朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

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朱と交わって

「あっ、真哉さん。こっちの方にも行ってみませんか?」

「わたあめだ!! ちょっと買ってきます!!」

 

 あっち行ったりこっち行ったりのルビィに、俺は今日何度目かの苦笑いを浮かべる。いつもの光景とは真逆で、今日は俺がルビィに先行されていた。

 今日は、年に一度の花火大会。ここら一帯ではかなり大きい方の祭りで、沼津の夏の風物詩になっていた。

 当初は行く予定など微塵もなかったが、一昨日ルビィに誘われて今に至る。元気がない、と黒澤が心配していたがどうもそんな雰囲気はない。小原が上手く諭したのだろうか。

 ルビィの誘いに二つ返事で承諾したはいいが、これはこれで結構疲れる。出店を見つけては自分の興味に触れたものに飛び付く……と自由気ままに俺を連れ回すからだ。とても人混みがニガテな奴とは思えない。楽しそうなのは何よりだが。

 

ひんやはん、はなひってなんじかられふか(真哉さん、花火って何時からですか)?」

 

 食うか話すか、どっちかにしろ。わたあめを美味しそうに食べるルビィに、俺は心のなかで突っ込んだ。口の周りを砂糖で汚している姿を見ると、そのピンクの浴衣も形無しである。

 今日のルビィは私服ではなかった。黒澤の妹らしくしっかり浴衣を着こなしており、髪型もいつもとは違っている。2つ結びなのは変わらないが、今日はそれをツーサイドアップじゃなくて団子にしている。シニ……シヌ……なんか、そんな感じの名前の奴。忘れた。

 

「んー、7時からだからもうちょいだな。まぁ、早めに場所を取っておいても……」

「あっ、ヨーヨーだ!! 行ってきてもいいですか!?」

「……好きにしろ」

 

 期待の眼差しを向けられてはノーとは言えず、仕方なくルビィについていく事にする。間違いなく、この祭りを誰よりも満喫してやがるなコイツは。悪いとは言わんが。

 ルビィの向かったヨーヨーの店は、ラッキーなことにそれほど人だかりは出来ていなかった。これで待たされるなんてなったら堪ったもんじゃない。運が良かった。

 オーソドックスなヨーヨー釣りだ。紙を巻き付けたフックを垂らし、それをヨーヨーの指をかけるゴムに引っ掛ける。もちろんあちらは商売だから、簡単に取れないようにはしてるが。紙が水にふやけて、千切れたら終わりだ。

 

「あぅ……また失敗しちゃった」

 

 正直、こうなることは見えてた。なんてったって、不器用なルビィだし。現在3連敗である。これ以上は、さすがに財布事情的に良くない気もするが。

 

「お嬢ちゃんどうする? またやるかい?」

 

 屋台のおっさんは、そんなルビィにも容赦なく次を催促する。泣きそうなルビィの顔を見ながら、よくもまぁそんな無慈悲に言えるもんだ。大人げない。

 まだ諦め切れないのか。ルビィは財布を開いて中身を取り出そうとするが、それをすぐに閉じた。顔はますます悲壮感に満ちている。

 

「うぅ~。お金、もうないです……」

 

 まぁ、屋台回るだけ回って好きなように散財したら、そりゃあ小遣いも無くなるだろうよ。こればっかりは、俺でもどうしようもない。商売に、泣きの『もう1回』なんて通用しねぇんだ。

 ……ハァ、しゃーない。

 

「どいてろ、俺がやる。おっさん、1回分」

「おっ!! 彼氏くんの登場かい?」

 

 腹の立つ笑顔で、おっさんが茶化してくる。少しイラッと来た。意地でも取ってやる。『そんなんじゃないんで』とだけ返し、おっさんに200円を渡す。……たっけぇなあオイ。

 おっさんから渡されたフックは、いってみればオーソドックスなやつだった。別段変わっているものでもないし、普通通りにやってれば何回かで取れるはず。ルビィがいかに不器用か分かった瞬間である。

 とはいえ、俺もこんなもので無駄に金使いたくないし。それに『どいてろ』と言った手前、1回で取れないと少々格好悪い。ここは1回でバシッと決めるか。

 狙うのは……あの紅いやつでいいか。

 

「……おっけ。とれた」

 

 いざやってみると、存外簡単に取れた。ヨーヨー釣りなんて2年振りくらいだったんだが、結構コツとか覚えてるもんだな。取れて良かった。

 まぁその実、コツというかインチキみたいなもんだが。紙を捻って、さらに短く持つことで千切れにくくしていたからな。俺の名誉のためにも、このことはルビィには伏せておこう。

 

「ほらよ。これでいいか?」

「わー!! ありがとうございます!! ルビィとおんなじ色だぁ……。もらってもいいんですか?」

 

 実力であっさり取った、みたいな風になっちゃったし。嘘も方便って事で。それに心から喜んでるのに、水を差す必要はないだろうし。

 

「俺はいらねーよ。そんな年でもねーし。あとはまぁ、今日の礼も兼ねて……な」

「お礼?」

 

 屋台を離れて、花火がよく見えそうな位置を探す。隣を歩くルビィは、俺の取った水ヨーヨーで遊んでいた。こんなものでいいなら安いもんだ。

 とはいえ当のルビィは、俺の言った意図を分かってないみたいだった。誤魔化すために『別に』と言いかけるが、俺は口をつぐんだ。言葉で言わなければ、しっかりとは伝わらないよな……って。

 

「まー、なんだ。その……今日誘ってくれた礼。あ、ありがとなって言いたかっただけだ」

 

 蚊の鳴くような声で言ったのだが、ルビィはパァっと表情を明るくさせる。大袈裟な奴め。そんな心から嬉しそうな顔しなくてもいいだろうによぉ。……ったく。

 気恥ずかしくなったので、ルビィから目を逸らして少し早足になった。いつもならルビィはその後ろをついてくるだけだが、今日ばかりは少し違う。草履のくせして俺のもとまで走ってきて、俺の左手をギュッと掴んだのだ。

 俺はビクッとして一瞬手を離したが、ルビィがまた俺の手を捕まえる。今度は離しません、と言わんばかりに指まで絡めてきた。その時点で、俺はもう観念した。

 

「エヘヘ、一緒に行けてルビィも嬉しいですよ。ありがとうございます」

「……それと、この状態に何の関係があるんだ?」

「え? えと、それはその……気分です!!」

 

 何だそりゃ。あまりにも下手くそすぎる言い訳に、思わず笑みが溢れる。今度は、ルビィが俺から目を逸らした。

 ルビィの手は柔らかくて、少しひんやりしていた。沼津駅の時はあんまり意識してなかったが、こんなところを誰かに見られたらどうなるんだろうか。もしそれが小原や黒澤だったら……なんて想像もしたくねーな。

 1番簡単なのは手を離せばいい話なんだが。それも隣にある笑顔を見ると、無下にすることは出来ないよな。俺は、ルビィの手をさらに強く握った。

 まぁ悪い気はしないし、別にいい……よな。

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 俺とルビィが来たのは、屋台があった場所から少し離れた高台だった。ここは静かだし、花火もよく見える隠れたスポット。去年を除き、ほぼ毎年のように来ていた。

 柵に腕をのせ、カラダの重心を前に置く。ルビィは、未だに俺の手を離そうとはしなかった。

 

「こんなところがあったんだぁ。真哉さん、よく見つけましたね」

「見つけたのは妹だ。よく来てたからな。海岸沿いは人が多いから、アイツはそれを嫌ったんだろうよ」

 

 ルビィの顔が少し曇った。俺が引きずっているわけではないから、コイツが気負う必要はないのにな。気にするな、と俺はルビィの頭を少し雑に撫でた。

 

「もう、一生来ないだろうと思ってた。何をするにも、アイツの影がチラつくからさ。だから、お前とここに来れた事に感謝してる」

「真哉さん……」

「んな悲しそうな顔すんな。これでも、割り切れるようになった方だ」

 

 少しだけ、撫でるのを優しくした。ルビィの顔が綻んだので、俺は安心して手を放す。妹にも、よくこういう事をしていた。割り切れるようになったとはいえ、面影は拭えない。

 花火は海の沖から打ち上げられる。つまり海岸沿いにいるとよく見えるのだが、やはりそういう場所には人が多い。俺も妹も人混みは嫌いだから、こういった隠れた穴場を探せた。ルビィも人混みはニガテな部類だ。こうしてここに来ると、やはり重なってしまう。

 唯一違うのは、いまでも繋がれている左手。屋台からここに来るまで、片時も離れなかった。沼津駅の時みたいに、『はぐれないように』なんて大義名分ももはや関係ないはずなのに。

 

「……じゃあ真哉さん。1つ、変なこと聞いてもいいですか?」

「あ? あぁ」

 

 今までずっと握られていた手が、スッと離れる。ルビィの顔つきは神妙で、こちらまで緊張してしまうほどだった。頭上では、花火がたくさん咲き始めた。俺たちはそれに気を取られる事なく、互いの目を捉えて離さない。

 

「もし……もしもです。ルビィが真哉さんの妹さんに似てなかったら、真哉さんはルビィとこうして一緒にいてくれたでしょうか?」

 

 ルビィの顔は至って真面目だった。それでいて、どこか不安そうな表情を覗かせている。でも、ルビィは俺から目を離さない。俺が何て答えるか、待っているのだ。

 一緒にいてくれたかどうか……か。そんなの決まっている。確かに、俺がルビィに興味を持ったのはアイツに似ていたからだ。容姿だけでなく振る舞い、性格までもが全て。だから、アイツに目をつけたというのは間違っていない。

 だが、『それ』と『これ』とでは話は別だ。

 

「バーカ。ルビィはルビィだろ。関係ねぇよ」

「……っ。本当、ですか?」

「本当だ。ルビィには、ルビィにしかない良いところがある。俺は、前向きで努力家なお前をそ―――」

 

 

 

 尊敬してる。

 口には出せなかったが、俺は黒澤ルビィという人間を尊敬している。愚直で不器用なくせに、努力家で誰よりも真っ直ぐだった。ねじ曲がっていた俺を矯正させてくれるくらい、眩しいくらいに。

 

「……そ?」

「いや、何でもない。とにかく、そんなくだらん事聴くな。これでも、こっちはその……感謝してんだ」

 

 まだ面と向かって言うのは無理そうだが。これでも、俺にしては頑張った方なんだ。変なところで臆病者(チキン)な自分が憎い。

 頬を掻きながら、俺は小さく感謝を述べた。俺と出会ってくれて、俺を変えてくれてありがとう。コイツと出会わなかったら、俺の心はきっと今も真っ黒のままだった。光の届かない、出口の見えないトンネルをさ迷い続けていただろう。

 (未来)しか見ていないルビィと、後ろ(過去)に縛られてばかりだった俺。コインの表と裏、決して相容れない関係だった。だが、ルビィは俺に前を向かせてくれた。ルビィのペースに乗せられて、真っ黒だった心もいつの間にか朱に変わっていって……。

 今の俺は、コイツ無しでは有り得なかった。きっとそれは、これからも変わらないんだろう。

 

「……った」

「うん?」

「良かったですっ。そんな風に言ってくれて、本当に嬉しいです。ありがとう……ございます」

 

 ルビィは俺の胸元に飛び込み、強く抱き着いた。花火に照らされた顔を見ると、目尻には少し涙が溜まっている。俺は引き剥がすことをせずに、優しくルビィを受け止めた。

 何がそんなにルビィを心配させたのかは分からない。でも、結果的に安心させられたなら良かった。俺と目があって微笑むルビィ。それに釣られて、俺も僅かに表情を緩める。

 

「そうか……。なんか、不安にさせてたみたいで悪かった」

「いえ、ルビィこそごめんなさい。ただ、聞いておきたかっただけなんです。真哉さんが――――」

 

 ルビィの声は、打ち上がった花火の轟音で掻き消された。抱き着いていたルビィを剥がし、2人揃って空を見上げる。これから段々と勢いを増していくんだろう。次々と豪快に打ち上がる花火は、空を鮮やかに彩っていた。

 黒い画用紙に、様々な絵の具で描き殴ったようだ。何もない無の空に、花火はきれいな『彩り』を増やしていく。それは、モノクロだった俺に色を加えてくれた誰かさんをイメージさせた。

 

「わりぃ、聞こえなかったからもう1回」

「……いえ、何でもないです」

 

 体を屈めて、文字通りルビィに耳を傾ける。が、結局何の事だか話してはくれなかった。聞いてなかったのを怒ってるのかと思いきや、どうやらそうでもないようで。

 俺がそう思えたのは、ルビィの表情だった。嬉しそう……というより幸せそうと形容した方が近いんだろうか。とにかく、負の感情を持ってない事だけは分かる。

 だが、この表情は知っていた。今まで『知らない表情』だけど、最近よく見るようになった顔。どこか違和感を覚えるが、でも嫌いになれない表情だ。

 

「あの、真哉さん」

「なんだ」

 

 ルビィが俺に向き合う。今度は聞き漏らさないように、ルビィの口元まで頭を下げた。ルビィは背伸びして俺に合わせようとする。

 

 

 

 

 "■■■、■■■■■■■■■。"

 

 

 

 

 優しく、息を吐くようにルビィは囁く。

 

 

 

 

 

 ―――今、なんて言った?

 いや、言った言葉の内容は分かる。だが、理解がついていかなかった。予想も出来ていなかった。カラダが石のように固まって動かない。

 ルビィは伏し目がちながらも、チラチラと俺を見ている。弱ったな、どうしようか。俺の経験則を検索するが、該当するものは見当たらないし。

 目のやり場にも困った俺は、音のする方―――空へと視線を移す。フィナーレなのか、派手に花火が打ち上がっていた。真っ黒の夜空に、紅の花火が打ち上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつ書いてもこういうシーンは緊張しますね(-_-)

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