朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

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2期でのルビィちゃんがひたすらに可愛くなってて良き。というか、1年組が尊い。


協力も悪くない

 かくして、遠足の日はやってきた。俺たち2組がやってきたのは山。内浦周辺に住んでいる俺にとっては海の方が馴染みが深いため、場所が山だと聞いたときは少々意外だった。バスに揺られて2時間、無駄に遠いところまで来ている感は否めない。

 惜しむらくは天候か。4月の中旬にしては気温が低く、さらには雨雲もちらほら覗ける。遠足には全くと言っていいほど向かない天気なのだ。山の天気が変わりやすいのもあって、雨具は必須。早々についてない。

 

「生憎の天気ですが、せっかくの遠足です。班のメンバーと協力して、互いに親睦を深められる良いものになるようにしましょう」

 

 なんて事を思ってるだなんて、このスピーチを聞いている生徒は思いもしないだろうな。俺が生徒代表の挨拶を終えると、パチパチと拍手が起こる。一クラス30人程度だから、全体で100に満たないくらいだろうか。

 つまりは、4人1組の班が20とちょっと。遠足の内容は、この山を登って降りるという実にシンプルなものだ。それのタイムを班ごとで競う。途中にはちょっとした仕掛けがあったりするから、それらの対応も求められたり。

 中学生くらいの年頃であっても、競争事には敏感なもの。俺の班でも、小原は特に一番を狙うと息巻いていた。国木田とルビィはその手は得意じゃないのか、若干引き気味だったが。

 

「お疲れ様でした。素晴らしい内容でしたわよ」

「そりゃどーも。8割方心にもないことだけど」

「あら、随分と素直ですこと」

 

 黒澤ダイヤが、端へと引いた俺に対して労いの言葉をかける。今は先生による遠足の諸注意。プランを頭に叩き込んでいる俺たち生徒会からすれば、もはや聞く価値のない話だ。

 黒澤とは、仕事柄一緒にいる時間が長い。俺がこのようにぼやいても、聞き流してくれるくらいには。それに、最近は共通の悩みもあるわけで……。

 

「ところで……、あなたの班大変じゃありません? 鞠莉さんに加えてルビィもいるんでしょう?」

「否定はしない、というか平和には終わらないだろうな」

「心中お察ししますわ」

 

 黒澤は、やれやれという風に同情の目を向ける。共通の悩みというのは、ルビィについて。もちろん、黒澤がルビィを嫌っているとかそういう訳ではなく、ルビィの手の掛かり具合を共感できる仲間みたいなもの。

 そんなわけで、俺と黒澤が揃えば、決まって話題はルビィのものになる。殆どが黒澤の愚痴で、俺は聞き手に回るばかりだが。今日もアイツが寝坊しただの、自分のプリンを食べられただの……。俺の想像を上回る酷さだったのは覚えてる。

 ただ、その愚痴がルビィへの嫌悪に聞こえたことはない。呆れ半分ながらも、黒澤が話すときはいつも笑顔だ。世話の焼けるところが多いながらもその実妹(じつまい)を愛している、そんな表情。少し羨ましい。

 

「大丈夫かしら、あの子」

 

 ポツリと黒澤が呟く。彼女の視線は前に座っていたルビィの元へと。やっぱり心配なのか。今回の遠足は言ってみれば登山。見るからに体力の無さそうなルビィにはキツい上、怪我の可能性もある。黒澤の心配も無理ない。

 その目は、心優しい姉のものだった。いつもはお堅いだの、真面目だの言われる生徒会長のそれとは違う。特徴的なつり目による威圧感などは無く、ひたすらに妹の身を案じている。

 

「心配すんな。中継地点には先生もいるし、いざとなったら小原も俺もいる。最悪、リタイアだって出来るからな」

「真哉さん……」

 

 聞き過ごそうと思えば、聞き過ごせた。俺が何か言っても気休めにしかならないだろうから。だが、俺にはそれが出来なかった。黒澤を安心させねばという使命感に似た者を感じた。

 同じ、妹を持っていた身として。その気持ちは痛いほど分かったから。

 

「そうですわね。真哉さんがいるなら安心ですわ。妹を……ルビィを頼みますわよ」

 

 はいよ、と俺は軽く返事を返しておく。黒澤の表情が少し和らいだみたいで、俺はほっとした。先生の諸注意は、いつの間にか終わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

 全体での諸注意を終え、とうとう遠足は幕を開ける。どの班も遠足への参加意識はかなり高いようで、我らの班こそが1位になるのだという意気込みが各地で沸き上がっていた。

 それを裏付けるかのように。どの班もスタートと同時に駆け出して山を登っていく。それはもう昼休みの購買の如くに。豪華景品があるわけでもないのに、随分とまぁやる気な事で。

 だが、俺たちの班は他とは少し違っていた。なにせ、圧倒的にスタートダッシュが遅いのだ。ゆっくり歩いているから、という理由もあるのだが、主な原因はそれだけではない。

 

「ひぃ、はぁ。ま、待って~」

「何でいきなりこっちを選んだずらぁ……」

 

 後ろから聞こえるくたびれた声に、俺と小原はまたもその歩みを止める。スタートして20分。国木田とルビィは、俺たちのペースについて来れなくなっていた。この2人が運動が不得意というのもあるが、一番の原因はこの急な山道だろう。

 

 

 実はこの山、イージーコースとハードコースの2つに分岐している。どちらを選ぶかは自由だが、登りと下りで違うコースを選ばなければいけないというのがルール。つまり、どちらかでハードコースを歩かなければいけない。

 他の班は早く頂上に着こうと考えたのか、ほとんどがイージーコースを登っていった。対する俺たちが登りで選んだのは、ハードコースだった。

 

「登山は下りの方がキツいんだ。それに、帰りは疲れも溜まるだろうしな」

「シンヤは2人の安全と体を心配してるのデース!! んもぅ、優しいんだからぁ」

「うっせ。俺だって楽したいんだよ」

 

 3年生かつ何かとアクティブな小原は、まだ俺に軽口を叩けるくらいの余裕があるようだった。相変わらず俺をおちょくる彼女を無視し、俺は2人を待つ。

 登山は下りの方が辛いというのは、個人差もあるが概ね本当だ。さっきいったように疲れも溜まるし、自分の体重が膝へとのし掛かるためである。

 足を痛めては元も子もない。他の班に流されてペースを見失うのも危険だし、登りをハードコースにしたのは正解だった。

 

「1回休憩にするか? この問題も考えなきゃだし」

「さ、さんせいでーす……」

「オゥ、クエスチョン? あ、さっきの立て札にあった奴ね。見せて見せて」

 

 俺の提案した休憩案には、ルビィも花丸も大賛成。2人はその場に座り込み、水筒の中のお茶をゴクゴクと飲んでいた。その様子を一瞥した俺は、紙にメモした問題に視線を移す。

 この遠足は、ただ登り下りのタイムを競うだけではない。どちらのルートにも問題の書かれた立て札が設置されており、これを解かなければならないのだ。問題の正否は、勝敗を決めるポイントにもなってくる。

 小原も、俺の持つ紙を覗き込む。彼女は早々にも問題が分からなかったのか、フクロウみたく首を傾げていた。正直、俺も頭を悩ませている。

 問題は『沼津に縁のある小説家を選べ』。そして、その選択肢が『芹沢光治良、野上弥生子、小林多喜二、太宰治』の4人。ぶっちゃけ、全く分からない。というより、太宰治以外は作品すら分からないという始末。

 

「分かるか?」

「ソーリィ~。私、日本文学なんて読まないもの……」

「だよなぁ。俺もさっぱり」

 

 完全に止まってしまった。小原はこう見えて博識だから、結構頼りにしていたんだが……。まぁ、分からないものは仕方ないよな。俺も知らんし。

 俺たちが頭を捻っている姿を見て、1年2人もこれに反応した。とはいえ3年の俺らがこんな状態だから、国木田やルビィが分かるとは考えにくい。最悪、4択だから当てずっぽうでもいいけど。

 俺がそんな事をぼんやりと考えていると、国木田が何か思い出したかのように手を打つ仕草を見せた。モヤモヤしている3人とは違って、スッキリとした表情。

 

「マル、まさか分かったの?」

「はい。答えは、芹沢光治良先生ずら。沼津の出身の小説家で、おらも敬愛してるの」

「ほぉ」

「スゴい、花丸ちゃん!!」

 

 全力で褒めちぎるルビィに対して、国木田はニヘラと表情を崩した。これは思わぬ伏兵だ。そういえば国木田は図書委員だったな。彼女の見聞の広さに、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 

「体力はないけど、本の事ならお任せずら!!」

「そりゃ助かる。だけど、登る方もしっかりな」

 

 自慢げに胸を張る国木田。この遠足を有利に進めるには、体力自慢だけ集めればいいわけではない。問題を解くことの出来る、見識も必要不可欠。総じて、チームワークが大きく勝敗に関わってくるのだ。

 

 

 国木田のおかげで問題を無事に解くことができ、俺たちは再び登り始めた。ハードコースと言われるだけあって、かなり難儀する。道もしっかり整備されてはないし、傾斜も急だからだ。イージーコースは階段だと聞いたから、いかに辛いかは言うまでもない。

 山の中腹に差し掛かるにつれて、疲労は自身のカラダにズシリとのし掛かる。かくいう俺も、取り分け体力がある方ではない。隣を歩く小原も辛そうだし、後ろのルビィと国木田は言うまでもない。

 だが、2人は立ち止まることをしなかった。足が棒みたいになってるくせして、必死に食らい付いている。たかだか遠足、一学校行事に過ぎないというのに……。

 

「大丈夫か?」

「はっ、はい。まだ頑張ります!!」

「フラフラのくせによく言うよ……」

「も、問題ありません!!」

 

 返事の威勢だけは未だに良かった。体力が限界に近くても、気力はまだあるということ。コイツの声からは、諦めない姿勢を感じられた。そんなルビィの姿勢に魅せられて、国木田もついてきている。

 箱入り娘にしては、大した根性の持ち主じゃないか。黒澤の話を聞く限りだと、もう少し情けないイメージがあったのだが。辛そうな表情こそ隠せないものの、ここまで弱音は何一つ吐いていない。

 どうやら、コイツに対する評価を少しだけ改めた方が良さそうだ。俺の予想以上に、ルビィは甘ったれていない。ドジで間抜けなところも多いが、決して投げない意志がある。これは、そんなに簡単な事ではない。

 とはいえ、疲労の色は隠せない。休憩をさせることも考えたが、恐らく自分達のペースが遅いのを危惧して断るだろう。たかが遠足、そんなものは気にしなくていいというに。だが、それを言ってしまえば、ルビィの根性を踏みにじる事になる。それだけはしてはいけない。

 ルビィの意志を尊重しつつ、今の状況を改善する方法。俺の頭によぎったのは、1つしかなかった。

 

「お前が無茶すると、俺が黒澤に怒られるんだよ。荷物持ってやるからよこせ」

「え、え? そういう訳には……」

「班長命令。小原、国木田の荷物持って歩けるか?」

「オフコォース!! マリーはまだまだ元気デース」

 

 さすがに2人分の荷物は無理だからな。小原の体力がまだ残っているのが幸いだった。こういう時、コイツのパワフルなところは頼りになる。

 俺は、半ば強引に奪い取る形でルビィのリュックを肩にかける。少し渋っている様子を見せていたが、無視しておいた。本当は気遣う余裕もないくせに。……とカッコつけては見たが、結構腰にくるな。

 

「ほら、もうちょっとで山頂だ。頑張れ」

「真哉さん……。ありがとうございます。絶対に一番になりましょう!!」

 

 いや、その気は別にないんだがな。と、俺は心の中でぼやく。黒澤と約束したからってのと、コイツの根性を垣間見たから……ってのが本音。ルビィはどうやら、タイムを短くする上での協力だと受け取ったらしい。

 俺の差し出した手をルビィが受け取り、小原と国木田もそれに倣った形を取る。動いた分だけ体温が上がっているのか、ルビィの華奢な手はほんのり温かかった。

 おやおやぁ? と腹の立つ視線を向ける小原を無視して、俺は歩み続ける。自分でもらしくないとは思うが、今この時はこの協力体制を好きだと感じた。行く前は面倒臭がっていたのに、随分と自分も勝手なものだ。

 自然と、4人の歩みは速くなる。俺と小原に関しては、荷物を抱えているというのに。さっきまでは遠く感じていたゴールが、身近に感じた。俺は、ふと視線を上げる。天気は曇りのはずなのに、山頂から差し込む光は眩しいくらいだった。

 

 

 




ルビィちゃんは、ああ見えてかなり芯の通ってる子。そういうところも彼女の魅力だと思うので、2期でそういう話が見たかったり。

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