オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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聖王国編の後始末、既に全ての都市は解放済みで、ナザリックに帰る途中の話です
聖王国での作戦目的や法国への罪を押し付けの辺りが解りづらかったので解説を兼ねて書いたら長くなったので、半分に分けました


第75話 帰り道

「ふぅ」

 肉体的な疲れなど存在しないアインズだが、ここしばらくどうにも精神的な疲れが抜けず、無意識にため息の真似事をしてしまう。

 ほんの小さなものだったが、横に座った──向かい側も空いているのに──パンドラズ・アクターが即座に反応した。

 

「父上。如何なさいました?」

 

「……いや、気にするな。アンデッドである私は疲れると言うことはないのだが、ここ最近人間のふりを続けていたせいか、時折自然とこうした態度をとってしまうのだ」

 パンドラズ・アクター相手ならば、あまり隠す必要もないと思うのだが、最近は宝物庫を出て他のNPCとも交流を持っていることを考え、適当な言い訳を口にする。

 

「なるほど! 流石は父上。このパンドラズ・アクター、演技においては誰にも負けない自信がございましたが、父上を前にしては兜を脱がざるを得ません」

 相変わらずの過剰な動きだが、アインズが隣にいることもあって、流石に身振り手振りは大人しい。

 それでもなお心にざわつきを覚えたため、話を変えることにした。

 

「……そうだな。ところでパンドラズ・アクター。一つ聞きたいのだが」

 

「はっ。何なりと」

 練習中、そして本番でも何度か考えていたことを確認したくなったのだ。

 

「今回の脚本、台詞を考えたのはもしかして──」

 

「無論この私、パンドラズ・アクターが主導となって勤めさせていただきました。お二人も色々とアイデアは出して頂きましたが、やはり父上の思考や言葉遣いを真似ることに関して、この私に勝てる道理などございません」

 誇らしげに語るパンドラズ・アクターを前に、アインズはだよなぁ。と心労の主な原因となっていることを思い出す。

 ヤルダバオトの提案を断った際や、聖王国の都市を解放し、救国の英雄として声援を送られた時などに行った、妙に格好付けた動きや台詞はまさに、パンドラズ・アクターのセンスと言えるだろう。

 今までも支配者としての演技を続けており、練習は基本的に二人で行っていたため感覚が麻痺していたが、ああして人前でやるのは思った以上に恥ずかしかった。

 かといって精神沈静化するほどでもなかった。ジワジワと長時間恥ずかしさが持続する苦しみを味わい、ようやく全てが終わり聖王国を離れて、帰路に就き、やっと休める。と思った矢先にパンドラズ・アクターが訪ねてきたのだ。

 

「そうか」

 

「父上。何か気になる点がございましたか?」

 

「いや、気にするな、済んだことだ。どちらにせよ、今回の作戦を成功に導いたのは、お前とデミウルゴスの活躍があってこそだ、良くやったなパンドラズ・アクター」

 

「ありがたき幸せ。このパンドラズ・アクター、父上にそう言っていただけただけで、全ての苦労が報われるというもの」

 立ち上がり右手を体に添え、左手を水平に差し出し、右足を引く。

 何というのだったか、いつかギルドメンバーの誰かに聞いた、西洋式のお辞儀を取りながら頭を下げるパンドラズ・アクター。

 自分の直ぐ横でそんなことをされても狭苦しいだけだが、誉めた直後に指摘するのも気が引けたので、体を僅かに引きながら手を振る。

 

「……追って褒美を取らせる。何か考えておけ」

 

「ハッ! 畏まりました」

 以前ならばこう言った時は毎回一度は断っていたが、何度か褒賞式を行い、その度に配下の無欲は時として主人を不快にする。と言い続けた結果、一度で了承してくれるようになった。

 それは良いのだが、褒美として欲しがる内容は実に些細なものばかりだった。

 確かにいきなり強欲になられても困るが、やはりそういう主人に気を使いすぎる感性も徐々に改善していってもらいたいものだ。

 

「そう言えば蒼の薔薇はどうしている?」

 現在この幽霊船に乗っているのはアインズとシズ、パンドラズ・アクターに蒼の薔薇の五人だけだ。

 つい先日、占領された最後の大都市であるリムンを奪還したことで、こちらの仕事は全て終わりとなった。聖王国の王都に戻る聖王女たちとはそこで別れて、アインズたちは幽霊船で早々に帰還することにしたのだ。

 その際、カルカやネイア、更にはアインズに対し失礼な態度をとり続けていた騎士団長のレメディオスまでもがアインズたちを引き留め、せめてヤルダバオト討伐と王都奪還を祝し、その功労者であるアインズを讃える式典を開くまで聖王国に残ってほしい。と言われたが、それを聞いて余計に帰る意志を固めた。

 一度はパンドラズ・アクター扮するモモンと蒼の薔薇を置いていき、すべて押しつけようとしたのだが、その蒼の薔薇も急ぎ王国に帰還する──ヤルダバオトと法国との関係を王国に一刻も早く伝えるためだろう──と言ったので一緒に連れて帰ることにした。

 モモンはそちらと一緒に居たはずなのだが、今こうしてここに来ていることを不思議に思ったのだ。

 

「あのお嬢様方は、王国に今回の件をどう伝えるべきか話し合うということでしたので、私は下がらせてもらいました。居ても構わないとのことでしたが、私が居ない方がより重要な話をしてくれるでしょう」

 つまり何らかの方法で盗聴しているということなのだろう。

 納得しつつ、もう一つ気になっていたことも聞いてみる。

 

「ところであのイビルアイとか言う娘。気づいていたか?」

 今までは少し強いだけの魔法詠唱者(マジック・キャスター)程度に考えていたが、ヤルダバオトとの戦いで初めて、イビルアイが人間ではなくアンデッドであることに気が付いた。

 

「……ええ。まあ、あそこまであからさまですと流石に」

 自分がまったく分からなかったことをあからさまと言ってのけるパンドラズ・アクターの観察眼に改めて感心する。

 

「ほう。私は直前まで気づかなかったが、態度で分かるものか?」

 アインズはアンデッド探知の特殊技術(スキル)によって──今までは反応していなかったので何らかの方法で誤魔化していたのだろう──その正体を知ったが、パンドラズ・アクターはどこを怪しんだのだろうか。

 人間の振りをしているのはアインズも同じであるため、知っておきたい。

 

「常日頃から、ナザリックにいるお嬢様方が父上に向けている視線を見ておりますので」

 なんとなく話がかみ合っていない気がする。更に詳しくパンドラズ・アクターに問おうとした瞬間、部屋の扉がノックされ話は一時中断する。

 アインズは仮面を着け直すが、パンドラズ・アクターは初めからモモンの姿なので、そのままだ。

 

「入れ」

 

「…………失礼します……アインズ様。蒼の薔薇がモモン様を探しています」

 入ってきたのはシズであり、アインズに一礼した後、パンドラズ・アクターに目を向けた。

 

「もう話が終わったのか、モモン。戻ってやれ。先ほどの話だが、こちらが気づいてることは秘密にしておけ、後々使えるかも知れん」

 人間の中に紛れて生活するアンデッド。

 それも人類の守護者とまで呼ばれるアダマンタイト級冒険者にまでなった者であれば、今後の参考に話を聞きたいところだが、同時に最高位冒険者の弱みを握ったとも言える。

 今後色々と活用できる手札を今こちらから晒す必要はない。

 

「我が神の望むままに」

 

「…………うわぁ」

 優雅に一礼するパンドラズ・アクターの背後で、シズが無表情ながらはっきりと感情が読み取れる声を上げていたが、パンドラズ・アクターは気づかなかったのか、それともあえて気づかぬ振りをしたのか、そのまま部屋を後にした。

 

「シズ。外にアウラが居るから連れて来てくれ」

 

「……はい。分かりました」

 パンドラズ・アクターが居なくなり、改めて一休みしたいところだったが、そうも言えない。

 シズとアウラにも話をしておかなくてはならないことがあるし、蒼の薔薇がモモンとの会談後、こちらにも何か言ってくるかもしれない。

 そう考えると休むのは、ナザリックに戻ってからにするべきだ。

 

 

「アインズ様。お待たせいたしました!」

 少し時間を置いてから元気良く部屋の中に入ってきたアウラがいつものように自分の前に膝を突こうとしたため、それを手で制する。

 

「よい。今は時間がない、アウラ、それにシズも座れ。話がある」

 

「はい!」

「…………はい」

 パンドラズ・アクターとは異なり、二人はきちんとアインズの向かい側のソファに腰掛ける。パンドラズ・アクターよりこの二人の方が大人なのでは。と思ったが、敢えて触れることもない。

 シズはいつも通り淡々とした無表情だが、アウラは瞳を大きく開き、なにやら嬉しそうに地面に付かない足をパタつかせている。

 

「二人とも。今回の作戦ではそれぞれ重要な役割を担い、完璧にこなしてくれたな。実に見事な働きだったぞ」

 

「ありがとうございます!」

「…………嬉しい、です」

 元気良く手を挙げるアウラと、静かに、けれどシズにしては珍しく、アインズでも分かるくらいはっきりと喜びの感情が見える。

 

「二人にも当然後ほど褒美を渡すが、それとは別にだ。先ずはアウラ、これを返しておこう」

 仕舞込んでいた強欲と無欲を取り出してアウラに渡す。

 元々これはマーレに預けていたのだが、今回の計画に必要なのでアウラに預けた山河社稷図と交換させて持たせていたものだ。

 アインズには自前の世界級(ワールド)アイテムがあるので、とりあえずアウラに渡しておくことにした。

 

「はい。お預かりします」

 経験値を多少吸ってはいるが、その量は大したことはない。商品のアンデッドに紛れ込ませた、アインズが自分で召喚したアンデッドが倒した亜人の分だけだからだ。

 何かに使ってみたい気持ちもあったが、あの僅かな経験値では何にも使用できない。このままアウラに渡しても問題はないだろう。

 

「事前に実験してはいたが、やはりこちらでも経験値は存在するようだな」

 世界級(ワールド)アイテムの一つ、強欲と無欲。それは自分に入る経験値を横取りし貯蔵、解放する力。

 レベル百のアインズは、これから先どれほど敵を倒そうと、経験値は入ることなく無駄になる。

 もとより貧乏性であり、更にユグドラシルと違い、レベルを上げることは非常に難しいこの世界に置いて、このアイテムの重要性は跳ね上がった。

 〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉に代表される経験値を使用する魔法や特殊技術(スキル)を使わずに済む保証はどこにもないからだ。

 かと言って今後強力な敵が現れる可能性を考えると、経験値を使用してレベルを下げる訳にもいかない。

 だからこそ、この世界級(ワールド)アイテムは範囲攻撃で大量の敵を同時に倒せ、効率的に貯めることのできるマーレに持たせていたのだ。しかし今回はそれとは別の使い方が必要となったため、一時的にアインズが持っていた。

 

「あの、ところでアインズ様。今回の作戦って結局のところ、最後のやつが一番重要だったんですよね。そのためにこれをマーレと交換して使ったと。どういう意味があったんでしょうか?」

 アインズから強欲と無欲を受け取ったアウラは、それを身につけながら質問する。

 その横ではシズもコクコクと頷いていた。

 彼女たちは今回の作戦、その全てを知っているわけではない。

 正確には内容は知っているが、それがどういう結果に繋がるのか。と言うところの説明を受けていないのだ。

 元々彼女たちを連れていくと決めたのは、全ての計画が決定した後の思いつきであり、あくまでアインズの護衛という立ち位置でしかなかったためでもある。が、きちんと説明した後、例によって突発的な事態が起こり、作戦の目的が変わってしまった場合、それをうまく説明できる自信が無かったのも理由の一つだ。

 だが今回は最初から最後まで台本通りに──クアイエッセという予定外の事態はあったが──実行できたため、今更隠す必要は無くなった。

 特に今回ネイアという友人を得たシズは今後、聖王国に支店を出すときは率先して派遣するつもりだ。

 その時にこちらの作戦を知っておけば、話がそちらに向かいそうになったら話を逸らすこともできる。

 そう考えて、アインズは改めて聖王国での作戦に関する説明をすることにした。

 

「そう。それがもっとも重要だ。しかし、他にも今回の作戦には幾つか目的が存在した。何か分かるか?」

 一から全て説明してもいいのだが、やはり彼女たちの成長を考えると、少しは自分たちで考えてもらった方が良い。

 アインズの問いかけに、二人は顔を見合わせてから同時に腕を組んで首を捻った。

 何とも息の合った動きだが、そう言えばシズは暇があるとアウラの住む第六階層の魔獣に会いに行くそうなので──ハムスケを第九階層に置いて以降はその頻度は減ったようだが──元から仲が良いのだろう。

 

「はい!」

 やや時間を掛けてから最初に手を挙げたのはアウラだ。

 今回初めてまともに外に出て仕事をこなしたシズと異なり、アウラは以前から色々と外で仕事をしていたため、考える力が身についていたのだろう。

 続きを促すとアウラは元気良く声を張る。

 

「帝都の時と同じように人間の町を壊して、その復興を手伝って商売をすることです!」

 

「うむ、そうだな。復興の際、何から手を着けるのか、自国だけでやることと他国や商人にどこまで手を借りるかなどは帝都で行った実験で分かっていたからな。聖王女との復興に関する商談もスムーズに進めることができた。これも目的の一つだ」

 見事なマッチポンプだが、これは大きな利益が見込める。そのために占拠した都市は徹底的に破壊し、ゴーレムやアンデッドによる復興をしやすくしておいた。

 ただし帝都と少し違うのは、今回は一部を除き、人間は連れ去ることなくそのまま収容所に残していたことだ。

 これは単純に、もうアンデッドの素体になる死体が当分の間はこれ以上必要ないこと。

 そして、何より悪魔の恐怖を知る人間を多く残すことで、そこから救い出したアインズに感謝させるのが目的だった。

 そうした人間相手なら今後の商売もうまく進むだろう。

 

「…………後はアンデッドの普及も、ですか?」

 

「そう。儲けるために戦力を貸し出すだけならゴーレムでも事足りる。それなら最初から借りただろうしな。だが今回ほどアンデッドを広く普及させ、その便利さを知らしめ、人間が抱いたアンデッドに対する恐怖心をぬぐい去るに相応しい舞台はなかなか無かったのだ」

 これも先ほどと同じく、直接国民を救い出したことで、アンデッドに対する恐怖心は減り、カルカが復興のためにアンデッドを借りたことも合わせて、帝国と異なり死霊術師(ネクロマンサー)の存在が無くてもアンデッドを大々的に使うことになる。民衆もその利便性にも直ぐ気付くはずだ。

 

「…………ネイアも言っていました、アンデッドが怖くなくなったって」

 

「そうか。うむうむ」

 シズの言葉にアインズは満足げに頷いた後、本題に入った。

 

「そして最後の目的こそが、先ほどアウラが言った憤怒の魔将(イビルロード・ラース)を魔神に仕立て上げ、聖王国での騒ぎが法国の神を復活させるための儀式だと信じ込ませることだ。強欲と無欲を使ったのはその補強といったところだな」

 ここ最近、トブの大森林という広大な土地を手に入れたことと、時間的な余裕が出来た──店に出ている者たちを除き──ことで、ナザリックでは今まで後回しになっていた実験が盛んに行われるようになった。

 その中には当然、世界級(ワールド)アイテムがこの世界でも正常に使用できるかというものもあった。

 強欲と無欲を使った実験では、この世界でも敵を倒すと経験値を得ることができることと、その経験値を回収する際のエフェクトとして青い光の塊が浮かび上がり、吸収されることが判明した。

 その実験はマーレが行ったのだが、世話役として付いてきていた例の元奴隷の森妖精(エルフ)が見た際、魂を吸い取っていると勘違いした。それを聞いたアインズが、今回の作戦に強欲と無欲も組み込むことを思いついたのだ。

 ようは〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉で姿を消したアインズがヤルダバオトの後ろに隠れ、死んだ亜人の経験値を吸収することで、光の神復活の生け贄として魂を集めているように見せかけることにしたということだ。

 結果は大成功と言えるだろう。

 蒼の薔薇はあの光景を見て、ヤルダバオトが本当に光の神を復活させようとしていると確信していた。

 

「そういう目的があったんですねー」

 アインズが説明したことを咀嚼するように何度も頷くアウラ。

 以前はアインズに言われたことをただ実行していただけだったが、何度か考えることの重要性を説いたためか、こうして自分の行っている仕事がどんな目的で行われるかを自ら考えるようになったのは実に良い傾向だ。

 

「その通りだ。スレイン法国、奴らはなかなか隙を見せない。特に情報隠蔽が非常に巧い。それこそデミウルゴスでもその全容を把握できないほどにな」

 

「デミウルゴスでも!? 人間でもそんな奴らもいるんですね」

 

「うむ。私はその理由を今までプレイヤーがいるためだと思っていた」

 

「プレイヤーって。あの?」

 アウラの表情が強ばる。

 かつて千五百人という大連合を率いてナザリックを襲撃したプレイヤーたちは、第八階層で撃退された。

 つまりはアウラとマーレがいる第六階層も突破され、彼女たちも負けている。

 守護者たちにその時の記憶は無いらしいが、知識としてプレイヤーの強大さは知っているということだ。

 

「もっとも、今もいるのではなく、かつていたプレイヤーが造った国。というだけらしいがな」

 慌てて、けれどそれは表に出さないように今は居ないと告げて、アウラの不安を取り除く。

 

「この間のアレが言っていた、するしゃーな? でしたっけ。そいつのことですよね。アインズ様をそんな奴らと間違えるなんて、不敬にもほどがありますよ!」

 話しながらクアイエッセの言葉を思い出したらしいアウラが、ぷりぷりと怒る中、隣に座ったシズもコクコクと先ほどより大きく首を振って頷いた。

 仲間を洗脳した者の一員ということに加え、アインズを別の(プレイヤー)と勘違いしているクアイエッセの評価は低いらしい。

 アインズとしてもそれは同じだ。

 幾ら奴が自分を神と崇め、有益な情報を幾つも提示したからといって、それでもシャルティアの件を許すことなどできはしない。

 間違っても、他の王国や帝国の店舗で働かせている者たちのように使ってやるつもりはない。

 よってスルシャーナとやらとアインズの記憶を入れ替え、アインズ自身を神と崇めるようにした後は何か別の使い道を考える必要がある。

 その辺りも結局はデミウルゴスに丸投げになるのだろうが。

 

「とにかく、今回の件で法国は魔神と組んで他国を蹂躙し、自分たちの神を復活させようと企む者という印象を植え付けられた。聖王国、そして蒼の薔薇を通じて王国、やがては以前ヤルダバオトが暴れた帝国にも、法国と敵対する理由ができる。それでこそ奴らを潰す準備が整うと言うもの」

 そう。隙を見せないならばこちらが作ってしまえばいい。

 

「ですけどアインズ様。実際はそんなことしてないんですよね? 法国に否定されてしまったらそれまでなんじゃ……」

 確かにその通りだ。

 現状の法国が目指しているのはあくまで人間以外の種族の排除であり、神の復活ではない。

 そもそもヤルダバオトが言っていた方法で、プレイヤーを蘇らせることなど不可能だ。

 だが、その件でもデミウルゴスは対策を講じていた。

 しかも偶然手に入った情報を急遽盛り込んでだ。

 

「そこでクアイエッセから得た情報が役立つ。法国が信仰する六大神は上層部の者以外には、国民にさえ名前も伝わっていない。それをヤルダバオトが口にしたことで、法国側がこの件を知っても、もしかしたら本当に神を復活させようと上層部の誰かがヤルダバオトと結託していたのでは、と思い簡単には否定できない。そもそもやったことを証明することに比べ、やっていないと証明するのは難しい。奴らの秘密主義が仇となる訳だ」

 付け加えるなら、評議国は元から法国と仲が悪く、竜王国はビーストマンに攻め込まれているせいで助ける余裕など無い。法国は完全に孤立することになる。

 

「おおー」

 素直に感動する二人を前に、自分が考えたわけでもない作戦を自慢げに語っていることに気づき、一度咳払いをして自分を落ち着かせる。

 

「つまりは、これで法国を攻める大義名分ができ、どこかの国が戦争を仕掛ければそれに乗じて我々も手を貸し、合法的に法国を潰すことができる訳だ。そしてこの事を今知っているのは、ネイアと蒼の薔薇のみ。この情報をいつどのタイミングで広めるかもカルカとラナーを通じて、こちらである程度操作できる。これら全てはデミウルゴスの考えたアイデアによるもの、奴の作戦立案能力には私とて舌を巻くほどだ」

 この計画は全て、舞踏会の後で法国と敵対することを決めたアインズの指示でデミウルゴスが新たに練り直したものだ。

 本来ならば聖王国での計画は、単純に亜人と悪魔を暴れさせてインフラの破壊と人材を減らすことで国力を低下させ、それを魔導王の宝石箱がゴーレムやアンデッドを使って補い、儲けを出すというものだった。

 デミウルゴスはその計画を破棄し、アインズの無茶ぶりとも思える方針変更に見事応えてくれた。

 とはいえ、そうした上司の思いつきによる変更が部下にどれほど辛い思いをさせるのかリアルで身を以って知っていたアインズとしてはここまで急ぐつもりはなかった。聖王国での作戦後、別のやり方で法国を貶める作戦を考えて貰うつもりだったのだが、予想以上にデミウルゴスが頑張ってくれたわけだ。

 その手柄を奪うつもりなど毛頭ないし、素直な二人ならアインズがデミウルゴスの方が上と言ってきちんと説明すれば深読みせずに理解してくれるかも知れない。

 実際今回の作戦でアインズは、今まで深読みされる原因となった突発的な事態を適当に処理していたらなぜか良い方向に転がったようなこともなく、ただただデミウルゴスたちが造った台本のまま最初から最後まで進めただけなのだ。こうして少しずつでも虚像を修正していけば、いつか皆もアインズの能力を買いかぶりすぎていたと気づいてくれるに違いない。

 

「そんなことありませんよ! アインズ様が一番です。アルベドも言ってました」

 そんなアインズの考えを案の定アウラが否定してきたので直ぐに説明しようとしたが、突然アルベドの名前が出てきたため、一度それを止めた。

 

「ん? 何の話だ?」

 

「先ほどアインズ様が仰っていた法国の奴らしか知らない情報。あれを知ってた人間を捕らえたのはアインズ様の作戦なんですよね!? 本来だったらあの森の中に陣を張る必要なんかなくて、アベリオン丘陵にそのまま飛べば良いのに一度あそこに寄ったのは、あの人間を捕まえるためだって、アルベドが言ってました」

 

(ええ!? そこを俺の手柄にするの? 完全に偶然だよ。法国が来ているなんて分かるはずないし)

「いや、あれはだな──」

 単にシズとネイアが仲良くなれそうだったので、二人が親交を深める時間を作るために、亜人がどこから現れるか分からないアベリオン丘陵ではなく、森の中に一泊しただけとは言い辛い。

 

「しかもスケジュールを変更しないように、完璧なタイミングで捕らえ、奴の勘違いを利用して情報を引き出す。こんなことが出来るのはアインズ様しかいないって言ってました! その結果法国は言い訳できなくなったんですよね?」

 

(……確かに第三者の視点から結果だけ見れば、まるで俺がデミウルゴスの作戦を補強するために行動したとしか思えない。なぜ毎回毎回……だいたい俺の運、いや悪運の良さはおかしい、こんなことはあり得ない。あれか、この世界は幸運も数値化しているのか? そう言えば上位幸運(グレーター・ラック)も使えるわけだし、俺のレベルが百なら運も高くなっていても不思議はない……いやそれなら守護者たちの運も高くなるはずだし、そもそもゲームの運の良さってそういうものじゃないだろ)

 ゲームの運の良さは、あくまでクリティカルが出やすくなったりドロップアイテムが良い物を引けたり、そういう意味での運の良さのはずだ。

 現実世界の行動にまで影響が出るとは思えない。

 だが他に説明が付かない。と頭を捻っていると、こちらをじっと見ていたアウラが首を傾げる。

 

「違うんですか? でしたらどうしてあそこに?」

 純粋な瞳で問われると嘘は吐き辛いが、大事な作戦の最中に何をやっていると思われるのも困る。

 肥大化しすぎた虚像の修正は重要だが、かといって無能と思われるのはもっと不味い。今まで作戦全てが適当な采配だと気づかれてしまっては元も子もない。

 

(今回も失敗か、仕方がない)

「いや……うむ。確実性は無かったため言わなかったが、確かにその可能性も考えては、いた」

 ナザリックではなくアインズ個人にとっての重要な作戦である、虚像修正作戦はこうして今回も失敗した。

 

「やっぱり! 流石はアインズ様です」

 

「…………凄いです。流石アインズ様……」

 揃って賞賛の声を上げ、シズに至ってはパチパチと手を叩いて見せる。

 そのシズにアインズは顔を向け、折角なのでアインズの計画を代償にして叶えた、もう一つの成果であるシズとネイアの友情についても確認することにした。

 

「話は変わるが、シズ。バラハ嬢とは別れの時もあまり話していないようだったが、仲良くなれたのか?」

 ネイアが先輩と呼んでいることは置いておく。二人はアインズの居ない、あるいは居ないと思っている時はなんだかんだと仲良く話していたようだったが、シズからはっきりと友達だと聞いたわけではない。

 

「…………はい。お気に入り……です」

 

「へー。あの目つきの悪い人間でしょ。ああ言うの気に入るのはシズにしては珍しいね」

 何気に失礼なことを言っている気はするが、シズは気にした様子も見せずに頷く。

 

「……うん。でも見慣れると、味のある顔」

 

「そうなんだ。あたしはアインズ様の護衛であんまりちゃんと見てなかったからなぁ」

 

「……でもアインズ様に抱き上げられてたのはちょっと生意気……今度会ったら先輩として指導をする」

 恐らくはヤルダバオトを倒した時のことだろう。ネイアに預けたアルティメイト・シューティングスター・スーパーを使って貰い、その強さを宣伝して貰うためにしたことだが、別の意味でシズの怒りを買ったらしい。

 

「あー、うん」

 それに対するアウラの対応は、ややぎこちない。

 アウラは以前アインズに抱き上げられて以後、気に入ったのか時間を見つけては度々アインズに甘えてくるようになった。

 姿が見えないこともあって、暇さえあればずっと手を繋いで──ガントレット越しだが──いたこともあり、ネイアに嫉妬したりする気持ちはなく、逆に気まずさを感じているようだ。

 

「……?」

 そんなアウラの態度に不思議そうに首を傾げるシズに、アインズは慌てて口を挟む。

 

「シズには聖王国に支店を作る時は行って貰う。いや、そうでなくても休みの時は遊びに行って構わんぞ。転移門(ゲート)であれば私が開いてやるからな。そのための場所もいくつか記憶しているしな!」

 

「…………その時は、お願いします」

 何となく嬉しそうに見えるシズと、外で働けることに対してなのだろう。いいなぁ。と今度はシズを羨んでいるアウラに、彼女が働く場所も用意しなくては。と心に刻みつつ、アインズは未だ気が抜けず、この精神的な疲労から回復するまでにはまだまだ時間がかかることを察し、今度は心の中でため息をついた。




長くなったのでここで切ります
次は他の人たちの話。もうほぼ書き終わっているので二、三日後には投稿できるはず

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