オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前回の続き
三国の精鋭とアインズ様の最後のお仕事


第108話 終わりの始まり

「本当に完璧な包囲が完成しちまった。俺たちのやることなくなったな」

 帝国軍の本陣から、四方を囲まれた法国軍を眺めつつバジウッドが言う。

 

「バジウッド殿。むしろここからでしょう。完全な包囲陣を形成された側は、包囲を突破するため死に物狂いで前進します。それを抑えるのは容易ではありませんよ」

 

「……でしたら私たちも早く参りましょう。こんな後方に居たのでは何も出来ませんわ」

 明らかに苛立っているレイナースにチラリと目を向け、バジウッドがため息を吐く。

 

「重爆。手柄が欲しいからって焦るなよ?」

 

「そんなつもりはありませんわ。王国のせいでデス・ナイト・ライダーを使った戦術の練度が足りないのですから、先ずは私たちが手本を見せて差し上げませんと」

 本音は、ジルクニフが呪いの解除をアインズに頼む代わりに提示した条件を果たすため、手柄を挙げたいだけだろうが、言っていることには一理ある。

 ジルクニフと話し合った、デス・ナイト・ライダー──デス・ナイトと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の組み合わせを帝国ではこう呼ぶことが決まった──を利用した戦術は、随伴する兵士にアンデッドに対する恐怖心があっては効果が薄いため、事前に訓練をする手筈になっていた。

 しかし、王国貴族のせいで、準備が整う前に戦争が始まった。

 だからこそ、自分たちが手本を見せるというのは悪い手では無い。

 そのために今回、戦争の指揮を執っている将軍に話を通して、自分たちが前線に出るのもいいかも知れない。

 未だ将軍でさえも、アンデッドを部隊に組み込むことに懐疑的なのだから。

 

「その必要はない」

 背後から聞こえた声に、全員が一斉に反応し、間を置かず礼を取る。

 

「陛下。お戻りでしたか」

 

「ああ。マジックアイテムというのはつくづく便利だな。鏡一つで移動時間が不要になる。是非帝国にも一つ欲しいところだが、流石に売ってはくれないだろうな」

 亜人軍の指揮を任せる将軍を連れて、再びアインズの用意した天幕に行っていたジルクニフが、皇帝用の天幕から顔を出す。

 

「伝説の転移魔法を何度も使えるアイテムにするとは、本当にゴウン殿の持つアイテムは格が違いますな」

 

 見え見えのおべっかを使うバジウッドに、ジルクニフは小さく鼻を鳴らした。

「なんだバジウッド。お前もアインズに頼み事でもしたいのか? 妻たちがお前を尻に敷くのを止めさせたいとかなら、アインズでも難しいかもしれんぞ」

 

「いやいや。そっちは俺の趣味なんで止めさせるなんてとんでもない」

 戦場だというのに軽口を叩き合うジルクニフとバジウッドに、ニンブルも微かに笑う。

 レイナースだけは一人、余裕のない顔をしているが、自分の呪いが解けるかどうかが掛かっているとなればそれも仕方ないだろう。

 

「陛下。どういうことですの?」

 鋭い眼光を受けても、ジルクニフは取り乱すこともなくそれを受け止める。

 これこそが自分たちの仕える皇帝、本来の姿だ。

 アインズと出会ってからはジルクニフらしくないことが多々あったが、今はすっかり元通り、いやそれ以上の余裕さえ感じる。

 

「そのままだ。お前たちにはもっと別の役目がある」

 

「別の役目?」

 

「デス・ナイト・ライダーを何体か連れて六色聖典を討ってこい。出来ればアンデッド任せではなくお前たち自身の活躍を期待している。必要なら親衛隊も何人か連れて行って良い」

 

「六色聖典ですか。あれが動き出すと?」

 

「ああ。法国がこの包囲を突破するには、一点集中で穴を開けるしかない。しかし包囲され、あれだけ密集していては部隊を動かすことは出来ないだろう。だからこそ、六色聖典の様な強力な少数精鋭部隊によって包囲陣に穴を開けようとするはずだ。それを食い止めろ」

 淡々と語るジルクニフの言葉は正論だが、どこか違和感を覚える。

 

「それだけじゃないんでしょう?」

 同じ事を考えたらしいバジウッドが間髪入れずに問うと、ジルクニフはニヤリと彼らしい笑みを浮かべた。

 

「恐らくは他国も同じ事を考える。王国のガゼフ・ストロノーフ、聖王国のレメディオス・カストディオ。こいつ等を抑えて、帝国四騎士が最も多くの戦果を挙げろ。これは命令だ。因みに言っておくがアインズや配下の亜人たちは参加しないそうだ」

 つまり帝国の力を他国に示す絶好の機会というわけだ。

 

「そうこなくっちゃな。戦士長へのリベンジはここで果たすとするか」

 拳を叩き合わせながら、楽しそうにバジウッドが笑う。

 ガゼフはかつて帝国四騎士四人掛かりで戦い、その内二人が討ち取られた事もある仇敵だ。間接的にとはいえ雪辱を果たせる機会を得てやる気を出しているのは分かる。

 しかし──

 

「バジウッド殿。王国はデス・ナイトも借りていない上に、戦士団も大した脅威ではありません。むしろ警戒すべきは聖騎士団でしょう」

 そう。如何に戦士長が強いとは言え、戦士では複数の敵を相手にすることは難しく、戦士団の強さも大したことはない。

 対して聖騎士団は、一人一人が聖騎士として魔法も使える上、アンデッドにも嫌悪感はないはずだ。

 しかし、同時に聖騎士としての正装があり、武具は変えづらい。

 その辺りが、帝国との違いであり、狙い目だろうか。

 

「ここでの活躍も私の成果となりますわね?」

 ここぞとばかりに念押しをするレイナースに、ジルクニフは笑って告げる。

 

「無論だ。アインズから買った武具を複数身につけた今のお前たちなら、何の問題もあるまい」

 やはりジルクニフもそのことに気づいていたらしい。

 例えアインズ自身が参戦していなくても、勝敗を分けるのはやはり魔導王の宝石箱。

 アンデッドと武具。どちらも持っていない王国や片方しかない聖王国と違い、両方を持ち訓練も行ってきた自分たちに負ける要素はまず無いとジルクニフは確信しているのだ。

 ならば自分たち四騎士も、その信頼に応えなくてはならない。

 バジウッドとレイナースに目配せをすると、二人もこちらの意図に気づき頷いた。

 

「はっ。我ら帝国四騎士の名に懸けて、必ずや皇帝陛下の命を叶えて御覧に入れましょう」

 四騎士全員に命令が下った際にいつも使う返答だが、自分で言っていて一つ矛盾があることに気がつく。

 

(いい加減、ナザミ殿の後任を補充して貰わなくては、迂闊に四騎士も名乗れないな)

 こんな時だというのに、そんなことを考えながら口元に笑みが浮かぶ。

 それを隠すように、ニンブルは更に深く礼を取った。

 

 

 ・

 

 

「王国の兵で、これほど鮮やかな反転攻勢が可能とは。流石はレエブン侯自慢の軍師殿だ」

 そう言いながら、自分の声に険が篭もっていることに、ガゼフは気づいていた。

 

「かの王国戦士長殿に誉めていただけて、彼も喜ぶことでしょう」

 対するレエブン侯もそのことに気づいているだろうに、態度には一切出さず小さく頷いた。

 

「……もう一度聞くが、陛下は本当に安全な場所に居るのだろうな?」

 もう何度も同じことを聞いているが、何度聞いても安心できない。

 レエブン侯もいい加減、同じことを言っても意味はないと考えたのか、先ほどまでとは違う言葉を口にした。

 

「もちろんです。場所は申し上げられませんが、戦場からは遠く離れ、加えて護衛を担当されているのは、アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇です」

 

「蒼の薔薇が? ということはこれはラナー王女も一枚噛んでいるのか?」

 冒険者は戦争には関わらないのが基本だ。

 だからこそ、例え護衛だけとは言っても彼女たちを動かせるとしたら、ラキュースの親友であるラナーしかいない。

 

「正確には王国を立て直すために王族が一丸となっていると言うべきでしょうな」

 

「全てはリ・エスティーゼ王国のため。か」

 

「その通りです。陛下が最もそれを望んでいる。そのことは戦士長が一番よくご存じでしょう?」

 突き刺さる言葉だ。

 王国のため、国民のため、誰に邪魔をされようと腐ることなくより良い国を作ろうと王は努力してきた。その王が最後にたどり着いた結論が今回の作戦だというのなら、王の忠臣としてそれを邪魔することは出来ない。

 つまり、自分も王を追いかけるのではなく、ここで戦うしかないということだ。

 

「……本来は聖王国の妨害をする形で、王国が反転攻勢をして、三方包囲による殲滅戦を行い、王国軍が帝国軍と同程度の働きを見せることで、ザナック殿下の初陣を華々しく飾る予定でした。が、こちらの策を見抜かれ、聖王国軍が散開からの後方移動を行って完全包囲となったことで、それは難しくなりました。このままではこの殲滅戦で一番の成果を挙げるのは帝国、次いで聖王国でしょう。その上、万が一にでも王国側から包囲陣が破られれば戦犯扱いを受けかねません。だからこそ、この陣を維持するのは最低条件なのです」

 レエブン侯の表情は暗い。

 ガゼフでは詳しい戦略は分からないが、殲滅戦となれば兵の数より一兵当たりの強さが重要になる。そのため、三国で戦果争いをした場合、ただでさえ強い騎士団を擁しアインズの亜人部隊も加わった帝国軍や、法国への憎しみによって今回に限って言えば強力な戦力となる聖王国には、例え右翼左翼の両方から攻めることが出来る王国でも、戦果においては勝ち目はないと思っているのだ。

 そのため最低限の仕事をしなくては、王が道化を演じてまで行った王位継承の儀式が全て無駄になると言いたいのだ。

 

「そのための六色聖典の討伐か。全く、嘘から出た真とはこのことだな」

 この包囲戦を突破すべく現れるであろう、六色聖典をはじめとした強力な部隊を精鋭によって狩ることで、包囲を維持するのがレエブン侯がガゼフに命じた作戦だ。

 つまりブレインに対する言い訳として用意していた内容を、実践することになったということだ。

 

「だがレエブン侯。左翼側はどうする?」

 王国軍は撤退の際、左右に分かれ後退したことで、部隊が二つに分かれている。

 ガゼフが居るのは右翼側だ。

 自分の部下である戦士団もこちらにいるため、左翼側にまともな戦力はおらず、時間稼ぎすら難しい。

 三国以外でとなると、アインズの亜人軍だろうか。

 

「そちらに関しては聖王国から救援が来ることになっています」

 予想に反して苦々しげに言ったレエブン侯の言葉に、ガゼフは驚いた。

 

「聖王国が?」

 

「ええ。結果的に上手く散開したことで、被害はなかったとは言え、迷惑を掛けられた状況にも関わらず、救援を送るとは……今までの聖王女陛下であれば素直に受け取ることも出来ましたが、今はそうは思えません。明らかにこちらに恩を売ることが狙いでしょう。本来ならばゴウン殿に助力を願いたいところですが、亜人軍の指揮権は帝国に渡し、ゴウン殿本人も前線に出るつもりはないとのこと。ならば今は聖王国に頼る他ありません」

 魔導王の宝石箱の開店記念のパーティーで見た聖王女は、確かに見かけこそ以前と変わりないように見えたが、意図的に王とアインズを近づけないようにしていた。

 それを考えれば、別の狙いがあると見ても不思議はない。

 

「ガゼフ殿。お願いできますか?」

 敢えて主語を抜いた問いかけに、ガゼフは眉間に皺を寄せた。

 

「王家の秘宝を身につけた今の俺が部下たちと協力すれば、六色聖典の一部隊ならば勝利することは難しくない。しかし──」

 

「複数部隊が現れると難しいと?」

 言葉を濁すことなく、はっきりと告げるレエブン侯に、ガゼフは苦々しい思いを抱きながら頷く。

 

「そうだ。認めたくはないが帝国の親衛隊、聖王国の聖騎士団に比べ、俺の部下たちではやはり力が劣る。何より二国にはアインズ殿から貸し出されているアンデッドが居る。あれは一体一体が俺と同等の力を持っているそうだ。それが無い王国では……」

 ただガゼフの訓練に必死に着いてきた、たゆまぬ努力の結晶である部下たち。しかし残念ながら、その努力も才を持つ者を集めて作られた親衛隊や聖騎士団の前では劣る。

 それに今回は防衛が目的であり、王家の秘宝があってもまともに戦えるのはガゼフ一人。

 相手の部隊もどれほど居るか分からない現状では手が足りない。

 

「……やはりここでも魔導王の宝石箱ですか。これからは王国も積極的に取り入れていくことが可能となるでしょうが、その第一歩目で躓くのは不味いですね。では私の配下を貸しましょう。元オリハルコン級冒険者の者たちに、私が個人的に魔導王の宝石箱から購入した武具を持たせました。役に立つでしょう」

 

「それはありがたい。しかし、複数の場所で戦うことになるというのなら、戦況を見る目を持ったものが必要だ。その元冒険者たちはそうした部分は?」

 

「いえ。彼らも基本はあくまで冒険者、敵対するのは思考力の低いモンスターばかりです。ですので細かい部分はともかく、そうした指揮は軍師に任せていましたが、彼を今動かすのは……」

 レエブン侯が言っているのは例の平民軍師のことだろう。

 現在は二つに分かれた軍を指揮して法国の突破を防いでいる。それを動かしては戦列が崩壊しかねない。

 だとすれば……

 

「そうか。あいつがいる」

 ふと思い浮かんだ男の顔に、ガゼフは希望を見出した。

 

「何か心当たりがあるようですね」

 

「ああ。アインズ殿から王国への気遣いによって派遣され、今もなお、俺の代わりに前線で戦ってくれている友がいる。あいつが居れば……」

 ブレイン・アングラウス。

 ガゼフと同等の強さを持ちながら、戦況を読む目を持った希有な存在。

 ガゼフの表情から勝機を読み取ったらしいレエブン侯は、一つ頷くとガゼフに向かって頭を下げた。

 

「ガゼフ殿。武運を祈ります」

 

「ああ。陛下のためにもな」

 王国のためというならば、自分は全力を以てこれに当たるしかない。

 

(しかし、アインズ殿は一体どこに?)

 たった二人で陽光聖典を壊滅させたアインズがいれば、包囲の維持などたやすいだろうに。

 彼のことだから、また自分などには想像もつかない策略を練っているのかもしれない。

 王国を何度となく助けてくれた底知れぬ男、いや友を思い出しながら、ガゼフは自らの王と友。

 彼らに恥じぬ戦いを見せるべく、改めて覚悟を決めた。

 

 

 ・

 

 

「天使隊前へ。相手の天使の動きを止めろ!」

 レメディオスの指揮の下、召喚された天使が移動を開始する。

 第三位階の魔法によって召喚された炎の剣を持った天使は、相手と同種の物だが、その数はこちらが五体に対して、相手は十体を超える。

 それは単純に第三位階の魔法を使える者があちらの方が圧倒的に多いことを示していた。

 しかし、今はこれで良い。

 一瞬の膠着があればそれで十分だ。

 

「デス・ナイト、斬り込め!」

 咆哮と共にデス・ナイトが風のように素早く突撃する。

 レメディオス自身も脚力には自信があるが、デス・ナイトはその巨体でレメディオスと同程度の速度で移動できる。法衣とマスクを着けた法国の神官は慌てて天使を呼び戻そうとするが、それより早くデス・ナイトが部隊の中央に入り込む。

 

「クソ、入られた!」

「魔法だ。天使ではなく魔法で攻撃しろ!」

「駄目だ。間に合わ……」

 言葉が途中で途切れ、神官の首が飛ぶ。

 

「ちっ! 退け。魔法を撃ちつつ距離を取れ」

 部隊長らしき男の声に全員が一斉に退き始める。

 デス・ナイトは確かに素早く強力だが、剣士である故に近距離攻撃しかできず、手数も少ない。

 それを逆手に取ろうというのだろうが……

 

「天使隊を退かせろ」

 剣を下ろしながら小さく息を吐き、連れてきた聖騎士の一人、サビカスに告げる。

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ。もはや必要ない」

 デス・ナイトが斬り込んだ時点で勝利は決まった。

 法国の特殊部隊六色聖典。表舞台に出ることはほとんど無く、知名度は低いが、各国の上層部ならばその武勇は誰もが聞き及んでいる。

 亜人の集落一つを一晩で壊滅させた話や、誰も勝てなかった魔獣を討伐した話もある。

 レメディオスも個人ならば負ける気は一切無いが、集団を相手にするとなると、召喚された天使たちも合わせて勝ち目は薄いだろう。

 そんな相手をたった一体で、あっさりと追い詰めるアンデッドを見ると聖騎士の存在意義を見失いそうになるが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

「カルカ様はご無事だろうか」

 

「大丈夫ですよ団長。彼方にはグスターボ副団長やフランコ、ガルバンも居ます。なにより此方より多くのデス・ナイトや盾代わりとして魔法を無効化する骨の竜(スケリトル・ドラゴン)も置いてきているのですから」

 本来は骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に乗って運用されるデス・ナイトを単体で連れているのはそれが理由だ。

 国を率いる王女でありながら、前線に出る。

 若くして第四位階まで修めた信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)である、カルカだからこそできる芸当だ。

 本当は聖騎士団長としてレメディオス自身が守らなくてはならないのだが、カルカがそれを拒否したのだ。

 理由は簡単で、レメディオスには聖王国軍が配置されている後方の部隊ではなく、左翼側。

 つまり現在は王国軍が配置されている場所への出向が命じられたからだ。

 これは要するにアンデッドも借りておらず、戦士長以外まともな戦力が居ない王国を聖王国が救援するためだ。

 

「全く。幾ら同盟国とはいえ、王国軍の無謀な後退のせいで危険な目にあったというのに」

 

「従者バラハから連絡が入らなかったら危なかったですね」

 実際にはネイアから連絡が入る前から、王国軍の後退の狙いは分かっていたらしいが、少なくともシズから連絡を貰い報告に来たネイアがいなくては、後方に回って包囲陣の形成に参加することはできなかっただろう。

 

「しかし、そんな王国をも、何の見返りもなく助け出そうとするとは、流石はカルカ様だ。少々お優しすぎる気もするがな」

 反対意見を却下して、救援を決めたカルカを思い出す。

 

「……団長。私は思うのですが、あれは──」

「ん?」

 言いづらそうに口を開くサビカスに目を向けた瞬間、遠くから声が響いた。

 

「貴様ら! 神の御使いである天使とアンデッドを共に戦わせるとは、恥知らずめ!」

 呼び戻した天使を前面に出してデス・ナイトを抑えつつ、魔法によって攻撃を試みる陽光聖典の隊員が叫ぶ。

 その言葉に、レメディオスは思わず笑みを浮かべた。

 

「恥ならとうに知っている。大事な主君を、家族を、そして国民を守れないことこそが恥だ! 神がそれを気に喰わんと言うのなら、幾らでも天罰を下すが良い。もっともあの地獄から我らを救うこともできなかった神にそんなことができるとは思えんがな」

 

「何を!」

 男が激高して声を荒げた瞬間、隙を見つけたとばかりにデス・ナイトが男を斬り捨てる。

 

「班長!」

 別の隊員が倒れた男に駆け寄った瞬間、斬り捨てられたはずの男が起き上がる。

 

「オボボオオォオォ」

 口から血を吐き出しながら、起き上がった男が近寄った別の隊員に襲いかかった。

 

「別のところに気を取られているからそうなる」

 

従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)、でしたか。斬り捨てた者を味方として復活させる」

 

「あれ一体でも、並の聖騎士より強いというのだから、本当にゴウン殿のアンデッドはとんでもないものばかりだ」

 

「あれを見ていると、自分たちはもはや不要であるように感じてしまいますよ」

 ははは。と乾いた笑みを浮かべるサビカスの頭に、レメディオスは拳を叩き込んだ。

 

「不抜けたことを言うな。いくら強大な戦力があろうと、結局は使う者次第だ。王国の手助けをしようと決めたカルカ様の慈悲深さ。それを体現できるのは我々だけだ」

 

「団長……そうですね。聖王女陛下の掲げる正義。それこそが我々の行動理由でした。申し訳ございません団長、弱気になっていたようです」

 

「なに、反省は後でたっぷりすると良い。この戦いに勝利して凱旋した後、私がみっちりと鍛えてやろう」

 

「な、何とぞお手柔らかに」

 引きつった声を上げるサビカスに何を軟弱なことを。と再度気合いを入れながら、レメディオスは目を細める。

 

(気付かれずに済んだな)

 サビカスが先ほど言おうとしていた内容は想像がつく。

 今回カルカが王国を助けるために、自分たちを派遣したのは優しさだけではない。

 むしろ本音は王国に恩を売ること、そして聖騎士とデス・ナイトが並んで戦うところを見せつけることで、魔導王の宝石箱と聖王国の繋がりを示すための政治的な意図があるらしい。

 

(全く。私には合わないやり方だ。そしてカルカ様にとっても)

 誰もが泣かない国を造る。カルカが掲げたその理想。

 レメディオスとケラルトはその理想を叶える手助けをすべく、彼女にはできないことを請け負った。

 ケラルトは外交内政、その両面で必要な汚れ仕事を買って出て、自分はカルカの剣として、彼女にはできない非情な決断を代わりに行なった。

 全ては彼女の理想を叶えるために。そして何より彼女自身を汚さぬために。

 しかし、ヤルダバオトによりその夢は脆くも崩れ去り、ケラルトは命を落とした。

 カルカはそれでも、理想を捨てなかった。

 今でもカルカは誰も泣かない国を造ろうとしている。そのためならばどんなことでもする覚悟を決めて。

 他国に弱みを見せないようケラルトの代わりとばかりに、それまで忌避していた様々な汚れ仕事にも手を染め、謀略や知略を張り巡らせる。

 

 その日々に、カルカが疲れ果てているのも気づいていた。

 疲れを誤魔化すためなのだろう。毎夜のように自分の体に何やら新たに開発したという魔法を掛けているのも知っている。

 しかし、そんな主を助けるために、レメディオスが出来ることは何もない。

 戦略や軍事、政治に関しても勉強は続けているが、やればやるほど、自分には向かないことが分かるばかりだ。残念ながら自分ではケラルトの代わりは務まらない。

 それが身に染みて分かった。

 だからこそレメディオスは、何も気づかない振りをすることにした。

 せめて少しでもカルカの心が安まるように。今までどおり、何も分からない愚者の振りをし続ける。

 そして、未だケラルトほど演技が出来ている訳ではないカルカの内面を、他人に気付かれないようにする。それぐらいしか、今の自分には出来ない。

 

「団長。終わったようです」

 デス・ナイトが最後の隊員を斬り伏せ、同時に召喚者が消えたことで、天使たちも消えていく。

 

「よし。次に向かうぞ。突破が不可能だと悟れば、法国も白旗を揚げるはずだ。戦争を早期に終わらせるためにはそれしかない。気を抜くなよ」

 部下たちに声を掛け、従者を引き連れたデス・ナイトが戻ってくる様子を眺めながら、レメディオスは待機させていた馬を呼び戻した。

 

 

 ・

 

 

「ただいま戻りました」

 

「どうだ? 生け贄は集まったのか!?」

 転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)で被害の確認に戻っていた、大元帥の地位にいる男が戻って早々、陰湿そうな神官が声を張り上げる。

 

「……犠牲者は全体合わせて十八万を超えました。その内王国軍の四万が含まれていますが、十分かと」

 王国の兵は弱いため、まともに生け贄に使えるのは三割程度と伝えられている。

 それを加味しても十五万に届く計算だ。

 

「おお! ゴウンの奴めが臆病風に吹かれおったせいで予定が変わり、時間は掛かったがようやくか」

 本来は魔法で一網打尽にしやすいように、敢えて罠にはまる形で包囲させ、そこをアインズが現れて魔法で攻撃する。

 そのことによって生け贄を集める時間の短縮と、アインズの危険性を世に知らせるのが法国の計画だったらしいが、アインズが出陣しなかったために、三国の地道な殲滅戦によってようやく十五万の生け贄が集まったということだ。

 

「お急ぎを。包囲されている状況で、突破口も見いだせないとなれば、これ以上は現場の将軍や指揮官が黙っておりません」

 

「包囲に僅かでも穴を開ければ、ガス抜きが出来るかと思ったが、六色聖典でも突破は出来ぬか」

 

「各国の精鋭やデス・ナイトがいますので、それも難しく。何らかの打開策を提示しなくては私の指示を無視して、勝手に白旗を揚げる可能性もあります」

 トップが動かない以上、現場の判断で負けを認め捕虜になるということだ。

 確かに完璧な包囲を形成され、六色聖典による一点突破も叶わないとなれば、その選択をしても不思議はない。

 

「それはいかん。ヤルダバオト様! 早速復活の儀式を、我らが神の、アーラ・アラフ様の復活を! そのことを指揮官たちに聞かせれば、全ての兵を殉教者として捧げることを理解してくれるはずです」

 このままでは六大神は一人しか復活出来ないことになる。

 それではアインズに勝てるかわからないので、先に光の神を復活させて法国の兵に指示を出させる。

 いわば神から信者たちに対して死ねと命じさせるわけだが、宗教国家ならそれも可能だということだろうか。 

 

(そろそろ頃合いだな)

 先ほど頭の中にデミウルゴスからの伝言(メッセージ)が届き、準備が整ったことを知らせてきた。

 法国への復讐も、これでようやく完遂することになる。

 

「その前にだ。お前たちに一つ謝らねばならないことがある」

 モモンの物とも、アインズの物とも違う、もっと低く威圧感のある声が自分から出るのは不思議な気分だが、この外見にはピッタリだろう。

 本当はこの役は自分ではなく他の者、それこそ召喚した憤怒の魔将(イビルロード・ラース)に任せても良かったのだが、この声とナザリックで鍛えた支配者らしい演技を以てすれば、この役に成りきるのもそう難しいことではない。

 支配者の演技を練習してきてよかったと心から思う。そのおかげでこれから起こることを、特等席で見ることが出来るのだから。

 

「入れ」

「はっ」

 鋭い声と共に、控えていたセバスが入ってくる。

 突然の乱入者に二人は目を丸くしているが、セバスは気にした様子も見せずにこちらに近づき、頭を下げる。

 

「首尾は?」

 

「はっ。神官十名と、巫女姫一名を捕縛しました。既にあちらに送ってあります」

 

「な、なに?」

「ヤルダバオト様。これは一体如何なる、この者は? それに神官や巫女姫を捕縛とは一体──」

 状況を理解できないまま、騒ぎ立てる二人を無視して、力強く頷く。

 

「よし。ならばこれで全ての準備は整った。始めようか」

 ぐるりと周囲を見回しながら言って、ヤルダバオト……いやアインズは幻術を解いた。

 

「な!」

「っ!」

 その姿を目の当たりにして、二人は今度こそ絶句した。

 

「ああ。謝罪がまだだったな。すまないな法国最高執行機関の諸君。私はな、ヤルダバオトなどという名ではないのだよ。君たちならば、知っているかな?」

 首に着いた口唇蟲を外し、セバスに預けながら告げる。

 

「アインズ・ウール・ゴウン! 何故貴様がここにいる!」

「この神殿が既に見つかっていたというのか。おのれ! ヤルダバオト様を一体どうした!?」

 

「ん? ああ、そうか。お前たちから見ればそうなるのか……そうだな。詳しい話は後になるが、先にこれだけ言っておくか。十五万の生け贄と引き替えに、プレイヤー、いや六大神が復活するという話だが……」

 一度言葉を切りたっぷりと間を空けてから、言い放つ。

「あれはデタラメだ。そんなことをしても復活などできん」

 いや、一人当たり最低の一点分の経験値になると換算すると、もしかしたらこの世界では、望んだ願いを実現する魔法に変わった星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)辺りを使用すればできるかもしれない。だが、どのみち経験値を貯めておくこともできず、そもそも超位魔法など使えるはずもない彼らでは不可能だ。

 

(それにしてもこれほど見事に騙されるとは。これもデミウルゴスの手腕によるものか。しかし人間の行動を予測して操ることまでできるのなら、ますます俺の必要性がないような……)

 思考が別の方向に向かっていることに気づき、頭を切り替える。

 

「な、何をバカなことを。そんなはずがあるか! 私は、ヤルダバオト様から直接手解きを……」

 イヴォンと呼ばれていた陰湿そうな男が言う。

 威勢は良いが、その声は震えていた。

 

「論より証拠だ。復活魔法を使ってみると良い。もう十五万の生け贄は集まったのだろう?」

 思わず笑いが漏れる。

 外側は包囲、そして突破口を開く可能性のある六色聖典は各国の精鋭たちによって抑えられている。

 この状況では法国軍は訳も分からずパニックに陥り、中央にいる者たちは外から押され、逃げ場すらなく圧死している者すらいるだろう。

 今回死んだ十八万の生け贄。恨みのある法国の兵はまだしも、三国からも無関係な犠牲者が多数出ている。特に王国は四万人も死んだという。

 もちろん今後の計画の為にも、必要な犠牲ではあるのだが、それでも関係ない者を自分たちの都合で何万人も死なせているというのに、憐憫は感じない。アインズの中にあるのは法国の者たちへの復讐が果たされる事への達成感だけだ。

 今も早く男が魔法を使い、その後に現れるであろう絶望に歪んだ顔が見たいと感じている。

 

「そんなことがあるはずがない。そんなことがあるはずがない。そんなことが……光の神アーラ・アラフ様! 今こそ、現世に御光臨下さい。〈魔法上昇(オーバーマジック)死者復活(レイズデッド)〉!」

 膨大な魔力と引き替えに、本来使えないはずの魔法を使用する魔法上昇(オーバーマジック)

 そうして無理矢理発動させた、死者復活(レイズデッド)の魔法は当然、何も蘇らせることなくただ無意味に終わる。

 

「……ば、かな、そんな。そんな。ああ、ああぁあぁあぁ!」

 膝を折り、そのまま地面に顔を伏せ、絶望の咆哮をあげる男を見下ろしながら、鼻を鳴らす。

 

「馬鹿な……では国民たちは」

 

「ああ。無駄な犠牲だったな」

 もう一人の男に対しても、きっぱりと告げてやる。

 

「貴様ァ!」

 大元帥というだけあり、体格の良い男がこちらに向かって突進してくる。直ぐにセバスが迎撃の姿勢を取るが、アインズはそれを手で制した。

 折角だ。アインズの護衛を務めている彼女たちに仕事を割り振ろう。

 アインズが指示を出す間もなく、背後から影が六体移動する。

 六大神を象った像の内、二体が男を地面に叩き付け、そして四体はアインズの護衛に回る。

 

「なっ!」

 

「我々が居る限り、何人たりとも、アインズ様に危害を加えることは許しません」

 無骨な銅像からは想像もつかない、凛とした強い意志を感じさせる女性の声に男は目を剥いた。

 

「良くやった、プレアデスよ。その殻はもう必要ないな」

 パチンと指を弾き、彼女たちに掛けていた幻術を解く。

 完全武装した戦闘メイドプレアデス六名が現れる。もしこの男たちがヤルダバオトのことを信用せず、クアイエッセも知らないような切り札でも持ってきたらと思い、彼女たちを六大神の銅像に見えるように幻術を掛けて待機させていたが、もうその必要はない。

 そしてもはやこの偽りの神殿にいる意味もない。

 全てを明らかにするには、それに相応しい場所がある。

 

「さて。掃除も終わり、歓迎の準備も整ったようだ。続きは君たちの国で行おうじゃないか」

 喜びの感情も抑圧されることを不満に感じながら、アインズは先ほどヤルダバオトの格好で行ったのと同じように、両手を広げて二人に告げた。

 

 

 転移門(ゲート)によって指定された場所に到着したアインズの眼前には、破壊された六大神の銅像の前に並べられた十人の法国最高執行機関。

 彼らは皆一様に暗い顔でうな垂れている。

 そして、その前にはアインズに向かって恭しく頭を下げて出迎えるデミウルゴスの姿があった。

 この暗い顔から察するに、既にデミウルゴスから、ある程度話を聞かされたのだろう。

 

(しまった。もう少し早く来れば良かったか)

 デミウルゴスからすれば、余計な手間を省いただけなのだろうが、アインズにとっては事情が異なる。

 今回のデミウルゴスが立てた計画は事前に全て読み込み、どんなことをするのかとその理由に関しても理解している。

 しかしただ一つ。

 法国に対する報復。その一点においてのみ、計画が変更されたと聞いている。

 それも例の王国貴族の暴走によって法国側から宣戦布告が成された後、玉座の間で計画について話し合った後でだ。

 全く以て寝耳に水だったが、例によってというべきか作戦を変更したのはデミウルゴスだ。アインズの指示によるものだと皆は説明を受けたらしく、その詳しい報復内容についてはデミウルゴスと、その頭の中にいるアインズしか知らない。

 そのデミウルゴスも憤怒の魔将(イビルロード・ラース)を使って、神官長たちと接触し、神殿やアイテムを見せることで、復活の儀式の信憑性を高めるなどの準備で忙しく、不在が殆どで、逆にアインズがどういう内容なのかと何人かの守護者たちに聞かれて対応に苦慮したものだ。

 その場は何とか誤魔化したが、結局聞くことが出来ないままこの日を迎えてしまった。

 だからこそ、これが最後のチャンス。

 ここに集めた法国の者たちに絶望を与える、という名目の下──実際それも目的の一つだが──敢えてデミウルゴスに今後の法国の辿る道を語らせる。

 これがアインズの立てた計画だ。

 それを既に話されていると面倒になるのだが。

 

「お前がアインズ・ウール・ゴウンか。神の復活を餌に我々を謀り、操るとは──もう良い。さっさと殺すが良い、だが覚えておけ、必ずやお前たちには神が、そして法国の民が罰を下すだろう」

 うな垂れていた者たちの一人が、ゆっくりと顔を持ち上げ、創り出した玉座に腰掛けたアインズを睨み付ける。

 最高神官長という奴だろうか。

 しかし、助かった。今の口振りでは精々ヤルダバオトや神の復活儀式が偽りだったことぐらいしか聞いていないようだ。

 安堵の気持ちを隠すように、アインズは低く笑う。

 

「何がおかしい!」

 

「いや、殺して貰えると思っていることが愉快でな。お前たちに死などという救いがあると思っているのか? お前らは私の大切な者に手を出した。つまり私に、アインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売った。それ相応の罰を受けて貰わねばな」

 事前に考え、そして密かに練習していた内容を告げる。

 同時に言葉にならないざわめきが起こった。

 それを無視してアインズは、尻尾を揺らしながら、こちらを見ているデミウルゴスを顎で指した。

 

「デミウルゴス」

「はっ!」

 

「説明してやれ。こいつらが、そして法国そのものが今後どのような運命を辿るのか。その絶望を以てこの者たち個人に対する罰としよう」

 

「……なるほど。そういうことですか。確かに人間如きでは説明がなければ、アインズ様の叡智を理解することなど出来はしないでしょう」

 

「そ、そういうことだ」

 相変わらず誤解して勝手に理解することはともかく、取りあえず上手く行きそうだ。と心の中で安堵する。

 

(さて、どんな罰を与えるのか。単純に国を滅ぼす訳じゃないよな? 商売にも差し支えるし、聖王国みたいに役に立たない六大神より魔導王の宝石箱の方が良いみたいに思わせて、宗教を捨てさせるとかだろうか。他には──)

 あれこれ考えている間に、アインズに対し、再度恭しく礼を取ってからデミウルゴスは口を開いた。

 

「承知いたしました。では改めまして、私の方から説明させていただきます。そう、人類絶滅計画、その全容を」

 デミウルゴスがそう告げて後、一拍の間が空く。

 

 そして、次の瞬間、最高執行機関の者たちが声を上げた。

「な、なんだと!」

(な、なんだと!)

 それに合わせるように、アインズもまた心の中で叫び、同時にいつものように高ぶった精神が抑制される。

 それほど、その言葉のインパクトは大きいものだった。




今回で終わるかと思いましたが無理でした
本編というか、法国編は次回で終わるはず。その後エピローグに入ります

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