オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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三国の支配者たちの様子と、それぞれのパーティーでの目的についての話


第82話 支配者たちの思惑

「陛下。なんだか楽しそうですね」

 待ち合わせの場所に向かう馬車の中、護衛として連れてきたバジウッドの言葉に、ジルクニフは肩を竦めた。

 

「そう見えるか? いかんな、今からそんなことでは、アインズに気づかれる」

 自分ではいつも通りにしているつもりだったが、バジウッドに気づかれるようでは、アインズならば即座に見抜いてくるに違いない。と表情を確かめるように手を触れさせる。

 

「いえいえ。と言うか、いつもに戻ったって感じですかね。最近の陛下は眉間に皺寄せっぱなしでしたから。そっちの方が陛下らしくて俺は良いと思いますがね」

 確かに、アインズと初めて会って以来、気が休まる機会など皆無と言って良かった。

 そんな中でようやく光明が見えたのだから、多少の気の緩みは当然とも言えるが、同時にこうした時が最も危険なのも事実だ。

 口元の笑みは残したまま、気を引き締め直す。

 

「まあ、昼寝などしたのも久しぶりだからな。こればかりはアインズに感謝というところだな」

 バジウッドから情報が漏れることも考え、適当な言い訳を口にしておく。

 実際、国の実権を握って以来、こんなにゆっくりできたのは初めてかもしれない。

 

「陛下はちっとも休もうとしませんからね」

 バジウッドの軽口を苦笑で流し、ジルクニフは久しぶりの昼寝でスッキリした頭で、改めて今後の事を考える。

 今回の開店パーティーに参加する為に、王都支店からソリュシャンがトブの大森林に向かったという情報は既に王都に忍び込ませた密偵から連絡を受けている。

 そしてその正体を見破る手段も用意した。

 後はそれをアインズに悟られないようにするだけだ。

 

(フールーダを押さえる必要もあるな)

 現在、自分とは違う馬車で移動しているフールーダのことを考える。

 以前と同じとは行かないものの、フールーダ曰く効率的な成長を心がけた為に、既に使えなくなっていた第六位階の魔法まで──辛うじてだが──再び使用可能になったと聞いている。

 それでもアインズが相手では比べ物にもならないだろう。問題はアインズを前にしてフールーダ自身がどこまで自分を保てるかだ。

 フールーダの魔法狂いはジルクニフも良く知っている。

 本来はこの場に連れて来ること自体避けたかったのだが、ソリュシャンの正体を見破る手段を開発したのがフールーダであることに加えて、今までは力を取り戻すという名目があったからこそ我慢できていたが、これ以上引き延ばしをしては確実に暴走する。

 フールーダの能力ではなく蓄えられた知識を欲したアインズが、弟子入りの条件に帝国から引き抜こうとする危険もあるが、フールーダには事前に今回の作戦が成功すればアインズをこちらで管理することが可能になると伝えてある。

 そうなれば魔法の教えはいつでも受けられると説得はしているが、それでもどうなるかは未知数だ。

 

(やれやれ。私がこんな綱渡りをしなくてはならないとは。相手がアインズでは仕方ないとも言えるが──)

 そう、どんな状況になっても対応できるように様々な策を巡らせてきたつもりだが、未だに力の全容が不明なアインズが相手では確証は得られない

 本当にソリュシャンは人外の者なのか。アインズは法国を警戒しているのか。ソリュシャンの正体が弱みとして通用するのか。したとして対話ではなく、その場で力や魔法を使用してこちらを排除しようとするかもしれない。アインズがそのような後先考えない直情的な人物ではないと信じたいが、どれもあくまで推測でしかない。

 だが、そうした賭けをいくつも重ねなければ勝機が見えないほどアインズの持つ力は凄まじい。

 

「さて、そろそろ合流地点か。何を見せてくれるのか、楽しみにしておこう」

 ソリュシャンの正体とは別に、パーティーでアインズの戦力を詳細に知るというのもジルクニフにとっては重要な案件だ。

 仮に法国との同盟が成立しても、戦力的には大して役に立たない帝国は法国に有益な情報を提供し続けなくてはならない。

 このパーティーにも法国の息が掛かった者は送り込まれているのだろうが、それでもアインズと仮初めとはいえ友人関係を築いている自分だからこそ気づけることもあるだろう。

 何よりアインズを押さえた後のことも考える必要がある。

 全てが上手くいったとして、次はアインズを誰が管理するのか。という問題が出てくる。

 本来であれば戦力で直接アインズを押さえることのできる法国が店ごと吸収するのが筋だ。

 だがこと法国に限ってはそれができない理由がある。

 法国が国家を纏める為に宗教を使ったため、国民全体が本気で異種族の排除を願っているためだ。

 そもそも法国に本当にアインズが恐れるほどの力があるのなら、王国も帝国も飲み込んで一つの国家にすることも不可能ではない。

 それをしないのはひとえに、ドラゴンたちを筆頭とした強大な戦力を持つ異種族国家である評議国と隣国になることによる全面戦争を防ぐためだろう。

 それを利用する。

 いくら強力であろうと、アンデッドや人喰いの異種族が身内にいるアインズを法国の手元に置けば、国民が黙っていない。

 そんな力を使うことは神への冒涜だとでも言い出すに違いない。そうなっては下手をすれば国が割れかねない。

 だからこそ、巧く事を進めれば本来は単なる情報提供者にすぎない帝国が法国に代わってアインズを管理することが可能になる。

 無論王国と異なり、法国はそこまでバカではないだろうから、アインズの力を帝国が好き勝手に使えないように首輪は着けてくるのだろうが、それでも問題はない。

 ようはその力を人間相手に使わせなければ良いだけの話だ。

 魔導王の宝石箱には、いくらでも使い道がある。

 

(その為にもアインズと法国を争わせるのではなく、対話のテーブルにつけることが重要だな)

 そもそもあれだけの戦力を持つアインズが何故法国をそこまで警戒し、商売の手を広げようとしないのか。

 そこはアインズの立場になって考えてみると簡単に予想がつく。法国とはアインズが商売をする上で一切旨味のない国なのだ。

 法国は異種族を極端に嫌っているため、今アインズが最も推している商品であるアンデッドは当然売れない。そしてそうしたアンデッドを従えている死霊系魔法詠唱者(マジック・キャスター)というだけで、アインズからゴーレムや武具を買おうとする者も少ないはずだ。加えて異種族を身内に入れていることを知られると争いに発展する危険もある。となれば仮にジルクニフがアインズの立場でも、危険を冒してまで法国には近づかない。何しろそんなことをしなくても、他に商売できる場所はいくらでもあるのだから。

 

 今回の件でソリュシャンの正体が判明した場合、ジルクニフは法国にそれを伝えた上で、アインズを抑える手段があると言い、戦争には成らないようにさせる。法国側とてあくまで人類の守護者。アインズを制御できるのならば、少なくとも上層部は必要以上に反対はしないだろう。

 同時にアインズにはソリュシャンの正体が法国の調査で判明したことにして、アインズを人類の敵と見なした法国が密かに戦いの準備をしていると伝え、戦争回避のために自分が法国との間を取り持つと告げる。

 つまりはどちらも騙しながら、いい顔をする蝙蝠のような役目だ。

 法国にはアインズの戦力を与え、アインズには法国との戦争を避けさせるためと嘯いて、帝国の監視下に入るように命じる。もっとも、それだけではアインズに旨味がないため、帝国を経由してアンデッド以外の商品を法国に出荷できるように手を回してもいい。

 

(そのためにもできる限り正確なアインズ側の情報が欲しいところだ。ここでそれが見抜けるのか、あるいはソリュシャン自身を脅して情報を得ることもできるか、アインズの不利益になると脅せば……いや、それは危険すぎるか。今後奴を管理するとなれば、アインズにはあくまで善意の第三者としての立場で接する必要がある)

 そこまで考えたところで、馬車の扉がノックされる。窓の無いこの馬車では外の様子を窺うこともできないが、相手は分かる。

 

「陛下、ニンブルです」

 

「中に入れろ」

 先に様子を窺わせに行っていたニンブルが、戻ってきたのだ。

 

「失礼いたします。陛下」

 ヒラリと舞うように馬車に乗り込んだニンブルにはいつもの涼しげな笑みが浮かんでいるが、他人の表情を読むことに長けているジルクニフには、それ以外の感情も読み取れた。

 

「何があった?」

 

「先行部隊より連絡がありました。待ち合わせ場所にいたのは、帝国支店のユリ・アルファ嬢です」

 

(やはり彼女も呼んでいたか。レイナースを置いてきて正解だったな)

 レイナースに同情的だったというユリが帝都支店に残っていれば、ジルクニフが居ない隙をついてレイナースが接触する可能性もあったが、アインズの寵愛を受けているユリであれば、大きなパーティーには呼ばれるに違いないと考えていたが正解だったようだ。

 

「それで彼女はなんと? 道案内か?」

 本店に入るには、王国の開拓村であるカルネ村から出入りするのが正式なルートらしいが、帝国の皇帝が直接王国の領土に入るのはそれなりに面倒な手続きが必要となる。

 時間も無かったため、トブの大森林の東側、つまりは未だに帝国の領土となっている場所から森の中を通って店まで移動する計画が立てられていた。

 そのための道案内や移動方法はアインズ側に任せていたが、ユリをその案内役に指定したということだろうか。

 しかしそれだけではニンブルのこの表情の理由に繋がらない。もっと何かアインズらしい、こちらの意表を突くようなやり方を提示してきたに決まっている。

 

(考えられるのは幽霊船による移動、例の魂喰らい(ソウルイーター)を馬代わりにした馬車といったところか)

 

「移動法に関していくつか提示がありました。一つは例の大型の幽霊船を用いて森を迂回し、正規の入り口であるカルネ村まで移動する方法。ただしこれは陛下だけではなく、他の招待客を拾いながら移動するとのことです」

 

「ふむ」

 一つは正解だった。

 皇帝であるジルクニフだけではなく、他の者も乗せていくというのなら、幽霊船は一つしかないことになる。多量の戦力を同時に運搬する事が可能な、戦略兵器にもなる存在の数を知れたのは幸先が良い。

 

「次は魔獣、もしくはアンデッドを馬代わりにした馬車で、森の中を移動する。森の中は狭いのでこの馬車では入れず、置いていく事になりそうです」

 

「魔獣か、そう言えばそちらも商売にしていたな、ギガント・バジリスクだったか」

 それ単体でも本来はアダマンタイト級冒険者が相手にするような強大な魔獣のはずだが、他が規格外すぎるせいで、大して気に留めていなかった。

 アンデッドに乗るよりは嫌悪感も薄いと考え、わざわざ選択肢に入れたのだろう。

 多少の違いはあるが、ここまでは想定内。

 今の口振りでは更に別の選択肢があるようだが。

 

「最後は、その、これは陛下を初めとした各国の指導者にのみ与えられた選択肢のようですが……ドラゴンによる空中からの移動も可能とのことです。これなら馬を外した馬車ごと運ぶこともできると」

 

「……ドラゴン?」

 

「はい。その場には恐らくは壮年竜(オールドドラゴン)と思われる大型のドラゴンが待機していたそうです」

 先行部隊からの報告書に改めて目を落とし、ニンブルが力強く宣言する。

 

「くくく。そうか、そんなものまで持っていたか、ドラゴン、ドラゴンね……」

 思わずこみ上げてきた笑いを抑える事なく、ジルクニフは頭に手を置く。

 間違いなく世界最強の種族であるドラゴンは、単体で都市や小国を滅ぼしたという伝説に事欠かないほどの存在だ。

 飛竜ならば帝国内にも居ると聞いた事があるが、あれは人でも飼い慣らすことが可能な存在で、形こそ似ているが強さは本物のドラゴンとは比べものにならないと聞く。

 圧倒的な軍事力を有する法国が近隣諸国で唯一恐れる評議国も、トップである永久評議員の五匹とも七匹とも言われるドラゴンの存在があってこそだ。

 そのドラゴンすら配下に収めているアインズには、笑いしか出ないというのが正解か。

 しかしこうも立て続けに、ジルクニフの常識を打ち破られるような事が続いたせいだろう、以前ほどの驚きはない。

 

「……はぁ。なんか慣れてきたな」

 

「いや、そいつは陛下だけじゃないですかね。俺たちみたいのからすれば、見たこともないような強大なアンデッドより、むしろドラゴンの方がおっかないですがね。まあ別にドラゴンを見たことがある訳でもないですが」

 

「確かに。ドラゴンほど、伝説伝承に事欠かない存在もありませんからね。それで、如何なさいますか? 護衛の観点からですと、幽霊船が一番安心できるのですが」

 

「バカを言うな。アインズが何のためにそんな選択肢を私に与えたのだと思っている」

 

「あー、これもまた陛下を試すための行動だと?」

 国のトップである人間が、護衛を連れていけない魔獣による移動は選択しづらいし、空中という身動きのとれない状況になり、更には護衛が何の意味もなくなるドラゴンによって運ばれることなど選べるはずもない。

 必然的に、既に実績を上げている幽霊船での移動を選ぶ事となる。

 

「だろうな。奴の行動は一手一手に意味がある。特にドラゴンに関しては招待客全員ではなく、三国の支配者にだけ与えられた選択肢だというのなら、なおさらだ。どれを選ぶかで、各国の性格や御しやすさを調べようというのだろうさ。偽りの情報を与えるためにあえて外してやる事もできるが……」

 幽霊船、アンデッド、魔獣、ドラゴン。

 誰がどの移動手段を使うかを選択する程度のことでも、相手の性格の一端は掴める。

 アインズほどの男ならたやすい事に違いない。

 こちらの情報をこれ以上流出させないように、あえてアインズの考えを裏切る選択肢を選ぶのも手だが、法国との関係構築が完成するまで時間も掛かる。

 それまでこの偽りの友人関係を維持している必要がある。

 そのために最も適切な回答はやはりドラゴンによる移動だろう。

 アインズの心遣いという名目で各国の代表にだけ与えられた選択肢、それを選ばなければアインズはもとより、周囲の者たちからもどう見られるかなど言うまでもない。

 アインズの実力が広く知られるようになった今、アインズが三国の内、どこと親密になるかで各国の力は大きく変動する。

 

「ドラゴンで行くと返答しろ。何人まで一緒に運べるかも聞いておけ」

 ニンブルに命じた後、思い切り嫌そうに顔を歪めているバジウッドにも目を向ける。

 

「承知いたしました。三人までであれば宜しいのですが」

 

「大人のドラゴンならそのぐらいは運んで欲しいものだ」

 ジルクニフにバジウッド、そしてフールーダ。万が一のことを考えればこのメンバーで向かいたい。

 ニンブルはここに置き、別ルートから移動することになる者たちの纏め役をしてもらう。

 ジルクニフの視線一つで二人とも自分たちの仕事を理解した。

 やはり直属の配下にはこれぐらいの優秀さがなくてはならない。

 

「では、失礼いたします」

 礼を取り、再び馬車を後にするニンブルを見送ってから、改めて考える。

 

「あちらはどうなるかな?」

 アインズの考えを完全とは行かずとも読めている自負がある自分と、つい先日アインズに国を救って貰い、元から綺麗事ばかり口にしている聖王女のカルカ・ベサーレスならばおそらくドラゴンを選ぶだろう。

 しかし、王国はどうだろうか。

 王としてはあくまで凡庸でしかなく、力がないために国を二分しかけているのにも関わらず、それをどうすることもできず、ただ先送りしかできない男だ。

 果たしてそんな人物がアインズの策を見抜けるのか、見抜けたとしてドラゴンを選べるのか。

 いや、王国の状況を考えれば無理にでもそれを選ぶしかないだろうが、内心は穏やかではないはずだ。

 

「見物だな」

 アインズとの頭脳戦も重要だが、現在戦争中の王国の動向を確認するのも同じほど重要だ。

 王国の王、ランポッサ三世の動向を想像しながら、ジルクニフは笑みを深めた。

 

 

 ・

 

 

「だ、大丈夫なのか? いや、ゴウン殿を疑う訳ではないが……陛下、本当にこれで?」

 

「失礼ですよレメディオス。ゴウン様が私たちにだけ特別に手配して下さったのですから」

 内心で慌てつつ、しかしそれは表に出さずにカルカはレメディオスを窘めた。

 目の前にいる巨大なドラゴンはローブル聖王国にいる海の守り神、シードラゴンと同じほどの大きさだが、見た目は大きく違う。

 シードラゴンは遊泳及び潜水能力といった海での環境に生きる為の進化を遂げるのと引き換えに両手両足に加え翼も退化して飛ぶことのないドラゴンだが、ここにいる者は両手両足も存在し、大きな翼も持ち合わせた、誰もが思い描く英雄譚やおとぎ話に登場する強大な力を持ったドラゴンの姿そのものだ。

 そしてドラゴンは、人間と同等かそれ以上の知能を持ち合わせていることも知っている。

 ここでの会話も聞こえていると思って行動した方が良い。

 現に、そのドラゴンの鼻先には小さな眼鏡が取り付けられ、それ越しにこちらを観察しているように見えた。

 そして何より。

 アインズのことを絶対的な正義と確信するメイド、シズ・デルタが案内役としているのだから、僅かでもアインズの意にそぐわない言葉は避けるべきだ。

 

「……移動手段はお好きなものをお選び下さい……聖王女陛下。魔獣もアンデッドも、この間の幽霊船も、もう少しで到着します……どうなさいますか?」

 淡々とした口調は以前と変わらないが、敬語を使っているのは前に人前では敬語でなくては困ると言ったことを覚えているのだろうか。

 

「もちろんドラゴンで向かいます。ドラゴンで移動する機会なんてそうはないもの。レメディオスも着いてきてくれるでしょう?」

 

「……勿論、私がご一緒します」

 ため息を吐きかけて、それを何とか飲み込み、レメディオスは礼を執った。

 これ以上何を言っても無駄。と理解してくれたのだろう。

 

「貴方たちは、幽霊船に乗せてもらいなさい。後で合流しましょう。すぐに準備を」

 護衛に連れてきた聖騎士たちに言葉を掛ける。

 突然現れたドラゴンに驚いていた彼らもカルカの命令を受け、慌てて礼を取る。

 

「はっ! かしこまりました」

 揃った返答を聞きながら、その中の一人だけ、ややぎこちない動きをしている者を見つけた。

 落ち着きない様子でチラチラと周囲、特にシズの方を窺っている従者ネイア・バラハの姿に微笑ましさを覚える。

 シズもまたそんなネイアの視線に気づいたようで、一瞬だけ目配せをしてみせた。

 今回彼女は招待客も兼ねている。

 流石に王族や貴族、大商人が中心のパーティーに単なる聖騎士見習いを正式に招待するのは難しかったらしく、カルカへの招待状に添付された手紙に是非、ネイアを連れてきて欲しいと記載されていた。

 そのため今の彼女は従者用の服装ではなく、パーティーに出席する用のドレスを身に纏い、顔にはその特徴的な瞳を隠すような仮面にも見えるバイザー型のミラーシェードを着けている。

 弓を使う聖騎士を目指している彼女のために、シズを介してアインズが送ったマジックアイテムであり、ネイアはそれを着けて訓練に励んでいる。

 仮面舞踏会でもない今回のパーティーに持っていく気は無かったようだが、カルカがそれを着けて来るように命じたのだ。

 その意味を彼女は理解していなかったようだが、レメディオスが、お前の目は睨んでいるようで威圧的だから隠した方がいいだろ? という身も蓋もない──本人に悪気は無いだろう──言葉で封殺された。

 彼女はその言葉にがっくりうなだれ、しかし反論もできないのか大人しく着けたままにしている。カルカとしては慰めの言葉を掛けてやりたいところだったが、正直なところそれを着けさせる本当の理由を話せない以上、別の言い訳が必要だったため、レメディオスの言葉は有り難かった。

 

 彼女の目を隠している理由は他にある。

 魔導王の宝石箱の従業員と懇意にしている彼女の存在を他国に知られたくなかったのだ。

 血の繋がりはなくとも、所々に子煩悩さが垣間見えるアインズは、シズの友人であるネイアを特別扱いしている節がある。

 ヤルダバオト討伐の際に共に行動したとは言え、ただの従者にわざわざ店の商品でもあるマジックアイテムを送って来たのがその証拠だ。

 それは聖王国としては喜ばしい。

 味方に付けばそれだけで、戦力だけではなく、ゴーレムを用いた開墾や輸送などによって圧倒的な国力増加が見込める存在である魔導王の宝石箱との関係構築はおそらく、全ての国にとって最重要案件のはずだ。

 仮にアインズを婿として迎え入れることが出来なくとも、友好関係の維持だけはしておかなくてはならない。ネイアとシズの関係はそれに一役買うことだろう。

 だが周りにそのことが知られれば、必ず彼女を調べあげ、アインズとのパイプ作りに利用しようとする者が現れる。

 彼女は貴族などではなく、レメディオスのように聖騎士としての実力で名が知られているわけでもないが、その特徴的な瞳を覚えられてしまえば、他国の貴族であっても捜すのはさほど難しくない。

 だからこそ、ミラーシェードを着けさせているのだ。

 これなら少なくとも顔立ちを覚えられることもなく、聖王国の誰かがアインズの娘同然の者と仲が良いという印象だけが残せる上、アイテムのお礼をする名目でアインズと会話をさせることもでき、今回のパーティーに招待されている王国や帝国の王侯貴族たちに牽制もできる。

 ケラルトがいない今、これまでのように綺麗事を並べているだけの外交ではたちまち各国から食い物にされてしまう。

 だからこそ、どんな方法も使う。

 しかし──

 

(まだ慣れないわね。子供の友情も国益に利用しないといけないだなんて……)

 思わず心の中で息を吐く。

 聖王国のためならどのような手段でも使うと決めたが、それを何のためらいもなく実行できるかは別問題だ。かつてはそういう手段がどうしても必要な場合はケラルトが汚れ役を引き受けてくれていたが、彼女亡き今は自分が手を汚していかねばならない。

 

(取りあえず今回は各国とアインズ様の関係がどれほど進んでいるかを確認するところから、かしらね。後は──)

 個人的な親密度も上げたいところだが、その機会はあるのだろうか。

 そんなことを考えながら、カルカは準備を開始した護衛たちの様子を見守った。

 

 

 ・

 

 

「陛下。お足元にお気をつけ下さい」

 

「うむ」

 先に降りたガゼフの後に続いて、美しく並べられた石畳の上に足を降ろす。

 今し方まで空中に浮いていたことと、単純にドラゴンに対して恐怖を感じていたこともあって、地面に降りると安心して胸をなで下ろしたくなるが、当然ながらそのような姿を晒すわけにもいかず、古傷のせいで力の入りにくい足に無理矢理力を込めて、ざっと周囲を見回した。

 森の中に広がる直径二百メートルほどの円状の空間は見事に手入れが行き届き、四方と中央に設置された建物は、大きさこそ王宮より遙かに小さいが、造りの緻密さと造形の美しさは比べ物にならない。

 

「あの、巨像。あれもゴーレムだったな?」

 

「そう聞いております」

 ラナーがアダマンタイト級冒険者蒼の薔薇から得た情報にあったとおりの巨大な戦士像が、中央の建物の前で門番のごとく設置されている。

 

「お待ちしておりました、国王陛下」

 地面を踏むような音が聞こえ、そちらに目を向けると、背に一本の剣を通したような見事な立ち姿を見せる執事服の老人が、深く腰を折ってこちらにお辞儀をして出迎えた。

 王宮や貴族の家にも執事はいるが、その何れよりも素晴らしい姿だと瞬時に悟った。

 

「私は魔導王の宝石箱の主、アインズ・ウール・ゴウン様に使える執事のセバス・チャンと申します。会場までのご案内とご説明をさせていただきます」

 

「うむ」

 

「……早速ですが、ご招待状を拝見してもよろしいでしょうか?」

 

「ガゼフ」

 

「はっ。こちらです」

 ガゼフに預けていた銀製の招待状を恭しく受け取った執事セバスはそれを確認後、微笑んだ。

 

「ありがとうございます。ではこれより会場へご案内いたします。事前に確認したとは思いますが、今一度。このトブの大森林、そしてこの店の中はあくまで中立地帯となります」

 その話は先ほど、トブの大森林の外で移動手段を提示したメイドからも聞いている。帝国という現在戦争をしている敵国の者も多いとあれば、その取り決めは必要だろう。

 トブの大森林は現在王国ではなくアインズが管理しているため、王国の法律が届かない治外法権地帯となっている。

 もっとも森の東側に関しては未だに帝国の領土のままであり、そちらはあくまでアインズが帝国から借り受けて管理しているだけだという。

 その話を聞いたときは、王国もそうすべきだったと思ったものだが後の祭りだ。

 黙って話を聞いていたガゼフが、こちらに目配せをする。

 口を開いていいか。という問いかけであると理解し、ランポッサは僅かに顎を引いた。

 

「セバス殿。私は陛下の護衛であり剣。陛下のご命令がない限り、自ら剣を抜くことはないが、もし仮にどこかの国がこちらに仕掛けてきた場合はどうなる? まさかその場合でも剣を抜くなと言うのか?」

 帝国の皇帝も参加するパーティーなのだ。護衛を任せられたガゼフとしては、失礼は承知の上でも万が一の状況を想定しておきたいと考えるのは自然だろう。

 あるいはこの店の防衛設備を調べようとしているのかもしれない。

 

「防衛のためであれば問題はございません。もっともこの店の中でのもめ事はすべて私も含めた店の者が解決いたしますので、ストロノーフ様も安心しておくつろぎ頂きたいと思っております」

 確かに体つきは老人とは思えないほどしっかりしているが、年齢は自分とそう変わらないだろう。ここには帝国の四騎士がいるし、聖王国も英雄級の実力者である聖騎士団長レメディオスを連れていると聞いている。

 アダマンタイト級冒険者を一蹴した大悪魔を倒したアインズの実力ならばともかく、この老人にそれだけの力があるとは思えないが。

 

「セバス殿であれば安心できます。ですがお気遣いなく、私は陛下の剣として護衛の任務を全うさせていただきます」

 ガゼフがあっさりと了承したことに些か驚くが、ガゼフは戦士として相手の強さを見抜く目も確かである。

 そのガゼフが納得したのなら、こちらが心配することはない。

 

「ストロノーフ様の任務を邪魔する気はございません。では改めましてご案内いたします。こちらにどうぞ」

 先を歩き出した執事の足取りは緩やかなもので、足に力が入りづらい自分の歩幅に合っている。

 立場上どうしても弱みを見せられない人前では、こうした気遣いはとてもありがたい。

 自分に長年仕えてくれている執事も近いことをするが、ここに降り立った時の一瞬の足運びで気づいたのだとすれば、なるほど。商品だけではなく、人材も素晴らしい者ばかりという評判は偽りではなさそうだ。

 なによりこのゆっくりした足取りのおかげで、時間を掛けて考えを纏めることもできる。

 

 今回、ランポッサがこの場に来ることは、政敵でもある貴族派閥の盟主、ボウロロープ侯のみならず、ウロヴァーナ侯やぺスペア侯といった自分の派閥に属している者たちからも大きな反対を受けた。

 ただの商人が三国の支配者を客として招くことは勿論、敵国である帝国の皇帝がいる場に出向き、さらにはその皇帝より立場が下だと理解した上で出向くなど以ての外。というのが理由であり、特に息子であるバルブロの怒りは大きく、自分が王であったなら、そんな弱腰な対応はせず、魔導王の宝石箱や帝国も纏めて叩き伏せ、自分の下に跪かせてみせる。と遠回しながら自分に王位を譲るように進言して来た。

 いつもであれば適当に宥めておしまいであったが、流石に今回ばかりはきっぱりと拒絶した。

 普段と違う自分の態度に、初めこそ戸惑った様子を見せたバルブロもやがて、怒りで顔を真っ赤にして執務室を後にして行った。

 大方、ランポッサが跡取りにザナックを選び、その為にバルブロを蔑ろにしているとでも思ったのだろう。

 そのつもりが無かったと言えば嘘になる。

 いや、もしそこでランポッサがここに来る理由を察してくれたなら、話は違ったかもしれない。

 その後すぐ、ボウロロープ侯に接触したとの報告を聞いた時、ようやく自分の息子と決別する覚悟を決めた。

 近いうちに、バルブロを切り捨てたことを不服としてボウロロープ侯を初めとした貴族派閥がこぞってランポッサを糾弾し、やがて国が二つに割れる内乱に発展するだろう。

 これも今まで自分が決断できなかったせいで起こる事。

 ラナーとレエブン侯の説得でやっと覚悟を決めてここに来たが、未だに国を二分し、自分の血を分けた息子と戦うことになるのはやはり気が重い。

 しかし、そうなったとしても絶対的な戦力差があれば、流す血の量を最小限に抑えることができる。

 ここでの行動によってそれが決まる。

 

 自分が為政者として、無能であることはとっくの昔に理解している。

 王位を継いで以降、王国の現状を嘆き、何とかしようと行動したつもりだった。

 しかし結果として、本来王位を継ぐべきバルブロを優れた後継者として育て上げることができず、かといって優秀な次男のザナックに継がせる決断もできないまま、無為に時間を過ごしてしまった。結果、貴族派閥の台頭を許し、最も忠実で信頼でき、戦力としても代えなど存在しないガゼフに危険な命令を下しながら、ろくな装備を持たせてやることすらできず死なせかけた始末だった。

 それらもすべて自分に王として力が無かったことが原因だ。

 王国と同じく封建国家だった帝国で、貴族の力を削ぎ落とし、絶対王政へと変貌させ、今尚国力を拡大し続けている皇帝、ジルクニフとは比べ物にもならない。

 ここにはそのジルクニフも来ており、すでにアインズとも友人関係を築き、主賓として招待されている。

 対して王国は、これまで殆どアインズの利益に繋がるようなことはせずに、むしろ邪魔をしている。ここに招かれたのも、個人的にアインズと友好関係を持っているガゼフの存在があってこそだ。

 だが、それでも自分は王であり、自分の肩には九百万を超える民の命が掛かっている。

 諦めることなど許されない。

 支配者としての格では勝てずとも、ここでアインズと友好的な関係を築ければ、貴族派閥のことだけではなく、帝国との戦争にも意味を持つ。

 刈り入れ時を狙って国力を下げる目論見は意味を無くし、直接ぶつかり合おうにも、互いがアインズの店から戦力を借り受ければ、兵や民の被害も今までの比ではなくなる。

 そうなれば──こういう言い方はしたくないが──育て上げるのに時間の掛かる専属の騎士団を持つ帝国の方が、一兵あたりの損失が大きくなる。聡明なジルクニフならば無駄な犠牲を避けるために、戦争ではなく対話のテーブルにつくかもしれない。

 これらはすべてレエブン侯から聞かされたものであり、これだけの利点を並べられてランポッサはやっと息子を切り捨てる覚悟を決めたのだ。

 

「どうぞ。中へお進みください」

 考えごとをしているうちに、気がつけば中央の建物の入り口側までたどり着いており、両脇に立っていた巨大なゴーレムが同じく巨大な扉をゆっくりと開く。その光景に圧倒されながら、中に進むように促すセバスを前に、膝の痛みを無視して力強く地面を踏みしめ、店の中に歩みを進める。

 

(民を救うためにも、なんとしてもここで王国の存在感を示さなくては)

 王国の今後を決める戦いが始まろうとしていた。




移動だけで一話使いましたが、商品や店の様子を見た現地人の様子を書けるのはここが最後になるかも知れないので、パーティー編は少し細かく書こうと思います

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