オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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今回はいつもより独自設定が多くなります
特に蒼の薔薇がドラゴン退治をしたことが無い設定とイビルアイがドワーフの王都に行ったことがある設定は完全に想像です
今後も不明な部分を独自設定として入れることがあると思いますのでご注意下さい


第24話 想定外の参戦

「では吉報を待つが良い」

 バサリと仰々しくローブをはためかせ、見送りに来たドワーフ達に向かってアインズ──現在中身はパンドラズ・アクター──が宣言し、その声に多くのドワーフが雄叫びのような歓声を上げた。

 クアゴアを撃退した後、改めて魔導王の宝石箱との契約を交わすこととなり、その交渉をアインズは自分の姿をコピーさせたパンドラズ・アクターに一任した。

 

 パンドラズ・アクターの交渉術は見事なもので、自分達の力量を示しその上でドワーフと取引をすることで発生する互いのメリット──基本的に地下で生活するドワーフには第六階層で育てている人間の国にも普通にある食材が貴重でありそれがそのまま輸出出来ることが分かった──更に現在ドワーフの国と唯一繋がりのある帝国も多量に運搬する術を持たないため、それをゴーレムや魔獣を使用して行き来出来るアインズ達は非常に歓迎された。

 

 それらに加え、現在クアゴアとフロスト・ドラゴンによって占拠されているかつてのドワーフ達の王都を取り戻すのは彼らにとって長年の夢とも言えるものだったらしく、それらを上手く交渉に絡めてアインズが初めに考えていた武器、金属、ルーン工匠の引き取り、それら全てをこちらにかなり有利な形で契約することに成功した。

 

(本当にこいつは俺が作ったとは思えないほど優秀だな。俺だったら欲張って失敗することを恐れて最低限ルーン工匠の引き取りのみで終わらせていたかもしれない)

 モモンとして隣で話を聞いていた限り、アインズではあそこまで完璧な交渉は出来なかっただろう。

 

 現在モモンは護衛という形なので、前方を警戒しながら歩いているため振り向けないが、こっそりと意識を後ろに向けて自分が作り出した息子とも呼べる存在の優秀さに改めて舌を巻いた。

 後ろからの声も届かなくなり、ゴンドの案内に従って洞窟の奥へと進む。

 やがて少し開けた場所に到着するとアインズは一度足を止め、周囲を見渡し周りに誰もいないことを確認した。

 

「よし。居るな」

 

「ハッ。ココニ」

 都市内部に入ることが出来なかったため一度帰還させていたコキュートスだが、事前に都市を出る時間と集合場所を決めておりここがその場所だった。

 魔法かアイテムで姿を隠していたのだろう。突然姿を見せたコキュートスにナザリックのメンバーと同じく透明化のアイテムを持つゴンドは特に反応を示さないが、唯一ゼンベルが慌てたように姿勢を正していた。

 自分の集落を直接的に支配している相手と言うのは、更にその上に立つアインズに接する時とはまた違った緊張感があるのだろう。

 

「オ待チシテオリマシタ、アインズ様」

 コキュートスの六つの瞳が全てアインズに向けられるのが分かる。

 現在モモンの姿をしているアインズに対して何の疑問も抱かないところを見るとやはりNPC達が外見を変えてもアインズのことを見抜くことが出来るのは本当らしい。

 

 かつてデミウルゴスが同じことをして見せたときはてっきり指輪による転移がアインズしか出来ないからだと思ったのだが、後ほど聞いたところによると、彼らは皆なんとなくアインズというより至高の存在がいることが分かるらしい。何となくというところが眉唾物だと考えていたが、今の様子を見ると間違いなさそうだ。

 

「うむ。早速だが時間がない。歩きながら話すとしよう」

 

「デハ私ガ、アインズ様ノ護衛ヲ」

 護衛であるモモンの護衛というのはよく分からないが、せっかくやる気になっているコキュートスに水を差すのも悪い。

 

「……そうだな。コキュートス、お前にはこれより先の私の護衛を任せよう」

 本来ならば今回の作戦を立案したコキュートスにはドワーフとの交渉を初めとしてより多くの部分で矢面に立って貰うつもりだったのだが、ゴンドによると以前ゼンベルがフェオ・ライゾに居た時とは異なり、クアゴアが侵攻し住む場所を移した事により異形種に対する風当たりが強くなっているという事で、かつて都市を訪れたゼンベルはともかく、体も大きく見かけもドワーフや人間種から大きく外れたコキュートスでは余計な軋轢を生みかねないと判断したため一度帰還させたのだ。

 

 しかしここからは違う。

 クアゴアの撃退による王都奪還、その際に現れる可能性の高いフロスト・ドラゴンの討伐にはコキュートスにも積極的に参加して貰うつもりだ。

 作戦の立案者に対するアインズなりの敬意の払い方という事でもあるが、同時に件のドラゴンに対するコキュートスの相性がかなり良いことが判明したからだ。

 

 ドラゴンの最大の武器であるブレスはそのドラゴンの種族ごとに異なり、フロスト・ドラゴンは冷気のブレスを吐く。

 冷気に対する耐性を持つコキュートスならばその最大の武器が通用しないことになり、アインズと組めばたとえユグドラシルで言うところの最高クラスの強さを持つドラゴンであっても有利に戦え、最悪でも逃げ出す時間は稼げるだろう。

 

「ハッ。必ズヤ、アインズ様ノ期待二応エマス」

 

「うむ。では取りあえず現状の確認と、これからについてだ」

 

「ソノ前二アインズ様。御命ジヲ受ケタ魔導王ノ宝石箱トノ定時連絡デスガ」

 

「ああ。何か変化はあったか?」

 アインズが不在中に店の方に変化があった場合に備え、定期的に店から連絡を受ける手はずになっていたが、先ほどまでドワーフの国との会談を行っていたためその役目をコキュートスに任せていた。

 

「ハッ。セバスニヨルト、例ノドラゴン退治ノ依頼ヲ受ケタ者ガ現レタト」

 

「何!?」

 思わず声が大きくなる。

 蜥蜴人(リザードマン)の村でセバスに確認して以降、定時連絡でもその話が一切話題に上がっていなかったため忘れていた。

 

「分かった、詳しい話は私が聞く。ナーベラル、私の代わりにコキュートスに今後の予定と目的を伝えよ」

 

「はっ! 畏まりました」

 こちらに届くほど大きく呼吸音を響かせているコキュートスと同じほどやる気に満ちたナーベラルを後目に、アインズは〈伝言(メッセージ)〉をセバスに繋げた。

 

『お待ちしておりました。アインズ様』

 

「うむ。早速だが、コキュートスから話は聞いた。例のドラゴン退治、請け負った冒険者が出たそうだが詳しく聞こう」

 

『はい。依頼を受けたのは蒼の薔薇です。以前店に訪れたイビルアイが一人で組合を訪れ依頼を受けたとのことです』

 

「モモンが既に依頼を受けている旨は聞いていないのか?」

 冒険者組合には既にアインズの護衛としてモモンがアゼルリシア山脈に行くこと、そして同時にドラゴン退治も行うつもりであることを伝え、ドラゴン退治の依頼も受けたことになっているはずだ。

 

『いえ。我々がドラゴンであれば何体でも引き取る依頼を出していることを逆手に取り、モモン様とは別のルートでフロスト・ドラゴンを狩りに行くと』

 

「宣伝として掲示板に張り続けるための戦略が裏目に出たか。店の方には来たのか? 依頼を受ける者にはアイテムや武具を貸し出す約束もしていたが」

 

『いえ、こちらには未だ。話によると王都に戻ったのはイビルアイ一人のみ。今は他のメンバーが戻るのを待っている可能性もあります』

 

「そうか。では店に来た場合だが、武具の貸し出しはするな。まだドワーフ製の武器がどのレベルなのか把握出来ていない以上、強い武器でも弱い武器でも問題になる。代わりにマジックアイテムを貸し出し、巻物(スクロール)等の消耗品もいくつかくれてやれ。言うまでもないがデミウルゴスが作成した物ではなくユグドラシルの巻物(スクロール)だ」

 

『では以前製作した貸し出しを前提とした低位のマジックアイテムの目録から選んでいただいてよろしいでしょうか?』

 セバスが言っている低位のマジックアイテムとは、ユグドラシル産の大したことのないアイテムと言う意味で、それでもこの世界では最上位クラスのアイテムとなっている。

 とある遺跡から纏めて発掘されたという触れ込みにしていることと販売ではなく貸し出しを条件にユグドラシル産のアイテムを出すことを決めたのだ。

 

「後はコキュートスが調査し製作したアゼルリシア山脈に生息するモンスターなどの資料と今回我々が通ったフェオ・ライゾまでの道を記した地図。あれも渡してやれ」

 

『畏まりました。モモン様が事前調査を行ったという証拠として、ですね?』

 

「その通りだ。フェオ・ライゾに向かって貰えば時間も稼げるからな。先に報告するがドワーフとの会談は上手く行った。後はドラゴンに占拠されている王都の解放を条件にドワーフ製の武具を多量に入荷出来るだろう」

(くそ! 万が一にも蒼の薔薇がフロスト・ドラゴンを討伐してみろ。どれほど金を払わなくてはならないと思っている! なんとしてもこちらが先に討伐しなくては)

 内心の動揺を隠し、落ち着いた振りをしながらアインズはセバスに報告する。

 たとえ蒼の薔薇が装備を整えフロスト・ドラゴン討伐に乗り出したとしても、ここまで来るには時間がかかるだろう。

 その前にモモンが王都を奪還してフロスト・ドラゴンを追い払わなければならなくなった。

 

『流石はアインズ様、その手腕お見事でございます』

 

「今回は私ではなくパンドラズ・アクターの手柄だがな、とにかく今は時間が惜しい。今後定時連絡は不要だ。基本的にはお前とソリュシャンに任せよう、必要ならシャルティアも呼べ。緊急時はそうだな……私ではなくナーベラルに〈伝言(メッセージ)〉を送れ」

 

『畏まりました。アインズ様、御武運を』

 セバスの言葉と共に〈伝言(メッセージ)〉を切る。

 これから急いでしかも未知の強さを持つドラゴン退治を行うことになるのだ、余計なことを考えるのは避けたいとの思いから出た言葉だった。

 

 蒼の薔薇参戦によって多少複雑化してしまったが、アインズ自身が行うことは出来るだけシンプルにしたい。今回の場合はモモンに扮してドラゴンを退治する。それだけだ。それだけにしておきたい。

 きっと他の者たちならばもっと良い方法を考え出せるのだろうが、アインズではこれが限界だ。

 最近何でも出たとこ勝負で乗り切ってきたツケが回ってきているのだろう。

 今後はなるべく時間をかけて考えることにしよう、と心に刻む。

 

「よし。コキュートス、話は聞いたか?」

 ナーベラルとの会話が終了しているのは〈伝言(メッセージ)〉を繋げながらでも分かったが、一応確認する。

 

「ハッ! ドワーフノ王都ヲ解放シ、邪魔ヲスルドラゴンヲ討伐サレルト」

 

「その通りだ。特にドラゴンは我々にとっても未知の相手だ、期待しているぞ」

 

「ハハァ! アインズ様ノ配下トシテ、ソシテ一振リノ剣トシテ、恥ジヌ働キヲオ約束イタシマス」

 自身を一振りの剣に見立ててアインズの役に立とうとするのは、コキュートスが以前から口にしていることだ。

 今では自分で考えることを覚え、実際に蜥蜴人(リザードマン)の集落を恐怖に頼らず統治しているが、やはり本質的にはそちらの方が本人としてもやりがいを感じるのだろう。

 

「よし、ならば行くぞ。急ぎ足でだ」

 アインズの宣言と共に一行は改めて移動を開始した。

 

 

 ・

 

 

 初めて入った店の中はガガーラン達が言うようにまるで貴族御用達の高級店のようだった。

 他の皆はともかく貴族であるラキュースには慣れたものだ。

 すでに組合から話が通っていたのか、中に入ると直ぐに仕立ての良い服を着た白髪の老人が彼女たちを出迎える。

 

「ようこそ蒼の薔薇の皆様、ご来店を心よりお待ち申し上げておりました」

 

「ご丁寧にありがとうございます。ですが本日私たちは客ではなく、依頼を請け負った立場です。どうぞお気遣いなきようお願いします」

 そう、今回に限っては蒼の薔薇は客ではない、むしろ依頼を出した魔導王の宝石箱こそが蒼の薔薇の客と言える。

 だというのに、あちらに先に挨拶をさせてしまったことを恥じ、ラキュースは慌てて、しかしそれは表に出さないようにしながら挨拶をする。

 

「ようセバスさん。早速なんだが時間がねぇ。先ずは貸し出してくれるアイテムって奴を見せて貰いてぇんだが」

 

「ガガーラン……申し訳ありません。うちの者が」

 わざわざラキュースが口に出してこちらが客と言ったというのに、ラキュースの無言の抗議を受け流すガガーランに対し、セバスは嫌な顔も見せずに口を開く。

 

「構いません。ガガーラン様、すでにご用意しております。先ずはこちらにどうぞ。ご案内いたします」

 執事でありおそらく店主の護衛も勤めている戦士だという話は聞いていたが、確かにこの老人は執事としても、そしてその歩く姿を見ただけで分かるほど最上位の戦士であることが窺える。

 この人が討伐しに行った方が確実なのでは。と一瞬思ってしまったが、モンスターを倒す技術と人を守る護衛の技術は別物だ。

 それにラキュース達には仲間とのチームワークという武器もある。一人では出来なくても皆で協力すればドラゴン討伐とて出来るはずだ。

 そう心に決めて前を歩くセバスの後を着いて歩き出した。

 

 

 

 見せて貰った目録はまさしく驚愕と呼ぶに相応しいアイテムの数々が載っていた。

 

「これは……」

 身体能力を大幅に強化する物から、魔法に対する強い耐性をつける物、複数の状態異常を同時に無効化する物など、ラキュース達の最上位の装備品と同等かそれ以上の品まで多数のアイテムがずらりと並んでいる。

 

「こちらは販売ではなく貸し出しのみとなっておりますのでご注意を。紛失の際には相応のペナルティをいただくことになります。ただし不可抗力による破損等の場合でしたら、減額や修理費のみとなる場合もございます」

 これだけのアイテムならば当然だろう。

 

「それとこちらを。事前に調査が行われたアゼルリシア山脈の地図、その写しと出現するモンスターなどの資料です」

 

「これ……ひょっとして漆黒の?」

 資料と地図を受け取ったティアがセバスに問う。そう言えば事前調査は冒険者組合ではなく漆黒が既に行っているという話だった。これがその資料なのだろう。

 

「はい。モモン様に私どもが以前依頼した際のものです。参考にしていただければと」

 

「しかし。他の冒険者が得た情報を無償で受け取るわけには……」

 これは冒険者だけではないが、情報とはそれだけで価値のある代物であり周辺国家の大ざっぱな地図でさえ購入しようとすればかなりの時間とお金がかかるほどだ。

 蒼の薔薇も自分たちが得た情報を他の者に知らせる際は仕事として有料で請け負う。

 そうでなくては最高位冒険者として示しがつかない。それ故商売敵とも呼ぶべき相手の調査で得られた情報を無償では受け取れない。

 

 そんなラキュースの考えをセバスは軽く微笑んで否定し告げた。

「いえいえ。漆黒と蒼の薔薇の皆様の間でということでしたらその通りでしょうが、これは既に我々が漆黒から買い取らせていただいたもの。今は我々の所有物です。それを今から依頼を受けていただく皆様にお渡しするのは当然のこと。どうぞお受け取り下さい」

 

「それなら。遠慮なく」

「遠慮なく」

 ティナとティアは続けざまにそう言って早速とばかりに資料を読み始める。

 止める間もないとはこのことだが、セバスの言っていることも正論だ。ここはお言葉に甘えるとしよう。

 そう決めてラキュースも目録に目を通す。

 

「待て。この巻物(スクロール)。これはどうなる? 使用したら返却は出来ないが買い取りか?」

 人数分用意された目録を見ていたイビルアイが言う。ラキュースも確認すると目録の後半には巻物(スクロール)がいくつか記されていた。

 

「そちらに関しては基本的には無償でお渡しします。使用しなければ戻していただければ。ただし数に限りがございますのでお渡しするのは数点のみとさせていただきますが」

 

「なるほど……もう一つ。この巻物(スクロール)、魔法を込めたのは店主なのか?」

 

「勿論。我が主以外にそれが可能な者は存在しません」

 これまで感情を露わにせず完璧な執事という態度を崩さなかったセバスが初めてほんの僅かだが、店主を自慢しているようなそんな気配を感じさせた。

 これは貴族として心の読み合いや化かし合いを続けてきたラキュースだけが読み取れるようなほんの微かなものではあったが。

 

「……了解した。私はどれにするか決めたぞ。後はお前たちだ」

 イビルアイが何を選択したのか気になったが、それよりも今は自分のことだ。

 装備品に自分たちの装備より上の物もあるとは言っても、使い慣れていない物を選んでは逆に普段通りの戦い方が出来ず力を発揮出来ない場合もある。

 

「ティア。その資料私にも見せて。どんなモンスターが生息しているか知りたいわ」

 

「はい。私は見終わった」

 受け取った資料を見ていると隣のガガーランものぞき込んでくる。

 出現するモンスターの特性や弱点によって必要なアイテムや装備が変わってくる。

 本来は一度これら資料を持ち帰り、しっかりと頭の中に入れてから借りる物を選択するのが正しいのだが、今は時間がない。

 この資料を製作した漆黒に大きく遅れをとっている焦りがそうさせたのかもしれない。

 

「それともう一つ、まことに申し訳ないのですが、こちらの指輪に関しては既に漆黒の皆様に貸し出しておりますので人数分の用意が出来ません。用意出来るのは二つのみとなります」

 セバスがそう言って見せてきたのは冷気に対する高い耐性を付ける指輪であり、それを聞いた瞬間全員に緊張感が走った。

 当然だろう。その指輪は既にラキュースも確認し、借りることを決めていた物だ。

 何しろ相手はフロスト・ドラゴン。

 冷気を武器にする伝説が残されている。そうした相手ならば冷気の耐性強化は絶対条件なのだから。

 

「なにぶんこちらの目録に載っているのは遺跡から発掘されたアイテムが中心となっていますので必要な数を用意出来ず、申し訳ありません。無論、依頼は随時受け付けていますので漆黒の皆様がお戻りになってから、改めて貸し出すことも可能です……」

 

 それでは遅い。

 ただでさえ漆黒に遅れをとっている現状で、漆黒が戻るまで待っていては意味がない。

 しかし危険性を考えればそれが最善だ。

 何しろ今回は今までの依頼とは違い命の危険もある。

 ラキュースが復活魔法を使えると言っても自身が死ぬ可能性もあり、皆のことを考えれば今回は見送る選択肢もあるのではないか。とラキュースが全員を見回す。

 彼女たちの表情から言いたいことは直ぐに分かった。

 ラキュースも覚悟を決める。

 

「問題ありません。でしたらその二つをお借りします」

 その後。それなりに長い時間をかけて装備を厳選し、その場で使用感を確認した後、ラキュースたちは店を後にした。

 

 

 

「ところでイビルアイ。お前結局装備品借りなかったけど大丈夫なのか?」

 

「問題ない。冷気耐性の指輪があれば十分だ。それにこれがあるからな」

 拠点に戻り最後の確認をしている最中ガガーランが一人だけ特に準備をしていないイビルアイに問いかけるとニヤリと笑いながら貰い受けた巻物(スクロール)を見せつけた。

 

「ああ。それ。結局何の巻物(スクロール)なの?」

 

「そうそう。気になってた」

 

 巻物(スクロール)は基本的に魔法詠唱者(マジック・キャスター)のみが使用出来、それも系統によって使える物が異なる。

 目録には信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもあるラキュースが使える巻物(スクロール)もあり、その中にラキュースが使用出来る中で最高位の回復魔法も存在した──流石に〈死者復活(レイズデッド)〉はなかった──一応魔力温存の一環として幾つかそれらの巻物(スクロール)を貰ってきたが、イビルアイが使える魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)用の巻物(スクロール)も同様に存在していたらしく──ラキュースはそちらは確認しなかった──彼女はそこから選んだようだ。

 そのことから店主こと、アインズ・ウール・ゴウンなる人物は魔力系と信仰系、二つの系統の魔法が使える魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだろう。

 それ自体も珍しいが仮に魔力系の魔法も信仰系と同レベルで使えるのであれば確かに強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)と言えるだろう。

 とは言え帝国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)フールーダ・パラダインは魔力系、信仰系に加えて精神系の魔法も使えるとの噂なので魔導王は言い過ぎという気もするが──

 

「あのアインズなる者が本当に一人でこれに魔法を込めたのならば恐ろしいことだがそれはないだろう。何しろここに込められた魔法は私でも使うことの出来ない転移魔法だ。特別なマジックアイテムか何かで実力以上の魔法を使っていると言ったところか」

 

「転移ならお前使えるじゃねぇか」

 

「私のは単独での転移だ。これは多数を同時に転移させられる私の転移よりも格上の転移魔法だ。いざというときはこれで全員逃げ出せる。まあ、ドラゴンは年齢を重ねれば重ねただけ強くなる恐ろしいモンスターだが、大人でも竜王クラスの者でないならそこまで問題にはならない。私一人でも何とかなる。ここにいる全員でかかればそう苦労することなく倒せるだろうさ」

 イビルアイの軽い口調に、少しほっとする。

 彼女ばかりに頼りきるのは良くはないが、それでも彼女の実力が自分たちに比べ突出しているのは事実だ。

 彼女の正体を考えればそれも当然と言えるが。

 

「問題は時間だな。ここからアゼルリシア山脈までとなるとかなり時間がかかる。漆黒の奴らは既に出発していることを考えるとやっぱり先を越すってのは難しいかもなぁ」

 ガガーランの言葉にラキュースは口には出さないが確かに。と心の中で同意する。

 漆黒が依頼を受けてからそれなりの時間が経っている。準備の時間を入れたとしても既に出立しているだろう。自分たちが直ぐに出発してもかなりの差が生じている。

 それを覆すのは難しい。

 ただし、ドラゴンがどこに生息しているのかまではこの資料にも記載がなかった。アゼルリシア山脈は広い──王国と帝国の国境になる程なのだから当たり前だが──その中から数少ないであろうドラゴンを探すと考えれば運次第だが漆黒よりも先にドラゴンを討伐するのも不可能ではない。

 

「いや。そうでもないぞ」

 ラキュースの密かな願望混じりの推察に同意したかのようにイビルアイが言う。

 仮面を着けていないイビルアイの姿は幼子のそれだが、その不敵な笑みだけは子供が出来るものではない。

 

「上手く事を進めれば奴らを出し抜くことも可能だ。何しろこちらにはこの転移の巻物(スクロール)が二枚ある」

 

「そういや何で二枚同じの貰ってんだ? 逃げるなら一枚ありゃ良いだろ?」

 

「そう。逃げるだけなら一枚で良い。しかしもう一枚は移動用だ。私の転移では一人しか移動出来ないから意味がないがこれがあれば、アゼルリシア山脈までひとっ跳びだ」

 

「でもイビルアイ、貴女の転移は一度行ったことのある場所にしか跳べないんでしょう? その巻物(スクロール)の転移なら知らないところにもいけるの?」

 

「いや、これも基本は私の転移と同じく実際に行ったことのある転移先にしか跳べないが、私はアゼルリシア山脈にあるドワーフの王都、正確には今はもう滅んだから元王都か。そこに行ったことがあるんだ。私の昔の仲間にはドワーフの王族もいたからな、と言うかそいつを仲間に加えたのがそのドワーフの王都だ」

 その言葉でハッとする。

 確かに彼女が時折話してくれる伝説の十三英雄の英雄譚の中には魔法工なる大地を激震させるハンマーを持ったドワーフがいたと聞いている。

 

「スゲェじゃねぇか。だったら追いつけるかもな。この資料にはドワーフの王都の事は載ってねぇし」

 

「まあ、その近辺にドラゴンが居るかは賭けに近い、その上今も破棄されたままだとするなら下手をすればドラゴンや他のモンスターの巣窟になっている危険性もある。どちらにするかはリーダー、お前の判断に任せよう」

 全員の視線がラキュースに集まる。

 イビルアイの言うように、ここから出発すれば時間はかかるが周囲の状況を確かめながら進めるため安全性は高い。

 しかし。

 そもそも今回の依頼をラキュースたちが受けようと決めたのは、魔導王の宝石箱の店主、アインズ・ウール・ゴウンの口にした言葉によるところが大きい。

 

 未知を切り開く本物の冒険者。

 

 その言葉は安全性を重視し、確実な依頼のみをこなすようになっている今の自分たちに対する挑戦のように聞こえた。

 昔の蒼の薔薇はいや、ラキュース自身はもっと無鉄砲だった。

 そのせいで危険に晒されたラキュースをガガーランが助けてくれた。

 命を狙ってきた暗殺者だったティナとティアを仲間に加えると言ったときもガガーランは危険だと言ったがそれを押し切り今では心から仲間だと言い合える絆が出来た。

 自分たちより遙かに強いイビルアイに戦いを挑んだことだってあった。結果勝利を収め、彼女が仲間に加わった。

 無謀とも思えることは幾つもあったが、そのおかげで今の蒼の薔薇があるのだ。

 だから、その挑戦から逃げることは出来ない。

 

 自分たちは偽物なんかではない、本物の冒険者だ。

 

「転移で行きましょう」

 簡潔に、しかし強い意志を込めて、ラキュースはみんなに告げる。

 答えが分かっていたかの様に全員が一斉に頷いた。




もう少し早く書き上がるかと思いましたが結局いつもより1日早いだけでした
次はちょっと長くなりそうなので、また木曜日更新に戻るかと思います

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