朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

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アニメのルビィちゃん回はまだですか?


あの日を思い出した

 俺たちが頂上に着いた時には、他の班のほとんどが昼食を食べ終えており、下山の準備をしているところだった。自分達の班に比べるとまだまだ余力があるようで、むしろここまでバテている俺たちが不思議なくらい。

 そんな状態だから、昼食を摂るのも他の班より遅い。疲れて喉に通らなかったのか全員食べるのも遅かったし、食べ終わった頃にはもう俺たち以外残っていなかった。

 とはいえ、他の奴らも今ごろはヒィヒィ言いながらハードコースを下りているはず。俺たちは残るところ緩やかな坂道を下るだけだから、少しばかり食休みが長くても一向に問題はない。……まぁ、だらけすぎても困るのだが。

 

「満腹、満腹ずらぁ。もう動けなぃ~」

「そうだねぇ~。お昼寝でもしたい気分……」

 

 生憎、大して天気は良くないけどな。疲れているのは分かるが、この1年2人は些かダラけすぎじゃなかろうか。広げたシートの上に横になる2人は、もう今にも寝息を立ててしまいそうだ。

 

「ほら、早いとこ下山するぞ。……っはぁ、聞いちゃいねえか」

「マルもルビィも、だいぶ疲れてるのね」

「しゃーない。5分だけだからな」

 

 梃子(てこ)でも動きそうにない2人を見て、先に俺の心が折れた。特段この競争に躍起になっているわけでもないし、少しくらい遅れてもいいだろう。食休みをさらに5分伸ばした。

 あのルビィが俺の指示も通らないというのは、よほどコイツが疲れている証拠。まぁ、安全に帰るのが第一だからな。黒澤との約束もあるし……ね。

 その間に、俺は山頂に立てられたボードにそれぞれの氏名を記入する。これはいわゆる登山者名簿というやつ。これに各グループが名前を残していくことで、頂上まで登ったという事の証拠になる。見る限り、俺たちが1番最後のようだが。

 

「あら。叩き起こすかと思ったのに、案外優しいのね」

「……お前、俺を鬼か何かと勘違いしてないか?」

「オゥ、違ったの!? いっつもマリーにはつれないくせに~!!」

「お前とアイツらは別だろうが」

 

 大袈裟なリアクションをとる小原。鬱陶しいと思うときは多いが、別にコイツを嫌いなわけではない。誰に対しても怖じ気づくことなく飄々としている小原と、まだ中学生になったばかりの国木田やルビィの対応が多少変わるのは当たり前。必要過多に厳しくしても、怯えるだけだと思うし。

 だから、俺が特別優しいわけではない。優しいわけではない……はずなのだ。

 

「でも、シンヤは丸くなったと思いマース」

「はぁ? 何をどう見てそう思うんだよ」

「そうね、顔が穏やかになったわ。3年になってから」

 

 反射的に自分の顔を触ってしまった。当然、そんなことで自分の変化が分かるわけはない。だが、小原の言葉で少しばかり動揺してしまった証拠。

 多少なりとも、その自覚はあるということなのだろうか。いや、ないと言えば嘘になる。顔ではないが、最近は気持ちが穏やかになっているのが自分でも分かるから。それに、1年や2年の時ほど学校に通うのが億劫ではない。

 

「俺はいつも通りだ。別に、そこの2人は関係ない」

「あらぁ? マリーはルビィもマルの事も話題には出してないけどぉ?」

「ぐ……」

 

 自ら墓穴を掘ってしまい、小原に責め立てられる。今回ばかりは逃れようがないため、押し黙るしかなかった。全く、余計に鋭いなコイツは。無駄に大人びているというか、掴み所がないというか。

 俺が本当に変わったのだとしたら、それは確かに3年に入ってから。引いてはあの2人……特にルビィに出会ってからということに繋がる。実際のところどうなのか。俺としては、認めたくない事実ではある。

 なぜなら―――ルビィの事は、死んだ妹の影に重ねているだけに過ぎないから。アイツ本人のおかげで変わったんじゃなくて、過去の亡霊が自分に纏わりついているだけ。自分は、未だに縛られているだけという事になる。

 黒澤ルビィは、北谷愛の代わりに過ぎない。本当にそうなのだろうか。俺はまだ、ルビィという人間を分かっていないから中途半端に重ねているのかもしれない。……いかん、頭が痛くなってきた。

 

「……5分経った。下山するぞ」

「ちょっと!? シンヤ、スルーが雑すぎない!?」

「さーて、何の事だか。ほら、さっさと起きろ。帰るぞ」

「ねぇって、ちょっ……。マリーを置いて行かないで!?」

 

 正直、今その話題についてこれ以上考えたくなかった。疲れるだけだし、どうせ答えなんて出やしないから。自己完結させられれば、それでいい。

 俺はルビィに視線を向ける。くぁと大きく欠伸をしているコイツを見ると、今までの自分の悩みがアホらしく感じた。当たり前ではあるが、人の気も知らないで呑気な奴。

 背後からのうるさいわめき声を無視して、俺はシートの上に寝そべっていた2人を起こしにかかる。相も変わらず、のほほんと過ごしていたが。

 先ほどの小原を否定したかったのかは分からないが、少しばかり2人に厳しく当たってしまったのは、反省しなければいけないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

「んんーっ、空気がベリークリアねー」

「登りは景色とか気にする余裕なかったけど、改めて見ると自然がいっぱいずら。晴れてたらもっと良かったのに」

 

 前からは、小原と国木田の楽しそうな声が聞こえてくる。行きとは一転して、帰りはみんなの表情が随分と楽だ。まぁ、簡単なコースを歩いているから当然だが、行きとの比較もある。相対的に見ても、帰りは何倍も楽に感じる事だろう。

 学年別に分かれた行きと違って、俺とルビィ・小原と国木田という列に分かれて歩いている。せっかくだから、行きとは変えようという小原の案だ。

 帰りは傾斜も少ない上に階段があり、かなり歩きやすい。周りが木々に覆われているのもあって、鳥なんかの鳴き声もよく聞こえる。さすがに熊なんかはいないが、野生動物も生息していそうだ。

 

「行きは大変だったけど、楽しかったですね!!」

「……そうか? ずっと歩きっぱなしだし、辛かったんじゃねぇの?」

「そ、それはそうだけど……。真哉さんや鞠莉さんが助けてくれたし、皆で登ったから辛くなんてありませんでした」

「ふーん……」

 

 エヘヘとはにかむルビィ。そこに、嘘や体裁を繕ってるなんて事は全く見られない。今時に珍しいバカがつくほど素直で純粋な性格だから、コイツの思った通りの感想なのだろう。

 これが俗にいう集団行動の良さって奴なのか。部活にも入ってない、こういう催しにも興味を示さない俺からすれば、少し新鮮な体験ではあった。もう少しでゴールだと思うと、高揚感を覚えなくもない。

 平和に終わればいいやと思っていた遠足で、何かを得られようとしている。そう思うと、不思議と嫌な気分にはならなかった。

 

「靴紐ほどけてんぞ」

「あっ、ホントだ……。そのぉ、待っててもらってもいいですか?」

「はいはい、早くしろよ」

 

 前の2人には先に行ってもらうように言い、俺はルビィが靴紐を結ぶのを待った。リュックを地面に置き、んしょんしょと不器用に靴紐を弄る姿は、なんというかいじらしい。今まではイライラの要因だったそれだが、もう今は仕方ないくらいにまで容認出来ている。

 俺は休憩がてら腰を下ろして、周囲を見回す。行きは誰とも出会わなかったのだが、今こうして見るとこちらのコースは一般の登山者が多い。家族連れで登る人、お年寄りの方、カップル等々。やっぱり、登りやすいからだろうか。

 

「こんにちは。あら、遠足かしら?」

「えっと、そうです。こんにちは……っぷ!?」

「ふふ、ごめんなさい。人懐っこい子なので」

 

 俺に唐突に話しかけてきた女性もまた、一般登山者の1人だった。登山者にしては珍しく犬を連れており、短めのリードで繋がれていた。まぁ、この緩やかな道なら犬連れもあり……なのか?実際、そういう人はいるし。

 とはいえ、出会って間髪入れずに舐めてくるのは勘弁してほしいんだが。動物が嫌いって訳ではないけど、気持ち悪い。なんかヌルヌルするし。

 興味が俺から逸れたのか、犬はルビィへと視線を向ける。フンフンと匂いを探りながら、ゆっくりと近づいていく。当の本人は、靴紐を結ぶのに夢中で全く気付いていないが。

 

「よし、片方結べまし……ぬわっぷ!? な、な、なにごとで……ヒィィィィィィ!?」

「俺を盾にするな」

「だ、だってぇ……」

 

 そりゃあ、いきなり舐められたら誰だって驚くが……。ルビィは俺の背中に隠れてブルブルと震えている。コイツ犬ニガテなのか。どちらかというと、動物は好きそうなイメージがあったんだが。って、今はどうでもいいか。

 犬からしたら、逃げるルビィに興味を示したのだろうか。女性のリードから離れて、ルビィをグルグルと追い回している。俺の周りで遊ぶな。

 

「うぇぇぇぇぇん!! 真哉さん助けてー!!」

「はぁ……。分かったから、俺から少し離れろ」

 

 ルビィが俺から離れると同時に犬もその背中を追うが、俺が背後から掴んでその動きを止める。暴れだすかと思ったが、案外大人しく止まってくれた。全く、人騒がせな犬だ。

 ルビィは少し離れたところで不安そうにこちらを覗く。心配しなくても、今からリードに繋いでもらうから安心しろ。早く降りないと、小原や国木田に置いていかれるし。

 

 

 ……そう思った矢先だった。

 

「ワウッ!!」

「え、ちょっと!? ケルベロス!!」

「うわぁぁぁぁん、またこっちに来たぁ!?」

 

 ケルベロスて、犬の名前がケルベロスて。他になかったんか。よほどルビィが気に入ったのか遊び相手だと勘違いしてるのか、犬はリードを振り切って一直線。ルビィは全力で走って逃げ出す。

 ちょっと状況がマズい。あの犬は大型のゴールデンレトリバー。ルビィが追い付かれるのは時間の問題だし、もし噛まれでもしたら大変だ。早いところ捕まえねぇと。俺もすぐにルビィの後を追った。

 幸い進行方向には小原と国木田がいる。どちらかに犬を抑えてもらえば……。

 

「小原、国木田!! その犬捕まえてくれ!!」

「シンヤ、来るのが遅いデー……!? ワッツハプン!?」

「な、なんずらぁ!?」

 

 振り返ったら涙目で全速力のルビィに、それを追いかける大型犬。2人の反応は至極真っ当なものかもしれない。当然、突然現れた犬を捕まえるなんて出来ない、

 ルビィは2人をあっという間に通りすぎ、正規ルートを外れて無我夢中で逃げ回る。このまま山の中に迷い込まれたら厄介だ。俺たち3人もすぐに後を追った。

 

「シンヤ、あれは何事!?」

「説明は後だ。ルビィは!?」

「木がいっぱいで……。でもこっちの方向のはずずら!!」

 

 木が多いのと、曇っていることとの相乗効果で視界があまり良くない。もし、このまま見失ったら……。

 正規ルートではないせいか、道は全く整備されていない。歩きにくいことこの上ないし、下手をすれば足を滑らせて二次災害が起こりかねない。だが、急がないと見失ってしまう。どうしても気持ちだけが先走っていた。

 

 

 なんで、なんでこんな事に……。絶対に無事に登山を終えると、黒澤に約束しただろう。さっきまで、楽しかったとルビィが嬉しそうに話していただろう。

 だったら、楽しいまま安全に帰さないといけないんだよ。アイツを笑顔で下山させて、初めて『楽しかった思い出』になるのに。はぐれてしまったら、全てがぶち壊しじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『嫌だ……お兄ちゃん(真哉さん)助けて!!』

 

 

 

 不意に過去の記憶が思い起こされる。燃え盛る業火を目の前に、何も出来なかったあの日。実際に聞いたわけではない助けの声が、シンクロして俺の耳に響く。

 嫌だ嫌だ嫌だ。もう失いたくない。怖い。怖くて仕方がない。もしルビィが遭難でもしたら……。悪い方にしか働かない思考は、俺の歩みをいとも簡単に止めた。

 

「あぁああああああっ!!!!」

「シンヤ!?」

 

 異常を察知した小原が、俺に駆け寄る。何か俺に話しかけてくれてる気がするが、何を言っているのかさっぱり聞き取れない。何も聞こえない。

 頭が割れそうなくらいに痛い。こんなことをしている暇はないのに、カラダが動かなかった。頭痛の次に激しい吐き気。胃の中がグルグルとかき混ぜられ、苦いものが込み上げてくる。

 しまいには、ぽろぽろと頬を伝って雫がこぼれ始めた。なんで泣いているのか、自分がどうしたのか分からない。むしろ、俺が教えてほしいくらいだった。でもそれは更に溢れだして、止まりそうにない。

 その時点で、ルビィを探し出すことは不可能になった。国木田が少し後を追いかけたらしいがそれらしい影は見当たらず、下山して状況の報告を優先することになった。小原の冷静な判断だった。

 

 

 

 

 

 

 下山途中。小原の俺を気遣う声も、飼い主の女性の詫びも全く耳に届かなかった。ただただ放心状態で歩く俺は、さぞかし不気味に映ったことだろう。

 ふと空を見ると、先ほどまで覆っていた雲が分厚くなっていた。ドス黒く染まった空は異様な雰囲気を醸し出しており、まるでこの先の更なる不幸を予兆しているかのようだった。

 

 




途中から大丈夫かなこれ? と思いつつも書き上げた今話。ルビィちゃんが犬ダメなのも、G'sから引っ張ってきました(確かスクフェスの初期SSR)

感想・評価お待ちしてます。ではでは~

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