内容としては11巻と7巻で起こった一部のイベント先取りといった感じです
「アインズ様。シャルティア様です」
今日のアインズ当番である一般メイドのリュミエールの言葉にアインズは通せ。と威厳を込めて命令するとリュミエールは頭を下げてその場を離れていく。
斜め前の定位置にはアルベドが無言で立っている。
本来一度目の打ち合わせが終了した時点で今日のアルベドの仕事は終了したので、セバスとともにさりげなく退出を求めたのだが、笑顔で封殺されてしまった。シャルティアが来るというのが理由なのだろう。
やや時間を置いたのちリュミエールが扉を開き、部屋にシャルティアが入ってきた。
「シャルティア・ブラッドフォールン参りました!」
力強い宣言と共にシャルティアが礼を取るが妙に動きが硬い。
以前シャルティアがセバスと合流する前に挨拶に訪れた時はもっと優雅で余裕があった気がするが、シャルティアも色々と考えるところがあるのだろう。
そもそも用件を伝えていないせいなのか、白蝋じみた肌は更に白と言うより青白く見える。
表情もどこか硬く、無理して笑顔を作っているような印象を受けた。
「シャルティア。お前を呼んだ理由だが、例の王国で開く商会に出す商品の発案についてだ。お前のものを見せてもらった」
「は、はい!」
声が上擦り、体が更に硬くなる。
「そう硬くなるな。集めた意見の中でお前のアイデアが最も素晴らしかった。今回はその褒美をやろうと思ってな」
アインズの言葉にピクリとアルベドが反応する。
対してシャルティアの反応はと言うと、目を見開き驚いたような顔で固まってしまった。
「シャルティア。アインズ様のお言葉に対してその態度はどういうつもり?」
反応がないことに怒りを覚えたらしくアルベドが殺気を含んだ声を漏らした。
その瞬間、シャルティアの体が跳ねるように震え、同時に深く頭を下げる。
「も、申し訳ございません! アインズ様に対し不敬な態度を」
「よい。今日の私は機嫌が良い、お前の全てを許そう。シャルティア」
この分だとこの後も同じような態度をとる可能性がある。先にこう言っておけばアルベドもこれ以上口を挟まないだろう。
「ははぁ! ありがとうございます」
「アインズ様が貴女に褒美を下さるとのことです。謹んで拝受なさい」
そう告げるアルベドは態度には出さないが声が僅かに引き攣っていた。
「そう言うことだシャルティア、何か希望はあるか? 度を過ぎた物でなければ許そう」
こう付け加えたのには理由がある。
何でも良い、などと言うと性的な要求をされかねない。それはアインズとしてもまずいし、何よりアルベドが暴走しかねないからだ。
「アインズ様。お願いがございます」
「なんだ?」
「此度の報賞、辞退させていただきたくぞんじんす」
きっぱりとした物言いに、アインズとアルベド共に一瞬時間が停止する。その後先に行動を起こしたのはアルベドだった。
「シャルティア! 貴女アインズ様のご厚意を!」
「よいアルベド、私が問う。シャルティアどういうことだ、説明せよ」
「わたしは、アインズ様に許されざる行いをしんした」
例の洗脳を受け、アインズを攻撃したことだろう。
しかしあれは。
「既にお前には罰を与えたはずだ」
シャルティアを椅子にするという罰を既に与えてある。
彼女にとってはご褒美だったらしいが、アインズがそれを罰と決めた以上、誰も異を唱えることは出来ず、アルベドもとりあえず──謎の破壊音が聞こえたがあれは気のせいだということにした──納得しているようだった。
それをなぜ今更、とシャルティアに聞くと、彼女は漆黒のボールガウンの裾を掴み強く握りしめる。
「わ、わたしは今回、シャルティア・ブラッドフォールンが有用な存在であると言うことを皆に、何よりアインズ様に知っていただきたく、努力しんした」
シャルティアの声が震え涙声になっていた。先ほどまで殺気を纏っていたアルベドも黙って話を聞いている。
「でも、わたしだけでは、考えつかなくて、チビ……アウラに助言を貰いんした。その上アルベドが精査の時に販売ではなく貸し出しとし、後にアンデッドを貸し出すことを見据えた方法を付け加えてアインズ様に提出したと聞いていんす。アインズ様は一人で考えるように言っていたのに。わたしはそれを守れなかったでありんす。そんなわたしが、アインズ様の報賞を授かる資格なんてありんせん」
一人で考えるように。と言っているが、そんなことを言った覚えはなかった。
はて、と心の中でだけ首を捻っていると、アルベドが口を開いた。
「シャルティア。貴女の言いたいことは分かったわ。しかしアインズ様はこう仰られていたのよ、何が最もナザリックの利益になるか考えなさいと。貴女は今回一人では考えられなかった、だからアウラの力を借り、更に私が精査の段階で付け加えてアインズ様に提出した。全てはナザリックの利益の為に取った行動、貴女は間違っていないわ。ですよね? アインズ様」
「うむ。その通りだシャルティア、お前がアウラの力を借りたことも、アルベドが足りない点を補ったことも、全てはお前の提案が根底にあってこそ生まれたものだ。今後同じようなことがあった場合、今度はお前が二人に手を貸せばよい。その時私は今回同様発案者に褒美を与えるだろう。今回はお前の番だと理解せよ」
短い沈黙の後シャルティアの体が震え顔を持ち上げる。
「あ゙い゙ん゙ずざま゙」
シャルティアの大きな瞳からポロポロと涙が流れ落ちていた。
「し、シャルティア?」
うぐうぐと泣くシャルティアを前にアインズは立ち上がり、側に近づく。
瞬間ガシリとローブが掴まれ、そのままシャルティアが抱きついてくる。
「み゙、身に余る光栄でず」
シャルティアの涙を見るのは二度目だが、あの時はこれほど酷くはなかった。
とりあえずアインズはあの時と同じ行動を取ることにする。
恋愛経験のないアインズでは、多様な対応など出来るはずもない。
「泣くな、シャルティア。美人が台無しだぞ」
台詞もそのままに取り出した白いハンカチをシャルティアの目元に当てる。
「ば、ばい゙。わたしのために申し訳ございません」
涙を拭いたシャルティアがアインズを見上げる。
目元が赤く染まり、ぐしぐしと鼻を鳴らしていた。
「シャルティア。そろそろ離れなさい。不敬よ」
かつて自分を押し倒したアルベドがそれを言うのか。とアインズは心の中で思うが、確かに幼い外見とは言え、絶世の美少女に抱きつかれているというのは落ち着かない。
「も、申し訳ありんせん! アインズ様のお召し物を汚すような真似を」
紅潮していた顔色が一気に青ざめる。
確かにローブに涙ぐらい付いただろうが、そこまで気にする必要はない。
「いや、うむ。お前のためならば汚れるなどとは思わん。気にするな」
はい。と消え入りそうな声で返事をし、ローブから手を離したシャルティアは一歩後ろに下がると深く頭を下げた。
「んんっ。ではシャルティア、改めて問おう。褒美として何を望む?」
シャルティアは未だ赤くなったまま目元をもう一度アインズが渡したハンカチで押さえた後、それを握りしめたまま、顔を持ち上げ真っ直ぐにアインズを見据えた。
「わたしは以前の失態以後、なんとか失態を取り返したいと思い続けていんした。ですが今のわたしではアインズ様のお言葉すら満足に理解出来ないでありんす。そしてアインズ様はわたしたちに成長せよ。と仰って下さいました」
「その通りだ。今のお前で理解出来ないのであれば学べばよい。お前たちならばきっと成長し、私の考えを理解出来るようになるだろう」
(俺自身理解出来てないけどな! というかそれが褒美と何の関係があるんだろう?)
「貴女、まさか!」
アルベドが何か言いかけ、その瞬間シャルティアの口元がいつもの悪魔じみた不敵な笑みに変わりアルベドに目をやった後、彼女はすぐにアインズに視線を戻すと両手を組んでこう告げた。
「なにとぞ! わたしをアインズ様の側に置いて学ぶ機会をいただきたくぞんじんす。具体的には商会の運営を手伝わせて欲しいでありんす」
「シャルティア!」
アルベドからの威圧感が膨れ上がり、天井に張り付いている
「アルベド! 落ち着け。つまりなんだ、シャルティアもセバスやソリュシャンと共に商会運営に参加したいと?」
「はい! わたし一人ではどのように学び、成長すればいいか分かりんせん。他の守護者たちは順調に成長しているようでありんすし」
再び目を伏せるシャルティア。
ふむ。とアインズは顎先に手を持っていき思案する。側面からはいっそ物理的な圧力を覚えるほど強い視線を感じるがこの際無視をする。
(シャルティアに店の運営か。はっきり言って向いているとは思えないが、そうした思いこみこそがシャルティアの成長を妨げるのかも知れないな。それにぶっちゃけシャルティアは何をしでかすか分からないし目の届くところにいてくれるとありがたいというのはある。なにより)
ジッとシャルティアを見つめながらアインズは思案を続ける。
アインズからの視線にシャルティアは照れたようにもじもじと体を動かした。
シャルティアは最強の階層守護者として生まれている。それがシャルティアの成長を妨げているのではないか。とアインズは推察していた。
その性能を何も考えずに使用するだけで大抵の相手にはあっさりと勝ててしまう力、以前アインズと戦った際はアインズが戦術を駆使したため勝利を収めたが、シャルティアがもっと考えながら戦ってきたらアインズは確実に勝てなかっただろう。
そのレベルまで成長してくれれば、再び以前のようなことが起こっても、そもそも操られる前に対処が可能なのではないか。
そしてあのワールドアイテムを使った相手は恐らくこのまま手を拱いては居ないはず、何らかの手段を以て再びナザリックに害をなそうとするはずなのだ。
その時狙われるのは誰か。
(やはり、シャルティアを狙う可能性が高いだろう)
であるなら、シャルティアの成長はかなり優先順位の高い案件ではないか。
ここまで考えて居る間に、それなりに長い時間が経ってしまったことに気がつきアインズはそれを誤魔化すように咳払いをするとシャルティアに告げた。
「よかろう。その願いを聞き届けよう」
「アインズ様!」
シャルティアとアルベドの声が重なる。
片方は喜色満面のもので、もう一つは悲痛さを携えている。
「ただし常にというわけにはいかない。お前には第一から三階層までの警戒任務がある。なので基本的には私が認めた時のみ同行を許そう」
シャルティアが守護する領域は最も広く、第一階層ということもあり、もしも何者かがナザリックに攻撃を仕掛けてきた場合、一番先に迎撃に出る立場だ。
そこを手薄にしておく訳にはいかない。
かといってずっと警戒任務や<
これならシャルティアに成長して欲しい場面に出くわしたときのみシャルティアを呼ぶことが出来るし、常日頃から一緒ではないということで、アルベドも多少溜飲を下げてくれるだろうと期待していた。
「勿論でありんす! アインズ様より任じられた階層警備にも支障を来すようなことはいたしんせん!」
「うむ。アルベド、お前もよいな?」
「イヤです!」
「え?」
問題ないだろうとアルベドに目を向けると彼女は両手を握りしめそれを震わせながらほとんど涙目でアインズを見ていた。
「いや、しかしだな。お前が言ったことだぞ? 護衛が戦闘メイドだけでは心配だと。今回はセバスもいるが、奴には基本的に人間の女たちに命令を下す立ち位置にするつもりだ。シャルティアならば、護衛としても申し分ないだろう?」
「いいえ。アインズ様、シャルティアは危険です! いつアインズ様のお体を狙ってくるか分かったものではありません」
(お前が言うなよ!)
アインズの発言が原因とはいえ、主を押し倒しそのまま体を貪ろうとしたアルベドが言えた義理ではない。
「おや、守護者統括殿ともあろうお方が、何とはしたない」
「あら? 貴女には言われたくないわ。このビッチ」
「誰がビッチだコラァ! お前と一緒にすんな!」
「貴女と違って私はまっさらな体をしているのは知っているでしょうに。それに引き替え、貴女は異性経験はなくとも確か──」
「ワァー! やめなんし!」
(え? なに? 異性経験はないけど何経験ならあんの?)
思わず動揺した心が、いつもの鎮静化で収まった後、アインズはスタッフを取り出し、地面を強く打った。
「二人とも、いい加減にせよ!」
「っ! 申し訳ございません、お見苦しいところをお見せしました」
「し、失礼をいたしました」
膝を突き頭を下げる二人を前にアインズはもう一度、今度は軽くスタッフを突く。
「面を上げよ。お前たちがそのようにじゃれあう理由は分かる。しかし今回の作戦はナザリックの今後を決める大切な任務だ。私情で互いの足を引っ張るような真似をすることこそ、私にとって最も許しがたいことだと知れ」
「はっ!」
二人の声が重なり合う。先ほどとは違い、込められた意味も同じものだ。
「話は以上だ。シャルティア、お前は一度下がれ。詳しいことが決まり次第連絡する」
「はっ。畏まりました」
来たときと異なり、優雅にボールガウンの裾を持ち上げて礼をすると、シャルティアは軽い足取りで部屋を後にしていく。
残されたアルベドもまた表情は引き締まり、先ほどまで子供のような言い争いをしていたとは思えないほどだ。
「アルベド」
「はっ」
「以前も言ったが、私がお前をここに残すのはすべてお前を信頼しているが故だ」
「はい。申し訳ございません。ですが、私も守護者統括としてあるまじきことだとは理解しておりますが、どうしても抑えることが出来ず──」
漆黒の羽根が頭と同じようにぺたんと垂れ下がる。
(もしかしなくてもこれ、俺のせいなんだよな)
タブラ・スマラグディナが守護者統括として造り上げたはずのアルベドが、その任を無視して暴走するのはほぼ確実にアインズが彼女の設定を書き換えたせいだ。
そのことにアインズは罪悪感を抱いており、アルベドが暴走する度、窘めはするが強く言うことが出来ずにいた。
「よい。反省し次に活かすのであれば問題ない。そもそもアルベド、いやシャルティアもだがお前たちは急ぎすぎるのだ。私たちには無限の時間がある。なにをそんなに焦る必要があろうか。この世界にアインズ・ウール・ゴウンの名が轟き、我らに敵対する者がいなくなってからでも遅くはないだろう」
「そ、そそそれは。世界征服がなった暁には私を妻に迎えて下さると」
ピンと翼が起きあがり同時にアルベドの金色の虹彩を持つ瞳が爛々と輝き、こちらを見つめている。
「え? んん? え?」
そんなことは一切言っていない。アインズとしてはアプローチするのはそれからでもいいんじゃない? 位の気持ちだったのだが。
(いや、それ以上に今アルベドはなんと言った? 世界征服? 何だそれ、初めて聞いた。いつの間にナザリックはそんな活動目標を掲げていたんだ)
名を広めろと言ったのを拡大解釈したのだろうか。
いや、しかし。
「アルベド」
「はい!」
「いや、その世界征服の話、誰がそのようなことを?」
アインズの問いにまったく別の言葉を期待していたのだろうアルベドは少し残念そうに肩を落としたが、直ぐに表情を引き締めた。
「デミウルゴスより報告がありました。アインズ様とお二人で……夜空を見上げた際にこの美しい宝石箱を手に入れるのも悪くない、そして世界征服なんて面白いかも知れないとアインズ様が仰ったと」
(あれかー! 言った、確かに言った。冗談のつもりだったし、あの雰囲気に酔って言っただけなのに。というかデミウルゴスもそうだと思っていたのに。そうか、そういう意図があったのか。道理でみんなやけに積極的に行動すると思ってたんだよな)
ナザリックの強化は優先事項であるとはいえ、皆が妙に生き生きと外に出て仕事をしたがるなとは思っていた。
単にアインズ、つまりは彼らが至高の御方と呼ぶ存在に尽くすために生まれたから働くだけで嬉しいのだろうと考えていたのだが。
(つまり何だ? みんな俺が今までしてきた行動は全て世界征服に繋がるとそう思って行動していたってことか? どうする? これどうすればいいんだ。今更無かったことに出来るのか?)
今までの全ての作戦がそのためだと思われており、現在もその方向に向け邁進しているというのなら、もうこれは止められない。
いやアインズが言えば止まるかも知れないがそれは今までアインズが存在しない胃を痛めながら必死になって努力してきたナザリック地下大墳墓の支配者という偶像を破壊する行為に他ならない。
(今更止まれない、か。仕方ない、考えようによってはアインズ・ウール・ゴウンの名を広める目的だけは叶えられる。後は出来るだけ正道で、悪名が立たないようにコントロールしていくしかないか)
「あの、アインズ様? 如何されました?」
「ん? いやすまない。この件は皆が知っているのだな?」
一応確認してみる。
アルベドとデミウルゴスだけならまだ何とか──
「はい。主立ったシモベは全て、アインズ様に宝石箱をお贈りするために邁進しております」
「そうか……嬉しく思うぞ」
「もったいなきお言葉! あの、それで、その先ほどのお答えなのですが──」
もじもじと肩を揺らしながらこちらを見つめるアルベド。
絶世の美女が頬を赤らめ瞳を潤ましている様にアインズの人間としての残滓が反応するが、例によって直ぐに沈静化する。
「うむ。仮に世界征服がなった暁には、お前たちのナザリックに対する働きは最大のものとなるだろう。当然その時も褒美は与える。話はその時に聞こう」
「はい! 絶対に、絶対に、絶ー対に! アインズ様にご満足頂けるような働きをして見せます!」
「うん。いや、うむ。期待しているぞ、アルベド」
(これ大丈夫か? 乗り切った、乗り切ったよな? どうせ世界征服なんて遙か先の話だ。これなら今後この手の話は全てこの方法でかわせるし、後のことはきっと遙か未来の俺が何とかしてくれるだろう。そうに違いない!)
「ですが。アインズ様が御命じでしたら私は、いつでも、いつでも問題ありませんので」
(あ、これ意味ないな)
獰猛な爬虫類を思わせる縦に割れた瞳孔は、まさしく獲物を狙う獣そのもので、これから先も今までと同じようなアプローチが続いていくのだろうと察するには十分過ぎた。
と言う訳でシャルティアの成長と世界征服の勘違いに気付くイベントの先取りです
また、これで王国でのメインメンバーが確定しました
アインズ様に加えセバス、ソリュシャン、シャルティアで商会運営をしていくことになりますので今後も登場回数が多くなります