オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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時間が少し戻り、アインズ様たちがフェオ・ジュラを出発した辺り
王都に残ったセバス達の話です


第27話 初めての店番

「御武運を」

 〈伝言(メッセージ)〉が切れたのを確認した後も、そのまま少しの間ここにはいない主に頭を下げた後、セバスは顔を持ち上げた。

 

「ツアレ。ソリュシャンを呼んで来て下さい」

 その後こちらの様子を窺っていたツアレに対して命じると、彼女ははい。と元気良く挨拶をして急ぎ足でその場を離れた。

 ツアレがこの場を離れたことで、一人になったセバスはそっと息を吐き自分を落ち着かせる。

 主から新たに下された任務。

 と言っても特別なことではない、仕事内容は今まで通りこの店を任せると言うだけのこと。

 しかし、これまでは何か問題が起きた際はもちろん、何もなくても定時連絡をして主に問題が無いことの報告をしてきた。

 それを一時的にではあるが完全にこちらに任せると言うのだ。決して失敗は許されない。

 だからこそソリュシャンを呼び、綿密な打ち合わせが必要となる。

 

(もう二度と失態を犯すわけにはいきません)

 自分に言い聞かせる。

 そもそもこの店を開くことになったのは自分とソリュシャン──ソリュシャンに関しては主に報告しなかったことが問題であり、原因そのものは全て自分にあるとセバスは考えているが──の失態によるものだ。

 それに加え、操られていたとはいえ主に牙を剥くというナザリックに属する者として許されざる行いをしたシャルティア、この三名がこの地に配属され、主が直接指揮を取っているのは、慈悲深き主は決して口にはしないが、問題が起きないように主自ら管理する意味合いがあるのだろう。

 

 それは完璧な執事であれ。として創造主に創られたセバスにとっては耐え難いことだった。

 だからこそ今回は決して失態を見せるわけにはいかない。と改めて心に決めたところで部屋の扉がノックされ、ソリュシャンの声が聞こえた。

 彼女を中に招くと途端にワガママなお嬢様から、ナザリックの戦闘メイドとしての態度に切り替わる。

 

「お呼びですか、セバス様」

 

「ええ。アインズ様からのご命令です」

 ソリュシャンの表情が更に引き締まる。

 

「アインズ様はなんと?」

 上司であるセバスからの言葉を待たずして問う。

 彼女らしからぬ態度だがそれも仕方ないだろう。

 彼女もまたかつての失態を払拭する機会を待ち望んでいたに違いないのだから。

 

「内容自体は今まで通り、この店を任せるとの事ですが、今後アゼルリシア山脈での仕事が解決するまでは定時連絡は不要であり、緊急時を除いて店の運営に関しては全て我々に一任すると」

 ソリュシャンの目が見開かれ、唇をキツく結び直す。

 彼女も今回の任務の裏に秘められた意味に気づいたようだ。

 

「これはテスト。と考えた方がよろしいですね?」

 

「アインズ様はハッキリと口にはなさいませんでしたが、恐らくはそうでしょう」

 忙しい主がこの店にいるのは、セバスとソリュシャンが問題なく店を運営出来るだけの力量が付くまでの一時的なものだ。

 今回の件はセバスとソリュシャンだけで店を運営していくことが出来るのかを確かめる絶好の機会であり、主は口にはしなかったが間違いなく、それを見極める意図があるはずだ。

 

「では、我々はどう動くべきでしょうか? 私どもの働きをアインズ様にお見せするのでしたら、こちらから動いた方が良いのではないでしょうか?」

 ソリュシャンの提案にセバスは口元に手を当てながら考える。

 確かに彼女の言も一理ある。

 今と同じようにただ店に来た客の相手だけをして主が戻るのを待つだけでは、自分たちの成長を見せることは出来ない。

 しかしだからと言ってどうすればこの店をひいては主、アインズ・ウール・ゴウンの名を広めることが出来るのか。

 それ以前に一つ懸念もある。

 

「ですがアインズ様は恐らく様々な方法を用いて魔導王の宝石箱の名声を広める手段をお考えのはず、それを我々が勝手な行動を取ってはアインズ様の邪魔になりかねません」

 ナザリックの知恵者として誰もが認めるデミウルゴスですら主の智謀知略の前には子供同然の扱いである以上、セバスやソリュシャンが何を考えようと主の上を行くことなど不可能であり、邪魔になる確率の方が高いだろう。

 

「では、せめて今まで通りの接客と並行して、一般の人間たちに魔導王の宝石箱を宣伝するための手段を考えておくのはどうでしょう。勿論アインズ様でしたら私たちが考える案など容易く思いつくでしょうが、アイデアは数をこなすことが大切だとアインズ様も仰っていたと伺っております」

 確かに。とセバスは頷いて納得を示す。

 未だ店は繁盛しているとは言い難く、一般客や冒険者、ゴーレムを借りに来るはずの村人も訪れない。

 もっとも店が開店してからまだそう時間は経っておらず、集客の為の宣伝はまだ何も行っていない。

 そのアイデアに関しても主が既に考えている可能性はあるが、だからと言ってただ主の答えを待っているだけよりは良いだろう。

 

「そうですね。では冒険者に関してはアインズ様が現在動かれており、村人に関しては戦士長の返答待ちですので、我々は一般人そして上流階級である貴族達を中心に集客する方法を考えましょう」

 

「畏まりました。ところでセバス様、シャルティア様にこのお話は?」

 シャルティアはあくまで店の運営の手助けという位置づけであり、常日頃からこの店にいるわけではない。今はナザリックで通常の警戒任務にあたっているはずだが、それは彼女の部下に頼むことも出来る仕事だ。

 

「アインズ様は必要ならばシャルティアを呼んでも良いと仰っていましたが……」

 これがセバス達に対するテストならば、同じく失態を犯したシャルティアを呼ばないわけにはいかない。

 彼女もまた以前の大失態を挽回すべく主に直訴し今回の王都での任に就いているのだから。

 

「でしたらお呼びしましょう。ゴーレムのアイデアを考えついたのはシャルティア様だと伺っていますし、数をこなすには人数が必要です」

 ソリュシャンとシャルティアは趣味が似ているせいか仲が良く、最近店に二人でいる時はなにやら親密に話をしている。

 

 内容はどうやら主の正妻の座にシャルティアを就けるための相談らしいのだが、セバスとしては主が決めた相手ならばアルベドでもシャルティアでもその他の者でも関係なく、主の伴侶として扱うつもりだが、どうやらナザリック全体を巻き込み水面下で勢力争いのようなことが起こっているようだ。

 そんなこともあってかソリュシャンはややシャルティアに甘い気がするが、そのことを踏まえても今回シャルティアを呼ぶのは正しい選択だろう。

 

「わかりました。それと当然のことですが、アイデアを考えるために通常の業務が疎かになっては意味がありません。先ずはいつも通りに仕事をこなし、考えるのはその後にしましょう。この後蒼の薔薇がアイテムを借りに来る可能性もあります。私はいつも通り店に出ますから貴女はこれから貸し出すマジックアイテムをナザリックから運んで貰う準備を整えて下さい」

 

「ではそちらもシャルティア様にお願いしても?」

 

「そうですね。その方が良いでしょう」

 冒険者達に貸し出すマジックアイテムは事前に目録を作成済みだ。

 それらも既に宝物庫から取り出し、直ぐにこちらに持ってこれるようにしてあるはず。

 シャルティアとソリュシャンにはそれらを運んでもらうことし、セバスは逸る気持ちを切り替え、今自分に課せられた仕事をこなすべく行動を開始した。

 

 

 

 営業が終了した魔導王の宝石箱の最上階、この店舗での主の執務室になっている部屋に、彼らは集まっていた。

 

「本当によろしいのでしょうか? ここは仮にもアインズ様のお部屋、勝手に使用するなんて」

 

「アインズ様には以前ご許可をいただいていんす。あの大口ゴリラだってアインズ様がご不在の際にはあろうことか、ナザリック第九階層にあるアインズ様のお部屋で執務を行っているとのこと。であればわらわが許されないはずがありんせん」

 主の椅子に腰掛け、鼻歌交じりに語るシャルティアは随分と機嫌が良さそうだ。

 セバスとソリュシャンは立っている方が気が楽ということで、シャルティアの向かい側に立っている。

 その後ろでは、落ち着きなく部屋のアチコチを見回している男が一人、人間としての目線も必要だと扉の前で門番をしていたブレインをシャルティアが中に入れたのだ。

 実のところセバスとしてはこの男に少々思うところがあり、出来ればこれを機会に一度ナザリックに属する者としての心構えを叩き込んでおきたかったということもあり、今回の話し合いに参加させることを了承した。

 

「では。ソリュシャン、始めなんし」

 コホンと一つ咳払いをしてからシャルティアが口火を切る。

 この場にいる者達の中では階層守護者であるシャルティアが名目上はもっとも上役であり──至高の四十一人に直接創造された者達は皆同格と言うのが暗黙の了解なのだが──今回の会議を取り仕切ることとなった。

 些か不安が残るが、問題があればさり気なく修正すればいい。と取りあえずセバスは彼女に任せることにした。

 

「では第一回、魔導王の宝石箱王都支店、運営会議を開始します。早速ですがセバス様、現状の説明をお願い致します」

 

「はい。では私から、現在王都における魔導王の宝石箱の評判ですが、未だ一般の者達には浸透しておらず、名を知っているのは一部の冒険者のみとなっております。それらもまだ静観の段階であり、本日店に来た蒼の薔薇の依頼の成否を見極めるつもりかと思います」

 

「でも確か、開店前にアインズ様がデモンストレーションをして人間共に御威光を見せつけてやったのではありんせんかえ?」

 

「その通りです。ですが、あの時見せつけたのはあくまでゴーレムとギガント・バジリスクのみ、どちらも一般人には縁がない物、正確にはゴーレムは使い方次第で自分たちの生活を楽に出来るでしょうが、使い方を思いつかないか思いついても、まだこちらを信用していないのでしょう」

 

「人間ごときがアインズ様をお疑いになるとは、不愉快でありんすねぇ。ま、所詮は下等で愚かな劣等種族、アインズ様の偉大さと素晴らしさを理解する知能なんてあんせんのでありんしょうね」

 カラカラと楽しげに笑うシャルティア。

 確かにナザリックに比べれば人間は弱い生き物であることは否定出来ないが、セバスはそうした者の中にも価値のある者は存在していると考えている。

 無論、ナザリックとしてはそれが少数派の意見であることは承知している、ソリュシャンも言葉にはしないがシャルティアに同意しているのは間違いないだろう。

 しかしそれは人間達の中に混ざって商会を運営していく上で、問題があるように感じられた。

 

 主ですらいつぞや会談を行った際には蒼の薔薇のイビルアイから無礼な口を利かれても、反応を示さず普通に接していた。

 であれば我々も主を見習い人間たちに対して下等生物として蔑むのではなく、対等とまではいかずとも商談相手としての敬意を持つべきではないのだろうか。

 しかし、それを自分が言ったところでソリュシャンはともかくシャルティアは納得しないだろう。

 そういう演技をすればいいのだと言うに決まっている。今のところ問題が無い以上は口に出すのは憚られた。

 

「セバス? どうしんしたの?」

 

「いえ。では次に貴族ですが、こちらも反応は今一つ。戦士長が王あるいはそれに近い者に話をすると言っていましたが、未だ音沙汰ありません」

 

「まさかとは思いんすが、あの男、口先だけでアインズ様を騙そうとしている訳じゃ……」

 

「それはあり得ません、シャルティア様」

 シャルティアの言葉を遮り声を荒げた男、ブレインに対しシャルティアは冷たい視線と殺意を向ける。

 

「──おい。お前、いつわたしが口を挟んで良いって言ったんだ?」

 創造主からそうあれとされた言葉遣いでも、慌てた時や時間がない時に出る話し方でも無い、いつかセバスも聞いたことのある荒い口調に、重低音の声と肌を刺す冷気じみた殺意を乗せて言い放つ。

 それを一身に受けた男はヒィと情けない悲鳴を上げながら床に倒れ込むがそれでも目はシャルティアから外すことなく、震えた声で続きを口にする。

 

「が、ガゼフは約束を破るような男では……」

 

「もぉ良い」

 シャルティアの真紅の虹彩から血が滲むように朱が白目に広がり完全に真紅一色に染まる。その瞬間、シャルティアは弾かれたように動き出す。がその力が振るわれる前にセバスがブレインの前に立ちシャルティアの手を掴んだ。

 

「何のつもり? セバス」

 配下の躾は直属の上司の勤めであり、セバスとしても別に止めるつもりはない。

 しかしシャルティアは今完全にこの男を殺すつもりでいた、なにより。

 

「シャルティア。ここはアインズ様のお部屋。使うことは許可されていても、貴女の眷族の血で汚して良いとは聞いておりませんが?」

 瞬間、シャルティアの目が元に戻り、同時に一気に青ざめる。

 

「わ、わたしとしたことが! アインズ様のお部屋をこのような下等な血で汚すところでしたぇ。セバス、感謝しんす。そっちのは後で殺すことにしんしょう」

 

「シャルティア様、それもお止めになった方が良いかと」

 

「んん? どういうこと」

 

「コレのやったことは大罪ですが、そもそもコレがここにいるのはそのガゼフとかいう男がこの店に来た時に怪しまれないようにするため、そうアインズ様がお決めになったのですから、如何にシャルティア様の眷族とはいえ殺すのはアインズ様に許可を取ってからの方がよろしいかと」

 ソリュシャンの言を受け、シャルティアは少しの間を空けた後、うん。と言うように一つ頷いた。

 

「……それもそうでありんすね。と言うか、殺すほどのことでもありんせんねぇ。えーっと、お前。さっきのことは許してあげんすから、ありがたく思いなんし」

 

「ははぁ! ありがたき幸せ。俺、いや私のような者に慈悲を頂き、感謝いたします!」

 主やナザリックのこと以外では、元々山の天気より変わりやすいと言われているシャルティアの性格だ。

 殺すと言ったことさえ、もうどうでも良くなっているのだろう。しっしと手を払いブレインに下がるように告げる。

 今度は大人しく従い、ブレインは頭を下げて部屋を出ようとする。

 それをセバスが声をかけて止めた。

 

「お待ちなさい。ブレイン……でしたね、先ほどの話を聞かせて下さい。ガゼフ・ストロノーフの話です。間違いないのですか? 約束を破らないというのは」

 

「はっ! いや、あの……」

 ブレインの目がシャルティアに移る。

 この男はシャルティアの眷族であり、その忠誠はあくまで彼女にだけ捧げられている。

 故にセバスも彼にとっては自分の上司ではなく、主の同僚という立ち位置であり、無礼な真似はしないが、それでもシャルティアの命令がなければ答えようとはしない。

 そうした立ち位置も実験の一つとして主から認められているのでセバスとしても特に気にするつもりはなかった。

 

「……答えなんし」

 

「はっ! 私は元々ガゼフに勝つために、奴の情報を集めており、シャルティア様と再び出会い、シモベにして頂いたあの日までガゼフの家で生活をしておりました。だからこそ分かるのですが奴は謀など出来ない男です。真っ直ぐ過ぎてどれ程に貴族たちから疎まれても、己を曲げずに愚直に王の剣で有ろうとしています。もし仮に奴がアインズ様との約束を守れなかったとしたら、その時は必ずここに現れ、約束を果たせなかったことを詫びるはずです。そうなっていないということは約束を守ったかあるいは今でもその約束を果たすために奔走している。と私はそう信じています」

 一気に言い切るブレインに対しセバスはほぅと感心を示した。

 出会った時には既に憔悴しており、シャルティアに怯えて手に持った刀を使うこともなく、まともに口すら利けずにいたあの姿を見て以来、セバスはこの男に対して不快とまでいかずとも、セバスの考える人間の素晴らしさとは無縁の男だと思っていたのだが、吸血されシャルティアの眷族となってあれほど恐れていた彼女こそを至高と崇めるようになり、絶対の忠誠を誓っていてもなお、彼女の言葉に逆らい今も自分の考えを曲げることなく意見を述べるその姿勢に感心したのだ。 

 ブレインにとってガゼフという男はそれだけ信頼出来る相手と言うことなのだろう。

 ならば信じても良い。とセバスは納得する。

 

「わかりました。では貴族に関しては戦士長が何らかの行動を見せるまで待ちましょう。如何ですかシャルティア、ソリュシャン」

 

「……まあ人間のことなら、セバスに任せても良いと思いんす」

 

「私もそう思います。ですが、何か問題が起こった際は私からアインズ様にお知らせします、今度こそ」

 今度こそ。という辺りで以前のセバスたちの失態が未だソリュシャンの胸に傷として残っていることが分かる。

 同時にかつてのセバスの軽率な判断を繰り返させないとの強い意志もしっかりと伝わった。

 もちろんです。と大きく頷き、貴族たちに対する話は終わり、続いて一般の市民に向けた宣伝を考えようとしたセバスの元に通信が届いた。

 〈伝言(メッセージ)〉ではなく、特定の相手とだけ通信出来る効果をもたらすマジックアイテムによるものであり、相手はツアレだった。

 

「失礼。ツアレから緊急の通信です」

 これを使用するのは何か緊急の用件が有るときだけだ。

 セバスは断りを入れて通信を繋ぐ。

 

『セバス様。ツアレです、少しよろしいでしょうか?』

 

「構いませんよ。どうしました?」

 

『お客様がいらしています。その、至急お店の責任者を呼ぶようにと』

 

「客? こんな時間にですか?」

 既に夜は深い。

 ナザリックとは違い、灯り一つでも高級品である人間たちにとって、夜とは活動する時間帯ではない。

 王都であってもそれは変わらないはずだ。

 万が一にもこの部屋の会話が漏れないように、周囲に音を漏らさない工夫がされているため、セバスたちでも外の音を聞くことは出来ない。

 そのため気づかなかったのだろう。

 

『はい、お店の営業時間が終了したとは告げたのですが、相手はその、貴族の紋章を持っておりまして、貴族からの使者らしいのですが』

 

「貴族」

 ツアレの声が震えているのは彼女の過去が原因だろう。

 平凡な村娘だった彼女に貴族が目を付け、殆ど無理矢理連れ去ったのが彼女の地獄の始まりだったはずだ。

 それ故か、彼女は特に貴族に対する恐怖心が強い。体を治しナザリックで療養してもそれはまだ完全には払拭出来ていないのだろう。

 

「分かりました。私が代わります。相手には直ぐに代わりの者が来ると伝えて下さい」

 

『は、はい』

 通信を切り、シャルティアに向き直る。

 

「お聞きの通りです、貴族が接触を試みてきました」

 

「セバス様、ここで我々が対応しては相手に足下を見られるのでは? 無理を言っているのは向こうなのですから、明日来るように告げて追い返した方が良いかと」

 

「そうでありんすねぇ。店が侮られるということはアインズ様が侮られるも同然でありんすからね」

 

「しかし、先ほどの話に出た戦士長が王に伝えた結果という可能性もあります。どちらにせよ店の責任者ではない私が出て話を聞き、緊急性があると判断がつけばアインズ様の娘ということになっておりこの店の責任者でもある二人を呼び、そうでないのなら私が追い返しましょう」

 セバスの提案に、ソリュシャンは一つ頷いてからシャルティアに目を向けた。

 この場に置いて決定権を持つシャルティアに任せるという意思表示だろう。

 そのシャルティアは少しの間うーん。と口を尖らせながら考えた後、大きく頷きセバスを見た。

 

「ではセバス、貴方にお任せしんす。ただ、これだけは覚えておきなんし。アインズ様は確かに商売をする上で相手の下手に出ることの重要さを口にはしていんしたが、それとナザリックが舐められることは同義ではありんせん。あくまでもナザリックの利に繋がるので有れば、多少の無礼を許す。アインズ様が仰りたいのはきっとそういう意味でありんしょう」

 

「無論、承知しています。ナザリックひいてはアインズ様に無礼を働く者があれば、私が始末します」

 そう。

 如何に人間の中に素晴らしい者たちがいると言っても、それはあくまでナザリックの敵でなければだ。

 以前の失態を経て、セバスはそう考えるようになった。自分の正義も大事だが、その為に主に迷惑などかけてはならない。

 服装に乱れなど無いかをざっと確認した後、セバスは部屋を出て一階へと向かった。

 

 

 

 灯りの点いた一階の室内には二人の男が立っていた。

 店内には椅子もあるのに、立って待っていたというだけでセバスは相手の態度に感心を示した。

 貴族は基本的には貴族以外の全ての者たちを見下しており、それは貴族に雇われている者達にも通じる。自分が貴族ではないのに貴族に雇われているというだけで主の威光を笠に着て不遜な態度を取る者もいる。

 しかし、彼らには一定の礼節が備わっているようだ。

 

「お待たせいたしました。主より当商会の運営を任せられております、執事のセバス・チャンと申します。申し訳有りませんが現在主人は外出しておりまして、戻るまでには時間がかかりますのでお話は私が伺います」

 言われた男達はほんの僅か、セバスが一瞬勘付く程度の不快感を露わにした。

 このことで理解する。礼節を弁えているのはこの者達ではなく、その上。

 彼らの主人である貴族が魔導王の宝石箱を相手に不遜な態度を取らないように言い含めているのだと。

 そちらの方が好都合だ。

 つまりその貴族は、我々の有用性に気付き友好的な関係を築こうとしているに違いないのだから。

 

(これは当たりやもしれませんね)

 例え戦士長と関係が無くても以前パンドラズ・アクターが口にした、僅かな情報からこの店に辿り着いた聡い貴族であるならば取り込む価値はある。

 

「我々はリ・エスティーゼ王国、エ・レエブル領、領主エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵の命により、この店の主、アインズ・ウール・ゴウン殿に伝言を伝えに来た。本人に直接お伝えしたいが、本人はどちらに?」

 その名を聞き、セバスは僅か眉を持ち上げた。

 王国六大貴族と呼ばれる貴族の中でも特に大きな力を持つ貴族の一人だ。

 確か王派閥と貴族派閥の間をさまようコウモリと揶揄されている人物の筈、つまりはどちらの陣営が接触してきたのか分からないということであり、セバスは使者達に悟られない僅かな間にどうしたものかと思考を巡らせた。

 

(伝言、手紙や書状などでないのならば、非公式なものということですか。アインズ様は戦士長を使い貴族達と繋がりを持とうと考えておられる、つまりは王派閥に力を貸すとお考えなのか。いや、双方に同じだけ力を貸して争わせる可能性も。どちらにしてももう少し詳しく聞いてみてから判断せねばなりませんね)

 

「申し訳ありませんが、我が主、アインズ様は現在王都を出て遠くにおりまして、〈伝言(メッセージ)〉等の手段を用いても直ぐには連絡が付かないかと。また戻るまでの時間についても現在は不明です」

 この世界で〈伝言(メッセージ)〉はあまり信用されていない──かつて嘘の情報によって滅んだ国が有るせいらしい──そのためこう言えば相手はセバスに伝言を託す必要が出てくるはずだ。

 それがこんな夜更けに現れるほど急ぎの用で有ればなおさらだ。

 

「……セバス殿、でしたか? 先ほどこの店を任せられていると言ったが、例えば大口の注文や店の営業をするしないなど、経営に関することまで自分で決められる裁量があるのですか?」

 そうした質問をしてくるということは、やはり貴族が自分達と取引をしようとしているのは明白、セバスは間を空けずに大きく頷いた。

 

「無論です。主が戻るまでの間この店に関することは全て私に一任されています」

 当然嘘だ。

 基本的には一任されているのは確かだが、判断がつかないような問題ならば、今度こそ自分の無能を晒すことになったとしても主に伝えるつもりだ。

 幸いナーベラルを通してならば主に〈伝言(メッセージ)〉を送ることが出来るのだから。

 男達は一度顔を見合わせて何かを確認し合い、改めてセバスに顔を向けた。

 

「では、我が主からの伝言をお伝えする」

 一度周囲を見回し辺りを窺った後男は話し出す。

 本来王国の民ならば、王侯貴族からの書状や言葉を受け取るときはそれ相応の態度を取らなければならないのだが、先ほどシャルティアの口にした内容と今回は非公式である点を鑑みて、セバスは膝を突くようなことはせず胸を張って使者と向かい合った。

 再度僅かに男が不快感を表したが、それ以上態度には出さずに言葉を続けた。

 

「明日一日、店を閉め貸し切りにして貰いたい。我が主、エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵がお忍びでこの店に来てみたいと仰せだ。当然それによって貴殿等が被る損害はこちらで請け負おう。返答は如何に?」

 

「それは客人として買い物に来るということでよろしいのですか?」

 

「質問には答えられない。我々はただこの内容を伝え、返答を貰って来るように言われただけだ」

 男達の態度が硬くなり、今までは隠そうとしていたものが隠しきれず溢れ出る。

 セバスの態度に気分を害したのだろう。

 貴族からの命令に平民は基本的に断ることなど許されない、疑問を持つことすら不快だと言わんばかりだ。

 貴族がそうしたものであることは分かり切っていた。

 

 しかしこれならば主に報告するまでもなく、こちらで判断しても良いだろう。

 

「分かりました。では主に代わり私から返答をさせていただきますので、お伝え下さい。侯爵閣下のご来店を心よりお待ち申し上げております、と」

 なにしろ今直ぐではなく明日、こちらに準備を整える時間を与えるのだから。

 レエブンなる貴族の態度によってはこの店から出さずにナザリックに送ることになるかも知れない、と考えながらもセバスはにこやかに使者に笑いかけた。




この話は一話で纏めるつもりでしたが長くなったのでここで切ります

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