オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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帝国編のエピローグ的な話
主にフールーダの話になります


第47話 後始末

「やはりあったのか。それで、今どうなっている? 本物かどうか早々に調べてアインズに送ってやらねばなるまい」

 報告書を持ってきたロウネにジルクニフはようやく座ることが出来た自室のソファに腰掛けながら問いかける。

 ヤルダバオトを撃退して一週間ほど経ち、やっと混乱が一段落した頃、ヤルダバオトが探していたアイテムとおぼしき強大な力を持つマジックアイテムが発見されたという報告を受けたのだ。

 

「はい、小振りな悪魔像のアイテムで、現在の宮廷魔術師の方々が調査を行っておりますが、詳しいことはまだわかっていないそうです。ですが、強大な力を有しているのは確実だと」

 

「詳しい調査など不要だ。本物であればそれで良い。後はアインズが調べるだろう。それよりそれがいつまでも帝都内にある方が問題だ」

 何よりフールーダにその強大なマジックアイテムを見られたら恐らく自分でその正体を明らかにするまで手放さそうだ。

 復活により多くの生命力を失いそれを取り戻そうと躍起になっている今がチャンス。元に戻ったらたとえジルクニフの命令でも聞かないかも知れない。

 ただでさえ、アインズが早々に帝都を後にしてしまったことに不満を抱いているのだから。

 

「畏まりました。直ぐにゴウン殿に知らせましょう。王都にもこちらの手の者を潜り込ませて居ますのでそう時間はかからないかと」

 

「王国側にバレないようにくれぐれも慎重にな。それで、結局どこにあった? 城の中ではないだろうな」

 そんな物があったまま城の中で生活してきたかと思うとぞっとする。と考えての質問にロウネは僅かに口籠もり、少し声を落とした。

 

「帝都内にある現在は使用されていない倉庫内からなのですが、例の邪神を信仰する教団と関わりのある貴族の所有する倉庫だそうです。本人は動乱の際に姿を眩ましています」

 

「あれか……厄介な連中だ。逃げたか、あるいは既に口封じされた可能性もある。どちらにせよ直ぐには調べられないな──良い、そのことは伏せたまま単に倉庫から見つかった旨だけ伝えておけ」

 帝都内に本部があるとされているその教団には多くの有力帝国貴族が名を連ねており、如何に帝国で絶対的な権力を持つジルクニフと言えど確証無く調べることは出来ず、そもそもそこに所属していること自体が貴族の弱みにも繋がるため放置していたものだが、こんな事なら早々に潰しておけば良かったかも知れない。

 

「了解しました。後はゴウン殿の勲章授与式ですが、勲章は如何なさいますか?」

 

「それもあったか。渡せる中で最高位の勲章で構わないだろう……いや、もっと特別扱いしていると示す為に奴のために新しい勲章を創るというのも悪くないか」

 本来如何に帝都と皇帝の命を救ったからと言っても、他国の者に対しては新造された勲章どころか、最高位勲章でも高すぎる位だ。

 だが、ロウネは反対もせずに直ぐに頷いた。

 

「畏まりました。式典の用意も含め、典礼の者を動員し製作に入ります」

 つまりロウネもまたアインズの重要性を理解していると言うことだ。

 商会の力だけではなく、アインズ個人もまた、敵に回れば帝国の全戦力を動員しても勝てないであろう力を有しているのだから、それも当然だ。

 ロウネはあの戦いの中で帝都には来ていない。

 野営地で待機させていたが、そこからでもあの人知を越えた戦いは確認出来たとなれば、帝国中にその話が広まるのもそう遠くないだろう。しかし、王国まで広まっては厄介なので情報統制はしっかりしておく必要がある。

 

「よし。そちらは任せる。後は復興に際しても奴にどれほど力を借りるかも決めねばな。あまりに力を借りすぎて奴なしでは経済が回らないようになってはならない。出来る限り帝国内の商会や組合だけで行えるよう指示させろ。貴族達からも金を搾り取れ。今年は王国との戦争も起こっていないから奴らも金を余らせているだろうからな。そちらも平行して計画を立てるように伝えろ」

 次々と決めなくてはならないことが湧いてくる。

 本来これら全てをジルクニフが考えること自体が問題であり、ジルクニフは大雑把なことだけ指示して細かな所は文官達に任せたいのだが、それをするにはまだ帝国内は安定していない。

 今回の件で更に遅れることになるだろう。

 自分の子供の代にはそうした苦労とは無縁にしたいところだが、そのためには是が非でもアインズを帝国に迎え入れたいところだ、それはそれで次代の皇帝には苦労をかけてしまうかも知れないが。

 何しろフールーダもそうだが、優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)は魔法で加齢を止めて長く生きる者も少なくない。

 アインズもまたそうだとしたら、いつまでもあの叡智に溢れた男を抑え続ける役目を負うことになるのだから。

 

(それまでに奴を屈服させられれば良いが、まあ勝負はここからだ)

 それより先にしなくてはならないことは数多いが、この問題も棚上げには出来ない。かといってまだ誰かに相談も出来ないだろう。ひとまず自分だけで対策を考えるしかない。

 

「陛下!」

 突然ノックも無しに扉が開かれる。

 その声を聞いた瞬間、ジルクニフはロウネに対し一瞬だけ目配せをする。

 当然のようにロウネも頷き、突然の入室者に対し礼を取った。

 

「どうした。爺、体はもう良いのか?」

 手に持っていた報告書をさりげなく隠しながら、いつものようにフールーダを出迎える。

 もうすっかり回復したフールーダはゆっくりと中に入ると如何にも不満だとばかりに荒い呼吸を隠そうともせず、ジルクニフの前に立った。

 さて、どれが気づかれたのだろうか。

 今話していた正体不明のマジックアイテムか、それをアインズに渡すと約束したことか。それともアインズとヤルダバオトとの魔法合戦を詳細不明と誤魔化したことかもしれない。

 どれがバレても面倒だが、全て言い訳は用意している。

 しかしフールーダの口にしたのはもっと別の内容だった。

 

「聞きましたぞ。デス・ナイトを商品として借り受けることを中止にしたと」

 

「……そのことか」

 内容を聞きジルクニフは気づかれないように息を漏らす。

 先ほど魔導王の宝石箱から借り受ける内容について議論を重ねるつもりだと言ったが、一番先に決まったのはデス・ナイトは借りないということだった。

 あれは様々な意味で危険過ぎるのだ。

 バジウッドの報告によるとデス・ナイトは間違いなくユリの命令を完璧に聞き、暴走や命令違反など一切無くその強さは四騎士を超え、強さはあの周辺諸国最強と名高いガゼフ・ストロノーフと同等かそれ以上とのことだ。

 はっきり言って過剰戦力だ。それを誰でも借りられるようになればどうなるか。

 まず、騎士団の必要性が薄れる。

 そしてその騎士団という武力を持っているからこそ、他貴族達に対して強固な姿勢を保てるジルクニフの地位も揺らいでしまう。

 帝国は確かにアンデッドを研究し、国策として労働力を確保しようとしていたが、それはあくまでこちらで対処可能な弱いアンデッドを農作業などの単純作業に利用し、余ったマンパワーを別の場所に使うという計画のためだ。

 例えばデス・ナイトをどこかの貴族が借りればそれだけでその貴族はジルクニフに近い武力を持つことになってしまう。

 だからこそ帝国ではデス・ナイトの貸し出しは禁止、或いはジルクニフのみが借り受けを決められるという法律を作るつもりだ。

 故に今回復興にデス・ナイトを借りるつもりはなく、その前提で魔導王の宝石箱から何を借りるか決めさせようとしていたのだが、それがフールーダに漏れてしまったようだ。

 

「爺、あれは緊急時でもなければ過剰すぎる戦力だ。何より万が一の場合あれを抑えられる戦力が今の帝国には無い。そうだろう?」

 もしフールーダが万全の状態であれば話は変わったかもしれないが、今のフールーダは以前よりも能力が落ちている。

 復活の際に大量の生命力を失ってしまったため、今まで使用出来ていた魔法がいくつか使えなくなり、本人曰く魔法の威力や使用可能回数も減ったとのこと。

 それでも帝国内ではフールーダ以上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は存在しないが、以前のフールーダでもどうにか捕らえるのがやっとだったデス・ナイト相手には不覚を取りかねない。

 これもまたデス・ナイトを借りられない理由の一つだ。

 

「ですが臣民だけでなく、有能な騎士や魔法詠唱者(マジック・キャスター)も悪魔に連れ去られたとのこと。であれば疲れを知らずいつまでも働けるアンデッドの力は復興に必要不可欠ですぞ」

 ジルクニフがそう言うことを分かっていたのか、間を空けずに詰め寄るフールーダに、痛いところを突かれたとばかりにジルクニフは眉間に皺を寄せる。

 悪魔達が去った後、実害を調べるといくつかの奇妙なことが分かった。

 アインズがエルフの反乱を鎮圧したあの区画に住んでいた筈の者達が軒並み消えてしまっていたのだ。

 それこそ老若男女関係なく──子供だけは城近くに捕らえられていたところを解放したらしいが──全ての人間が連れ去られ、さらには家財も無くなっていた。

 悪魔達がそうしたものまで欲した理由はわからないがヤルダバオトがあのアイテムを探していたところを見ると、あの辺りにあると当たりをつけて根こそぎ持っていき、後で探すつもりだったとも考えられる。

 更に連れ去られた者はそれだけではなく、城で防衛をしていたと思われていた帝国四騎士の一人である不動、ナザミ・エネックや、フールーダの高弟である選ばれし三十人の中からも何人か行方知れずになった者がいるため、それらの穴埋めも今後の重要な課題の一つなのだ。

 

「……では、デス・ナイトではなくもっと弱い、それこそスケルトンなどの弱いアンデッドを借りられないか聞いてみよう。デス・ナイトが居たんだ、それより弱いアンデッドを持っていないことも無いだろう」

 デス・ナイトはともかくアンデッドを借りること自体は悪くない。

 帝国魔法省内でも既にスケルトンを支配して農作業をやらせているが、そちらはかなりの成果を上げられていると聞いている。

 元々アンデッドの労働力の普及が難しいと考えられていた理由の一つとして帝国の食糧事情が非常に良く、わざわざアンデッドを労働力として使用する必要がないというものがあったが、今回破壊された帝都の復興という大義名分が出来、デス・ナイトの活躍を帝都の民達が見ていた今なら、アンデッドでも受け入れてもらえるだろう。

 神殿勢力は何か言ってくるかもしれないが、そちらは以前アインズが提案した帝国ではなく魔導王の宝石箱の死霊術師(ネクロマンサー)によって使役されていることにすればなんとか誤魔化せるはずだ。

 そして一度アンデッドの利便性を知った臣民は、やがてアンデッドを使用することに疑問を抱かなくなる、その時はアインズに借りずとも魔法省で研究した自前のアンデッドを普及させれば問題ない。

 

「いえ。それも必要ですが、やはり一時的でもデス・ナイトは借りるべきです。対外的には弱いアンデッドだけ借りたことにし、デス・ナイトは魔法省内で管理しつつ、デス・ナイトの安全性を調べるべきかと」

 案の定フールーダは納得しない。

 フールーダがどうしてそこまでデス・ナイトを借りたがっているかは理解している。

 要するに魔法省内にいるデス・ナイトを支配する為、既に支配されているデス・ナイトを調べ尽くし、どうやったら支配が可能なのかを知りたいのだろう。

 少し考える。

 明らかにフールーダは自分の欲求のためにデス・ナイトの貸し出しを願っている。

 先ほどああは言ったが、アインズの店のアンデッドが暴走することは先ずあり得ないだろう。

 フールーダが弱体化したことも含め、もしも再び悪魔が現れた時の為にもう一つ切り札としてデス・ナイトを手元に置いておくのも悪くない。

 ようは自分以外が借りられない状況を作り出せばいいだけだ。商売人であるアインズに言っても無駄だろうから新たな法律の制定を急げば何とかなる。

 そうなれば貴族達が借りることは出来ず、隠れて借りるようなことをすれば貴族だけではなく、アインズを責める材料にもなり得る。

 

(それに、フールーダの目をそちらに向けていれば、アインズやアイテムから目を逸らせられるかもしれんな)

「わかった。では弱いアンデッドに加えデス・ナイトも含めて交渉はしてみよう。ただし法外な値段を付けられたら諦めろ。復興には金が掛かる」

 

「そうですな。それなら──」

 やや不満げながらそれ以上強くは出てこない。それ以外の件はまだ知らないらしく、フールーダは大人しく部屋を後にしていった。

 

「……ということだ。それも含めて交渉しろ」

 心の中で深くため息を吐いてから、事の成り行きを見守っていたロウネに告げる。

 

「畏まりました」

 突然の乱入者によってまた仕事が増えてしまったが、これもまた帝国のためだ。

 これでフールーダがアンデッドを完璧に支配し、生み出す術を見つければ帝国とアインズとの軍事力の差は縮まるだろう。

 そのためならば多少ふっかけられてもアンデッドの借り受けは仕方ない。と考えることにして、ジルクニフは次の案件に掛かるべく書簡の頁を捲った。

 

 

 ・

 

 

 フールーダは自室に入ると周囲を見回す。

 姿が見えないが帰ったということはないだろう。

 となると──

 

「この階は私だけの物、他の者などおりません」

 その場に伏せ、ここに居るはずの者に報告をする。

 

「ふむ。それは構いませんが、ここは情報系魔法に対する対策が何もされていませんね。少々不用心では?」

 何も存在していなかった空間の景色が歪み、赤い服を着た悪魔が姿を見せる。

 

「っ! 申し訳ございません、ですが私はそちらの魔法は不得手でして……」

 背筋に冷たい物が走る。

 ここでこの方の機嫌を損ねるか否かは、今後の自分の夢を叶えられるかに影響する。

 何より目の前の人物もまた第十位階という、存在するとされていた最高位階の魔法を使いこなす者だ。

 

「まあ構いません。そうした魔法は習得を好む者は少なく、それに準じたアイテムの開発も近い魔法が使えねば出来ないとは聞いています。貴方が使えないのなら、他の者達もそうしたものに対する認識が甘いという証拠になります。ですが、これからはそれでは困る……本来貴方には過ぎたものですが、アインズ様よりこれを預かっています。受け取りなさい」

 探知阻害を可能にする物だというアイテムを空間を割いて取り出し、フールーダは震える手でそれを恭しく受け取った。

 

「ありがとうございます。ヤルダバオト様、私のようなものにこれほどの宝をお貸し下さった偉大なる御方に絶対の忠誠と感謝を申し上げます」

 簡単に差し出されたこのアイテム一つが今の自分が使用出来る魔法を超えた力を持っていることが分かる。

 

「……貴方には期待しています。決してその期待を裏切らないよう願いますよ」

 言葉は優しいが声に温かみは無く、仕事を全う出来なければ即座に切り捨てられることは間違いない。

 

「無論でございます! 先ずはアンデッドの件はやはりデス・ナイトは借り受けないつもりだったようで、ご命じ下さった通り最低一体はデス・ナイトを借り、他のアンデッドの貸し出しも依頼するよう話を通しておきました」

 気を引き締め早速先ほどのやりとりで約束させた内容を口にする。

 実際はヤルダバオトが命じた内容をそのまま伝えただけだが、あの聡明な皇帝が想定通りにあっさりと動いたところを見ると、この悪魔の叡智はジルクニフを超えているのは間違いない。

 

「それはそれは。アインズ様もお喜びでしょう。一体でもデス・ナイトを借りた前例が出来れば問題ありません。後はアンデッド普及に対する人間達の嫌悪感をぬぐい去ること、それと帝国が入手した周辺諸国の内情を書き移すこともお忘れ無く」

 

「勿論でございます。ただ情報に関しましては数の多さと普段私がその手のことに興味を示して居ないことも含めまして、怪しまれないよう少しずつ行いますので少々時間がかかるかと」

 

「それは構いません。貴方が皇帝に怪しまれて閑職に回される方が問題ですから、ゆっくり、確実に行いなさい」

 

「ははっ! ……して、ヤルダバオト様。一つご質問があるのですが」

 

「どうぞ」

 許可を得てもなお、恐怖は拭えない。

 余計な質問をして殺されることになるかもしれない、という恐怖、しかし聞いておかねばならない内容だ。

 

「偉大なる御方に、直接お会いすることは叶うのでしょうか?」

 この強大な悪魔は帝国を救った偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)にして商人、アインズ・ウール・ゴウンの配下である。

 そもそもフールーダはあの動乱の中で出会った十位階魔法を使いこなす魔皇ヤルダバオトを一目見るなり杖を投げ捨て、地面に跪いて絶対の忠誠を誓った。

 帝国を裏切り、配下となることを望んだフールーダは忠誠の証として己の命すら差し出し殺されることを──計画のために後の復活を示唆されはしたが──受け入れた。

 蘇った後も記憶の混濁を理由にヤルダバオトの情報を流すことはしなかった。

 

 そうしてフールーダはやっとヤルダバオトに再び謁見する栄誉を賜った。

 その時驚いたのは、あの炎の翼を生やした強大な強さを感じさせる悪魔ではなく、今目の前にいる一見すると優男にも見える細身の悪魔が現れたことだ。

 話を聞くとこの姿こそが本来の姿であり、実際に瞳に宿るタレントの力で十位階の魔法が使えることも確かめ納得した。

 そこから聞かされた話は、フールーダを更なる驚愕へと誘った。

 この神話の中にしか存在しない強大な魔法を扱う悪魔すらを従える、絶対なる支配者の存在だ。

 その者こそがアインズ・ウール・ゴウン、帝国に現れた商人にしてデス・ナイトを従える強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)。その姿すら仮の者で本当の姿はこのヤルダバオトを使い帝国を裏から手に入れようと画策する、叡智も、魔法も、威厳も、それら全てにおいて人知を超えた力を有した絶対者であり、フールーダの夢である魔法の深淵を覗き込むこと。それを叶えられるのはその御方だけだという言葉だ。

 それが本当なのか、そもそも本当に会わせてもらえるのか、その確約がどうしても欲しい。と考えての質問だった。

 

「──貴方の今後の働き次第では、アインズ様は直接の謁見を許しお望みの物を下さるとお約束下さいました。偉大なる至高の御方は人間相手と言えど約束を違えるようなことはしませんよ、信じられないのなら、それでも構いませんが?」

 

「い、いえ! 申し訳ございません、決して決して、御方を疑うようなことは考えておりません!」

 

「先ずは失った力を取り戻しなさい。貴方の力を見たアインズ様は、無駄な構成……いえ、不要な寄り道をしながら成長したようだ。と仰っていました」

 ドキリと心臓が跳ねる。

 それは常に自分で考えていたこと。

 己の弟子達が自分より才が無いのに、自らより早く第四位階という魔法に辿り着いたのは自分という先達が先を進み導いた結果だ。

 それが無かった自分は実に無駄な成長をしてきた自覚がある。

 とは言え自分以外の他者がそれを理解するのは、相手つまりアインズが自分より先を進んでいる証拠に他なら無い。

 いや、ただ進んでいるだけではフールーダの習得魔法に無駄が多いかなど容易に分かることではない、それはあらゆる魔法を修めているからこそ気付けることだ。

 やはりアインズ・ウール・ゴウンは魔法の深淵に至った、偉大……いや、至高の絶対者にして、フールーダの長年の夢を叶えてくれる御方に違いない。

 

「ですから貴方は改めて今度は無駄なく力を取り戻しなさい。それが出来て初めてアインズ様が魔法の深淵を授けるに足る最低基準だと考えることです」

 

「ははぁ! 一刻も早く力を取り戻すことに尽力いたします、至高なる御方に私の忠誠をお受け取り頂けますよう、何とぞ、よろしくお伝え下さい」

 

「分かりました。お伝えしましょう。では私はここで──」

 深々と頭を下げて見送るフールーダに、ヤルダバオトはピタリと足を止め、今思い出したとばかりに振り返る。

 

「ああ。後一つ、例のアイテムは既に回収されています。皇帝が大人しく戻せば良いですが時間を掛けそうなら貴方が回収しなさい、あれは人間如きがベタベタと触れて良い物ではありません。それとは関係ありませんがこの部屋の影に悪魔、影の悪魔(シャドウデーモン)を忍び込ませています。何か用があればここで呟くだけでこちらに伝わりますし、何かこちらから用がある時も影の悪魔(シャドウデーモン)が貴方に知らせますから、周りには気づかれないようにお願いしますね」

 その言葉にフールーダは周囲を見回すが、当然姿は見当たらない。

 監視の意味もあるのだろう。

 やはり未だ信頼を得るには遠いらしい。

 何としても命じられた仕事を成功させて自分の価値を認めてもらい、至高の御方に直接拝謁し自らの思いを伝えなくては。

 

「では」

 今度こそ転移でこの場から去るヤルダバオトに深々と頭を下げ続けながら、フールーダは思う。

 

(私は魔法の深淵を覗きこみたいのだ。その為ならばジル、可愛い子供であるお前を裏切ることになろうとも)

 誰一人として無能がいなかった歴代皇帝達の中でも最も優秀で圧倒的な才覚を持ち合わせた現皇帝ジルクニフ。

 その才能を存分に発揮すれば近いうちに王国を併合し、帝国を更なる発展に導くことだろう。

 だが我が子のような愛おしさすら感じているジルクニフを裏切ろうと、フールーダは己が夢を優先させる。

 その為にすべき事を考えながら、フールーダは長い髭をしごき笑みを深めた。

 

 

 ・

 

 

 その日王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは王宮内を歩く王の後ろについて歩きながら、その足取りがいつもより力強く、そして機嫌が良さそうなことに気付いた。

 いつも通り王家の者の部屋が近くなった辺りで王が口を開く。

 

「ガゼフよ。ようやくお前が望んでいたゴウン殿と王族との会談の目処がつきそうだ」

 

「誠ですか! 失礼、大声を」

 思わず声を張り上げてしまった自分を恥じ、謝罪すると王は機嫌良くそれを受け流す。

 

「よいよい。ラナーからの進言でな、お前とあの村を救った事に対して勲章を贈ることになった事は聞いているだろう。その日同時に舞踏会を開催してそちらにも招く。その日に勲章を受けた者ならば王家の者達とゴウン殿が席を共にしても問題はあるまい」

 

「なるほど。陛下の心遣いに、仁徳厚きかの御仁であれば感謝し、満足していただけるものと思われます」

 

「そうであればよいが……」

 重い息を吐き、王は周囲を目線だけで見回し、周りに人気が無いことを確認する。

 ガゼフもまた同様に確認するが人気は感じられない。

 

「かの御仁、ゴウン殿の商会は既に王国内のいくつもの村々と契約を結び、ゴーレムが普及し始めていると聞く。今年は帝国の侵略も無かった故、これで一息つけると良いのだが」

 毎年収穫の時期を狙って行われる帝国との小競り合いも今年は無く、アインズのゴーレムの活躍もあって、例年より多くの収穫が見込めることだろう。

 

「貴族達にも接触を試みている者がいるらしいが、未だ主であるゴウン殿とは会えていないようだ。ここで王家の者が先んじて会い、重用する旨を示せば貴族派の者にも牽制になる、此度は失敗は許されん」

 力強い言葉に今回のアインズを招く舞踏会が如何に重要なものであるか、ガゼフも理解する。

 だがだからと言って自分に何が出来るだろうか。

 舞踏会ではガゼフは参加出来ない、というよりまともに踊れもしない自分では参加したところで王の恥になるだけだ。

 そんなことを考えていたガゼフに王は強い意志を込めて口を開いた。

 

「そこで今回の舞踏会では警備を近衛騎士ではなく、お前達戦士団に頼みたい。勿論お前にも私の警備として参加してもらう」

 舞踏会にではなく、その警備として参加させようということだ。

 それなら踊る必要もなく、アインズと王との顔繋ぎ役も可能になる。

 問題は本来王家主催のパーティなどはガゼフ達戦士団ではなく、貴族の次男三男などで構成され、通常城内の警備を行っている近衛騎士がすべきことであり、それを戦士団に任せると貴族達から反発が起こることだろう。

 そのことを告げようかとも思ったが、ガゼフが気づくことを王が気づいていないはずはなく、反発されてでも成功させなくてはならないという強い意志によるものだと判断する。

 ようは貴族との繋がりがある近衛騎士では、場合によっては舞踏会を失敗させようと目論むことも考えられると案じているのだ。

 

「畏まりました。我々戦士団一同で舞踏会の警護を担当し、必ずや成功に導かせていただきます」

 

「頼んだぞ。我が最も信頼厚き忠臣よ」

 

「はっ!」

 力強く礼を取ると、王は満足げに頷き再び歩き出す。

 慌ててその後を追うと、ふと思い出したように王はガゼフに問う。

 

「そう言えば村を救ったのはゴウン殿と、もう一人いたと聞いていたが、その者の名は分かるか? 出来れば二人とも招こうと考えているが」

 

「いえ、かの騎士は私とは一言も口を利かず、また全身を隈無く鎧で包んでおりましたので性別も不明です」

 体型からすると女性だと思われるが確証がないことを口にするのは良くないだろう。

 

「ふむ。ではガゼフ、周囲に悟られないように店に出向き、話を聞いてきてくれ。名も分からない者を招待するわけにもいかんだろ?」

 

「畏まりました」

 

「頼む」

 頷く王を前にガゼフは考える。

 今の周囲に悟られないように。というのは魔導王の宝石箱内部も含まれているはずだ。招待する者の名も知らないのではアインズもいい気はしないだろう。調べようと思えばカルネ村に行くなり、以前アインズに会った時に聞くなりすれば良かったのだから。

 となるとその話を聞けるのは一人しか思い当たらない。

 ブレイン・アングラウス。

 アインズとガゼフが再会したあの日、セバスという執事の弟子になったと告げてガゼフの家を出て以来会ってはいないが、そのセバスが王都の店にいる以上、恐らくブレインもいるのだろう。

 友に会いに来たことにして話をしてみよう。と心に決め、ガゼフは光が見え始めた王国の未来を喜んでいる王の後を追いかけた。




フールーダが十位階魔法を使える相手を見たらこうなるよね。という話でした
書籍版と異なりジルクニフは今のところフールーダの裏切りに気付かないまま行動することになります
これで帝国編は一区切り着いたので次の話へ
次はそんなに長くはならない予定です

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