朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

7 / 24
久方ぶりの投稿ですね(白目)


次は助けるから

 山に登り始める前から天気そのものは悪かったが、ここにきて一層雲が分厚く、積み重なるように空を覆い尽くしていた。それは、今の俺たちの気持ちに呼応しているからなのか。もしそうでなくても、人の不安感を煽るような色をしていた。

 脱け殻のように座っていた俺は、空を見るために姿勢を整える。今のバスの座席からはイマイチ確認することが出来なかったが。俺が動くのを見て、隣の小原は不安そうに覗き込む。

 

 

 あれから下山し終えた俺たちは、班員の1名が遭難した事を教員と生徒会長―――黒澤ダイヤに伝えた。黒澤の表情がみるみるうちに絶望へと染まったのを、鮮明に覚えている。だが、俺たちを責める事もなく、冷静にその時の状況の説明を俺たちに求めていた。ビンタの1発くらいは覚悟していたというのに。

 ルビィを置いて帰れるわけもなく、残った生徒はこうしてバスで待機。今現在、教員が必死の捜索を続けている。だがそれから30分、全く良い報告は聞かない。

 

「シンヤ、外が気になる?」

「別に。雲が増えたなって思っただけだ」

 

 小原に行動を見透かされていたような質問。俺の返答は苦し紛れだった。実際のところは、先生たちが早く戻ってくることを期待している。赤髪のツインテールを連れて。

 外では、黒澤ただ1人がバスの前で待機している。本当は自分だって山の中に行って、妹の名前を大きな声で呼びたいだろうに。一刻も早く見つけたいだろうに。

 その姿を見ると、どうしても居たたまれなくなった。そばにいたところで、何か出来るわけでもない。だが、フラリと体が動いた。

 

「シンヤ?」

「外の空気を吸いに行くだけだ」

「ウェイト。だったら、マリーもついていくわ」

 

 山を下りる時に取り乱したのを心配されているのか、今の小原はやたらと献身的だ。俺の一挙手一投足を気にかけている。その表情に、いつもの軽いノリは見えない。

 いつもなら鬱陶しいと感じる場面。だが、今は小原の優しさが身に染みた。それでも俺は無愛想に、『好きにしろ』とだけ返す。小原はその返事を聞くと満足したのか、俺の後ろを追っていった。

 外に出ると、まず黒澤と目が合った。エメラルドグリーンの宝石はくすんでおり、ハイライトがないように感じるまであった。無理もない。黒澤がルビィの事を溺愛しているのは、彼女の話から十二分に分かっていた。

 

「……あぁ。真哉さんに鞠莉さん。どうかなさいました?」

「バスの中だと息苦しいもんで。小原は勝手についてきただけだ」

「そうですか。ここにいても、私がいるのではあまり変わらないと思いますよ」

「そうか……。本当に、申し訳ない」

「いえ、責めているつもりはないのです。鞠莉さんの話を聞く限り、あなたに非はありません」

 

 その言葉を聞いて、いくぶんか救われた気がする。こんな状況下で、自分の事なんてどうでもいいはずなのだが。それに気付いた時には、さらに自分に嫌悪感を覚えた。

 責任感に潰されると、自分が自分でなくなってしまう。視界がグニャリとして、過去の映像が勝手に映るのだ。それから逃げたかったのもあるかもしれない。俺はまた、恐怖心に身を震わせた。

 それを機敏に感じとった小原が、俺の背中をさする。まるで幼子をあやすかのように、優しい手つきで。普段はふざけているのが常なのに、こういう時は本当に気の回る奴だ。

 

「シンヤ、あまり自分を責めないで」

「大丈夫だ。……ありがとう、小原」

 

 俺たちが外に出て待つこと、30分が経とうとしていた。未だに、ルビィは帰ってくる気配がない。それどころか、捜索に向かっていた先生達が引き返してくる有り様。

 先生全員が捜索し始めて1時間弱くらいだろうか。バスに残された生徒たちを放置しっぱなしにするわけにもいかない。雨が降りだしたら二次災害にもなりかねない。あとは、警察などの捜索隊に任せるのが当然である。

 もしそれでも見つからなかった場合は……。背筋が凍りつく。そんな事があってたまるかと言いたいが、断言出来ない状況だけに苦しい。ここで待っているだけの無力な自分が苦しい。

 

「お前ら、ずっとそこにいたのか。帰るからバスの中に戻れ」

「先生……ッ!! ルビィは、ルビィは……」

「……申し訳ないが見つからない。あとは警察に任せるしかない」

 

 担任の先生の言葉に、黒澤がフラリと倒れるようにバランスを崩す。気付いた小原が辛うじて支えるが、ショックは依然として大きいようだ。

 ルビィを見捨てたわけではないのは分かる。それは先生の残念そうな表情から一目瞭然だし、このままだとキリがないという事からの総合的な判断だったのだろう。間違った判断ではない。

 だが、身勝手な俺たちからすれば到底納得できるものではなかった。このままルビィを置いて帰るなんて……考えられない。でも、その方法は……やっぱりルビィを探しだすしか……

 

「アイツと別れた場所の見当は……つく」

 

 独りよがりな行動が身を滅ぼしかねないのは、俺だって百も承知。仮にも俺は副会長だし、先生達からもそんな突飛な行動をとる生徒には見られていなかったはず。

 だが……人間はいつしも理性だけで動くとは限らない。どんな人間にも譲れないものがある。理性よりも勝るものがある。俺にとって、今の状況がそれに当たるというだけだ。

 今助けに行かないと、絶対に後悔する。また自責の念に駆られ、背負う十字架が増える。それは自分が危険な目に遭うことより、今山に入ることよりもずっとずっと怖い。だったら、どうするのか。

 

 

 

 ――――行くしかない。説教は後で受けてやる。

 

「シンヤ!?」

「真哉さん!?」

 

 背後から聞こえる2人の驚きの声。そして、先生の引き留める声。そのどちらにも、俺は反応しなかった。ただ前だけを見て、真っ直ぐ山の中へ入っていった。

 もう同じ過ちは起こさない。すぐ近くに助けを必要としている存在があるというのに、指を咥えて見ているだけなんて事はもうしたくないから。絶対に、絶対に―――

 

 

 何がなんでも連れて帰ってやる。その思いだけを胸に抱いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

 ルビィがこの洞穴に迷い込んでから、どれくらい経ったでしょうか。時計を持っていないから、時間が分かりません。もう1時間くらいでしょうか。それとも、実は10分しか経ってない? 感覚が麻痺しそうです。

 あのワンちゃんに追いかけられて、ずっと逃げて、偶然洞穴を見つけて。そして、今に至ります。ここは山のどこなのか、見当もつきません。逃げてる途中で靴を片方無くしちゃったし、山の中を歩こうにも歩けない状態。

 

「雨、さっきからスゴいなぁ」

 

 今日は朝から曇っていたけど、少し前からとうとう雨が降りだし始めました。ルビィは雨具なんてもってないし、屋根のあるここに避難できたのは不幸中の幸いだったかもしれません。

 こんな雨の中、みんなはルビィを見つけ出してくれるでしょうか。もしかしたら、もう諦めちゃったかな。そうなったら、ルビィはどうなるんだろう。悪い考えばかりが浮かんで、それがグルグルと渦巻いているような。

 お家には帰れないのかな。もうお姉ちゃんのプリンを食べたりしないし早起きも、宿題だってちゃんとする。だから、帰りたい。帰らせて……。1人は寂しいよ。

 

「おねえちゃん……」

 

 まず浮かんだのはお姉ちゃんだった。2つしか年が違わないのに、何でも完璧にこなすルビィの自慢のお姉ちゃん。いっつも迷惑をかけちゃうばかりだけど、結局今回も迷惑かけちゃったな。

 今回の遠足、お姉ちゃんと競い合えると思ってワクワクしてたんです。こんな些細な勝負、お姉ちゃんは気にもしてないかもしれない。でも、ルビィは気合いが入ってた。何か1つでもいいから、お姉ちゃんに勝ってみたいっていう挑戦だった。

 今となっては、もう笑い話にもならないよね。ルビィは勝負するどころか、こうして遭難しちゃってて皆に迷惑をかけて。自分が嫌になります。

 

 

「ひっぐ……。うぇぇっ、うぇぇぇぇぇん」

 

 ダメです。これ以上はルビィが耐えられませんでした。1人でいることの寂しさとか、自分のドジ具合とか、全てがルビィを押し潰していくのです。

 登りの辛いときは真哉さんに荷物を持ってもらって、頂上まで登れたのに。これでゴール出来れば、楽しかった思い出になるって思ったのに。なんで、なんでルビィはこうなんだろう。何をやっても上手くいかなくて、泣き虫で……。

 頬を伝う涙を、服の裾で拭う。ルビィは昔から泣き虫だったから、もう何度も繰り返して慣れた仕草になっている。それに自分で気付いたら、余計に悲しくなってしまいました。

 こんな時、こんな所を見られたら。真哉さんなら何て言うんでしょうか。『何やってんだ』って呆れられるのかな。それとも、『大丈夫か』って心配してくれるのかな。でも、どっちだっていいんです。

 

 

 

 

 だって、ルビィは―――――

 

 

 

 

「やっぱ泣いてたか。探したぞバカ野郎」

 

 

 

 

 本当は、真哉さんが優しいのを知ってるから。

 

 

 

 

「……ッ!! し、んやっざん……」

「ひでぇ顔しやがって。ほら、早く涙拭け」

「どうしてここが……」

「あん? 靴だよ、靴」

「靴……ですか?」

「これ、近くに落ちてたんだよ。だからこの辺だろうと思ってな」

 

 真哉さんはルビィの顔に、ハンカチを押し付けるように当てる。ちょっぴり痛いけど、それでもちゃんと涙を拭ってくれます。動作は少し乱暴でも、やっぱり優しい。

 そして、真哉さんは脱げて無くしたと思っていたルビィの靴を片方取り出しました。雨でグズグズになってしまっているから、とても履けるものではない。でも、これが真哉さんにルビィの居場所を教えてくれたみたいです。

 真哉さんはそうやって僅かな手がかりを頼りに、ずっとルビィの事を探してくれたんだ。息も乱れていて、わずかに汗ばんでいる。まだ4月なのに。

 それを思うと、せっかく止まっていた涙がまた……。

 

「ぐすっ、ふぇぇぇ……」

「なんでまた泣くんだよ」

「だって、わざわざ探してもらって、みんなにっ、迷惑かけて」

 

 泣いたらもっと迷惑をかけるのに、溢れだして止まらない。ルビィは本当に弱い子です。この期に及んで、真哉さんの優しさに甘えて自分の惨めさを責めている。そんなの、後で1人ですればいいのに。

 真哉さんが繰り返し顔を拭ってくれるけど、それはあまり意味を為さない。堪え性のないルビィに、我慢なんて出来ないもの。必死にこらえようとすると、今度はひぃひぃと過呼吸気味になる。それを苦しいと思って正そうとすると、今度は涙を止められない。

 目の前の真哉さんが顔をしかめる。怒っているのか、困っているのか。どちらにせよ、迷惑なのに間違いはありません。助けに来てもらったのに、ごめんなさい。

 

「はぁ……。今に始まった事じゃねぇだろ」

「ごべ、ごべんなさい……」

「ったく」

 真哉さんの溜め息が耳に響いて、ハンカチが顔から離される。さすがに呆れられてしまったかな。助けに来てもらったのに、いつまでも泣きじゃくっていたら、それもそうですよね。

 でも、突き放されるかと思った次の瞬間でした。ふわりと柔らかく、心地よいものに包まれた感触。ぽわぽわぁって暖かくて、ルビィはふっと落ち着きを取り戻せました。

 そうして、ルビィはようやく気付きます。たった今、真哉さんに抱き締められてるんだなぁって。不思議と恥ずかしさはありませんでした。

 

「し、真哉さん?」

「無事で良かった、本当に。生きてて良かった」

 

 少し苦しいくらいの真哉さんの抱擁。やっぱり男の人なんだなぁって思う反面、それだけ心配してくれたんだとも感じ取れました。そう思うと、ちょっぴり嬉しいです。不謹慎だけど。

 真哉さんは慣れた手つきでルビィの頭を撫でる。割れ物を扱うような本当に優しい触れ方。覚えたら癖になりそうな撫で方。今までとは打って変わって丁寧でした。

 自分が言うのもなんだけど、泣いている子をあやすのに慣れてるように思いました。もしかしたら、妹さんか弟さんがいるのかな。真哉さんは面倒見良いし、きっと素敵なお兄さんですよね……なーんて。

 

「……もう大丈夫か?」

「は、はい。ありがとうございました」

「じゃあ、早いとこ帰るぞ。黒澤も待ってる」

 

 ルビィが泣き止んだと知ると、真哉さんはパッと離れます。もっとしてほしいと思ったけど、さすがにワガママは言えません。えへへ、でも気持ち良かったなぁ……。

 真哉さんが立ち上がり、パンパンと泥を払う。外は未だにスゴい雨です。真哉さんの傘があるとはいえ、風邪でも引きそう。

 ルビィもグズグズはしてられません。すぐにでも帰ろうと、荷物を持って立ち上がりました。でも、ここで1つ問題があったのです。

 足です。片方は靴を履いていなかったせいもあって、怪我しやすい状態にあったからというのもあります。それ以上に、今までは不安感に押し潰されて気付かなかったんでしょう。

 とてつもなく――――足が痛いです。

 

「何やってんだ?」

「すいません。その、どこかで捻っちゃったみたいで」

「はぁ……しょうがねぇな、全く。ほら」

 

 真哉さんはそうぼやくと、腰を落として構えました。手を後ろに回して、早く乗れと言わんばかりに手首で促します。……これは、おんぶって奴ですよね。

 少し躊躇いました。山の中を歩くのに、荷物を背負っている状態の人を1人背負うわけですから。真哉さんにまで怪我を負わせるんじゃないかって思ってしまいます。

 でも、真哉さんはルビィが躊躇するのを予想していたようで、少し強めの語気で催促します。ルビィが歩けないのも事実。早く帰らないといけないのも事実。背に腹は変えられません。

 真哉さんの傘を手に、背中へ抱き着く。すると、真哉さんはいとも簡単にルビィを持ち上げました。そうして、洞穴の外へと歩き出します。意外と力持ちなのかな。

 

「その、重くないですか?」

 

 昔恋愛小説で読んだシチュエーションに似てるな、とのんきな事を思ったのでこんな事を聴いちゃいました。定番のセリフですよね。女の人が男の人におぶさる時、決まってこう聴くのです。

 そして、返ってくる答えも決まっています。……普通なら。

 

「人1人に荷物だぞ。重くないわけねぇだろ」

「むぅ……」

「なんで不満そうなんだよ」

 

 こんな感じで、真哉さんにはバッサリと言われちゃいました。具体的な数値まで出さなくても……。ルビィ、太ってないですからね!! ほぼ毎日プリン食べてるけど、太ってませんから!!

 まだ梅雨でもないというのに雨は強くて、傘1つ分だと2人は完全に守りきれなくて。最初はルビィ自身よりも真哉さんを濡らさないようにしたんだけど、それに気付かれてからは『お前を濡らさんために渡したんだ』って真哉さんに止められました。

 自分が濡れるのも厭わず、重い荷物を背負ったままで。それでも、文句1つ言わずに運んでくれる真哉さんには感謝せずにいられません。無事に帰れたら、お詫びに何かプレゼントしようかな。真哉さん、何なら喜ぶんだろう。

 不思議なことに申し訳なさと同時に、次第に楽しみも膨らんできて。ルビィはより一層真哉さんの背中に抱き着きました。2つ上の先輩の背中はとても暖かくて―――。とても安心できるものだったんです。

 

 

 

 




ルビィちゃんの視点って難しいですね……。
とりあえず、次回でこの小説も一区切りつけられそうです。恐らく年が明けてますが()

感想・評価お待ちしてます。ではでは~

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。