最後ということもあり、おそらく今までで最長になりました
それでは最終話、よろしくお願いします
愛しい主と二人きりでの仕事。
それだけで胸が躍るが、しかし今日はいつもとはまた別の意味を持つ。
ようやく例の戦争での後始末が終わり、ナザリックにも日常が戻ってきた。
もちろん、これからは魔導王の宝石箱の店舗数を増やして、全世界に主の威光を知らしめて行くことになるが、それらもある程度現地の者だけで回すことが可能となった。
これでやっとアルベドの計画を始めることができる。
(待っていて下さいアインズ様、いえ、モモンガ様。必ずや私が愛しい貴方様をあの愚か者どもの呪縛から解き放って差し上げます)
未だ主をアインズ・ウール・ゴウンなどという名に縛り付けている、あの四十人の裏切り者どもを見つけ出すための捜索隊、その設立を主に認めて貰う。
業腹ながら、主は反対はしないだろう。
むしろ最優先事項とするはずだ。
それほど主にとってあの者たちの存在は大きい。
正直納得はできないが、今はそれを利用して、奴らを捕らえることも討つこともできるだけの精鋭部隊を作る許可を頂く。
後はパンドラズ・アクターを副官として借りることができれば、アルベドの計画は殆ど達成したも同然だ。
パンドラズ・アクターがいれば宝物殿から、先の戦いで手に入れた傾城傾国──道具鑑定により、これが本来の名だと判明した──を持ち出すこともできる。
あのアイテムは利便性が高いため、特定の誰かに預けるのではなく、普段は宝物庫においておき、必要な際に主の許可を取って使用することが決定している。
しかし、アルベドが捜索隊で必要だと進言すれば、深謀遠慮の極みたる主に自分の企みが見抜かれる可能性の方が高いだろう。
だからこそ、パンドラズ・アクターを味方に引き入れることで主の目を盗んで宝物殿からアイテムを出し入れできるようにする必要があった。
(それがモモンガ様のためになると分かれば、彼も協力してくれるはず)
ナザリックの者たちは自分の創造主のためならば、他の者たちを敵に回すことも厭わない者たちばかり。
その意味では、本当に信用できるのはパンドラズ・アクターぐらいのものだ。
何はともあれ、先ずは主にこの捜索隊の結成を認めて貰わなくては。
そちらの方は問題ないだろうと、アルベドは主の自室前に立つと、門番に声を掛けた。
「アインズ様。如何でしょうか?」
全ての説明を終え、アルベドは主に同意を求める。
短期間ならばアルベドがナザリックを離れても問題ない体制作りが完了し、他の者たちでは暴走の危険性があることも説明した。
これで主の懸念材料は全て取り除いたはずだ。
本当はそれでもアルベドのことが心配だから駄目だ、と言ってくれればこれに勝る喜びなど無いのだが、今まで見てきた主のあれらに対する執着ぶりを見ていると、その可能性は低い。
そのことを残念に思いながら、主の返答を待つが、主は何も言わない。
即答するだろうと思っていただけに、不思議に思って再度問いかけようとする。
だが、それより早く、主は顔を持ち上げた。
眼窩に宿る赤い光が、感情の高ぶりを示すように僅かに揺らめくが、それも直ぐに消える。
「なぁアルベド」
子供に言い聞かせるような優しい声色で名を呼ばれる。
「お前にとってのタブラさん同様、他の皆も自分の創造主である彼らに会いたいと願っているのは、私もよく分かっている……私だってみんなに会いたい」
そんなことはない、貴方だけ居ればいい。と本音を晒したくなる気持ちを抑え、続きを待つ。
「彼らも私たち同様に、この世界に来ているかも知れないからな。捜索は必要だろう」
(やはり、か)
当然といえば当然の答えだが、アルベドは心の中で落胆する。
「だが。それは今でなくても良いのではないか?」
「え?」
「魔導王の宝石箱は、ようやく人間国家に浸透し始めたばかりだ。世界にはもっと強大な力を持った亜人国家や、始原の魔法なる明らかに私たちとは違う形態の魔法を操る、真なる竜王という強者の存在も確認されている。そんな危険な場所に、お前を派遣するのは憚られる」
「っ! で、では。召喚した傭兵モンスターを派遣するというのは如何でしょうか」
自分の身を案じてくれた喜びで羽ばたきそうになる翼を意志の力で押さえ込みつつ、思いついた代案を出す。
もしかしたらと言う思いがこみ上げる。
いや、そんなことはあり得ない。
主の奴らに対する執着。そして未だ誰一人主の寵愛を頂けていない現状で、そんなことがあるはずがない。
冷静な自分は頭の中でそう告げているが、それでも期待してしまう。
「アルベド。そんなことをしなくても、これから我々は世界中に貿易の手を広げる。実際に冒険者たちも未知を切り拓くため行動を開始している。焦らなくとも、情報は集まってくるだろう」
「ですが、それでは時間が掛かり過ぎますが……よろしいのですか?」
弱い冒険者たちでは、世界中に調査の手を広げるまでどれほど掛かるか分からない。
主はきっとそれを待ちきれない。
そう考えたからこそ、アルベドはこのタイミングで主に捜索隊の結成を持ちかけたのだ。
「……それは理解している。だが、お前やナザリックの皆が傷つくところは見たくない。あんなことはもうゴメンだ」
「アインズ、様?」
椅子から立ち上がり、主が両手を大きく広げる。
「私はアインズ・ウール・ゴウン! このナザリック地下大墳墓の絶対的支配者だ。だからこそ、先ずはお前たち全員と、このナザリック地下大墳墓を守ることを第一に考えなくてはならない。お前たちも自分から危険に向かうようなことはしなくていい。なぁに、彼らは強い。死ぬことなどあり得ない。この世界に来ていればいつか会えるさ」
最後の言葉は、明らかに強がりだ。
あの完璧を形にしたかのような主が、これほど分かりやすい、下手くそな演技を見せてしまうほどに動揺している。
しかし、だからこそ、主の言葉の重さが伝わった。
瞳から、涙がポロポロと流れ落ちる。
「ア、アルベド! ど、どうした? やはりタブラさんに会いたいのか? なら業務の合間を縫って私が──」
「いいえ! いいえ。違、違います。う、うぅ。ふえーん!」
顔を手で覆い、子供のように泣きじゃくる。
主の前でそんな姿を見せてしまった恥ずかしさより、歓喜が全身を包み込む。
主の言葉は、この世界にあの者たちが来ている確証など無いことに加え、現在の魔導王の宝石箱を取り巻く状況を含めた、様々な要因が重なった結果であり、自分だけではなく他の者たちやナザリック地下大墳墓というあれらとの思い出の場所そのものを守りたいが故のものだと分かっている。
だが、それでも。
主があれらより自分たちのことを優先してくれた。
それが何より嬉しかった。
「アルベド。泣き止んでくれ。本当に、あーえっとどうすればいいんだ。こんな時は……」
一刻も早く泣き止んで、この喜びを伝えたいのに。
自分の意志で体が動かない。
そんなアルベドの体を主は優しく抱きしめ、ポンポンと背中を軽く叩いた。
自分を落ち着かせようとしてくれているのだと分かったが、アルベドは更に大きな喜びに支配され、余計に涙が止まらなくなってしまった。
・
「というわけで! 女子会を始めるわよ!」
アルベドの必要以上に大きな声を聞いて、シャルティアは思わず顔をしかめた。
いつも余裕ぶった態度を崩さないアルベドらしくない、彼女がこういう態度を採るときは大抵が主がらみで良いことがあった時のため、シャルティアとしても触れたくない。
どうせ、あの優しい主がお情けで告げた言葉を真に受けているのだろう。
「女子会はいいんでありんすが、アウラは呼びんせんの?」
以前の女子会のメンバーは女性守護者というくくりであったため、アルベドとシャルティア、そしてアウラの三人で行われた。
しかし今回はそのアウラはおらず、代わりに居るのはユリとソリュシャンだ。
「ええ。今回の話は彼女には少し早いから……」
そう言いながら、アルベドはチラリとユリに目を向ける。
「本来はナーベラルを呼んでいたとのことですが、彼女は本日もアインズ様の護衛として冒険に出ているので、私が代わりに参りました。よろしかったでしょうか?」
そんなアルベドの視線に気づいてユリが問いかける。
なるほど。元はナーベラルがくる予定だったのならば、何となくこの集まりの意図が理解できる。
代役がユリというのは自分にとっては実に都合が良い。
「もちろんよ。ナーベラルには最近アインズ様、いいえ冒険者モモン様に近づく不快な人間どもが増えているから、監視を強化するように言ってあるのよ」
「ええ。それにユリ姉さんなら十分条件を満たしておりますから」
アルベドに続いてソリュシャンが言う。
条件、と訝しげに口にするユリには応えずに、アルベドは手を叩いた。
「ソリュシャン、例の物を」
「はい」
ぬるりと自分の胸の中に手を入れたソリュシャンが小瓶を取り出す。
ポーションのようだが、中に入っている色には見覚えがない。
「これは、何でありんすぇ? わたしポーションは飲みんせんよ?」
アンデッドであるシャルティアにとって大抵のポーションは毒だ。
大したダメージを受けるわけではないが、少なくともお茶会で飲むような物ではない。
「これはルプスレギナが管理しているカルネ村の薬師が新たに開発したもので、滋養回復系のポーション。いわゆる精力剤です」
「せ、精力剤! これが」
ごくりと唾を飲みこむ。
ナザリックにはこの手のアイテムが存在しない。
かつて自らの創造主がユグドラシルは十八禁に厳しいからその手のアイテムが無い。と悔しそうに言っていたのを覚えている。
だからこそ、目の前に置かれたそれに、シャルティアは強い興味を示した。
「そ、それで、これをどうするつもり?」
緊張から声が震え、そうあれと定められた言葉遣いも使えなくなる。
「……これを使って、私たちでアインズ様を籠絡するのよ!」
「アインズ様を!? どういうことでありんすかぇアルベド。いったい何を企んでいんす!?」
アルベドの言葉で、思わず身を乗り出す。
正妃の座を争うライバルであるはずのアルベドが、自分はおろかソリュシャンやユリ──本来はナーベラルの予定だったようだが──と協力して主を籠絡しようなどと言うはずがない。
何か裏があるに違いない。
しかし、アルベドは小さく首を横に振った。
「企みなんてないわ。もちろん私だって本来は自分一人でアインズ様のご寵愛を賜りたいのは事実。でもね、今が最大のチャンスなのよ! これまで私やシャルティアがいくらモーションを掛けてもつれない態度をとり続けていたアインズ様がお見せになった初めての隙。なんとしてもこのチャンスを物にしなくてはならないの! ああ、何で私はあの時押し倒さなかったのかしら。もう少し、もう少しだったのに」
力強い言葉には、並々ならぬ決意が込められている。
その後、小声で何か言っていたが、そちらは声が小さすぎてシャルティアでも聞き取れなかった。
だが、確かに主は自分たちを子供扱いしている節がある。
何かのきっかけでそれが崩れたというのなら、この機は逃せない。
「やっぱり。それでソリュシャンやナーベラルを呼んだんでありんすね。二人は側室希望でありんしたね」
「ソリュシャン。貴女そんな大それたことを──」
「ユリ姉さん。恐れ多くも私たちは皆、至高の御方々によって創造された存在。であればアインズ様のご寵愛を授かる条件は満たしているかと」
珍しく、ソリュシャンが姉であるユリの言葉を遮って告げる。先ほど言っていたのはそういうことか。しかしこれはシャルティアにとって別の意味でもチャンスだ。
「そうでありんすよ。ユリ、守護者と戦闘メイドという地位の差はあれど、立場に差はありんせん。それは貴女も同じ。ほらほら。そんな堅苦しい話し方しんせんで、もっと気軽に接してくんなまし」
アウラやペストーニャと話す時はもっと砕けた口調らしいが、この面子ではそうもいかないらしく、普段と変わらない様子のユリに熱い視線を送った。
「い、いえ。私は──」
恥じらっている様は、仕事中の彼女では見ることのできないものであり、思わずシャルティアは唇を舐める。
「もちろん、これを使って無理矢理などということではなく、少し、ほんの少しだけアインズ様に素直になっていただくための、いわばムード造りの一環ということよ」
「ええ。ええ。もちろん分かっていんすよ。わらわも自分の部下たちと触れ合いを持つときはそうした雰囲気作りから入ることもありんすからね。ただ、アインズ様はアンデッド。であれば基本的に状態異常が無効なのではありんせんかえ?」
根本的な疑問に気づき問いかける。
「その通りよ。けれどこのポーションはこの世界特有の技術で作られたもの。であればそうしたアンデッド特有の状態異常を突破する可能性もあるはず。試す価値はあるわ」
アルベドのセリフにシャルティアは思わず椅子から立ち上がった。
「だったら! まずは同じアンデッドであるわたしが試しんしょう……いやいや、吸血鬼はアンデッドの中でも飲食も可能な特殊な立ち位置。で、あれば。他のアンデッドでも試す必要がありんすねぇ?」
チラリと視線をユリに向ける、上から下までじっくりと観察するシャルティアの視線はある一点で停止した。
「ボ、ボクはデュラハンですから。そもそも飲むこともできませんよ!」
ユリはシャルティアの視線から逃れ、メロン、いやスイカもかくやという巨大な胸を隠すように身を捩った。
「大丈夫よユリ。これは基本的にはポーション。飲まなくても体に付けるだけで摂取は可能よ。だからこそ、先に実験は必要かもしれないわね。通常のポーションと異なって正のエネルギーによる回復とは原理が異なるからダメージを受けることはないと思うけれど、万が一にもアインズ様に傷をつけることなんて許されるはずがないわ」
「あら。でしたらなおさら、わたしとユリが実験をしなくてはなりんせんねぇ」
自分たちが自らの意志で主にダメージを負わせるなどということがあれば、それこそ死を以って償わなくてはならない程の大罪だ。
「そ、その飢えた獣のような眼は止めてください。というか、アンデッドならまずはエルダーリッチなどのスケルトン系で試すべきでは?!」
ユリの反論に一瞬確かに。と納得しかけてしまったが、そんなシャルティアに助け舟を出したのはアルベドだった。
「勿論そちらでも実験はするけれど、感情の高ぶりを調べるという意味ではやっぱりある程度知能がないと、ねえ?」
「珍しく気が合いんすね。アルベド」
互いに無言で頷き合う。
アルベドとは正妃の座を争うライバルだが、以前のバーでの一件以後、協力し合うべき時は理解している。これも自分なりの成長というやつだ。
「そ、ソリュシャン。貴女も何とか……」
「ご安心ください。ユリ姉さん」
一人話の枠から外れていたソリュシャンに助けを求めるユリに、ソリュシャンはにっこりと笑みを浮かべる。
その笑顔にユリはわずかに安堵したような様子を見せたが、彼女とは非常に近しい趣味を持つシャルティアには、その笑顔の意味がすぐに分かった。
「万が一翌日に差し障るようなことがあれば、ユリ姉さんのフォローは私が致しますので」
「ソリュシャン、貴女。くっ、ハンゾウ!」
ソリュシャンが味方ではないと悟った、ユリがその名を口にした瞬間、彼女の影から見覚えのあるモンスターが姿を現した。
「まさか、ここまで連れてくるなんて!」
いつか帝都支店でユリの身を案じた主が、彼女に下賜した傭兵モンスターだ。
しかし店だけではなく、ナザリック内、それも守護者の私室にまで連れ込むとは。以前のユリならば考えられない行動だ。自分同様、彼女のこれも成長と呼ぶべきだろうか。
「シャルティア様の部屋に来るなら当然の警戒です!」
「んな! こうなったら実力行使で」
愛しき主の寵愛と、ユリを含めて三人で愛を確認し合う。
その夢を叶えるため、シャルティアは逃げるユリを追いかけるべく、行動を開始した。
・
「うわー、これが
自分の後ろを着いてくるアウラの声が、静かな図書館の中に響き渡る。
「お、お姉ちゃん。図書館では静かにしなきゃ、だ、だめだよ」
「どうして? 誰も居なそうだよ。広くて全部はわからないけど」
感覚の鋭いアウラが周囲を見渡して言う。
要するに、声が届く範囲には他の利用者はいないから、気にする必要がないと言いたいのだろう。
確かにそれも事実で、この
日常的に利用するのはマーレや一般メイドの何名か、そして主くらいなものだ。
「そ、それでもだよ。図書館はそういう場所なんだって」
「ふーん。面倒だなぁ。まあいいや、それでどこ行くの? 今日は本借りに来たわけじゃなくて仕事なんでしょ?」
「う、うん。お店に出す新しい商品のことで、司書長さんに相談があって」
口に出してからしまった。と思ったがもう遅い、アウラはジロリとマーレを睨みつける。
「へー。ああ、そう。良いねマーレは、お店の仕事が忙しくて」
表裏のないアウラにしては珍しい皮肉だが、それも仕方ない。
帝国支店を任せられているマーレと異なり、アウラは魔導王の宝石箱に関係する仕事は何も行っていないのだから。
正確に言えば、トブの大森林やアベリオン丘陵の管理が主な仕事であるため、それらも店に関わりがあるとも言えるが、そちらも最近では現地の者たちや、主の新たに生み出したエルダーリッチを始めとするアンデッドが管理を始めているため、ますます仕事らしい仕事がなくなってしまったのだ。
そのことに、マーレはいつかも感じた、罪悪感と僅かな優越感を覚えるが、だからこそ反論はせず、代わりにアウラから目を逸らす。
そうして動かした視線の先に、見知ったエルダーリッチの司書Jを見つけた。
「おや。聞きなれない声がしたから誰かと思いましたが、アウラ様でしたか。それにマーレ様もようこそいらっしゃいました」
「ど、どうも。司書長さんに会いに来ました」
即座に用件を話す。これ以上姉と二人でいるのは危険だと判断したのだ。
「ええ。聞いております。どうぞこちらに」
事前に連絡していたおかげか、あっさりと了承する。
いつもであれば、仕事の邪魔をするわけにはいかないと遠慮していたところだが、今はありがたい。
言葉に甘えて着いていこう。
「話の続きは後でね」
ぽそりと小さく呟き、司書の後をついて歩きだしたアウラに、マーレは思わず身を震わせた。
司書長、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスの待つ制作室に通される。
以前来たときは
それがあったため、マーレも気兼ねなく仕事を頼むことができたのだが。
「ようこそ守護者マーレ。それに……守護者アウラも一緒だったか。珍しいな」
振り返ったティトゥスの視線がアウラに向けられる。
「マーレがなんかこそこそ連絡とり合ってるから、姉として何をしているか確かめときたくてね」
「なんだ、話をしていなかったのか。まあ、わざわざ話すことでもないか。頼まれた物はできている。これだ」
差し出された本を手に取る。
「あ、ありがとうございます。それでどうでしょう。ナザリックで生産は可能ですか?」
「そちらは問題ない。言語に関しては私の部下たちに周辺諸国の物を覚えさせた。いつでも生産が可能だ」
「あ、ありがとうございます」
「何、気にするな。以前も言ったが埃を払うような仕事をさせておくよりは、そちらの方が意義がある。どのみちこれからはさまざまな言語で招待状などの作成をすることもある。言語学習は必要だった」
「……ねぇねぇ。いい加減教えなさいよマーレ。あんた何をする気なの?」
「ほ、本だよ。お店で新しく本を売り出そうと思って。それをナザリックで生産できるか確かめて貰ってたんだ」
「本? ああそう言えば、最初にアイデア出した時、そんな話してたね。あれ? まだ売ってなかったの?」
「う、うん。本ってこの世界では結構高級品だし、国ごとに言語が違うからそれも覚えないといけなくて。それに帝国は識字率高いけど、王国とかは低いから。後は……」
「あー、もういいよ。要するに準備に時間が掛かってたけど、それがようやく終わったってことでしょ?」
「それだけではない。そもそも本を売るとして。どんな本を売るのか、という問題があった。この
それがあったからこそ、元々はこの世界にある本を量産して売り出す計画を立てていたのだが、先にゴーレムや武具の生産体制が整ったことで後回しになっていたのだ。
「でもそれは今も変わらないでしょ? 法国は潰したけど、まだ他にもプレイヤーは居るかもしれないから、警戒は続けるって聞いてるよ?」
「だ、だから。ここにある本が使えないなら、別の……新しく作った物語を本にすればいいんじゃないかなって」
「本って……アンタが書くの?」
「ま、まさか! 僕じゃ無理だよ。え、えっと、なんていえばいいのかな」
先ほどのようにうまく説明してくれないだろうか。という意思を込めてちらりとティトゥスを見る。
僅かに肩を竦めるような動作を見せてからティトゥスは再度口を開いた。
「
これはマーレが考えたアイデアを主に提案し、さらに主が
決して失敗はできない。
「マーレ。アンタも色々考えてるのね」
「んっと。僕もアインズ様のお役に立ちたいから、頑張ったんだ」
他の者たちが出したアイデアは次々商品化して行く中、自分の出したものだけが遅々として進まない状況はマーレにとっては辛いものだった。
だからこそ、この図書館で調べながらアイデアを練り、本来は色々と世話を焼こうとするため、あまり関わりたくない帝都支店にいる
そうした努力の賜物だったこともあって、マーレはついつい、アウラに対して自慢するような言い方をしてしまった。
また怒られる。と思ったが、アウラはマーレのことを正面からまじまじと見つめていたかと思えば、うん。と言うように大きく頷いた。
「わかった。あたしも協力してあげる」
「え。きょ、協力って?」
「本って一冊だけじゃ駄目でしょ。他の冒険者なんてロクな奴いないし。ここはあたしが冒険者になって冒険譚を創ってきてあげる! それを本にすればいいじゃない」
「ほう。それはいい、守護者アウラであれば、冒険者本来の職務である調査の仕事もお手の物だろう。それに合わせて冒険譚も持ち帰ってくれれば言うことはない」
ティトゥスの言葉にアウラは、そうでしょう。と言わんばかりに胸を張った。
確かにアウラの能力を加味すれば、ぴったりな仕事であり、
「お、お姉ちゃん。ありがとう」
先ほどあれほど怒っていたにもかかわらず、こうしてマーレに手を貸してくれる。
怖いところはあっても、やはりアウラは頼りになる姉だ。
「任せなさい。あたしが漆黒三番目の……ハムスケがいるから四番目? とにかくアインズ様がモモン様として活動する時も付きっ切りで護衛してくるから、あんたは安心して店で待っていなさい」
「……ん?」
「いやー、楽しみだなぁ。アインズ様と一緒に冒険かぁ、装備も考えないとね、ぶくぶく茶釜様から頂いたこの装備を外すのは嫌だけど、流石に目立ちすぎるもんねぇ」
ニコニコと嬉しそうに考え始めるアウラの様子に、やっとマーレはアウラの意図に気が付いた。
「アインズ様と一緒なんて。ズ、ズルいよ」
ナザリックでは主から直々に指名されたナーベラルだけに許された、冒険者モモンに扮する主への同伴。
アウラはそれをマーレのためという名目を以って主に進言しようとしているのだ。
「人聞きの悪いこと言わないでよ。あたしは大事な弟の店を繁盛させるために力を貸してあげるだけなんだから。さ。早速アインズ様にご提案に行かなきゃ」
振り返ったアウラの顔は先ほどの仕返しとばかりに、意地悪くゆがんでいた。
いつだって姉はこうなのだ。何だかんだと言って良いところを持っていく。
「うぅ。僕も行きたい」
「あんたは大事なお店があるでしょうが」
「で、でも」
徐々に激しくなる双子の言い合いに、それまで黙って話を聞いていたティトゥスが、深いため息を吐いてから、きっぱりと告げた。
「二人とも。図書館ではお静かに」
・
「では、乾杯といこうか」
「アア」
「はい」
バーに並んだ三人が、同時にグラスを持ち上げる。
「我らの至高の主、アインズ様に」
「アインズ様ニ」
「アインズ様に」
乾杯。と声を揃え三人は同時に酒を口に運ぶ。
「しかしセバス。君が私の誘いに乗ってくれるとは思わなかったよ」
「私もです。貴方に誘われるとは思いませんでした」
グラスを磨き、黒子に徹していたバーのマスターである副料理長は確かに。と心の中で同意した。
デミウルゴスとコキュートスが共に飲みに来るのはいつものことだが、今回はセバスも一緒である。
二人の仲の悪さは有名だ。
少なくともプライベートな時間を共にするところは、見たことがない。
こうして並んで座っているだけで違和感が大きく、コキュートスの方が居心地が悪そうに見える。
「まあ、いい加減我々も歩み寄りが必要だと思ってね」
「歩み寄り。ですか?」
「そう。セバス、この際だからハッキリと言おう。私は君が嫌いだ」
きっぱりと告げられる言葉に、しかしセバスは動じずに返答する。
「それは私も同じです」
「そうだろうね。しかし私たちがこのままというのは良くない。勿論、この感情を仕事に持ち込むつもりはないが、現地で使っている人間たちにまで、我々の不仲が浸透していると聞いているからね。放置していてはよからぬことを考える奴らが出てくるかもしれないだろう?」
ナザリックのために尽くすことこそが全てである彼らが、たとえどれほど嫌い合っていようと、主の不利益になることをするはずなどないが、現地の人間たち──カルネ村の住人たちや八本指の幹部らなどは例外として──にはそれがわかるはずもない。
彼らの下にいるそれぞれの者たちが、変に気を利かせたつもりになって余計な行動を取り、結果的に主の不利益に繋がる可能性がある。
デミウルゴスはそう考えているのだろう。
「確カニ、ソレハ問題ダナ」
「私も異論はありません」
「では改めて、セバス。私はここで宣言しましょう。貴方に対して抱いている嫌悪の感情。これを全て捨てると」
「捨てる?」
「ええ。封印するのではなく、ハッキリとこの感情を捨て去ることを約束する。と言っているのです」
「……良イノカ? デミウルゴス、以前言ッテイタダロウ。ソノ感情ハ本能的ナモノ。ウルベルト様ノ感情ガ宿ッタモノカモ知レナイト」
コキュートスの言葉に、セバスも小さく頷く。
自分も同じだと言いたいのだ。
自らの創造主の気持ちが宿った感情、それを主のために封印するまではまだ理解できる。
しかし捨てるということはつまり、創造主から頂いたものを自分から捨て去るも同じだ。
「そもそもシャルティア辺りなど、初めから守れているかも怪しいところですしね」
(言ワレテミレバ)
(確かに)
ここで酔っ払っていた守護者の姿を思い出す。
あの無様な姿が、そうあれ。として創られたものだとは思えない。
だが、デミウルゴスの言い方は本気でそう思っているわけではなく、話を逸らしているように聞こえた。
そうした視線に気づいたのだろう、デミウルゴスは眼鏡を持ち上げる。
「全てはアインズ様のため」
「アインズ様の?」
「皆にも以前話したが、アインズ様は魔導王の宝石箱を足掛かりに経済によって世界を征服し、その後万年続く、いや永遠に続く支配構造の確立を考えていらっしゃいます。そのために、アインズ様は至高の御方でありながら、更なる高みを目指している。ならば我々もそれに追従しなくてはならない。そのためにウルベルト様より与えられたこの感情が枷となるのなら、それを外してでもアインズ様を追いかける。それが、この地にただ一人残られたアインズ様に対する我々の捧げられる忠義。そうではありませんか?」
デミウルゴスらしからぬ熱の籠もった言葉は、しかし演技には見えない。
それに押されるようにセバスは僅かに身じろいだが、その後自分を落ち着かせるように酒を一口飲んだ。
「……私は、たっち・みー様より頂いたこの感情を捨て去っていいものか。甚だ疑問です……ですが、成長せよというアインズ様のお言葉には全霊を以て応える所存です」
「なるほど。捨てるのではなく、この本能的な感情を成長という形で昇華させようということか」
「そうです」
確かに。それならば主の意向にも創造主の意向にも反していないと言える。
「ではまずは互いに思っている本音を打ち明けようか。君の大好きな人間はそうやって仲を深めるのだろう?」
そう言い出して、すっかり二人だけで会話を始めたデミウルゴスとセバスを尻目に、コキュートスは空になったグラスをこちらに近づけた。
「モウ一杯、貰オウ」
「かしこまりました。お次は何になさいますか?」
「……デハ、ナザリックヲ。完成シタト聞イタ」
少し考えてからコキュートスが言う。
十種類のリキュールを使用したカクテル、ナザリック。
味の面でなかなか満足の行くものが出来なかったが、店に出す商品を考案する仕事の中で得た経験を元に試行錯誤を繰り返して、ようやく満足のいく出来となり、先日から完成品として客に勧めるようになっていた。
しかし、今の二人の会話を聞いて考えが変わった。
「はい。ですが、まだ完成はしておりません。あくまでもお客様に提供できるレベルになったということです。私もまだ成長途中ですので」
「ナルホド。未完ノ一振リ、ナラヌ未完ノ一杯カ。フフ、ソレヲ貰オウ」
小さく笑い、コキュートスは頷いた。
「少々お待ちください」
頭を下げ、チラとデミウルゴスとセバスにも次の一杯を。と確認するが、二人のグラスには未だ酒が満ちており、飲むことも忘れて言い合っている。
それは十種類のリキュールを使って作るため作成に時間のかかる、ナザリックを完成させてもまだ続いていた。
「……どうぞ。それにしても止まりませんね」
「色々ト、溜マッテイタノダロウ。シカシ私ガ手持無沙汰ダ。ピッキー、付キ合ッテクレ」
客が望むのならばそれに応えるのがバーのマスターというものだ。
「ええ、もちろん。では私たちは何に乾杯いたしますか?」
「ソウダナ」
グラスを持ち上げて、コキュートスは少し考える。
「やはり、あれは貴方の差し金でしたか」
「心外だね。一向に進展の様子のない君たちのことを私も心配しているのだよ」
「そのような気遣いは無用です。そうしたところが以前から気に入らないと」
「それはこちらも同じ事だよ。君は思慮深そうに見えて、その実、感情を優先しすぎるきらいがある。それこそシャルティアと大差ないほどにね」
「なっ! 今なんと仰いましたか!?」
どちらも普段の彼ららしくない感情的な言い合いを見ていると、心配よりむしろ微笑ましさを覚える。
これも成長の一つということなのだろうか。
そんなことを考えていると、コキュートスも同じようなことを考えたらしく、一つ頷いた。
「……フフ。決マリダナ」
「ええ。では」
言いたいことを理解し、コキュートスに合わせて自分もグラスを掲げる。
「我ラノ成長ニ」
「成長に」
「乾杯」
二人の声が重なり、グラスが近づき合った。
・
ナザリック地下大墳墓、玉座の間。
アインズが主だった者たちを集めて開催するこの会議も、ここ最近は情報共有をしなくてはならないことが増えたことで、ひと月に一度決まった日に開催することになった。要するに月例報告会だ。
各店舗の売り上げや、登録された冒険者たちの働き。武具や魔法、マジックアイテムなどの開発状況などの報告の後、新しく決定した商品の説明や、その為に必要な準備などの確認も行われる。
今回であれば、マーレが考案したモモンや漆黒の活動を冒険譚として纏めた本の販売と、その種類を増やすために、アウラも通常業務以外の時間、漆黒の一員となって冒険に出る報告があった。
これは以前アインズに直接提案を受けたものであり、今後はエイヴィーシャー大森林の調査も計画に入っていたので、
他にもいつも水面下でいがみ合いを続けているセバスとデミウルゴスも、各支店で雇っている従業員から聞き出した雇用に関する改善要望案や、捕らえた漆黒聖典を始めとする人間を使った実験結果の報告など、互いが嫌がりそうな報告を聞いても反応を示さず、妙に大人しい。
これも皆の成長の証ということだろうか。
アインズが成長する前にNPCたちが変わり続けているのは、正直少し焦るのだが、基本的な性能が違うのだから仕方ない。自分は自分のできることをするだけだ。と自らを納得させる。
「今月の報告は以上です。店の売り上げも、冒険者を始めとした現地の者たちの取り込みも順調に進んでおります」
アルベドの結びの言葉に、アインズは満足げに頷いた。
未だ理想の支配者とはいかないが、今までのように、彼らならば大丈夫だろうと適当に頷いていた頃とは違う。毎夜しっかりと報告書を読み込み、自分なりに理解していたため、余計に彼らの働きに心から満足することができた。
「素晴らしい。お前たちの忠義とその働きに感謝しよう」
「何を仰います。我々の働きなど、今はまだ微々たるものでございます」
デミウルゴスの言葉に全員が一斉に同意する。
「アインズ様の立てられた計画通りに全ては動いております。この分では計画の進行を早めることも可能ですが、いかがなさいますか?」
次いで述べられたアルベドの提案に、アインズは少し考えるような間を開けてから、ゆっくりとしかし心の中では全力で首を横に振る。
「……いや。我々はともかく、人間たちはまだ状況に慣れていない。まずはしっかりと足場を固めよ。どんな建物であれ、基礎が最も重要となる」
「承知いたしました。従業員や登録冒険者の教育により一層の力を注ぎます」
「うむ」
威厳を込めて頷く。
アルベドの言うように、計画はすべて順調に進んでいる。
ここ最近では、守護者たちもただアインスの命令に従うだけではなく、自分で考えて提案をしてくるようになった。
それによって思いがけない窮地に立たされることもしばしばあるが、これはアインズ自身が望んだこと。
(本当に、良い傾向だ。このまま行けば──)
かつての仲間たちと一緒になって冒険した日々が思い浮かびかけて……薄れていく。
代わりに浮かぶのは、ここ最近の守護者やプレアデス、他のNPCたちとの思い出だ。
いつもベッドに振りかけられている香水を選んでいたらしいアルベドやシャルティアが、何故か深夜に感想を聞きに来たこと。
珍しく疲れが見えたユリに休むように命じ、それを知ったプレアデスたちが心配して駆け付けたが、その中でルプスレギナだけは彼女にしては珍しく気まずそうに目を逸らしていたこと。
久しぶりのお風呂タイムで、三吉君を呼び出した際、何故かソリュシャンまで一緒に現れたこと。
シズとエントマが仲良くなったネイアと遊んだ話を聞かせてくれたこと。
アウラが冒険者の準備をナーベラルに相談し、二人で楽しそうに話していたこと。その隙を突く形でマーレがアウラに内緒でアインズに甘えに来たこと。
以前お勧めの本を選んでくれと頼んだインクリメントが本を持ってきたが、それを知った他の一般メイドたちが自分たちの得意分野でも同じようにお勧めしたいと言ってきたこと。
コキュートスが特訓と称して、ガチバトルを挑んできたこと。
セバスがここ最近ツアレや他の元娼婦の女たちからのアピールが激しくて苦労していると相談してきて、感情は抑圧され性欲は消えても、妬ましさは消えずに思わず心の中でハーレム爺と罵ってしまったこと。
そのセバスの後押しをしようとデミウルゴスが作戦を練ってきたことで、今度は妬ましさよりあのセバスの慌てた様子を見る方が楽しいと思えてその作戦に乗ったこと。
パンドラズ・アクターと共に宝物殿に籠り、法国から持ち出したユグドラシルのアイテムや、逆にユグドラシルでは再現不可能な叡者の額冠などのアイテムを興奮しながら一つずつ鑑定し合ったこと。
ここ最近だけでもそうした思い出が増え続けている。
(あれは……ニニャが言っていたんだったか)
いつかギルドメンバーにも匹敵する仲間ができると言われたことがあった。
その時はまだこの世界にやってきて間もなかったことから過去を強く引きずっていたが故に思わず激昂してしまい、そんな日は来ないと言い放ったものだが──
「アインズ様? いかがなさいました?」
不思議そうにこちらを見ているアルベドの言葉に、アインズは思考を中断させ、ゆっくりと首を振った。
「いや。何でもない。さて、来月の予定だが──」
頭を切り替え、そう言ったところで、本日のアインズ当番のメイドから声が掛った。
「アインズ様。領域守護者、パンドラズ・アクター様がお目通りを願っていると連絡が入りました」
「パンドラズ・アクターが? あいつには今日、本店での影武者を頼んでいたはずだが……まぁいい、入れろ」
「はっ」
メイドが下がり、やや時間を置いて、パンドラズ・アクターが入ってくる。
守護者たちの視線を受けても、一切気負うことなく堂々と進む様は、動きがオーバーなことを除けばアインズの望む絶対的支配者に近しいものだ。
その動きを見逃さないように観察しつつ、自分の前で片膝を突いたパンドラズ・アクターの言葉に耳を傾ける。
「アインズ様。会議中失礼いたします。急を要する仕事の依頼が舞い込んで参りましたゆえ、ご指示を伺いたく存じます」
「どのような依頼だ?」
魔導王の宝石箱は通常の商売以外に、対価と引き換えに顧客の夢を叶える。という商売も開始した。
ジルクニフから依頼を受けた薄毛の回復や、オスクから頼まれたオーダーメイド装備の制作などの小さなものであれば、現場で判断も出来るが、大きな依頼を受けるかどうかは、店の主であるアインズが判断することになっているため、影武者であるパンドラズ・アクターでは決められず、こうしてアインズに直接聞きに来たのだろう。
「はっ。相手は竜王国よりの使者。王女ドラウディロン・オーリウクルスより直接の依頼とのことです」
「竜王国。そこは確か──」
「そうです。現在ビーストマンの大規模侵略に晒されているため、滅亡の危機にある国です」
「以前は法国の支援でどうにか侵攻を留めていたようですが、法国が消えたことで我々を頼ってきたというところでしょう。こうなることも予想していましたが、思っていたより早かったですね」
話を聞いていたデミウルゴスが補足する。
「そうか。法国のな」
以前は名を聞いただけで苛立っていた時期もあったが、それもこの間しっかりと決着を付けて以降はもはや法国には何の思いも無い。
むしろ奴らがいたからこそ、アインズの覚悟も決まったと言える。だからと言って決して感謝などしないが。
だが同時に一つ思いつく。
「如何いたしますか。アインズ様」
「仕事の依頼である以上、もちろん請け負う。先にビーストマンから依頼があれば分からなかったがな」
軽口を叩いてから、アインズは尊大な態度で続けた。
「人間がまだ生存しているこの僅かな間だけ。私たち魔導王の宝石箱が人類の守護者とやらになってやろうではないか」
法国が作り出したものを根こそぎ奪う。その立場すらも。
これもなかなか面白そうだ。
それに──
「滅亡の危機に瀕しているというのなら、良い商売ができるだろう」
何もしなければ滅亡するしかないとなれば、こちらの優位に商談が進められるし、何より今回は帝国や聖王国の時のような難儀な大芝居を打つ必要もないとあって心労に悩まされずに済むことは大いに助かる。
それも国単位での商売となれば儲けは大きく影響力も強い。経済による世界支配がまた一歩前進することになる。
「では──」
「次の商談相手は竜王国だ。準備を開始せよ!」
「はっ! アインズ様のご命令のままに」
ぴたりと揃った皆の声を聴きながら、アインズは玉座から立ち上がろうと、手に持った杖に目を落とした。
ギルドの象徴であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの宝玉が、天井からの光を受けてキラキラと輝いている。
この杖は本物ではない。形だけを模したレプリカにすぎないがその輝きは本物と変わらない。理想の支配者としてのロールを行っている今の自分にはピッタリの装備だ。
その光を見つめながら、アインズは先ほど中断した疑問の答えにたどり着く。
ギルドメンバーに匹敵する仲間などできるはずがないと思っていたが、自分で考えて行動する現在の彼らはもはや既に単なるNPCではない。
一個の生命体としても、アインズが理想の支配者という偽りの光を纏い続ける決意を固めた程に、大切な存在なのだ。
そんな彼らと共に、ギルドメンバーたちと冗談交じりに夢見た、世界征服を実現させることができれば。
たとえかつての仲間たちが見つからなかったとしても、その時こそアインズは偽りの衣を脱ぎ捨て、彼らを本当の仲間として、そう。新生アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーとして見ることができるのではないだろうか。
そのためにも、世界を手に入れ……いや今の自分たちは経済によって世界征服を成し遂げようとしているのだから、この言い方は相応しくない。
ならば──
「さあ。皆でこの
天高く杖を掲げ、降り注ぐ偽りの輝きを纏いながら、アインズは静かに呟いた。
これで完結です
これまで読んで下さり、ありがとうございました