朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

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ルビィちゃん、誕生日おめでとう!!
という訳でお久しぶりです。最終回から5日後の設定です。


後日談兼誕生祭
いつも、いつまでも


 

「今日が何の日かだぁ?」

 

 朝の登校中。ルビィが唐突に俺に持ちかけたのは、そんな話だった。今日は、9月21日の金曜日。特に何かがあるという訳ではない。学校があるから当然祝日ではないし、『11月11日はポッキーの日』みたいなノリの日とも違う。

 

「はいっ。さぁさぁ、考えてみてください!!」

 

 ルビィがいつも以上に顔をふにゃりと崩し、こちらに期待の眼差しを向ける。どちらかというと、小原みたいな鬱陶しいノリ。いつもは控えめなくせに珍しい。

 ……いや、コイツも心開いた人間には割りとグイグイ行くタイプだったよな。それも、アイツ張りに積極的に。

 

「って言われてもなぁ……」

「正解はなんと!! ルビィのお誕生日でしたぁ~!!」

「答えさせる気0かよてめぇ」

 

 俺に考えさせる間もなく、自分で答えを言ってしまうルビィ。非常に嬉しそう。それは別にいいのだが、隣で大声出したりピョンピョン跳ねるのは恥ずかしいから止めてほしい。もう校門入って、人目も増えてきたんだし。

 ルビィが浮かれる気持ちも、全く分からないわけではないが。1年に1回しかないし、文字通り記念日(アニバーサリー)だ。プレゼントなんかも楽しみだろう。

 

 

 ……まぁ、その事は知ってるんだけど。

 

「でねでね!! 今日はお家でパーティーをするんです!!」

「そりゃ楽しそうで何よりだけど、授業はちゃんと聞けよな?」

「分かってますよぉ~」

 

 ニヘラと表情を緩めるルビィには、全く覇気とか気合いが感じられない。本当に分かってるんだろうか。今日1日を乗り越えられるのか、こっちが不安になってくる。あとで国木田に釘でも刺しておくかな。

 

「んじゃな。いい加減、その緩みきった顔戻しとけよ」

「はぁ~い!! じゃあ、またお昼休みに」

「はいはい」

 

 1年と3年の教室は棟が違う。故に、昇降口を通ればルビィとは方向が別れることになる。……さっきも言ったが、こんな浮かれた様子だと不安である。いつもがドジなだけに。

 とはいえ過保護すぎるのもどうかとは思うので、俺はさっさと自分の教室に向かう。まぁ国木田もいるし、ルビィもそこまでは暴走しないだろう。多分きっと恐らく。

 

 

 一抹の不安が過るが、あまり考えないようにする。俺まで授業に集中出来なくなっては、本末転倒だ。フー、と1つ呼吸を整えて教室のドアを開ける。俺の机には、見知った顔が待ち構えていた。

 

「グッモーニン、シンヤ!!」

「……おはよ」

 

 朝は―――と言ってもそれだけに限った話ではないが、テンションの低い俺に対して、小原は朝から夕方までいつでも元気だ。俺が教室に入ると、大声で叫びながらブンブンと手を振る。それだけで、クラスメイトの注目が集まる。

 ずっと俺が来るのを待ち構えていたんだろう。俺が自分の席に着くと、小原は椅子の背に向かってカラダごと前傾になる。仮にも女子なんだから、そんなみっともなく股を開くもんではないのだが。言うだけ無駄なので、指摘はしないでおく。

 

「で、当日を迎えた訳だけど……」

 

 あぁ、やっぱりその事か。早々に切り出す小原に対して、俺は溜め息を一つ。その仕草が伝わったのか、小原は途端に困り顔。

 何気ない会話から、ルビィの誕生日が今日だと知ったのが二日前の話。誕生日プレゼントの事なんて頭から抜けてた俺の相談に乗ってくれたのは、例にもよって小原だった。毎度のことながら、こういった類いの相談では本当に頼りになる。

 そして、誕生日までにプレゼントをどうするか考えてくるのが、昨日までの課題だった。その課題が達成できたかどうかは、言うまでもない。

 

「何も思い付かないの?」

「……何一つ」

 

 恥ずかしい話だが生まれてこの方、家族以外にプレゼントなんてした事がない。それも最初の相手が年下の異性。何を贈ればいいのか、何が喜ばれるのか、逆にタブーは何なのか。何一つとして思い浮かばない。

 そうして三日間考え抜いた結果がこれである。まさに、下手な考え休むに似たり。無駄に悩みの種を増やしたまま当日を迎えてしまったわけである。

 

「んもぅ、あの子の好きなものくらい知ってるでしょ?」

「芋とアイドル……かな。でもさ、それらに関連するものを買って渡すのも何か違う気がするっつーか……」

 

 ルビィのプレゼントを考えるに当たって、一番困っていることが『何がアイツに相応しいプレゼントか』だった。アイツの好きなものを考え、それを買うのは簡単だ。だが、何だかそれが正解じゃない気がして気が引ける。そうして、いつまでも悩んでいる。

 ここまで相手のことを真剣に考えるような人間ではないと、我ながら思ってはいたのだが。どうやら、自分は予想以上に薄情ではなかったらしい。

 ……まぁ、何も買えなかったら本末転倒なのだが。

 

「もー、世話が焼けるわねぇ。気持ちが分からなくはないけど」

「仕方ねぇだろ。こういうの、初めてなんだし……」

 

 珍しく、俺が小原に何も言い返せない図。こういう状況には本当に弱い。俺がいままで、何度小原に相談を持ちかけたことか。俺の中で小原が、ルビィ専門のご意見番になりつつある。

 妹にプレゼントしていたような物ならどうだろうか、とふと頭に浮かんだが、それもやっぱり違う気がして。ルビィと妹は似てはいるが別人だ。片や血の繋がった妹で、片や俺を好いてくれる後輩。扱いが同じで良いはずがない。

 ならば好きな人から貰う物なら……と想像してみる。が、やっぱりこれもダメ。そもそも人を好きになった事がない俺が考えたところで、時間の無駄遣いだ。となると……うん。

 

「なぁ、小原。好きな人から貰って、嬉しい物ってなんだ?」

「い、いきなり変な事を聞くのね。どうして?」

「まぁ、何かの参考になればって。なんつーかその、ルビィは俺を好きみたい……だし」

 

 自分で言ってて恥ずかしいが、事実に変わりない。ルビィ個人の欲しいものが分からない以上、こういった関連性から考えるのが大切だと感じた。

 小原もこの質問には面食らったようだが、すぐにウーンと唸りながらも考える。色恋沙汰に興味・関心があるようには思えないし、的確な答えが返ってくるか分からないけれども。

 

「そーねぇ、何でも嬉しいんじゃないかしら。好きな人が一生懸命選んだものよ? そう考えると、何でも良いじゃない?」

「え、あー……確かに一理あるけど」

「シンヤだって、ルビィからなら何貰っても嬉しいでしょ? それとおんなじ」

「う……。まぁ、確かに」

 

 小原の極正論に、言葉に詰まってしまう。実際、何貰ってもいいやと思ってしまったからだ。そういうものなのだろうか。俺や小原の感覚が、必ずしもアイツに当てはまるとは限らない。

 それに、その答えでは結局何を買えばいいのか分からないし。何でもいいと言うのは、適当に選べばいいというわけではないから。『なんでもいい』というのは、便利なようで不便な言葉だ。

 

「といっても何選べばいいかになっちゃうしぃ……よし!! シンヤ、今日の帰りにモール行きましょ。時間、あるよね?」

「あるけど。モール……って、駅の近くの?」

「イェス!! そこなら色々売ってるからね。あとはついでに美味しいクレープも食べたりぃ……」

 

 小原は目を細めて、何とも楽しそうな顔をしている。言葉を交わさずとも、コイツが何を意図しているのか何となくだが分かった。要するに、プレゼント選びを手伝うからクレープ奢れと。(したた)かなヤツめ。

 足元見られているのは癪だが、断る理由はなかった。女子の目線から色々とアドバイスをもらえるのは嬉しい。それに比べればクレープの数百円ぐらい、安いもんである。癪ではあるが。

 まぁ小原も仮にも女子。松浦や黒澤、国木田辺りよりも流行りに敏感だろうし、大丈夫だろう。

 

「分かった。それで手を打とう」

「イェイっ。取引成立ね!! このマリーにまっかせなさーい!!」

 

 きっと大丈夫……のはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「♪~」

 

 放課後。ホームルームが終わってすぐにバスに乗った俺たちは、沼津駅付近にあるショッピングモールに来ていた。服屋や飲食店を始めとして、ここには多くの店が集まっている。インテリア、電化製品、本やゲームのような娯楽等々挙げたらキリがないほど。

 鼻歌を交えつつ隣を歩く小原は、まだ俺に行き先を教えてくれない。手には見るからに甘ったるそうな―――というか、実際一口貰って甘ったるかったクレープ。ご機嫌である。

 

「そろそろ、どこに行くのか教えてくれてもいいんじゃないか?」

「んー、デリシャス!! やっぱり疲れた時は甘いものよねー!!」

「おいコラ」

 

 完全に楽しんでやがるコイツ。クレープが食べたかったから騙した……なんて事はないとは思うが。ここまで何も言われないと、疑いたくもなる。

 

「そんな怖い顔しないの。ほら、ついたから」

 

 小原が指を差した先にあったのは、ピンキーな看板。男ならまず入ることを躊躇うような雰囲気で、今まで縁もゆかりもなかった場所。アクセサリーショップだった。

 足早に店内に向かう小原を追って、俺もショップに入る。宝石なんて高いもの買えねーぞ……と思ったが、値段はそこまで高くはなかった。本格的な宝石店とは違って、それこそ中高生をターゲットにした店のようだ。

 

「洒落てんなぁ……」

「マリーが一押しするお店デース。アクセサリーを貰って、喜ばない女の子なんていないんだから!!」

「そりゃちとオーバーだろ」

 

 自慢そうに胸を張る小原がおかしくて、俺は肩をすくめる。だが、あながち的外れな考えでもなさそうだ。その証拠に、店内は同年代の女子の学生またはカップルが大多数。

 何より、オシャレが好きなルビィのイメージともピッタリだと思った。イヤリング、ネックレス、ブレスレット……。どれをあげても良さそうだ。

 

「しっかし種類多いな」

「そうねぇ。アクセサリーっていっても、色んなところにつけるから。それに、石の種類もあるし」

「アイツに渡すんだから、それこそ紅色のヤツとかで……うん?」

 

 ここに来て、『何を買うか』問題がクローズアップされる。選ぶものが多過ぎて頭が痛くなってきた。

 無難なものでいいかと思っていた俺の興味を引いたのは、紅色……ではなく蒼色の石。その石が並ぶコーナーには、見慣れぬ三字熟語が添えられている。

 

「シンヤどしたの?」

「あ、ちょっとな。この誕生石ってなんだ?」

「んーどれどれ……あ、これね。月ごとに宝石が設定されてるのよ。自分の生まれた月の宝石をつけると、良いことがあるんだって」

 

 ほー、なるほどね。博識な小原に驚きながらも、誕生石一覧を隅から見てみる。9月はサファイアとアイオライト。だからここには蒼色の石ばかりがあったのか。

 余談だが、ダイヤモンドは4月でルビーは7月だった。本当に余談だが。

 サファイアの石言葉は『知恵』。冷静な判断力が得られるらしいが、おっちょこちょいなルビィには似つかわしくないなと一人で頬を緩める。色だって、紅色には程遠い蒼だ。

 でも……。

 

「……悪くないんじゃないか?」

 

 ただプレゼントを贈るよりも好感が持てた。占いやおまじないの類いを信じているわけではないが、特別な意味やメッセージを持っていることに。

 それにルビーとサファイアは、共に宝石のなかでも有名な2つ。某ゲームタイトルでもセットにされていたし、これも何か不思議な縁だろう。

 

 

 一度腹に決めると、行動に起こすのは早かった。さっきまであれこれ考えていたのはどこへやら、すぐに目的のものを選び会計をする。ちゃんと、誕生日プレゼント用の包装も忘れずに。

 

「あら、結局それにするのね……って、2つも買ったの?」

「あー、プレゼントはこっち。これはまた違うヤツだ」

「ふぅん」

 

 包装が2つあることに疑問を思ったようだったが、説明をするとあっさり納得したようだった。会計のところを見られてなくて良かった。2つ買った意図は、気づかれると恥ずかしいから。

 いい買い物が出来たと思う。今日はもうアイツも家に帰っただろうし、渡すのは週明けでもいい……よな。プレゼントを渡すという行為に、ガラにもなく緊張している。

 

「でも、買えて良かったわね。ルビィもきっと喜ぶわ」

「だと良いが。ありがとな、手伝ってくれて」

「どういたしまして。これでもう、プレゼントには困らないわね。日頃の感謝を込めて、マリーに贈ってもいいのよぉ?」

「今さらお前に欲しいものがあるのか?」

「シンヤから貰えるなら、何でもOKデース!!」

 

 調子のいいことを言うヤツめ。相変わらずのウザ絡みで近寄る小原を、俺は片手で引き剥がす。

 でもま、確かに感謝の気持ちを行動で表すってのは大事だよな。今まで抱いたことはあっても、行動に移した事はなかった。気持ちというのは、基本的に行動で示さなければ相手にも伝わらない。俺はそういうのが苦手だったから、今まで幾度か気持ちのすれ違いを起こしてきた。

 誕生日プレゼントもそうなのかもしれない。『おめでとう』という気持ちと、『生まれてきてありがとう』という気持ち。そんな気持ちを形にしてるんじゃないかって。

 

「……まぁ、考えといてやる」

「フフっ、マリーはしつこいわよぉ?」

 

 ずっと催促されるって事かい。相変わらずの図々しさに、やや呆れながらも安心する。来年の誕生日には、何か送りつけてやるか。

 来年かぁ……。高校生になって学校が別れても、今みたいに変わらずいてくれるだろうか。誕生日を迎え、年を重ねる度に環境は変わる。環境が変わると、人間関係も変わる。すると、今まで築いてきたものが(ないがし)ろになるんじゃないかと、少しセンチメンタルになったりもする。

 その『変化』に順応出来ないのが嫌で、人との別れが辛くて。だから、俺は人と深く接するのを自然と避けるようになった。でもルビィと出会ってからは、少しだけそんな生活が変わる。アイツがどんどんこっちの領域に入ってくるから、嫌でも近しい関係になってしまって。

 

「で、それいつ渡すの?」

「え?」

「シンヤはルビィの事になると、いっつも消極的だもの。どーせ、月曜日でいいやとか思ってるでしょー? 行動で示さないと、伝わる物も伝わらないわよぉ?」

 

 唐突な小原の質問に、俺は黙りこくってしまった。図星である。あんまり過干渉だと返って迷惑じゃないかとか、どの程度まで踏み込めばいいのかとか。俺にはよく分からない。

 なんだろう。手にした物は離したくないから、慎重になりすぎるというか。上手く言えない。

 

「だ、大体当日に渡さないといけない決まりがあるわけじゃ……」

「シャーラップ!! 記念日(アニバーサリー)は当日だからこそいいんじゃない!! そんな考えじゃダーメ」

「でもアイツ家に帰ってるし、時間も下がってるし……」

「直接行けばいいでしょ?」

 

 ダメだコイツ、全然人の話を聞いてくれない。いつも以上に強引だ。いつもは口答えの1つでもするんだけれど、恐らく今のコイツには何を言っても勝てる気がしない。

 必死の言い訳もむなしく空振りに終わり、さらに言い寄られる。もう後は強引に帰るぐらいしか方法は思い付かないのだが、思わぬところから俺の首締めは続くようで。

 

「しーんやさんっ」

「……っ!!」

 

 背後からの声に、俺は咄嗟に振り返る。少し視線を下ろすと、ルビィがニコニコした顔で立っていた。ここで買い物をしたんだろう、書店の袋を大事そうに抱えている。

 

「チャオ~、グッドタイミングね!! お買い物?」

「グッド……? えっと、今日発売の雑誌を買いに来たんです」

「あら、いいわね~」

 

 袋からアイドル雑誌を取りだし、にかっと歯を見せるルビィ。嬉しそうなのが見てとれる。一応そういった類いのものもプレゼントの候補だったが、買わなくて良かったみたいだ。

 

「真哉さんと鞠莉さんはどうしたんですか? ここ、アクセサリーショップですけど……」

「そんな不安そうな顔しないの。デートとかじゃないから」

「いえ、別にそういうわけでは……!!」

 

 ルビィの表情が歪んでいるのが、若干ではあるがすぐ分かった。嫉妬、だろうか。こうやって表情にすぐ出る辺り、まだまだ幼いなと思う。影で秘められるよりも何倍もマシだが。

 それに、こうやって気にかけられるのも悪くはない……しな。

 

「ホントにそういうのじゃねぇから」

「そうそう、すぐに分かるわよ。だから、邪魔者は帰るとするわね。ルビィ、ハッピーバースデー」

「すぐに分かるってどういう……? あぁっ、鞠莉さん!!」

 

 今日中に渡すのよ、と小原は背中で語っていた。ルビィの声には振り返らず、ブラブラと手を振って答える。俺に考えさせる間もなく、2人きりの状態を作り出しやがった。

 早めに渡した方がいいんだろうか。ここだと人目がつくし、もっと別の場所の方がいいんだろうか。

 ルビィも色々起こりすぎて困惑してしまっているし、とりあえず声を掛けてやるのが優先だよな。うん。

 

「もう帰るのか?」

「えっ、あ、はい」

「……一緒に帰るか」

 

 とはいえ、所詮これぐらいの事しか言えないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 ショッピングモールから家に帰るにはバスに乗るしかなく、俺たちは沼津駅前のバス停から帰りのバスに乗った。幸いにも駅から家の方向は同じだから、2人とも同じバスだ。

 バス内には人がほとんど乗っておらず、とても静かだった。俺たちは1番後ろを好んで座る。俺が窓際、ルビィがその隣。

 バス停に向かうまで、あまり会話は起こらなかった。話しにくい雰囲気、といえばいいのか。ルビィも遠慮しているみたいだし、そもそもどちらもこういった空気は苦手だ。

 でも、この空気ではプレゼントなんて渡せやしないし……。何か話題、何か話題……と必死に朝の会話を思い出してみる。

 

「そういえば、今日はちゃんと授業を受けられたか?」

「あ、はい。ちょっとボンヤリしてましたけど……」

「あー……そうか」

 

 はい終わり。この間数十秒。あまりにも短すぎる会話に、俺は頭を抱える。なんでコイツといるのに、こうも悩む必要があるのだろうか。来年がどうとか思うより先に、今を何とかしろよ自分。

 ふー、と息を吐いて外の景色を眺める。駿河湾は夕焼けが反射して、オレンジ色に光っている。悪くない景色だが、帰りつくまでの約20分間、ずっと海沿いの道だ。どうせすぐに飽きる。

 

「あの……」

「ん」

「あそこで何をしてたのかなって。その、しつこいかもしれないけど、気になったので」

 

 アクセサリーショップの事を言ってるんだろうか。少しだけ申し訳なさそうに、そして不安そうにルビィは尋ねる。

『他の人と遊ぶな』とか、そんな図々しい事を言うヤツではない。俺と小原が仲良いのはアイツだって百も承知だし、アイツ自身小原にもなついている。口に出すことはまずない。

 結局、不安だったのはお互い様って事か。

 

 

 ……これは、正直に話した方がいいんだろうな。というか、渡すタイミングはここしかない。

 俺は通学用カバンから、綺麗にラッピングされた袋を取り出す。えーと、こっちがプレゼント用だよな。

 

「これ」

「へ? ふ、袋?」

「これ、アイツと選んでた。俺だけじゃ分かんないから。お前今日、誕生日だろ」

 

 貰っていいのかどうか戸惑っていたので、ルビィに押し付けるように渡す。少し困っていたようだったが、袋の文字を見てルビィの顔がみるみる明るくなる。誕生日包装用であるその袋には、『HAPPY BIRTHDAY!!』と書かれていた。

 

「わぁ、プレゼントですか!? 開けていいですか!?」

「好きにしろ」

 

 キャイキャイとはしゃぐ姿を見ると、少し恥ずかしい。嬉々(きき)として袋を開けると、そこに入っていたのは青い石の装飾が施されたブレスレット。これが、俺の選んだものだった。

 

「うわぁ可愛い!! 真哉さん、ありがとうございます!!」

「まぁ、喜んでるならいいけど」

「青い石……ですよね? サファイアでしたっけ?」

「本物じゃないけどな。9月の誕生石だってよ」

「へぇ~。オシャレだぁ……」

 

 早速つけては手を上にかざしてみたり、触れてみたり。何はともあれ、喜んでいるようで安心した。朝から色々と考えて、小原に付き合ってもらった甲斐があったってもんだ。後でアイツに、チャットで『成功した』とでも報告しとくか。

 

「そっちの袋には何が入ってるんですか?」

「これか? これは俺の」

 

 プレゼントと一緒に買った、もう一つのアクセサリー。何の変哲もない袋の中に入っていたのは、同じくブレスレットだった。だがルビィに渡したサファイアとは違い、石には紅玉を使っていた。

 ルビーの石言葉は情熱、そして炎。自分で選んでおいてなんだが、俺には全く合わない言葉だと思う。むしろルビィのサファイアと俺のルビーが逆なら、まだイメージに合うのになと勝手に思っていたり。

 

「あっ、そっちも可愛い!! 真哉さんとお揃いだぁ……月曜日から着けて行ってもいいですか!?」

「良いわけないだろうが。貰って早々没収されるぞ」

「あぅ、そんなぁ……」

 

 ……やっぱり、コイツにサファイアを渡しても『知恵』の恩恵が受けられるとは思えない。成績がどうこうとかじゃなくて、単純に振る舞いが。まぁ、黒澤みたいなルビィなんて見たくもないけど。

 大体、不要物の持ち込みの話なんてのは生徒会でも問題になりやすい。仮にも元生徒会長の妹が、元副会長から貰ったものを没収されたなんて話はシャレにならない。

 

「じゃあお出かけの時、とか」

「それは好きにしろ。アクセサリーなんだから」

「そ、そぉじゃなくて!! 真哉さんとお出かけする時だけ着けようかなぁって……。ら、来年まで待ちます!! ずっと待ちますから、その……えと」

 

『だけ』という特別扱いに、内心ドキリとする。ルビィは言葉を止めながらも、こちらの反応を伺っていた。一見口ごもっているだけのようだが、俺が何か言うのを待ってるようにも見える。

 ずっと待つから。その先に続く言葉は、何となく予想がつく。きっと俺の口から、その次を言わなきゃいけないんだ。思えば今までの俺たちの関係は、ルビィから動くか他の誰か――例えば小原や国木田――のサポートが働いているかの二分だった。先週の日曜日は状況が特殊だから例外として。っていうか、あの後は結局ルビィに引っ張られたし。

 ……話を戻すと、今まで俺からアイツに対して何かをするという事がほとんど無かったのだ。もちろん0ではないのだが、逆のパターンと比べると絶対数が少ないのも事実。端から見て悪く言えば、ルビィに付き合っているだけの状態だ。

『行動で示さないと伝わらない』……か。確かに。そのせいで、今まで何回思い違いを起こしてきたか。体育祭の時もだし、花火の時。そしてオープンスクール騒動も、ルビィの勘違いとはいえ俺がアイツの異変に気付いてやれなかった・気付いたところで何もしなかったからが原因の1つだ。

 

 

 少しは俺も口や行動で示さなければ。もうくだらないトラブルは起こしたくない。何より、もう傷つけたくないから。

 フーッと息を吐いて気を落ち着ける。それを見て、ルビィはビクリと体を震わせた。……いつも俺が溜め息を吐くときは不機嫌な時だったからだろうか。こういう姿を見ると、重ね重ね申し訳なくなる。

 早く言わないと。窓の外を向いていた視線を、ルビィに合わせる。翡翠(ひすい)の瞳は、弱々しく輝いていた。

 

「受験終わったら、その……2人だけ(・・)でどこか行くか。どこがいい?」

 

 2人だけ。特別。そんな意味を強調して、俺は小さく小さく呟いた。意図が伝わったのかは分からない。俺も、買ったブレスレットはコイツと出かける時にしか着けない。それで良い。

 

「や、やったっ!! えーと動物園と遊園地!! あと映画、カラオケ……やっぱり水族館とか!!」

「……いっぺんは無理だからな?」

「何回でも行けばいいですっ!!」

 

 翡翠の輝きが増すのは早かった。ルビィは一気に顔を近づけて、行きたい場所を次々と羅列していく。多い多い多い。どんだけ行く気だコイツは。

 俺が困った顔を見せると、ルビィはそれとは対称的に悪戯そうな笑みを見せる。いつもの見慣れた光景である。なんか安心するような、何も変わってないことに少しガッカリしたような。……いや、現状維持が一番か。喜んでいるのなら、僅かな勇気でも絞り出した甲斐があった。

 今ではこうしている事が当たり前だが、それが数年、数十年後にどう思えるかは分からない。だから俺は、今この時間を大切にする。誕生日という1年に1度しかない日に、一緒にいてくれるこの時間を。

 

 

 プレゼントの意は『ずっと一緒に』。ルビーとサファイアというセットにされる事が多いこの石のように、強い繋がりをこれからもずっとという願いだ。石言葉がお互い自分に足りてない部分を強調しているのは、恐ろしい偶然である。

 そして、ほんの少しの野望。ルビーの石言葉は『情熱』の他にもう1つある。それは……恥ずかしいから今はまだ、形に示さなくてもいい。バレた時はそれまでということで。

 最大の願いは、来年もこうして同じように誕生日を祝い、生まれてくれて『ありがとう』と――次は出来るだけ言葉で直接――感謝する事。そして、それまでの365日をまた、共にいられる事。ある人にとっては何でもない日でも、ある人には大切な記念日。そう考えることで、毎日が『何でもない日』だった俺にとって、1年過ごすのが少しだけ楽しみになる。毎日を楽しく過ごすのって、こういう考えを持つ事なんだなぁって思う。きっとこれからもコイツと一緒なら、もっともっと1年を楽しめそうだ。

 

 

 誕生日おめでとう、ルビィ。

 そして、出会ってくれてありがとう。

 これからも……いつまでもずっと。




10000越えです(震え声)
生誕祭というか後日談というか。でも書きたいこと詰めすぎて、お腹いっぱい欲張りセットみたいになってしまった(結果があの文字数)。
私は短編向かないなぁと思った瞬間です()


本当に最後なんですが、イラスト紹介だけ。
完結記念にいただきました。本当にありがとうございました

【挿絵表示】




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