オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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デミウルゴスの計画が本格的にスタートし、アインズ様も本格的に参戦していきます


第35話 悪魔の襲来

「なんだってこんなところに悪魔が、くそ!」

 襲いかかってきた朱眼の悪魔(ゲイザーデビル)を切り伏せた後、ヘッケランは苛立たしげに舌を打つ。

 

「喋ってる暇があったら手を動かす、次! 地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)三体。森から来るわ」

 イミーナの鋭い声に汗を拭う暇もなく、街道の西側に広がる森から飛び出して来る地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)を迎え撃つ。

 強さは大したことはないが、口から吐く炎の吐息(ファイアー・ブレス)が厄介な相手だ。

 チラリと後ろを窺う。

 自分たちが乗っていた馬車にはアインズ達ではなく、もう一人の護衛対象であるロウネが乗っている。

 今のところそこまで抜け出したモンスターはおらず、馬車の上に乗ったイミーナが弓で護衛をしつつ指示を飛ばしている。

 面倒なのは空を飛べる悪魔も多いことだ。時間をかけるとイミーナがいる馬車に上空から悪魔達が殺到しかねない。

 仕方ない。多少の傷は覚悟して、炎の吐息(ファイアー・ブレス)をかい潜り仕留めるしかない。

 そう決めて、両手に持った剣に力を込めつつ突っ込もうとした次の瞬間。

 

「<魔法の矢(マジック・アロー)>」

 聞き慣れた声が響き、ヘッケランに向かってきていた地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)の体が吹き飛ぶ。

 慌てて体勢を立て直そうとしているが、その隙をヘッケランが見逃すはずもなく、二刀を同時に振るい体勢を崩した地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)を狩り、そのまま別の個体に向かって剣を振るう。

 

「アルシェ! そっちは大丈夫なのか?」

 顔を向けている余裕も暇もないが、助けてくれたアルシェはアインズ達の護衛のはずだ。

 こちらに手を貸す余裕があるとは思えないが。

 

「大丈夫。先ずはここ切り抜ける」

 

「了解! 援護を頼むぜ、魔力は温存しろよ」

 

「了解」

 いちいち理由を聞いたりはしない。仲間が大丈夫と言っているならそうなのだろう。

 

「次、反対から魂食の悪魔(オーバーイーティング)が一体!」

 

「そちらは私が抑えます」

 ヘッケランの後ろを守っていたロバーデイクが走り出す。

 

「気をつけろよ! そいつは」

 

「生者の精神を萎縮させる絶叫を放つ。分かっていますよ」

 数は多いがまだ軽口を叩けるほどの余裕はある。

 しかし、ヘッケランには一つの懸念があった。

 なぜ悪魔なのか。ということだ。

 魔獣や盗賊ならば話は分かる、王国より街道の整備が行き届いているとはいえ、森の近くを通ればその手の者達が出てくることもあるだろう。

 しかし悪魔とは通常のモンスターのように野生の生き物としてそこらにいることは基本的にない。

 はぐれ悪魔のようなものはいるが、群れて行動するときは術者によって使役されていることが殆どだ。

 ならばこれは陽動でありどこからか本命が出てくる危険性がある。と考えていた。

 しかし一向にその様子はない。

 地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)を全て切り捨て、次の敵に向かいながら、ヘッケランは何があっても良いように心の準備だけはしておくことにした。

 

 

 

 結局、悪魔を全て倒しても、他の敵は現れず何もなかったかのような静けさが残るだけだった。

 

「なんだこりゃ。雑魚だけで終わりかよ」

 出てきた悪魔の中でもっとも強かったのは魂食の悪魔(オーバーイーティング)だったが、これも低位の悪魔に過ぎず、フォーサイトならば特に苦もなく倒せる相手でしかなかった。

 

「私はあっちが無事か確認してくる」

 一度ヘッケラン達の元に集合していたイミーナはそれだけ言って未だ馬車の中にいるロウネの元に戻っていく。

 その背中を見送った後、剣についた悪魔の血を拭うと、ヘッケランはやれやれと首を回し改めて周囲を見回した。

 その際、視界の端に三人の人影を捉えた。

 それを待っていたかのようにその内の一人、中心に立っていたアインズがガントレットのまま手を叩きこちらに近づいてくる。

 金属同士がぶつかり合う音が不快だが、顔をしかめるようなことはしない。

 

「素晴らしい。見事な連携ぶりだ」

 感情が込められていないわけではないが、本心を言っているのかは分からない。

 バカにしているようにも、本気で感心しているようにもどちらにも聞こえる。

 

「ありがとうございました。お陰様で主にも被害はございません。私からお礼申し上げます」

 アインズの斜め後ろに立っていたメイドのユリがそう言って頭を下げる。とりあえず護衛対象が全員怪我なく済んだことに胸をなで下ろした。

 例えアルシェの看破の瞳でアインズを見る機会がなくとも、完璧に護衛を全うすれば約束通りの満額で報酬を支払うと話はついているので──それはそれとしてアルシェが確認すれば特別報酬が出ることになっているのでアルシェを付けているのだが──無事な事に安堵したのだ。

 

「それは良かった。本当に怪我はございませんか? もしあれば私が治療を──」

 ヘッケランの代わりにロバーデイクがアインズ達に話しかける。

 ロウネとは敬語を使わなくても良いという話はついているが、アインズ達は別であり、ヘッケランの拙い敬語よりは話し方も柔らかく元から丁寧な口調のロバーデイクに任せた方が安心出来る。

 

「いや、結構。怪我一つありません。しかし、こんなところで悪魔とは。帝国では良くあるのですか?」

 軽い雑談混じりの提案をそこまで拒絶しなくとも、と思わないでもなかったが、アルシェによれば探知阻害の魔法を使っているらしいので、そもそも他人に魔法を掛けられることそのものを警戒しているのかもしれない。

 アインズ達は旅の最中もこちらと関わりを持とうとせず食事は全て自分達だけで取るため、未だアインズの顔はおろか素肌の一部すら見ていない。

 常に全身を仮面にローブ、ガントレットに足甲で固めたスタイルを貫いている。

 だからこそ。今こうして向こうから話しかけてきたことにヘッケランは驚きを隠せなかった。

 しかしこれはチャンスでもある。

 これを機にもう少しガードが甘くなればアルシェの看破の魔眼がアインズを捉えることも出来るかもしれない。

 

「いえ。悪魔が他のモンスターや魔獣のように野生でいることは先ずあり得ません。まして別種の悪魔同士が徒党を組んで襲ってくることなど今まで見たことがありません」

 ロバーデイクの説明にアインズは顎先に手を持っていき、なるほど。と言いながら周辺を見回した。

 野伏(レンジャー)であるイミーナがチェックしているので、現在この周辺に他の悪魔や術者がいないのは間違いないだろう。

 

「では誰かが悪魔を操り我々を狙ったと? 理由は?」

 そんなのは俺たちの方が聞きたい。と心の中で思いながらヘッケランも考える。

 しかし問題なのは何故ではなく、誰を狙っているのか。である。

 自分達を狙っているなら別に構わない。

 問題となるのはロウネ、あるいはアインズ達が目的の場合だ。

 どちらか分からない限り守りが分散し、警護の難易度が跳ね上がる。

 今回は特に誰かを狙うのではなく集団全体に襲いかかってきたようだが。

 一応確認してみるべきだろう。

 

「因みに、これは別に疑ってるという訳じゃないんですがね。ゴウン殿達はなにか狙われるような心当たりとかはありませんかね? 相手が分かれば護衛の対応も違ってくるので」

 ロバーデイクが聞くと折角築いた信頼感が失われかねないので、今まで黙っていたヘッケランが問うと、アインズは一瞬だけこちらに顔を向けた後、頭を横に振った。

 

「恨まれるような心当たりはないがね。まあ私の商会はそれなりに使える品を扱っている。狙われる理由はあるだろうが、しかし今回に関しては悪魔が弱すぎる上、目的がハッキリしない。私たちが狙いだとは思えないな」

 きっぱりと断言する。

 無責任に言える立場は気楽で良い。自分がこんなことを言って、もし違えばどうなるか分かったものではない。

 

「では何が狙いだと?」

 そんな思いが少しばかり意地の悪い質問をさせた。

 言ってからマズいと思ったが後の祭りだ。

 だがヘッケランの言葉にアインズは特に反応を示さずに続けた。

 

「あの動きから察するに、あれははぐれ悪魔というよりはどこか別の場所で大規模な召喚儀式でも行われた余波、ではないかと思えるな。大量に召喚された低位悪魔が近くの人間を襲えと命令されたような、そんな様子だ」

 ヘッケランと似た意見ではあるが更に踏み込んだ考えだ。しかし言われてみると納得出来る部分もある。

 

「となると、近くで大量の悪魔が召喚されていると──おっと、そいつはぞっとしませんねぇ。そんなおっかない場所からはとっとと退散するに限ります。ゴウン殿も馬車に戻って下さい。早速出立しましょう」

 アインズの言葉を検討しようとしている自分に気がついて中断する。

 それは自分達の仕事ではない。

 自分達はただここにいる者達を安全に帝都まで運ぶだけだ。

 あまり深入りするのは得策ではない。雑談をして相手のガードを甘くするのは良いが、この話を続けてそれが出来るとは思えない。

 後は引き続きアルシェに頑張ってもらうこととしよう。

 そんな風に考えていると、イミーナがロウネがいる馬車から戻ってくる。

 その際アインズ達の姿を見つけたイミーナは付き合いの長い自分達にしか分からない程度、ほんの僅かに眉を寄せて困ったような顔をした。

 理由は分かる、アインズの隣でただ立っているだけで弱気さが見て取れる闇妖精(ダークエルフ)の少女マーレが理由だろう。

 

 これも後で聞いた話だが、やはり彼女はこの少女を知っていた。正確にはこの少女の血筋と言うべきか。

 左右の瞳の色が違うのはエルフの中でも王族と呼ばれる者のみ。

 つまりこの少女は闇妖精(ダークエルフ)、或いはエルフの王に連なる者ということになる。

 自分達で言えば仕事先で皇帝の息子に突然出会ったようなものだろうか。

 ならばイミーナが取り乱すのも分かるというものだ。

 もっともハーフエルフである彼女は王様とやらを見たこともないし、子供が全員左右の瞳の色が違うのか、闇妖精(ダークエルフ)として生まれた子供がいるのか、そのあたりまでは知らないということだった。

 だからこの話はロウネにも伝えていない。

 自分達も知らなかったで通すつもりだ。

 今まででも厄介な仕事だというのに護衛対象の中にエルフ王に連なる者までいるなんて面倒どころではない。

 だからこそイミーナにはマーレと呼ばれている彼女に近づけさせないようにしていたのだが、今回偶然にもそれが破られたことになる。

 

「何かな?」

 アインズはその些細な違いをいとも簡単に見抜いて見せた。

 流石は商売人、目端が利く。

 

「いや、なんでもないです。イミーナ。ロウネさんは大丈夫だな? すぐ出立すると伝えてくれ」

 とりあえずイミーナをこの場から離れさせるべきだと考えて提案する。

 

「それが……」

 言いづらそうにイミーナが視線をアインズに向ける、ここでは言えない話ということだろう。

 

「ふむ。用件は済んだ、私は馬車に戻らせて貰おう、マーレ、ユリ。行くぞ」

 イミーナの視線に気づき気を使ったのだろう。

 アインズはそれだけ言うと反転し、馬車へと戻っていく。

 その様子を見ながらアルシェがヘッケランに目で訴えかけてくる。ここにいて話を聞くべきか、アインズの護衛に戻るべきか。どちらにすればいいのかと。

 

「アルシェ、戻っててくれ。話は後で伝える」

 

「分かった」

 例え重要な話でも護衛対象を無視して良いわけがない。

 アインズの後を追うアルシェを見届けてから、ヘッケランは改めてイミーナと向き合った。

 

「それで、どうした?」

 

「重大な話があるから馬車に来てくれって言うのよ」

 

「ロウネが? ってそれだけかよ。わざわざ気を使わせたってのに」

 

「あの人達には知られずにってご要望なのよ。なんか帝都から連絡が入ったらしいわ。どうやったんだか知らないけど」

 如何にもな文官で魔法の素養もないロウネが<伝言(メッセージ)>など使えるはずもない。巻物(スクロール)でも持っていたのか、はたまたヘッケランも知らない秘密の連絡方法でもあるのだろうか。

 

「このタイミングで仕事内容変更なんて勘弁してくれよ」

 

「私にじゃなくて、本人に言いなさいよ」

 やれやれと頭を掻きながら馬車へと向かって歩き出す。

 当然のようにイミーナもロバーデイクも着いてきてはくれない。

 再び別の襲撃がないとも限らないので当然なのだが、何となく嫌な仕事を押し付けられた気分だ。

 

 

 

「失礼しますよっと」

 適当なノックの後、馬車の扉を開け中に入る。

 その瞬間ギョッとした。

 ロウネの顔つきがまるで違っていた。目が見開き、年齢の割に薄い頭を思い切り引っかきながら手に持った紙切れを何度も何度も読み返している。

 

「ど、どうしたんです?」

 

「早く中に。扉を閉めて下さい」

 強い口調に、何も言わずに従った。

 扉が閉まると外の音が途絶される、良い馬車というのはこういうものらしい。

 ただ内側から外の様子が分からないのは護衛の観点からは少し難しくなるのだが。

 

「これから言うことはゴウン殿には絶対に知られないようにして下さい」

 無言で頷く。この様子だとそうとう面倒なことになってきたようだ、思わず頭を抱えたくなるが、ここまで来て降りることも出来ない。覚悟を決めてロウネを正面から見据えた。

 

「先ほどの悪魔が、どこから来たか分かりました……帝都です」

 

「帝都から? ここから二、三日は掛かりますよ?」

 ここから帝都アーウィンタールまでは幾つかの都市や町を越えなくてはならず、そんな遠くからあれっぽっちの悪魔が流れ着いたというのだろうか。

 

「そうです。そしてここからが重要なのですが、私たちの目的地は帝都ではありません。別の都市に行く予定でした」

 

「はぁ!?」

 

「……アインズ・ウール・ゴウンは希代の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり頭も切れる。こちらの情報が漏れている危険性もありました。だから貴方達にも直前まで知らせず、秘密裏に事を進める必要があったのです。そちらには既に陛下が到着されています」

 

「ジル、クニフ……皇帝陛下が?」

 皇帝陛下と呼んだことなど無かったが、いくら何でも帝国中枢にいるロウネを前に呼び捨てというわけにはいかない。

 

「相手の意表を突き、我々が主導権を握りつつ交渉を進める計画でした」

 確かに準備が整う前に突然交渉相手のトップ──それも帝国の頂点に位置する男──が現れれば相手は混乱するだろう。

 しかし、帝都アーウィンタールは皇帝にとって正に自分の庭、そちらの方が交渉は有利に運べそうな気がするが。

 ヘッケランの考えを読んだらしくロウネはようやく少し落ち着きを取り戻したのか淡々と続ける。

 

「言ったでしょう。相手は希代の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。転移が使える相手を帝城内に入れることに対する危惧もあります。また場所が決まっており準備の時間があればどんな手を打ってくるか分からない。だからこそ相手の想定外の場所で準備の時間を与えずに交渉を開始する、はずでした」

 はず。という言葉で先ほどロウネが口にした台詞を思い出した、今はもう違うということだ。

 

「その予定も変わることになると?」

 

「その通りです。不幸中の幸いと言うべきか、陛下がご不在だったのが救いです。今帝都には夥しい数の悪魔が溢れており、そこから時折帝国各地に向けて少数の悪魔が広がっているそうです」

 あの悪魔達はその一員ということか。

 そこまで考えてふと気がつく。これは先ほどアインズが予想していた通りの展開ではないかと。

 

「それで俺たちはどうすりゃいいんですか? その都市までアンタとゴウン殿を運べばいいのか。それとも商談は中止してゴウン殿には王国に戻って貰いますか?」

 頭に浮かんだ考えはひとまず置いておき、自分達にとって一番重要なことを聞く。

 皇帝も帝都の悪魔もそれなりに気になるが、それより大事なのは仕事内容が変わるのかだ。

 

「勿論一緒に来ていただきます。ですからここからが最も大事なのです。ゴウン殿には悪魔の件を知らせずに帝都まで引っ張り込みます」

 

「利用するって事ですか? その悪魔退治に」

 

「その通りです。悪魔達は数も多く、何より帝城一帯に転移を阻害する魔法かアイテムが設置されている。よってフールーダ様の転移で城に戻ることも出来ない。相手の首魁も不明な今、強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)はいくらいても足りません。あくまでゴウン殿には我々の要請で戦って貰うのではなく、巻き込まれたという形を取りたい。それが陛下のご意志です」

 要請したとなるとどんな報酬をふっかけられるか分からないが、招かれたところにたまたま悪魔が現れたという体にすればそこまで大きな貸しにはならない。ということなのか、それとももっと別の政治的な理由があるのか。

 どちらにしろ、自分達の仕事が更に難しくなったのは間違いない。

 

「それは良いとして俺たちはどこまでご一緒すればいいんですかね? ゴウン殿を騙して帝都まで連れていってハイさようなら。とはいかんでしょうね?」

 

「……勿論貴方達もそのまま帝都の悪魔討伐に参加して貰いたい。報酬は望む額を約束しましょう」

 

「いいのかい? 俺たちみたいな金にガメツいワーカーに幾らでも良いなんて言っちまっても」

 緊迫した空気に耐えかねてつまらない軽口を叩く。幾らでも良いなんて言われて本当に払いきれない額を要求することなどあり得ない。

 相手が国ならばなおのことだ。

 

「そこは貴方達を信頼させていただきますよ。予算枠から出た分は私の私財で払わせていただきますのでお手柔らかに」

 

「ははっ。そいつは良いや。ただこいつは俺一人で決められる問題じゃねぇ。少しばかり仲間と相談する時間が欲しいんだが……」

 

「勿論。ただ今は時間が惜しい。先ずはこのまま帝都に向かって下さい。話は夜、今日の宿泊先でお願いします」

 

「了解。んじゃ直ぐにでも出立しましょう」

 こうは言ったもののこれが断れない依頼だとは分かっている。

 ロウネだけならまだしも、皇帝が何らかの手段でロウネと連絡出来ている以上、断ればその場で自分達が皇帝から抹殺対象にされる可能性が高い。

 だからといって全員に話しもせずにヘッケランが決めて良いはずもない。特にハーフエルフであり帝国の奴隷制度に強い憤りを覚えているイミーナからは文句が出そうだ。

 何か良い説得材料があればいいのだが。

 そんなことを考えながら馬車を出ようとしたヘッケランの背に、今までの軽口ではない冷静な声が掛かった。

 

「因みに。悪魔達は時折、先ほどのような少数部隊を各地に派遣する以外は帝城を占拠しようと城を包囲しているため今はまだ国民には大きな被害は出ていません。ただ帝都の入り口を全て押さえられているため逃げ出すことも出来ないそうなので、それも時間の問題かもしれませんが……」

 含みのある言い方にあることを思い出す。

 自分やイミーナ、ロバーデイクは帝国に住んではいるが別に帝都でしか生活出来ない訳ではない。

 仮に帝城が落とされ帝都が悪魔に占拠されたなら全てを捨てて別の地で生きれば良いだけだ。

 だがアルシェは違う。

 借金ばかりする元貴族の両親は兎も角としてアルシェには幼い二人の妹がいたはずだ。

 そしてその二人も帝都の中で暮らしている。

 

「……なるほど、判断材料にさせて貰いましょうかね」

 流石は帝国の役人。

 こちらの事情はきっちり調べ済みということだ。今更ながら最初の報酬額がアルシェの家の借金を完済出来る額だったのも、そこまで相手が調べていたと考えることも出来る。

 

(こりゃ逃げられそうにないわ)

 覚悟を決めて決死の悪魔退治に出向くしか無く、そのためには全力でアインズを騙し、帝都まで運ぶ必要があるということだ。

 入った時よりも気持ち重たくなった扉を開き、ヘッケランは外に出て新鮮な空気を吸い込んだ。

 

 

 ・

 

 

「そうかワーカー共は懐柔出来たか。後は上手くアインズ・ウール・ゴウンをおびき出すだけだな、では我々もそろそろ向かうとするか。奴らが悪魔共の網に掛かったところで合流したい。爺、調べてあるな?」

 転移というこの世界でもフールーダやアインズを含めたごく少数の者しか使えない高位階魔法のみを阻害するという奇妙な魔法あるいはアイテムが帝城周辺に張り巡らされているらしく、おかげでフールーダに城の様子を見てもらうことも出来ない。

 

「どうも帝都に繋がる入り口の内外どちらからでも近付くと悪魔が襲って来る仕掛けになっているようですので、そこまで近づければ問題はないかと。後はどのような方法で転移を阻害しているのか、調べておきましょう。私以外に転移魔法の使い手が現れ、直後にそれを阻害する魔法を使う者まで現れるとは、やはり魔法は奥深い」

 そのフールーダはロウネからの報告でアインズが転移を扱えるという話を聞いて以降ご機嫌な様子だ。

 ジルクニフとしては少々苛立ちを覚えるがこの際それは無視だ。もっと考えなくてはならないことがある。

 

「……転移阻害は爺でなければゴウンを警戒している可能性もあるな。となるとなんだ。我々は奴のせいでとばっちりを受けたということか? これは責任を持って働いてもらわねばなるまい」

 軽口を叩きながら頭の中で現状を整理する。帝都に残してきた部下からの突然の報告、何の前触れもなく多数の悪魔が出現し、帝城に攻め込んできたという報告を受けたときは耳を疑った。

 ジルクニフが帝城を離れたことも、アインズを警戒してフールーダを連れてきたことも、どちらも後悔したが分断されなかっただけマシと考えることにした。

 帝城にジルクニフだけ残っても危険だし、逆にフールーダだけ残っていてもその場での対処は出来ただろうがその後の指示は出せなかっただろう。

 最善なのは帝城に二人がいる時に攻めてくることだ。それなら指示は出せるし本当に危なくなればフールーダの護衛で逃げ出せる。

 

(おっと。そもそも攻めてこないのが最善か)

「しかし、相手が悪魔とは。天使なら法国の仕業と断定も出来るのだがな」

 ジルクニフの軽口にフールーダと同じく護衛としてここにいる帝国四騎士の一人、雷光のバジウッドがおや、と言うように眉を動かす。

 

「法国、ですか?」

 

「ああ。法国は常々王国を贔屓しているきらいがある。いやあった、か。元々豊かな土壌である王国で人類の守護者になるような人材を育成したかったのだろう。しかし王国は内部から腐りもはや改善は不可能と見切りをつけた法国は王国を切り捨て、我々に乗り換えた」

 

「ああ。例のガゼフ・ストロノーフの暗殺未遂ですか?」

 

「そうだ。だからこそ我々も本腰を入れて王国を手に入れようと動き出していたわけだが……アインズ・ウール・ゴウン。奴の出現で王国にも芽が出てきた。国力を回復し、正常な国に再生する可能性だ。だから私もこうして、多少の危険を冒しても奴と有利な交渉をするためにここに来たわけだ。法国ならそこを狙う可能性はある」

 そう。帝国を攻めているのが天使ならタイミングと言い間違いなく帝国とアインズ・ウール・ゴウンを近づけさせないための策だと思えるのだが。

 

(いや、むしろそれこそが奴らの狙いか? わざと自分達が絶対に使用しない悪魔を使うことで疑いの目を逸らす……いや法国は宗教国家、敵である悪魔を使役したことがどこかから漏れたらその時点で屋台骨が揺らぐことになる。そんな危険は冒さないか。やはり全く別の勢力の可能性が高いか)

 

「しかし敵は悪魔の軍勢。どっちかっていうと、英雄譚の魔神とやらが関係しているって方が政治とかが入らない分、分かりやすくていいんですがね。それなら敵の頭を叩けばそれで終わる」

 

「そうだな。そのぐらい分かりやすければそれはそれでいいが。その魔神とやらに私自慢の四騎士は勝てるのかな?」

 

「間違いなく……といいたいところですが。魔神を倒せるのは英雄の領域にいる者だけ、俺たちじゃ力不足でしょう。しかし我々にはその英雄すら超える御方もいますし、アインズなんちゃらってのもかなりの使い手なんでしょう? 目はあると思いますがね」

 

「だ、そうだ。その時は爺、お前に頑張って貰わねばな」

 途中から本気で言っていないのは分かっていたので、ジルクニフも合わせてフールーダに話を振る。

 フールーダは長い髭をしごきながらどこか愉快そうに笑みを深めた。

 

「そうですな。であれば、かの十三英雄と私が肩を並べる、いや超えていると証明するまたとない機会ではありますな」

 冗談のような口調で言ってはいるがその瞳に強い意志を感じた。本当にそうであればいい。そんな風に考えているように見える。

 

(危険だな)

 フールーダが常日頃からかつての英雄と自分を比べていることには気づいていた。

 もう自分では彼らを超えているつもりなのに、世間の評価はやはりかつての伝説には一歩劣る。

 更にその自分より劣る者達がかつて冒険の中で、手に入れたという八欲王が残したとされる超級のマジックアイテム。

 それがあれば自分の夢が叶うのに。と思っている。だからこそ危険なのだ。

 そうして気負いすぎて失敗した者はいくらでもいる。

 

(上手くコントロールしなくては。ゴウンと魔法談義でもして多少落ち着いてくれると良いのだが……いやそれはそれで興奮しそうだな)

 魔法の話になると目の色が変わるフールーダが対等に近い立場の人間を前にしてどうなるのか、想像もしたくない。

 帝都の危機という大事を前にしてそんなことを考えている自分がおかしくて、ジルクニフは思わず笑ってしまう。

 そんなジルクニフをフールーダとバジウッドは不思議そうな目で見ているが理由は口には出来なかった。 




ようやくジルも出せました
ここからは出番も多いはずです

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