オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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13巻をなかなか買いに行けなかったので、投稿が少し遅れました
新刊は色んな人達の様子も見れたので楽しかったです
多分矛盾等は無かった、はず


第38話 商談終了

「馬鹿な! あり得ない」

 

「し、信じられない! あ、あれは」

 

「陛下、お下がりください。危険です。防御魔法を! 防御魔法の発動許可を!」

 フールーダの悲鳴が消えて、静かになった天幕内で次に声を上げたのは、フールーダが連れていた三人の高弟達だった。

 口々に喚きながら、それでも手に持った杖を前に出して魔法の許可を願う高弟に、ジルクニフは何を言えばいいのか分からず、フールーダに目を向ける。

 あれは本当にフールーダの声だったのか、だとしたら彼にあんな奇声を上げさせるアレはどのような存在なのか。

 その答えを求めるのはフールーダの他にいないように思われた。

 

 しかしそんなジルクニフに目もくれず、フールーダはただただその異形の騎士を見つめている。

 その瞳に宿る恍惚とした色に気が付き、即座にジルクニフはフールーダが使い物にならなくなっていることを理解した。

 それだけの相手と言うことだ。では自分はどう行動するべきなのか。高弟達が望むように戦闘態勢を整えさせるべきか、それとも高弟達に詰問しアレが何であるか答えさせるのが先か。

 いや。

 アインズがこちらを見ていることに気が付き、ジルクニフは後ろに下がりかけた足を止め、自分とアンデッドの騎士との間に割り込もうとするバジウッドを手で制した。

 

「下がれバジウッド、不要だ。説明はゴウン殿、貴公からして貰おうか。これが貴公の切り札ということか」

 このタイミングで出してきたということはこれがアインズの本命と見て間違いない。

 フールーダすら驚愕させるこのアンデッドを前にしてジルクニフがどんな対応を取るか、それを見極めるつもりに違いない。

 

(ふざけた真似を。だが侮るなよ。バハルス帝国皇帝の矜持を見せてやる)

 だからこそ、弱みは見せられない。

 アインズの持つ力を侮っていたことは認めるが、これ以上弱みを見せれば、アインズはジルクニフを商談相手として不適格と見なすかもしれない。

 故に護衛を遠ざけ、一歩前に出る。

 隣からフールーダが喘ぐような短い呼吸を繰り返しているのが聞こえる。

 正気を失い、まだ戻っていない。

 それはジルクニフにとっては不幸なことだが同時に幸運なことでもある。

 正気を取り戻したフールーダがどんな行動を取るか手に取るように分かるからだ。

 その前に話を進めなくては。

 

「流石は皇帝陛下。ご推察の通りこれこそは死の騎士(デス・ナイト)、私が長年の研究によって生み出したアンデッドです。ご安心下さい。私が完璧に支配下においていますので、皆様に危害を加えることはありません。ユリ」

 意気揚々と語るアインズの言葉を受けたユリが一つ頷き、こちらに。と言うとデス・ナイトは未だ警戒を解かない高弟や近衛騎士をあざ笑うかのように、一切反応を示すこともなくアインズ達の後ろに移動しその場に片膝を突いて頭を下げた。

 アンデッドでさえなければ、正しく有能な騎士そのものといった態度だ。

 

(これだけのアンデッドを支配、何という……いや待て、こいつは今なんと言った? デス・ナイトだと。聞き覚えがあるぞその名前。確か魔法省の奥にいると言われているアンデッドの名だ)

 たった一体で帝国そのものを危機的状況に追い込めるほどの伝説的なモンスターだと聞いた覚えがある。

 それをフールーダが支配しようとしているが、未だにその願いが叶っていないということも。

 

(それを支配? 作り出しただと? 馬鹿な! あり得ん! そんなことが出来るのならば奴の実力は、フールーダを凌ぐと言うことに……)

 これまでのことでアインズが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)としてもフールーダと互角に近い実力を持っているのは分かっていたが、心のどこかでフールーダを超えるとは思っていなかった。

 思いたくなかったと言い変えてもいい。

 フールーダは自分が幼少の頃より目を掛けられ面倒を見て貰った恩師であり、帝国の重鎮にして切り札、そしてジルクニフ自身敬意を抱いている人物だ。

 その者を上回る魔法詠唱者(マジック・キャスター)など存在しない。

 どこかでそんな思いがあった。

 だが認めなくてはならない。

 アインズ・ウール・ゴウン、奴はフールーダを超える者なのだと。

 

「なるほど。確かに強大な力を持っているのは見て分かるが……」

(いや、よく考えればデス・ナイトはフールーダが捕縛した筈、支配出来ないことはともかく、強さであればデス・ナイトはフールーダ以下、ならば当然アインズよりも実力は低いはずだ)

 ここだ。とジルクニフはアインズが初めて見せた隙を逃すことなく切り込もうとする。

 アインズの方が強いのなら最強の個を貸すように言ったことと矛盾する。これを利用すればアインズを活躍の機会の薄い護衛ではなく、前線に立たせることが可能だ。更にデス・ナイトも借り受け、アインズと同時にデス・ナイトの力も見ることが出来る。

 そんなジルクニフの策略より早く、アインズが先に口火を切った。

 

「そうでしょうとも。この商品は誓って他の誰にも、王国では一度として見せたことはありません。陛下は柔軟なお考えを持っている御方だと思うからこそ、お見せした次第です」

 アインズの言葉に引っかかりを覚え、ジルクニフは開きかけた口を閉じ、代わりに眉を寄せる。

 

(わざわざ王国では見せていないと強調する意味は何だ? アンデッドだからか、生者を憎むアンデッドは確かに支配していると言ってもコイツ等のように容易には信じないだろう。私はそうではないと見抜いた? いや、もしかしてコイツ! 気づいているのか! 魔法省の奥で実験しているアンデッドによる労働力のことを)

 フールーダを含めたごく少数の人員しか知らない、魔法省の内部で実験しているアンデッドを支配して使役することで様々な労働力として使用する国家を挙げての一大プロジェクト。

 そのことに気づいたアインズが、これを機にとアンデッドを支配し使役する力を見せつけてきたのだとすれば全ての辻褄が合う。

 

(いったいどこから漏れた? いやそんなことはどうでもいい。コイツはフールーダ以上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、こちらの情報を得る術など幾らでもある。問題はこれをどうするかだ、簡単ではないぞ)

 この場で糾弾など出来るはずもない。

 しかし、未だ神殿勢力や他国への上手い言い訳が出来ていない状況でアンデッドを使用して国を救うなどすればどうなるか、解決しても当然神殿勢力からは責められるだろう。

 法国や聖王国といった殊更アンデッドを目の敵にしている国からも敵だと認識され、下手をすれば戦争へと繋がりかねない。

 かと言ってここで断ったとしてもアインズがこの話を知っている、つまりは弱みを握られていることには違いない。

 しかも断れば今までの話を全てご破算にして商談を無しにする可能性も僅かにある。加えて先ほどジルクニフが考えていたアインズを矢面に立たせるための策も弱みを握られていては提案出来ない。

 ならば。

 

「……ゴウン殿。強大な力を持つデス……ナイトか。それを貸し出して戴けるのは嬉しい。しかし帝国には四大神を信仰している者が多数いる、私自身はどんなことでもするが、国民にアンデッドを使役している所など見せるわけにはいかない。済まないが……」

 ジルクニフが選択したのは宗教を盾にすること。

 法国の六大神信仰同様、帝国に広く普及している四大神信仰もアンデッドを生者を憎む神の敵として認定している。

 そんな者達に皇帝自らアンデッドを率いている所など見られでもしたらどうなるか、分かったものではない。

 それを告げることでアインズの出方を窺う。ここで魔法省のアンデッドについて言及してくれば、なぜそれを知っているのだと追求し、盗み見していたことを認めさせて交渉の足がかりとする。

 アインズがシラを切るのならば、今の言い訳で別の手段を用意させる。

 相手の動きに合わせてこちらの行動を決めるのは後手に回っているため本来ジルクニフとしては好きな手段ではないが、今は仕方ない。

 アインズの力を見誤っていた自分の責任なのだから。

 

「ふむ。では……」

 アインズが何か話しかけたその瞬間。

 

「ふ、ふははははは」

 歓喜に満ちた笑い声が聞こえてきた。

 出所は言うまでもない、フールーダだ。

 

(しまった! 時間を掛けすぎた、爺が正気に戻ったか。いや正気とは言いがたいが)

「爺! 今は」

 

「素晴らしいぃ! 素晴らしいぃ!! デス・ナイトを生み出し! 支配する! なんと素晴らしいぃ、ふははははは!」

 

「む?」

 アインズが呆れたような声を出しフールーダから距離を取るように離れようとして、その場で留まる。

 先ほどのジルクニフ同様、こちらがアインズを見ていることに気づいたのだろう。

 こんな時だというのに、自分と同じ行動を取ろうとしているアインズに多少親近感が湧いた。

 だが今はそれどころではない。

 フールーダの夢である自分以上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の存在。それを見つけたからといって、好き勝手に行動されるわけにはいかない。

 

「フールーダ! 今は私が話しているのだ! 黙っていろ!!」

 爺ではなく名前で呼び、ピシャリと言い切る。

 今にもアインズの足下に身を投げ出しそうなフールーダの動きが一瞬止まり、目がジルクニフを捉える。

 その瞬間、瞳に冷静な光が戻る。完全ではないにしろ、多少落ち着いたと言うところか、フールーダは深く息を吸い、自分を落ち着かせるように髭をしごきながら、全員に向けて頭を下げた。

 

「陛下、そして皆様方失礼しました。少々興奮してしまったようです。ゴウン様、この件の解決後に少しで良いので時間を頂けますでしょうか?」

 

「私は構わないが……」

 アインズの顔がジルクニフに向けられる、許可を求めているのだと気づいたが、こればかりはどうしようもない。

 好きにしろと言うように手を振る。

 

「では陛下の先ほどのお話ですが、これがアンデッドであるのが問題だと言うことですね? であれば、こちらからもう一人人員を出しましょう。帝国の者ではなく我々の手の者が一緒にいれば、例えアンデッドだと知られても死霊術師(ネクロマンサー)の力を借りたことにすればいい」

 とりあえずアインズの方もこちらの最大の弱みであるアンデッド労働力についてここで口にする気はないらしい。真っ当な解決策を提示してきた。死霊術師(ネクロマンサー)は十三英雄の一人に代表されるように人の世界でも数こそ少ないが存在している。

 その力を借りただけということにすれば確かに国民や神殿勢力は黙らせられるだろう。

 悪くないアイデアだ。

 むしろ将来的にアンデッド労働力を使うときにも使える言い訳かもしれない。

 なるほど、アンデッドを売り込むに当たってその辺りも考えていたという訳だ。

 

「確かに。あくまで魔導王の宝石箱の戦力であることをアピールすれば良いか……いいだろうゴウン殿、それで行こう。では借り受けるのはそこのデス・ナイトに私の護衛としてゴウン殿、そしてデス・ナイトを操る役としてもう一人ということか。それは誰が?」

 

「今このデス・ナイトの指揮権はユリに預けてあります。彼女をそのままお貸ししましょう。ユリ良いな?」

 

「畏まりました」

 当たり前のように命じたアインズに答えて、一礼するユリ。

 またもや想定外の人員だ。

 

「そちらの……女性をか? ゴウン殿、言うまでもないが帝都は今悪魔の巣窟、危険だぞ? この野営地で預かっても良いし、あるいは一度店に戻ってもらっても構わない。転移魔法であれば時間はかからんだろう?」

 メイドと言い掛けて、彼女がアインズのお手つきの存在、寵姫のような存在であることを思い出す。

 しかしそれを容易く前線に出そうとするということは、そこまで入れ込んでいるわけでもないのか。

 あるいは彼女も見かけ通りのか弱いメイドではなく、戦うことも出来るような存在なのか。

 

「ご安心を、ユリには私から店から持ってきた数々の装備やアイテムを持たせています。戦うことは出来ずとも身を守るという意味ではどこにいても変わりませんよ」

 他の商品の売り込みもしたいということか。

 アインズから言い出したことだ、これ以上ジルクニフが口を出すことはないだろう。

 

「……そうか。まあ貴公がそう言うのなら、いいだろう。現場ではデス・ナイトと共にバジウッドの命に従って貰うことになるが構わないな?」

 

「勿論。ユリ、聞いての通りだ。現場では彼の指示に従うように」

 ユリが一礼し、バジウッドにも頭を下げている。

 こんな美人に頭を下げられたからか、バジウッドはやりづらそうに頭を掻いて頷いた。

 

「では後は報酬だな。なにを望む?」

 フールーダを超える魔法詠唱者(マジック・キャスター)に伝説と言われるモンスター、ユリは飾りとしてもまさか、数合わせだから安くしろなどと口に出来るはずもない。

 強力な兵力を三体借り受けるという前提の元で金額、あるいは別の何かを要求するつもりだろう。

 どこまでなら認められるかの線引きを頭の中でこなし、アインズの返答を待つ。

 いくらこちらが弱みを握られ、手を借りる側だと言っても出来ることと出来ないことがある。

 アインズもそれは理解しているはずだ。

 こうした交渉事は頭のレベルが同等であればあるほど、パズルを組み合わせるように互いの要求がかみ合うものだ。

 自分とアインズもそうだといいのだが。

 

「──では」

 熟考するような間を空けてから──おそらくはそういう振りだろう──口火を切ったアインズの提示した条件、いや金額にジルクニフは喉元まで持ち上がった声を意志の力で無理矢理飲みこんだ。

 

(バカにしているのか!)

 提示された金額は、成功報酬として金貨で九百枚。

 決して多い額ではない。

 むしろ少なすぎる。

 アインズをここまで連れてくるために雇ったワーカーチームの成功報酬よりも安い金額だ。値段的には後ろ盾がないからこそ高額なワーカーではなく、キチンと組合を通して依頼する冒険者、その最高位であるアダマンタイト級冒険者を雇うときの額ほどだろうか。

 外部から戦力を借り受けるだけという状況ならば妥当といえるかもしれないが、こちらの弱みを握られていること。そして帝国そのものの危機であることを加味して、取りたいだけ取れる状況だ。

 勿論国そのものを相手取るということを考えればいくら弱みがあっても弱者では脅すことも出来ないが、アインズは違う。

 帝国の全軍にすら匹敵するフールーダ。それを上回るアインズの実力と同等に近いかもしれないデス・ナイト、この二人だけで既に帝国の全兵力を超えているとすらいえる状況だ。

 こんなことを考えたくはないが、既にアインズはジルクニフどころか、帝国という国そのものと対等に取引を出来るだけの存在なのだ。

 それがたかが金貨九百枚で雇われると言う。

 裏がない方が不自然だ。

 だが、それを直接問いただすことは出来ない。これすらアインズがジルクニフを試しているのかもしれないのだから。

 対等とはいっても今はまだ軍事力だけだ。

 だがここで交渉事を含めたアインズとの舌戦や頭脳戦でも負けてしまえば、アインズと帝国とのバランスは大きく傾いてしまう。

 例えブラフでも、これ以上弱みを見せることは出来ない。

 

「それでは私の気が済まない。どうだろう、店への報酬とは別に、ゴウン殿に個人的に私から贈り物を渡したいのだが」

 相手の手が読めない以上、こちらから打って出る。そちらの方がよほど自分らしい。

 

「ほう。私のような者に皇帝陛下直々にとは、光栄の至りです」

 

(白々しい。がどうだ、奴の予想からは外れたか? おそらく私からそれでは少な過ぎるという言葉を引き出し、こちらの譲歩ラインを引き上げるつもりだったのだろうが、そうはいかん。逆に私の筋書きで踊って貰おう。さて、何を渡すか……)

 何かないか、と高速で頭を回転させていると、不意に頭の中であるアイデアが閃いた、天啓と言っても良いかもしれない。

 これしかない。と断言出来るそのアイデアをそのまま口にする。

 

「そうだな……未だ事態は収束してはいないとはいえ、貴公なくして今回の作戦は実行出来ない、それは我々帝国に対する十分な功績と言えよう。それを讃え貴公に我が国の勲章を贈らせて貰いたいのだが、どうだろうか?」

 初めてアインズの気配が揺れる。

 仮面越しとはいえ動揺の気配程度は見抜くことが出来る。

 しかしそれも瞬時に掻き消える。

 感情の揺らぎを隠すのではなく、消えたように静まっている。よほど感情のコントロールが巧いらしい。

 だが一矢は報いた。

 

「いえ。しかし陛下私は王国の」

 穏便に断ろうとするアインズだが、そうはいかない。現状アインズが王国から勲章や爵位を受けたという話は聞いていない。

 だが王国内にも数こそ少ないがそれなりに使える者がおり、かつラナーという恐らくはジルクニフをも超える知能を有した化け物がいる。だからここで、このタイミングでこの報酬を思いつけたというチャンスを逃すことは出来ない。

 

「貴公は王国で暮らしてはいるが、国王の臣下では無いと聞き及んでいるが? なにより他国の人間に勲章を渡してはならないというルールは無い」

 法律上はそうなっている。

 しかし実際、現在戦争中である敵国から勲章など受け取ればどうなるか。

 王国の特に貴族達からは潜在的な敵と見なされまともな商売など出来ないだろう。

 結果アインズは王国よりも帝国に力を入れるしかなくなる。何故なら王派閥がこの後帝国と条件を対等にするため適当な理由を付けて勲章、或いは爵位を渡そうにも、帝国から勲章を受け取った後という分かりやすい攻撃材料があれば必ずや貴族派閥から横やりが入るからだ。帝国に尻尾を振った裏切り者に勲章を与える気か。等と言ってくることだろう。

 奴らは損得よりも、自分たちの立場と貴族の誇りとやらを大事にする。

 それが自分達の滅亡に繋がるとしてもだ。

 

 逆にいくらこちらが力を借りる側であり、立場が弱いといってもここまで話が進んでしまった後ではアインズもそうやすやすと全ての商談を無かったことにも出来ないだろう、何より帝国という巨大な市場が回復不可能な大打撃を受けることをアインズは望んでいないはず。

 その上で皇帝から直接言われたこの報酬を拒否すれば今後帝国との間で商売など不可能になるわけだ。

 

 つまりアインズは今この場で帝国か王国か、どちらかを選ぶしかなくなったということだ。 

 恐らくはどちらにも恩を売り、良い顔をして両者とも商売を続けるつもりだったのだろうがそうはいかない。

 ここまで何度も苦渋を舐めさせられてきたが、これで逆転だ。

 

(さて。なんと答える? その仮面の下の表情が歪むのが手に取るように分かるぞ)

 長い沈黙もアインズの苦悩を示していると思えば悪くない。

 しかし永遠とも思える時間に終わりが来る。場の空気には限界というものがある、限界まで張りつめた部屋の空気が割れ、とうとうアインズが答えを口にする。

 

「私のようなものに皇帝陛下から勲章を頂けるなど、これ以上の光栄はありません。謹んでお受けいたします」

 

「! そうか。それはこちらとしても喜ばしい」

(折れたか。いや、帝国と手を結ぶ方が利があると理解したと言うべきか。当然の結果だが、しかしこれで今後もこいつと長く付き合って行くことになるわけか)

 ここまで自分を追いつめた者は今までいなかった。それがこれからも続くのは辛いことになるだろうが、同時に愉快でもある。

 そしてアインズを飼い慣らすことが出来れば、帝国は今以上の発展を遂げ輝かしい未来へと突き進むことになるだろう。

 

「──しかし、王国も帝国も私のような者にその様な過分な評価と栄誉を賜るとは。身に余る光栄とはこのことですね」

 

「なに?」

 そんな光景を思い描いていたジルクニフの目が開きアインズを捉えた、仮面からはいかなる感情も伝わって来ない。

 

「実は王国からもつい先ほど、私のこれまでの働きに対して勲章を授与すると連絡が入りまして。ユリ、そうだな?」

 ユリに確認を取ろうと後ろを向くアインズ。その瞬間ジルクニフは思い切り唇を噛み締めた。

 ここまでの絵を描いたのが誰であるか瞬時に理解出来たからだ。

 帝国、いやジルクニフの行動をここまで読み、先んじて手を打ってきた者。

 

(あの女! とうとう直接介入してきたか)

 王国の黄金、第三王女ラナー。アインズが連れているユリやマーレにも勝るとも劣らない美貌と、化け物じみた知能を持ち合わせた本物の怪物。

 今まではその特異性に気づいていたが、いくら頭が良くともロクな手札を持たない彼女は大した脅威にはならず、間接的に帝国にも利をもたらせて来たため手は出さなかった。

 やはりイジャニーヤに依頼して暗殺しておけばよかったと思うが後の祭りだ。

 しかし不幸中の幸いというべきか勲章であり爵位ではない、つまりは王国の貴族になった訳ではない、ならばジルクニフもここは引けない。それがラナーの思い通り操られているだけだとしてもだ。

 王国とは違い帝国はジルクニフが権力を独占しているため、王国の後だろうと勲章を与えるとジルクニフが決めれば表立って反対出来る者はいない。とはいえ出し抜いたかと思った矢先だっただけに肩すかし感が否めない。

 

(クソ! 流石に今から爵位や土地を与える訳にはいかない。それでは得をするのはアインズだけ。あの女もそれは承知のはず、互いに勲章で様子を見るしかないわけか。となるとアインズの動揺も演技か、どこまでも舐めてくれる)

 これだけの強大な力を持った者に土地や権力を与えれば、奴の領地だけが飛躍的に発展しやがては独立し、己の国を作る足がかりとなるだろう。それだけは避けなくては。

 先ほどまでの高揚感はとっくに消え去り、噛みすぎて唇の裏側から滲んだ血の味を感じながらこちらに顔を向け直したアインズに無理矢理笑いかけた。

 

 

 ・

 

 

 王国からの勲章授与の話は、デス・ナイトをナザリックに取りに行かせた際、アルベドから王国の店舗に王族からの使者が訪れていることを聞き、そのまま報告を聞きに行かせたことで判明したものだ。

 以前アルベドが言っていた王国内にアインズの立場を作ろうとする動きの一環らしいが、取りあえず領地のような大がかりなものではなく、あくまで勲章だけらしい。

 名目としてはガゼフと戦士団、そしてカルネ村の者達の命を救ったことに対する勲章なのだという。

 

「はい。王国の国王陛下、そして第二王子、第三王女の両殿下より連名でアインズ様の働きに対する書状、並びに勲章の授与が決定したと報告が入りました。<伝言(メッセージ)>に加え、私が一度店に戻り確認を致しましたので間違いはないかと」

 

「ということです。こうも続けざまに勲章を頂戴出来るなど、まさに夢のようです」

 

「そ、そうか。それはなによりだ。貴公の喜びの一端を担えたのならばそれに越したことはない」

 ジルクニフの声も態度も今までと大きく変わりはないはずだが、何となく覇気が薄れた気もする。

 もっともアインズはそうした細かな機微を理解するのは得意ではないので気のせいかもしれないが。

 

「では改めまして陛下、これで商談成立ということでよろしいですね? ご安心下さい。必ずや報酬に見合うだけの働きをお約束いたします」

 そう言いながらゆっくりと恭しく頭を下げる。

 金貨九百枚の小遣いに加えて、勲章も貰えることになるとは。

 勲章がどんな意味があるのかはよく知らないが、恐らく今後帝国内で商売をする際にはそれを持つだけで一目おかれ、交渉もスムーズに進むことになるだろう。

 王国の勲章は恐らく王派閥にしか効果が無いだろうが、帝国は王国と違い、権力が皇帝に一極化している以上誰相手でも使える。

 これはデミウルゴスの計画にも無かったことだ。また妙な深読みをされてアインズが知者であると誤解されるのは気が重いが仕方ない。

 

(ポジティブに行こう。なんか皇帝とも仲良くなれた感じがするし、このまま行けば帝国に支店を出すときも力を貸してくれそうだ。後はそろそろ合図が入るはずだが……)

 デミウルゴスの計画が次の段階に入るに当たっての合図がこの後入る予定になっているのだ。

 ここで話を延ばしながらそれを待つことにしよう。

 そんな風に決めて、顔を持ち上げると同時に天幕の外からざわめきが聞こえ、同時にバタバタとした派手な足音が聞こえてきた。

 

「陛下! 伝令、伝令です」

 慌てたような声にアインズは合図が届いたことを知り、内心で笑みを浮かべた。

 

「読み上げろ」

 ジルクニフの表情に緊張感が漲る。

 悪魔達の軍勢が今まで手を出していなかった帝都の一部を包囲し中に残された者たちを襲い混乱に乗じて金品や物資、敵対した人間を攫う、帝都での計画の第二段階を知らせるものに違いない。

 

「はっ! 報告によりますと帝都の住宅街の一角に悪魔が出現し建物を破壊し、民たちを襲っているとのことです」

 

(うんうん。やはりそうか)

 想像通りの報告にアインズは心の中で頷く。

 

「それと……」

 ここにきて言葉に詰まる伝令の兵士の目線がチラリとアインズ、ではなくその傍に寄り添っているマーレに向けられた気がした。

 

「どうした? 続けろ」

 

「はっ! その混乱に乗じ、奴隷のエルフたちが蜂起し貴族の屋敷に立て籠もっているとのことです」

 

(うんうん……ん? なにそれ、聞いてない)

 今回はデミウルゴスの計画に乗っかるだけで良く、余裕とゆとりのあったアインズの精神が大きく揺ぐ。

 計画外の報告を聞き、これでまたいつものように行き当たりばったりで必死に考えながら行動しなくてはならないのではないか。

 そんな不安がアインズの全身を包み込んだ。 




ということで商談終了
次は最近ずっと帝国ばかりだったのでナザリック、王国陣営の現状を書こうと思っています

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