やぁ。俺は
突然だが俺は転生者だ。前世は日本に住むしがないサラリーマン。
平凡且つ平和な日常を送っていた。だが、俺は死んでこの世界《東方Project》に転生していた。
妖怪が人間を支配している世界であり、信じられないことに神様まで存在している世界。
あぁそう言えば死んだ時の記憶がない。というか前世で絡んだ人間関係、家族も友人も、名前も顔も思い出せないのだ。何とも気味悪くて仕方ない。
神様が俺をこの世界に転生する代わりにその記憶を意図的に消したんじゃないかと今は思う。
まぁ、寂しいという気持ちはあるが、第二の人生を歩むならそれは邪魔になることだから、この際良いとしてだ。
東方Projectは俺が夢にまで見た世界だという事をここで言っておく。
幻想郷がどういう場所で、どんな存在がいるか、俺は良く知っている。
大好きなゲームでもあったからな。よく遊んでいた記憶がある。てか東方Projectの知識だけは忘れていないという、なんともご都合主義過ぎて笑ってしまうのだが、まぁ忘れてないことは良いことなのでそれは考えない。
して、この世界で転生してやりたいことは多くあるが、その一つは弾幕ごっこだったのだが、残念ながら今生も男として生まれた俺じゃあ弾幕ごっこは出来ない。いや、やろうと思えば出来るのだろう、だがそれは無粋というモノだ。
弾幕ごっこは可愛い少女達がやるからこそ良いものであって、断じてむさ苦しい男がやることじゃない。
じゃあ何をやるのか? 無難に原作キャラと仲良くなりたいというのもあるが、それよりも大事な事がある。
非常に残念な事に俺が幻想郷に生まれた時代はまだ霊夢や魔理沙が生まれていない、つまり原作が始まる前の時代ということ。
ここで重要になってくるのはね、幻想郷で生きていく危険度と言えばいいのかな。
あぁそのね、原作が始まっている時代も危険なことが多くあるのは変わらないのだけど、その危険度の大きさがだいぶ違うんだよね。
人間の里を襲う妖怪はいるわ、人間の里の空気がピリピリしているわ、里から一歩出た瞬間妖怪に食い殺されることもあるぐらい危険って言えばわかるかな?
力のない人間は妖怪の養分よろしく摂取される身だ。
抵抗など出来る者は限られる。例で言うなら《博麗の巫女》ぐらいなものだ。妖怪を退治出来る人間は。
今よりも昔には妖怪退治を生業としていた者が多くいたらしいが、今では見る影もない。
一応妖怪退治を生業とする者はいるにはいるが、精々木っ端妖怪を退ける程度な訳で、いや、それだけでも十分凄いのだけど、ちょっとでも強い妖怪が出てくれば普通の人間と同じように食われるだけの存在であるからなぁ。
ここまで言えばわかると思うけど、幻想郷って滅茶苦茶恐ろしい所だということだ。
あぁ勘違いしないでくれよ? 俺は原作を知っているからある程度の危険は承知していた。
そう、わかってはいたが、現実となっていざ自分の目の前で妖怪が現れて、人が死ぬ所を見た時に思うわけさ。
自分はわかっているようでわかっていなかったと。
知識ではそういった事もあるのだろうと知っていても、実際に自分の目で見れば自分がどれだけ馬鹿な考えをしていたのか理解できる。
ここはゲームの世界じゃない。現実なんだとね。
そこで原作キャラに会ってみたいとか、幻想郷は楽園だ~とか、そんな頭花畑みたいな思考回路は無くなった。
生き残る為に、死にたくない俺は妖怪に万が一襲われても対処出来る武力を持とうと考えた。
だが残念ながら俺には霊力はなかった。その代わりに魔力は多分にあったが、扱い方なんてわからない。なら手探りで頑張るしかないと我武者羅に魔力の使い方を研究した。
武力として次に目をつけたのは刀だった。
妖怪相手に高々刀一本で何が出来る? と思われるだろうが、俺はそうは思わない。
物語の主人公のように刀一本で敵を蹴散らす姿を憧れた。
故に無茶無謀と言われても俺は諦めるという選択肢はなかった。
――時間の許される限り刀を振り続けた。
――魔法の使い方を理解した時から研究し続けた。
――試し切りと称して数多の妖怪を斬り殺した。
――自分がどこまで戦えるかを試すために無謀にも格上の妖怪を相手に戦い、満身創痍になりながら勝利した。
妖怪を屠り続ける俺をいつしか周りはこう呼ぶようになった。
――《悪鬼剣豪》――と。
一つ言いたい。その名前恥ずかしいからやめろ下さい。
★ ★
今日はある人物との邂逅の日。
八雲紫にとってはとても重要な日。
いつもは余裕を持ち、優雅に相手を翻弄し、決して自分の考えを読ませない紫は、今日だけはその様子と違って緊張した面持ちで居間で正座してとある人物を待っていた。
「紫様、勝蔵様をお連れしました」
「ご苦労様、藍」
「お邪魔するぜ。妖怪の賢者さんよ」
藍がスキマの中から一礼して報告を終えると、紫の斜め後ろに控える。
それを目で確認しながら、気楽な調子で挨拶する目の前の人間を観察する。
御門 勝蔵。黒い髪はボサボサで、気怠そうにした目はいつも眠そうに垂れている。無精髭を生やした姿は軽く浮浪者なのでは? と疑いを持つが、よくよく見ると肌や服は清潔で、汚いのか汚くないのかいまいちわからない。
ただ、この男が只者でないことは確かである。腰に差した一振りの刀は飾りなどではなく、幾多の妖怪を屠ってきた名刀であり、その使い手である。
この男は人間でありながら妖怪を殺し続ける者。
弱者である人間が強者である妖怪を打倒する者。
妖怪の中でも絶対的強者である自分を前にしてこの男は余裕を崩さない。
紫が今最も注意している人物である。
「妖怪である私の招待を断らないなんて優しいのね」
扇子で口元を隠しながらそう言う紫に、勝蔵は邪気のない顔で答える。
「そりゃあ別嬪の言葉を無下には出来ねぇさ」
「あら、そう」
警戒している相手に褒められるとは思わずそんな生返事で返す。
はっ! これでは相手のペースに乗せられてしまう。何をしているの紫、油断をしてはいけないわ。なんて考え込んでいると、勝蔵は気怠げに問う。
「んで? 俺なんかを呼んでお宅は何がしたいんだ?」
「ふふ、そう急いで答えを聞かなくてもいいじゃない。もう少しゆっくりお話をしましょう?」
「まぁあんたみたいな美人と話せるならそれこそ一生話したいがな。そうも言ってられない状況だってことはお宅が一番わかっているだろ?」
勝蔵の言葉に、紫はさも今気づいたといった調子で頷く。
「そう言えばそうね」
「いや、そう言えばって……」
「あらぁ? 悪鬼剣豪と謳われた貴方でも今の状況だと流石に焦るのかしら?」
「焦るさ。生まれ故郷が吸血鬼共に襲われそうなんだからな」
そう、今こうして紫と勝蔵が対談している間にも、幻想郷を支配しようと企む吸血鬼達が勢力を拡大している。
本来の力を持っていれば対抗していたはずだが、現在幻想郷に住む妖怪達は弱体化をしていて抵抗らしい抵抗が出来ず、着実と吸血鬼の軍門に下っていた。
妖怪が弱体化しているのは実に簡単な理由、妖怪が人間を襲えなくなっていたからだ。
幻想郷と外の世界を切り離した事により、人間の数は限定され、妖怪が人間を襲い続ければ幻想郷に住む人間がいなくなってまうと危惧した紫は急遽人間を襲うことを禁止したのだ。
それは人間で例えるならば、食事はあるけど食うなと言われているようなモノで、妖怪達は見る見るうちに衰弱していった、と言うわけである。
ただ、紫からすればそのような事はしたくはなかったのだ。だがそのまま放置すれば自分が愛する幻想郷が滅んでしまう。
故に苦渋の決断でそういった規則を設けた訳なのだが、そのしっぺ返しとしてなのか、外の世界から突如侵略を開始した吸血鬼達の手によって瞬く間に幻想郷の約6割を明け渡すことになってしまっていた。
紫は今の今まで寝ていて、実のところめっちゃ焦っているが、目の前の男にそのような姿は見せられないため。虚勢を張っていた。
「そうね、無駄話はここまでにしましょう」
「え、あ、うん」
「……こほんっ! では単刀直入に言いましょう。吸血鬼退治を手伝って頂ける?」
「あぁ勿論さ。てか、頼まれなくても勝手にやっていたさ」
「それだと私が困るもの……」
「んあ? なんか言ったか?」
「いえいえ、何もございませんわ」
おほほほっ! と笑う中、紫は内心で舌打ちしていた。
流石に幻想郷であそこまで問題を起こした相手を、人間として逸脱した力を持つ勝蔵とはいえ、全てを任せるわけにはいかない。
本当ならこんなことを頼むこともしたくはなかった。本来なら博麗の巫女に頼むのがベストだが、霊夢はまだ若い。実力はあるし肝も座っているが、如何せん、まだ若い。若すぎるのだ。
そこらの妖怪なら任せてもいいが、今回の相手は吸血鬼であり、木っ端妖怪とはいえ大群である。
彼女に任せるには荷が重い。
そこで白羽の矢が立ったのは御門 勝蔵であった。
この男は本当に人間なのかと疑う程に常人離れした人間だ。
あの風見幽香が好敵手と認めた男と言えば、その凄さがわかるだろう。
さて、好き放題していた吸血鬼にきつーいお灸を据えましょうか。
★ ★
ゆかりんまじくぁわいい。
あ、ども、勝蔵です。
いきなり藍に「紫様がお待ちです。どうか何も聞かずについてきて下さい」とか言われてほいほいついて行った俺を誰が責められようか!
ゆったりとした服装だからわかりにくいが、藍様のお胸は巨乳であると俺の脳内スカウターが言っている。
美人なのに巨乳とか最強すぎる。
はっ!? こんな事を考えてちゃいけない。今は吸血鬼を退治することを考えなくては。現実を見なくちゃ。
実はあの後、紫との対談を終えた俺は藍のスキマで吸血鬼が根城としている紅い館に運ばれたんだよね。
もう一度言う。
吸血鬼が根城にしている紅い館に運ばれたんだよね。
……なにしてくれてんの君ぃぃぃいい!?
後は適当に暴れて下さいと言葉を残して藍ちゃんったら俺を一人にして置いていったからな。
大広間の真ん中で突っ立ってる俺は敵に回りを囲まれた状態やぞ。
取り敢えずこの状況を打開しようと俺は動く。
「ども、この館があまりにも凄いので見学しに来ちゃいました」
語尾にテヘペロッ! が付きそうな顔で言ったら周りの妖怪の警戒度が上がり、殺意が上がった。
やっべぇぞ!
「「「ぶっ殺す!!」」」
殺意満点だよキャッフー! って笑えねぇよ!!
四方八方からくる妖怪を相手に、俺はゆったりとした動きで観察し、腰に差していた刀を鞘から抜き取り、一閃。
するとどうでしょう。果敢に挑んできた雑多な妖怪の上半身と下半身が綺麗に別れちゃうではないか。
うん。今日も切れ味最高だな。
満足気に頷く俺に、周りの妖怪は動揺が隠せないのか、さっきまで殺意満点で襲いかかっていたのに、今は及び腰になっている。正直見てて情けない。
「妖怪が人間にビビるなんておかしな話だ。ほら、来いよ」
くいくいっと手首を上下して挑発すると、短気なヤツから飛びかかってくる。
それを作業感覚で切り捨てていると、いつの間にか周りから生きている妖怪がいなくなっていた。
「なんだ。もう終わりか」
「いいえ、まだ終わりじゃないです」
刀にこびり付いた血を払っていると、一人の女性が現れる。
その女性は華人服とチャイナドレスを足して2で割ったような服に、緑色の帽子を被った女性が覚悟した表情で俺の前に立ち塞がる。
え、この人ってもしくしなくてもあの紅魔館のメンバーの一人、紅美鈴!?
も、門番じゃないのか。てっきり今も門番で門を守っていたと思っていたんだがな。
門はスキマというズルを使って抜けてきたから、会えないもんだと思っていたから嬉しいっちゃ嬉しいのだが、戦うとなればそう喜んではいられないな。
それは単に原作キャラだから戦いたくないとか、そんな下らない理由じゃない。
紅美鈴という存在を知っているならどういう事を得意としているか知っているはずだ。
彼女は武術に掛けては達人級と言われている。確か太極拳を得意としているはず。正直太極拳がどういったのかは知らんが、格闘に関して彼女の右に出る者はいないだろう。いや、知らんけど。
更に言えば、彼女の扱う能力は《気を使う程度の能力》といって、体内のエネルギーやオーラを目に見える形にする能力らしく、単純な武術の技術の高さだけじゃなく身体を強化するような術も持っているのだ。
しかも妖怪だからスタミナ無限、とまではいかないが人間である俺よりもスタミナがあると見たほうがいいな。
俺は周りから人外とか超人とか言われているが、それでもやはり“人”であるから限界がある。
これは今まで木っ端妖怪のようにはいかなそうだな。
そうなると接近戦は愚策か。やるなら魔法を主体とした戦闘が良いとは思うが、なぁ。
――それじゃあ面白くないよな――
俺は無意識に刀を握る手に力が入る。
「戦う前に名を聞いてもいいか? 俺は御門 勝蔵」
「これはご丁寧にどうも、私は紅 美鈴です。では、いざっ!」
予備動作なく美鈴は俺の眼前に迫る。
俺は油断なく刀をカウンターに合わせる様に上段から振り下ろす。
だがそれは完全に見切られ、美鈴は勢いを殺し身体を捻って俺の刀を躱すと躱した勢いを使って裏拳が顔面に振るわれる。
それを上体を曲げて避け、返しに美鈴の顎に向けて蹴りを叩き込むも片方の手で防御される。
ここまでの攻防、僅か数秒。
一度仕切り直すようにお互い後ろに飛ぶ。
「只者じゃないとは思っていましたが、ここまでとは」
「いや、それは俺の台詞だ」
本当にそう言いたい。
確かに美鈴は武術の達人とは言っていたが、ここまでとは思わなかった。
いやね、彼女が原作や二次創作では割りと不憫な扱いされていたりしてて、正直な所“強い”と思っていなかった部分が多少あった。
だが、これは認識を改める必要がある。てか俺はまだ“原作”が~とか考えていたのか。呆れてものも言えないとはこの事か。
ここはゲームの世界じゃない。現実だ。
俺は美鈴を警戒しながら刀を持ってない手で頬を叩く。
「え?」
いきなりの奇行に驚く美鈴に悪いが、これぐらいはしないと頭を切り替えられないからな。
「いきなりすまんな。ちょっと自分が情けなくて気合を入れるためにやった」
「そうですか……なら私も!」
パンッ! と、小刻み良い音が広間に反響する。
え、何この娘、可愛すぎんだけど。
ニコッと笑う美鈴に不覚にも見惚れてしまう。
「それでは、仕切り直しといきましょうっ!」
「あぁ!!」
お互い構えを取り、どちらともなく動く。
「はっ!」
先に動いたのはまたしても美鈴だった。その掛け声と共に放たれるは気弾。エネルギー波の流星が容赦なく俺の視界を覆う。
普通ならこの光景を普通の奴が見れば絶望するだろう。
だが、俺は絶望などしない。前に何かが阻むのならば、この刀で切り開くのみ!
「強くあれ」
言葉と共に身体が軽くなる。手軽かつ強力な魔法で身体強化した俺は、向かってくる気弾を刀で斬り伏せていく。
「んな!? 滅茶苦茶な!」
いや、そっちも大概だと思うぞ、という言葉は心の中で呟くだけにして、俺は次に行動を移す。
何も美鈴だけが気弾を使えるわけじゃないってことを俺が証明してやる。
刀を下段に構えた俺は、腰を落とし、標的がいないにも関わらず刀を斜めに斬り上げる。
その行動に怪訝な表情をしていた美鈴は、次の瞬間驚愕に顔を染める。
「なっ!? 斬撃を飛ばしてきた!?」
そう、俺は修行の果に漫画で良く見られる斬撃飛ばしを習得していたのだ。
これが出来た当初は嬉しすぎてそこらの岩や木をばっさばっさと斬ってしまい、後でゆかりんにマジで怒られたという思い出がある。あの時のゆかりんまじ怖かったガクブル。
「斬撃ぐらい飛ばせなくちゃ男じゃねぇよ」
「いや、それはどういう理屈ですか! 普通にありえませんから!」
あっはい。御尤もです。
俺の放つ斬撃を気で弾き飛ばす美鈴に苦笑しながら俺はドラゴ○ボールよろしくグミ撃ちで圧倒する。
ふははは! 某王子様のように内心で高笑いしながら斬撃を飛ばす。
あ、これフラグかも。
「くぅ、な、め、る、なぁ!!」
一際強力な気弾が斬撃を吹き飛ばし、光で正面が覆われる。
ですよね~。
数で攻める事は悪くないんだけど、こういった勝負ではそういうの効かない事が多々あるから困る。
ため息を吐きながら、俺は居合の構えを取り、目にも留まらぬ剣速でその気弾を斬り裂く。
「ふっ……またつまらぬモノを斬ってしまった」
背後の爆音を耳にしながら、刀が使えるようになったら言いたかったベスト10に入る言葉『ふっ……またつまらぬモノを斬ってしまった』を言えて満足気に頷いていると、美鈴が頬を引き攣らせていた。
「貴方、本当に人間ですか?」
「一応人間だよ」
ニヤッと笑うと美鈴の顔が一層悪くなる。
「これは出し惜しみしていたらすぐにやられそうですね」
「やるからには本気でやらなきゃ後悔するぜ?」
美鈴は身体全体をオーラを身に纏うと、猪突猛進とも言えるぐらい真っ直ぐに突撃してくる。
それは一個の砲弾のようで、だが実際はその砲弾よりも凶悪な破壊力を持って俺の懐に肉薄する。
美鈴は両手を後方に引き、まるで弓のように撓らせると、俺の胸部に引き絞った矢が放たれる。
回避は不可、なら受け止めるしかない。
刀を横にし、腹で受け止めると尋常じゃない衝撃が刀から手に、腕に、身体に響く。
っ! なんつう威力だよおい。
ビリビリと大気が揺れる。受け止めた手や腕が痺れる。
「ぬぅぅおおおぉおお!!」
気合と根性で無理やり美鈴の腕を上へと逸らす。
瞬間、俺は美鈴の腹に蹴りを一撃叩き込み、一旦離れる。
「あれで死なないんですか」
「死ぬかと思ったわ」
冗談抜きでやばかった。
もしあれが生身の身体に入ったら肉片しか残らんだろ。
美鈴やばすぎ。
「次は当てます」
また同じ構えをする美鈴に、俺は冷静にさっきの攻撃を分析し、やることを決める。
「居合の構えですか。私の一撃か、貴方の一撃か、どちらが入るか勝負です」
俺は静かに呼吸を整える。
鞘に戻した刀の柄を掴み、腰を落とす。
先程の嵐のような音は鳴りを潜め、数秒、或いは数分静寂が広間を支配する。
ずっと続くんじゃないかと思われた静寂は、どちらの汗が落ちたかもわからない音で破られた。
先手は美鈴。まぁ当然だ。俺は居合でのカウンターなんだからな。
美鈴の周辺が気で荒れる。先程よりも間違いなく強力な一撃が来ることは必至。
それでも俺は焦らない。ただ真っ直ぐ、美鈴を見つめる。
一瞬。それは刹那の時間。
俺は美鈴の後ろにいた。
そしてゆっくりと振り抜いた刀を鞘に収める。
「見事……」
そう言って美鈴の身体はゆっくりと地面に倒れる。
「はぁ……死ぬかと思った」
俺はやれやれとため息を吐きながらその場を後にした。