オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前回の続き、ジルクニフが一人で頑張る話です


第59話 帝国支店での交渉

「皇帝陛下」

 驚いたようではあるが、不作法は見せずにその場で深く礼を取るユリにジルクニフは語りかける。

 

「相変わらず美しい、アインズが羨ましい限りだな」

 軽口を叩きながらざっと店内を見回した。

 さして広くは無い店内だが、そんなことはどうでも良い。

 重要なのは受付に立っている森妖精(エルフ)たちだ。

 複数の森妖精(エルフ)がこちらに向かって頭を下げている。

 マーレと同じ闇妖精(ダークエルフ)ではなく森妖精(エルフ)というのならその入手先は一つしかない。

 

(まず間違いなく、あの時蜂起した奴隷の森妖精(エルフ)だ。早速攻めるところが見つかったか。やはり直接見て初めて分かることもあるというものだ)

 お忍びで城下に出るなど物語の中の皇帝や王でもあるまいに、ジルクニフが敢えてそのような愚行を犯したのは、アインズに準備する間を与えないことで、弱みを握ることも目的の一つだったからだ。

 

「実は話があってな。アインズと直接話がしたいのだが、連絡を取る手段はないか?」

 

「アインズ様と、ですか? でしたら──」

 ユリが何か言い掛けたとき店内の奥に通じる大きな扉が開き、中から豪華なローブを纏った男が現れた。

 

「私ならここに。久しぶりです陛下」

 

「おお。我が友アインズ。今回は非公式な場だ、そのような堅苦しい言葉遣いは不要だよ」

(やはり居たか。帝都には頻繁に出入りしていると見て間違いないな)

 これは想定内だ。

 メイドであるユリと、礼儀や社会について何も知らなそうなマーレ。この二人だけで開店の準備など出来るはずがない。

 間違いなくアインズが転移で帝都に秘密裏に出入りし指示を出していたに違いない。

 今までならばジルクニフが訪ねてきても居ない振りをしたのだろうが、例の証明板を送ったことで出入りしても問題ないとジルクニフが許可したことになり、アインズも大手を振ってこうして姿を見せられたというわけだ。

 

「そうか。では遠慮なく、会えて嬉しいよジルクニフ」

 

「私もだよアインズ。先ほども言ったが、開店祝いとは別に話があってな。恐らくそちらも同じだと思うのだが──」

 

「話? まあ良い、では私の部屋に案内しよう。話はそこで」

 

「それはありがたい。ニンブルも同行させても良いか? 皇帝たるものいかなる時にも護衛は必要だ、などとうるさくてな、私はもっと気軽に出歩きたいのだがね」

 

「ああ。うん。もちろん構わないとも。ユリ、私の部屋に案内を」

 アインズは何かを納得したような妙に神妙な口振りで頷いた後、こともなげに言う。

 随分と余裕そうだが、その態度がどこまで貫けるか見物である。

 何しろ今回はこちらが弱みを握っているのだ。

 そんなことを考えながらユリの案内に従い、最上階である三階へと向かった。

 

 

「開店前で十分なもてなしが出来ず、申し訳ない」

 アインズの私室はさほど広くはないが、店内より更に洗練された調度品や、ジルクニフでも持っていないような美しい細工や華美な装飾の施された家具などで飾られていた。

 ジルクニフが腰掛けたその美しいソファの柔らかさと肌触りの良さに驚きながらもそれを表面には出さずに笑い掛けた。

 

「なに。こちらが突然に来たのだ。気にするな、我が友よ」

 改めてこの場が公式なものではなく、非公式なものであると印象づけるために友と呼ぶ。

 こちらもそして向こうもそんな気は毛頭無いのだろうが茶番と知りつつもこうした儀式は必要だ。

 

「ああ。今朝、ユリから知らされたこれを早速使わせてもらった。日付は書いていなかったが今日から使用しても良かったかな?」

 アインズの手にあるのは帝都に自由に出入りすることを許可した証明板。

 おそらく今まで何度と無く不法入国しているだろうに今日初めて使いました。と言わんばかりの態度が若干癇に障るが明確な証拠が無い以上は何も言えない。

 

「ああ。勿論だ、偶然とはいえアインズがここにいてくれて助かったよ。悪いが時間もない。早速話をさせて貰って構わないか?」

 

「もちろんだとも。何の話かは分からないが、すれ違いにならずに済んで良かったよ」

 

(先ずは誤魔化すか。例のトブの大森林を管理する件、王国の王族から反感を買った奴は帝国との関係は悪化させたくないはずだ)

 王国の舞踏会で宣言した内容は当然ジルクニフにも伝わっている。

 詳しい経緯は不明だが、何故かアインズは舞踏会で唐突にトブの大森林を自分の物にすると宣言した。

 どうやら王国の第一王子バルブロと揉めたことに端を発しているようだが、舞踏会に参加させていた帝国貴族は王の側に近づくことは出来なかったため詳しいやりとりまでは分からない。

 だが少なくともトブの大森林を管理しその土地を使用することを王が認め、第三王女ラナーもそれに同意したという。

 

 ここで問題となるのが、森の東側。こちらは帝国が領土として主張している場所であり、王国の一存でどうこう出来るはずがない、しかし森を管理するのならば──情報漏洩も考えると──アインズは森の全てを自分の領土にしたいはずだ。

 加えて帝国との関係は悪化させることもできない以上、強引な手段は採れない。

 よってアインズはジルクニフにも許可を求めてくるはずであり、それはつまり以前のジルクニフと同じく弱みに付け込んでいくらでも要求できる状況ということだ。

 あの時アインズは同様の状況下で金貨九百枚という些細な金額を提示した。

 勿論本命である悪魔像を手に入れるための布石だったのだろうが、ジルクニフにはそうしたどうしても手に入れたいものは無く、また欲をかきすぎてアインズを怒らせては元も子も無い。

 ここはアインズの力を弱めるような何か、を要求したいところだ。

 ただでさえフールーダが弱体化している状況でアインズと帝国との戦力差は大きすぎる。

 これをある程度でも埋めないと戦いにすらならない。

 とにかく先ずはこちらがアインズの弱みを握っているということを示す必要がある。

 

「話は聞いた。トブの大森林内に本店と君の邸宅を作るそうじゃないか。その話をしに来たのだよ」

 ピクリとアインズの指が動く。完全に破損していたはずのガントレットは修復したか新しい物を作ったようだ。

 同時に後ろでニンブルが僅かに身構えたような気配を見せるがジルクニフは振り返ることなく手を振った。

 アインズの武力ならばニンブルも含め、ここでジルクニフを葬ることなど容易いだろう、それは承知の上で来た。

 だが同時にアインズがそうした短絡的な行動は取らないと確信もしている。

 そもそもアインズは武力による支配を望んでいない節がある。

 それが可能なほどの力がありながら、敢えて経済で王国を乗っ取ろうとしているのだ。

 つまりそうしなくてはならない理由があることになる。

 

(普通に考えれば武力による支配は周辺諸国を刺激し敵に回すことになるからだが。だとしたら、奴は周辺諸国の何処かを恐れている? そう考えると行動の辻褄は合う)

 アインズが仮に法国で言う神人に近い存在だとしても、法国にはその神人が今もいる可能性があり、評議国には強大な力を持ったドラゴンもいる。

 つまりアインズはそうした者たちを迂闊に敵に回せば自分の全ての力を使用しても勝てないと考えている。

 だから武力ではなく経済を使い、現在周辺諸国では恐らく最も弱く、付け入る隙の多い王国に目を付けたに違いない。

 そしてその次は帝国の支配も視野に入れているだろう。

 自国が嘗められているようで癇に障るが、確かに地理的にも王国を手に入れれば次は帝国を狙うのは当然だ。

 だからジルクニフが今すべきことはアインズが王国を手に入れるまでに、帝国の力を上げてアインズが簡単に手を出せないようにすることで、帝国ではなく他の国に目を向けさせる。更にその間に法国や評議国等の強国と手を結ぶことだ。

 どれも一筋縄では行かないことだが、帝国を存続させるにはこれしかない。

 それを自分と同等以上どころか、ラナーにすら匹敵する智謀を誇るアインズ相手に行わなくてはならないのが辛いところだ。

 

「ああその話か。そうだな、トブの大森林内に魔導王の宝石箱の本店を構えることにした」

 あまりにもあっさりと口にされ、僅かに苛立ちを覚える。

 まるで決定事項でありこちらの意志など関係ないと言わんばかりの態度だ。

 

「──アインズ。君は私の友人だが、あの森の東側は帝国の領土だ。あそこは我が国の魔法学院の試験でも使用するくらいでね。つまりは我が国の機密があると言っても良い」

 本当は別にそこまで惜しい土地でも無い──森の奥には貴重で高価な薬草などが豊富にあるというが簡単には取りに行けないし、魔法学院の試験も別の地でも行える──のだがこちらが重要視していると思わせる必要がある。

 

「ほう。それは知らなかった。あの森は誰の手も入っていないと聞いていたからね。ではジルクニフ。正確に教えてくれないか。どこからどこまでが帝国の領土だ? 既に調査は済んでいる。私は西側だけで十分だ、線を引いてくれればそこから東側には立ち入らないと誓おうじゃないか」

 ジルクニフの言葉に慌てもせずに淡々と告げるアインズの台詞にジルクニフは驚愕する。

 

(この短期間で森の調査を終わらせただと? いや、以前から秘密裏に進めていたと見るべきか)

 あっさりと森全体の統治ではなく、西側だけで良いというアインズ。

 これでは東側を高く売ることも出来ない。そもそも帝国としては現状トブの大森林は単なる荷物に過ぎない。

 森の奥に進めばそこは人の領域ではなく強大な魔獣やモンスターが支配する土地、足場も悪く頭上に生い茂る木々によって視界も遮られる。

 そんな場所に大軍を送り込むことなど出来ないため、帝国では森の奥を調査することも無かった。

 本来国が領土としている以上はゴブリン等の知恵があるモンスターが異常発生した際などは帝国が排除しなくてはならない──そうしなければ森から溢れ出て人の住処まで襲われる危険性があるため──帝国はそれを勝手に排除してくれる法国に丸投げし、森への出入りも黙認していたが、今後アインズが言うように東側を帝国の領土としたまま、西側をきっちりと管理してしまえばどうなるか。

 当然住処を追われたモンスターは管理されていない東側に溢れてくるに違いない。

 そうなれば法国だけでは対処できなくなるかもしれない。

 ただでさえあの国は今、竜王国に迫っているビーストマンや、活動を活発化させたアベリオン丘陵の亜人たちの対処に追われていると聞いている。

 

 そんな時に帝国が支配していると公言しているトブの大森林の管理までやってくれるかどうか。

 自国の領土と宣言している以上、帝国が治めるのが当然と早々に切り上げるかもしれない。

 そしてそれに帝国は文句を言えない。

 そうなれば大規模な討伐軍を編成せねばならず帝国の復興の遅滞や武力の低下を招き、今度はその隙を突いて王国側から戦争を仕掛けてこないとも限らない。

 何しろ貴族との関係が悪化したにしろ王国にはアインズが居て、奴は王国の支配を狙っている。

 当然戦争となれば向こうに手を貸すに違いない。

 

(あちらに弱みがあるはずだったのに、どうしてこうなる。ここまで見越して森の調査を行っていたのか)

 

「……いや。私が言いたいのはそういうことではない。帝国も森の管理は君に任せるよ。ただ仮にも我が国の領土だ、明け渡すには相応の理由が必要だと言いに来たんだ。私以外の者達を納得させる理由がね」

 結局、こちらの言い値ではなくアインズの言い値で森を売るしかなくなった。

 またもしてやられた感があるが、実際利用価値がほとんど無いとはいえ広大な領土を明け渡すのだから何かしらの理由は必要だ。

 ただで明け渡せば、ジルクニフがアインズに媚を売っていると見なされ、弱腰の対応と言われかねない。

 帝都が半壊し、優秀な騎士や魔法詠唱者(マジック・キャスター)も減ったことでジルクニフの基盤が揺らいでいる現状、それは避けたい。

 

「ではこうしてはどうだろう? 森はあくまで領土としては帝国の物のまま、つまりは森の管理やモンスターの間引きを行い帝国領にモンスターが流れ込むことを阻止する。今までは法国が行っていたらしいがそれを正式に魔導王の宝石箱に依託するというのは。その対価として私たちに土地を貸し出して欲しい」

 

「ふむ」

(結局のところ、無償で土地を貸すことになるが、少なくとも法国のように相手の事情で管理の手を抜くということは無くなるわけだ。それだけでも良しとするべきか、一応アインズの力を削ぐことにもなる。それに──)

 土地が帝国のままとなれば、その部分に関しては帝国の法律で縛ることが可能だ。

 監視は出来ないのでアインズは法律など無視するだろうが、それが狙いだ。

 これから時間を掛けて新たに法律を制定しアインズがやりそうな事を禁止する。

 そして法国か評議国と組んだ後、あくまで帝国の土地のままであることを盾に森を調査し、アインズが法律違反をしている証拠を挙げる。

 武力による支配を望まないアインズだからこそ、法によって裁くことが可能で場合によってはアインズに楔を打ち込むことが出来るかもしれない。

 

「いいだろう。それで行こうじゃないか。善は急げとも言う、この場で契約書を作成し、契約を交わしたいが構わないか? 印璽も持っているので正式な物が作れる」

 アインズに自由な時間を与えては、先手を打たれるに決まっている。だからこそ、危険を冒してこうしてジルクニフが直接店に出向いたのだ。

 こうした契約になるとは思っていなかったが、現状ではこれ以上の条件を得ることは難しい。ここで決めてしまうのが最善だ。

 

「もちろんだ、こちらとしても本店の開店は急ぎたいのでね」

 

「それは良かった。私も時間がなくてな、次に君に会うのは祝勝会の場かも知れない。ああ、そちらも日程が決まったら改めて招待状を送ろう」

 パーティとはヤルダバオトを撃退したアインズを讃え、勲章を授与するために開かれるものであり、王国とは比べ物にならないような盛大なものを予定しているが、復興が済んでいない時に行っては 唯でさえ悪魔たちの残した爪痕に苦しんでいる民衆と、率先して復興支援を行っている神殿勢力の反感を買うので、ある程度復興が進んでからにするつもりだ。

 

「祝勝会か」

 

「どうかしたか? 君のために開催するパーティだ。何かあったら言ってくれ、出来るだけ希望に添う物にしよう」

 

「──では申し訳ないが、立食パーティのようなものはよしてもらいたいな。この仮面は特定の条件下でしか外せなくてね。折角の用意が無駄になってしまう」

 意外でそれも些細な願いに驚くが、そうまでして外したくない仮面に興味がそそられる。

 

「ほう。前にも思ったが、その仮面もマジックアイテムなのか?」

 

「ああ。私が操っている魔獣やアンデッドの制御に必要なものでね、外れればどうなるか、私にも想像が付かない」

 簡単に口にして見せるがもしかしたらこれは脅しだろうか。帝国では現在デス・ナイトも含め、複数のアンデッドを借り受けている。

 その仮面一つで制御が不能になるとなれば大問題だ。

 

「それは恐ろしいな。アインズに提供してもらったアンデッドは実に優秀だ。復興の大きな力となっている。それが操れなくなると大変だ」

 

「ああ。心配しなくても良い。何かあれば直ぐにこの店を任せるユリとマーレに言ってもらえば対処してくれるだろう」

 二人にアンデッドを制御する術があるということだろうか。

 アインズの言葉を鵜呑みにするのも良くはないのだが何かの役に立つかわからないのだ、覚えておこう。と頭の中に記憶する。

 

「では舞踏会はどうだ? 王国と同じというのも芸がないが、ダンスも嗜んでいるのだろう?」

 踊ったのは一曲だけだったと言うが、少なくとも訓練を積んだ動きだったのは間違いないと聞いている。

 敢えて王国と同じ形式にすることで、王国との格の違いを見せつけてやるというのも悪くはない。

 帝国は王国ほど簡単には乗っ取ることは出来ないと示す良い機会かも知れない。

 それに舞踏会ならジルクニフの妾であるロクシーを公然と参加させられる。

 彼女の人を見る目は下手をすれば自分以上だ。彼女にアインズを見せれば何かしら弱みを見つけてくれるかも知れない。

 

「舞踏会か。私はそこまで得意でもないが、悪くはないな。そちらが良ければそうしてくれ」

 

「分かった。では招待状にはアインズともう一人パートナーの名を入れる必要があるな。どうする? アルファ嬢にするか? それともフィオーレ嬢かな」

 冗談混じりに問いつつも、パートナーはアインズの正妻候補となりうる存在、こちらの情報も得ておきたいのが本音だ。

 突然名を挙げられたユリはアインズの後ろで直立不動のまま反応を示さない。

 自分の粗相が主の恥になることを知っているのだろう。

 

「マーレ? ああ、そうか。うん、いや、あの子はまだ幼いからな。こちらで決めたら後で知らせよう」

 

「──そうか。分かった」

 少々反応がおかしいが、マーレという闇妖精(ダークエルフ)の少女は確かに礼儀もろくに身につけておらず、ジルクニフがこの店に入ったときも黙って頭を下げるだけだった。

 少なくとも彼女を店の代表にするつもりは無いと言うことだ。

 王国の舞踏会にはアルベドなる絶世の美女がパートナーを務めていたと聞く。今回も同じならその者が正妻だと判断も付いたのだが、そうでもないのか。

 

「ではニンブル。先の内容で契約書を纏めて来い。アインズ、どこか場所を貸してくれないか?」

 

「ああ。ユリ、案内をして差し上げろ」

 

「畏まりました」

 今回の護衛としてバジウッドではなくニンブルを選んだのはこうした時を想定しての話だ。

 まさかジルクニフが直接契約書を書くわけにもいかない。貴族としての側面も持つニンブルであれば先ほどの会話から、問題なく契約書を作ってくれるだろう。

 結局護衛として来たニンブルもこの場を離れたが、そもそもあの話はニンブルをこの部屋まで入れる方便、大した問題ではない。

 二人が部屋を去りアインズと二人きりになる。

 この先の計画はニンブルにも話していない、アインズの目を余所の国に向けさせるためにジルクニフが考えた方法だ。

 先の話はあくまで前座。これが今日来た本来の目的と言える。

 軽い雑談をしながら機を見計らい、さも今思い出したという演技をしながら本題に入った。

 

「ところでアインズ。例のヤルダバオトだが、その後どうなったか何か情報は入っているか?」

 

「奴か……いや、私は何の情報も入手していない。ジルクニフに探して貰った悪魔像。今はトブの大森林内に仮設で造った研究所に置いているが、そちらを狙ってくるかと思ったがそれもない。どこで何をしている事やら」

 

「……そのことなんだが、私の元に入った情報から推察された事だが、どうも奴はアベリオン丘陵を根城にしている可能性がある。あそこでは多様な亜人種の部族が争いを繰り返しているらしいが、そこにヤルダバオトが現れ、それらを纏めようとしているようだ」

 聖王国に潜入させている帝国の間者から得た情報を元に、フールーダに裏付けをさせた確実な情報だ。

 これも機密と言えるがヤルダバオトは放っておけば国の大事になりかねない相手。

 ジルクニフが情報を漏らしたとしても不思議はないとアインズは考えるだろう。

 

「アベリオン丘陵とは確かローブル聖王国の東側にある土地だったな」

 

「そうだ。あの国は領土の一部を覆うほどの巨大な城壁を築くことを始め、あの丘陵に対策を行っている。しかしここのところ月に一二度はあった亜人の襲撃が無くなったらしくてな。情報を集めるとどうやら亜人たちが一つに纏まり、その中心には強大な悪魔の存在があったらしい。その話を聞いて直ぐにピンときた。奴が帝都から逃げ去る際に言っていたことだ」

 その結果丘陵から逃げ出した亜人の対処に法国が駆り出されているので、悪魔像が無くなりもう帝国を攻める理由が無いとはいえ無視はできない、ヤルダバオトも早めに対処する必要がある。

 

「準備が不十分な内にというやつか」

 

「あの時は悪魔の数をもっと揃えてからという意味かと思ったが、もしそれが亜人種を纏め自分の軍勢を作り上げてからという意味だったとしたら?」

 

「確かに。あの悪魔像も奴の言うように多数の悪魔を同時に召喚する魔法が込められたマジックアイテムだと判明した。もっとも悪魔だけあって召喚するだけで制御できずその場で暴れ出すため、使い道などそうは無いものだったがな。ヤルダバオトが仮にそうした者を操る、例えば私のこの仮面の悪魔版のようなものを持っているのならばあれほど執着していた理由にもなる。自分の意のままに操れる強力な軍勢を手に入れるのが奴の目的だとすれば、代わりに亜人を狙っているのも辻褄は合うな」

 今の話をきいておや。と思う部分があった。悪魔像の話だ。

 それが本当だとしたらアインズは何のために多額の報酬を捨ててまであの悪魔像を手に入れることを選んだのだろうか。

 

(いや、あの手の自分で再現できない魔法が付与されたマジックアイテムは魔法詠唱者(マジック・キャスター)にとってはそれだけで価値がある物か。爺もそんなところがあるしな。金よりはアインズにとって意味のある物だったのだろう)

 気を取り直し本題に入る。

 

「だからこそ、次に奴が狙うのは恐らくは聖王国だろう。召喚する悪魔と違い亜人の軍勢は食料も住処も必要となる。奴が狙うとしたらもっとも近く、これまで亜人たちが何度も侵略を試みて内情を理解している聖王国とみて間違いない」

 

「ふむ。それで私にどうしろと?」

 

「いや、良い稼ぎ場になるんじゃないかと思ってな。他意はないさ。友人に対するちょっとした情報提供だよ。ただ、あの国は法国ほどではなくとも宗教色が強い。よほど追いつめられない限り我々のようにアンデッドを兵力として借りることはしないだろう」

 ジルクニフが言っているのは亜人たちが暴れるまで待ち、アンデッドにも頼らざるを得ないほどの甚大な被害を与えられた聖王国ならば、魔導王の宝石箱が介入しやすくなる。ということだ。アインズが儲けようとするならそのタイミングが最適なのは本当だ。

 だが、当然それだけではなく裏の思惑、つまりはアインズを聖王国と関わらせ、その内情を知らせることによって、王国の後に手に入れようとする国の候補を帝国から聖王国に変えさせる目論見もある。

 あの国、正確には国の現トップである聖王女のカルカ・ベサーレスは八方美人で汚れ仕事をせず、綺麗事を本気で信じているきらいがあり、アインズの叡智を以ってすれば帝国より簡単に収めることができるだろう。

 ジルクニフはその隙に法国か評議国との交渉を進めれば良い。

 

「……なるほど。言いたいことは分かった。感謝しよう友よ」

 短い沈黙の間にどれほどの情報を処理したのか。秘書官にすら話していないこの策を全て完全に見破ったとは思いたくないが、その時の対策も必要だろう。

 

「気にするな。ヤルダバオトはいずれどうにかしなくてはならない問題だからな。加えてアインズが儲けてくれるなら友としてこれ以上の喜びはないさ」

 そんなことを言っている間に部屋の扉がノックされ、ユリとニンブルが戻ってきた。

 ニンブルの手には契約書が握られているが、どうも表情が硬くぎこちない。

 

「ニンブル。何かあったか?」

 

「い、いえ。圧倒されてしまいましてね。まさかあのデス・ナイトがここに五体も居るとは思ってもみなかったもので」

 わざとらしい口頭の説明は間違いなくジルクニフに情報を伝えようとしてのものだろう。

 その言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がった。

 

(ば、かな。デス・ナイトが五体!? 一体はこちらで借り受けている以上、最低でも六体のデス・ナイトがいるのか? それだけで帝国の六倍の兵力、アインズの力を加味すればいったいどれだけの──)

 事態が予想以上に緊迫していることを理解する。

 

「ああ。ユリの手伝いをさせようかと思ってな。見ての通り今の店には力仕事を任せられる者がいないのでね。ジルクニフがデス・ナイトを借りてくれたことだし、在庫は用意しておく必要もあるだろう? デス・ナイトが足りなければいつでも言ってくれ。貸し出すよ」

 何でもないように言ってはいるが、アインズの狙いは明白だ。

 こちらがデス・ナイトを借りたことを逆手にとって在庫と称し、この店を守らせるつもりだ。正確にはユリやマーレ、あるいはあの元奴隷の森妖精(エルフ)たちをアインズの代わりに守るためだろう。

 あの森妖精(エルフ)たちを奴隷だとはっきりさせ、ジルクニフに死んでいたと偽りの報告をしていたことも含め、それをネタにマーレに取り入ろうと考えていたが、これほど厳重な警戒を見るとアインズもそのことを理解していることになる。

 

(そうそう巧くはいかないか。やはり私がここに来ることも予め予想していたのか?)

 そうなると急いで契約を纏めたこともアインズの掌の上という気がしてくる。

 

(いや、そんなことはあるはずがない。そうに違いない!)

 自分に言い聞かせるように強く念じながら、ふと頭に手をやる。

 軽く髪を梳いただけで幾本か髪が抜けて床に落ちていくのが確認できた。

 

(しかし、コイツと会話をするとつくづく精神が磨耗する。また抜け毛が増えるな。あー早く楽になりたい。歴代最初の禿げた皇帝になる前に勝負を決めなくては)

 アインズの対策を考え続けているせいで、日毎増えていく抜け毛の量を心配しながら、ジルクニフは心の中で大きくため息を吐いた。




一人の視点だけで1話全てを書いたのは久しぶりです。それだけジルクニフが色々考えて行動しているということですね
次辺りからは聖王国も関わってくるかも知れません。その前に別の話が入る可能性もありますが……

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