朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

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アニメ終わっちゃったなぁ……


ずっと抱えていた

 あの遠足の日から、3日が経とうとしていた。あの後、ルビィも俺も無事に帰ることができ、何とか事なきを得たのだ。勝手な行動をとったことに関して、小原に大目玉を喰らいはしたが。

 遠足の日こそ悪天候だったものの、ここ最近は清々しいくらいの晴天が続いている。家の中から見ても、太陽の光が眩しくて目を覆うほどだった。外に出たら更にそう思うこと請け合いだろう。

 だが、正直俺の気分はそれほど晴れやかではない。どちらかといえば、遠足当日の天気に近いレベルだ。まぁ、その天候のせいで今の状態になっているといっても過言ではないのだが。

 

「37.8℃……クソったれ下がらねぇ」

 

 体温計を脇から外し、椅子の上に無造作に放り投げる。どれだけ悪態をついても熱は下がらないし、今日も大人しく寝ているしかない。……いや、もう1日中たっぷりと寝たんだが。

 遠足から3日。俺は1度も学校に行っていない。理由はお察しの通り、下がらない熱。医者曰くただの風邪らしいが、一向に熱は下がる気配を見せない。今日だって起きては寝、起きては寝を繰り返しているのだ。もう夕方だし、このままだと明日も休みかねない。

 多分、ルビィをおぶった時に雨に濡れたのが原因だったんだろうなぁ。いくら春になったとはいえ、傘もささずに歩いていたら風邪も引くか。

 

「クソ、頭重い……」

 

 対するルビィは、俺が傘を貸した事もあって雨に濡れることなく、翌日から元気に学校へ通っているらしい。黒澤が心配のメールと共にそう言っていた。アイツが元気にしているなら、この状態もまだ救われるか。

 とはいったものの、3日間も熱が下がらない状態が辛くないはずもなく。冷えピタ、氷枕、風邪薬の三銃士が、もはや役に立たない現状のせいで頭を抱えたくなる。親もまだ仕事から戻らないし、本格的に対抗策がなくなってきた。

 

「……腹減った」

 

 何か口に入れれば気も紛れるだろうか。寝過ごしたせいで昼食も摂っていないし、そうしようと決めてベッドから起き上がる。うん、少しフラつくが歩けるだろう。

 壁を支えにして1歩1歩ゆっくりと歩く。俺がリビングに出たとちょうどその時。よく通る音でインターホンが鳴った。

 ……出た方がいいんだろうか。ベッドで寝ていたら居留守でも決め込めたのに、本当にタイミングの悪い。くだらん勧誘やセールスだったら、どうしてやろうか。

 熱のせいもあってか、イライラは普段より3割ほど増し。何とか玄関まで辿り着くと、無造作にドアを開ける。だが、そこにいたのは意外な人物だった。

 

「こ、こんにちは……急にごめんなさい」

 

 紅いツインテールを揺らし、頭を下げるルビィ。下校途中なのか、制服姿のままだ。どうして、コイツが俺の家を知っているのか。

 

「何をしに来た」

「その、真哉さんがずっと休んでるって聞いて。それで、鞠莉さんからお家の場所を教えてもらって……」

「……はぁ、上がれ」

「お、お邪魔します……」

 

 相変わらずオドオドしているルビィに対して、俺は溜め息を1つ。このやり取りも、3日ぶりと思えば久しぶりに思えてくる。……すっかり習慣化してしまっているな。

 先ほど俺が感じた疑問はスッと解けた。小原が教えたのか。勝手に人の家を教えるのは感心しないが、今回はまぁ許してもいいだろうか。アイツだって、良かれと思ってルビィを送り込んだんだろうし……多分。

 俺は布団に潜り込み、ルビィを部屋の椅子に適当に座らせる。先ほど起き上がったのは空腹のせいだと気がついたのは、その後であった。ルビィは落ち着かない様子で、俺の部屋をキョロキョロしている。

 

「あんまりジロジロ見ても、面白いもんはねぇぞ」

「あ、すいません。その、男の人の部屋って初めてなので……あっ」

「どした」

「いえ、あの飾っている衣装。ルビィも知ってるものなので」

 

 ルビィはそう言うと、洋服タンスに掛けられていた衣装を指差した。白い生地に深緑のリボン、そして赤いスカート。確かに、俺の部屋にあるものでは明らかに異色だ。

 そういえば、ルビィはアイドルが好きだと聞いた記憶がある。黒澤とは似ても似つかぬ、だがルビィらしいと思える好み。だからこそ、すぐに反応したのだろう。

 もちろん、俺が着るために飾っているわけではない。いや、誰かが着るためにあるわけではない。アイツが着る『予定』ではあったが、もうその時は永遠に訪れない。

 

「真哉さんも、アイドルが好きなんですか?」

「俺じゃない。好きだったのは俺の妹だ。そこに写真があるだろ」

 

 俺は本棚の上に飾っている写真を指差す。そこに写っているのは、俺が中学1年の頃に撮った写真。秋葉原に旅行に行ったときのものだ。俺の隣で、黒髪をツインテールに縛った少女が歯を見せて笑っている。

 俺の妹、名は愛。臆病でドジで、世話のかかるやつだった。それでもアイドルには目がなく、その手の話題にだけは強く反応を見せた。将来の夢はアイドルだと胸を張っていうほど、アイドルに対して真摯だった。

 

「わー、可愛い!! 妹さん、アイドルみたいです」

「……そりゃ最高の褒め言葉だな。聞いたら喜ぶだろうよ」

「ルビィと同じくらいの年ですよね? 学校では見たことないけど……」

「死んでるからな」

 

 俺の放った何気ない一言に、ルビィの表情は凍りついた。まぁ、妥当な反応だろう。もし生きていれば今年が中学校入学の年になっているはず。そう、コイツと同い年である。

 もし同じクラスだったら、似た者同士意気投合していたに違いない。その分俺の苦労も倍増しするであろう事を思えば、手放しでは喜べないが。そんな心配も、ただの『たられば』に過ぎない。

 

「その、ごめんなさい!! ルビィ無神経で……」

「妹の話を始めたのは俺だ。お前が謝る必要はない」

「本当にごめんなさい。……あっ、ルビィりんご持ってきたんです。剥いてくるので、台所借りてもいいですか?」

「あぁ、好きにしろ。果物ナイフは引き出しの中にあっから」

 

 気を使ったのか、その場に居づらくなったのか。ルビィはトテトテと台所へ向かう。小さなアパートだから、ドアを開けばベッドにいながらでも台所の様子が伺える。正直な話、アイツが指を切らないか不安でしかない。

 とはいえ、さすがに自分が出来ないことをしようとは思わないだろう。家庭科の授業でさえ、りんごの皮剥きはやるし。さすがに過保護すぎるかと思い、俺は再び洋服タンスに目をやった。

 今となっては伝説となったアイドルが、実際にステージで使っていた衣装。これは、それをモデルに作られたコスプレ用だ。誰にも着られなくなったそれは、買った当時から色褪せる事はない。衣装としての役目を果たせないまま、ずっと飾られたままである。

 

「やっぱ、この焦げ目立つな……。ハハッ、これでも煤は落としたのに」

 

 俺はカラダを起こすと、スカートについた黒い焦げを手で触れた。赤いスカートに似つかわしくないそれは、異様な存在感を放っている。服の部分の方は見た目は何ともないが、スカートだけはどうしても目立つ。

 2年前、俺の妹は11歳という若さでこの世を去った。理由は火事。どこの誰かも分からない全く関わりのない奴に、真夜中家を燃やされたのだ。ようするに、無差別な放火に巻き込まれたということ。4人家族だったうち、残ったのは俺と母さん―――そして、あの衣装。愛が遺したものだ。

 忘れもしない、あの日の出来事。俺から何もかもを奪った、悪夢の日……。

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

 俺は愛を助けられなかった。火の回りが早くて、彼女は部屋に閉じ込められたまま出てこれなかった。俺は何度も助けに行こうとした。でも―――怖くて動けなかった。自分はいち早く避難し、そのまま家族を見殺しにしたのだ。

 あれから、ずっと幻聴と頭痛に苛まれるようになった。もういるはずのない妹が、なぜ自分を助けなかったのかと恨み言を残していく。本当は違うと分かってても、それが本物に聞こえてしょうがない。

 ずっとずっと後悔して生きてきた。4人家族の、うち2人を失う事は、まだ当時中学1年の俺には早すぎたのだ。その重責と悲哀の重みに耐えられず、俺は次第に心を閉ざした。失うときはあっという間、ならばもう何も得なければいいんだと。

 だが、そんな俺の領域に容赦なく侵入してくるヤツがいた。ドジで泣き虫だが、自分の芯を持っている2つ下の後輩。その純粋で真っ直ぐな性格は、俺が霞むほどに眩しく。そして……どこか妹の面影があった。

 まだ出会って間もないというのに、俺は少しずつ――亀が歩くようにゆっくりとではあるが、何かが変わっている気がする。自分でも分からないが、確実に何かが……。もっと一緒にいれば、いつの日か分かるだろうか。そして、また昔みたいに笑えたら俺は……。

 

「……」

「あ、起きました? その、りんごの皮を剥いてたら、真哉さん寝ちゃってて。無理に起こすのもどうかなって思ったので……」

 

 とたんに夢から覚める。俺の視界に映ったのは、安堵したルビィの顔。いつからこうだったのか、机の上には切り分けられていたりんごの乗った皿があった。俺は、ゆっくりと上半身だけを起こす。

 

「それは悪かった。それより、その手は……」

 

 俺が空いてる方の指で指したのは、いつの間にか塞がっていた左手。ルビィのその小さな両手が、俺の手を包んでいた。

 俺がそれに言及するとルビィは申し訳なさそうにしたが、別に嫌な気分はしない。むしろ、悪くないくらいに思っていた。さっきまで感じていた不穏な空気が薄れ、気分が楽になるくらいに。その小さな手は、包容力に満ちていた。

 

「あ、ごめんなさい。結構うなされてたから、不安にならないようにって……。お姉ちゃんもルビィによくしてくれたので」

「そうか」

「すっ、すいません!! すぐに離しますので……」

「いや、そのままでいてくれ」

 

 俺がそう言うと、ルビィは目を丸くして驚いていた。あんまり『らしくない』事を言ったからだろうか。それは俺だって自覚はしている。普段なら無言で離すか、悪態の1つでも付くはずだ。

 それでも、ルビィは微笑みながら一層強く俺の手を握ってくれた。熱のあるカラダには、彼女のひんやりとした手が心地よい。それでいて、人の温もりを感じられた。しばらく忘れていた感覚だ。

 俺は空いた方の手で、自分の目尻をそっと触れる。僅かに残っていた水滴が指先に乗り、俺に全てを悟らせた。そうか、俺は泣いていたんだ。辛い過去から抜け出せなくて。独りを寂しく感じて……。

 

「……俺の妹は、2年前に火事で死んだ。逃げ出せなかったんだ」

「ッ!!」

「あの衣装は、その妹のだ。当時リビングにあったのを、俺が持ち出した。少し焦げてるけどな」

 

 頼まれるでもなく、俺は自分の過去をルビィに話し始める。ルビィの顔が、少し青ざめた気がした。それでも、俺の目を見て真剣に聞いている。

 なぜコイツに話そうと至ったのかは分からない。中途半端に知られたからか、一瞬の気の迷いか。どちらも違う。はっきりとは言えないが、多分聞いてほしいのだ。誰かに打ち明けて、少しでも楽になりたい。そういう気持ちが、今までもあったのかもしれない。

 

「俺は何も出来なかった。母と脱出した後は、燃えていく家を見ていくしかなかった……。助けられなかった」

 

 空いた方の手は、強く握りしめられている。悔しさと自分への怒りが沸々と沸き上がる。あの日、自分の無力さをどれだけ呪ったことか。

 母の静止を振り切って、俺が妹を助けに行けば。自分の少しの火傷と引き換えに、命だけは助けられたかもしれない。燃え盛る火を怖がらなければ。あの衣装を妹に着せられたかもしれない。

 そんな『たられば』を並べても、何か現状が変わるわけではない。頭では分かっていても、後悔とは常に付きまとうものだ。その気持ちは、この2年間何も変わっていない。

 

「弱い……よなぁ。家族を助けられない上、ずっと引きずって生きてるなんて」

「……真哉さんは弱くなんてありません」

 

 俺の話を黙って聞いているだけだったルビィが、初めて口を開いた。それは、俺の自虐を否定する発言。気休めでも何でもなく、本心で言ってくれているというのは目を見れば分かった。

 普段おどおどしているルビィだが、その意見はきっぱりと言い切っていた。それには過度なほどの遠慮も、常に何かを怖がっているような姿勢も感じられない。初めて見せた、ルビィの意外な一面。

 

「ルビィは真哉さんに助けられました。ずっと1人で怖かったところを、真哉さんは大雨の中助けに来てくれました」

「あれは……ただ必死だっただけだ」

「他にもありますよ。出会った時はケガの手当て、お昼ご飯が食べられなかったときは自分のを譲ってくれましたし。あとは……」

「分かった、分かったからもういい」

 

 身を乗り出して訴えるルビィに気押されし、俺はとうとう根負けした。まさかコイツがここまでムキになるなんて思ってなかったから、少し虚を付かれた気がする。なんでいつもより視線が力強いんだか。

 ルビィの羅列したストーリーを頭の中で反芻する。出会ってからの期間の割りに、随分と濃密な出来事があったように感じるな。まだ1つ1つを鮮明に覚えている。

 まぁ、ほとんど……というか全部ルビィが起こしたトラブルだが。よくもまぁこれほどのトラブルを呼び込めたものだ。今俺に力説した事は、ルビィからすれば自分のドジをひけらかしたようなものなのだが、本人に自覚はないだろう。

 

「ふふっ、ルビィの勝ちですね」

「何の競争だ。はぁ、もう俺の負けでいいから。りんご取ってくれ」

「はい、どうぞ」

 

 ルビィから爪楊枝を受け取り、切り分けたりんごに刺して口に運ぶ。体温の上がったカラダには、りんごのみずみずしさが染み渡った。思った以上に綺麗に剥けている。

 少しだけ気が楽になった。身も、心も。

 

「……真哉さんは本当に強いですよ」

「なんでそう思うんだ?」

「逃げないからです。昔の事で悩むってことは、それと向き合ってるってことだと思うんです。それって、すごく強いことじゃないですか」

 

 そんな考え方をしたことがなかった。確かに、1日たりとも忘れたことは事はない。ずっと悩んできた。それでも答えは出てこないし、自分の中で後悔しっぱなしだが。

 目を背けないという点では、俺はルビィのいう強さに当てはまるのかもしれない。ルビィの言い方や雰囲気も、やけに神妙だった。誰と重ね、誰と比較しているのか。もしかしなくても、ルビィ自身だと思うが。

 俺は握られていた手を放し、それをルビィの頭に当てた。いつもの無造作な撫で方ではなく、今回は少し優しく。……そう、俺がかつて妹にやっていたみたいに。

 

「ありがとう、ルビィ」

「えへへ……早く元気になってくださいね。また一緒にお弁当食べたいですから」

「……屋上は俺1人の特等席だったんだがな」

「そんなぁ!?」

 

 本気で落胆するルビィ。その反応がまたおかしくて、俺は小さく吹き出してしまった。もちろん冗談だ。どうせ断っても来るんだろうし。

 

 

 また、学校に行く楽しみが増えた。早く風邪を治さないとな、と俺は心に誓う。教室では小原が騒ぎ、黒澤にまとめて怒られ。1年組といるときはルビィがトラブルを呼び込んで、俺と国木田はそれに巻き込まれる。

 平穏な学校生活を望む俺にとっては、些か喧しすぎる連中。でも、最近はそれも悪くないと考えるようになった。その方が変に考え込む必要も、そんな暇さえも無くなるから。

 2年前から、ずっと1面黒塗りだったキャンバス。それに、ただ1つの朱の点が映った。あまりにも小さいが、それは周囲の黒に潰されることなく、キャンバスに存在し続ける。ほんの一歩、ほんの一点。だが確実に少しずつ、その朱の点はキャンバスを紅に蝕み始めた。

 

 

 




自分で書いてて、これは本当に中学生なのかと思いたくなる。一応、これで一区切り。もちろん、物語はまだまだ続きます。

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