朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

11 / 24
初めてランキングに載るわ、お気に入り3桁いくわで嬉しい限りです……


口では言えないけど

 校庭に響き渡る歓声。応援というにはやや統率がとれておらず、ただ騒いでいるだけのようにも感じる。最も、今この場に立っていてそんな事を気にしているのは、恐らく俺だけであろうが。

 

 

 体育祭午後の部の1番最初の競技である、クラス対抗リレー。1年、2年は共に白団の組が1位だったから、その熱も一層増していた。リレー選手ではない小原が先導して応援しているのが、レーンから見てもはっきりと分かる。相変わらず元気なヤツだ。

 バトンが紅団の長である松浦に渡り、その歓声はさらに大きくなる。女子の中どころか男子にもひけを取らない運動能力を買われて、アイツは女子の最終走者を任されていた。バトンを渡すのは俺―――つまり、アンカーである。

 俺は同じレーンに並ぶ他の3人の顔を確認する。サッカー部、バスケ部、陸上部の、それもレギュラーとして名を連ねているような奴らだ。マトモに走れば到底勝てない。

 まぁ、本来ならばこんなリレーの勝ち負けなどどうでも良かった。どうでも良かったのだが、俺の脳裏によぎる言葉がそれを阻害する。

 

『次のリレー出るんですか!? ルビィ、頑張って応援しますね!!』

 

 昼休憩での出来事だ。成り行きでリレーに出ることを話した途端、これである。俺はどうも、あの純真でまっすぐな瞳には弱いようだ。変に期待させるなら、言わなきゃ良かった。

 紅団テントの1年の場所に視線を向ける。ルビィと国木田は1番前まで出てきており、俺と目が合った瞬間こちらに声援を送ってきた。他の歓声に掻き消されて聴こえないけど、唇の動きからして『真哉さん、頑張ってー!!』とでも言っているのか。

 俺はそれに応えようとはせず、すぐに視線を逸らした。どうしたものか、今この状況で『負けたくない』という感情が芽生え始めている。闘争心なんて欠片もなかったのに。

 アイツの応援に応えたいのか、カッコ悪いところを見せたくないからなのか。どちらにせよ、引き金となったのは確か。自分も単純というか、現金というか。困ったものである。

 

「真哉、後任せたよ!!」

「へいへい」

 

 ぼんやりと考えている間に、松浦が俺にバトンを回した。さすが松浦というべきか、順位は1位。2位ともそこそこ離れているし、これなら逃げ切れるかもしれない。

 アンカーにバトンが渡った事で、紅団の歓声が最高潮のモノになる。小原だけでなく、あの黒澤までもが前に出てきて声援を送っていた。何言ってるか分かんねぇけど。

 

 

 俺は走りながら、不思議な高揚を感じていた。いつもよりカラダが軽い。足の回転が速い。紅団の応援が全部自分に向いている事を思うと、悪い気はしない。声援が背中を押すという表現は、いい得て妙だと感じた。

 また1つ、ルビィに教わった気がする。遠足の時は協力というものを教わり、今回は他の期待に応えることを……か。段々アイツに毒されている気がするな。

 このままでいいのかと一瞬感じたが、いつもより速く走れている事実を俺は認めざるを得ず、否定することは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

「真哉さんお疲れさまです!! スゴかったですよ、1位でゴールするなんて!!」

「そりゃどーも。松浦が差をつけてくれたから当然だが」

 

 結果は、3年2組が1位。つまり、俺はトップでゴールテープを切ることが出来たわけだ。自分で言った通り、松浦が2位との差を広げてくれたから逃げ切れたようなものだが。

 そして退場門の付近で待ち構えていたルビィに捕まり、今に至る。なぜか俺のタオルと水筒を持って。満面の笑みで駆け寄るアイツに、俺はやれやれと頭を抱えた。

 

「それでもスゴいです!!」

 

 なぜか、俺よりもルビィの方が誇らしげだ。ついでに、俺よりも嬉しそう。変なヤツ。

 ずいずいっと迫ってくるルビィの圧に押される。じゃあもう、スゴいってことでいいよ。最近、どうも俺が根負けしているような気がするけど。

 

「分かった分かった。ってか、何でお前はここにいる」

「鞠莉さんが、これを届けてあげてってルビィに頼んだんです。それに、さっきのリレーのお祝いもしたかったので……エヘヘ」

「そうか。わざわざ悪いな」

 

 なんでこんな部活のマネージャーみたいな事を、と思ったが小原の差し金か。相変わらず、変なところで気が回るというか何というか。小原の事だから、裏があるのではと勘繰るが。

 とはいえ、ルビィは親切心だけで動いているだろう。無下にするのも悪いので、素直にタオルと水筒を受け取った。

 タオルで汗を拭い、水筒をあおる。水筒のお茶が、火照ったカラダを内から冷やしてくれた。グラウンド半周とはいえ、全力で走った後だ。汗をかけば、喉も渇く。

 

「この後も競技に出るんですよね?」

「ん、あぁ。障害物競争だから、大したことないが」

 

 午前が暇だった分、そのツケは午後に回ってくる。リレーのすぐ次に、障害物競争というラインナップなのだ。そして最後に全校男子の騎馬戦だったっけか。騎馬戦は混戦必至だし、割りとハードになること請け合い。

 とはいえ、障害物競争は別段体力を使うわけではない。どちらかというと、運動が得意じゃないような奴らが多い種目だ。……まぁ、俺は楽がしたくて選んだんだが。

 

「じゃあじゃあ、また頑張って応援しますね!!」

 

 そんな俺の心情も露知らず、ルビィは眩しいくらいの笑顔を俺に向けてくる。コイツの純粋な声援を受けるのが何だか申し訳なくて、俺は頬を掻きながら視線を逸らした。『やれやれ』と、如何にも困ったように見せかけて。

 なんでこう、コイツは俺を無意識に困らせてくるんだろうか。純粋であるがゆえに困らせている自覚もないだろうし、こちらからは何も言えない。無理に引き剥がして、また生徒会室の時みたいになったら面倒だし。

 

「あ、あー……そうか」

 

 俺は、やや気押されながら返した。あの一件以来、ルビィに対して強い物言いが出来なくなった気がする。恐れているのだろうか。たった1度の過ちの再来を。また、疎遠になることを。

 さっきの昼休憩で仲直りが出来て、俺は心底安心した。面には見せなかったが、多分ルビィ以上に。だからこそもう失うのが怖い。今回がたまたま上手くいっただけで、2度目があるかは分からないから。

 失ったままでいることの辛さを、俺は1度味わっている。あの時の張り裂けそうな思いはもうゴメンだ。得たものは失いたくない。離したくない。エゴのようだが、これは人間の本心だと思っている。

 

「まぁ、程々に頑張るよ。程々に……な」

 

 俺の口から飛び出た『頑張る』という言葉。一体、誰のために何を頑張るんだか。それは、その言葉を発した俺本人が1番理解していなかった。

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

『レッディース&ジェントルメェーン!! 続いての種目はー、障害物競争でーっす!!実況はこの私、マリーがお送りしまぁーす!!』

 

 喧しい実況が入ったかと思いきや、これまた喧しいロック風の音楽が校庭に鳴り響く。これが入場用の音楽なのだから、不釣り合いにも程がある。誰だよ、あのバカを実況とかに選んだやつは。

 

『今流れたのはパンクって言ってね、マリーの大好きな音楽なの!! これくらい激しいバトルを、皆には期待してるわー!!!!』

「はよ競技説明せんかアホ」

 

 隙あらば自分語りをするアホこと小原。職権乱用にも程があるレベルだ。放送席がバタバタしている気がせんでもないけど、俺は何も見てないし何も知らない。

 激しいバトルとは言ったが、この競技そのものは至って平凡。用意された網をくぐり、平均台を渡り、ハードルを飛び越える。そして、紙に書かれたお題を探して借りる……というもの。本当に平凡だ。

 平凡な競技は、特に事件も起こらず平凡に過ぎていく。唯一の不安要素といえばラストの借り物だが、まぁ所詮は体育祭の競技。そんな無茶振りはない……はずだ。

 

『さぁ~て1、2年生が終わって次は3年生!! 続いての選手は……オオーっと紅団副団長がいるわ~!!!! シンヤ、ファーイト!!』

 

 目立たせるな大バカ野郎。実況が誰か1人に焦点を向けるとか、あってはならないことだろうが。よりにもよって、それを俺に向けんな。

 小原のせいで観客がどよめき、同じレーンだった選手までもが俺を見てくる。普段は真面目な副会長で通っていると思うので、こうした場で目立つのは珍しい。周りの視線が痛い。

 

「おー、さっきのリレーではしてやられたっけなぁ」

「これでは負けねーからな」

「俺は止まんねぇぞ」

 

 うるせぇテメエら、俺を好奇の目で見るな。変な闘争心を燃やすな。……はぁ、胃がキリキリする。なんでやる前からこんなにハードルが上がってんだか。それもこれも実況席にいるアイツのせいだが。

 そんな茶番劇も束の間、ピストルの音と共に4人のランナーがスタートする。さっきも言った通り、平凡な障害物なので特に苦戦もしない。楽々とクリアしていき、俺は現在トップ。順位にこだわりはないが、早くゴールするに越したことはない。

 

『1位のシンヤは、借り物が書かれた紙にまで辿り着いたようね!! 平均台から落ちたり、網に引っ掛かったりといったキュートな場面は見られなかったのがトゥーバッドだけど』

「ちょっと実況黙ってろ」

 

 なんだあの実況は。今すぐ引き剥がせよ誰か。

 外野からの弄りに堪えながらも、俺は借り物が書かれた紙を選ぶ。3年生は借り物……というか人であり、かつどうやってゴールまで移動するかまで指定される。人なら部活動や性別、学年に委員会。移動方法は二人三脚とか縄跳びとか、まぁ色々だ。

 どうせ、そんな大したものはないだろ。そう高を括っていた俺だったが、紙を手にした瞬間凍り付いた。

 

 

 

 ―――これ、どうしよう。

 

 

 

 借り物自体は、そんなに難しくない。普通の人にとっては。だが、俺にとっては難題と言わざるを得なかった。俺はお題を前に立ち尽くしてしまい、他の3人に追い付かれてしまう。

 

『オゥ!? 1位だったシンヤは借り物を探しに行かない!? これはどんな無理難題が書かれてるのかしらぁ~?』

 

 実況のせいで、ますます俺に注目が集まる。1人おろおろとしている今の俺は、そんなの関係なしに目立つけど。

 答えが分からないから困っているのではない。むしろこのお題に該当するのは1人しかおらず、分かりきっているくらいだ。気恥ずかしさとかその他諸々の感情が入り交じって、動けないのが本当のところ。ゴールまでの移動の仕方が、それに拍車をかけている。

 あまりに動かなさすぎると、係の生徒も借り物探しに協力するというシステムになっている。競技を円滑にするためだろうが、現状厄介でしかない。

 腹を括った俺は、真っ先に紅団1年のテントに向かう。俺が出るということで、真ん前に座っていたのだろうか。返って見つけやすくて良かった。

 

「へっ?」

 

 俺は借り物――ルビィの手を掴んで、有無を言わさずに校庭に引っ張り出した。

 

「えええええっ!? るるるる、ルビィ!? 何でですか!?」

「いいから、黙って付いてこい」

 

 借り物は係の生徒に確認させる必要がある。そのため、俺はルビィを運動場の中央まで引っ張っていく。この時点で結構タイムロスしているが、もうこの際順位なんてどうでもいい。

 

「借り物オッケーでーす。では、紙に指定された方法でゴールしてください」

「はいはい……。ルビィ、許せ」

「ふぇ、何をゆる―――!?」

 

 ルビィが俺に反応するよりも早く、俺はルビィを抱きかかえて走り出した。仕方ない、これは紙に書いてあった事を実行してるだけだ。俺は悪くない、俺は悪くないんだ。

 ……このお題、男が借り物だったら地獄絵図だろうな。

 

「うええええっ!?」

「騒ぐな。こう書いてるんだから、しゃーねーだろ。早く俺の首に腕回せ。少しでも軽くしたいんだよ」

「おも、重くなんてないですぅ!! ちょっと最近食べ過ぎちゃうけど……太ってないですもん!!!!」

 

 顔を紅潮させながら、ルビィは俺の腕の中で訴える。そんなに主張しなくても、お前が小柄なのは分かってるわ。重いものは重いんだから、仕方ないだろ。

 運ぶ方法が方法だけに、やたらと黄色い声が観客席から飛び交う。中学生の年代なら、こういうシチュエーションは憧れなんだろうか。よく分からんけど。

 

『ワッツ!? シンヤは何と、1年生のプリティーガールをお姫様抱っこ!? みんな、カメラの準備は出来てるかしらぁ~!?』

「ま、鞠莉さん!?」

「あのバカ、後で覚えてろ」

 

 小原のアホな実況を流しつつ、俺はグングンと他の選手を追い抜いていく。けんけんで進んだり、ドリブルをしながらだったりと結構手間取っているようで、その差を埋めるのには苦労しなかった。

 ルビィが比較的小柄なため、運ぶのはそう難しくない。もし俺たちの移動方法がドリブルとかだったら、絶対ルビィが手間取ってて遅くなっていただろう。容易に想像できるのが悲しい。

 追い抜いたら、後はゴール目指して走るだけ。特に事故が起こるわけでもなく、俺たちはゴールテープを切ることが出来た。順位は、当然1位。

 

『コングラッチュレーショォォン!!!! 1位はシンヤねー!! その格好のまま記念写真と……』

「いかねぇよ」

 

 ゴールしてすぐにルビィを下ろし、実況席の小原を軽く睨み付ける。小原はそんな俺と目が合うと、イタズラそうに舌を覗かせるだけであった。反省の色、全くなし。小原は俺を無視して、再び騒がしく実況に戻った。

 

「し、真哉さん。なんでルビィが借り物だったんですか?」

 

 げ、コイツちゃっかりしてやがる……。ルビィの素朴な疑問に、俺は言葉を詰まらせた。いきなり競技に駆り出されたのだから、ある意味当然の疑問ではあるが。

 こういう咄嗟の状況に、俺はあまり強くない。だけど本当の事は、口が裂けても誰にも言えない。黒澤にも小原にも松浦にも国木田にも。……もちろん、当のルビィにも。

 

「えっとだな、移動方法があんなのだったからさ。他のヤツは無理があるっていうか……。そんな大した内容じゃねぇよ」

「え、あ、そうですか……? ま、まぁそれならルビィを選んでくれて嬉しかったというか……他の子じゃなくて良かったというか……」

 

 ルビィは満足とはいかずとも、顔を赤くして満更でもないといった様子だった。上手く誤魔化せたのだろうか。小柄だから選んだ、というあんまりな言い訳だが。

 ルビィはすぐに歯を見せて笑う。『一緒に1位になれました!!』なんて言いながら。もう理由に関しては気にしてないようで、ルビィは競技の結果を喜んでいた。

 それを見ると、何だか頑張ったのが報われた気がしてもどかしくなった。頑張ったのなんていつ振りだろう。誰に何を言われても動かなかったのに、今日はルビィの応援でリレーと障害物競争の両方を真面目に取り組んだ。

 アイツの純真な言葉はまるで生きているようで、俺を内から刺激してくれている。俺の心を染め上げてくれる。……コイツは何でも素直に物を言えるのに、俺は何一つ言えないな。応援してくれたことへの感謝も。借り物の内容でさえ。

 

「あとは騎馬戦ですね。真哉さん、ファイトです!!」

 

 ルビィはまた俺に笑顔でエールを送る。きっと、俺が勝てばもっと笑ってくれるのだろう。そう思えば、自然と騎馬戦にも頑張る気になれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……面と向かって、言えるわけないんだよなぁ。借り物の条件が『大切な後輩』だったなんて。

 

 

 




鞠莉さんの実況が書いてて楽しかったです、まる(そうじゃない)
一応、これで体育祭は終わりです。騎馬戦書いてもしょうがないですし()

ではでは、また会いましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。