オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前回の続きと王国側の話
タイトル通り準備回なので話はあまり進みません
ちなみに何度か最終章は法国編と言いましたが、正確には法国は今までの成果を出すボーナスステージのようなもので、本質的には経済戦争ルート全体の後始末編に近いイメージです


第92話 戦いの準備

「まさかアルベドたちがこんな提案をしてくるなんてなぁ」

 アインズ当番のメイドを下がらせ一人になったアインズは、いつものように香水が香るベッドの上で深呼吸の真似事をする。

 少し前までアインズは守護者たちから呼び出されていた。

 先日デミウルゴスとの作戦会議で却下した、神人討伐を守護者主導で行うという案を再度進言してきたのだ。

 彼らがアインズが一度ハッキリと却下した内容を、もう一度提案してきたのは初めてだった。

 

「盲目的に命令に従うだけではなく、優先すべき真意を見極め、その為に最も適切な行動を自分で考えて提案する……か。確かに俺が言ったんだよなぁ」

 いつか蜥蜴人(リザードマン)の集落から敗走したコキュートスに対し、アインズが口にした言葉だ。アルベドはその言葉を用いて、アインズに対しプレゼンを行った。

 アルベドはアインズが考えていた、転移阻害の範囲外から大量の傭兵モンスターや召喚モンスターを送り込み波状攻撃することで、安全に神人を排除する方法の問題点を指摘して来た。どうやらアインズが提案する前に、シャルティアが同じことを考えていたらしい。その上で、自分たちが出るのが最も効率的でナザリックにとっても利益が大きい、と言ってきたのだ。

 その時点でアインズの負けは決まったようなものだった。

 アインズが守護者たちを神人討伐に出したくなかったのは、利益よりも感情によるところが大きい。

 確かに利益だけを考えるならば、守護者に任せた方が良い。

 傭兵として召喚できるモンスターの強さは精々八十レベル程度。六大神がレベル百のプレイヤーだったと仮定し、神人も最大値をレベル百とする場合、八十レベルのモンスターが何体居れば倒せるかなど分かったものではない。

 ユグドラシルではレベルが十も違えば、大したダメージもなく勝利できる。

 だからこそ完全に倒すためには一体ずつではなく、複数体を纏めて幾度も波状的に送り出さなくてはならない。

 それに掛かる費用は莫大だ。アインズの手持ちだけでは到底足りない。仲間たちが貯めた資産にも手を出さなくてはならないだろう。

 対して守護者たちは、ガルガンチュアやルベド、そしてあれらといった一部の制御が難しい者たちを除けばナザリックの最強戦力であり、以前ザイトルクワエを相手にした時にチームとしての連携も可能だと証明している。装備も調えさせた上で纏めて派遣すれば、恐らく一方的に勝利できるはずだ。

 それはアインズにだって分かる。

 だが、問題なのは彼らがアインズにとって、守るべき大切な存在だということだ。

 使い捨てにして問題ない傭兵モンスターなどとは違う。

 例え復活できるとしてもNPCたちを殺されでもしたら、どんな行動を取るか自分でも分からない。そう考えたからこそ、アインズはデミウルゴスの提案をロクに聞くことなく、即座に却下したのだ。

 しかし、今度はアルベドが筆頭となり守護者たちが一丸となって、ナザリックの利益を最優先した作戦を提案されてしまった。

 これもまたアインズがNPCに望んでいた成長の証と言えるだろう。

 

「はぁ。認めるしか無いのか……せめて護衛として連れて行く傭兵モンスターを俺が召喚するか」

 口に出しながら、自分が守護者たちにしてやれることを一つ一つ考える。

 シャルティアの件の苦い教訓から守護者たちがアインズと行動を共にしない時に外に出る場合は必ず、レベル七十五超のシモベを五体以上連れて行くことになっている。

 今回もまたそれは守って貰う。

 通常は彼らの直属の配下などを連れていくが、中にはそうした高レベルの配下を持たない者もいる。その分くらいはアインズが召喚して補うことにしよう。

 

「後は……世界級(ワールド)アイテムも持たせたままにしておくべきだな。守護者たちは置いていくつもりだったようだが、また洗脳されたり他にも世界級(ワールド)アイテムがあったら危険だ。それに世界級(ワールド)アイテムが奪われないことが第一と言っておけば、いざという時は撤退を優先するだろうしな」

 ナザリックに十一個しか存在しない超貴重アイテムは、ギルドの栄光の象徴にして、かつての仲間たちとの冒険の証でもある。

 普段彼らが外に出る時はそれを持たせているが、今回に限っては、神人相手に奪われる可能性も考え、置いていくつもりだったようだ。

 例のシャルティアを洗脳した世界級(ワールド)アイテムに制限があることに加え、以前アインズがシャルティアとの戦いに出向く際、いざという時に撤退を優先させるため、アウラとマーレに世界級(ワールド)アイテムはお前達の命より大切だ。と説いたことに起因しているのだろう。

 だがその世界級(ワールド)アイテムが繰り返し使える物ならば二十である可能性は低く、こちらの世界級(ワールド)アイテムで防御が可能だ。

 

 シャルティアの時はNPCと世界級(ワールド)アイテム、どちらが大切か答えが出なかった。だが、あれから共に時を重ねたことで、独立した存在として大事に思うようになっている。NPCはもはや、単なる仲間たちの子供同然の存在というだけではないのだ。

 だからこそアインズは、ギルドメンバーとの冒険の証でもある世界級(ワールド)アイテムを彼らに預ける決意を固めた。

 

「後は訓練だな。それぞれ時間の空いた時に戦闘訓練はしているはずだけど、相手が人間なら、ぷにっと萌えさんの誰でも楽々PK術を伝授して……その為にももう一度、クアイエッセが送ってきた神人や法国の情報を読み直すか」

 戦闘における状況対応能力。これだけは唯一、守護者より自分の方が勝っている自信がある。これがあるからこそ、アインズは実力としては格上であるシャルティアにも勝利できた。

 それを守護者たちに伝授すれば、勝率を更に上げることができるだろう。

 本当ならばその場にアインズも付いていき、指示を出すなりしたいのが本音ではある。だが万が一彼らが敗北した場合、蘇生させる事ができるのは自分だけだ。その為アインズは共に戦いに出向くことはできない。

 だからこそ、その前にできうる限り鍛えておく。

 戦闘は始まる前に終わっている。確実に勝てる準備をすること。それこそがギルド、アインズ・ウール・ゴウンの戦い方なのだから。

 

 

「ひとまずはこれで問題ない。後は……皆がやっている仕事か」

 傭兵モンスターの召喚や、持たせるアイテムや巻物(スクロール)などの選定を終了させたアインズは、自室の椅子に体を預けながら考える。

 神人の排除を守護者が行う以上、彼らには戦闘訓練や情報収集に力を入れて貰わなくてはならない。

 しかしそうなると、今まで彼らに任せていた仕事を行う者が居なくなってしまう。

 ざっと考えても、ナザリックの管理運営、トブの大森林やアベリオン丘陵に住む亜人の統治やモンスターの管理、各店舗の運営と物品の運搬と多種多様だ。そうした仕事を誰に引き継ぐかを考える必要がある。

 ある程度は守護者直属の配下に任せて問題ないだろう。だが現在、これらの仕事は全て魔導王の宝石箱の運営にも関わっており、それらを纏めて管理する統括の役割が必要となる。

 いつもであれば、そうしたアインズの能力を超えかねない仕事に関しては尻込みしてしまうところだ。だがしかし、皆の成長、そして結果として安全に繋がるのであれば、アインズも手を貸さないわけには行かない。

 

(分からないことは守護者たちに確認する必要があるが、基本的には俺が調整役として動くか。戦闘訓練は撮影させて後で確認すればいいし、訓練中の指揮は……あいつがいたか)

 ぷにっと萌えの戦術については、必要に応じて皆にも伝えてあるが、全てとなるとそうもいかない。膨大すぎる上にアインズ自身も忙しい。だが、ナザリック内で二人だけ、全てを伝えた者がいる。

 ナーベラルとパンドラズ・アクターだ。

 冒険者チーム漆黒として活動する彼らは、戦闘機会が多い。それに加え、共にいる時間も長いため、暇つぶしと言っては言葉が悪いが、そうした知識を叩き込んでおいた。

 ゆえに、知識を教え込むと言うだけならば、アインズが直接指導する必要はなく、パンドラズ・アクターに任せればいい。

 本当は逆にしたいところだが、パンドラズ・アクターはモモンとしての知識は豊富でも店の運営に関しては殆ど教えていない。

 如何に奴が優秀でも、教えていないことをやらせるのは酷というものだろう。

 

(よし。これでいくか。となれば先ずはエ・ランテルだな。ハムスケもいるだろうからちょうど良い)

 パーティーで闘技場興行主のオスクと約束した、ハムスケと武王を戦わせる契約に関しては少し先延ばしになるだろう。

 武王は帝国の戦力としては組み込まれては居ないそうだが、法国と戦争が始まる中、闘技場がいつも通り営業しているとは思えない。

 その試合はできるだけ多くの者に見て貰い、ハムスケ、延いては魔導王の宝石箱で作られた武具の強さを宣伝しなくてはならないのだ。

 だがその為にはハムスケの勝利が絶対条件。

 アインズは武王の強さをよく知らないが、仮にこの世界で言うところの英雄クラスのレベルがあるとすると、ハムスケの方が不利となる。ハムスケは魔法の職業レベルを取っており、オスクが興行する闘技場での戦いは魔法禁止のルールがあるためだ。レベルが同程度なら、使用不能の魔法の分だけ損をする事になる。

 その分は装備で補うつもりだが、それとは別にハムスケ自身にそうした装備を使いこなすための訓練を積ませておく必要がある。

 

(そっちはまた蜥蜴人(リザードマン)に任せるか)

 ハムスケは武技の習得までは蜥蜴人(リザードマン)たちに指導させたが、その後彼らは住処に戻っていたはず。特に仕事らしい仕事は無かったはずなので、呼び出しても問題はないだろう。

 法国との戦争が始まるまで時間の余裕も少ない。早速行動を開始しようと、アインズはエ・ランテルに向かう準備を始めた。

 

 

 ・

 

 

 その日、リ・エスティーゼ王国、ヴァランシア宮殿における宮廷会議は熱気を帯びていた。

 普段であれば何のかんのと理由を付けて集まらない、六大貴族全員が集合しているためだ。

 議題は先の魔導王の宝石箱で行われた法国に対する宣戦布告。その話をするために、ランポッサとレエブン侯が骨を折って全員を集めたのだった。

 

「それにしても。帝国と休戦し、よりにもよって人類の守護者として亜人やモンスターを狩り続けている法国と戦うための同盟を組むなど」

 話を聞き終えた後、ウロヴァーナ辺境伯が苦々しげに言う。

 帝国と王国の国境近くで睨みを利かせている彼からすれば、長年の仇敵である帝国と休戦し手を組むというのは、頭ではそれが最適解なのは分かっていても、心情的に受け入れがたいのかも知れない。

 

「ウロヴァーナ辺境伯、先ほども言ったように法国は魔神であるヤルダバオトと手を組み、六大神を復活させるために、帝国と聖王国の民を犠牲にしようとしたのです。ここで叩いておかなくては今度は王国で同じことをしないとも限りません」

 レエブン侯の言葉に、ウロヴァーナ辺境伯が燻る不満を完全には消せないものの一応の納得を示したところで、今度は別のところから手が上がる。

 

「発言をお許し下さい。陛下とレエブン侯を疑うわけではありませんが、それが本当である保証はないのでは? 例えば、帝国はその悪魔のせいで国力が下がりました。ゆえに、今我々に攻め込まれると勝てないと考えてもおかしくはありません。時間を稼いで国力を回復させ、尚かつ同盟を組んで我々を戦わせ戦力を削ぐ。そのためにでっち上げた偽の証拠という可能性があるのではないでしょうか?」

 六大貴族の中で最も若いペスペア侯が発言する。

 彼を次の王にと推している貴族たちから、多くの賛同が集まった。

 この中ではまともな部類に入る彼の言っていることには、確かに一理ある。

 証拠はあくまでアインズが見せたあの映像だけ。アインズならばあの程度の映像を作り上げることは簡単だろう。

 問題は帝国がそんなことをする意味がないということだ。

 ペスペア侯は帝国が国力低下のため、今戦っても王国に勝てない。と言ったがそれは大きな間違いである。

 ヤルダバオトによって被害を受けたのは帝都だけであり、八つ存在する帝国の軍隊は全て健在だ。である以上は、戦争には何の支障もない。

 そもそも多少傷ついて居たとしても、帝国と王国が正面からぶつかれば、帝国の勝利は揺るがないはずだ。

 むしろこの休戦は、帝国ではなく王国の方が利益があると言っても良い。

 あのジルクニフがそのことに気付いていない筈がない。そしてその彼が休戦を決断したからには、あの映像が本物だと理解するしかない。

 

(あるいは、ゴウンが手を回した可能性もあるか)

 今回の件で最も得をするのは、三国全てと取引をし、アンデッド普及の妨げとなる法国の排除までできるアインズだ。

 今までレエブン侯は、アインズのことを強さこそ飛び抜けているが、知能では人並みか、人より劣る存在だと考えていた。だがジルクニフを操り、三国同盟を結成させたのだとすれば、今までの愚者の姿は全て演技と言うことになる。それでもまだ確証は得られていない。

 

「ペスペア侯。確かにあれが本物である確証はないが、どちらにせよ帝国と聖王国はやる気なのだ。王国も早々に立場を決めなくてはならないだろう。参加しなくては、それこそ戦争後こちらに戦いを挑んで来かねない」

 レエブン侯の言葉を聞いて、ペスペア侯も直ぐに意味を理解したようだ。

 代変わりをしたばかりの若き美青年は、ホンの一瞬だけ眉を寄せる。

 こうしたところはまだ若い。

 そう。あの映像が偽物であっても関係がない。戦争の理由などいくらでもでっち上げられる。片方がやる気なら戦争は起こせるのだ。

 今回の場合、帝国だけではなく、聖王国もまたそれに同意して戦争に参加することを決めた。

 つまりどうせ戦争は起こるのだから、王国もまた立場を明確にしておく必要がある。そして大儀のない法国に付くのは、戦後のことを考えると危険だと言っているのだ。

 そうでなくても魔導王の宝石箱が同盟側に付いたからには、王国としてもレエブン侯個人としてもそちらに付くのが正解なのは間違いない。

 

「しかし。何も同盟に参加せずとも、あくまで支援という形を取っても良かったのではないですか? そうすればこちらは兵を損なうことなく、帝国と聖王国にだけ損害を与えられます」

 続いて口を開いたのは貴族派閥に属するリットン伯である。

 その発言に、レエブン侯は内心で苛立ちを募らせるが、口にも態度にも出さない。

 本来は自分もランポッサもそのつもりだった。しかしそうできなくなった理由は貴族派閥だ。

 より正確に言うなら、ボウロロープ侯とバルブロの二人。この二人が秘密裏に八本指を通じて法国と手を結ぼうとしているという情報がラナーから入ったのだ。だからこそ、王国は善意の協力者という立場を捨て、共に戦う同盟者の道を選ばなくてはならなくなったのだ。

 

(私には知らされていないが、リットン伯は知っているのか? それともあの二人の独断なのか?)

 自分も一応は貴族派閥に属していることになっているが、そもそもどっちつかずの蝙蝠と揶揄されている存在だ。

 王派閥に情報を流すことを考え、外されたとしても不思議は無い。

 もっともそれはリットン伯も同じだ。彼は六大貴族の中で一段劣り、自分の価値を高めることに躍起になっているため、信用できる存在ではない。

 

「もう良いではないか。レエブン侯の言うとおり、戦争は始まるのだ。今更戦争に参加しないとは言えまい。今はその戦争をどう進めるか、ですな陛下。無論私も参加しましょう」

 さてどんな言い訳をしようかと一瞬考えた隙に、思いも寄らない人物から援護が入る。

 その法国と通じているはずのボウロロープ侯だ。

 

(追及を恐れたのならば、法国と通じているのは、やはりあの二人の独断ということになる。だが、こうもあっさりと参戦を決めるとは、何か狙いがあると見て間違いないな)

 三国が同盟を組んだ現状は、魔法やアインズの力を良く知らない彼らからしても圧倒的に有利の筈だ。

 ボウロロープ侯はそれでも法国と手を結ぶつもりなのか。それとももはやそのつもりはなく、法国を叩き潰すことで、自分たちが法国と繋がろうとした証拠ごと消し去ろうとしているのか。

 それがこの積極的な発言に繋がったと見るべきか。

 

「うむ。ボウロロープ侯の言うとおりだ。皆、これよりはより具体的な話に入ろう、話を進めてくれ」

 ランポッサもまた同じ結論に辿り着いたのか、早々にボウロロープ侯に同意し、話を進めるように促した。

 全員が完全に納得したとは言えないが、両派閥の長が共に同意したことで、それ以上反対意見は出なかった。

 

 とは言え詳しい戦争の内容はまだ決められない。

 例年行われている帝国との小競り合いならば、戦う場所も時期もほぼ決まっている。だが今回は、まだ正式に布告官を送ったわけでもない。

 今回の話し合いは、あくまで王国が一丸となり協力するという方向性を決めるためのものだった。だが、その意味はもはや無い。打算ありきだったとしても、貴族派閥の盟主であるボウロロープ侯が参戦を表明したことで、他の六大貴族も同意したためだ。

 後は、各領地からどれほどの兵を集められるか、そして帝国や聖王国と如何にして協調体制を取るかという話し合いに移行する。

 長い時間を掛け、それらがようやく決められた後、先の発言以後大人しくしていたボウロロープ侯が再度声を張り上げた。

 

「陛下! 此度の戦い、何より重要となるのは法国側に情報を流さないこと。その為に法国の動きを監視し、動きがあれば直ぐにでも対応できる体制を整えておく必要があるかと」

 

「うむ。その通りではあるが……何か案があるのか?」

 ボウロロープ侯には似合わない台詞だ。ランポッサも困惑している。彼は一応指揮官としての経験も豊富だが、策を使った搦め手よりも、直接的な敵とのぶつかり合いの方が得意なのだ。

 

「はっ。我が精鋭たる精鋭兵団を、エ・ランテルに派遣することをお許し頂きたい。あそこは三国の要所にして法国との国境にも近い場所。早急に押さえねばなりません。他の者たちでは兵を集めるのに時間も掛かるでしょうが、私であれば陛下のお許しさえ貰えれば直ぐにでも派遣できます」

 

「いやしかし、軍を集めればそれこそ警戒されるだろう。エ・ランテルはそちが言うように三国の要所。法国の手の者も入り込みやすい」

 ランポッサが戸惑いを持ったまま言う。

 当たり前だ。三国同盟が秘密裏に準備を済ませ、法国に準備期間を与えずに戦争に突入させるというのが、この戦いの肝だ。

 エ・ランテルに兵など集めれば、法国に戦争すると教えるに等しい。

 ボウロロープ侯が法国側に付いているとは言え、これでは自分たちが法国と繋がっていると認めるようなものだ。

 如何に愚者ばかりの王国貴族とは言え、ボウロロープ侯は歴戦の指揮官。その程度のことが分からないはずがない。

 だからこそ、ランポッサもボウロロープ侯の真意が分からず、戸惑っているのだ。

 

「無論その通り。だからこそ、軍を派遣する理由を作ります」

 

「理由?」

 

「視察です。昨今の情勢を鑑みて、王国の要人が三国の要所であるエ・ランテルを訪問する。そのための護衛として軍を派遣することにすれば良いのです」

 

「ふむ。して、誰を派遣するつもりだ?」

 

「無論、バルブロ王子しかおりますまい。王位継承権第一位、つまりは次代の王として、三国の要所を視察する。そして王子は我が娘の婿でもありますので、私がその護衛として精鋭兵団を派遣しても不思議はありません」

 言っていることはある程度筋が通っている。いや、ボウロロープ侯にしては出来すぎなぐらいだ。

 バルブロとボウロロープ侯は、未だランポッサが世継ぎを決めていない状況に焦れている。ゆえに、視察を口実に国内にバルブロの威光を示そうとしている。

 何も知らなければ、エ・ランテルに入り込んだ法国の者はそう理解するだろう。

 

「父上! 私も侯の意見に賛成です。私にお任せ下されば偵察の任を見事に完遂してご覧に入れます。さすれば帝国や聖王国に先んじて、我ら王国がこの戦争の主導権を握ることが出来ましょう」

 バルブロの威勢の良い啖呵に、思わず内心で舌を打つ。

 奴らの狙いが分かったからだ。

 二人が八本指を通して法国と繋がっているのは確かなのだから、そういう理由付けをしてエ・ランテルに入り、わざと法国に情報を流そうとしているに違いない。

 だが、その証拠は未だ掴めていないし、そのことを知っているのはランポッサとレエブン侯を除けばラナーだけだ。

 だからこそ、ランポッサもこの意見を簡単に棄却できないのだ。

 この意見は、二人が法国と通じてさえいなければまっとうなものであり、それを却下すれば当然代案を求められる。

 それをせずにランポッサが強権を発動させてしまえば、ボウロロープ侯は戦争への参加を撤回するかもしれない。

 

(奴らの策ではないな。法国、いや八本指からの指示か)

 ボウロロープ侯は戦争に於いて力押しによる戦術を得意としているが、それは政戦でも同じだ。

 だからこそ、今回のようなやり方はらしくない。誰か参謀が付いているのは間違いないだろう。

 国内全土に根を張り巡らせながら尻尾を掴ませない八本指ならば説明が付く。

 

 バルブロの言葉に合わせ、貴族派閥から一斉に賛成の声が上がる。

 このままでは今賛同した貴族たちも参加を取りやめ、戦争に動員できる兵の数は半分以下となるだろう。

 そうなっては王国の面子が潰れるだけではなく、戦争に勝利した際に得られる土地や金品の配分にも影響が出る。

 

「う、む。確かに侯の言っていることには一理あるな」

 そのことを十分に理解しているのだろう。苦々しげにランポッサが同意を示した。

 こうなったのは王派閥の力が弱まっていることも理由の一つだ。

 以前は互角だった政局が今は貴族派閥側に傾いている。爵位も持たない平民のアインズを明らかに贔屓し、更には帝国の皇帝より低い立場での呼び出しに王が応じたこと。それらが相まって、一商人に媚を売る弱い王と見られてしまい、結果貴族派閥の力が強まってしまったのだ。

 長い目で見れば一時的な弱体化だ。今後正式に魔導王の宝石箱と取引することで、王派閥が力を付けていけば解消される。だが、ここにきてそれが仇となった。

 

「……それと。できれば今回の視察には、ラナー王女にも参加していただきたい」

 ボウロロープ侯の視線が、王族席の一番端に座っていたラナーに向けられた。

 

「何?」

 

「王女は民からの人気も高い。更に一人ではなく両殿下を派遣するとなれば、法国もまさかこちらが戦争の準備をしているなどとは思わないでしょう」

 

「侯。二人を囮にすると言うのか?」

 何でもないように言うボウロロープ侯に対して、ランポッサが鋭い声を出す。それは流石に許さないと言わんばかりだ。だがボウロロープ侯は意にも介さず鼻を鳴らす。

 

「まさか。そのようなことはありません。私の精鋭兵団はその名の通り精鋭ぞろい、仮に法国の者どもが現れようと、両殿下には指一本触れさせないとお約束しましょう」

 ラナーの身柄を押さえることで、彼女を狙って派閥に参加している貴族たちの裏切りを阻止しようと言うのか。

 それとも、万が一法国との繋がりがバレた時に人質にする等の保険に用いるつもりか。

 やはり、ボウロロープ侯が考えられる策ではない。確実に誰かに入れ知恵されていると見て間違いないだろう。

 

「しかし──」

 

「お父様。私は構いません」

 なんとか止めようと口を開くランポッサを遮り、ラナーが凛とした声で言う。

 

「ラナー。何を言う、お前は……」

 

「いいえ。私は王国のために何もできません。そんな私が少しでも役に立つのでしたら、どのようなことでも致します」

 

「流石は慈愛に満ちた黄金の姫ですな。ご安心下さい。お二人の身は我が精鋭たちが必ずやお守りしましょう」

 

「そうだなラナー。我ら二人、父上のそして王国の為に協力し力を尽くそうではないか」

 バルブロが機嫌良さそうに声を張り上げて笑う。

 その横ではザナックが、レエブン侯にだけ分かる程度に不満げな顔をしている。王位継承権を持つ者が二人とも王都を離れるのであれば、ザナックは動くわけにはいかないと分かっているからだろう。

 

「はい。お兄様」

 そう言って笑うラナーのその瞳が、ほんの一瞬だけ暗くなるのをレエブン侯は確かに見た。

 

(まさか。これはあの女の策略か。しかし何故?)

 自分が完全に後手に回るほどの策略だ。ラナーが絡んでいればそれも納得できる。

 だが、理由がわからない。

 自分とラナーは、王国ではなく魔導王の宝石箱、つまりはアインズに付いている。

 これも巡り巡って魔導王の宝石箱の役に立つというのか。

 自分程度では理解できないが、叡智の化け物であるラナーがそう考えたのならば、自分が口を挟むことはない。

 助けを求めるかのような王の視線に、レエブン侯は誰にも気づかれないように、ほんの僅かに顎を引いて答えた。

 

「……よかろう。ではバルブロ、それにラナー二人に命ずる。兵を率いエ・ランテルに向かい法国の動向を探って参れ」

 

「はっ!」

 

「……それでお父様。一つお願いがあるのですが」

 ラナーの言葉に、ランポッサは無言で続きを促した。

 

「はい。私の護衛として連れていく者を幾人か、私に選ばせていただきたいのです。そのご許可をお願いします」

 その言葉でボウロロープ侯が即座に反応する。

 しかし今回はランポッサが早かった。

 

「良かろう。お前の身の回りを世話する者だ。お前に任せよう、掛かる費用は私が負担しよう」

 

「ありがとうございます」

 力強いランポッサの宣言にラナーは恭しく頭を下げる。

 要はラナー唯一の手駒である、アダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇を護衛として雇うという意味だ。個人的な資産を持たないラナーに代わり、その費用をランポッサが負担するという意味でもある。

 

「お待ちください陛下! 冒険者は戦争には介入しないと言う不文律がございますぞ!」

 一歩遅れたボウロロープ侯が喚く。

 

「だからこそ、良い目くらましになるのではないですかボウロロープ侯? 本来戦争に介入しない冒険者を護衛として連れていけば、法国は戦争の準備だとは夢にも思わないでしょう。そもそも冒険者を無理に徴兵しないのは、被害の拡大を防ぐため。相手も同じように冒険者を徴兵すれば、互いに弱い兵を冒険者が狙うことになりますからな。ですが今回の場合、法国に冒険者組合は無い。従って必要とあらば三国の組合に働きかけ、冒険者を集めても問題はないかと」

 ランポッサに代わり、レエブン侯が助け船を出す。

 実際は組合独自のルールとしてそれを拒否するだろうが、蒼の薔薇をラナーの護衛として付かせる理由付けとしては十分だ。

 ボウロロープ侯から突き刺すような視線を感じるが、レエブン侯はそれを受け流す。

 周囲の貴族からは、蝙蝠がまた擦り寄る相手を変えた、と言わんばかりの嘲笑めいたものが向けられるが今更だ。

 

「そうだな。では、視察の中にエ・ランテルの冒険者組合も入れておく。あくまで強制ではなく、打診に留めておくように」

 

「……承知しました」

 当てが外れたとばかりに、バルブロが憎々しげに言う。

 アダマンタイト冒険者チームが同行するとなればラナーの身の安全はもちろん、法国と極秘に連絡を取ることも難しくなるのは間違いがないからだ。

 

(これが狙いか。敢えて情報を流すことで、ボウロロープ侯の手足となる精鋭兵団を遠くに派遣させてクーデターを未然に防ぎ、その上で蒼の薔薇を介入させ、法国とも繋がりを持たせないよう監視も行う。いや、あの女を見た目だけの王女と思っている奴らなら、むしろ出し抜こうと行動するかも知れない。そうさせて証拠を握るつもりか?)

 自分がラナーの策略を全て見抜けるとは思っていない。

 これすら見当違いで、もっと別の、更に深い考えがあっても不思議はない。

 だが少なくともボウロロープ侯もバルブロも、この策略をラナーが考えたとは露ほども思っていないはずだ。

 複数の人間を間に挟むか、いくつかの情報をわざとばら撒いて、相手が自分で思いつくように誘導した、というところだろう。

 きっとラナーはこれまでも、こうして王宮という籠の中から王国を操っていたに違いない。

 できればその辺りも含めて、近日中に再度ラナーと今後の話をしたいところだ。だが、二人は直ぐにでもエ・ランテルに派遣されるだろうから、その時間は取れそうにない。

 

(ああ、早く全てを終わらせて領地に帰りたい。リーたんに会いたい)

 自分の領地を離れ、王都に来てまだ間もないというのに、心の底からそう願わざるをえない。それでもレエブン侯は、愛しい我が子の顔を思い出し緩みそうになる顔を、意志の力で無理矢理留め、唇を強く結び直した。




今年のGWは忙しいので来週は投稿できないと思います
とはいえ書き終わったら投稿するつもりなので二週間後とはならないはずです

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