赤よりも紅い壁に覆われた一室に幼い吸血鬼と胡散臭い妖怪が対峙していた。
幼き吸血鬼は現紅魔館当主――レミリア・スカーレット。
今回起こした幻想郷侵略を企てた張本人である。
対して優雅に立つ者は八雲紫。妖怪の賢者にして幻想郷の管理者である存在。
お互いがお互いを睨んだまま膠着状態が続いている。
重苦しい沈黙は、レミリアの呟きで崩れる。
「人間如きに美鈴がやられるとは……」
「“あれは”ただの人間ではないのよ。鳥籠の中のお姫様」
スキマから勝蔵と美鈴の対決を見終えた後、思わず、といった感じにレミリアが呟いたのを聞いた紫が、軽い挑発をする。
気にした様子もなくレミリアは鼻で笑う。
「はっ! 高々部下一人を倒しただけで随分と言うじゃないか。お・ば・さ・ん」
「……発言には気をつけた方がいいわよ? おチビちゃん?」
ゴゴゴッ!! と何やら闘気みたいなモノが溢れる。
「それで、幻想郷の管理者が何故ここに来たのだ? あぁ、そうか。命乞いにでも来たか?」
「口だけは達者なようね。まぁ貴女は“お子様”のようだし、仕方ない。ここは年長者として助言してあげるわ」
「なに?」
紫は開いていた扇子をパンッと閉じ、眼光鋭くレミリアを射抜く。
「身の程を知りなさいってことよ」
その言葉と共に尋常じゃない圧がレミリアの身体を襲う。
それは彼女が今まで感じたこともない、絶対的強者の覇気。
紫は今も余裕を失った様子はない。笑みを深め、静かに佇む。
レミリアの頬から冷や汗が流れる。
レミリアは、正直幻想郷という場所に落胆していた。
それこそ自分を楽しませてくれる所なのだろうと、そう考えていた。
が、結果は散々たるもの。試しに召喚した悪魔を幻想郷中に放てば、あっという間に幻想郷の妖怪どもは降参し、自分の傘下に下る始末。
この程度なのか、こんなものなのかと、あまりの不甲斐なさに怒りを通り越して呆れた。
だが、そんなレミリアの気持ちを吹き飛ばす存在が、今ここにいる。
自分よりも強いであろう存在、格上なる存在。
そこに恐れはなく、そこに怖気づくことはない。
あるのは、ただただこれから始まるであろう死闘への興奮。
知らず口角を上げるレミリアに、紫は途端に先程まであった覇気を収めてしまう。
あまりに突然の事に呆気にとられるレミリアに、紫は意地悪そうな顔をする。
「貴女、どうやら周りに自分よりも強い存在がいなかったようね?」
「ふん、私より強い者などそうそういるものか」
「あら? 自分よりも強い存在なんていない、なんて言うかと思ったら、違うのね」
「……数秒前の私なら言っただろう。だが、今は違う」
嬉しそうに、楽しそうに、幼き吸血鬼は笑う。
「そう。ならもっと面白い事を教えてあげる」
紫は含んだ笑みを浮かべる。
「貴女は私とやるよりも、もっと楽しめる相手がいるわ」
「貴様よりも?」
「えぇ。それも貴女にとっては圧倒的弱者であるはずの存在」
「まさか……」
半ば誰であるか予想しているレミリアに、紫は告げる。
「御門 勝蔵。ただの人間でありながら妖怪を殺せる男よ」
「あの男か」
レミリアは面白くなさそうな顔で呟く。
レミリアにとって、御門勝蔵は多少強い、程度での認識である。
確かに美鈴を倒した事は素直に賛美しよう。だが、それだけだ。
吸血鬼であり、強者たる自分の相手に出来るかと言われれば、否、断じて否である。
「人間としては強いのだろうが、それは人間の中での範疇、故に興味が湧かん」
「あの男は私も認める者よ?」
「貴様が……か」
紫の言葉に、少し、ほんの少しだけ興味が出たレミリアは、唇に手を当てながら考える。
その様子に、紫はもう一声必要かと思い、口にする。
「もしあの男に勝ったら私が相手をしてあげる。それでどう?」
「なぜそのような面倒を」
「いいじゃない。その方がきっと楽しいわ」
扇子を広げながらコロコロと笑う紫に、レミリアはしばらく思案し、やがて頷く。
「いいだろう。私を楽しませられるかはわからんが、貴様の手に乗ってやる」
「感謝するわ。紅魔館当主、レミリア・スカーレット」
二人は満足げに握手をした。
こうして勝蔵が与り知らぬ所で勝手に事が進む。
★ ★
何か嫌な予感が……。
暢気に長い廊下を歩く俺は思わず周りを確認するが、これといって敵がいそうではない。
気のせいか?
首を傾げていると、突然、本当に突如として目の前に銀髪のメイドが現れた。
「お迎えに来ました。御門勝蔵様」
気配を感じなかった。何者だこのメイド……って、この人、十六夜 咲夜じゃん! 紅魔館にはこの時期からいるのか……。
しかし、なんて攻撃的な目だ。これは時間停止でナイフがいつ飛んできてもおかしくないな。気をつけるか。
警戒心バリバリの俺に、さっきゅんは冷たい眼差しで俺を射抜く。
あ、なんか変な性癖に目覚めそう……。
「レミリアお嬢様がお待ちです。さっさと来なさい」
「あっはい」
養豚場の豚を見るような目で見られたら流石にへこむわ……。
心に深いダメージを負いながら、さっきゅんについてい行く。
それにしても、レミリア・スカーレットね。
小さな少女といった見た目だが、その実、吸血鬼であり、恐らく吸血鬼の中でも強い部類。
ゲームでも紅魔郷で表のラスボスだしな。
なんでそんなお方がわざわざ名指しで俺を呼ぶのか。
紫はどうしたんだよ。てっきりレミリアと紫の一騎打ちなんだと思っていたのに。
まさかレミリアに負けた、なんてことはないだろ。うん。
紫の実力は俺も実体験が知っているから、まぁ心配はない。あの妖怪がそう簡単にやられるとは考えにくいからな。
という事は、まさか……レミリアを俺にけしかけでもしたのか?
ありえそうだ……。
嫌な予想に項垂れる俺は、気分転換にさっきゅんに声を掛ける。
「なぁ」
「なんですか」
「いや、名前を聞いてなかったと思ってな。俺は、まぁ知っているか。アンタの名前を教えてもらってもいいかい?」
「……十六夜 咲夜です」
それだけ言うと、また無言で歩き始める。
ツンデレだな(確信)
★ ★
赤一色に染まった大広間の前で、一人の少女、レミリアがいた。
「漸く来たようね」
レミリアはやれやれといった風にため息を吐く。
彼女の前に、最近可愛がっている従者と、ぼさぼさの髪が特徴の男が現れた。
「大変お待たせしました。お嬢様」
「ふふ、構わないわ」
可愛らしく笑う主に、咲夜の鉄仮面も少し崩れ、笑みを浮かべる。
「さて、貴様が御門 勝蔵で相違ないか?」
「あぁ、俺が御門 勝蔵だが、なんでわざわざ呼んだんだ?」
目の前の人間が困惑気に聞いてくるのが、少し可笑しくて、レミリアは並々笑い声を上げる。
「ふふっ八雲紫が出した提案の為に呼んだだけよ。人間」
「ろくな提案じゃないことだけは理解した」
勝蔵が苦々しい表情をする。
だが、言ってしまえばそれだけ。目の前に、人間じゃどうすることも出来ない敵がいるにしては、些か冷静が過ぎる。
舐められているのか?
「おっと、そうかっかなさんなよ。お嬢さん」
軽く威圧をすると、これまた柳に風。この男はレミリアが会ったどの人間にも当てはまらない。
――面白い。
「八雲が私に提案したのは実にシンプルなことだ。お前を殺せば八雲への挑戦権が貰える。ほら、簡単なことだ」
「なるほどなぁ……」
ため息を吐く人間に、レミリアは気にした様子もみせず、前に出る。
「咲夜、お前は後ろに下がっていろ」
「はい。お嬢様」
スタスタと壁際に行った従者を確認し、レミリアは改めて勝蔵を見る。
男はここまで来ても常に自然体、まるで何も怖くないかのような、唯我独尊さを感じる。
肝が座っているのか、それともただの阿呆なのか。
――それを今、試してやろう。
「そろそろ始めようじゃないか。人間」
「出来れば遠慮したいがな」
「そうは見えないがな」
不敵に微笑むレミリアに、勝蔵は諦めたのか、腰に差していた刀を鞘から抜く。
「そんじゃ、吸血鬼退治と洒落込もうか」
「ぬかせ!」
レミリアは何も畏れるものはないかのような勢いで勝蔵の眼前に躍り出る。
吸血鬼の身体能力で蹂躙しようと肉薄したレミリアは手始めに勝蔵の腕を引き千切ろうと手を伸ばした瞬間“手がなくなっていた”。
「っ!?」
「焦んなよ。まだ始まったばかりさ」
いつの間に斬られていたのか、吸血鬼の目を持ってしても捉えられなかった剣速に、戦慄するレミリアだが、勝蔵は待ってはくれない。
素早い身のこなしで振り切った手を戻し、返す刀でレミリアの首を刎ねようとする。
「舐めるなよ人間!」
瞬時に再生した手で刀を弾き、細く小さな足、されど強靭な脚力を持つ吸血鬼の蹴りが勝蔵の腹に叩き込まれる。
「ぬおっと」
「ちっ!」
攻撃を察知した勝蔵は後ろへ飛ぶことで衝撃をほぼなくしてしまった。
――理解した。この男を敵として認めよう。
レミリアは明確に目の前の人間を“敵”として認識し、先程まではどこか遊びであった雰囲気は消え、あるのは傲慢さを消した吸血鬼。
久方ぶりだ。真面目に戦おうとするなど。
――あぁ……。
身体が熱くて熱くて仕方ない。
興奮が止まらない。
八雲が言っていた。楽しめる相手であることがわかった。
さぁ、闘争の時間だ。勝蔵。
「かぁっ!!」
ただ声を上げただけで衝撃波が生まれ、レミリアが足に力を入れれば地面は陥没する。
顔を顰める勝蔵をレミリアは爛々とした瞳で見つめ、一足でその懐に肉薄する。
「やべっ!?」
「シッ!」
振り抜く拳は生身の人が喰らえば即死、死神の鎌が勝蔵の顔めがけて振るわれる。
既の所で顔を横に避けて躱す勝蔵を見ながら、もう片方の手で腹に拳を叩き込むも、刀で弾かれる。
だが、レミリアの攻撃は止まない。
弾かれればすぐさま拳を作り、殴る。
腕を斬られようと瞬時に再生させ、殴る。
距離を離そうとしてもぴったりとその身に張り付き、殴る。
妖怪だからこそ、いや、吸血鬼だからこそ出来る戦い方が繰り広げられる。
「楽しい。楽しいぞ人間!!」
「俺はちっとも楽しくねぇよ!!」
止まぬ拳の雨を刀で弾き、避ける勝蔵に、レミリアは狂喜する。
一撃、たった一撃を与えれば目の前の人間は致死のダメージを負う。
それに対して自分はどれだけ斬られても再生する。スタミナも無尽蔵にある。例え首を刎ねられようが、心臓を貫かれようがレミリアは止まらない。
――これほど楽しい闘争は初めてだ!!
知らず知らずのうち、レミリアの顔に笑みが形作られていた。全ての異性を虜にするような、それはそれは綺麗な笑みを。
「いい加減離れろ! 五重結界!」
レミリアの腹に蹴りを入れた後、素早く魔力を練り上げて勝蔵が放った結界がレミリアを中心として展開される。
「ほう? 刀だけでなく魔法まで使うとは。益々面白い!」
「ちったぁ大人しくしてやがれ!」
「それは無理な相談だ」
重厚な結界、これをただ一人、それも咄嗟に発動させるその手腕、この男はいったい自分をどれだけ楽しませてくれるのか。
恋人に接するように優しく結界に触ると掌が焼ける。
痛みを感じる。だがそれが今はなんと心地が良いことか。
ずっとそうしていたい気持ちはあれど、あの男と触れ合いが出来なくなるのは寂しい。
故にこの壁は破壊する。
「シッ!」
全力の一撃で結界が二枚割れる。
もう一度、次は一枚だけ。
もう一度、次は二枚割れた。
――さぁ再開だ。
バラバラと結界の欠片が飛び散る中、レミリアは恋する少女のように、頬を上気させる。
その手に紅い槍が握られていなければ、勝蔵にとっては嬉しい光景だったに違いなかった。
★ ★
レミリアたんマジつよ。
いやいやまじで強すぎんだけど!?
どれだけレミリアの身を斬ったと思ってんの? 数百回は斬ってるわ!
なのにすぐさま再生するし、戦意も落ちるどころ上がってるし、つうか再生力も下がるどころ上がってるのは気の所為? ねぇこれ気の所為?
視認するのも難しいスピードで槍を振るうレミリアを俺は遠い目をしながらなんとか刀で軌道を逸らして彼女の恐ろしい膂力を受け流す。
誰だよレミリアはすぐにかりちゅまブレイクするとか言った奴。全然そんな気配ないんですけど、寧ろカリスマで溢れてるんですけど。
てか、こんな状況になったの全部紫のせいだよな。絶対そうだよな。
もし無事に帰れたら、紫に膝枕してもらおうそうしよう。
馬鹿な考えばかりが浮かぶが、それだけ余裕がないってことなのだよ。
考えても見ろ。
相手はどれだけ斬ってもすぐに何事も無く立ち上がる。
それに対して俺は一撃喰らえばこの世とおさらば。
え、なにこの無理ゲー。
この世の理不尽に嘆いていると、レミリアは心底愉しそうに口を開く。
「今夜は長い、それは長い夜になりそうね」
……勘弁してください。
白目剥きそうになった俺は悪くない。
「さぁ人間、いえ、勝蔵。私を殺せるか?」
「やるしかねぇだろ」
ため息混じりに答えを返せば、レミリアは満足そうに頷く。
「あぁ。素晴らしい。素晴らしいぞ勝蔵。貴様と出会えて私は嬉しい。渇いた血が潤うようだ」
紅い槍、恐らく神鎗グングニルであろうを胸に抱きしめるレミリアに、俺は吐血しそうです。
勝てる道筋が見えねぇな……。
だが、まぁ……今まで敵として現れた妖怪でもこんな状況に立たされた事は一度や二度じゃない。
なら、なんとかしてみっか。
「強くあれ、強くあれ、強くあれ」
身体強化の魔法を三度掛ける。それは肉体の限界を超える力。身体は軋み、血管が異常に浮き出る。
「火よ、地獄の炎よ、我が刀に」
愛刀の刀身に青い炎が灯る。
刀を下段に構えた姿勢で、疾走。
刹那のうちにレミリアに肉薄し、その身を斬り裂く。
上半身と下半身が綺麗に別れ、その身を地獄の炎が燃やし尽くす。
「熱い、熱い! はは、はははははっ!! 熱い、熱いぞ勝蔵ぉぉぉおおお!!!」
炎に焼かれているというのに、身体を再生させ特攻を仕掛けてくるレミリアに絶句する。
彼女ってこんなに戦闘狂だった? いやいやそんな訳ない。原作の彼女はもっとお子様チックな可愛らしい少女だったよね? ね!!
炎に焼かれながらも笑顔が絶えないレミリアたんを見て軽くしょんべんチビリそう。
「さぁ、もっとだ。もっと私を楽しませろ。勝蔵ぉぉ!!」
死ぬ死ぬ、冗談なく死ぬぅぅぅう!!
焦りが出たのか、今まで一度も受けていなかったレミリアの攻撃が、遂に当たる。
「ぐぅっ!」
神鎗の突きが脇腹を抉る。
くっそ痛い。
追撃は気合と根性で押さえ、一度後ろに下がる。
事態は最悪だが、幸いだったのは致死性のある攻撃じゃなかったことか。
「あはっ! 貴様の血、とっても美味しいぞ」
槍の先端から滴る血を舌で舐め上げる姿は、幼い少女の見た目からは信じられないほど妖艶だった。
てかいつの間にか炎消されてんじゃん。
割りとレミリアがチート過ぎてまじヤバたん。
はぁ……もう難しい事は考えずにやるか。
刀身の炎を消し、俺は静かに正眼の構えを取る。
「ん? 諦めた。という訳ではないか」
「あぁ。もうなんか色々と考えるのが面倒になってな」
「それで? 次は何を見せてくれる?」
「なに、簡単な事さ――斬る。ただそれだけだ」
その一言を告げた瞬間、レミリアの両腕を斬り落とし、次に首を刎ねる。
レミリアは驚いた顔を見せるも、すぐに獰猛な表情に変わり、身体を再生させる。
ただ、再生をさせる時間は与えない。
斬る。斬る。斬る。斬る。
ただ只管に目の前の敵を斬り続ける。
腕を、足を、首を、胴体を、斬られる箇所を問答無用に斬り続ける。
再生力がどれほどあるかわからん。もしかしたら無限に再生出来るのかもしれない。
それがどうした、なら俺はそれ全てを覆してやる。
「クフっ――フハハハハッ!」
「ハハハハハハッ!!」
どちらが先に笑ったか、お互いに狂った様に笑いながら殺し合う。
いったいどれほどの時間が経ったか。
それは数秒か? 数分か? 数時間か?
体感だと一日は過ぎたのではないか? と思うほどの時間が経ち、その場に立っているのは一人。倒れているのが一人。
俺は、朦朧とする意識の中――立っていた。
「ふふ、まさかここまで私を殺すとはな。いったい何度殺されたのか」
「はぁ……はぁ……数えるのも億劫だ」
「くはっ! 確かにな。よもやこの私が人間に負けるとは」
悔しそうに言うものの、レミリアの表情はどこか晴れ晴れとしていた。
「さぁ勝蔵。後は心臓を刺すか首を刎ねれば私は死ぬ。好きにするがいい」
「そんじゃあ「お嬢様!!」おっと」
気怠い身体を動かそうとしたら、咲夜がレミリアの傍に現れる。
「咲夜か。邪魔をするな」
「いえ、いえ! それは出来ません」
「言うことを聞け。これは私と勝蔵の戦いだ。退け。命令だ」
「でき、ません」
「咲夜……」
咲夜は泣いていた。瞳からポロポロと流れる水滴はレミリアの頬を打つ。
ものすごいシリアスな感じだけど、別にレミリアに止めをさそうと思ってないからね?
ここで彼女を殺せば、この館に住む者たちが黙っていないし、遺恨が残る。
ならやることは一つ。
「酒」
「へ?」
「だから酒だ。この争いが終わった後、この館で一番美味い酒。それを飲ませてくれれば俺からは何もしねぇよ」
言い終えてから、俺は深い溜め息を吐く。
全く、俺にこんな面倒を押し付けやがって、紫の奴。これは膝枕だけじゃわりに合わんぞ。
やれやれと首を振る俺に、戸惑いがちに咲夜が口を開く。
「それだけ、それだけでいいの?」
「あぁいいさ」
「本当に? 本当にいいの?」
「二度は言わん」
そう言えば、咲夜は嬉しそうにレミリアに抱きつく。ちょ、咲夜可愛すぎ。
レミリアはレミリアで、俺に呆れた表情を見せる。
なに? なんか変なことした?
「この私を殺す栄誉を捨てるなんてね」
「後が怖いのにそんなことするか」
「私を負かしといてどの口が……」
いや、割とマジで後が怖いのでそんなことしませんから。
「それじゃ、俺は帰らせてもらうぞ。疲れたし痛いし」
「いつでもいいからこの館に来るといい。その時にとびっきりのワインをくれてやる」
「そいつは楽しみだ」
レミリアにそう返した俺は、足取りが覚束ないながらも館の外に向かった。