朱に交われば紅くなる【完結】 作:9.21
ゴールデンウィークが明けた、1年中を通しても過ごしやすい気候とされる5月の上旬。大抵の人は、一月経てば新しい環境にも適応するようになり、俺のクラスも既にいくつかの仲良しグループに分かれている。
クラスという、1年を共にする集団がまとまるにはまだまだ結束が必要である。だが、結束というものは日常生活の中で簡単には生まれない。裏を返せば、きっかけとなる出来事があればいいのだ。つまり、学校はこの時期を狙って行事――イベントを予定してくる。
うちの学校では、それは体育祭に位置する。その開催が、もう1週間後に迫っているのだ。生徒会はその進行も任されている。ほとんどの準備は終えているが、今の時期はそれらの最終確認でかなり忙しかった。……全く、次から次へと学校行事を企画しやがって。運営する身にもなってほしい。
「松浦、プログラムの確認終わったぞ」
「お疲れ様、真哉。少し休憩しよっか」
「……はー、だりぃ」
「さっきからそればっかり。もしかして五月病?」
「ちげーよ」
松浦
そんな事はどうでも良くって。今現在、俺たちは生徒会室で体育祭に向けた準備をしている。開会式や閉会式の進行だとか、その他プログラムの確認などだ。リハーサルも間近に控えているし、それに向けてっていうのもある。なんで昼休みにやるんだか。
俺が不満なのは、仕事が増えている事に対してではない。忙しいのはいつもの事だし。問題は、なぜコイツと2人で仕事をしているのかということである。俺は、この松浦果南という人間が苦手なのだ。
「ほら、天気もこんなに良いし。午後からも練習あるし。元気出していかないと」
「だから面倒くさいんだけどな」
「なんで?午後も運動出来るんだよ?」
「へいへい、応援団長様はもう黙っててくれ。頭痛い」
俺がコイツを苦手としている所以である。松浦の性格は結構サバサバしており、あまり細かい事を気にしないタチ。女子の中では珍しい性格で、クラスでも男女問わずに人気が高い。
逆に、やや神経質な俺にとってはあまり反りが合わないといえるが。ずっと書類の確認をしていた今でさえ、松浦の机の上は文房具やらプリントやらが散乱している。目につくから片付けろ……ってのはエゴではあるのだが。
普段生徒会に属していない松浦だが、今回は別。応援団長という、この体育祭におけるリーダー的なポジションにいるのだ。基本的に男子生徒が多いのだが、彼女の高い運動能力とその性格から反対するものはいなかった。そういうわけで、彼女はこのように運営にも携わってもらっているのだ。
「そうは言っても、真哉も体育祭楽しみでしょ? 今年で私たち最後なんだし」
「俺は興味ねぇの。運動だって好きじゃねぇし」
「競技には真剣になってもらわなきゃ困るよ~。クラス対抗リレーに出てもらうんだから」
その単語を聞いて、また俺の気が重くなった。クラス対抗リレーである。この競技はクラスで男女4名ずつを選抜し、リレーを行うというものだ。1、2年の時は体調が悪いとか足を痛めたとかで回避してきたが、とうとう今年は選手になってしまった。結局、無駄に出る競技が増えるだけで何一つメリットがない。
俺の出場する競技は、このクラス対抗リレーに加えて個人種目の障害物競争、それと全校男子の競技と学年競技。計4つである。……多い。
体育祭と文化祭。正直どちらも好きではないが、どちらかといえば体育祭の方が嫌いだ。カラダを動かさないといけないし、何より手抜きが出来ない。いっその事本番を休みたいくらいだが、それも立場上難しい。 頭の痛い話である。
「その競技、俺が出ないとダメか? 他にも足が速い奴はいるだろーが」
「ダメ。真哉は足速いのに、今までもサボってきたらしいじゃん。最後くらいは出とこうよ」
「余計なお世話だっての」
さらっとメンバーチェンジを促してみるも、あえなく玉砕。どうせメンバーの登録がもう終わっているから、大怪我でもしない限りは交代不可なのだが。さすがに、これの欠場の為だけに怪我をするわけにはいかないし。
はぁ、と俺は頭を抱えながら弁当箱に手を伸ばす。最近は昼休みも仕事に取られるせいで、ろくに昼食を取ることもままならない。生徒会室で仕事をしながら……ってのがお決まりになりつつある。もちろん、屋上になんて行けるわけがない。
「そういえば、真哉にお願いがあるんだけど……。紅団の副団長がさ、足を骨折しちゃったじゃん?」
「へー、初めて知った」
松浦はおにぎりにかぶり付きながら、俺に尋ねる。紅団の副団長――すなわち、松浦のパートナーに当たる人物だ。クラスは違うし、面識もないから骨折のニュースなんて初耳だった。
だが、俺へのお願いとそれが何の関係があるのか。俺は興味がないと遠回しに言うように、弁当を咀嚼しながら松浦の言葉に応える。
「だからさ、彼の代わりを真哉にしてくれないかなーって」
「んぶふっ!? は、はぁ!!?」
あまりにも驚いたせいで、おかずが胃じゃなくて肺に入りそうになった。というかコイツなんて言った? 代理とはいえ、俺に副団長をやれと? 今の今まで面倒だの何だの言ってた俺に、よく頼む気になれたなお前。
当の松浦というと、俺がむせている理由も全く分かっておらず首を傾げる始末。というか、気づけこのバカ野郎。なんで、自分が変なことを言ったかどうかに疑問を持ってないんだよ。
言うまでもないが、副団長の代理なんて絶対にお断りだ。みんなの前で『紅団ファイトー!!』とか言えってか。意地でもしたくねぇよそんなもの。
「あ、でも副団長の全部の仕事をって訳じゃないんだよ。彼の代わりに旗を持ったり振ったりとか、そんなレベルだから」
「残念ながら何のフォローにもなってねぇぞ、それ」
副団長の仕事を完全にバトンタッチというわけではなく、足の骨折による障害が発生する場合に限り、仕事を代行してほしいというものらしい。まぁ要するに、サポートである。
とはいえ、それでも俺がやる理由にはならない。ソイツと大して仲が良いわけでもなし、面倒くさい事には変わりがないし。なんだって、人様のためにそこまでしないといけないのだ。俺は聖人じゃないし、生徒会は便利屋とは違う。
「あー。ちなみにこれ、決定事項らしいんだ」
「……は?」
「ダイヤと相談しててね。真哉なら大丈夫だろうって。時間もないし……ゴメンね!!」
「なに人の与り知らぬ所で、色々と決めてんだよてめぇら」
本人にお願いする前から既に決まっているとか、どういう事だよ。こういう大事な事って、普通は事前承諾が必要だろうが。事後承諾で済ますな。承諾してないし、したくもないけど。
一応、松浦の言い分も筋が通っているのがまた困り者。あまりにも副団長の骨折が急だったのと体育祭が本番間近にあるというのとで、副団長の代理を探している暇がなかったのだとか。だから生徒会から選ぶ――なぜか黒澤の推薦で俺になったというわけだ。事務職と副団長だと仕事の種類が違うだろうが阿呆。間違いなく俺は不適任だわ。
……頭が痛くなってきた。下手したら、これって全校生徒の前で応援とかしないといけないのか? 黒歴史の代表格になりかねないんだが。本人のやりたくないの一存は……もう今さら通らないよな。おかしい話なんだが。
「ホントにゴメンね、真哉。仕事増やしちゃって。私としても、知ってる人の方が良かったからさ……」
「どうせ今さら変更出来ないんだし、もう謝るだけ無駄だろ」
「んー……。ま、それもそっか」
「ちっとは気にしろ……」
コイツにフォローなんて入れた自分がバカだと思った瞬間。そうだな、お前は細かいことは気にしない奴だったな。俺にとっては重大事項だけど。
俺は箸を置き、髪をぐしゃりと掴んで唸った。この行き場のないイライラをどうにかしたい。松浦がもう大して気にしていないのが、それに更に拍車をかけている。俺が机に突っ伏していると、生徒会室のドアが音を立てた。
「空いてるよー」
弁当を食べ進めていた松浦がノックに応える。ドアが開いてそこから現れたのは、ルビィの姿だった。かれこれ、最近は見ていなかった気がする。といっても、せいぜい1週間くらいのものだが。
さっきも言ったが、ここ最近は生徒会の仕事に負われていたせいもあって、昼食はここで済ませる事が多かった。学年の違う俺とルビィの接点なんて、昼休みくらいしかない。そうなれば、自然と会う機会は減るわけで。
『お邪魔します』と小さく呟き、生徒会室へと入ってくるルビィ。もう皆まで言わなくても分かりそうだが、敢えて問いたい。何をしに来た。
「ルビィちゃん、いらっしゃーい」
「こ、こんにちは果南さん。それと、真哉さん」
「何の用だ」
「その、最近会ってないのでどうしたのかなーって。お姉ちゃんに聞いたら、ここだって聞いたので来ちゃいました」
えへへと小さくはにかむルビィ。それを見た松浦は、ふーんと俺を肘で小突く。鬱陶しい。ったくこの年代の奴は、どいつもコイツも似たような反応しやがって。
昼食はいつも通り屋上で、国木田と2人で摂ったらしい。国木田が図書委員の仕事で別れたため、どうも暇になったとか。それで、ふと俺のことを黒澤に聞いたそうだ。
別にその事を悪く言う気はないが、昼食を食べ終えたらまた仕事である。正直、構っている暇はない。
「これからまた仕事だ。悪いが、部外者は出ていってくれ」
「え、あ、はい……。ごめんなさい、ルビィ無神経で……」
それまで多少なりとも笑顔が見られたルビィの顔が、途端に曇ったように落ち込んだ。勝手に来たとはいえ、こうも突き放すような言い方をしたら無理もないか。ちょっと申し訳ないような気もする。
俺は今までもコイツに対してそれなりに毒を吐いてきたが、ここまで落ち込まれたのは初めてな気がする。俺のなかでも、どうすれば良いか分からなくなってしまった。フォローや謝罪の言葉がイマイチ浮かんでこない。
先程の唐突な取り決めでイライラしていたのもある。今までの仕事のストレスが溜まっていたのもある。だがそれはただの言い訳にすぎない。俺の言葉で言うなら、ルビィにとって『知ったことではない』情報だ。
今掛けるべき言葉はそんなものではない。ルビィはそんな俺の事情を知りたいわけではないのだ。言葉探しに試行錯誤していると、松浦が横やりを入れてきた。
「真哉、ちょっと言い過ぎじゃない? ほら、会いたくて来たわけなんだし」
「俺はコイツの保護者じゃないんだぞ」
つい、松浦の言葉に反論の声を挙げてしまった。それを利用して素直に謝ることも出来ただろうに、何をやっているんだ俺は。傷口に塩を塗り込む形になってしまったではないか。
俺が我に帰った時はもう遅かった。そのセリフはまるで、自分に非はないと言っている傲慢な人間そのもの。俺を宥めてくれた松浦にとっても、ルビィにとっても取り返しのつかない一言になってしまった。
それが決定的となって、ルビィは何も言わずに教室を出ていってしまった。出ていく際に急いで頭を下げたのが、また何とも辛く感じる。あの性格上、自分が邪魔をしたのだと責めているんだろうか。……いや、そう考えること自体が傲慢か。怒っていても不思議じゃない。
「追わなくていいの?」
「……今行っても逆効果だろ。それより、早く仕事進めるぞ」
松浦の言葉に俺は一瞬躊躇った。躊躇ったが、席を立つことはなかった。行って何を話すのか分からないってのもあるが、単に行くのが怖かったのかもしれない。面と向かって嫌いだと言われることが。
だからこそ、俺は松浦も自分自身も納得させるように行かない理由を話した。本当は、すぐにでも追った方が良いに決まっているのに。つくづく自分は弱い人間だと感じた。自分の非を表面に現せられない、弱い人間だ。
結局大して仕事が進むことはなく、次の日また次の日と過ぎていった。俺は途端に屋上に行きづらくなってしまい、生徒会室か教室で昼食をとるようになった。その時にまた自分を訪ねてくるようだったら、開口一番に謝っておこうと決めて。
だが、その考えそのものが甘かった。いつまで経っても、自分は受け身のままなのだ。直接教室に向かうほどの勇気が、俺にはなかった。拒絶、その2文字が邪魔をしていたから。
リハーサルでも顔を合わせることなく、そのまま体育祭の本番を迎えることになる。幸か不幸か、俺のクラスとルビィのクラスは、同じ紅団であった。
果南のキャラが掴めたのか、分からないまんま書き終えた今回。やっぱり、学校行事は多く使わないとねって事で、次回から体育祭です。主人公は、果たして素直にごめんなさいを言えるのか。
感想・評価お待ちしてます。ではでは~