オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前話から少し時間が戻りフォーサイトの話です
前回にあったブレインとの会話で重複した部分はカットしていますので、その部分は前話を読んで貰えると助かります


第31話 フォーサイトの仕事

 帝都アーウィンタールにあるワーカー御用達の宿屋、歌う林檎亭の一階、酒場を兼ねたその場所で四人の男女が顔を寄せ合って話をしていた。

 店内には他に人の姿はなく、客に留守を任せて買い物に出た店主すらいない。

 

「まずは依頼内容の確認だ」

 全員の視線が集まった後、リーダーであるヘッケランが口を開く。

 

「今回の依頼は護衛任務。ある人物を秘密裏に王国、それも王都のある場所まで連れていくことだ。その間にある面倒事の排除も役割の一つ。連れていく人物ってのはまだ分からんが、依頼人は……」

 言葉を切り、メンバーの中で最も若いローブを羽織った魔法詠唱者(マジック・キャスター)の少女、アルシェ・イーブ・リイル・フルトを見た。

 彼女は若くして第三位階まで魔法を使いこなす魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、今回の依頼は彼女が持ち込んだものだ。

 事前に話を聞いていたヘッケランも未だその依頼主の名が信じられずにいた。

 

「帝国の主席宮廷魔術師、フールーダ・パラダイン」

 気品がありながら、どこか人形のような無機質さを合わせ持つアルシェが、外見そのままに感情を交えず淡々と告げたその名前。

 帝国でその名を知らぬ者はいないだろう。

 英雄の領域すら越えた所に存在する第六位階という魔法を扱うことが出来る伝説の魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 そんな者が何故──多少名が知られているとはいえ──自分たちのようなワーカーチームに依頼を出したのか。

 

「基本俺たちは互いの過去については詮索しねぇ。しかし今回は別だアルシェ、なんでお前にそんな依頼が来た? そもそも依頼人は本物のフールーダ・パラダインで間違いないんだな?」

 ヘッケランの問いかけに、アルシェはコクンと小さく頷いた。

 

「本人が直接私に会いに来た。私は魔法学院にいた頃から多少目をかけられていた、依頼してきたのもそれが理由だと思う。それに私の目なら本人か確実に判断出来る」

 彼女はタレントによって相手が魔力系魔法を第何位階まで使いこなすかを見極めることが出来る。

 その目で相手が第六位階まで使いこなすことを確認したのだろう。

 そんな魔法詠唱者(マジック・キャスター)が二人といないのは分かりきっている以上、フールーダ本人で間違いない。

 

「しかし、何だってそんな依頼を? 裏付けは取れているのか?」

 ヘッケランの問いにチームのもう一人の女性、ハーフエルフのイミーナは不満そうに唇を尖らせた。

 

「相手は帝国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)よ。どうやって調べろって言うのよ。私が調べたのは目的地の方、どうやら王都に最近出来た新しい店らしいの」

 

「店だぁ? いったい何の店だってんだ。フールーダがわざわざ人を送り込もうとするなんて、きな臭いな。政治がらみか?」

 

「それがよく分からないのよね。流石にここから王都のそれも最近出来たばかりの店を詳しく調べられないし、ただ一つ。その店は上位の品を会員制にして売っているらしいんだけど。その顧客の中に最近王国でアダマンタイト級になった冒険者がいるらしいの」

 イミーナはメンバー最後の一人である神官のロバーデイクと現在分かる範囲での裏付け調査を行っていた。

 その答えにヘッケランもそしてアルシェも驚いた反応を示した。

 

「王国にアダマンタイト級冒険者ってことは三組目か。帝国は数でも抜かされちまったな」

 帝国にもアダマンタイト級冒険者はいるが数は二組である。元々帝国では軍が冒険者の仕事を代わりにこなすこともあって冒険者の地位は王国より低いが、これでますます差が付けられたことになる。

 

「ついでだからそっちも調べたわ。良いでしょ?」

 文句あるかと言いたげなイミーナにヘッケランは肩を竦めて同意する。

 今まで他国の同業者の情報までは金が勿体ないとろくに調べて来なかったが、無知はチームを危険に晒すとも言う。

 良い機会だったのだろう。

 

「チーム名は漆黒、人数は男女二人だけらしいわ。剣士と魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)、名前は剣士の方が漆黒の英雄モモン、そして魔法詠唱者(マジック・キャスター)が美姫ナーベ。どちらも抜きんでた実力者らしいけど、特に剣士の方の逸話が多いみたい」

 

「英雄に美姫か。またご大層な名前だが、その名前に似合うだけの実力があるのか?」

 

「色々あるみたいよ。数百体だか数千体だかのアンデッドの群れを二人だけで倒したとか、森の賢王って呼ばれている伝説の魔獣を倒して従えているとか、後はギガント・バジリスクを二人だけで倒したって話もあるわ」

 

「おいおい。そりゃ流石に盛りすぎだろう。二人でギガント・バジリスクは無理だ、帝国のアダマンタイト級冒険者でも出来ないぞ。そんなこと」

 

「同意する。二人だけじゃ手が足りなすぎる、それも相方が魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんて。回復役がいないとまず不可能。王国の冒険者組合が周りに睨みを利かせるために偽の話題づくりをしたというのなら分かる」

 

「それだ! きっとそうに違いない」

 

「いや。それがそうとも言えないのです」

 今まで黙っていたロバーデイクが口を開く。

 

「と言うと?」

 

「実はこれは馴染みの武器屋で仕入れた情報なのですが、その二人がごく最近ドワーフの国があるアゼルリシア山脈に訪れ、そこに生息するフロスト・ドラゴンを退治したという話があるそうです」

 

「ドラゴンだ!? ますます嘘くさくなっただけじゃねぇか。ロバーそれお前、からかわれたんだよ。もしその情報に金払ったんなら取り返さなきゃならんぞ」

 

「それがそうでもないの。私も一緒にいたんだけどその武器屋、ドワーフから直接その話を聞いたそうなの。ほら、帝国って少しだけどドワーフと交易してるでしょ? で、そのドラゴンが居たのが昔のドワーフの王都だったとかで、もうドワーフの間じゃ救国の英雄って大盛り上がり。そもそも王国の冒険者組合の自作自演じゃドワーフの国まで話を持っていけないでしょ? だから信憑性は高いと思う」

 

「ドラゴンが本当なら、他の逸話も本当かも知れねぇってことか」

 今までの話の中で一番不可能だと思われるのが、そのドラゴン退治の逸話である。

 例え小さなドラゴンだったとしても、たった二人それも回復役がいない状況で退治するというのはどうやったか想像も付かない。

 それが可能なら、他の逸話も出来て当然という気もする。

 そんな凄い連中が顧客の店が目的地。

 話が逸れてしまったことに気づき、慌てて頭の中で路線を修正しようとするヘッケランだがその瞬間閃くものがあった。

 

「もしかして、その二人組が本当の目的なんじゃないか?」

 

「帝国がその二人を勧誘しようとしているって事? 確かに帝国の皇帝なら不思議はないけど……なんでそれをフールーダ経由で私たちに?」

 

「もしかしたら。師……フールーダの目的は私にその魔法詠唱者(マジック・キャスター)を見させることかも知れない」

 しばらく黙っていたアルシェが口を開く。言いかけた言葉は師匠だろうか。

 先ほどは目をかけられていたと控えめな言い方をしていたが、魔法学院に在籍していた時より幼くして第二位階を修めていた彼女ならばフールーダの弟子であったとしても不思議はない。

 そのアルシェに魔法詠唱者(マジック・キャスター)を見せる意味は当然その目が持つタレントだ。

 

「その美姫だったか。そいつが何位階まで使えるか調べさせるのが目的って事か。確かにそれならわざわざ俺たちに依頼してきた意味はあるな。フールーダが直接行くわけにはいかない以上、アルシェしか選択肢がない訳か……段々繋がってきたな」

 

「なら、とりあえず依頼に嘘は無いと思っていいんじゃないの? 後は実際に依頼を受けるかどうかってことね」

 目的がなんであれ、こちらを騙すような意図がないのはおそらく間違いはない。

 だがそれと依頼を受けるかどうかは別の話だ。

 帝国の宮廷魔術師であり、あの鮮血帝と恐れられている皇帝ジルクニフにも重用されている相手だけに、政治がらみという線はやはり捨てきれない。

 

「単純に強さを見るだけじゃなく、引き抜きが目的なら面倒だな。間違いなく王国の冒険者組合に睨まれるぞ」

 ワーカーという職業柄、冒険者たちと鉢合わせになる事も多い以上、冒険者に睨まれたくはない。

 そしてそれが王国と帝国を巻き込んだ大事になる可能性があるとするなら、ヘッケランたちは依頼を受けないのが最良だとは分かっている。

 しかし、単純にそうしようと言えない理由もある。

 これが本当にヘッケランたちの推察通りならば、依頼を断ることがそもそも可能なのかということだ。相手の力を見抜くアルシェのタレント。彼女以外にはそれこそフールーダしか聞いたことの無い希有な能力だ。

 相手が大魔法詠唱者(マジック・キャスター)、あるいは帝国そのものだとしたら、断った瞬間捕らわれる危険性もある。

 その場合アルシェのみ生かされ、他の三人は処刑されるかも知れない。

 噂に聞く鮮血帝ならばそれぐらいはやりそうだ。

 つまりフールーダに目を付けられた時点でもう依頼を受ける以外の選択肢は無いのではないかということだ。

 皆、口には出さないがそう考えているのがよく分かる。

 

「……みんな、ごめん。私が入ったせいでみんなに迷惑を」

 そうした空気を敏感に感じ取ったのだろう、アルシェが小さな声で言う。

 口調や表情は変わらないが、もう二年以上の付き合いになる。態度に出さなくても落ち込んでいるのは明白だった。

 そんな妹分をヘッケランは多少わざとらしいくらいの大声で笑い飛ばした。

 

「何を言ってんだよ。前にも言っただろうが、お前さんみたいな腕の立つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)が仲間に入ったことは俺たちにとってラッキーでしかないんだよ」

 

「そうよ。今まで貴女のおかげで解決出来た依頼がいくつあると思っているのよ」

 

「全くです。貴女のおかげで私たちは今までやってこられたのですから」

 イミーナとロバーデイクもヘッケランの対応にのっかり同意する。

 三人から口々に言われ、アルシェはほんの少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 少し前、この店にアルシェの実家が借りている借金の取り立て人が訪れたことがあり、彼らはその際彼女が置かれている状況を把握した。

 報酬が高額なワーカーの仕事をしていても借金は返せず、というより未だ貴族らしい生活を忘れられない両親がどんどん借金を重ねているのだと言う。

 そんな状況で更に今回の依頼が舞い込み、ここ数日彼女が精神的に消耗しているのは誰もが分かっていた。

 だからほんの少しでも彼女が笑い、落ち着けたなら良かった。と安堵しながらヘッケランは更に畳みかける。

 

「それにだ。何も今回の依頼は悪いことばかりじゃない。ぶっちゃけ金が良い。信じられるか? 人を王国まで護衛するだけで成功報酬金貨千枚、前金だけでも五百枚だ。これもお前がいたから入ってきた依頼だ。金になる仕事を持ってきてやったんだから感謝しろ。くらい言っても良いんだぜ?」

 この四人が集まった理由は金が欲しいから。ただそれだけである。

 ワーカーという仕事は危険である以上、報酬も高額となるが、それでも一回当たりの報酬を人数で割ると金貨五十枚そこらが関の山だ。

 それ以上は死ぬ危険性の方が高い依頼ばかり。

 そういう意味で、今回の依頼は例え失敗しても直ぐ死に繋がる訳でもなく、ただ人を護衛して運ぶだけで必要経費を引いても一人金貨三百枚以上になろうという超大口の仕事であるのは間違いない。

 

 もちろんヘッケランの軽口をアルシェが額面通りに受け取ることはないだろう。

 気を使われているのも直ぐに分かるはずだ。

 だがヘッケランもイミーナもロバーデイクも口には出さずとも気付いていた。これが四人で行う最後の仕事になるかも知れないということを。

 彼女は借金を返し終えたら幼い妹二人を連れて家を出るつもりなのだ。

 そうなれば妹の世話に追われることになり、長い間家を空けることになるワーカーの仕事を続けていくことは出来ないだろう。

 ヘッケランとロバーデイクも共に買い物をしている途中でそんな話を少しした。

 

 その後ヘッケランとイミーナが隠れて付き合っているのをロバーデイクに気づかれていたという話に移行したため結論こそ出なかったが、それでも今回の依頼を終えれば彼女の家にある借金は全て完済出来、憂い無く家を出ることが出来る。

 更に一度は魔法学院を辞めて途切れたフールーダとの縁が復活する切っ掛けにもなり、その後の仕事も斡旋して貰えるかも知れない。

 そういう意味でアルシェに限って言えば今回の依頼は渡りに船と言える。

 しかし彼女の性格上それを素直に喜べないのだろう。

 自分たちに迷惑がかかると考えているのであれば尚更だ。だからこそヘッケラン達は再び俯いてしまったアルシェに隠れて顔を見合わせ同時に目だけで意志疎通を図った。

 考えることは皆同じだ。

 

「じゃ受ける方向で話を進めましょ。護衛対象の人数とか今まで私たちが言った推測が正しいのかは話を聞いたときに確認するってことで」

 本来その手の提案はリーダーであるヘッケランがするべきなのだが、先んじてイミーナが軽い口調で言う。

 もう受けるのは決定だと分かっていることと、ヘッケランが同意を取るとどうしてもリーダー権限で同意を強要したと取られかねない──ヘッケランが命令したからといって聞きたくない命令を嫌々受け入れるようなメンバーはいないのだが──ため別の者が言うことで命令ではなく本人達も納得しているというアピールが出来る。ロバーデイクもその通りとばかりに頷いていた。

 

「そうだな。ならアルシェとロバー行ってくれるか?」

 直接依頼を受けたアルシェが行くのは当然のこととして、ロバーデイクはメンバーの中で一番弁が立つ。交渉を任せるのは当然だ。

 

「了解しました。向こうの真意を見抜くのは私にお任せください」

 ロバーデイクが自信満々に言い、アルシェにも良いな。と目を向けると彼女は長い沈黙の後顔を持ち上げ、三人の顔を正面から見つめて言った。

 

「わかった……ありがとう」

 その礼の言葉にどれだけの意味が込められているのか。アルシェの言葉に三人は苦笑して、しかしもう誤魔化すことはせずにその言葉を受け取った。

 

 

 ・

 

 

「あれが例の店か。しかし、どこまで信じたら良いもんかね。目的が漆黒じゃなくて店主の……なんだっけ?」

 

「アインズ・ウール・ゴウン」

 

「そうそう。そのアインズ。そいつの方で、店はゴーレムに、アダマンタイト級冒険者が持つに相応しい武器に、ギガント・バジリスクの輸送便を扱っているとか」

 どこにでもある少し大きめの商会にしか見えないが、護衛対象である帝国の人間、名乗りすらしないその男は依頼を受けた後も、詳しい事情は話さなかった。

 それはこちらとしても好都合だ、詳しい話なんて聞けば聞くだけ危険が増す。

 ただ一つだけ、やはりフールーダというか帝国がフォーサイトに依頼を出したのはアルシェのタレントが理由で、予想が外れたのはその目で見る相手がアダマンタイト級冒険者、美姫ナーベではなく、店主のアインズなる魔法詠唱者(マジック・キャスター)だという話だ。

 そしてもう一つ。

 

「失敗したときは奴を殺せとは。随分過激な依頼だな、しかも本人も納得済みと来たもんだ」

 今は別の場所に待機させている男を思い出す。

 如何にも生真面目そうな男で、戦士や兵士ではない、どちらかというと司書や文官といった感じの男だったが、失敗し王国の上層部、貴族や役人に捕まりそうになったら、先ず自分を殺せと言っていたその目には本気の色が見えた。

 

「捕らえられて交渉の道具にされたり情報でも引き出されたらって事なんでしょうね。愛国心って奴かしら」

 私には分からないとでも言いたげにイミーナが呆れた口調で言うが、それはヘッケランも同様だ。

 帝国で生活をしていて良い国だとは思うが、だからといって国のために死ねと言われても自分は絶対にしないだろう。

 しかしそれだけの覚悟をしている以上、あの男は帝国内部の詳しい情報を知っている人物ということになる。

 そんな者をわざわざ戦争中の敵国ど真ん中に送り込むのだから、今回の依頼が帝国にとってどれだけ重要か窺えるというものだ。

 

「ま、関係ねぇな。俺たちはさっさと仕事を済ませるだけだ。後は……その店主が確実にいる時間を狙ってあいつを連れて行けば仕事終了ってわけだ」

 

「その後、帝国に送り届けるまでが仕事でしょ」

 

「何だよ。妙にやる気だな」

 

「別に、少なくともあの男が命がけでやっているのは分かるしね。そもそも戻るまでやって初めて報酬が出るんだから当たり前じゃない」

 相手が帝国のお偉方──恐らく──とあって初めはフォーサイトのメンバーも多少色眼鏡で見ていた部分があるが、やはり相手が誰であれ本人も命がけというのなら、こちらも最善は尽くすのが当然だ。

 性根が熱血気味なイミーナは特にそうした意識が強いのだろう。

 今も人の出入りは無いというのに真剣な表情で店を監視している。

 朝一番からこの場──野伏(レンジャー)であるイミーナが監視出来るギリギリの位置──で監視をし続けているが、特に目立った人の出入りは無い。

 客が完全にゼロというわけではないが、人気店というほどでもない。開店したばかりならばそんなものかもしれないが、帝国が本腰を入れて取り込もうとするほどの店ならばもっと人が多くても良さそうなものだが。

 

「ロバーが出てきたみたい」

 客を装い店に潜入させたロバーデイク帰還の知らせにようやくヘッケランは自分の仕事に取りかかれるとグッと背を伸ばし、ロバーデイクが戻るのを待った。

 

 

 

「となると店主は基本的に店にはいないのか?」

 報告を聞いた後問うとロバーデイクは大きく頷いた。

 

「少なくとも店員に話を聞いた限りではそうですね。教育がしっかりしているのか余計なことは話さないみたいです。店の中も如何にも高級店のようで、装飾品も素晴らしいものばかり。まさに一流店といった感じでした」

 

「俺たちにはむしろ居心地が悪そうだな」

 肩を竦めて軽口を叩くとロバーデイクも同意した。

 

「確かに。私も帝国の市場で掘り出し物を探す方が好きですね」

 

「でもそうなると持久戦になるかもね。もしくはたくさん買い物をしてそれこそ顧客になるとか? 帝国持ちなら幾らでも買ってやるんだけど」

 

「いえ、その辺りも聞きました。顧客になれるのは冒険者だけらしいのです。冒険者に店のアイテムや武器を貸す代わりに自分たちの依頼を受けさせるのだとか」

 

「そんじゃダメだな。俺たちみたいな身元の怪しいワーカーなんて顧客にしてくれるはずがねぇ」

 自嘲気味にぼやきながら、頭の中で考える。

 イミーナの言うように地道に監視を続け店主が店に入ったタイミングで中に入るのが良いのか、それとも多少無理矢理にでも店に押し入り、店主を出すように交渉するべきか。

 どちらも問題がある。

 時間をかければその分王国の人間にバレる危険性が増え、しかも王国の貴族が先に接近してくる可能性もある。

 かと言って無理矢理交渉すれば相手に悪感情を抱かれてしまう。今から引き抜きをしようとする相手にそんな態度を取るのはまずいだろう。

 だがこの二つ以外方法が思いつかないのも事実。

 どうしたものかと頭を捻っていると再びイミーナが口を開いた。

 

「また誰か出てきた。あれ、でもおかしいわね。人の出入りは見ていたけど確かロバーが入る前から他の客は中に入っていないはずだけど」

 

「確かに。私以外客の姿はありませんでした」

 

「店員か?」

 

「ううん。冒険者みたい、鎖着を着て武器を持ってる……妙に細くて曲がった剣ね。なにかしらアレ」

 どれどれと言いながらヘッケランは大枚をはたいて購入した倍率の高い遠眼鏡を使い身を乗り出して姿を確認する。

 確かに店の近くに男が一人、周囲を窺うようにしながら歩いている。

 ボサボサの髪と戦士らしい鍛え上げられた体。しかしそんな体の割に肌が妙に白い。

 日の下に出ずにずっと地下で生活してきた人間のような不健康な白さだ。

 そのまま腰に差した武器に目をやり、ヘッケランは驚いた。

 

「ありゃ刀じゃねぇか? 南方の方にある国から時たま流れてくる切れ味を最大まで追求した武器のはずだ……それにあの身のこなし」

 同じく戦士であるヘッケランは少し見ただけでなんとなくではあるが、相手の戦士としての強さが分かる。

 正確なものではなく、外れることも多いが自分より強い相手を見抜くのは簡単だ。

 自分が出来ない動きをさらりとこなしているのだから。

 

「俺より強い刀使い……もしかしてあいつ、例のほら、グリンガムから聞いたガゼフ・ストロノーフと互角に戦ったって剣士、なんて言った?」

 

「ブレイン・アングラウス。ですか? 確か彼がそんな話をしていましたね。自分も出場した大会で負けた相手だからと情報を集めていたとか」

 この仕事を受けると決めた際、失敗は許されないからと今まで金を出し惜しみして来た王国の同業者に関する情報をかなり集めた。

 その中でヘッケランが一度も耳にしたことのない相手ということで強く印象に残っている人物だ。

 

 話を聞いた同じワーカーのグリンガム曰く、剣士としてのお手本であるとのこと。

 その強さはまさに超一流らしく、聞いてもいない戦いの様子まで、あの一閃をいかなる技で弾き返したのか、あの局面で剣を曲げて放つか。などと事細かに話してくれた。

 その男が南方からたまたま流れてきた刀という武器に金貨数千枚も出して購入した話まで知っていた時には、もはや情報を集める為ではなく、ただの趣味じゃないかと疑ったものだ。

 その男の特長と、遠眼鏡に映る男の特徴が一致している。流石に肌の色までは聞いていないが、それだけの腕がありながら冒険者や兵士ではなく、用心棒や傭兵、怪しげな法に触れる仕事もしているとのことだったので、そうした者達の住処で長いこと隠れて生活したせいで肌が白くなったとも考えられる。

 しかし今はそんなことはどうでも良い。

 客がいないはずの店内から現れたことが重要なのだ。

 

「見逃したってことは……無いよな、うん」

 途中まで口にしたところで、イミーナに睨みつけられたのでヘッケランは慌てて取り繕う。

 

「朝から見ていたんだからずっと店内にいたってのはないでしょ。考えられるとしたら……店に雇われていた、とか? 強い剣士なんでしょ? なら魔法詠唱者(マジック・キャスター)が護衛として雇っても不思議はないわ」

 確かに。とヘッケランは無言で同意する。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)は強力であればあるほど肉体的な能力は低いことが多い。

 体を鍛える暇があれば魔法の鍛錬をする方が有意義だからだ。

 冒険者やワーカーならば魔法詠唱者(マジック・キャスター)でも最低限鍛えることはあるが、相手が商人ならばその必要はなく金を使って用心棒を雇った方が手っ取り早い。

 

「ってことは、今からその店主の所に行くんじゃないか?」

 

「あり得るわね。用心棒なら雇用主の側にいるはず。今店の中にいないなら迎えに行く途中って事も」

 イミーナが自分の考えに賛同したことで自信をつけたヘッケランはよし。と手を叩いてイミーナとロバーデイクを振り返る。

 

「とりあえず俺が一人で接触してみる。二人は引き続きここで見張りをしておいてくれ」

 

「大丈夫なの? まだ確証もないのに」

 

「なぁに。相手もそれなりにスネに傷がある男だ。いきなり命のやりとりにはならねぇよ」

 冒険者ではなく、傭兵や用心棒として活動しているのならば寧ろワーカーである自分達に近い気質の筈だ。

 

「だからこそでしょ。ワーカー同士の殺し合いなんて珍しくもないんだから」

 早速と歩き出そうとした足を止め、確かにと考える。

 ヘッケランは信条として命さえ無事なら多少の無茶は気にせずに自分の感情に合わせて行動することにしている。

 それは逆に命の危険があることには近づかないということでもある。

 仕事で同業者とぶつかり合ったとき、冒険者なら話し合いが通じるが、互いにルールに縛られないワーカー同士では殺し合いに発展することも少なくない。

 所詮ヘッケランがブレインについて知っているのは人伝の浅い情報だ。

 本人の性格や考え方などはほとんど知らないと言って良い。

 しかし。

 

「……いや、行ってくるわ」

 ヘッケランはそう言い切り、驚く二人に目を向けた。

 二人の目はヘッケランらしくない。とでも言いたげだ。

 それは自覚している。しかし今回に限っては様々な意味で失敗出来ないのだ。

 単純に失敗すれば帝国に消されるかも知れない。ということもあるが、これが自分達の最後の仕事になる。

 そしてその報酬で可愛い妹分をバカな両親から引き剥がし、新しい道に進んで貰う。

 出来ればこんな後ろ暗い生き方ではなく、日の当たる場所を堂々と歩ける。そんな道に戻って貰いたい。

 そのために多少危険でも行動を起こすことにした。

 

「気をつけて。何かあればすぐ戻りなさいよ。いつでも逃げられるようにしておくわ」

 

「頼みましたよヘッケラン」

 そんなヘッケランの感情を読みとったのかどうなのか、それ以上反対はせずに自分を送り出してくれる二人に無言で手を持ち上げて返答した。

 

 

 

(この先で待っているな。俺の尾行に気づいたか? 流石一流の剣士って所か)

 まるで強大なモンスターを相手にした時のような、背筋に冷たいものを感じながら、ヘッケランは態度に出さないように気をつけて道を進み、汗の滲んだ手のひらを壁の縁にこすりつけ曲がり角から顔を覗かせた。

 案の定、先ほどまで背を向けていた男がこちらを振り返りヘッケランを待っていた。

 その男にヘッケランは出来る限り敵意を見せずに話しかけた。

 

 軽口も交えながら幾つか会話をして分かったことは、やはりこの男は件のブレイン・アングラウスで間違いないこと。隠し事が苦手なこと。そしてなにより重要なのは用心棒ではなく、店にいる誰かの弟子という立ち位置にいることだ。

 ここまで話をしてもブレインは歴戦の戦士らしく一切気を許さず、いつでも飛び出せそうな気配を滲ませている。

 その気配がより色濃くなったのを敏感に感じ取ったヘッケランは慌てて選択した。

 まだ詳しい確証もとれていない段階だが、仕方ない。これ以上時間をかけると本当に殺し合いになりかねない、と長年の経験から判断したのだ。

 

「わ、悪かった。すまん、分かった。単刀直入に言う。俺を、いや俺の雇い主を魔導王の宝石箱の主人、アインズ・ウール・ゴウン殿と引き合わせて欲しい」

 

「はぁ!?」

 やはり、隠し事は出来ないタイプのようだ。

 ヘッケラン達のようなワーカーや冒険者では問題だろうが、純粋に剣を極めようとしている剣士ならば無理もない。

 だからこそ、嘘や隠し事はせずに正面から話をすることに決めたのだ。この手のタイプはそうした気概を好む事が多い。

 ダメなら逃げるしかないな。そう考えながら相手の出方を窺った。

 

「……詳しく話せ。依頼人とは誰だ。アインズ様と会う目的は?」

 しばらく時間をかけて考えた後、ブレインは慎重に口を開く。この手の無頼漢が主人を様付けで呼んでいることに驚いたが、そのことは顔には出さない。とりあえず問答無用で剣を交えるようなことにはならずにすみそうだ。

 

「正直に話すとは言ったが実の所俺たちは詳しくは聞いていないんだ。多分帝国のお偉いさんだとは思うが。王国とは戦争中だから大っぴらな動きをとれず、しかし部下や他人を使うことはせずに直接会いたいと考えて、俺たちのような組織を背負っていないはぐれ者に依頼をしてきたってところだろう」

 

「となると、目的も聞かされていないのか?」

 

「ああ、アンタがいる店の主人……ゴウン、殿か。その方に直接会わせるのが俺たちの仕事だ。しかし店にはいないらしいと聞いてな。そこでアンタのことを見かけて後を追いかけた。てっきりその主人の所に行くんじゃないかと思ってな」

 基本的には全て話すがアルシェのことだけは隠しておく。これだけは誰にも知られずに達成されなくてはならない。

 実の所どこまでだったら正直に話すかというのは事前に決めていたのだ。

 

「……帝国。貴族か?」

 

「それは分からんが、国の中枢近くにいる者だとは思う。聞いたことがあるかは知らんが、帝国は王国ほど貴族を重用していない。貴族でなくても有能ならば皇帝の近くで働ける。個人的な見解だが、こんなやり方をするのは貴族ではなく有能な役人か何かだと考えている。だからこそ、アンタらにとっても悪い話ではないと思うんだが」

 相手が考え込んだので、ここぞとばかりに話し続ける。

 今ここで会う約束をして貰う必要はない。そのアインズという男に直接この話を持っていって貰えれば御の字だ。

 

「俺にはそれを判断出来ない」

 

「だったら──」

 聞いてみてくれと言う前にブレインは手を振る。

 

「主人ではなく、俺の師匠に話してみても良い。ただし、その話を師匠がアインズ様に伝えるかどうかは分からない。必要ないと判断すれば伝えることすらしないかも知れない。それでも良いか?」

 

「十分だ。ただ、さっきも言ったが商売をしている者なら絶対に悪い話ではないと思う。帝国は有能な相手を正しく評価してくれる国だ」

 この国とは違ってとは流石に言わないが、王国が実力如何ではなく生まれや血筋で全てが決まるというのは有名な話だ。

 とことんまで貴族主義という奴らしく、それは商売でも変わらないとも聞く。

 

「伝えておく……」

 そう言った後、ブレインは少しの間を空け何か情報を咀嚼するように視線を宙に飛ばしてから、ヘッケランを睨みつけた。

 

「返事は明日の朝、この場所でする。雇い主を連れてこいとは言わないが場合によっては明日そのままアインズ様の所に連れていくかも知れない、連絡手段を持っておけ。それと……」

 ブレインの様子にどこか違和感を覚える。今まで一言一言考えながら話していた態度ではなく、まるで台詞を読み上げるようにスラスラと言葉を重ね始めた。

 そしてこちらを嘲るようにフンと一つ鼻を鳴らしてから、ブレインは言い放った。

 

「店を監視している奴らも一緒に連れてこい」

 

「っ!」

 態度には出さなかったと信じたいが突然のことで反応が僅かに遅れてしまった。

 短い間でシラを切るか考えるが、ブレインはそれだけ言うとヘッケランに背を向け、通りの奥へと歩き出しそのまま離れていった。

 

(イミーナ達にも初めから気づいてた? あの態度はこちらを油断させるための演技だったってことか。やってくれるぜ)

 ヘッケランは自分の名前を名乗りはしたが、フォーサイトのことは口にしていない。

 まさかブレインがヘッケランの名前を知っていてチームがあると気づいたということはないだろう。

 個人かチームかどちらとも取れる体で話を進めていた。チームのメンバーを危険に晒さないためでもあるが、相手の動きを窺う為のものでもあった。

 素直な反応にてっきり隠し事が出来ないタイプかと思ったが、あれも演技だったのだろう。生粋の剣士が<伝言(メッセージ)>など使えるはずもないのだから誰かから入れ知恵をされていたという線は無いはずだ。

 イミーナの監視に気づき、自分たちを釣るための餌として現れたのだ、よく考えればタイミングも良すぎた。

 

(あるいはそのアインズって奴の作戦か? どっちにしろ俺たちには関係ないが、交渉相手と考えるならこれは手強そうな相手だな)

 護衛対象のあの男が苦労する様子を思い浮かべながら、ヘッケランはため息とともに頭を掻き、仲間達の元に戻るため来た道を引き返した。




もう少し短く纏めて話も進められるかと思いましたが思ったより長くなりました
次はナザリックに戻った後のアインズ様たちの話、になる予定です

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