朱に交われば紅くなる【完結】 作:9.21
「では、説明いたします」
新入生は中学校というものに、在校生は新しいクラスに馴染み始める4月の中旬。俺たちの学校では、ある1つの大きなイベントが起ころうとしていた。
来週行われる親睦遠足が、それに当たる。ちょっと違うのは、1~3年の同じ組が同じ場所に行くというもの。例えば、1年1組の生徒は、2年1組と3年1組と行動するって感じで。
遠足が学年単位ではないのはかなり珍しい。黒澤曰く、よく言われる『縦の繋がり』を意識した学校の方針だとか何とか。よくもまぁ、そんな面倒臭い事をやるわ。遠足くらい、普通に行けばいいのに。
「ねぇ、シンヤ。誰と一緒の班になるとか決めた?」
「あ? まったく。適当に誰か余った奴でも探す予定だけど」
「だったら、マリーと組みましょー!!」
「俺の話聞いてんのかテメェ」
黒澤が教壇で説明しているのを無視して、小原は後ろの俺に振り返る。確かに昨年と概要は変わらないし、あんまり聞く必要はないかもしれないが……。実際、マジメに聞いている人は僅か。
この遠足の特徴として、学年問わず4人1チームを組むことが決められている。もちろん、それは自由。同じクラスの仲良しグループと組むも良し、部活の先輩後輩なんてのも良し。ここらを自由に出来るのは、学年の枠を越えた繋がりを強調したいがためだろう。実際はクラスで組む場合が多いのは、口が裂けても言えない。
「そこ! うるさいですわよ!!」
喧しく騒ぐ小原のせいで、俺までもが黒澤に注意を喰らってしまった。コイツの声は教室中に広まっていたもんだから、教室の生徒が皆こちらを振り返る。正直恥ずかしい。
小原は、1度決めた事を何としても実行する奴。コイツが班員に加わった時点で、遠足は波乱が巻き起こることが確定してしまった。早々についてない。
それよりコイツ、他の2人はどうするんだろうか。仲の良い
「ソーリィ、ダイヤ~。で、あと2人決めないとなんだけど」
「あ、続けるのね」
「もっちろん。せっかくだし、他の学年の子も誘ってみないかしら?」
「……は?」
黒澤が再び説明を始めたと同時に、小原が話を進める。反省の色は全く見られない。無視してもうるさいので、俺は話半分に耳を貸す。
正直他学年となんて考えてなかったから、小原の言葉に面食らってしまった。俺は部活に入ってないから、下級生との繋がりはせいぜい生徒会くらいのもの。
あとはルビィや国木田くらいだが、遠足でまでアイツらに振り回されるのは御免被りたい。ルビィなんて、アウトドアな事をさせたら何をしでかすか。
「ルビィとか仲良いでしょぉ~? あの子が昼休みの屋上に通っているの、知ってるのよ」
「おま……!?」
「うふふ、マリーは何でもお見通しなのデース!! ほら、あの子なら班員でも問題ないでしょ?」
エスパーかよてめぇ。小原はにやつきながら俺に詰め寄る。腹の立つ顔だ。俺をいじって楽しんでいる反面、従わないと黒澤にバラすぞと脅しているようにも見える。アイツに万が一バレてしまったら、俺の平穏な学校生活は終わりだ。
俺は頭を抱えた。弱味を握られた以上、従う他ないのだろうか。なぜ小原がルビィと一緒になりたがるかは別として、これまた面倒な事になった。
「ルビィが何組とか知らねぇよ。遠足が同じ場所だなんて保証はどこにもないし」
「んもー、シンヤじれったいなぁ……。ま、いいわ。それは後々決めましょうって事で」
はいはいとだけ返事をして、俺は黒澤の説明に耳を傾けた。あんまり話していたら、また注意されかねないし。何より、今度は何をバラされるか分かったもんじゃない。
結局、その授業の時間は黒澤の説明で大部分を使ってしまった。周りのクラスメイトはみな、誰と一緒になるかの話題で持ちきりだったようでマトモに聞いてなかったが。生徒会長も不憫な役回りである。
それと同時に、授業終了のチャイムが教室に鳴り響く。今は4時間目。すなわち、今から昼休みの時間だ。チャイムと同時に、俺は弁当箱を持って席を立つ。
「あらぁ、また会いに行くのかしらぁ~?」
小原がわざとらしく俺に声をかける。その声に、俺はふと立ち止まった。アイツが来ると分かっている屋上に、なぜわざわざ向かうのか。1人が好きなら、別の場所を探せば良いのに……。
いや、そんな場所なんてもはや存在しないし、そもそも探すのが面倒臭い。教室は人が多いから嫌だし、これしかないのだ。俺は勝手にそう結論付けて、教室を抜ける。とりあえず、煽ってきた小原に対しては、軽く拳骨を落としておいた。
★☆★☆★☆
今日は雲1つない快晴で、屋上には程よく風も流れていた。春先のこの時期の気温は、人間にとって適温ともいえるほど心地よい。俺は屋上の扉を開くと同時に、大きく伸びを1つ。カラダにたっぷりと日光を浴びせた。
いつもならここで昼食を食べ、チャイムが鳴るまで日向ぼっこもとい昼寝でもするのが楽しみなんだが。ここ最近は、それもままならないようになってしまっている。理由は単純、一人ではなくなったから。今日は珍しく、ソイツは先約として待ち構えていた。
「ハッ!?」
その先約は俺が入ってきたのを見ると、サッと物陰に隠れてしまう。正直、尻から下が丸見えだから意味ないが。まさに、頭隠して尻隠さず。なぜ隠れる必要があるのか。
俺が回り込むと、その先約の全貌が明らかになる。いつもの紅いツインテールに、小さなカラダを更に小さく見せるような仕草。でも、ソイツは俺だと分かると、途端に安堵したような表情を見せた。どうやら俺に対してのみ、男性という枠を越えて苦手意識はないようだ。
「何やってんだお前」
「いきなりドアが開いたからビックリしちゃって……。でも、真哉さんで安心しました」
「あっそ。何でわざわざここに来るわけ?」
「えへへ、ここ気に入ったんです。今日は、花丸ちゃんも呼んだんですよ」
いや、気に入るな。そして呼ぶな。勝手に溜まり場にされても困るんだが。それでも、俺個人の場所でもないから、追い出す義理がないけれども。
弁当を持っているところを見ると、国木田と一緒に食べる約束でもしているんだろう。男子の弁当の半分ほどしかない小さな弁当箱は何ともコイツらしい。
ルビィが弁当箱を開かずに待っているのと対照的に、俺は蓋を開ける。まぁ、コイツに合わせる理由はないし。この前こそ購買に頼っていたが、基本的に昼食は弁当。何だかんだで、自炊が1番経済的だ。とはいえ、夕食の残りが殆どなケースが多いけど。
いざ唐揚げをつまんで口に入れようとしたその時、熱い視線が弁当箱に集まった気がした。気がした、というか集まっていた。犯人は言うまでもない。
「なんだよ?」
「あ、えっと、私に構わずどうぞお食事をしてください」
「いや、そうしたいけど。隣でそんな見られると、ものすごく食べにくいんだが」
「す、すいません!! そんなつもりじゃ……」
口ではそう言っているが、ルビィの視線は外れることはない。そんなにお腹が空いてるなら、待たずに食えばいいのに。……というよりは、別の理由があるように感じる。
とはいえ、目ぼしいものは卵焼きとか唐揚げ程度。そんなに物珍しいものは入ってないはずだが。いや、そういえばデザートにスイートポテトとか入ってたな。……これなのか?
試しに、俺はスイートポテトをつまむ。敢えて、コイツには気付いていないという体で。ポテトを口に入れると、何とも物欲しそうな表情を浮かべた。確定のようだ。あ、コレ美味い。甘さがしつこくないから、さっぱりしてるな。
「お前、絶対嘘つけないだろ。視線でバレバレだ」
「そ、そんな。ポテトが美味しそうなんて一言も……!!」
「……俺がいつそんな事言ったよ?」
「あ……」
誘導尋問をする間もなく、自らボロを出していくルビィ。あまりにも見事な間抜けっぷりに、俺は呆れ半分面白半分といった具合で彼女を眺める。良くも悪くもバカ正直な奴だ。
ルビィは羞恥心で顔を赤くしたかと思いきや、次には頬を膨らませる。どうやら、笑われたことに対して拗ねているらしい。コロコロ変わる彼女を見ていると、また笑ってしまった。久々にこんなに笑った気がする。
「むぅ……真哉さんはちょっぴり意地悪です」
「悪かったよ。ほら、いるなら1つやるから許せ」
「なんか、良いようにされてる気がします……」
結局食うのか。『いらない』と言わない辺り、やっぱりコイツは正直だと思う。プライドよりも食い気ってか。プライドとは全く縁のないような性格しているが。
口に出した以上、仕方ない。俺はポテトを1つとって、ルビィに差し出す。すると、さっきまでの羞恥心はどこへやら。満面の笑みを隠そうともせず、それを頬張った。
「ふわぁ~。甘くて、とっても美味しいです! 毎日でも食べたいくらいです……」
「勘弁してくれ。作るのが面倒だ」
「え、これ真哉さんが作ったんですか!?」
「別に、そんなに驚く必要もないだろ」
「あ、いや、毎日食べたいって言っちゃったから。その良からぬ誤解をですね……へ、変な意味はないのでッ!!」
急に焦るルビィに、俺は首を傾げる。よく意味が分からない。今さら迷惑だと思ったのか、それとも別の何かがあるというのか。迷惑なんて、もう充分すぎるほど被ってきたのだが。
ルビィが黙ってしまったので、俺は特に気にも留めずに弁当を食べ進める。怒って、喜んで、恥ずかしがって、落ち込んで。随分と忙しい奴だな。にしても、空気が重い。どうにかしてくれないかと悩んでいると、屋上の扉がガチャリと開いた。
随分と今日は来客が多い。しかも、女子ばっかり。とはいえ、どちらも知った顔だが。クラスメイトの小原と、ルビィの友達である国木田。国木田はルビィが呼んだらしいが、小原は何の用だろうか。心なしか、2人とも怖い。
「なんだお前ら。何か用でも?」
「大アリずら! 確かに、真哉先輩はルビィちゃんが心を開いた人だけど……。ルビィちゃんを大好物で餌付けしようだなんて、許せないずら!!」
「……は?」
「そうよ! こっちはあんなあっまーーーい光景見せられて、胃に穴でも空きそうってのに!! ダイヤに言っちゃうわよ!?」
めんどくさ。何だか、とてつもない勘違いをされてる気がする。俺は別に、ルビィをどうこうしようって訳じゃないし……。ただ、ポテト食わせただけだし。
小原に関しては、もはや言ってる意味が分からない。コイツに関しては、場の流れに合わせて面白がってるだけなんじゃなかろうか。あと、黒澤にチクるのだけは許してください。何でもしますから。
隣にいるルビィも、この2人には驚いたようで。弱々しい表情を浮かべて、困惑していた。というか、小原に対しては完全に怯えてる。これまた厄介な事に。
「あわわわ、花丸ちゃん落ち着いて!! ルビィが欲しいって貰っただけだから!!」
「むぅ……。その内ルビィちゃんが盗られそうで、マルは心配ずら」
「盗る気なんかさらさらないから、一々騒ぐの止めろ」
いらんわ。絶対にいらんわ。むしろ、お前がルビィをここから離れるように頼んで欲しいまであるわ。それを国木田に言ったら、殺されそうだけど。
とはいえ、やはり親友の言葉には逆らえない国木田。ルビィが弁解に入ると、すぐさま大人しくしてくれた。となったら、問題はあと1人だが。
「とか言っちゃって~? ホントはキュートなルビィに、キュンキュンって来ちゃうんじゃないの~?」
「縫い合わせたろかその口、あぁ?」
「いばばばば!? シンヤいだい、いだい!!」
この期に及んで茶化してきた小原に対して、俺は思いっきりその頬をつねる。昼から散々弄られてきたし、仕返しも込めて割りと強めに。おかげで、小原はすっかり涙目になっている。ざまぁみろ。
端からだとただいじめているように見えるのか、若干1年2人が怯えている。あんまりやり過ぎて副会長としてのイメージを持たれるのもアレだし、この辺で勘弁してやるか。
「シンヤ酷い!! 乙女の肌が傷ついたらどーするの!!」
「知るか。それより、お前何しに来やがった」
「むっふっふ、とっておきの情報があるのデース。知りたい? ねぇねぇ、知りたい?」
全く反省の色が見えない小原に、若干のイラつきを覚える。もう一回くらいつねっても罰は当たらないと思うんだが。というか、すり寄るな鬱陶しい。
「分かったから早く言え」
「ウフフ、聞いて驚かないでね。ルビィのクラスね、1年2組らしいわよ。ダイヤに聞いたから、間違いないわ!!」
「ふーん。それがどうし……まさか」
俺と小原は3年2組。さっきも説明したが、今回の遠足は学年でなく組単位で動く。つまり、俺たちとルビィたちは同じ場所に行くというわけだ。
それに気付いた瞬間、俺はいやーな予感がした。教室での会話内容。班員が2人しかいないこと。そして、今ここに同じ組のメンバーが4人揃っていること。これだけ条件が揃えば、コイツが何を言い出すか容易に予想できた。
「そのまさか!! 2人とも、遠足の班決めはどうなってる?」
「いえ、まだ終わってないです。マル達、ちょうど余ってしまってて……。あと2人必要なんです」
「イッツパーフェクト!! そういう事なら、マリーと一緒に行動しましょー!! シンヤも一緒よッ」
「ホントずら!? マル達は、全然オッケーずら。ねっ、ルビィちゃん」
「は、はい。ルビィも知ってる人の方が安心できるし……」
こうなると読めてたわ、うん。小原は俺の意見を聞こうともしないし、1年2人も完全に乗り気だし。やはり、コイツを班員にするのは拒否しとけば良かった。数十分前の自分を殴り飛ばしてやりたい。
さっきまでは今日の晴天に少なからずご機嫌だったのだが、俺の心にはすっかり雲が被ってしまった。『何事も平和に済ませたい』がモットーだったのに、最近薄れてやいないだろうか。絶対平和に終わんねぇぞ、この遠足。
とはいえ、どうせここで強く断れないのだが。小原が逃がしてくれないだろうし、他の2人も俺を交えて楽しむ気でいるし。これから迫り来るであろう困難に、かなり不安を覚える。
やれやれ、と俺は小さく溜め息を1つ。そのささやかながらの抵抗も、すっかり遠足ムードの3人には届かず。それでも、顔も知らない奴よりかはマシか、とプラスに考える自分もどこかにあった。
主人公の鞠莉さんに対する扱いが酷いのは悪しからず。作者が嫌っているとか、そんな事は決してありませんので。にしても、彼女は動かしやすいですね。
感想・評価お待ちしてます。ではでは~