朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

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もう1人でも大丈夫、ですから

「何か言うことは?」

「すいませんでした……」

「なんで俺の腕に?」

「こ、怖かったので……」

 

 ルビィです。お化け屋敷から出た後、ルビィ達はいま屋上に来ています。他の皆はまだ展示を回ってる時間。ここには、真哉さんと2人しかいません。

 なんでここに来たかといいますと。ルビィがパニックになって騒いじゃって、先生にちょっと叱られちゃったんです。それに目立っちゃったし。だから、そのまま真哉さんはここに……。

 そしていま、軽く怒られています。せっかくルビィに付き合ってくれたのに騒いじゃったし、迷惑かけちゃうしで無理もないですよね。結局、こうなるんだなぁ。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 真哉さんの腕から離れて、ルビィは小さく縮こまる。行き場のない腕を畳んで、指をイジイジ。違う、違うの。ちゃんと目を見て言わなきゃ。

 鞠莉さんからお話を聞いたときは、飛び上がるくらいに嬉しかった。真哉さんとまた一緒にいられる、お話しできるって思ったから。花丸ちゃんが『一緒に回ったら?』って背中を押してくれたのもあって、ルビィは真哉さんの教室に行くことを決めました。

 でも、結局はこんな結果に。なんでルビィはいっつもこうなんだろう。鞠莉さんにも花丸ちゃんにも申し訳ない。何より、真哉さんに何て言えばいいのか……。

 

「はぁ、全く。会った時と何も変わんねぇな」

「へ?」

 

 真哉さんは小さく笑うと、金網によりかかって座る。『お前も座れよ』と言うので、ルビィも隣にお邪魔します。

 

「入学式以来で初めて会った時。昼飯買えなくてここに来て、おどおどしてたろ。あの時みてーだ」

「そ、そんな事……」

「あるよ、変わってねぇ。だから、お前の起こすトラブルに巻き込まれるのも、謝られるのも慣れた」

「そう、ですか」

 

 真哉さんは、手刀を作ってルビィの頭を軽く叩いた。全然痛くないし、顔も怒ってない。まるで、『気にするな』って言ってくれているみたいでした。

 ルビィは、真哉さんのこういう仕草が大好きでした。真哉さんなりの優しさと暖かさを、直接感じることができるから。すっごく嬉しくて、すっごく幸せ。

 あの日以来、もしかしたら真哉さんに避けられてたんじゃないかって思ってました。もうずっと会ってくれないまま、行ってしまうんじゃないかとも。

 ……でも、違った。真哉さんは真哉さんだ。何も変わらない。今まで通り、何事もなかったかのように接してくれました。

 

「じゃ、じゃあ変わらないついでに、1ついいですか?」

「あ? あぁ」

 

 

 

 

 

 そう、何事もなかった(・・・・・・・)かのように……。

 

 

 

 

 

「花火の時のアレ、無かったことにしてほしいなーなんて……」

 

 泣きそうになるのを必死にこらえて、ルビィはそう言った。これでいい、これでいいんです。声をかけにくいままお別れするくらいなら、今までの関係に戻すだけでも良かった。それで、今まで楽しかったんですから。

 真哉さんの顔つきが微妙に変わったのを、ルビィは見逃しませんでした。もしかして余計なことを言っちゃったかな、嫌な思いをさせてないかな。いつも以上に、ルビィは心配性になります。

 

「ほ、ほら!! ルビィも真哉さんも、気まずくなる理由なんてないじゃないですか!! 」

「……あれは俺も何も言わなかったからな。お前が悪いんじゃない」

 

 ルビィは、一生懸命笑顔を真哉さんに向ける。明るくしていれば、あんまり気にしてないんだって思わせられるから。だから真哉さん、自分を責めないでください。

 ルビィは、もう、大丈夫ですから。

 

「いえいえ。ルビィだって、いきなりあんなこと言わなかったら良かったんですよ。また今まで通りお話出来れば、ルビィは満足です」

「……そうか。なら、いい」

 

 真哉さんは折れたのか、ようやく納得してくれました。まだ何か言いたそうでしたが、ルビィには分からない。

 でも、真哉さんがいいって言ったんだから、これ以上この話を続けるつもりはありませんでした。この気まずい空気を、1秒でも早く無くしたくて。ルビィはこんな提案をした。

 

「あっ、そうだ!! 今日のダンスの最終調整したいと思ってたんです。真哉さん、見てくれませんか?」

 

 ステージ発表のダンス。今日が本番です。もちろん、ルビィも踊ります。真哉さんや―――何よりお姉ちゃんに、ルビィにも出来るんだってところを見せるチャンスです。

 

「最終調整って。確かに誰もいねぇけど……いいのか? 本番前に俺に見せて」

「真哉さんだけに、見てほしいんです」

 

 真哉さんは断ろうとしたけど、ルビィは引き下がらなかった。リハーサルっていうのもあるけど、本当に大事なのはこっちの理由。真哉さんに見てほしい……って言うのが。

 ルビィがここまでこれたのは、真哉さんのおかげです。ルビィの悩みを聴いてくれて、アドバイスもくれて。体力不足に困っていたときは、練習に付き合ってもくれました。ホントに感謝しています。

 だから、その成果を誰よりも早く見てほしい。真哉さんのおかげでここまで出来るようになりましたよ!! って伝えたい。それが、ルビィなりの感謝の仕方だと思うから。

 

「ま、時間はあるしいいだろ」

「やった!! ありがとうございます」

 

 真哉さんの許しも出て、 ルビィは早速準備に取り掛かる。今日は服装の自由が許されているから、ルビィはすでにステージ衣装を着ています。……っていっても、クラスで作ったTシャツですけどね。

 音楽は、スマホの音楽アプリに入れてるのを使います。アメリカの、テンポの良い曲です。

 真哉さんは、金網によりかかったまま動きません。じっとルビィの事を見ている。き、緊張するなぁ……。

 

「音楽流すのだけ、お願いします。ここの再生ボタン押せばいいですから」

「ん、分かった」

 

 真哉さんがボタンを押して、音楽が流れ始める。最初は静かに、だから動きもなるべく小さく。でも、見せるところはハッキリと見せるように。

 そうして、だんだん音楽のテンポが上がっていく。ここから、ダンスの振り付けも曲に合わせて激しくなる。最初は、この時点で既にみんなについていけませんでした。でも、今なら。

 難しいステップも、何とかクリア。手と足の動きは、ちゃんと連動出来ていたかな。ここはバラバラになっちゃいけないところなんだ。

 

 

 ここから、一番激しいところに入ります。いっつも間違えちゃうところだけど、大丈夫。あれだけ練習したんだもん。

 

「ふっ、ふっ……」

 

 ターンして、1回手を叩いて切り返し……そして、またステップと。うん、何とかいけました。でも、まだ気は抜けません。

 自分のカラダが、段々と重くなるのを感じます。1曲は4分とちょっとくらいだけど、カラダを動かす時間だと考えると果てしなく長い。途中でステージの端に捌けるところもあるから、動きっぱなしって訳ではないけど……。

 息も切れるし、ステップも乱れそうになる。でも、絶対に音は上げません。夏休みから毎日毎日走ってきたのは、このためなんですから。

 あとは―――笑顔を忘れずに。どれだけキツくても、これだけは止めない。見ている人を楽しませるのはもちろんだけど、自分も楽しむ事が大事だと思うんです。だから、笑顔。

 

 

 曲は終盤にさしかかる。ここからはもう激しい動きはないので、少しだけ気が楽です。音楽がスローになるにつれて、ルビィもステップを止める。そして、目を瞑ってゆっくりと中央に戻る。ここで、最後にポーズを決めて終わりです。

 踊れた。自分で分かる限りでは、ミスは1つもなかった。曲が終わると同時に、小さく笑みが出てくる。ガッツポーズだってしたい。たまらなく、嬉しかった。

 

「ハァ、ハァッ……。ど、どうでした……?」

 

 そうなったら、あとは気になるのは真哉さんの反応と評価だった。ダンス中もチラチラと見てたけど、真哉さんはあんまり表情を変えなかった。じっと、黙ってルビィを見るだけで。

 真哉さんは、頬を掻いて目を逸らす。何か言いたそうだけど、言いづらそう。ルビィは知っています。これは、真哉さんが戸惑っている証拠だって。だから、ルビィは真哉さんから目を離さない。

 すると、真哉さんはルビィの方に視線を戻す。そして両手を合わせて、パチパチパチと叩いてくれました。これってつまり、拍手……ですよね?

 

「まぁ、なんだ。良かったと思うぞ、俺的には」

「ほ、ホントですかっ!? エヘヘ、嬉しいなぁ……」

 

 褒めてくれた。あの真哉さんから、褒められた。それはもう嬉しくて嬉しくて、ルビィは思わず真哉さんにずいずいっと詰め寄った。

 真哉さんが座っている隣に、ルビィも腰を下ろす。まだ展示の時間はいっぱいある。でも、ルビィはここで2人でお話してたい。そういう意図が、真哉さんに伝わればいいなぁって小さな願いも込めて。

 

「……立派になったな」

 

 何をお話しようか迷っていたら、真哉さんが切り出した。

 

「りっぱ? ルビィが……ですか?」

「そうだ。今までは俺や黒澤なんかがいないと、全然ダメだったのにな。お前は、何かそのダンスで変わった気がする。素直にすげぇと思うよ」

 

 拍手だけでも嬉しかったのに、こんなに褒めてくれるなんて。今までは怒られる方が多かったというか、怒られてしかなかった。ちょっとは変われた……のかな?

 今まで。ルビィの今までを思い出してみる。小学生の時は、男の子にいたずらされたらお姉ちゃんに助けてもらっていた。朝もお姉ちゃんはきっちり起きていたのに、ルビィはダメだった。事あるごとに、お姉ちゃんと比べられている気がして嫌だった。習い事を止めたいって言ったら、止めさせてくれた。

 そして中学生になって、真哉さんと出会った。最初は怖かった。年上だし、言葉もちょっとキツくて、何より笑わなかったから。でもそれは誤解で、本当は優しい人でした。遠足でルビィを助けに来てくれて、テスト勉強に付き合ってくれて、悩みにも乗ってくれて。

 真哉さんに出会えて良かった。もし出会ってなかったら、今のルビィはいない。何を頑張るってことも、出来なかったと思います。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 泣きそうになるのを我慢する。悲しくて泣くんじゃない。これは、嬉しくて泣きそうなんです。4月に出会った頃とは、違うことを見せられたから。

 もう……

 

「俺が必要以上に世話を焼くこともなさそうだな」

 

 もうルビィ1人で大丈夫だって事を見せられたから。

 ルビィがダメダメなままだと、真哉さんが心配しちゃうもんね。向こうに行っても大丈夫なように、ルビィはここまで成長しましたっていうのを見せる必要があった。そして、それは見事に成功しました。

 真哉さんは、どこかホッとしたような表情でした。それでいて穏やかで。そんな顔を見ていると、もうすぐなんだ……って実感が沸いてくる。ダメ、泣かないって決めたもん。

 

「ま、本番でどうなるかは分からねぇけどな。ステージで転けたりすんなよ。カッコわりぃから」

「しっ、しませんよぉ!!」

 

 真哉さんがからかってくるもんだから、ついムキになって答えちゃいました。出かかっていた涙も引っ込んじゃった。酷いですよね、そんな事言うなんて。

 でも、こんなやり取りもよくやってたなぁって。真哉さんの心配はよく当たっちゃうけど、今度ばかりは違うってところ見せちゃいますから。転けたりなんてしないもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルビィたちは、時間を忘れてずっとお話してました。夏休みのこと、学校のこと、生活のこと。語り残しがないように、何でも話しました。

 そうそう。ルビィが夏休みの課題を自力で全部終わらせた事を話したら、真哉さんは褒めてくれました。エヘヘ、頑張ったもんね。

 そして、真哉さんは第一志望の高校の判定がBになったらしいです。詳しいことはよく分からないですけど、Aに近いほど良いらしいので、成績が上がったって事なのかな? 嬉しい反面、ちょっと複雑です。でも、真哉さんは自分のやりたいことが見つかっていて、やっぱり嬉しい。

 ほとんどルビィが話す側で、真哉さんは聞いてばかりでした。それでも目を細めて、一つ一つに相槌を打ってくれて。ずっとこの時間が続けば良いのにって思いました。でも、時間に限りはあります。

 

 

 そして――――

 

 

「ん、チャイムか」

 

 展示の時間が終わりました。これからはお昼休憩を挟んで、ステージ発表の時間。みんな体育館に集まります。

 

「じゃあ、それぞれ教室に戻るとするか」

「……そうですね」

 

 一緒に話す時間は、これで最後かもしれない。帰りの時間だって合うかは分からない。そして、明日にはもう行っちゃう。

 本当は離れたくない。このままいたいけど、そんなワガママは言えない。分かってた事です。いつかは……いつかはお別れしちゃうんだって。

 

「し、真哉さん!!」

 

 覚悟はしてました。だから、泣きません。

 

「あ、ありがとうございました!!!!」

 

 ルビィは深く、深く頭を下げた。今までの感謝を全て詰め込んで、お礼を言った。

 本当はまだ言いたいことあったけど、時間もないし。そうなったら、やっぱりこのセリフしか思い付きませんでした。

 

「……おう。ダンス頑張れよ」

 

 真哉さんは振り返ることなく、手を軽く振って行ってしまった。その背中を、ルビィはじっと見つめることしか出来ない。やっぱり、止めることは出来ませんでした。

 どちらかと言うと、後悔はあります。あのこと、無かったことにしちゃって良かったのかな……って。普通に考えれば良かったはずです。最後スッキリとお話出来たし、このまま思い残す事もないんですから。

 でも、心のどこかではダメだって声がしてる。このままじゃ後悔するぞって。それも分かってる。全然大丈夫じゃないし、満足もしてない。すっぱり割りきったはずなのに、ルビィは思った以上に女々しいみたいです。

 でも、もう終わった事だから――――。

 

 

 

 

 ふと見上げて、空を眺める。今日はとても良い天気です。気持ちがいいくらいの快晴でした。どんよりしたルビィには、似合わないくらい清々しい。そして、たまに吹く風が、これまた気持ちいいんです。

 こんな素敵な場所だけど、こうして屋上に来るのはきっと今日で最後。来週からは、もう来ることはないでしょう。ここは、真哉さんとの思い出の場所。1人でいたら、思い出してしまうもん。

 ルビィはお尻をパンパンとはたいて、出入り口のドアに手を掛ける。もう、屋上を振り返ることはない。もう、思い残しはないから。ルビィは、ドアをパタンと優しく閉めた。

 

 

 

 

 ――――さようなら、ルビィの初恋。

 

 

 

 

 

 

 




次回、最終回です。

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