緋月昇は記録者である   作:Feldelt

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第30話 想いの殴り合い

目の前の出来事から目を背けたかった。

泣きじゃくる友奈と横たわる夏凜。

今この場で起きていることはそれだけだ。

 

──だが、物事には因果というものがある。

 

何がどうしたからこうなった。

『何がどうした』の部分が『因』、『こうなった』が『果』である。この場合、『因』は満開、『果』が散華だ。

 

散華したから...両目と両耳の機能が持っていかれた。満開が無ければそんなことは起きなかった。でも、俺は満開をさせないことはできなかった。

 

──あんたは目を逸らしちゃいけないのよ、私から...私の覚悟から!──

 

「...!わかってるよ...見届けたよ夏凜...でも...でもな...その覚悟は悲愴すぎる...」

 

先の満開の輝きが目に焼き付いたせいで今、俺の視界に色はない。彩度の落ちた暗い暗い世界だ。

いや、暗いのは樹海の深部にいるからで、根に囲まれて光が届かないだけか。

 

そう思ってないとやってられなくなってる。

そんな俺にまだ少し涙声の友奈が声をかけた。

 

「ひーくん、夏凜ちゃんが話があるって...」

 

そうか。とだけ言って俺は夏凜の横に座る。それと同時に夏凜は話しはじめた。きっと空気の揺れとかを感じたんだろう。触覚は無事か...

 

「昇...きっと今のあんたは私の無事なところを探していたり、私がこうなったことを止められなかったって思ってるんでしょうね...」

「っ...!お見通しかよ、また...」

「えぇ、わかるわよ...私が大赦で訓練を受けていた数ヶ月と、勇者部にいた数ヶ月...合わせると一年近いんだから...」

 

そうか、一年なのか...

 

「あんたは見ることが仕事よ、昇。でも私はちょっと重荷を背負わせちゃったわね...でもお願いするわ。友奈を支えてあげて。」

「本人の前で言うのかよ...なんだかなぁ...」

 

友奈を支えることは俺には出来ないよ...でも出来ないことを頼む夏凜ではない。

 

「...思いつく方法はあるけど...支えるって言うのかねこれ...焚き付けって言うよな...」

「ひーくん...」

 

今から俺がやろうとすることは瞬間的には支えるとは対極にある行動だ。うまくいけば結果的に支えたことにはなるだろう。うまくいかなかったら...東郷に撃たれるな。やれやれ。

 

「友奈、ちょっと来い。」

「え?あ、うん...」

 

まずは夏凜から離れる。そして。

 

「許せ。」

「え...!?」

 

友奈に殴りかかった。

 

 

───────

 

 

「っとと...どうしたのひーくん!?」

「どうした、か...気でも狂ったと言っておこうかな...!せいや!」

 

武術を会得している友奈に対して徒手空拳を繰り出すのは完全に相手の土俵で戦うようなもの。まともにやり合えば当然俺に勝機はない。だから不正マシマシで素人の拳を経験者のそれに仕立て上げる。具体的には霊札による身体能力の底上げ、大赦での対友奈想定の訓練だ。加えて友奈は変身できない。だが、これで互角。

 

「ひー、くん...!」

「俺は夏凜に友奈を支えろと言われた...支えて、心を安定させて、東郷を止めさせるために...東郷を一番わかっているのは友奈だ。だけどな...止める為には力がいる...勇者の力が。残念ながら俺は勇者じゃない...仮に東郷を止めたとしても流れてくるバーテックスは止められない。東郷を止めるなら、勇者じゃなきゃだめだ。...友奈、東郷を止めたいんだろう?何を迷っている...!」

「私は...東郷さんを止めたいよ!でも...今の私じゃ...きっと東郷さんの涙は止められない...」

「だから動かないのか...夏凜を犠牲にしても変わらないのに、まだ動かないのか!」

 

数回繰り出したパンチは全て防がれる。物理のパンチは。だが、精神へのパンチは止められない。

 

「犠牲なんて、そんなこと...!」

「犠牲だよ...あれじゃあもう戦えない...残念だけど俺の目には...今のお前は他人の犠牲に安堵している姑息な愚か者にしか見えねぇんだよ!」

 

攻撃速度を一段上げる。一撃の一瞬でそれを見切られるが、反撃の構えもあるがそれはこの際どうでもいい。どうでもいい些事だ。

 

「三好夏凜は勇者だ!自身を引き換えにしたとはいえほぼ全ての敵を殲滅した!」

 

攻撃を緩めない。

 

「犬吠埼樹は勇者だ!ただ一人満足に戦える状況で、ただの一体も敵をうち漏らすことなく撃破していった!」

 

攻撃を速くする。

 

「犬吠埼風は勇者だ!自分が守ってきたものに騙されたと知ってもなお、大切な人を守る為に世界に立ち向かうことを選んだ!」

 

守りを捨てる。

 

「東郷美森は勇者だ!真実を知って現実に嘆いてもなお、それを打開しようと考えて行動した!」

 

だんだん友奈の反撃が当たってきた。対して俺の攻撃は全て捌かれている。経験の差が如実に現れているが、気持ちでは俺が勝っている。

 

「緋月昇は...勇者じゃない!俺は...目で見て、耳で聞いて判断して、それを記録するだけだ!俺はそれだけしか出来ない!なにかを変える力なんてない!けど...せめて俺に...!」

 

渾身の拳を札で作った右手に作り殴り掛かる。

 

「『結城友奈は勇者である』と、記録させやがれぇぇっ!!!」

 

その言葉と想いは友奈の心を動かしたんだと思う。その瞬間に友奈ははっとした表情になり、防御が薄れたのだから。

そしてそれは友奈の顔面に俺の拳が吸い寄せられるように止まらずに進むことを意味する。

 

「っ...!」

 

友奈は目を瞑った。だが俺には殴った手応えはない。当然、友奈には殴られた痛みもない。

何故か。霊札の腕が崩れていったからだ。

 

「ははっ...よくもった方だよ...」

「...ひーくん...なんで止めたの...?」

「止めたくて止めた訳じゃない...霊札も精神依存なんだよ...流石に俺もちょっと精神がボロボロでな...でも...友奈。お前はもう大丈夫だろ。」

 

下手な焚き付けだと自分でも思う。だけど、下手な気遣いよりかは絶対にマシだ。

 

「うん...ありがとうひーくん。私...東郷さんを止めて、バーテックスも倒して、みんなと一緒にまた勇者部で過ごしたい。だからそのために...行ってくるね。」

 

憑き物が落ちたと言うべきか。

友奈の笑顔は以前のそれよりも優しく輝いていた。だから俺は言う。言わなきゃならない。

 

「行ってこい。結城友奈は勇者だ。全てを受け入れ、全てを守る。そして全てを愛す。」

「ちょっと恥ずかしいよ...」

「うるせー俺もだ。...待ってるぞ。勇者部で。」

 

「うん!」

 

そして友奈は変身して戦場へと帰還していった。

 

 

───────

 

 

「...夏凜...これでいいんだよな...」

 

友奈との小競り合いで疲れた俺は夏凜から少し離れたところで座り込んだ。

 

「良いはずなんだよ...もう休みたいよ...」

 

霊札が不安定だ。当然だろう。右腕がなくなり、夏凜が散華し、友奈に厳しく当たる。精神が持たないわけがない。

 

「やだよ...もう嫌だ...もう、おかしくなっちまうじゃねぇかよ...!壊れちまいそうだよ!」

 

だが俺はすんでのところでまだ壊れていない。幸か不幸かはわからないが、それはやはり緋月昇は勇者ではなく記録者であることが一番の要因であろう。

噛み砕いて言えば頭が追いつくのだ。先に説明した因果を捉えることができる。それ故に心に傷を与えてくるものを理解して、意識的にしろ無意識的にしろそれに対応してしまう。もっとわかりやすくいえばストレスを限界まで溜め込むタイプなのだ。

 

だからこそ、緋月昇は記録者であるのだ。

 

「ははっ...あー、嫌だ嫌だ...労災降りんのかなこれ...報告書何枚書くんだよ...嫌だなぁ...」

 

仰向けに転がった俺の視界はまだ少し暗かった。いやちょっと違うな。少し、闇がかっていた。

 

 

 




次回、第31話「終わりの焔、繋ぎ止める花」

長かった特別警報編も終わりですぜ。
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