさせるかが決まることになる。

 例えば帝国のフールーダは、魔法の深淵を覗きたいと願っている。つまりは主の弟子となり、魔法を習いたいと考えているのだ。

 そんな大それた願いに対する働きとしてはまだまだ不十分なため、これからも主のために働き続けて貰う。

 それに対してラナーが望んだものは、自分と犬の身の安全と、王国内に食べるのに困らない程度の小さな領地を得る。ただそれだけだ。

 その僅かな願いに対する働きとしては、今回の作戦を成功させるだけで十分ということだ。

 

「なるほど。敢えて小さな望みとすることで、ベストではなくベターな選択をするつもりということですか。言わば勝ち逃げ」

 言葉にされると少々癪だがその通りだ。

 相手が身の丈に合わないことを望んでいないのに更に多くの褒美を渡し、更に働かせるというのは主が許しはしないだろう。

 ラナーはそうした主の性格も理解した上で、小さな褒美だけを得て、家族も祖国も捨て二人だけの世界に閉じこもろうとしている。

 

「勝ち逃げね。まあアインズ様がそうお決めになったのなら、仕方ないけれど……」

 

「私もよろしいですか?」

 アルベドが書類から視線を外したのを確認後、パンドラズ・アクターが手を伸ばす。

 無言で渡されたそれにざっと目を通したパンドラズ・アクターはピクリと身を震わせた。

 

「どうしました?」

 

「いえ。アインズ様が何故エ・ランテルに残られたのか、ようやくその意味が理解できたもので」

 そう言えば確かに。主が今後直接指揮を取るというのなら、エ・ランテルに残る理由はない。

 ナザリックに帰還するか、本店に向かうのが筋だ。

 だというのに、主はその場に残った。考えられる理由は──

 

「ああ。なるほどそういうことですか」

 

「……ええ、流石はアインズ様ね。貴族派閥と一緒にそちらの問題も片付けるおつもりなのね」

 デミウルゴスから一拍遅れてアルベドも主の意図を理解する。

 やはりこのメンバーは話が早くて助かる。ここに他の守護者が居れば、どういうことなんでありんすか。とでも聞いてくることだろう。

 別にそのことを面倒だと思っている訳ではないが、話がスムーズに進むと言うことは、その分時間のロスが無く、素早く行動に移すことが出来ると言うことだ。

 

「では、お二方。我々は我々の仕事を完遂致しましょう」

 案の定余計なやりとりを交えることなく、両手を広げ声を張り上げて歩き出すパンドラズ・アクターにアルベドとデミウルゴスも続いて歩き出す。

 またもや主に負担を掛けてしまうことになるが、だからこそ、それに報いるため誰一人欠けることなく、完璧に神人討伐を果たし、主に勝利を報告しなくてはならない。

 そう心に強く刻み、三人は他の守護者たちにも話を伝えるべく行動を開始した。




後半の辺りは書籍版の10巻と大体同じだったので飛ばそうと思ったのですが、次回以降との繋がりで必要だったので書くことにしました
とはいえ、ここ最近なかなか話が進まなくなっているような気がするので、本当に必要な部分以外飛ばすべきか、少し考えてみます
次は今まで通り、一週間後になると思います

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