朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

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皆さん、今まで応援ありがとうございました!!


そして、2人は紅くなる

「ん……」

 

 誰に起こされることもなく、目が覚めました。時計を見ると、時間はまだ5時。いつものランニングの時間です。昨日で文化祭終わったから、もう走る必要はないんですけどね。習慣って恐ろしいなぁ。

 二度寝出来ないくらいに目が冴えちゃったので、今日も走ることにします。お布団を整えて、運動用の服に着替える。着替え終わったら、お母さん達を起こさないようにそーっと部屋から抜け出します。

 

「あら、どこ行きますのルビィ」

 

 朝も早いのに、キリッとした声。ルビィのカラダはピクン、とちょっとだけ跳ねます。お姉ちゃんは、冷蔵庫から飲み物を取り出していたところだったようです。

 

「早く起きちゃったから、今日も走ろうかなって」

「昨日でダンスは終わったのに?」

「エヘヘ……。なんか、走らないと気持ち悪いっていうか」

 

 お姉ちゃんの質問に、ルビィは苦笑いで答える。半分は本当だけど、半分は嘘です。今日は9月16日。文化祭の翌日。そして何より―――真哉さんが出発する日。

 気にしてないと言ったら嘘になります。寝付きも悪くて、その証拠に目覚ましも鳴らないうちに目が覚めちゃった。走りたいのは、そんなウジウジした気持ちを忘れたいからなんだと思います。

 

「……ホント、呆れるくらい見違えましたわね。前までは、どれだけ起こしても起きなかったのに」

「うっ……。そ、それはその、体力つけなきゃって必死だったし……」

 

 その事を言われると弱いなぁ。前は、本当に寝坊助さんだったから。

 ……でも。

 

「まぁ、そのおかげで昨日のパフォーマンスが出来たなら、成果アリって事ですわね。良かったですわよ、昨日のダンス」

「……エヘヘ。ありがとっ!!」

 

 お姉ちゃんに少しは認めてもらえた、のかも。……はい、昨日のダンス本番は大成功だったんです。お姉ちゃんだけじゃなくて、果南さんや、鞠莉さんにも褒められました。

 だから清々しくて、とってもいい気分。ちょっとでも自分に自信が出ると、こんなに楽しくなるなんて思わなかった。

 ……真哉さんにも、本当はこの事を報告したかった。

 

「いってきまーす!!」

 

 お姉ちゃんに手を振りながら家を出る。もうすっかり見知った道のりを、ルビィは今日も走っていきます。ただ、今日からは特になんの目的もなく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 走るルートは、すっかり花丸ちゃんのお寺に行く方で決まっていました。弁天島神社に行くのと走る距離もあまり変わらないし、上に行くための階段もあるし。

 花丸ちゃんは、今日も境内のお掃除をしていました。ルビィが顔を出すと、ちょっと驚いたような顔をする。もう本番は終わったし、今日は来ないだろうと思われてたのかもしれません。

 

「花丸ちゃん、おはようっ」

「おはようルビィちゃん」

 

 境内まで行ったから、ちょっと休憩。カラダを捻ってストレッチを繰り返します。いきなりカラダを休めちゃうと、つったりするからって果南さんに教わりました。

 花丸ちゃんはホウキで掃く手を止めて、ジっとルビィを見る。何か言いたそうだってのは、すぐに分かりました。

 

「昨日終わったのに、今日も走るずら?」

 

 今日はよくそれを聞かれる日だなぁ。もういっそのこと、ランニングをルビィの趣味にしてしまおうかな。それなら、何も聞かれないだろうし。……なんて、冗談です。

 

「うん。あんまり眠れなかったから、すぐ目が覚めちゃって」

「……ずっと考えていたから?」

 

 花丸ちゃんの言葉が、ルビィの胸にグサッと刺さりました。眠れなかった原因、早く起きちゃった原因。それは、ルビィ自身が1番分かっています。

 でも、今さらどうしようも出来ない。聞いた限りだと、出発は朝の7時。もう起きてるかもしれないけど、行ったところで何を話せばいいのか分かりません。

 

「行っちゃう事は……ルビィには止められないよ。そりゃあ残念だけど、いつまでもウジウジ出来ないもん」

 

 必死の言い訳でした。本当は行ってほしくないけど、どうしようも出来ない。だから、どうにかして忘れようとしました。でも、それすら出来なくて……。

 昨日は早めに布団に入りました。起きたままだと、色々考えちゃいそうだから。でも、結局ずっと考えちゃってよく眠れませんでした。

 今日はいつも以上に早く目が覚めました。でも、それだと早く寝ようとした意味がない。だから走って疲れちゃえば、モヤモヤと余計なことを考えなくて済むと思いました。

 

「ルビィちゃん、嘘が下手ずら。今もずっと、考えてるくせに」

 

 結局、何をしたってずっと頭の中で考えてる。

 ―――真哉さんの事を、考えてる。

 連絡先も知らない。この先、どうなるのか分からない。もう会えなくなるなんて、耐えられない。

 会って何が出来るか出来ないか、じゃないんです。どっちか選べと言われたら、会いたいに決まってます。

 

「……最後くらい、素直になって甘えてもバチは当たらないと思うよ?」

「で、でも……」

 

 花丸ちゃんの言葉は嬉しい。ウジウジしてるルビィの背中を、押してくれるから。出来ることなら、ルビィもそうしたい。でもやっぱり迷う。

 ルビィは指を合わせてうつむく。上目で花丸ちゃんを見ると、眉をひそめてちょっと膨れっ面になっていました。あ、明らかに不満そう……。

 

「あぁもう、じれったいずら。ルビィちゃんは、真哉さんとこのまま別れても後悔しないの!?」

「するしないで聞かれたら、する……と思う、けど」

「このままでいいの?」

 

 ―――後悔しないようにしなさい。

 以前鞠莉さんにも、言われた言葉です。昨日のお昼できっぱりと割り切ったつもりだったのに、その実ルビィには未練ばっかりが残ってて。

 どうやったら後悔しないのかは分かりません。でも、今行かなかったら確実に後悔するのは分かります。

 

「ル、ルビィは……」

「7時に沼津駅で電車に乗るなら、6時くらいにはバスか何かで駅に行くと思う。チャンスはそこしかないずら」

 

 花丸ちゃんが最後の一押しをしてくれました。今の時間はまだ5時半だから、何とか間に合います。バス停の場所は分からないけど、真哉さんのお家の方に行けば会えるかも。

 行ってどうするかなんて考えていない。顔を見て、向こうでも頑張って下さい!! って密かにエールを送るだけでも良いんです。

 大きく花丸ちゃんに頷くと、ルビィは階段を下り始める。もう、心は決まりました。

 

「ありがとう花丸ちゃん。ルビィ、行ってくる!!」

 

 大きく手を振って、ルビィは走り出す。花丸ちゃんも、小さく手を振っているのが分かりました。それを確認すると、お寺に背を向けて全力疾走します。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 走る走る走る。真哉さんのお家は、いつものランニングコースからちょっとだけ離れています。何とか間に合うとはいったけど、それは全力疾走での話。

 息が切れて、カラダも重くなります。体力は前よりもついた方だけど、全力疾走にはあまり慣れてません。その分、体力の消耗も激しい。

 

「あてっ!?」

 

 何かにつまづいたかと思ったら、いつの間にかコンクリートが近くにありました。膝や腕を打ったと分かって、初めて転けたことを自覚します。速く走っていたから、余計派手に転んじゃった。

 

「い、痛くないもん」

 

 痛みで溢れそうになった涙をグシグシと拭いて、すぐに立ち上がる。膝からは、ちょっとだけ血が出ていました。でも、そんなの気にしない。また走り出す。

 真哉さんに会いたい、その気持ちだけを胸に。

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

 暦の上では秋になったとはいえ、まだまだ残暑の主張は強い。しかしその暑さも、明朝ではあまり気にならなかった。現在の時刻、午前5時50分。太陽は徐々に顔を出してきているのに、俺の目は冴えていない。

 今日は静岡市に行くので、朝早くに起きざるを得なかったのだ。起床5時、6時にくる始発のバスに乗って沼津駅に行き、7時発の電車で静岡駅まで。軽く乗り物酔いを起こしそうだ。

 まだバスは来そうにないので、適当にスマホを弄っておく。とはいっても、トークアプリに返信をするだけだが。昨日早く寝たから、その分そこそこの通知が溜まっていた。

 

「あ? ……動画?」

 

 適当に返事をしつつメッセージを読んでいると、1つ俺の目に留まったものがあった。黒澤から、4分ほどの動画が送られてきたのだ。

 暇潰しになればと、再生ボタンを押して動画を流す。動画の内容は、昨日のステージ発表のダンス―――ルビィが踊っている姿を撮ったものだった。

 昨日のステージは、圧巻だった。冗談混じりに『本番で転けるなよ』と言ったが、アイツはそんな俺の冗談を吹き飛ばすように踊ってみせた。30人ほどいる生徒の中でも、贔屓目なしにルビィは誰よりも輝いていると感じた。

 

「サンキュー、な」

 

 黒澤に『ありがと』とだけ返して、その動画を保存する。ルビィの成長を実感できた、完璧なステージだった。あれなら黒澤も、少しはルビィを見直すだろう。ルビィにも、確かな自信がついたはず。

 褒めてやろうと思った。ガシガシガシと頭をめちゃくちゃに撫でて、褒めちぎってやろうと思った。

 でも、昨日はそのチャンスがなかった。写真撮影やら何やらで、教室に行きにくかったのは言い訳だ。待ちきれずに、俺はまっすぐ帰ってしまった。

 それだけじゃない。俺は昨日、やるべき事を1つやらなかった。ルビィに、伝えなきゃいけない事を。中々切り出せなかった挙げ句、俺は何も伝えなかったのだ。

 

「……もう6時か」

 

 皆が起き始める時間になったからか、先程から早朝のランニングをしている人がちらほら見える。中には、こちらに向かって全力疾走をしている者まで。朝から元気な事で。

 視線を遠くに移すと、100mほど離れた信号でバスが止まっているのが見える。気付けば、もうバスが来る時間になっていた。バス停に来たときは暇をもて余していたのに、考え事をしていたせいか早く感じたな。

 後で、小原には謝っておかないといけない。せっかくセッティングまでしてくれたのに、俺自身がアイツに何も言えなかったのだから。

 文化祭で2人きりになって、俺はどう感じたか。花火の時のアレもルビィが忘れろとは言ったが、俺は何も返していない。誰もいない今なら、何て言うか考えられるだろうか。

 

 

 

 今までルビィと一緒にいて、俺は―――――。

 

 

 

「真哉さぁーん!!!!」

 

 遠くを見つめて、浮かび上がる言葉を丁寧に纏めようとする。だが、その必要はなくなった。せっかく浮かんだ言葉は、全て吹き飛んだ。

 未だに信号が変わらずに止まっているバスではない。視線は車道ではなく、もっと右の歩道。この朝早いのに、俺の名前を叫びながら、全力疾走で向かってくるヤツのことだ。

 俺は自然と、ソイツに駆け寄っていた。

 

「ルビィ!?」

「真哉さん!! 会えて良かっ……あてっ!?」

 

 俺が声を掛けると、一瞬パアッと笑顔を見せるルビィ。さらに速度を上げてこっちに走ってくるが、勢い余って転倒してしまった。ずいぶん派手な転け方だったが、大丈夫だろうか。

 ルビィは、地面に突っ伏したまま動かない。顔も起こさず、ずっとうつ伏せに倒れたまま。さすがに不安になったので、俺はルビィに駆け寄る。

 信号が青になったのが、視界の端に映った。

 

「こら、大丈夫か?」

「あ、あは……。大丈夫、で……す」

 

 のそりとカラダを起こし、歪んだ笑みを浮かべるルビィ。明らかに何かを堪えているような、無理しているような笑いだった。大丈夫と言った言葉の節から、コイツが大丈夫じゃないような気がした。

 ルビィは俺と目を合わせると、痙攣したようにブルブルとカラダを震わせる。目尻にたっぷりと涙を含ませ、ギュッと俺の服を掴んだ。

 バスは、段々とこちらに近づいてきている。

 

「ぅ……っうえっ、うわあぁぁぁぁぁん!!!! 真哉さぁぁぁん!!!!」

「うおっ!?……っと」

「やっ、やっぱり、真哉さんと一緒じゃないとやだ!! いがないでください!! ルビィをおいて行かないでください!!!!」

 

 溜め込んだ分を放出するかのように、ルビィは泣き叫んだ。着ているジャケットの背中を掴み、俺に力強く抱き着きながら。今まですすり泣くぐらいのものは数え切れないほど見てきたが、ここまで大泣きしたのは初めて見た。

 俺は何も聞かず、ただただルビィを受け入れた。少し過呼吸になっているのか、呼吸が荒い。ルビィが落ち着くのを待って、優しく背中をさすってやる。

 

 

 バスが、停留所に止まった。

 

 

「兄ちゃんどうする? 乗るのかい?」

 

 さっきまで停留所にいたからだろう。運転手が俺に声を掛けてきた。これに乗らないと、俺は沼津駅に行くことができない。

 ……だが。

 俺の腕の中で、ルビィがビクリとカラダを震わせた。視線を下ろすと、行かないでくださいと目で訴えているように見える。不安で不安で、今にも崩れてしまいそうな表情。その顔は、泣きすぎて酷く充血していた。

 

「大丈夫です、行ってください」

 

 こんな状態になっているルビィを置いてバスを乗ることなんて、俺には出来なかった。時間通りのバスに乗るより、いまここにいるコイツの方がよっぽど大事だった。

 運転手は不思議そうに首を傾げていたが、俺が動かないのを見ると戻ってバスを走らせていった。沼津行きのバスが、行ってしまった。

 ルビィのカラダを支えて立たせる。時折嗚咽を漏らしていたが、それも徐々に落ち着いてきた。だが、まだ俺の服の裾は離してくれない。

 

「っぐ……えぐ。し、真哉さん。バス……」

「あー、行っちまったなぁ。まぁ、このままお前を放置するわけにもいかんだろ」

 

 俺としては、もはやその事はどうでも良くなっていた。いや、本当は良くないけれども、それよりもルビィの方が大事だということだ。

 だが、ルビィはまた責任を感じている。さっきは勢いとはいえ行くなっつった癖に、俺が行かなければ自分を責める。まったく、俺はどう行動すれば良かったのやら。

 相変わらず面倒で―――――優しいヤツ。

 

「ま、オープンスクール(・・・・・・・・)くらい行かなくても大丈夫だろ。受験に不利になるわけじゃなし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え? へ!?」

 

 急にルビィがビックリしたような顔つきになる。服の裾でグシグシと涙を拭き、俺にズイッと顔を近づけた。

 

「お、お、オープンスクール!? お引っ越しじゃないんですか!?」

「はぁ!? なんで俺が引っ越さなきゃいけないんだよ?」

 

 今度は、俺がビックリする番だった。引っ越す予定なんて今後まったくないし、誰かに話した記憶もないからだ。

 

「だ、だって真哉さん、果南さんに弁天島で言ってたじゃないですか!! 文化祭で学校最後って言ったし、果南さんも『真哉さんがいなくなると寂しい』って言ってたし……」

「はぁ……?」

 

 俺は首を傾げはしたが、すぐにどういうことか察しがついた。なるほどね。最近……というか、夏休みからルビィの様子が変だったのはそういうことか。

 以前黒澤がぼやいていた『ルビィの元気がない』こと、夏祭りなんかで急に接近してきたこと、この明朝に俺を探して駆けつけたこと。そして―――先ほど大泣きしたこと。その全ての疑問点が、1つの線に繋がった。

 要するに、大きな大きな勘違いである。

 

「……あのな、ルビィ。松浦が言ったのは『中学校での』文化祭が最後って意味だ。アイツが寂しくなるって言ったのも、俺たちが高校生になった時の事を言ったんだろ」

「そ、それは……確かに」

 

 本来、ちょっと考えれば分かりそうなものだが。それに、高校を静岡市にしたからって、こんな中途半端な時期に引っ越すはずがない。行動が早すぎる。

 もっと言えば、受かったとしても静岡市に引っ越すつもりもないが。行き帰りの時間はあるが、電車通学する予定だ。もちろん、受かればの話だが。

 ……それに。

 

「それにな、俺がお前に何も言わずに引っ越すわけないだろ? そこまで薄情じゃねぇよ」

「し、真哉さん……!!」

 

 ルビィがキラキラとした視線を向けてくるので、なんか恥ずかしいことでも言ったのかと思う。まーた、大袈裟なリアクションしやがって。やっと笑ったからいいけども。

 でもまぁ、俺に迷惑をかけたのは間違いない。次のバスが来るのは1時間後。これに乗ったところで、オープンスクールには到底間に合わない。元より、バスに乗らなかった時点で行く気は失せていたが。

 

「……にしても、予定つぶれて暇になっちまったなぁ。どう償ってもらおうか」

「あぅ……」

 

 俺が責めたように言うと、案の定ルビィは途端に笑顔を消して小さくなった。その萎縮具合は、出会った頃とあまり変わっていないように思える。俺を散々引っ掻き回した、あの時とだ。

 昨日の屋上やステージでは、成長したと確かに感じた。感じたのだが、こうしてみるとまるで変わっていないように見える。隣に映るのは、俺のよく知っている黒澤ルビィ。ドジで泣き虫でおっちょこちょいな、俺の―――大切な人だ。

 

「よし。罰として、お前は今日1日俺に付き合え」

「……へ?」

「どうせ予定ないだろ。変に心配させちまった分、俺がお前の相手してやるって言ったんだよ。強制だからな」

 

 だが、俺としてはそんなルビィで良かった。そんなルビィ『が』良かった。コイツといると、毎日が飽きない。いい意味でも、悪い意味でも。

 心の底では分かっていた。文化祭でわざわざ確かめるまでもなく、俺はルビィと一緒にいれて楽しいと感じていると。他の誰であっても替えが効かないくらい、アイツといる時間が大切なんだと。

 きっと俺は、自分でも分かっていないくらいルビィに依存してしまっているんだと思う。離ればなれになるなんて、こっちから願い下げだ。

 

「は、はい!! 喜んで!!」

 

 俺の意図を汲み取ってくれたルビィは、嬉しそうに首を縦に振る。自然と、俺の顔も綻んだ。

 

「よし、とりあえず一旦帰るか。傷の手当てしねぇとだし、服も着替えたいだろ。送るからよ」

 

 俺が手を差し出すと、ルビィは飛び付くように握ってくれた。仄かに熱を帯びたその手は、否が応でも俺の注意を惹き付ける。もはや手を繋ぐ理由なんて、お互いに考えていなかった。

 ルビィが心配だから、オープンスクールに行くと言った手前家には帰れないから。わざわざ、ルビィの家にまで着いていく理由(言い訳)はいっぱいある。だが、今回は必要ない。

 何回も転んだのか、あちこち擦りむいている。足も痛いのか、少し歩き方が覚束ない。ここまでボロボロになってまで俺の元に来ようとしてくれたルビィに、寄り添ってやりたかった。ここまで想われていたのか、と実感できたから。

 

「真哉さん」

「どした」

「ルビィ、やっぱり無しにするっていうのを無しにします」

「なんだそりゃ」

 

 そう言うと、ルビィはいっそう強く俺の手を握る。その頬は、髪色のごとく僅かに朱に染まっていて……何かを決した表情。

 あの花火大会の日が、不意にフラッシュバックする。

 

「……ルビィは真哉さんが好きです。大好きです!! もう、無しにはしません。真哉さんが振り向いてくれるまで、諦めませんから」

 

 ある程度、予想は出来ていた一言だった。予想は出来ていたが、すぐに対応は出来なかった。表情を緩めないように、平常を保つので精一杯だったから。

 沸き立つ感情は、やはり俺の経験則では見当たらなかった。途端に、ルビィの顔を見るのが恥ずかしくなる。何て言えばいいのか、やっぱり分からない。

 

「……あー、そうかい」

 

 頬をかきながら、俺はそっぽを向く。無言ではいけないと絞り出した一言は、相変わらず斜に構えたような言葉だった。

 

「……クスッ。何ですかそれぇ」

 

 少し不満そうに、でも楽しそうにルビィは笑った。それにつられて、俺も笑う。やや自嘲気味の、小さな笑いだった。

 自分の体温が少し上昇しているのは、日が昇り切ってしまったのが原因ではないと思う。ルビィの手の温もりも、さっきより感じるようになった。顔も、まだ紅いままだ。きっと、気持ちは同じなんだろう。そんなことを意識すると、また上気していく気がした。

 ……本当に、厄介なものに絡まれてしまったよなぁ。俺は隣を歩くルビィを見て、今までの事を想起する。小さな事にもめげず、泣き虫のくせに負けず嫌いで、何よりも誰よりも努力家。

 相反していたはずの俺は、いつの間にかコイツのペースに巻き込まれ、ドップリと嵌まっていた。きっと、もう抜け出せない。だったら、俺は『そこで』ずっとお前の姿を見ていたい。

 今は心に思うだけだが、いつか言葉で伝えられたら。それが、どれだけ素敵なことかと考える。

 

「……どうかしました?」

「いや、何でも」

 

 俺は慌てて目を逸らす。やっぱり、急には無理みたいだ。だから、今は思うだけ。心の中だけで、素直になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうか、このままでいてほしい。

 

 

 

 俺のそばにずっといてほしい。

 

 

 

 ずっと、ずっと。

 

 

 

 俺にはお前が必要みたいだ。

 

 

 

 どうやら俺は

 

 

 

 ――――お前に染まってしまったようだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『朱に交われば紅くなる』これにて完結です。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。後半では感想の数もお気に入りの伸びも増えていて、作家冥利に尽きる次第です。

さて、この最終話について。感想でも「この2人どうなるの?」という声が上がっていました。本気で心配していた方には肩透かしだったかもしれませんし、15話が印象に残っている人には「やっぱりな」と思ったかもしれません。終わりまで持っていくには、どこか事を荒立てる必要があると考え、試行錯誤した結果いまの形に落ち着きました。こんなドタバタした終わり方も、ルビィちゃんだからこそ出来たんじゃないかなーって思っていたり。

この小説で、ルビィちゃんの魅力に1人でも多くの方が気付いてくれたならば、これほど嬉しいことはございません。
感想・評価を送って下さった方々、ファンアートを描いてくださった方、Twitterで応援して下さった方々、そして何より読者の方々に最大限の感謝を込めて、筆を置かせてもらいます。
またどこかで私の別の作品を読むようなことがあれば、お手柔らかにお願いします。



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