朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

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閑話みたいな何か


モヤモヤが止まらない

 夏休みの1ヶ月半は本当にあっという間で、気づけば9月。2学期が始まろうとしていました。2学期は楽しい行事がたくさんあります。体育祭に合唱コンクール、そして何より―――文化祭。本番が近いこともあり、ルビィ達のクラスも練習の熱がさらに増しています。

 最初はダンスが難しくて苦労したけれど、何回かやるうちに皆についていけるくらいにはなりました。練習を繰り返したからってのもあるけど、1番の理由は体力がついたから……じゃないかな。夏休みから走り続けてるのが、今になって効果が表れてきたんだと思います。

 走るのは、朝早くの時間です。最初は起きるのが辛くて果南さんにモーニングコールをしてもらったけど、今ではもう必要なくなっています。やっぱり、慣れってスゴいなぁって。

 コースも、何日かしているうちに自分で好きな場所に走るようになりました。最近のお気に入りのコースは花丸ちゃんのお家でもあるお寺に行くことです。距離自体はあんまり変わらない……かな?

 

「あ、来たずら。おはよう、ルビィちゃん」

「花丸ちゃん、おはよう!! 」

 

 花丸ちゃんは、朝早くから境内のお掃除をしていた。小さい頃から、これは習慣になっているらしいです。つい最近までは、誰かに起こされないとダメだったルビィとは大違い。

 

「今日もお疲れ様。お水用意してるよ」

「わぁ!! ありがとう」

 

 花丸ちゃんはそう言うと、水筒からお水を注いでルビィに渡してくれた。今日から9月っていっても、まだまだ暑い日は続きそう。だから、さっきから汗がスゴいです。その分、お水が美味しい。

 お水を一気に飲み干して、水筒のコップを花丸ちゃんに返す。夏休みの間毎朝走っていたおかげで、そんなに疲れてないかも。お水も、一杯で充分でした。

 

「今日から2学期だね。ルビィちゃん、宿題終わった?」

「うんっ、バッチリだよ!! ちゃんと自分でやったもんっ」

 

 人差し指と親指で丸をつくって、花丸ちゃんに示す。小学校のときはお姉ちゃんに手伝ってもらっていた、夏休みの宿題。今年はなんと、全部自分の力で終わらせることができました。

 これには、お姉ちゃんもビックリ。ルビィは変わるって決めたんです。宿題くらい、自分でやらないとね。でも、それを知ったときのお姉ちゃんの驚いた顔ったら……。エヘヘ、ちょっぴり威張りたくなったのは内緒です。

 やれることは精一杯やる。その上で、お姉ちゃんに負けない何かを見つける。テストの時は焦っちゃってたけど……あの人に止めてもらいましたから。

 

「ダイヤさんだけじゃなくて、真哉さんの力も借りなかったの?」

「え? う、うん……」

 

 花丸ちゃんの言葉に、ルビィは少しドキリとした。真哉さんのことです。宿題を手伝ってもらうどころか、『あの日』以来1度も会っていません。会いにくくなっちゃった……って言った方が良いのかな。

 

「あ、あれ? マル、マズいこと言っちゃったずら?」

 

 鞠莉さんほどじゃないにしても、花丸ちゃんは鋭い。まだ花丸ちゃんには、お祭りの日のことは話していませんでした。……というより、誰にも話していないんですけど。

 でもルビィだけじゃ解決出来そうにないし、いずれは相談しようと思ってた。恥ずかしいけど大丈夫……だよね。

 

「あのね。実はルビィ、2週間くらい前に真哉さんと花火大会に行ったの」

「ふむふむ、あのお祭りだね。いい雰囲気ずら」

「そこで、花火が上がった時にこ、告白して……」

「ふむふむ告白―――ずらっ?」

 

 花丸ちゃんは、ルビィの顔を何度も見返す。や、やっぱりそういう反応になっちゃうよね。自分で言うと恥ずかしくて、顔が赤くなるのが分かっちゃいます。

 今まで男の人に慣れていなかったルビィからしたら、大事件でした。多分、そのことを知ってる花丸ちゃんにとっても。でも、真哉さんがいなくなっちゃったら想いを伝えるのが難しくなっちゃう。だから、ルビィは決心したんです。

 

「こっ、ここここ告白って!? それで、答えはどうだったずら!!?」

 

 花丸ちゃんが、くっつきそうになるほど寄ってくる。珍しく興奮しているなぁ……。っていうか、近いよぉ。

 

「う、うん。それがね、よく分からないんだ」

「えっ?」

「真哉さん、何も言わなかったから。ルビィから返事を聞くなんて出来ないし、結局そのまま無言で別れちゃって……」

 

 自分で言ってて、悲しくなってきました。『よく分からない』なんて、ルビィが良いように言ってるだけです。本当は、フラれているって思うのが自然なのに。

 真哉さんだって、いきなりあんなことを言われて困ったんだと思います。ルビィのことはそういう風には見てない、他に好きな人がいるのかもしれない。色々と可能性はあるのに。

 次会ったらどう声を掛ければいいのか分からなくなって、結局会えないまま。この時ほど、真哉さんの連絡先を知りたいと思ったことはありませんでした。もし持ってても、ルビィから連絡なんて出来ないと思うけど。

 

「ルビィちゃん……」

「は、花丸ちゃんが気にしなくても大丈夫だよ。ルビィ、これでも結構平気だから」

「でも、そんなの……」

 

 平気じゃない。平気なわけがない。でも、こう言わないと花丸ちゃんに気を使わせちゃうから。ルビィは努めて平気なそぶりを見せるけど、花丸ちゃんの顔は段々と沈んでいく。

 これからどうすればいいんだろうなんて相談、できるのかな。朝から花丸ちゃんにまで重たい雰囲気にさせてしまった。今だって、結構暗くさせちゃって……。

 

「許せないずら!!」

 

 

 

 

 ―――ふぇ?

 

「お返事何もしないなんて有り得ないずら!! 悪行ずら、大罪ずら!!!!」

 

 俯いていた顔を上げて、ルビィの肩を掴む花丸ちゃん。悲しんでいるというより、怒ってる……よね? ちょっと怖いかも……。

 

「お、落ち着いて……」

「られないよっ!! ルビィちゃんが勇気出して告白したんだよ!? 何にも返事無しなんて、薄情すぎるずら!! マルが男なら、全力で受け入れるずら」

「あ、あはは。ありがとう……」

 

 励ましてくれてる……のかな? 花丸ちゃんはゼーッハーッと息を切らしている。花丸ちゃんは、自分のことだと滅多に怒らないけど、他の人には真剣になれる。そんな、とっても優しい子です。だから、ちょっと嬉しい。

 ……でも。

 

「でも、ルビィが悪いよ。いきなりだったもん。だから、しょうがないんだよ」

「ウソついてるずら。ルビィちゃん、しょうがないなんて全然思ってないくせに。本当は今すぐにでも会ってお話したいはずずら」

 

 花丸ちゃんの言葉は、ズバリ図星でした。『うっ……』とルビィは言葉を詰まらせます。我ながら、ウソつくの下手だなぁ。

 本当は会いたいです。あの件は無しって事にしてもいいですから、せめて今までみたいに接したいです。でも、そんな事が出来ないからこうして悩んでいるわけで……。

 

「このままだと、ずーっと気まずいままずら。マルは恋愛の事は分からないけど、真哉さんを呼び出してお話させるようにすることは出来るよ?」

 

 確かに、今のままで良いわけがない。それは、ルビィにだって分かる。体育祭の時みたいに、花丸ちゃんはルビィと真哉さんの仲を元に戻そうとしてくれている。あの時は、そのおかげで真哉さんに謝る事が出来ました。

 でも、今回は少し訳が違います。ルビィは、もう真哉さんの顔を見て話せる自信がありません。顔を見るだけでドキドキしちゃって、何を言えばいいのか分からなくなっちゃう。

 それで上手く話せなくて、気まずくなるのが怖い。会わないままなのはもちろん嫌だけど、会うのもスッゴく怖いんです。今までの関係が崩れちゃいそうで。

 だから……

 

「うん。大丈夫、だよ。ちゃんと、ルビィから声かけるように頑張るから」

 

 ルビィは逃げる道を選んでしまったのです。

 もう、会える時間はそんなに残されていないのに。

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

「じゃあ、今回の授業はこれで終わり。志望校の判定を見て、各自しっかりと今後の生活を考えるように」

 

 チャイムが鳴ると同時に先生が締め、4時間目の授業が終わりを迎える。ったく、始業して1日目だってのに午後まであるとは思わなかった。勉強ばかりの夏休みだったとはいえ、家にいる方が気が楽なのは間違いない。

 俺は返された判定用紙をしまい、弁当を取り出した。正直、先生が最後に何を話していたのか覚えていない。判定は悪くなかったし、ボーッと聞いていたから。最近、なんだか妙に上の空だと思う。気づけば時間が過ぎてる事が多い。

 

「シーンーヤ。どうしたの、お弁当出してボーッとしちゃって。屋上、行かないの?」

「あ? あ~、今日は行かねぇ」

「オ、オゥ……。そうなの、珍しいわね」

 

 俺が弁当も食べずにボケッとしてると、小原が顔を覗かせる。端から見ても俺の様子がおかしく映るのか、心配してくれてるようだった。だが、それでも俺の調子は戻らない。

 

「ねぇ、お昼一緒に食べてもいいかしら?」

「あ~……お好きにどうぞ」

 

 ただで引き下がらないところは、何とも小原らしいと言えた。近くの空いていた机をズリズリと引き寄せて、俺の正面にくっつける。

 本当に1人でいたかったら、断ることも出来た。それをしないということは、やっぱり本心のうちでは誰かに相談したかったんだと思う。夏休みの後半、ずっと心に引っ掛かっていた。

 とても1人では解決できない、俺が今まで体験しなかったような悩みなんだ。もう、どうすればいいのか分からないくらいに。

 

「で、ルビィと何かあったんでしょ?」

「何かあったのは確定かよ。まぁ、間違っては……ねぇけど」

「それ以外に有り得ないでしょ。ここはドーンと、マリーに話してみなさい!!」

 

 弁当を食べながらも、小原は話を進めてくる。相変わらず、ちゃっかりしている奴だ。俺は苦笑を浮かべると、この前の花火大会を思い出す。たった2週間前の出来事なのに、もう遠くにあるような感覚。

 花火を見終わってどういう風に帰ったか、正直記憶は曖昧だ。覚えてない、というより思い出したくないというのが本音なのかもしれない。無意識のうちに、脳があの日を忘れようとしている。

 一瞬、コイツに話しても良いのかと躊躇った。1人で悩んでていてもしょうがないのは分かってるが、とはいえ他に相談相手もいないのも事実。

 松浦はあの性格だから『そっち』方面はさっぱりそうだし、国木田には説教されかねない。黒澤に話すのは論外だ。俺の明日が危うい。

 ……結局頼るならコイツしかいないのか。

 

「分かった分かった、話す。茶化さず聞けよ」

「オーケーオーケー。分かってるわ」

 

 水筒のお茶で口の中をスッキリさせて、小さく息を吐く。少し、鼓動が高鳴っていた。あの一瞬が、あの一言がフラッシュバックするから。

 

「ルビィにコクられた。花火大会があった日に」

「……ワッツ?」

 

 "ルビィ、真哉さんが好きです"

 

 あの日、アイツは確かにそう言った。一瞬、俺には意味が分からなかった。どうすればいいのか、どう返せばいいのか。それが分からない俺が選んだのは何も言わないこと。要するに、自分の気持ちを探ろうともせずに逃げた。

 さすがに、小原もこんな悩みだとは思ってなかったのだろう。時が止まったように固まっていた。……うん、俺に似つかわしくない悩みなのは分かってる。

 

「えっと、それでシンヤは何て答えたの?」

「……何も」

「え、何も言わなかったの? っていうか、まだ何も言ってないの?」

 

 信じられない、といった表情で小原は俺を見る。……やっぱり問題あるよな。俺は頷くしかなかった。

 

「トゥーバッド。状況としては最悪よ、それ。シンヤ、そういうの慣れてなさそうだけど」

「っせーな……。どうすりゃいいか分かんねぇんだよ」

 

 このまま放置という訳にはいかない。そんな事は分かっている。何も言わなかったことも、悪かったと思っている。だが、それを変えようとする行動力が俺にはなかった。

 怖いのだ、関係が崩れるのが。今までも不明瞭だった俺とルビィの関係が、もはや言葉では言い表せないものになっている。俺にとって、黒澤ルビィとは何だ。友達なのか? 妹分なのか? それとも別の何かか?

 ルビィは俺にとって、大切な存在だ。それは揺るがない。それが分かってたから、今までの曖昧な関係でも構わなかった。それはアイツも同じ気持ちで、ずっと一緒にいられると思ってたから。

 だから、ルビィが恋愛感情を持っているなんて微塵も思っていなかった。俺も『そういう目』では見てなかったし、自分が困惑してるのも無理はないのかもしれない。

 

「……嫌ではないのよね? フッた訳じゃないんだし」

「は? あーうん。まぁ、言われてみれば……そうだけどよ」

 

 告白された直後も、嫌悪感は湧かなかった。とにかく驚いて、現実を受け止められなかった……というのが率直な感想だ。

 冷静になって考えても、自分の気持ちなんて分からなくなっている。嫌ではない、確かに嫌ではない。だが、好きなのかと聞かれれば、それもまた違う気がする。

 もう、何がなんだか分からねぇ。何も考えたくない。

 

「あーもー、めんどくせぇ……。頭痛くなってきた」

「大変ね。フフっ」

「何がおかしいんだよ?」

 

 人が真剣に悩んでるのに、何笑ってるんだよ。1人じゃどうしようもないから、こうして相談してるってのに。

 

「ソーリー、ソーリィ。シンヤがこうして真剣になってるの、あんまり見ないなぁって。ちょっと可愛かったから、つい」

「可愛いは余計だ。いいだろ別に」

 

 小原の言うとおり、こんなに悩む事なんてなかったけどよ。こうも笑われると腹が立つ。……ダメだ、怒る気力も沸かない。

 俺だって、楽に考えられるならそうしたい。だけど、いつもみたいにそう出来ないから苦労しているわけで。

 

「……でもね。真剣に考えてるって事は、シンヤなりに答えを出したいってことでしょ。なるべく、ルビィを傷付けないように」

「まぁ、それは……そうだけど」

「早い方がいいけど、焦ることはないと思うわ。シンヤは恋愛なんか慣れてなさそうだし、ね」

 

 小原の言ったことは全部図星で、俺は何も言い返せなかった。慎重になってしまうばかりに、こうして何も出来なくなっている。それは、ルビィを傷付けたくない一心だ。デリケートなアイツを傷付けないようにするなんて、無理難題ではあるが。

 とはいっても……

 

「でも、返事は急ぎたいでしょ? どうにかしたいでしょ?」

「テメェはさっきからエスパーか」

「ふふん、マリーはこう見えて人生経験豊富なのデース!!」

 

 鋭いなんてレベルじゃない洞察力で、小原は俺の考えをズバズバと言い当てる。ついでに、心なしか楽しそうにも見える。いや、いつもそうか。

 この様子からすると、何か妙案がありそうだ。その案に乗るのは不安だが、どうせ乗り掛かった船。せめて、これが泥舟でないことを祈るしか俺には出来ない。

 

「……俺はどうすればいいんだ?」

「うふふ、マリーにいい考えがあるわ。シンヤ、耳貸して」

「はいはい」

 

 小原に言われるがままに、俺は耳を向ける。伝えられた作戦(?)は、今の俺にとってはハードルが高く、何とも難しいもので。

 というか、血の気が引いた。俺をからかってるんじゃないのか。

 

「どうするかはシンヤ次第よ。従うなら、もちろん私も協力するけど」

「……マジで言ってる?」

「さすがのマリーも、冗談と本気は弁えてマース!! まったく、シンヤは失礼ね」

 

 面白半分で言ってるのかと思いきや、小原は大真面目だった。ってか、軽く怒られた。なんか、すまない。

 正直、その案は綱渡りじゃないかと思った。だって、俺がどうするかという答えを出さないままでいいから、とにかくアイツと2人きりになれと言うのだから。

 気まずくて、余計に溝を深めそうで怖い。だが、何か行動に移さないと、日が過ぎていくばかりなのも事実。どのみち、小原の案には乗る予定だった。だから、現にこうして相談しているのだから。

 

「で、どうする?」

 

 腹はくくった。ルビィに対する答えを、俺はルビィと2人でいる時に探す。一緒にいて感じたことを言葉にして、当日のうちに伝える。

 難しいかもしれない。俺は口下手だし、素直でもない。ついでに言うなら、ここ1番での勇気もない。そんな俺にとって、小原の作戦が辛いのは火を見るよりも明らかだった。

 だが、それでも。何もしないよりは。

 

「……やる。それに乗ってやる」

 

 俺は覚悟を決めて、小原にそう宣言した。小原は小原で、満足そうに頷く。

 俺の気持ちがどう動き、どう変化するかは分からない。ルビィの気持ちに応えられるかも分からない。でも、すべてをきっと伝える。せめて、アイツを傷つけないように。

 勝負は文化祭当日。2週間後である―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、残りも僅かになってきました。さて、真哉たちはどうなるのか

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