オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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帝国支店での話。この支店は正式開店はしていませんが
既に動乱からの復興に力を貸している事に加え、救国の英雄であるアインズ様の商会ということで帝都に名前は広まっています


第58話 開店準備・帝国支店

 窓の外に広がる数ヶ月ぶりに見た帝都の景色は、随分と復興が進んだように見えた。

 勿論、アインズが貸し出したゴーレムやアンデッドのおかげということもあるのだろうが、それらをどこにどう使うか、特に未だ国民からの嫌悪感が根強いアンデッドを如何に運用するかについては総てジルクニフの采配によるものだと言う。

 

(やっぱりジルクニフの手腕は色々と勉強になるな)

 時間が空くとこっそり帝城の執務室を覗いているが、そこで見たジルクニフの皇帝としての振る舞いや手腕にはいつも感心させられ、良い勉強になっている。

 王国とは雲泥の違いだ。と舞踏会での王国貴族たちの事を思い出すと尚更そう思う。

 

「さて。では二人の様子を見に行くことにするか」

 アインズが現在居るのは帝都支店の最上階に設置されたアインズの私室内──いつどの店にアインズが来ても問題ないように、全ての店舗にアインズの部屋を造る計画らしい──そしてその横にはここまで<転移門(ゲート)>を開いたシャルティアの姿もあった。

 いつもの装いとは違う、純白に銀の刺繍を施したドレスにハイヒール。髪は黄金色に変え、だめ押しとばかりに白亜の仮面を付けさせている。

 これがアインズの護衛をする際のシャルティアの変装で、以前ナーベラルを伴ってビョルケンヘイム領に出向いた際も姿を消した上で、さらにこの変装もさせていた。

 

「はい。アインズ様、お供いたします」

 嬉しそうに言うシャルティアの言葉遣いはいつもの間違った郭言葉ではなく敢えて変えさせている。これもまた変装の一環だが、こうしていると大貴族の令嬢か高貴な淑女を思わせる。

 これなら仮に誰かに出会っても問題はないだろう。

 ここぞとばかりにアインズの腕に抱きついてくるのは正直どうかと思うが、アインズに懐いていつも一緒にいる娘という役作りと言われてしまうと断れない。

 それをナザリックで実演してみせた際のアルベドの表情は忘れられないが。

 

「よし。では行くぞ。マーレとユリは上手くやっているかな」

 もう一人、後ろで待機していた者に合図を出し、三人で部屋を後にする。

 

 

 ・

 

 

 帝都支店で働く森妖精(エルフ)たちをきっちりと並べさせ、ユリは満足げに頷いた。

 

「マーレ様。よろしいかと」

 

「えっと。はい、ありがとうございます。後はアインズ様をお迎えするだけですね。もう上にご到着されているんですよね」

 皆からの視線を受けてもじもじと恥じらうような身を動かしながら、杖を握りしめて言う様は実に庇護欲を刺激する。

 相手は自分の上役である守護者だと分かってはいるが、自分の創造主と彼の創造主が仲の良かった影響で、アウラとマーレにはそうした役職を越えた感情を抱いている。

 他の妹たちと似たような、自分が面倒をみなくては。という思いだ。

 

「はい。セバス様のご助力もあり、必要な手続きは全て終了し、内装も完成して後は開店の日を待つばかり。その前にアインズ様直々にご視察となりますので、恐らくは私どもが問題なく店の運営が出来るかを確認しに来たものかと」

 

「あ、アインズ様に誉めて頂けるように、頑張らないと」

 力を込めて頷いているマーレを微笑ましく思いながらユリはエルフたちに目を向ける。

 

「そうですね。皆も失礼の無いように」

 

「はい!」

 揃った声の返答を聞きながら、当たり障りの無い言葉を口にする。

 恐らくソリュシャンあたりならばマーレを自分たちの王として見ている彼女らに緊張感を与えるために、彼女たちのミスはマーレの評価に繋がる。というようなある種脅しのような手を使うのだろうが、奴隷として売られこれから自分たちを奴隷として扱っていた者と同種である人間の相手をすることになる彼女たちにそこまで強い言葉は言えない。

 むしろ自分が店中に目を光らせて人間が彼女たちに暴言を吐いたり、奴隷であった頃を思い出させるようなことは避けなくては。

 これは自分の性分でもあるが、同時に店を成功させるために必要なことでもあるのだから。

 そんなことを考えていると唐突に二階へ続く扉が開き、中から見知った顔が現れた。

 一瞬驚いたものの、ユリは即座にその場に片膝を突いて主を出迎える。

 

「…………ナザリック地下大墳墓。絶対的支配者、アインズ・ウール・ゴウン様。御入室です」

 感情が交えられていない淡々とした語り口と、ちょこちょことした小動物のような歩き方。

 六人の中でも妹らしさという意味では一二を争うシズ・デルタが主とシャルティアを連れて中に入ってきた。

 

(どうしてシズが?)

 彼女はナザリック内にある全てのギミックやパスワードを熟知しており、もし仮に彼女が誰かに捕らえられた場合、誰よりも多くの情報が流出する危険性があるとして、基本的にナザリックから出られなかった。そのせいで働く意欲があるのに働く場所が見つからずに他の姉妹が外で働く様子を見て、月例報告会の際には同じく現在仕事の無いエントマと珍しく息を合わせて文句を言っていたのだが。

 頭の隅でそんなことを考えている自分に気づき、慌ててその考えを振り払う。

 敬愛する主が自分たちの仕事ぶりを見るためにわざわざ来てくれたのだ。

 別のことを考えていては失礼に当たる。

 

「マーレ、ユリ。顔を上げよ」

 

「はっ!」

 マーレと同時に顔を持ち上げ主を見上げる。ここでのユリはプレアデスとしてではなく帝都支店に置ける従業員のまとめ役という立ち位置だ。森妖精(エルフ)たちの手本となる態度を示さなくては。

 

「二人とも。帝都での作戦直後に店を立ち上げ、急がせてしまって済まないな。だがお前たちは私の期待に応え、見事期日までに仕上げてくれた。おかげで我々は後顧の憂い無く次なる作戦を実行できるというもの。感謝しよう」

 

「勿体なきお言葉、私どもはアインズ様に尽くし、僅かでもお役に立つことこそ本望にございます」

 

「そ、そうです。僕たちはナザリックの者として、当然のことをしただけで」

 ユリに続いてマーレも何度も頷きながら言う。

 帝都での新店舗立ち上げは重要事項、なにより待機時間が長くやることの無かったこれまでから見れば全力で働くことが出来るのはそれだけで嬉しいものだ。

 しかしそんな二人に対し、主は言いづらそうな間を空けてから口を開く。

 

「いや。法国の件、お前たちも話は聞いているだろう。世界級(ワールド)アイテムを持っているマーレはともかく。本来ならばユリにはナザリックに戻って貰いたかったのだが、お前は現在死霊術師(ネクロマンサー)として帝都復興に使用するアンデッドの指揮を行っている。これは今後のナザリックの計画においてとても重要な位置を占めているため、ここでお前を戻すことはできない。だからこそお前には感謝している。だが何かあれば必ず逃げろ。お前が危険に晒されることこそ、私にとってはもっとも許しがたいことと知れ」

 全身に歓喜が漲る。

 隣に立つマーレがほんの僅かに不満そうなうめき声のようなものを発していたが、それすら一瞬忘れるほどの歓喜。

 もちろん主がマーレをないがしろにしているわけではなく、彼には主から直々に世界級(ワールド)アイテムを授けられているため、相手が世界級(ワールド)アイテム持ちであろうと防御が可能であり、ユリにはそうしたアイテムが無いから気をつけろという意味なのは理解している。

 だが自分にとっては神をも超えた存在である御方から直接、危険に晒されることがもっとも許しがたい。という言葉を頂戴する。

 それだけ自分の存在を大事に思って頂いている、ナザリックの者にとってこれ以上の喜びがあるだろうか。

 

「畏まりました。ボ……いえ、私の身に危険が迫った際には何を置いても命を守り、アインズ様にご心配をかけるようなことはいたしません」

 思わず仕事中は律しているボクという自分本来の一人称が出かけてしまう。

 そのことには触れず主は満足そうに頷くと、続いてパチンと指を弾いた。

 

「これは私からの贈り物だ。ハンゾウ、出てこい」

 主がそういった瞬間、側に控えていた普段とは違う装いのシャルティアの影からスッと滲み出るように覆面を被った忍者が姿を見せる。

 

「御身の前に」

 感情を滲ませない声の忍者はナザリックでは見たことのない存在だ。

 主が創造したアンデッドか、あるいは召喚された傭兵モンスターだろう。

 

「お前はこれから私ではなく彼女、ユリを守れ。常に気を抜かず、彼女に危険が迫れば命を捨ててでも守りぬけ、良いな?」

 

「御意」

 その瞬間ハンゾウと呼ばれた忍者の姿が一瞬で消え、ユリの目の前に現れ、同時に片膝を突く。

 地面に影を残すような独特の移動法だが、その速度はユリ、いや姉妹の誰よりも速く、それだけでハンゾウのレベルが自分より遙か上であることを実感する。

 

「アインズ様、こちらは」

 

「ハンゾウ。私が自ら召喚した傭兵モンスターでな、隠密発見能力に優れた忍者でレベルは八十は超えている。身辺警護にはうってつけだろう」

「アインズ様、御自らが召喚された者など、ボクにはもったいない! アインズ様の御身のお守りにお使い下さい」

 八十レベルを超え隠密発見能力に優れているのならば、それは主にこそ必要な存在だ。

 何しろ相手は未だ詳細が謎に包まれた存在、護衛は幾らいても足りないだろう。

 

「先ほども言っただろう。お前の身に危険が迫ることこそ私にとって許せぬことだ。そして何よりお前にもしものことがあればやまいこさんに合わせる顔がなくなってしまう。安心しろ。召喚したのは五体、残りは私の身を守っている。何より今の私には護衛としてシャルティアがいる。これ以上頼りになる護衛などいないだろう?」

 

「そうであり……そうです。ユリ、わたしがいるのだから安心なさい。誰が相手だろうとアインズ様のお美しいお体に傷一つ付けさせはしないわ」

 自信満々に言うシャルティア。

 確かに彼女は守護者最強の存在として創造された者、それが主を守るというのならこれ以上の護衛はいない。

 

「……承知しました。ではハンゾウ、これからよろしくお願いします」

 

「はっ。召喚主たるアインズ様の命に従い、命を賭してお守りいたします」

 

「ああ、後デス・ナイトも何体か置いていく。ジルクニフがまた借りようとするかもしれないからな……さて、では改めて店内を見せてもらおうか」

 主が気を取り直すようにそう言った後、自分の影にハンゾウが沈んでいく。

 今後はこの場からユリを護衛するつもりなのだろう。

 主からの気遣いに感謝しつつ、ユリもまた気を取り直すように今まで一言も口を開くことなく、未だ地面に顔を伏せたままのエルフたちを向き直る。

 

「アインズ様。接客態度に問題がないか確認する意味を含め、彼女たちを受付に立たせてもよろしいでしょうか?」

 

「ん? ああ、そうだな。そうしよう、私では少し不味いか……シズ、お前が客役をして見せろ」

 

「…………了解しました」

 コクンと頷くシズ。

 

「よし。ではお前たちも顔を上げよ」

 主の許しを得て、ユリは改めて森妖精(エルフ)たちに声を掛ける。 

 

「アインズ様が顔を上げることを許してくださいました。皆顔を上げてご挨拶を。その後配置に着きなさい」

 

「畏まりました。アインズ様、お目通り感謝いたします。以前はこの身、そして皆の命をお救い下さり、また一度は失った森妖精(エルフ)の証たるこの耳を治して頂けましたこと、我々一同を代表して感謝申し上げます」

 森妖精(エルフ)を代表して口を開いたのは、一番最初に主とマーレによって救われた野伏(レンジャー)の能力を持った森妖精(エルフ)であり、最もマーレに心酔し、同時に主にもしっかりとした敬意を持っているため、森妖精(エルフ)側のまとめ役を任命している。

 店内での彼女たちの差配についてはマーレがその手の命令を得意としていないことから、自然とユリの仕事になっており、まとめ役の彼女とはそれなりに仲も良好になったと思える。

 その彼女の挨拶は指南役も務めていたユリから見ても大きな問題は見えない、これなら主も納得してくれることだろう。

 

「うむ。その感謝、受け取ろう。お前たちもこの店のそしてマーレの力になってやれ」

 

「はっ!」

 揃った声での返答を聞きながら満足げに頷く主に、ユリもまた指南役として誇らしい気持ちになるというものだ。

 

 

 自分が目の前にいては緊張するだろうと、敢えて店内から離れ、訪れた客や冒険者たちの休憩所として使用する予定の部屋に移動した主は、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を使用してシズを相手に接客する森妖精(エルフ)の様子を眺めている。

 その横で主に思い切り体を寄せて抱きついているシャルティア、そしてユリはシズがいなくなったことで主のメイドとしての本来の仕事に付いている。

 

「ふむふむ。問題は無さそうだな、流石はセバスとユリ。以前よりさらに準備する期間は短かったというのによくぞここまで仕上げたものだ」

 

「ありがとうございます。ですが、私どもというより、彼女たちのマーレ様とアウラ様に対する忠誠の高さによるものかと。少しでもお二人の役に立ちたいという気持ちが強いのでしょう」

 

「なるほどな。忠誠心か、大したものだ」

 感心を示す主に、即座にシャルティアが反応する。

 

「勿論わたしたちのアインズ様に対する物とは比べ物にもなりません」

 それは当然だ。

 彼女たちの忠誠心がいかほどだろうと、自分たちナザリックの者が主に向ける忠誠心はそれを上回っている自信がある。

 初めからこれ以上無いと思えるほどだった忠誠心が、主の慈悲深さ、器の大きさに触れ、日を追うごとに高まり続けていると実感できる。

 

「はっはっは。それに関しては疑うはずがない。お前たちの忠誠は誰よりも私がよく知っている、いや本当にな」

 最後の言葉が妙に実感が籠もっており、優しさから来る世辞などではないと理解し、ユリは思わずシャルティアと目を合わせ、同時に笑みを零す。

 直ぐにメイドとしてあるまじき行為だと思うが口元に浮かんだ笑みはそう簡単には消えそうにない。

 

「アインズ様。一つ伺いたいのですが」

 それを誤魔化すように問いかけた質問に主は何でもないように応える。

 

「シズのことか?」

 

「はい。あの子……いえ、シズを外に出して問題は無いのでしょうか? もしシズがワガママを言ってのことでしたら──」

 常日頃から、みんなだけズルい。仕事がしたい。外で働きたい。とぼやいていたシズなら主に直接嘆願という形を取り、それに慈悲深い主が応えてくれた可能性もある。

 だがそうだとしたら、それは戦闘メイドとしてあるまじき行為、叱責も必要だ。

 しかしそんなにユリの心配を余所に主は笑ってそれを否定した。

 

「そうではない。実はよい実験材料が手に入って<記憶操作(コントロール・アムネジア)>の技術が向上した。それにより、今までは不可能だったシズのナザリック内のギミックに関する記憶を別の物に置き換えることができた。よってシズを外で働かせることも可能になったのでな。今回はそのお試しといったところだ」

 

「そういうことでしたか。流石はアインズ様、シズも本当に嬉しそうで、私も嬉しく思います」

 

「そうなの? わたしにはいつも通りにしか見えないけど」

 

「ええ。分かります、私は姉ですから」

 目の輝き方が違う。と自信を持って断言できる。

 しかしこうなると、後の問題は一つ。

 領域守護者として特別な場所を守ることとナザリック内における転移門の管理、何より主から直々にオリジナルのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを預けられている末の妹はともかくとして、これで妹たちの中で外での仕事をしていないのはエントマのみだ。言い換えれば今まで彼女たちが持ち回りで仕事をしていたナザリック外のログハウスでの仕事は彼女の専属となったとも言えるが、それで納得してくれるだろうか。

 そんなことを考えていると主が口を開いたので思考を一度取りやめる。

 

「ところでユリ、店自体はまだ開店していないが、確かアンデッドやゴーレムの貸し出しは既に始まっているのだったな?」

 

「はい。その通りです。破壊した瓦礫や道路の補修などの復興に際し必要だとのことで纏めてゴーレムを借り、さらに細かな部分や、人の代わりに農作業に使用するためにアンデッドを借りています。やはりまだ市民の前でアンデッドを堂々と使用するのは控えたいらしく、人目に付かない場所での作業に限り、その上で私が死霊術師(ネクロマンサー)として直接監視することも条件に加えましたので、まだ普及とは言いがたいのですが」

 

「そうか……やはりまだ死霊術師(ネクロマンサー)の存在は必須か。先も言ったがアンデッドの普及は重要だ。急がずとも良い、確実にこなせ」

 

「はっ。畏まりました。慎重に対応いたします」

 

「後は確かジルクニフ……皇帝から何か私宛に贈り物が届いたとも聞いているが?」

 

「はい。帝都、並びに帝国の大部分の領地における通行税を一切免除するという証明板です。あくまでアインズ様に限りとのことでしたが」

 

「そうか。私が転移で直接移動することを考慮してくれたのだろうな。良い物を貰った、礼の手紙でも書いておいてくれ」

 

「畏まりました」

 とは言え会話は出来ても現地の言語を書くことは出来ないので、森妖精(エルフ)たちに代筆を頼むか、教えて貰いながら返事を出すのが良いだろう。

 そんなことを考えていると突然、店舗側に通じる扉とは逆の扉がノックされた。

 

「む?」

 

「あちらは登録された冒険者の方々の出入り口ですね。アインズ様、私が出ても?」

 

「ああ、奴らだろう? 丁度良い、私が直接報告を聞こう。シャルティア。お前は一応姿を消しておけ」

 

「承知しました」

 一礼してシャルティアは姿を消す。彼女が護衛として常に主の側に居る代わりに、基本的に人前には姿を見せないようになったというのは本当らしい。

 それを確認後、ユリも扉に向かう。

 帝都支店の造りは王都支店とさほど変わりはないが、唯一の違いとして出入り口が二つあり、今後主の命を受けて活動する冒険者も増えてくるとして客とは区別して入り口を別けてあるのだ。

 といっても現在帝国で登録した者は一組しかいないので相手が誰なのかは明白だが。

 扉を開けると想像通りの顔が現れる。

 

「おお、ユリさん。今戻りましたよ。いやぁ大猟大猟。カッツェ平野に派遣された時はまたアンデッド退治かと思ったけど、装備が充実してりゃこんなにいい稼ぎ場はないな」

 

「本当に。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を無傷で倒せるなんて思ってもみなかったわ」

 談笑しながら入ってきたのは登録されたワーカー、いや魔導王の宝石箱、専属冒険者のフォーサイトのメンバー二人だ。残りの二人は姿が見えないが、貸し出した装備品らしき物が入った大荷物を持っているので先に帰ったのかもしれない。

 しかし、自分のみならまだしも主を前にしてその態度はいただけない。

 ユリは返答の前にその場で靴を鳴らし、二人の視線を主に向けさせた。

 

「っ! これはゴウン様。お久しぶりですね、あははは」

 愛想笑いを浮かべるリーダーのヘッケラン、その後ろに立ったイミーナはそんな彼に呆れたように肩を竦めた後、背を正し礼を取った。

「お久しぶりです。うちのリーダーがとんだ失礼を」

 

「いやお前も話してただろ!」

 

「構わん構わん。そもそも君たちはこの店の正式な従業員ではない。あくまで私の仕事を受けてくれる冒険者だ、楽にしたまえ」

 大らかに笑う主、しかし二人は緊張を解いたりはしない。

 それで良い。とユリは後ろで一人満足げに頷いた。

 

「魔導王の宝石箱、専属冒険者のフォーサイトの皆様、お疲れさまでした。ご報告はアインズ様が直接伺いたいとのことですので、あちらにお願いいたします」

 主も言っていたように正式な従業員の森妖精(エルフ)たちと違い、彼らに教育は必要ないのだが向こうから最低限の主に対する礼儀だけは知っておきたいと言われていたので、突貫ではあったが叩きこんでおいた。

 ヘッケランはまだまだだが、イミーナの方は見れたものだ。

 

「カッツェ平野の調査は成功したようだな」

 

「あ、はい。お借りした武器のおかげで誰一人怪我もなく、ロバーが回復魔法を使う機会が無いってぼやいてましたよ。まあアンデッドにはバシバシ使ったんですけどね」

 主や自分の種族を知らないヘッケランの冗談に、部屋の中の空気が一瞬緊張しそうになるが、誰かが何かを言う間もなく、主はそれを笑い飛ばした。

 

「ははは。それは悪いことをした。では次は防具は貸さないでおこうか?」

 

「いやいや、それはご勘弁を。ただやっぱり強すぎる武器や防具は緊張感を失わせちまいますね。下っ端冒険者でも大抵のモンスターを退治出来たら、自分を鍛えることが疎かになりかねません」

 軽口を交えつつも、しっかりとした意見を述べるヘッケランに納得したように頷く主は満足そうだ。

 

「なるほど。それは確かに問題だ。君らのようにそれを自覚してくれていれば良いが、そうでなければ困るな。となるとこちらで強さを確認し、貸し出す武具や派遣する場所を考えるべきか。いや、むしろこちらで冒険者をある程度安全に鍛えられる訓練所のような場所を提供するのはどうだ? 人工のダンジョンのような物を作り、そこで自分を鍛えながらダンジョンを攻略し、その時に収めた成績を鑑みて貸し出すアイテムや派遣される場所が決まるというような」

 上機嫌に語る主を見ているとユリもまた嬉しくなる。

 それを引き出したのが自分たちではなく、ナザリック外の冒険者というのが少々気になるが。

 

「それは。そんなものがあったら、素晴らしいと思いますけど……大工事になりますよ?」

 ピクリと森妖精(エルフ)たちより少し短い耳を動かしながらイミーナが言う。

 

「構わんよ。初期投資が掛かろうと君らのような優秀な冒険者を失う方が痛手というものだ。ところで今更だが残りの二人はどうした? 先の話からすると怪我をしたわけではないのだろ?」

 

「……っ。あ、はい。えっと、ゴウン様が居ると分かっていれば二人とも連れてきたんですが、アルシェの奴は早く妹たちに会いたいようだったので先に帰しました。ロバーは一緒に受けていたアンデッド退治の報酬を受け取りに行っています。そちらの報酬も規定通り店に納めますので後から来るかと」

 彼らは店に登録した冒険者だが、今まで通り個人で仕事を受けることも自由だ。

 ただしこちらで貸し出した武具を使用して依頼を達成した際は、その内容に応じた割合の報酬を店に入れる──正確には魔導王の宝石箱から払う報酬からその分を差し引く──ことになっている。

 強力な武具を使えば、使い捨てのアイテムや水薬(ポーション)を使う頻度は下がるため結果的に店に報酬を入れても十分な儲けになるらしい。

 

「ああ、そうか。フルト嬢の妹たちは元気にしているのかね? 両親が居なくなって世話をしてくれる者はいるのか?」

 

「ええ。どうやら、丁度あの動乱が起こる前に両親がした借金のせいで泣く泣く解雇した、長年アルシェを支えてくれた執事がいたらしくて、借金を返してもまだお金が余っていたからその執事をもう一度雇い直したとかで、もう少し落ち着けばもっと遠出の依頼もこなせるようになりますよ」

 

「そう慌てる必要はない。くれぐれも無理はしないように伝えてくれ」

 

「了解、心遣い感謝します。で、報告なんですが一応報告書をアルシェが纏めてくれましたけど、提出して良いですか?」

 

「ああ。ユリ」

 主の命に従い、ユリは恭しく頷いてからヘッケランに近づき、彼の手にある分厚い紙の報告書をしっかりと受け取った。

 

「お疲れさまでした。お預かりいたします」

 

「いや、あははは。これぐらいなんてことは無いですよ」

 

「なにデレデレしてるのよアンタは」

 頭を掻きながら目を泳がせるヘッケランに鋭い肘打ちを食らわせるイミーナ。

 

「痛った! 本気で入れただろ? あんな美人に近づかれたら誰だって緊張するっての」

 

「それはどうも」

 淡々と礼を告げるユリに、イミーナとヘッケランは驚いたように顔を見合わせる。

 

「美人っていうの、否定しないのね」

 嫌みではなく、単純に疑問を口にするようなイミーナの言葉にユリも当然とばかりに頷く。

 

「それは勿論。美人なのは間違っていませんので」

 至高の御方の一人であるやまいこにそうあれとして創られた自分の外観を謙遜などしてはそれこそ失礼に当たる。ユリのその言葉を受けてますます驚いた様子のイミーナだったが、やがて乾いた笑いを浮かべて肩を竦めた。

 

「凄い自信、それで嫌みがないとなるともうどうしようも無いわね」

 

「いや、美人さはともかく、俺はお前の方が好きだよ、いや本当に」

 

「この状況で言われてもねぇ」

 恋人同士だという二人の掛け合いを微笑ましく眺めつつ、手にした報告書を主に差し出す。

 

「アインズ様。こちらです」

 

「ああ」

 ちらりと報告書に目を通す主だが、当然その内容はナザリックで使用するものとは違う言語で書かれているため内容は理解できない。

 後で森妖精(エルフ)に翻訳させるか、マジックアイテムが必要になるだろう。

 

「こちらは後でしっかり確認させてもらうとして、先に聞いておこう。調査中何か面白い物はあったか?」

 

「ああ! あれです。あれを見ましたよ。例の陸を走る幽霊船。相当なデカさでアンデッドが山ほど乗り込んでいるって話でしたから手は出さなかったんですが、大きさやら形、現れた時間と位置は記録しときました」

 

「噂の幽霊船か。それは素晴らしい! 是非とも欲しいと思っていたのだ」

 興奮した様子の主にヘッケランは眉を持ち上げ疑問を口にする。

 

「あんなデカい船、何に使うんです?」

 

「無論荷物の運搬だ。魔獣による運送業もそれなりの成果を上げているが、大量に運ぶことは難しい。それほど大きな船ならさぞ大量の荷物を運べることだろう。それに目立つからな、宣伝にはもってこいだ」

 

「アンデッドの船を、運搬業に……いや、もう何度も感じてますけど、本当に俺たちとはスケールが違うわ。流石はゴウン様」

 驚愕と畏怖を混ぜ合わせような曖昧な表情ながら、そこに込められた偉大なる者に対する敬意が感じられる。

 やはりこの御方は素晴らしい。

 ナザリックの者だけではなく、人間であっても容易く心を掴んでみせる。

 自分も少しでも早く人間との交流に慣れ、主に成果を見せなくてはならない。

 先に人間相手の商売をしている妹のソリュシャンも人間の行動を読むのは難しい。と月例報告会で語っていた。それでも向こうには元娼婦として働いていた人間がいるが、この店舗にいる店員は人間ではなく全て森妖精(エルフ)

 人間の感性を完璧に捉えているとは言えない。その意味ではヘッケランたちのような一般人との会話ややりとりも重要になってくるだろう。

 少しでも主の役に立つべく、彼らと主の会話から何かを掴み取ろうとした矢先、今度は店側の扉が開き、中からシズが顔を出した。

 

「…………アインズ様。お客さんが来ています」

 

「うおっ。こりゃまた別嬪なメイドさん」

 ヘッケランを一瞥した後、ペコリと頭を下げる。以前からシズも店に出たときのためにと、店内で会ったナザリック外の者は見下したりせずに敬意を示すように。と伝えていたのを守ったようだ。 

 

「客?」

 主がちらりとヘッケランに目を向ける。

 心当たりがあるかと聞きたいようだ。

 

「ロバー……はあっちから来ないはずです」

 確かに契約した冒険者の出入り口は先ほどヘッケランたちが入ってきた扉だ。

 ロバーデイクという神官の男性は落ち着いた良識のある人物なので、決まりを無視して正面から来ることなど無いだろう。

 

「…………ニンブルって言っていました。帝国の四騎士? とかいうのみたいです。後もう一人後ろにいました」

 再びシズが口を開く。

 

「ニンブル? ああ、奴か。ユリ、何か聞いているか?」

 仮面の顎先に手を持っていきながら主がユリに聞く。

 

「いえ。時折急にアンデッドを使う必要が出た際に私を呼びに帝国の兵が来ることはございましたが、四騎士の方は初めてです」

 

「ならばもう一人は兵士か? まあ良い、証明板の礼も必要だしな。ユリ、対応を。後で私も出向こう」

 主の呟きを聞いた後、おずおずとヘッケランが手を挙げる。

 

「えーっと俺たちはどうしましょうか?」

 

「ん、ああ。今日のところはもう結構だ。報酬を受け取ってくれ。何か聞きたいことがあれば君らの宿に使いを出そう。シズ、報酬の用意を。金庫の位置は分かるな?」

 

「はい。大丈夫です。分かります」

 主の命を受け、シズは金庫からお金を取りに向かって歩き出す。既に店内の地図は彼女の頭の中に入っているのだろう、その動きに戸惑いはない。

 その横でヘッケランは露骨にホッとしていた。帝国の重鎮である四騎士と対面したくなかったに違いない。

 

「ではユリ、ニンブルは任せる」

 

「はい。ただ今」

 不作法にならぬように早足で移動し扉を開け、廊下を抜けて店内に戻る。

 並んで頭を下げている森妖精(エルフ)たちの前で、既に店内に入っている人影が二つ。

 一つは話にあった帝国四騎士の一人であるニンブル。そしてもう一つは端正な顔立ちに以前よりは大人しい服装ながらひと目で高級品と分かる服を身に纏い、薄く笑みを浮かべた男の姿。

 ニンブルは苦虫を噛み潰したような顔をしながら視線でユリに詫びていた。

 

「やあアルファ嬢、久しぶりだな。勝手に入らせて貰ったことは詫びよう。外では目立つのでな」

 薄く笑みを浮かべて言ったのは帝国の権力その全てを手中に収める皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス、その人だった。




長くなったので切ります
次の話はもうほとんど書き終わっているので週末には投稿できるはず

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