オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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今まで出てこなかったジルとラナー、それぞれの話です


第29話 それぞれの思惑

 絢爛豪華と呼ぶに相応しい部屋に置かれた二人掛けの長椅子に一人の男が深々と腰掛けて報告書を眺めていた。

 

 齢二十二にしてバハルス帝国現皇帝の座に就き近隣諸国より鮮血帝の名で恐れられている男、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。

 椅子から長い足を無造作に放り出しながら、王国内にいる内通者から届いた書簡に目を通す。その後、少しの間空中に視線を投げ出すとやがて得心が行ったように一つ鼻を鳴らした。

 そこには不満の気配が色濃く滲み出ていた。

 

「黒粉のルートを潰す目処も立たないうちに。面倒なことは続くものだな」

 完全に頭の中に入った書簡を投げ捨て、ジルクニフは小さく息を吐く。

 

「どのように対処しますか?」

 秘書官ロウネ・ヴァミリネンの問いかけに、少し間を置いてからジルクニフは視線を動かす。

 そこには主席宮廷魔術師、フールーダ・パラダインの姿があった。

 

「爺、どう思う? これは信用して良いと思うか?」

 ジルクニフが見たものと同じものを見ているフールーダはしかし、ジルクニフの問いかけを無視するように反応を示さない。

 書簡を持つ手が僅かに震えているのがここからでも分かった。

 

 無理もない。

 そう思うが、皇帝の呼び掛けを無視してそのままという訳にもいかない。

 もう一度、今度は少し強めに呼びかける。

 

「爺!」

 

「っ! 失礼しました、陛下。しかしこの名は──」

 

「魔導王の宝石箱、区分としてはよろず屋になるのか。店主はアインズ・ウール・ゴウン、以前聞いた名だな」

 王国辺境の村に現れ法国の特殊部隊数十人を相手取り勝利を収めたという謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の名だ。一度はフールーダに調査を頼んだものの、彼の力を以ってしても発見することは叶わなかった。

 仮にマジックアイテムなどではなく、自身の力で探知を防いだとするのならば、帝国史上最高の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるフールーダに匹敵するかも知れないとされた人物だ。

 その後も目立たぬように調査を続行させていたが結局見つからずにいた、その者が突然表舞台に姿を見せたというのだからフールーダだけでなくジルクニフとしても驚きを禁じ得ない。 

 

「それにしても王都で商会を開くとはな……」

 何故わざわざ王都で。

 口には出さずに考える。

 王国で魔法詠唱者(マジック・キャスター)の地位が低いのは有名な話だ。王国で生まれた者であるならばともかく、別の地から来た者であれば、法国、あるいは魔法詠唱者(マジック・キャスター)を優遇する帝国を選びそうなものだが。仮に王国を選ぶにしろ三国の要所たるエ・ランテルならばまだ納得も出来るのだが。

 とにかく能力が高く、知恵のある魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば王都に商会を開こうなどとは考えないはずだ。無駄が多すぎる。

 

(能力はあっても、頭は悪い愚者なのか。それとも別の狙いがあるのか。だとしたらそれは何だ? 王都でしか為し得ないこと……)

 

「しかし、これは本当なのでしょうか? 強力な武具の量産化に加え、強大な魔獣を使った運送業、なによりゴーレムを販売ではなく安価で貸し出すとは」

 信じられないと言うようにロウネが幾度も報告書を凝視する。

 何度見ても書いてあることが変わるはずはないが、気持ちは分かる。

 

「我が国でもかつて政策として考案したが、取りやめた理由は費用面での問題だったな?」

 

「その通りです。ゴーレムは確かに開墾や土木作業、荷物の運搬には最適ですが、創り出すのに多くの素材と時間がかかります。とても国中に広められるほどの数を用意出来ません」

 ロウネの言葉に無言で頷く。

 

(そうだ。だからこそゴーレムには見切りをつけ、代わりにアンデッドによる労働力に着手したのだ)

 しかしそれも数多くの問題を抱えており停滞中だ。

 

「ではそいつは、どうやって多量のゴーレムを製造している? 特別なマジックアイテムがあるのか、それともそいつがゴーレムを造ることに特化しているのか。確か熟練した魔化職人は製作に掛かる時間を短縮出来ると聞いた覚えがあるぞ。それのゴーレム版だと考えれば良いのではないか? どうなんだ爺」

 

「それは分かりかねます。ですが帝国内で最も高い技量を持った職人でもそのようなことは不可能かと。だとすればやはりその者が規格外の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり我々の知らない、あるいは新たに開発した魔法を使用し、時間や素材を少なく済ませている可能性がありますな」

 

「……だとすれば是非帝国に迎えたいところだな、幸い王国の馬鹿共がこいつを有用に利用するまで時間がかかるだろう、一人二人気づいたところであの国では利権や派閥争いで意見をまとめることすら出来ない。愚かなことだ。上手く使えばこいつ一人で王国の国力を──」

 そう自分で口に出した瞬間、頭の中に雷が走った。

 

「それか? それが狙いか」

 思わずその場から立ち上がり、ジルクニフは睨むように空中に目をやる。

 

「陛下、いかがされましたか」

 ロウネの言葉を無視しジルクニフは更に考える。

 現在帝国は王国の刈り入れの時期を狙って侵攻を繰り返し、徐々に王国の国力を落とすことで、こちらに被害が最も少ない形で王国を手に入れようとしている。

 これは戦争の度に国民を兵士として徴集する王国相手だからこそ出来る策だ。

 帝国のように専属の兵士がいればそんなことをしても意味はない、働き手は別にいるのだから。

 

 しかしこのアインズという男のゴーレムがもっと広く普及すればどうなるか。たとえ兵士として働き手が徴集されてもゴーレムがその代わりを勤めることになり、国力が下がることは無くなる。

 つまり帝国の策は無に帰することになる。

 

「では王国を救うことが目的なのか? いや、それにしては動きが鈍い。正義感や国民を憂いてのことならばもっと精力的に売り込みを掛けていなくてはおかしい。ではなにを──」

 思わず口から言葉がこぼれ出るがそれを気にしている余裕はない。

 これは帝国が数年がかりで進めてきた政策が失敗に終わるかどうかの瀬戸際なのだ。

 

「もし、目的が王国そのものだとしたら?」

 

「まさか! 一介の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が個人で国を狙うなど」

 あるはずがない。と続けようとするロウネを睨みつける。

 

「奴が個人とは限らん、それに今の王国は酷く脆い。このままでは遠からず貴族派閥と王派閥に割れる危険性がある、そのどちらかにこの店が荷担すれば必ずそちらが勝つだろう。そうなれば派閥争いの最大功労者であり、ゴーレムという国力回復手段も持つそいつが、誰かを矢面に立たせ、実質的に国を支配することは十分に可能だ。そして、そのやり方が可能なのは近隣諸国では王国のみ」

 帝国や法国ではその方法は使えない。

 国力が落ち続け、国内で派閥争いが起こっている王国だからこそ出来る手段だ。

 

「──ヴァミリネン、直ぐに本格的な調査を行わせて噂がどこまで本当なのか確かめさせろ。特にアインズ・ウール・ゴウン個人の力がどの部分に特化しているのか。どれ程の実力なのかを重点的にな。どんな手段を使っても構わん」

 どんな天才であろうと複数の分野を同時に極めることなど不可能だ。

 魔力系、精神系、信仰系と三つの系統の魔法を使えるフールーダでさえ、信仰系に関しては他に比べてかなり劣る。

 

 しかし魔導王の宝石箱は、加工の難しいオリハルコン製の武器を量産出来る鍛冶、強大な魔獣を操るビーストテイマー、短時間で安価のゴーレムを造り出す技術、そしてフールーダの調査を探知させないほどの魔法の行使と四つの分野において、常識を越えた実力を有している。

 普通に考えれば、本人はその内の一つだけを極めており、他は別の者、あるいは強大な力を持ったマジックアイテムなどで補っていると見るべきだ。

 魔導王がアインズ・ウール・ゴウンを指しているのならば、フールーダの探知を回避するほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が本命だとは思うが、それ自体がこちらの目を誤魔化すための虚偽という可能性もある。

 

「畏まりました。直ぐに……」

 

「もう一つ。軍に戦争の用意をさせろ。五、いや六軍を動かせるようにしておけ。出来るだけ王国に気づかれるのが遅くなるように秘密裏にだ」

 ロウネの目が見開かれ、驚きを露わにする。

 何故そこまで急ぐのかと聞きたいのだろう。確かにその男の力が本物であるか確認する前に、軍を集めるのは早計だという考えは正しい。

 しかし今回に限っては時間との勝負になる。情報の出所のせいだ。

 この情報はジルクニフが最も苦手としている王国の第三王女ラナー、そのお着きのメイド──帝国と繋がりのある貴族の娘だ──からもたらされた情報である。

 それはどういうことか。

 先ほどジルクニフが口にしたように、本来なら魔法詠唱者(マジック・キャスター)を軽視する王国では如何に有能な者であれ、その価値が認められるまでには時間がかかる。

 魔導王の宝石箱の噂が全て本当だったとしても、それを国全体の政策に組み込むまでには時間を要するはずだ。

 

 しかしラナーが発信源となれば話は違う。

 失敗するしないに関わらずあの女の案は王に直接伝わることになる、今の王は決断力のない平凡な男だが、ラナーからの提案ならば即座に行動に移す可能性もある。

 故に情報の真贋を確かめてからでは遅い、軍を集めるにはそれなりに時間がかかる、六軍ともなればなおさらだ。

 例年通りの戦争では常に四軍しか参加させていない。

 国力を削ることが第一であり、またそれ以上の武力を一点に集中させることは他の守りを弱くすることに繋がるからだ。

 しかし今はそんなことを言っている場合ではない。

 

「ろ、六軍ですか? しかしそれでは」

 

「もしもの備えだ。その男が本物であれば同時に勧誘しろ。結果帝国に来ればよし、だがもし本当に王国そのものを手に入れようとしているのならば、これが戦争を仕掛ける最後の機会となる。その男のゴーレムが王国中に普及する前に、王国に壊滅的な打撃を与える。その上で改めてアインズ・ウール・ゴウンを帝国に迎え入れれば良い。なんなら辺境伯の地位でも与えて元王国の土地をくれてやっても良い。その男にはそれだけの価値がある」

 しかしそれも制御が可能ならばという前提条件の下だ。

 与えた土地だけでは満足出来ず、帝国にまで牙を剥くような男ならば──

 

「それと、もしもの場合に備え……イジャニーヤに連絡をとっておけ」

 アインズ・ウール・ゴウンの力が本物だった場合、現状の選択肢は大きく三つ。

 一つ目は即座に勧誘し帝国に迎え入れること。

 二つ目は戦争をし、王国に勝利してから土地を与えて迎え入れること。

 最後の三つ目は、能力が本物であり制御出来ないと分かった時点で殺すことだ。

 

 実のところこれが一番手っとり早い。

 強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)は肉体的には弱いことが多い。

 正面切っての戦いならば対策もとれるだろうが、暗殺などの搦め手を使えば案外簡単に殺すことも出来るかも知れない。

 いざとなればイジャニーヤと共にフールーダを出せば良い。

 仮にフールーダと互角の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であってもこの方法ならば確実に殺すことが出来るだろう。

 そうなれば後は今まで同様少しずつ王国の国力を削いでいけばいい。

 だが、それを実行するにはこの男の力は勿体なさすぎるのも事実。

 あくまで友好的に帝国に下ってくれるのが一番だ。

 

「フールーダ。もしもの時はお前にも出てもらう。いいな?」

 爺ではなく名前で呼ぶ。

 釘を刺しておかねばならない。

 何故ならば、ジルクニフはフールーダの夢を知っているからだ。

 彼は自分以外の強大な力を持った魔法詠唱者(マジック・キャスター)の存在を渇望している。

 自分の先に立つ者に師事を乞いたいのだ。

 そうすればフールーダはより強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)に成長し、魔法の深淵を覗けるかも知れないと考えている。

 だからこそ、今ジルクニフの言った言葉にフールーダは納得出来ていないだろう。

 ようやく現れた自身を導いてくれるかも知れない存在、それを殺せと命じられているのだ。

 しかし、こればかりは仕方ない。

 帝国に牙を剥くかも知れない者を野放しには出来ない。

 

「……畏まりました、陛下。ですが出来れば友好的な関係を構築して、魔術について討論し互いを高め合いたいものですな」

 

「それは私も同じだ。大人しくこちらに来てくれれば問題ない。もしもの場合でもフールーダ、お前がそいつの首輪になることが出来れば、それも叶うのではないか? 互いに知らない部分で高め合い成長し、帝国の二大魔法詠唱者(マジック・キャスター)になってくれるのが、私にとっても帝国にとっても一番良い」

 

「……そうですな。畏まりました。もしもの時は私が押さえ込みましょう」

 どうにか納得してくれたようだ。

 後は相手がどう動いても良いように準備を進めるだけだ。

 その後は目処が着き次第、改めて主要な面子を集め帝国の今後について改めて議論し直さなければならないだろう。

 急な方向転換を余儀なくされたが、これもジルクニフが貴族達を粛清して古い帝国を壊し、新しい帝国に生まれ変わるための産みの苦しみだと思えば仕方ない。

 ジルクニフは床に落ちた書簡を眺め、未だ正体の知れぬ魔法詠唱者(マジック・キャスター)の姿を想像した。

 

 

 ・

 

 

 王都リ・エスティーゼの最奥に位置するロ・レンテ城の内部におけるヴァランシア宮殿の一室、先ほどまで居た人物が居なくなった後、第三王女のラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフはテーブルの上に置かれた紅茶のカップに目を落とし、小さく息を吐いた。

 

(一つ駒がなくなった。と考えるべきね)

 言葉には出さずに考える。

 先ほどまでここにいたのは、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 冒険者チーム蒼の薔薇のリーダーであり、ラナーの知人であり、そして便利に使える駒の一つでもあった。

 もっとも彼女からすればラナーは親しい友人と信じているのだろうが。

 

 そのラキュースが今回一人でラナーの元まで来たのは、謝罪をするためだった。

 以前から彼女たち蒼の薔薇に頼んでいた八本指に関する依頼の中断を願い出てきたのだ。

 蒼の薔薇のメンバー二人が、別の依頼中に命を落としたのがその理由だ。その二人は既にラキュースが復活魔法で蘇生させたらしいが復活時に膨大な生命力を消失させてしまい、しばらくの間まともに体も動かせず力を取り戻すのにも時間がかかる。

 その二人を元の強さに戻すまで依頼を中断させてほしいというものだった。

 

 当然ラナーは快諾した。

 ラキュースの知るラナーならばそうするのが当然だからだ。

 そもそも、ここのところ八本指の動向に大きな変化が生じていたため、急ぐ必要はなくなった。

 未だ組織が存在しているのは間違いないが、奴隷売買部門と、麻薬取引部門の動きがおかしい。特に麻薬取引部門は完全に王国から姿を消し、今は専ら帝国にその毒を撒いているようだ。

 その対処に回ったらしい帝国は既に刈り入れ時期を過ぎたというのに攻め込んできていない。

 

「トップが代わった? いえ、そうじゃないわ。更に上に誰かが立った。そしてそれは──」

 頭の中で組み上げた推論通りならば、あれが関係しているはずだ。

 魔導王の宝石箱。

 クライムがガゼフより話を聞いてきた王都に新しく造られた店だ。

 あの店が現れてから、八本指の動きが変わった。

 

 クライムと蒼の薔薇のメンバー二人を出向かせ、店を確認させたところ、クライムは店主に関することは口を濁していたがそれ以外のことは楽しそうに報告してくれた。

 相当に使える店であるのは間違いない。

 店員は皆一流で、品揃えも王都内でも類を見ないほどだ。

 特にゴーレムを安価で作り出せるというところが最も重要で、これが本当ならその価値は計り知れない。

 

 しかし、それほどの店でありながら、何故か八本指は手を出さない。

 ゴーレムが広く普及すれば、八本指のいくつかの部門は大きな被害を被ることになる。

 だからそんな店が現れれば、自分たちの下に付くように勧誘するか、表側の権力を使って潰そうとするか、どちらかを選択するはずだ。

 なのに今回に限ってそれが一切確認出来ない。

 これはつまり、こう考えるのが自然だろう。

 

「八本指は勧誘、あるいは潰そうとしたが、逆に傘下に入れられた。それほどの相手、ということ」

 温くなった紅茶を飲み、ラナーは更に思考を深くする。

 王国全土に根を張る巨大組織である八本指をあっさりと、それも誰にも気づかれることなく掌握した商会。

 問題なのはその者達が王国の国力を回復させようとしている点だ。

 

 それはラナーが想定していたルートから外れることになる。

 今までの流れならば遠からず王国は帝国に併合される定めにあった。

 毎年の戦争で国力を落とし続ければいずれ帝国は本気で侵攻してくるだろう。

 後数年、それ以内に何らかの手を打たなくては終わりだ。

 現状で王国が無くなれば、ラナーは恐らく帝国の皇帝、あるいは貴族の誰かに嫁がされる。

 しかしそこにクライムを連れていける保証はない。だからラナーは時間稼ぎの意味でもなるべく早く第二王子──彼はラナーの正体に気づいている──に力を貸し王位に就かせる必要があった。

 

 それともう一人、その第二王子を後継に推している王国の六大貴族の一人エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵。

 この二人に自分の価値を認めさせ、レエブン侯の息子と偽装結婚すれば他の王国貴族に嫁がされることもなくなり、その後王国を存続させられればよし、無理なら早々に帝国に王国を売り飛ばし、自身の立場を作る。

 あの皇帝ならば、ラナーを殺すより生かしたまま良い政策を立てさせようとするだろう。そうなればラナーはクライムをずっと自分の側に置き続けることが出来る。

 そのための機会を窺っていたのだが、今回のことで別の道を選ぶ必要が出てきた。

 

「帝国ではなく王国を選んだということは、財を成すのではなく、国そのものを欲しがっている? そう考えれば辻褄は合う」

 八本指を傘下に置いた時点で既に王国の裏側は魔導王の宝石箱に取られたも同然、この上経済的に支配されれば、もはや王国は魔導王の操り人形になるしかない。

 それをするならば確かに帝国よりは現状弱っている王国の方が容易だろう。

 

 となるとラナーの選択肢は二つ、邪魔をするか手を貸すかだ。

 そしてその答えはもう決まっていた。

 何しろ既にガゼフの進言を受け、王がレエブン侯を秘密裏に呼び出したという話も出ているのだ。

 彼ならば早々に魔導王の宝石箱の有用性に気付き貴族でしか出来ない方法で自分を売り込むのだろう。

 本来それは彼女が使いたい手段だったが、第三王女という自由の利かない立場にいるラナーは別のやり方を取るしかない。

 

「そうね、先ずは……」

 残った紅茶を飲み干すと、ラナーは立ち上がる。向かった先にあるのは隣の部屋にいるメイドを呼び出すためのハンドベルだ。

 これを鳴らせば連動して隣の部屋に置いてある物も震えだす。

 直ぐにメイドの一人が扉をノックし、部屋に入ってきた。

 予想通りの相手にラナーは心の中で冷たく笑う。

 

「お願いがあるんだけど、お湯を準備してくれません?」

 

「畏まりました」

 一礼するメイドにラナーは無邪気に笑いかけるがメイドは反応しない。

 王国の貴族派閥から送り込まれたメイドならば向こうから勝手に探りを入れてくるのだが、この慎重さは帝国から送り込まれた者に違いない。

 だからこちらから動くことにした。

 

「ねぇ聞いて。クライムから聞いたのだけどね!」

 幼い少女のようなしゃべり方は、大切な情報を深く考えもせずに吐き出す馬鹿な姫に相応しい態度だ。

 

「まあ、どうされたのですか? ラナー様」

 対するメイドはあくまでも世間話に付き合うというような態度だ。向こうから無理に聞き出そうとしないのは馬鹿な姫であるラナーならば勝手に話すことを知っているからなのだろう。

 

「魔導王の宝石箱っていうお店が王都に出来たそうなんだけれど、そこの品揃えが凄いんですって。豪華なオリハルコンの剣や服に宝石、何とかっていうおっきな魔獣を使って荷物の運搬をしていて……そうそう、ゴーレムをたくさん造れるんですって。それで私考えたの、そのゴーレムを使えば今はお金が無くって途中で止まっている都市と都市を繋ぐ街道の整備だって簡単に出来るんじゃないかしら。そしたら皆もっと楽に王国内を行き来出来る素晴らしい国になると思うの!」

 キラキラと瞳を光らせて夢を語るお姫様。

 そんな風に見えただろう。今口にした街道の整備も、頓挫したのは補強にかかる費用を商人達から金銭提供を受ける事により、街道の利権を奪われることを恐れた貴族たちの反発が原因であり、労働力を用意したからと言って簡単に進められる話ではない。

 

 そのことに気づきもせず何度失敗しても次々に政策を提案するラナーは正しく知恵はあっても根回しをせず、人の善性を信じているお姫様にしか見えないはずだ。

 

「それは素晴らしいアイデアだと思います。それにしても凄いですねそのお店は。ゴーレムはとても高価で造るにも長い時間が掛かると聞いたことがありますのに」

 

「そうね。そこの店主さん? が凄い魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのよ。あのガゼフ戦士長も認めるほどらしいわ」

 その後も必要な情報を織り交ぜながら、世間話を続ける。

 王宮に居るメイドたちは基本的に貴族の娘たちであり、そこから自分の家、そしてその後ろにいる者──今回でいえば帝国と繋がりがある者だ──に話が伝わる。

 口伝えによる情報の伝達なので、伝わるのに多少時間がかかるが、それを逆手にとって誰にどんな情報を、何時教えるのかを見定めれば、相手を上手く操ることが出来る。

 

 特に今回情報を流す帝国、そのトップである皇帝ジルクニフは真贋を見極める目と柔軟な思考を合わせ持った者だ。

 それすらラナーから言わせれば中途半端に賢い知恵者にすぎないが、そうした者の方が愚者より行動が読みやすく便利に使える。

 本物の愚者は時としてラナーの想定以上に愚かな行動をとり、結果上手くことが進まないこともあるのだから。

 これならば早晩、帝国に魔導王の宝石箱の情報が流される。

 そうなった時にジルクニフがどんな行動を取るのか、それは手に取るようにわかった。

 

(先ずは私の存在を知ってもらわないと)

 ニコニコと笑って話をするその裏側で、全く別種の笑みをラナーは浮かべる。

 自分とクライムの将来の為に。

 

 

 ・

 

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層内の一室、その前でデミウルゴスはしっかりと身だしなみを整えてから扉をノックした。

 この部屋の、いやこのナザリック地下大墳墓の主を前にみっともない姿を見せるわけにはいかないという思いも、中から顔を覗かせたメイドの一人によって告げられた、主は現在留守であるとの答えによって肩透かしをくらった形となった。

 中には相変わらず与えられた自室ではなく、主の執務室を仕事部屋として使用しているアルベドがいるらしい。

 そのアルベドに入室の許可を貰えるようメイドに頼む。

 少し間を置いてから戻ってきたメイドの案内でデミウルゴスは主の部屋に入った。

 

 執務室内でこれもいつも通り主の執務机に座る守護者統括アルベドの姿を確認する。

 執務机の上には書類ではなく一つの鏡が置かれ彼女はそれをじっと眺めていたがやがて鏡から視線を外しデミウルゴスを視界に捉えた。

 

 いつもの薄っすらとした笑みを浮かべて口を開く。

「デミウルゴス。どうかしたの?」

 

「ええ、アルベド。アインズ様にお伝えしたいことがあったのですが……アインズ様は今どちらに?」

 

「魔導王の宝石箱よ。ドワーフとの交渉を終えて一足先に店に戻られたようね。今頃セバスたちの報告を聞いていると思うけど」

 この美しき世界、いや宝石箱を手に入れるための第一歩、王国を支配する布石となるべき店である、魔導王の宝石箱。

 ここのところ主は時間があればそちらに出向いている。

 それほど重要な作戦なのだから当然と言える。

 

「そうでしたか。いつお戻りになるかは分かりますか?」

 

「さあ。それは聞いていないけれど、急ぎの用件なら〈伝言(メッセージ)〉で連絡するようにとのことよ」

 

「いえ、それほど急ぎではありません。以前から考えていた計画を実行に移す機会が巡ってきましてね。その準備を行う許可をいただければと思いまして。アインズ様がお戻りになられましたら内容も含めて私の口からお話させていただきます」

 

「……そう。ちなみにどんな計画なの?」 

 アルベドの質問にデミウルゴスは少し考える。

 ここで彼女に伝えるべきかどうかをだ。

 これは自分が現在進めている聖王国で起こす事件の実験を行うと同時に、多量の資源を得ることが出来る計画だが、それに適した候補地が見つからず先送りにしていたものだ。

 実行に際してはナザリックの者達の協力が必要であり、主に話す前に守護者統括であるアルベドに話をしておくのも悪くはない。

 

 しかし彼女には前科がある。

 デミウルゴスの働きを横からかすめ取るような真似をしたことだ。

 その彼女に自分の計画を伝えたら、デミウルゴスが伝える前に彼女が主に伝えかねない。

 デミウルゴスはこの後別の案件に取りかかる必要があるため、このことを告げるのはまた後日ということになる。彼女がそれを見逃すはずがない。デミウルゴスが忙しいなら自分が代わりにと言い出すに違いない。

 流石に計画立案の手柄を横取りするとまでは思えないが、自分も似たようなことは考えていました。ぐらいは付け加えそうだ。

 

 急ぎの案件ならば仕方ないが、今回はそうではない。時間にはまだ多少の余裕がある。

 出来れば主には自分の口から直接説明し、お褒めの言葉を頂戴したいものだ。

 そう考え、デミウルゴスはここでその話をするのを止めることにした。

 

「それはアインズ様に直接お伝えしますよ。守護者統括殿のお仕事を邪魔することは出来ませんからね」

 こう言えばアルベドはそれ以上追及は出来ない。

 無理に話を聞こうとするのならば、主から任せられた仕事を疎かにすることに繋がりかねないのだから。

 案の定、眉間に皺を寄せ不満げな顔を見せたアルベドだが、少しの間何か考えるような間をおいてからニンマリと質の悪い笑顔を浮かべた。

 

「それなら心配いらないわ。ちょうど今私の仕事は終わったところなの。アインズ様から直々に命じられた仕事がね」

 直々というところに強いアクセントをつける話し方に僅かに苛立ちを感じるが、その内容には大いに興味があった。

 守護者統括として主不在の間、ナザリックの運営を行うアルベドの仕事は重要だ。

 故に彼女はそれ以外の仕事を任せられていない。

 デミウルゴスのように幾つもの案件を同時に任せられるのも、主の信頼の証と捉え誇りに思っているが、ただ一つだけ最も重要と主が考えている役目を任せられているアルベドに多少の嫉妬を覚えるのも事実である。

 そのアルベドに他の仕事を割り振ると言うのが不思議であり、またどのような仕事を与えられたのか気になった。

 

「そうですか。差し支えなければ私にも教えていただけませんか? 私が任せられている案件に関係している可能性もありますから」

 実際に気になったのと同時に話を逸らす意味合いもあった。そのデミウルゴスの言葉にアルベドは獲物がかかったとばかりに一瞬笑みを深める。

 しまった。と思ったときにはもう遅い、彼女は嬉々として語り始めた。

 

「ええ。もちろんそのつもりよ、元々貴方を呼ぶつもりだったの。だからこそちょうど良いわ、デミウルゴスこちらに」

 焦りのせいか迂闊な行動を取ってしまった自分の失態に舌を打ちたくなる気持ちを隠し、デミウルゴスはアルベドの招きに従って主の執務机に近づき、彼女の後ろから鏡をのぞき込んだ。

 そこに映し出された光景にデミウルゴスは目を見開いた。

 

「これは──帝国の?」

 

「そう。帝国首都アーウィンタールにある帝城、その執務室。そこを相手に気づかれることなく、いつでも覗けるようにすること。それがアインズ様のご希望よ。個人的な事と言ってはいたけれど……どうやら違ったようね」

 デミウルゴスの様子を見ながら、そう口にしたアルベドの言葉にぶるりと体を震わせる。

 畏怖と歓喜によるものだ。

 帝国内部の情報を得ることは、主に許可をいただいた後、自分で行おうとしていたことだったからだ。

 と言うのも、計画の決め手となったのは王国から帝国の中枢に魔導王の宝石箱の情報が流れている。との情報がデミウルゴスの元に届いたからだ。

 

 それは現在デミウルゴスが管理をしている八本指からの報告だ。

 当然八本指ごときが主に直接報告出来るわけもなく、主がまだこのことを知っているはずがない。

 だとすればあの聡明かつ思慮深い主はここまで読んでいたのだ。こうなることを予想し、あるいはデミウルゴスの計画をも既に察している。

 だからこそ、スムーズに事を進めるためにナザリックの運営と言う激務の合間を縫ってまでアルベドにこの仕事を命じた。

 それ以外に考えられない。

 

「何という……流石はアインズ様、ここまで全ての流れを読まれていたとは」

 震える声で呟くデミウルゴスに、アルベドは先ほどまでとは違う種類の笑みを浮かべながら、一つの魔法を発動させる。

 するとデミウルゴスにも複数人の声が届いた。いつか主が使用していた感覚を他者と共有する魔法だ。アルベドが使えるのかは知らないが、同様の効果のあるマジックアイテムか何かかも知れない。

 鏡の中では人間たちにしては。と先に付くものの、立派な装飾品に囲まれた室内で複数の者達が声を荒らげている様子が見える。

 話している内容はどうやら帝国の方針を決めるための討論らしい。

 周辺には紙が散らばり、声が嗄れている者もいる、それが帝国の本気度を表しているかのようだ。

 

「六軍の集結、やはり王国に戦争を仕掛けるつもりでしたか」

 

「ええ。確か帝国が王国に毎年仕掛けている侵攻は、八本指がばら撒いている麻薬の対処に追われている為、今年は延期、ないし中止となる予定だったはずね」

 そう。それもデミウルゴスが仕掛けた手の一つだ。

 毎年刈り入れ時期を狙って王国に侵攻してくる小競り合い。

 これ以上国力を落とさせない為と、その時魔導王の宝石箱がまだ開店していなかったこともあり、八本指に命じてその時期を狙い多くの麻薬を帝国内に出回らせた。

 帝国はその対処に追われ、今年の侵攻は先延ばしにし、そのまま中止となるはずだった。

 もはや王国の国力低下には歯止めが利かず、一年間を置いた程度では回復出来ないと相手が見越してそう選択する。とデミウルゴスは読んだのだ。

 事実今年の侵攻は延期となり今まで動きは無かった。

 しかし、王国からもたらされた魔導王の宝石箱の情報によって状況が変わったのだ。

 

「デミウルゴス。もう一度聞くわ。貴方の計画とはどういうものなの?」

 最後通告のように告げられる言葉にデミウルゴスは姿勢を正す。

 これ以上自分のわがままを通すわけにはいかない。

 もはやデミウルゴスから直接伝えるのは主にとって確認の意味しかない。ならばナザリックの為に少しでも早く主に計画を伝えるべきだ。

 

「畏まりました。守護者統括殿、アインズ様がお戻りになる前に、私の考えた計画を聞いていただきたい。必要ならば貴女の方からアインズ様に報告を」

 

「ええ。もちろん」

 

「それともう一つ。王国内に一人会いたい人物がいまして、そちらの許可もアインズ様にいただければと思っています。まあこちらは利用するのはまだ少し先になるでしょうが」

 

「王国に?」

 ここに来てアルベドの笑みが消え、不思議そうに首を傾げる。

 

「ええ。セバスの調査で存在は確認していたのですがね。今までは使い道がなかったので放置していましたが、今回の情報を発信したのは彼女です。我々の存在に気づき、自分がここにいると健気にもアピールをしてきたのでしょう。出来れば直接話してみたいと思いましてね、あれは非常に利用価値があります」

 地位、外見、頭脳、どれを取っても人間の中では群を抜いて利用価値がある。

 特に頭脳においては、自分に比肩しうる存在かもしれない。

 もっともそれすら我が主の前では児戯にすぎないに違いないが。

 今回デミウルゴスの考えすら容易く見抜いた主ならばきっと自分の計画を修正し、より良い結果を見せて下さるに違いない。

 

 計画を修正されるのは自分の不甲斐なさを実感することでもあるが、嘆く以上に主から学び、より優れた自分を目指し、さらなる忠義に励むこと。

 その喜びの方がよほど大きいものだ。

 その時のことを想像しながら、デミウルゴスはアルベドに己が立案した計画を語り始めた。




ちなみに今回の話、時系列はバラバラで順番通りに並べるとラナー、ジル、しばらく後にナザリックの順です
次は最近出番の無かったアインズ様の話になるはず、多分

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