ちなみにフィリップは多分もう出てきません
彼は元から前話の内に登場後即退場の出オチ道化キャラになる予定だったのですが、長くなりすぎて結末まで入らなかっただけですので
「各員傾聴」
自分の前に立つ十二名の戦士たちを前に、土の神官長レイモンは声を響かせる。
法国最強の部隊が全員揃うと流石に壮観だ。
(いや、一人足りないか)
自分が現役の時代から一切変わらない、紛れもなく法国最強の存在である番外席次だけは現在も法国の聖域を守護している。
「皆、忙しい中よく集まってくれた」
漆黒聖典は秘密機関であるため、聖典としての仕事以外にもアンダーカバーとしての生活がある。が、彼らにはそこからしばらく離れても問題ないような理由付けをさせた後、ここに集まるように言いつけてあった。
それだけで彼らにも事の重大性が伝わるだろう。
同じ事をさせたのは、以前占星千里が
あの時とて全員ではなかった。
それを分かっているからこそ、レイモンも余計な前置きはせず、早速本題に入った。
「王国、帝国、聖王国の三国が同盟を組み、近い内に我らスレイン法国に宣戦布告をするつもりだとの情報が入った。どうやら王国貴族が亡命と引き替えに情報を送ってきたらしいが、その内容自体は支離滅裂な虚偽だらけの情報であり、罠の可能性もある。そのため亡命は受け入れないが、占星千里に確かめて貰い、戦争の準備をしていることだけは確認が取れた」
チラリと彼女に目を向けると、その通りというように一つ頷く。
これで確証は十分だ。
その貴族に関しては、そうした噂話を聞いた者が王国に見切りを付け、適当な情報と引き替えに法国で厚遇して貰おうとしたのだろうが、そうした者を招いて虚偽の情報がばらまかれては内部から崩壊しかねない。
結束こそが法国最大の武器である以上、その貴族に対してはこちらから接触する気は無い。あれだけ分かり易く動いては直ぐに国家反逆の罪で王国に捕まるだろう。そのため、むしろこちらとの繋がりを示す証拠自体を消すことにした。
皆も聞きたいのはそこではなく、この問題に法国はどう対処するのか、そして自分たちは何をするのかだろう。
「我々は本来、人間同士の戦争など歓迎していない。帝国と王国の戦争にしても、あくまで小競り合いであることと、帝国が王国を併呑するまでの時間を短縮できると考えたから静観してきただけだ、まして法国自体が戦争に巻き込まれることなどあってはならぬ」
「では今回も、戦争を回避するために動くのですか?」
隊員を代表して、第一席次である漆黒聖典が口を開く。
隊の名前自体を異名にしていることから分かるように、彼こそが漆黒聖典そのものを象徴する存在と言える。
年は若いが、誰もが彼を隊長と認め、代表として話すことに異論を唱えないところからもそれが窺える。
しかし、レイモンは首を振ってそれを否定した。
「いや、既に奴らの準備は最終段階に入っている。今更裏工作を行ったところで戦争そのものをもはや止めることはできないだろう。奴らは絶滅の危機にあった人類をお救い下さった六大神の威光を忘れ、四大神信仰という間違った教義を信仰している者だ。ここで一度、それを思い出させなくてはなるまい」
これは最高執行機関の話し合いで決定した、法国が戦争に介入するための理由だが、それもあくまで表向きの話だ。
実のところ、彼らにも言えない他の事情がある。
「では私たちも、その戦争に参加するのですか?」
一人一人が英雄の領域に足を踏み込んだ彼らの力は、戦争においても大きな力を発揮するだろうが、彼らの任務はそれではない。
「いや、他の六色聖典は参加させるが、お前たちの任務はこの神都のいや、聖域の守護だ。三国同盟の背後にはアインズ・ウール・ゴウンが居る。単独で転移魔法すら使いこなす
幾度か会議を重ね、国民に公言こそしないものの、六大神を復活させようとした魔皇ヤルダバオトは正式に光の神に仕えた従属神の一柱だと認定した。
同時にそれを討ったアインズは法国の敵となったのだ。
「アーラ・アラフ様の従属神、ヤルダバオト様を討った神人級の実力を持つ
もっともな意見だ。と言うより三国だけではなく、アインズが代表を務める魔導王の宝石箱に関しても、同じように宣戦布告を行い、戦争に参加させるように行動している。
だが、その理由は流石に言えない。
漆黒聖典をここに残すのは、法国の切り札である彼らがアインズに殺されないようにする避難の意味合いもあるのだと、そんなことを言うことはできない。
「無論それも承知している。あちらにゴウンが現れた場合でも対策はある」
「へぇ。俺たち以外にそんな切り札があるとは知らなかったな」
第八席次、巨盾万壁のセドランが軽口を叩いた。
剛胆で物怖じしない彼の性格は承知しているが、神官長であり、直属の上司でもある自分にこれほどはっきりと異を唱えたのは、レイモンの言葉が信用できないと言う意味も込められているのだろう。
「セドラン、黙れ。部下が失礼いたしました。申し訳ございません」
その一喝でセドランは沈黙し、隊長はそのまま自分に対して深く頭を下げて詫びを入れる。
「良い。当然の疑問だ。だが改めてそちらは問題ないとだけ言っておく、お前たちは言われた仕事をこなせば良い」
「はっ。承知いたしました」
全員が揃って頭を下げ命令を受諾したのを確認後、レイモンは内心で安堵の息を漏らした。
・
(予定より少し早いな。時期が早まったのか、それとも何か問題が? いや、時期はともかく法国側の行動は予定通り、作戦中止の連絡が来ないからには予定通りに行動するしかない)
漆黒聖典の一人とは言え、法国の心臓部である神都。それも偽神の残した秘宝の数々を守護しているこの場所がどのような防衛手段で守られているのか、その全容を知ることは叶わず、いざという時以外、あちらに連絡することは禁止されている。
とはいえ何かあった場合には事前に合図が入るはずなので、その事については自分が考える必要はない。
少なくとも、法国の最高評議会は上手く踊っているようだ。
自分を洗脳し、偽りの神を信仰させていた罪深き者どもが踊る様を見るのは実に爽快だ。
自分が流した偽りの情報によるものだと考えると、尚更そう思う。
レイモンは誤魔化していたが、計画の大凡を聞いているクアイエッセには想像がついた。
戦場に自分の神が現れた場合の対策があるなどと言っていたが、それはつまり、クアイエッセが話した、十五万の生け贄を捧げることによって偽りの神である六大神を復活させる儀式を行おうと言うことだ。
己が信仰する神を絶対視し、再臨を悲願としている神官長たちならば必ずそうすると思っていた。
(欲に溺れ、民を犠牲にする道を選んだか。だからこそ、戦場をあそこにしたわけだ。そして、それを止められる可能性がある隊長や番外席次をここに留めておくと決めた。多くの死者が出れば流石に全員は無理でも六大神の複数を復活できると考えたということか)
三国連合と法国、合わせて四ヶ国のぶつかり合いといえど、十五万を超える死者を出すのは容易ではない。
しかし、自分の主であり、強大すぎる力を持った本物の神が出陣すれば、法国側は間違いなく十五万を超える死者を出すことになる。
そして三国同盟の雑兵を六色聖典などで討てば、相手側にも同じだけの死者を出せるはずだ。そうなれば六大神の内二人くらいは復活できる計算となる。
そうすれば神が相手であっても、二対一で六大神が勝つこともでき、その後その土地に住んでいる者たちを殲滅すれば更に多くの復活が可能となる。
これが奴らの計画だろう。
つまり、復活のための最初の十五万は、自国から犠牲を出すことを計画に組み込んでいるわけだ。
自分を洗脳した神官長たちはともかく、何も知らない民たちに関して、クアイエッセはむしろ同情している。
本物の神の存在を知らず、既にこの世界にはいない偽神をいつまでも信仰し続け、何も知らないまま生け贄として犠牲にされようとしているのを考えると、もし自分が彼らの立場だったらと思うとたまったものではない。
(おっと。個人的な感情は後回しだ。用意をしなくては)
その罪なき民たちも自分の仕事の妨げとなるのなら、切り捨てるのは何の躊躇いもない。
神に仕え、神のために働ける。これ以上の幸せはこの世に存在などしないのだから。
(ああ。早く仕事を終わらせ、再び御身に拝謁する栄誉を頂きたく存じます)
あの日、神によって死の祝福を賜り、その後一度自分の持つ情報を話したのを最後に、自分は一度として神への拝謁を許されていない。
だが、この仕事が終わった暁には、きっと。
はやる気持ちを抑えながら、クアイエッセは早速、合図を送る準備を開始した。
・
王都支店の最上階に作られたアインズの自室内。
床に頭をこすりつけたまま、微動だにしない──否、意志とは関係なく体は震え続けていたが──その女を見下ろしながら、アインズは椅子に体を預けたまま、鼻を鳴らした。
瞬間、女の震えが更に大きくなる。
「つまり、こういうことだな? お前が協力者として用意した貴族が暴走して法国に戦争の情報を流した。結果として、予定より早く法国は三国同盟の動きを関知し、逆に向こうから宣戦布告をしてきたと。それもわざわざ戦場を我々が管理するアベリオン丘陵を指定して、我々魔導王の宝石箱を巻き込もうとしている。と」
これまで入ってきた情報を頭の中で纏めながら、確認を取るように告げるが、女は動かない。
「アインズ様からのお言葉を無視するとは。良い度胸ね」
メイド役としてアインズの傍に着いたソリュシャンが、彼女にしては珍しく、不愉快だと言わんばかりに感情の籠もった声を出した。
「ヒ、ヒィ! その通りです。申し訳ございません! 申し訳ございません!」
顔を持ち上げてから、再び額を床に擦りつける様を見ていると少々哀れに感じる。
確かに予定外の事態というのは、アインズの嫌いなものの一つだが、今回に関してはそこまで気にする必要がない。
「ソリュシャン、そう脅かすな。予定外にはもう慣れた。その何とかという貴族も既に捕らえているのだろう? ならばこれ以上問題が起こることはない。それに、当然この段階での宣戦布告も想定に入れていた。何の問題もない」
(俺じゃなくて、デミウルゴスがな!)
デミウルゴスが残した引継書の中に記された対策マニュアルの一つ──本来はアインズ用ではなく、配下の者たちがいざという時に慌てないようにするために作られたもの──にこれと同じ状況があったのだ。
そして同時に、こちらは誰にも言っていないが、この状況はアインズ個人としては歓迎すべきものでもあった。だからこそヒルマにも、その貴族に対しても思うところは無い。
「流石はアインズ様。ですが、この者のミスであることには変わりございません。相応の罰が必要かと愚考いたします」
しかし当然、そんなことを知らないソリュシャンは納得しないようだ。
罰という言葉で、ヒルマの震えは更に酷くなる。
やはり組織として、何かしらの罰は必要だろうか。
とは言えあまり重い罰は良くない。これは単純にアインズに取っては良い結果だったというだけではなく、これからのことを考えてだ。
魔導王の宝石箱は、最初期に比べ大きく発展した。
特に現地の人員に関しては、初めはそれこそ、八本指と元娼婦の女たちくらいしか居なかったが、今ではブレインや元奴隷の
それを考えると、ミスがある度にナザリック式の罰を与えていては問題になる。
もちろん、新しく来た者たちにはナザリックの存在を教えるつもりは今のところ無いが、段階的にでもナザリックの者たちにはミスに多少は寛容になって貰いたいのだ。
その為に、ヒルマへの罰を敢えて軽くしてみよう。と考えたのだ。
(何があるだろうか。今回のミスは、会社で言うなら、下請けの下請けが暴走して本社のプロジェクトに影響が出た状態と言うことか……結構きついな、それ。魔導王の宝石箱としてはそれなりにきついけれど、ナザリック的には軽い。そんな罰にするか。となると……肉体労働か?)
リアルでのアインズはどちらかというと使われる側だったが、元社会人として事の重大さはよく分かる。
チラリと視線を下げてヒルマを見る。
骨と皮しかないガリガリの体はとてもではないが肉体労働向きとは思えない。だからこそ、良い罰になると言う気もする。
そう考え、何か良い働き先はないかと思案し、一つ思いつく。
「アインズ様?」
長い沈黙を不思議に思ったソリュシャンから声を掛けられ、アインズは慌てて、けれどそれは隠して頷いた。
「ああ、罰だったな、では……」
ついと顔を動かし、ヒルマに顔を上げるように指示を出す。
当然ヒルマからは見えていないので、これはソリュシャンに対する合図だ。
「畏まりました……人間。アインズ様が顔を上げることをご許可下さいました」
「は、ハッ! 失礼いたします!」
顔を持ち上げると、その顔は何と言うべきか、瞳には生気が無く、顔は血の気が無いどころか死人のような土色。そのくせ媚びを売るような笑みを浮かべているため非常に不気味だ。
(うわー、今の俺が言えた事じゃないけど、まるでアンデッド、いやゾンビだな)
「その何とかと言う貴族の暴走は、お前の管理不行き届きが原因だ。そのせいで戦争に我々、魔導王の宝石箱も巻き込まれ、戦場はアベリオン丘陵が指定された。あそこには諸国の者どもに見られたくない物もある。そちらの隠匿もしなくてはならない。余計な仕事を増やしたことも合わせ、お前には相応の罰を受けて貰う」
法国側が戦争を行う為の大義名分として打ち出したのは、人間の守護を行っている自国に対し、三国が攻め込む準備を行っていることそのものが、人類の守護者である自分たちに対する裏切りであり、また魔導王の宝石箱は、三国に武器を供与したことに加え、アベリオン丘陵を不法に占拠しているという内容だ。
あの土地は元から誰の土地でもないはずだが、法国は過去にそこに住む亜人たちの大規模な討伐作戦を実行し、その際に亜人たちから土地を取り戻すという大義名分を打ち出して進軍したらしい。周辺諸国もそれに反対しなかったことで、既にあの土地は法国のものになっており、不法に占拠している亜人が消えたのなら、元の持ち主である法国に速やかに返却するべきだ、と主張しているのだ。
外交の知識に疎いアインズから見てもこれは正直かなり無理のある内容であり、大義名分として通用するかは怪しいところだ。
それでも法国が三国だけではなく、魔導王の宝石箱にまで戦争を仕掛けたのは、クアイエッセに任せた作戦が上手く進んでいる証拠でもある。
しかし、その場合、アインズたちが管理している亜人たちの避難や、デミウルゴスの牧場などは隠す必要がある。
特に牧場では
それらが見つかっても困る。
もちろん元からそれなりに隠蔽してはいるし、広大なアベリオン丘陵から、小さな牧場を見つけ出すのは不可能に近いが、念には念を入れる必要がある。
だからこそ、そちらに人員を割いて人手不足となる分の仕事をヒルマにやって貰おうと考えたのだ。
「は、はい」
消え入りそうな返答だが、これを聞けば少しは安心するだろう。
「アベリオン丘陵にある牧場が、現在人手が足りていないそうだ。これから隠匿に人員を割けば、より人手不足は加速するだろう。お前はその者たちの代わりに、牧場で行われている通常業務を手伝ってこい。それが罰だ。異論は認めん」
異論は認めないとは、ヒルマというよりはソリュシャンに対する言葉だ。
通常業務とはつまり
いくら魔獣とは言え、慣れていない者にとっては皮を剥ぐというのは、精神的にも肉体的にも辛いだろうからちょうど良い。
ナザリックの者から見れば大した罰にはならないだろうが、アインズがこう言えば反対意見は出ないはずだ。
「なに。大して難しい仕事ではない。戦争が終わるまでの僅かな間だ。それを以て今回の罪は全て水に流そうではないか」
とうとう瞳から涙を流して顔を地面に伏せ、絞り出すように、はい。と返事をするヒルマに、アインズは満足して頷き、ソリュシャンに早速ヒルマを牧場に連れていくように命じた。
心なし重い足取りで去っていくヒルマだが、牧場に行けば気分も変わるはずだ。
空気の良いところらしいので、あそこで療養すれば気分転換にもなるだろう。
我ながら良い罰を思いついたものだと存在しない鼻を高くする。
(とにかく、これで俺が直接戦いの場に出ることが出来る)
元々の予定では、アインズは戦争には出向かず、あくまで人間と人間の争いにする予定だった。
法国側にプレイヤーの気配がある以上、クアイエッセでも知らない切り札や、
だがそれはあくまで守護者たちの考えであり、アインズ自身としては怨敵である法国に関しては、後方支援ではなく直接出向いて手を下したいと考えていた。
なにより、守護者たちが神人討伐という危険な任務に就くというのに、アインズ一人が安全な場所で待機しているというのは気が引けたのだ。
とはいえ、デミウルゴスがアインズの安全を考えてわざわざ立案した作戦を、代案も無しに却下する事は出来なかったので諦めていた。だが、災い転じて福となすというのはこのことだと言える今回の件で、不可抗力という形で作戦を変更する理由が出来た。
(そうなると、誰を連れていくかも考えなくては。いつものようにハンゾウ辺りは連れていくが、奴らは基本的に隠密の護衛だからな。三国に併せて俺も軍隊を連れていった方が良いのか? しかし戦力は防衛に回しているから三国に貸し出せないってことになっているからな。いっそのこと俺一人でいくか? ヤルダバオトを倒したことは一部の者しか知らないわけだし、ここで俺自身の力を見せつければバルブロや、ヒルマの言っていた何とかと言う貴族みたいなこちらの足を引っ張るような奴も二度と出てこなくなるだろうし、
そこまで考えて、アインズは小さく首を振って考えを改める。
(いや、そうした広範囲殲滅魔法が使えるなら、何故それを使用せず、あれだけのアイテムや武具を売りつけたのだと不審に思われるし、魔導王の宝石箱への信頼に傷がついて今後の業務や仕事に支障が出ても困る。今回は全面的な協力を約束しているわけだしな。それに、ヤルダバオトの時も範囲魔法は使ってないし、俺の魔法は一対一特化とか思わせていた方が今後の商売を考えると効果的か)
仕事が増えるのは本来良いことではないのだが、今回は話が違う。
アインズにとって法国は、シャルティアを洗脳しアインズに殺させた憎き存在であり、また
ソリュシャンが戻るまでの間に、先ずは連れていく戦力について決めておくことにした。
・
主の指示通り、人間を聖王国に送り出すよう指示を出した、ソリュシャンの気分は複雑だった。
あの人間の罰に対してではない。
正直、本来ならば極刑、いや主に余計な手間を掛けさせたことを考えると、殺しはせずニューロニストのいる拷問室送り、あるいはソリュシャン自身がゆっくりじっくりと殺さないように丹念に溶かし続けて、自らの愚かさを教え込んでやりたいところだが、主自ら異論は認めないと言った牧場送り。
あそこで何が行われているかはソリュシャンも良く知っている。
お茶会で出される肉はあそこで廃棄処分となった者が送られてくることも多いからだ。
ある程度まともな神経を持っている人間ならば良い罰になるだろう。むしろ精神的にいたぶるそのやり方は、ソリュシャンの趣向にも合い、流石は偉大なる御方だと感嘆するより他にない。
問題なのは、その結果だ。
主はあの人間のせいで変わった状況に合わせ、作戦を変更しようとしている。
確かにこれにも利点はある。
どれだけ返答を延ばそうと、三国が十全に戦闘準備が完了するまでは保たないだろう。
そうなると当然準備不足によって、三国の被害は増えることになる。
その復興にも魔導王の宝石箱が力を貸すことになり、今後の利益だけを考えるならこちらの方が大きくなる。
それもあって、この案の方が先に考案されたとも聞いている。
しかしそれが第一案とならなかったのは、主が戦場に出る可能性が高くなるからだ。
今回指定されたのはアベリオン丘陵。
聖王国の東側にあるその巨大な丘陵はかつては多数の亜人部族が覇権を争っていたが、今は主の名の下に一本化され、魔導王の宝石箱の管理している土地になっている。
法国がそこを戦場にしようとしているのは、主を戦いの場に引き出すためだ。主を引っ張り出し、六大神の復活という目的を遂げようとしているのだ。
自分の治める土地を侵略されている以上、そこに住んでいる亜人たちの新たな支配者として主本人が戦いに出向く必要があるのだ。
これは亜人という種族の多くは、強さこそが正義であり、支配者は強くあらねばならないという考え方を持っているからだ。
ここで主が出ずに他の者に任せた場合、亜人たちの中には──不愉快極まるが──主を軽んじる者たちが必ず出てくる。
そうした者たちが反乱など起こしたら、今後の計画にも差し支える。
無論それも想定して考案されたデミウルゴスの計画では、例え法国が相手であっても、主の身に危険が及ぶ可能性は低い。守護者たちの神人討伐を早めて戦争と同時に行うことで、戦場に神人を送らないことになっているためだ。
だが皆無ではない。
相手が王国や帝国、聖王国ならば問題ないだろうが、相手は法国。情報提供をしているクアイエッセでも把握していない切り札があるかも知れない。
だからこそ、主が戦場に出る必要のない、安全な作戦が第一案として採用されたのだ。直前まで魔導王の宝石箱との繋がりを隠して、三国同盟側から宣戦布告を行い、普段王国と帝国が戦争を行っているカッツェ平野を戦場に指定する、というのがその内容だ。
しかし、結果として愚かな人間の暴走で、法国は破棄された第二案に沿って動き出してしまった。
今から当初の計画に軌道修正するのは難しくても、せめて戦場を別の場所にするよう、各国に要請することはできるはずだ。それなら主本人が出る必要はなくなる。だが、主はそれをせず、このままアベリオン丘陵で戦いに出るつもりのようだ。
ソリュシャンが気にしているのはそれだ。
自らの創造主が創った自分の能力に不満などあるはずもないが、それでも守護者たちに比べ大きく劣るソリュシャンでは主を守るのは難しく、恐らく付いていくことすら許されないだろう。
それがもどかしい。
かつて、法国にシャルティアが洗脳された時、ソリュシャンは王都にいた。
だから、洗脳を解くために主が単身で戦いに出向いたと聞いたのは後になってからだ。
それを知った後も、名実共に守護者最強と謳われるシャルティアを単騎で倒した主に対し、流石は偉大なる御方だと尊敬の念を強めただけだったが、今はそれとは別の感情が混ざっている。
自分の全てであり、そして愛する御方である主が傷つく姿を見たくない。
まして──考えたくもないが──崩御されるようなことがあったら、自分がどうなるか、想像も出来ない。
それが怖い。
これも主が自分たちに求める、ただ命令を聞くだけではなく、自分で考えることによって生まれる自主性によるものなのだろうか。
そうした感情に従い、今自分が行いたいことは何かと言われれば、答えは一つしかない。
しかしそれは自分のワガママだ。
姉妹たち──特に最近友人を作ったシズ──もその意図を汲んでなのか、休日になると主から頂いている給金を使い、それぞれ自分の趣味を楽しんでいるようだ。
だがソリュシャンはそれができていない。
皆が休日を謳歌している中でも、ソリュシャンは仕事に精を出している。
店を管理しながら人間を観察し、人間の令嬢として演技や、舞踏会に備えたダンスを覚えるための練習も欠かさず、いつか主が考えるようにと言っていた働きに対する報賞も結局、決められていない。
いつかは、と願っている夢はあるのだが、今の自分ではそれに相応しくないと分かってもいるからだ。
理由は一つ。彼女はおそらくナザリックの誰よりも、負い目を感じているからだ。
この美しき宝石箱を手に入れ主に献上するため、ナザリックの者たちは当初から、全力で努力してきた。
そのための基本的な方針は、先ずは周辺国家の情報を集めた後、武力を用いて各国を支配していく。
いわば直接的な武力行使によるものだった。
セバスとソリュシャンが王都で情報収集をしていたのはその下準備だ。
しかし、情報が集まりきる前にセバスがツアレを保護し、八本指と揉めたことを発端にして、その方針は大きく変わった。
直接的に表に出るのではなく、経済を用いて各国への影響力を強めることで、最終的には世界を主に依存させる方法に。
同時にナザリック全体の行動も大きく変わり、主の仕事も増えてしまった。
本来僅かでもその手助けをするのが自分たちの生きる意味だというのに。
それだけならばまだしも、人間に混ざり商売をするということは、主もまた人間として振る舞い、下等な生き物である人間相手に下手に出る必要があるということだ。
そのことに対し、主は一度たりとも不満を漏らしたことはない。だがソリュシャン個人としても、至高の御方にして愛する御方が、人間ごときに下手に出ているのを見るのは我慢ならない。
だがその原因となったのは自分とセバスだ。
セバスがツアレを拾ってこなければ、そもそもソリュシャンが緊急用に渡された
だからと言って未だに、セバスやツアレになにかしら思うところが有るわけではない。
特にセバスに関しては、創造主からそうあれとして創られた性質によるものだ。
だからこそ、自分が主に素早く報告をしなくてはならなかったのだ。
そうした自分の失態を理解していたからこそ、ソリュシャンは、主より命じられた王都支店の店主という役割を全力を以てこなし続けてきたのだ。
一刻も早く、商会を国内、いや周辺諸国でも最大の商会に発展させることで、経済面においても誰も主を見下すようなことがないように。
そんな自分がこれ以上ワガママなど言って良いのだろうか。
そう考えてしまっていたのだ。
「でも……」
それでは、悩むだけ悩んで何も行動しなかった前回と変わらないではないか。
例え断られるとしても、自分の考えをはっきりと主に伝える。
そうすることで、初めて自分の成長の証を示せるのではないか。
そう決断して、ソリュシャンは意を決し、生まれて初めて主に直談判すべく、元来た道を戻り始めた。
・
「ソリュシャンが俺に提案か……ふふ」
ナザリック地下大墳墓の自室。
アインズは久しぶりに座ったその椅子の感触を味わいながら笑った。
いつかも似たようなことがあった。
確か、コキュートスが
それによってアインズは、NPCたちに成長の可能性を見いだすことが出来た。
その期待に応えるように、守護者たちは様々な場面で成長を見せてくれた。
直近では、神人を自分たちで倒すことをアインズに直談判した件だろうか。そして今度はソリュシャンだ。
メイドは立場上常に一歩引いた位置にいる為、尚更アインズに進言や提案をすることもなかった。
そんな中、ソリュシャンはアインズに直談判をしてきたのだ。
自分を供として戦場に連れて行ってほしいと。
もちろん、アインズの身を守るためにだ。
正直に言えば、レベル五十前後しかないプレアデスでは力不足なのは間違いない。
現地の者たち相手ならば十分すぎる力だが、これから戦う相手は法国。プレイヤーによって作られ、その力の残滓を今でも残している国だ。
仮に切り札を隠し持っていたならば、その時点で対処できるのはアインズだけだ。プレアデスでは身代わりぐらいしか出来ないだろう。
そしてそれだけならば、わざわざ彼女たちにさせる必要はない。傭兵モンスターでも、召喚したアンデッドでも変わらない。
元から連れていく護衛について考えていたこともあり、気持ちは嬉しいが、と前置きをして断ろうとした。メイドたちならば、いや守護者であっても代案がなければこれで諦めるはずだった。
しかし、ソリュシャンはそれで諦めなかった。いつか、アインズが考えるように言っていた報賞を盾にした。
つまり、戦場に着いていくこと自体を褒美として求めたのだ。
それは即ち、アインズに対して取引を持ち掛けた。と言える。
ただ無償でアインズに尽くすことが全てと訴えていたメイドであるソリュシャンの、このワガママとも呼べる提案はアインズに衝撃を与えた。
「ヘロヘロさん。娘さんは随分成長したようですよ」
恐らく、アインズが明確に大量の仕事を割り振ったデミウルゴスやアルベドを除けば、彼女が最もナザリックの為に働き、貢献しているだろう。
王都支店の経営だけではなく、働いている人間の監視と管理、新たな商品開発や、貴族たちとの付き合い、ダンスの練習まで、まさにワーカーホリックと呼ぶに相応しい──もっともナザリックの者たちは多かれ少なかれ皆そうなのだが──そんな彼女が、初めて口にしたワガママである。
アインズにはこれに応えてやる義務がある。
そちらに関しても一つアイデアを思いつき、既にソリュシャンには伝えてあった。
「ここは一つ、今まで叶えられなかった本来の仕事をやらせてみるか」
よし。と気合いを入れながら覚悟を決めたところで、タイミング良く部屋の扉がノックされた。
「入れ」
アインズの命に従い、扉が開く。
外に待機させていた一般メイド、インクリメントだ。
顔つきも性格も一人一人違う一般メイドの中でも、彼女は自己主張が薄く表情が乏しい。だが久しぶりにアインズが帰ってきたからなのか、その表情にはやる気がみなぎっている。
「アインズ様。守護者とプレアデスの皆様の準備が整いました」
「分かった。では行こう……ところでインクリメント」
「はっ」
「お前の創造主は、ヘロヘロさんだったな」
四十一人いる一般メイドたちの制作はヘロヘロ、ホワイトブリム、ク・ドゥ・グラースの三人が担当したが、その中で名前にコンピュータの用語を使われているのは、ヘロヘロが創造した者たちだけだ。
「はい、その通りでございます。私はヘロヘロ様に創造して頂きました」
胸を張り頷く様は、自分の創造主を誇っているかのようだ。
「うむ。そうだったな、ならばインクリメント。お前はキチンと休みを取っているか?」
同じくヘロヘロに創造されたソリュシャンが、あれほどのワーカーホリック振りを見せているのだ。他の者もそうかも知れないと思ったのだ。
「はい。昨日は本日のアインズ様当番に備え、全力で休息を取っておりました」
淀みなくきっぱりと言い切られ、むしろ不安になる。
(うーん。全力で休息って。文字通り体を休めていただけなんじゃないだろうか。だとしたら休日の意味がない)
「ちなみに、休日は何をして過ごしていたのだ?」
もし本当にアインズの想像通りだったならば、そちらの改善策も考える必要がある。
綺麗に切りそろえられたボブカットの髪が揺れる。
僅かに目が泳ぎ、何と答えればいいか、必死に言葉を探しているのが、無表情なインクリメントの顔からも窺うことが出来た。
「昨日私は
突然頭を下げ、謝罪をするインクリメントにアインズの方が驚かされ、それを誤魔化すために慌てて口を開く。
「何を言っている、インクリメント。謝罪などする必要はない。それで良いのだ。それこそ私の望んでいたことだ。そうか、お前は読書が趣味なのか。うんうん、読書は良い。私も空いた時間にはよく本を読む」
正確にはアインズは趣味ではなく、支配者としての教養や知識を身に着けるための読書なのだが。
「そうでしたか! アインズ様も。あっ、失礼いたしました。不作法を」
冷静なインクリメントには珍しく声が大きくなったが、彼女も直ぐにそれに気付いたようで謝罪する。
思った以上の食いつき振りにアインズは慌てた。お薦めの本などを聞かれたら困る。
アインズが読んでいるのは気軽に読めるハウツー本ばかりなのだ。支配者の威厳も何もあったものではない。
いや、むしろここは──
「うむ……そうだ。何かお薦めの本があったら教えてくれ。今回の作戦が終了すれば私にも時間が出来るだろうからな」
逆に紹介して貰う。これだ。
実際、インクリメントがどんな本を読んでいるのか興味もあるのも事実だ。
「……はっ! 畏まりました。私の全身全霊を尽くして、選ばせていただきます」
「う、うむ。頼んだぞ」
(うーむ。俺の服を選ぶ時に勝るとも劣らぬ目の輝きだ)
「はっ!」
「では、そろそろ行くか」
少し話をしすぎた。皆を待たせるのは良くない。ただでさえ作戦が変更となったことで時間が無くなった上、皆も忙しい仕事の合間を縫って集まっているのだから。
しかし、話をしたことに後悔はなかった。
外で働く、守護者やプレアデスだけではなく、ナザリック内にいる一般メイドの成長を実感できたのだから。
意気揚々と歩き出すアインズに続くように、はい。といつも通り冷静な、それで居て強い意志とやる気を感じさせる声で返答したインクリメントが、アインズに先んじて扉を開けるため、力強く足を踏み出した。
ソリュシャンの性格が随分変わっている気がしますが、書籍版と比べると、恐らくソリュシャンが最も立場が変わったことで、アインズ様の望む自主性が育ったためです