オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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王都の冒険者組合は詳細が不明なので大体エ・ランテルの冒険者組合と同じイメージにしました


第22話 ドワーフの国へ

 その日王都の冒険者組合に、二人の男が足を踏み入れた。

 一人は豪華な黒いローブを身に纏った仮面の男。もう一人はそんな男に着き従う見事な立ち居振る舞いを見せる老年の執事だ。

 普通に考えれば貴族とそのお付きの執事と言ったところだろう。

 

 組合内にいた冒険者達の目が一気に二人に集中した。

 ある意味当然だ、場違いなのである。

 冒険者組合に訪れるような者は大体が仕事を求める冒険者や冒険者志望の者、あるいはその冒険者に依頼を出しに来た者だ。

 しかし貴族本人が直接依頼をしに来ることなど皆無だと言っても良い。仮に後ろの執事が一人で来たのなら、主に依頼を出すように頼まれたのだと考えられるのだが。

 だからこそ、分からない。

 前を歩くローブの男の身なりはかなり高級なものだ、手にしたスタッフも豪華な装飾の施された立派なもので余計に人目を引く。

 

「おい、ありゃなんだ?」

 

「貴族か? いや格好からすると魔法詠唱者(マジック・キャスター)? しかしそうすると後ろの執事は何なんだ」

 冒険者たちがこそこそと話しているが、意に介さず二人は真っ直ぐに受付に向かっていく。

 カウンターの手前で仮面の男が立ち止まり、後ろを歩いていた執事が前に出ると受付嬢の前に立った。 

 

「いらっしゃいませ。当冒険者組合にようこそ。ご用件をお伺いいたします」

 

「依頼を出したいのですが、こちらでよろしいですか?」

 執事がその外見に良く合った鋼の意志を感じさせる強い声で告げる。

 受付嬢が微かに動揺した気配を感じさせた。

 確かに依頼の受付もカウンターで行われるが、それは小さな依頼や一般人が対象であり、貴族からの依頼や大口のものはここではなく、個室で行われることが多い。

 しかしこの二人が本当に貴族やそれに類するものであるか確かめようがないため、どう出ればいいか分からないのだろう。

 

「はい。こちらでもお伺い出来ますが、もしお時間があるのでしたら上で詳しく話を伺うことも出来ますが──」

 

「いえ、それは不要です。こちらで受けていただけるのであればお願いします」

 

「畏まりました、お伺い致します。どう言ったご依頼でしょうか?」

 周囲は未だ二人に注視してはいるがそれでも多少落ち着きが戻る。

 冒険者ではなく依頼主なら後で依頼書を見ればいいだけの話であり、今固唾を呑んで様子を見張る必要もない。

 

「はい。アゼルリシア山脈に生息するというドラゴンの討伐、それに付随してドラゴンの素材の採集を依頼したいのです」

 一時興味が薄れた冒険者たちの空気が今度は完全に停止する。

 それは受付嬢も同じだったらしく、言葉を意味を咀嚼するようにしばしの間を空けた後、彼女は言った、いや叫んだと言うべきか。

 

「はぁ!?」

 組合中に響くような声を聞いても、執事も後ろの男も微動だにしない。

 それぐらいは想定内だと言わんばかりだ。

 

「ドラゴン退治です。小竜ではなく、成体のドラゴンをお願いします。私どもの元まで持ってきていただければ、採取出来た素材に応じて追加の報酬をお支払いします」

 

「あ、いえ。そういうことではなくですね。ドラゴンというのはあのドラゴンのことでしょうか? 大空を舞い、ブレスを吐く」

 当たり前だろ。と言いたくなるが周囲の人間は誰も口を出さない。受付嬢の気持ちが分かるほど、突拍子もない依頼なのだ。

 

「無論です。現地にいるのはフロスト・ドラゴンと聞いておりますのでそれの討伐、採集となります」

 ドラゴン退治は英雄の誉れ。

 歴史上数多くの英雄たちがそれを成し遂げ名声を我が物とした。しかしだからといってドラゴンが簡単に退治出来るというわけではない。小型のドラゴンであればオリハルコン級冒険者チームでも討伐は不可能ではないが、成体のドラゴンはまず無理だ。

 過去の英雄達の何十何百倍もの者たちが英雄に憧れ、ドラゴンに挑み命を落としてきた。

 成長した強大なドラゴンによって一つの都市、一つの国が滅ぼされたなどというのも良く聞く話だ。

 

「……成体のドラゴンの討伐となりますと、アダマンタイト級冒険者の方々しかお引き受け出来ない案件となり、非常に高額な費用がかかります。アゼルリシア山脈は未開の地であり調査を行うだけでも更に高額な費用が上乗せされることとなり、そうなりますとドラゴンの稀少性を加味しても割に合わない額の依頼金となることが考えられます。また緊急の案件、例えばそのドラゴンが人々を襲っている等の場合ですと都市や国から補助金が出る場合もございますが、素材の採集が目的となりますと除外となり、なおかつドラゴンの討伐となりますとアダマンタイト級冒険者と言えど、引き受け手が見つからない場合もございますが、それでもご依頼をなさいますか?」

 淡々と語る老執事に引かれるように受付嬢も落ち着きを取り戻し、台本をなぞるように流暢な言葉を重ねる。

 明らかに実現不可能と思われる依頼の穏便な断り方も決まっているのだろう。

 

 要するに、そんな依頼は高額になりすぎて貴族と言えど簡単に払える額ではなく、例え達成出来ても元が取れないし、そもそも誰も引き受けないから依頼を出すだけ無駄だと言いたいのだ。

 受付嬢の長々しい説明を黙って頷きながら聞いていた老紳士だったが、全て話し終えたと見るや、ゆっくり落ち着いた声で返答した。

 

「お話はよく分かりました。申し訳こざいません、初めに申し上げておくべきでしたね。実は既に私どもが個人的にアダマンタイト級冒険者の方にお話をし、受けていただく算段を立てているのです。ですが冒険者の方々と我々が直接交渉するのではなく間に組合の方に入っていただくのが筋だと我が主がお考えでしたので、こうして話をしに参りました」

 再び周囲に驚愕が走る。

 冒険者が知り合いに対し格安あるいは無料で依頼を受けるというのはあり得る話ではあるが、あまり良い事ではない。

 それは組合の存在そのものを否定する行為であるし、それでは冒険者の知人ばかりが得をすることになり、組合にではなく冒険者に直接取り入り便宜を図って貰おうとする者が増えることになる。

 

 だから上位の冒険者であればあるほど、そうしたことに気を使いどんなに親しい間柄であろうと組合を通して依頼という形を作ることが多い。

 もっともそれは暗黙の了解として行われる行為であり──隠れて安く請け負う者もいるだろうが──それをはっきりと、公衆の面前で口にしたことに皆は驚いたのだ。

 これではそのアダマンタイト級冒険者が知人に便宜を図ろうとしていると明言しているようなものだ。

 

「赤か、それとも青か。どっちだ?」

 

「でも今はどっちも依頼に出てなかったか? いや蒼の薔薇はもう終わったって話も聞いたが、まさか」

 王都の冒険者組合に属しているアダマンタイト級冒険者は二組、朱の雫と蒼の薔薇、どちらも名前に色が入っていることから、色で呼ばれることも多く、そして冒険者にとって自分たちの最高位に位置する者たちが今どんな依頼を受けているのかというのは良い話の種になるので、行動を把握している者も多くいる。

 蒼の薔薇はリーダーが貴族であり、黄金と称される第三王女と旧知の仲だが、その王女からも依頼であればしっかりとお金を取るという話も聞いていたので更に驚きは増す。

 

「それと、調査に関しては不要です。と言うよりもそちらは既にエ・ランテルの冒険者組合に依頼済みであり、詳細な情報を得ておりますので、今回はその情報を元に動いて貰う予定です」

 

「いや、しかしですね。そうは言われましても、その調査内容が間違いないか分かりませんし。そのアダマンタイト級冒険者の方というのは……」

 矢継ぎ早に入っている新たな情報のせいか受付嬢の口調がやや荒くなる。

 こんなところで聞いていいのだろうか。と皆の緊張が更に一段高まるのを感じた。

 

「エ・ランテルの冒険者組合に属しているアダマンタイト級冒険者、漆黒のモモン様とナーベ様です。今回はドラゴンを王都に持ち込んで頂くため、エ・ランテルではなく王都の冒険者組合に依頼させて頂くことにしました」

 

「しょ、少々お待ちください! やはりお話は上の応接室でお伺わせていただきますので、どうぞ。ご案内いたします」

 

「……ふむ。どうされますか? アインズ様」

 突然老執事の口から出た最近噂になっている最高位冒険者の名前に、もはや混乱状態になってしまっている受付嬢を後目に、執事は一度後ろを向くとずっと無言で話を聞いていたローブの男に伺いを立てる。

 

「構わん。それが組合の規則だというのならば従うまでだ。では案内を頼もうか?」

 

「は、はい。どうぞこちらに!」

 よほど緊張しているのか同側の手と足を同時に動かしながら、二人を先導する受付嬢。

 

「あれ、流行っているのか?」

 ローブの男がそんな言葉を口にしたが当然意味は分からない。

 やがて受付嬢を含む三人が上の階に消えると、途端に組合の中は大騒ぎとなり、今の二人と噂に名高いエ・ランテルのアダマンタイト級冒険者の話で持ちきりとなった。

 

 

 そのしばらく後、正式に依頼が受理され依頼書が冒険者組合の掲示板に貼り出された。

 その報酬額は単発の仕事においては歴代最高額に設定され、漆黒の二人組が仕事を請け負ったという話も同時に伝わった。

 また今後も定期的に頼む可能性があるため依頼書は剥がされることなく、ドラゴンさえ持ち帰ればいつでも買い取るという言葉と共に、依頼を受ける者には依頼主が武具やアイテムを全面的に支援する旨と、依頼主と買い取りを行う店舗の名前が刻まれていた。

 依頼主は『アインズ・ウール・ゴウン』そして買い取りを行う店舗の名は『魔導王の宝石箱』。

 この日を境に冒険者たちの中でその二つの名が広く知られることとなった。

 

 

 ・

 

 

「そうか。やはり他の冒険者は現れなかったか。予想通りだな」

 依頼書が張り出された数日後、アインズの姿は、蜥蜴人(リザードマン)の村の中にあった。

 かつてドワーフの国で暮らしたことがあるという蜥蜴人(リザードマン)、ゼンベルと今回アインズの護衛を任されているコキュートスを迎えるためだ。

 その最中、アインズはセバスより現在まで漆黒以外の冒険者が依頼を受けに来なかったことの報告を受けた。

 とは言えこれは予想していたことであり、落胆はない。

 寧ろほっとしたと言うべきだ。

 

 ドラゴン討伐に対する依頼金はあれよあれよと言う間に跳ね上がり、いつの間にか王都の冒険者組合で歴代最高額を叩き出した。

 もちろん安い値で依頼することも可能だが、調査もモモンが行っていたことになっているので、組合に取られるお金も最小限で済み、モモンが成功させれば大部分がそのままアインズの手元に戻る金だ。

 ならば歴代最高額の依頼を達成したという付加価値を付けた方が得だと、その場で計算しその額で依頼したのだ。

 しかし後になってもしかしたら他の冒険者たちも受けようとするのではないかと言う不安が胸に湧いた。

 もちろんこのレベルの依頼ならアダマンタイト級冒険者しか受けることは出来ず、王都にいるアダマンタイト級冒険者二組も現在別の依頼を受けて王都を離れているのは事前に調べがついていた。

 しかし何事にも例外はある。

 

 その二組が予想以上の早さで依頼を達成して戻って来るかも知れないし、別の国にいるアダマンタイト級冒険者が王都に現れる可能性だってゼロではない。

 ほぼ大丈夫だと知りつつも、未だ魔導王の宝石箱は軌道に乗ったとは言えない状況であり、店の金庫に残った金も心許ない。

 こちらに戻ってくる前提でモモンたち一組に支払う見せ金が精一杯だ。

 だからこうして他の冒険者が依頼してこなかった事を知り、アインズは人知れず胸をなで下ろしていたのだった。

 

「ではセバス、そちらのことは任せる。何かあれば直ぐに〈伝言(メッセージ)〉を飛ばせ」

 

『畏まりました。アインズ様』

 セバスとの〈伝言(メッセージ)〉を終え、アインズは思わず息を吐く。

 

(しかし店の宣伝のためとはいえ、これからもドラゴン討伐の依頼を出したままにするのはやはり気が重い)

 もちろん本気で他の冒険者たちにドラゴンを討伐して貰おうとは考えておらず、これはあくまで魔導王の宝石箱と漆黒の名を王都にもっと広めるための宣伝である。

 王都の冒険者たちには後々もっと易しい依頼、それこそ蒼の薔薇に話したような未知に関する調査などを依頼──いざとなればアイテムや巻物(スクロール)で逃げ出せるため危険性は低い──するつもりであり、もしドラゴン討伐の依頼を受けたいと言ってきてもレベルが足りないとか言って追い返すつもりである。

 そうして調査の依頼を受けに来た者たちにこれから出向くドワーフ製の武具などを貸し与え、更に店の名前を売って貰う。というのが武具部門の今後の戦略なのだが。

 

(今は無い武具を前提にした作戦っていうのも何だかなぁ。俺が絶対に失敗しないと思っているからこそなんだろうが、あぁ、胃が痛い。やっぱりデミウルゴスも連れてくるべきだったか? しかしコキュートスがここを離れている間の大森林を任せられる奴も他にいないしなぁ)

 今回の作戦は全てコキュートスの発案によって出されたものである。本来ならばトブの大森林周辺の統治を任せている、いわばプロジェクトリーダーであるコキュートスをここから離れさせたくはないのだが、今回は例の失態以後必死になって己を成長させようと努力し続けてきたコキュートスがようやく形にした成果でもあるため、本人を連れていかないわけにはいかなかった。そしてこの地を一時的にとはいえ任せられるのはデミウルゴスしかいなかったため──アルベドは未だ動かせず、他の守護者は外見が子供であるため舐められる可能性があるので──こうした形になった。

 

「アインズ様、ゼンベルヲ連レテ参リマシタ」

 そんなことを考えていると、ゼンベルを呼びに行くと告げてアインズの元を離れたコキュートスが戻ってきた。

 アインズは一時的に考えるのをやめ、コキュートスと緊張しているらしい──蜥蜴人(リザードマン)の表情を読み取るのは難しいが、なんとなくそう感じた──ゼンベルを出迎えた。

 

「うむ。早かったな、デミウルゴスへの申し送りは済んでいるのか? 急ぎとはいえ申し送りは重要だぞ」

 

「ハッ! 元ヨリコノ地ノ統治ニハ、デミウルゴスノ知恵ヲ借リル機会モ多ク、オオマカナ部分ニ関シテハ承知ノ上デシタノデ早々ニ完了致シマシタ」

 

「よかろう。ではゼンベルよ、お前の方は問題ないのか? 以前報告を受けたときは正確な場所を思い出せていないという話だったが」

 

「その前に陛下、一つよろしいですか?」

 蜥蜴人(リザードマン)を含めたナザリックの支配下にいる者達はアインズのことを陛下と呼ぶことが多い。国を持っているわけでもないのに、といつも思うのだが将来的には世界征服をするのだから問題はないのでは。とアルベド達に説得された形だ。

 

「うむ? なんだ言ってみよ」

 アインズの言葉を遮ったゼンベルの態度にコキュートスは即座にゼンベルに対しガチガチと威嚇音を発する。

 アインズは手を出して無言でそれを制し続きを促した。

 

「今回ドワーフの国に行くのはドワーフの武器を仕入れに行くという話でしたが、それは本当ですかい? まさかとは思いますが問答無用で速攻滅ぼしにかかって武器を奪うなんて真似をするんじゃあ無いでしょうね?」

 蜥蜴人(リザードマン)の集落に対し、アインズ達が行った事を考えればそれは当然の反応だが、アインズはその考えを表に出さない。

 アインズが決定しナザリック地下大墳墓に属する者がした行為は全て正しい、そうでなくてはならないからだ。

 未だコキュートスの威嚇音は続き、こちらの様子を遠巻きに窺っている蜥蜴人(リザードマン)達からも緊張感が伝わってくるが、アインズはそれを笑い飛ばす。

 

「ゼンベルよ。よく考えろ、我々は武器の仕入れに行くのだ。滅ぼしてしまっては二度と手に入らなくなってしまうではないか。無論相手の出方次第では争いごとに発展する可能性が無いとは言わないが、多少金額をふっかけられたからと言って怒りに任せて滅ぼすような真似もしない。それは我が名に懸けても良い。まして何もしていない相手を問答無用で滅ぼすような真似はしないさ」

 この村に起こった事を考えれば何とも説得力のない言葉であるが、一応ゼンベルは納得した。

 ただもし約束を違えたときはあちらに付くという言葉付きではあったが。

 その場合でもこの村には手を出さないようにコキュートスに伝え話は終わる。

 

「では後は……」

 残り二人の到着を待とうとしたところで、アインズの元に近づいてくる人影を二つ見つけた。

 ちょうど良いタイミングだ。

 

「お待たせいたしましたアインズ様! 御勅命に従い、このパンドラズ・アクター到着致しました」

 

「同じく。ナーベラル・ガンマ、御身の前に」

 

「……その格好をしている時は、モモンとナーベだ。お前達が間違うとは思えないが、徹底しておけ」

 アインズの視線の先には冒険者チーム漆黒の格好を取ったパンドラズ・アクターとナーベラルの姿があった。

 

 

「はっ! ご命令しかと胸に刻みました」

 

「畏まりました。アインズ様」

 二人の声には妙にやる気に満ちている。

 それはコキュートスも同様だ。

 アインズの勅命というのはそれだけ重いものだと彼らは考えているのだろう。

 このやる気が空回りしないことを祈りつつ、アインズは頷き二人に告げる。

 

「では改めて、皆我が前に」

 

「ハッ!」

 コキュートス、ゼンベルを含めた四人の声が重なり、揃ってアインズの前に膝を突く。

 コキュートスとパンドラズ・アクター、そしてナーベラルが一列に並び、ゼンベルは一列後ろだ。

 守護者と同列というのが居心地が悪いのか、ナーベラルがやや緊張しているが、アインズにとってはNPCは皆かつての仲間達の子供という意味で基本的に同列である。

 本音を言えばその中に自分の子供のようなものであるパンドラズ・アクターを含めるのは気恥ずかしいのだが、お前は俺が作ったから一列後ろとは流石に言えない。

 

「よし。ここにいる者達が今回ドワーフの国に出向く面子だ。各員協力し、結果を示せ」

 

「ハッ!」

 再び声が重なるが、やはりどうも勢いが強すぎる。

 少し落ち着かせるか。とアインズは一つ咳払いをして全員に問いかけた。

 

「今回の作戦における目的だが、みな頭に入っているな?」

 肯定の返事が戻る。

 

「ではコキュートス。作戦の目的を言ってみよ」

 

「ハッ。先ズハ、ドワーフノ国ニ出向キ、魔導王ノ宝石箱トノ交易ヲ結ビ、武具ヲ仕入レマス」

 

「うむ。では次、ナーベラル」

 

「はっ。二つ目はアゼルリシア山脈に生息するフロスト・ドラゴンの討伐、そして素材の入手です。しかしこちらに関してはドラゴンの強さが不明のため、先ずはドラゴンの所在と強さの確認を行った後可能であればという前提です」

 

「うむ。最後にパンドラズ・アクター」

 

「はい! 最後はドラゴン討伐の依頼を完遂させ王都に冒険者モモンの名を知らしめることです。これは例えドラゴンが予想以上の強さであっても、損傷が激しかったので素材しか持ち帰れなかったこととしナザリックにストックされたドラゴンの素材、皮や爪や肉、髭等を持ち帰ることで信憑性を高めます」

 

「よし。因みに現時点で他に何か思いつく事はあるか?」

 残ったゼンベルに聞いてみようかと思ったが、蜥蜴人(リザードマン)の表情が読めないアインズですらわかるほど盛大に狼狽えていたので、ゼンベルではなく前列の三人に目を向けた。

 

「僭越ながら、私が一つ」

 声を上げたのはやはりと言うべきかパンドラズ・アクターである。

 他の二人はどことなく落ち込んでいるように見えるが仕方ない。

 アインズはパンドラズ・アクターに続きを話すように促す。

 

「はい。アインズ様からの命により事前にドワーフの国についての情報を集めている中に知ったことなのですが、先ずはこちらを」

 パンドラズ・アクターが指を鳴らすと空間に歪みが出来、そこから一つの武器を取り出した。

 模様の刻まれた剣である。そういえばここに来る前に宝物殿から一つの武器を持ち出して良いか聞かれていたことを思い出す。

 この世界に存在する程度の武器という条件の元許可したが、持ち出された剣は特になんと言うことのないユグドラシルではごくありふれた武器でしかなかった。

 それが何? と聞きたくなる気持ちを抑えてパンドラズ・アクターが続きを口にするのを待つ。

 

「この武器に刻まれております文字、これはいわゆるルーン文字というものです」

 

「ふむ」

 

「ここに刻まれたものはただの飾りに過ぎませんが、かつてドワーフの国からもたらされた武器の中に魔化技術とは異なる、ルーン文字による魔法武器の作成という技術が存在したとのこと」

 

「なんだと!」

 思わず声が出てしまった。

 直ぐに精神が鎮静化し強制的に落ち着いた頭で考える。

 この未知なる世界の所々にユグドラシルの痕跡があるのは知っている、プレイヤーの影や世界級(ワールド)アイテムなどだ。

 更にここに来て突然、もう一つ追加されることとなった。

 

 しかし。とアインズは思考する。

 パンドラズ・アクターの言うようにユグドラシルにおいてルーンというシステムは存在していなかった。

 ルーン文字は元々は鈴木悟がかつて生きていたリアルにあったとされた文字だが、ユグドラシルのシステムとしては機能しておらず、あくまで武具の飾りに用いられていただけだ。

 しかしこの世界ではそれが魔法技術として確立しているのだという。

 

「一応聞いておくが、それは単に魔化を施した武器にその文字を刻み込んでルーンという技術だと偽っていただけではないのか?」

 かつていたとされるプレイヤーが、誰も知らないだろうと考え、付加価値としてルーン文字を飾りに使用した可能性もある。

 

「いえ。それは無いかと、私が調べたところによりますと、ルーン文字の刻まれた武器に更に魔化を掛けようとすると弾かれ、無理をするとルーン文字の方が歪んでしまい力を失ってしまうそうです。つまりは魔化とは別技術の魔法的な力を持つ文字が存在しているのは明白」

 

「……その話はどこで聞いたのだ?」

 アインズがモモンとして活動している時にはそんな話は聞いた覚えが無く、武具としても見た覚えはない。

 情報収集をしておけとは言ったが帝国以外と交易のないドワーフの情報は大して集まらないだろうと勝手に考えていたのでその情報の出所が気になった。

 

「はっ! エ・ランテルの魔術師組合の組合長、テオ・ラケシルより世間話を装い聞き出しました。どうも百年ほど前から帝国に入ってこなくなったそうですが理由は不明です。そしてかつてそのドワーフの国から来た王が、ルーン工匠を名乗っていたという噂も存在する為、この世界特有の技術としてルーンが存在するのは確かかと」

 演説するかのごとくペラペラと語った後、パンドラズ・アクターはアインズに向かって恭しく礼を取った。

 

(連絡したのはたった数日前だというのに、俺の知らない情報をあっさり入手するとは)

 改めてパンドラズ・アクターの優秀さに舌を巻く。

 アインズもモモンとして行動しているとき、アインザックと共に現れるラケシルと会話をすることがあるが大抵が聞き役だ。

 と言うよりラケシルはアインズの持つマジックアイテムやその出所を知りたがるため、それをかわすので精一杯でこちらから情報を引き出すのは難しいのだ。

 教える代わりにこちらも情報を出す羽目になっては堪らない。

 しかしパンドラズ・アクターはそれをいとも容易く実行してみせた。

 どんな話術を使ったのか気になるが、今はそれを考えている場合ではない。

 

「この世界独自の技術というのは確かに危険だ、出来れば我々もそれを入手しておきたいところだな。よくやったパンドラズ・アクター、ではそれも目的に加えよう。ただしこれは未知なる技術だ、情報の入手を最優先とし無理に手に入れようとする必要はない」

 

「はっ! 我が神の仰せのままに」

 先ほどよりも大きな動きと声でパンドラズ・アクターが宣言する。

 

「……あ、うん。いや、うむ」

(不意打ちするな! 素になってしまった、本当にこいつはこれがなければなぁ)

 突如として襲う精神鎮静化の波に飲まれつつ、アインズはどこか得意げに見える埴輪顔に向かって心の中で盛大に息を吐いた。




と言う訳で次から本格的にドワーフの国編ですが、ルーン工匠周りに関しては書籍版と大体同じ展開なのでゴンドを仲間にする辺りまでは省いて次はその後から、と言う事になります

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