朱に交われば紅くなる【完結】   作:9.21

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ちょっとタイトルの趣向を変えてみましたが、どうでしょうか……?


ごめんなさいって難しい

 清々しいまでに澄みきった青空には、雲ひとつ見られなかった。気温も20℃付近と、暑すぎでも寒すぎでもない。それほどまでに今日は好天。絶好の運動日和だと、ニュースのアナウンサーが言っていたのをふと思い出す。

 校庭には、全校の生徒が紅団と白団に別れて集まっている。グラウンドで競技をする者、テントの下でそれを応援する者、係の仕事に奔走する者。皆が皆、今日という日を充実して過ごしているように見えた。

 今日は体育祭。1学期間の最大のイベントであり、俺たち3年生にとっては最後の体育祭である。そういう訳もあってか、うちのクラスも大いに盛り上がっていた。

 

「紅団ファ~イツ!! ほら、シンヤも声出す!! 一応、副団長代理でしょ?」

「頑張れ~、負けるな~」

「欠片もやる気がない!?」

 

 イベント事が好きな小原はこういう時も元気いっぱいで、応援団でもないのに率先して音頭をとっていた。完全にでしゃばった形ではあるが、他の皆もそれに合わせている。こんな場では、止める方が野暮なのだろう。

 小原と共に皆の前に出ている俺だが、いつも通りといえばいつも通り。皆を引っ張る仕事を小原に任せ、ボケーっと競技が終わるのを眺めていた。今は、個人種目の綱引き。知り合いも居らず、ただただ無関心に見ているだけ。

 午前の部も終わりに近づいている今としては、早く昼休憩にならいかなという切望しか頭にない。それほどまでに退屈していた。そもそも、3年生の競技が軒並み午後にあるのが悪い。俺の出る種目の4つのうち、3つが午後にあるってどういう事だよ。

 

「副団長代理暇そうだねぇ」

「その名前で呼ぶな松浦。何しに来たんだよ」

「いやぁ、いつも暗い真哉が更に暗いように見えるからさ」

「心配してんのか? それとも、けなしてんのか?」

 

 俺の問いに、松浦は『どっちも?』とマイペースに答える。相変わらず、人の神経を逆撫でするような奴だ。小原とは別のベクトルで苦手というか何というか。

 というか、俺はいつにも増して暗いのか。確かに明るいとは正反対ではあるが、別段何か自分が変わったというような意識はない。ここ最近で、何か変わった事といえば……

 

「やっぱり、ルビィちゃんの事気にしてるんじゃないの?」

「何を根拠に。ってか、何で真っ先に思い付くのがそれなんだよ」

「何だかんだいって、それしか思い付かないし。(はた)から見ても仲良いし」

 

 確かに、最近俺の身の回りで一番変わったことではある。ルビィとは、ここ数日間話すどころか顔も合わせていない。今まではほぼ毎日会って、そこそこ会話をしていたというのに、だ。

 それが松浦の疑問の答えになるかといったら、分からないところではあるが。事実、今松浦に言われて初めて意識したくらいだ。それほどまでに、今日の俺は思考が空っぽだった。

 今まであった午前の競技で、内容を覚えているのはいくつあるだろうか。ふと考えてみる。まず、3年の団体競技であるムカデ競争。さすがに自分が出たものは覚えている。

 あとは個人種目の短距離走。淡白な競技だが、派手にスッ転んだ奴がいて印象に残っている。転んだ奴は……まぁ、言うまでもなくルビィなんだが。そして、1年の団体競技か。これもルビィが……。

 ってあれ? 自分が出たものを除けば、ルビィしか印象にない。さっきもいった通り、大して意識してなかったのに。

 

「うん……うーん」

「あれ、珍しい。すぐ否定しないんだ。へーーーー」

「なんだよその顔は」

「いいや、解決したし。それより真哉、旗持って」

 

 何が解決したんだか。1人合点を打つ松浦は、俺に紅の旗を渡してきた。俺の身の丈以上もある、非常に大きな旗。後ろを振り返ると、綱引きで紅団が勝利を収めていた。

 ……あー、これはアレの流れだな。

 

「紅団勝ったから、ウェーブやるよー!!」

「だと思ったよクソッタレ!!」

 

 悪態をつき、俺は旗を高く掲げながら走る。すると俺が前を通るのに合わせて、座っていた紅団の生徒が万歳をしながら立ち上がった。そして、俺が通り過ぎればまた座る。その様は、さながら人の波。

 短距離走なんかを除き、紅団が白団に勝ったときに行うこのウェーブ。要するに、皆で勝利を喜びさらに士気を高める儀式みたいなものだ。やるだけなら構わないが、俺もこういった風に参加しないといけないのは勘弁願いたい。立場上仕方ないのだが。

 

「真哉、あと1往復して~」

 

 松浦は、そんな俺を容赦なくこき使う。いま1年のテントにいるから、そこから2年、3年のところまで行ってまた戻ってこいってか。見た目より重いんだぞ、この旗。

 とはいえ全校生徒のいる手前サボるわけにも行かず、渋々と俺は旗を掲げて走る。テント内の生徒達は、それに合わせて再びウェーブ。何が楽しいんだと、心の中でぼやく。口には出さないけど。

 

「副団長、もっと楽しそうにするずら~」

「……なんだ国木田か」

 

 1往復し終えて、1年のテントまで戻る。3年のテントに引き返そうとすると、背後から国木田に呼び止められた。思えば、コイツの顔を見るのも久しぶりだ。ルビィとしか接点がない以上、当たり前ではあるが。

 

「お前は運動苦手な部類だろ」

「マルは皆でワイワイ出来るの楽しいから。ルビィちゃんも楽しんでるよ?」

「……そうか。そりゃ何より」

 

 国木田の口から漏れた『ルビィ』という単語に一瞬反応しかけた。勘の鋭い国木田に悟られるのも嫌なので、平静を装っておく。もう本人から事情は聞いていると思うけど。

 俺は横目で1年のテントを流し見る。相変わらず男子は苦手なままなのか、女子の集団の中にルビィはいた。国木田の言葉に偽りはなく、体育祭を楽しんでいるような晴れやかな表情をしている。

 

「ルビィちゃん、あれでも数日間すっごく落ち込んでました。『真哉さんを怒らせちゃった……』って言って」

「あれは俺が八つ当たりしたようなもんだから、気にするなって言っておいてくれ」

「自分で言ったらどうずら」

 

 国木田の正論に、俺は返す言葉もなかった。それが出来れば苦労はしない。ただ、そう言えば行動を起こさない自分を正当化しているのと変わらない。ただ、自分が臆病なだけだ。

 ルビィと同じく国木田も大人しい部類の奴だが、アイツと違って物怖じしない図太い神経の持ち主だ。そのぶっきらぼうな物言いから、多少なりとも怒っている事が見てとれた。

 彼女からすれば、ルビィは唯一無二の親友。そんなルビィに元気がないのだ。生徒会室での事情を知れば俺に非があるのは明白。俺に対して怒るのも無理はない。

 

「素直に謝れば、ルビィちゃんも許してくれるはずずら。そもそもルビィちゃんは怒ってなんかないし、真哉さんから声を掛けてくれるのを待ってるずら」

「それは、ごもっともだが……」

 

 煮え切らない俺の返答に、国木田は頭を抱える。ルビィが怒ってない事を聴いて多少安心はしたが、それでも踏み込む勇気が得られた訳ではない。会ってどう切り出せば良いかも分からない。

 まだ素直だった小学生の頃ならばいざ知らず、この年で面と向かって謝る機会がそもそもあるだろうか。トラブルは避けたい主義だからこそ、波風立てずに過ごしてきた。それ故に、こういった場面の対処に困る。

 

「仕方ないずらね……。真哉さん、お昼はどうするつもりですか?」

「昼? 適当に弁当でも」

「もぉ、そうじゃないずら。場所……とか」

「そこまで決めてねぇけど……。人がいなけりゃ屋上」

「ふむふむ。分かったずら」

 

 昼食の場所なんて聴いてどうするのだろうか。俺のところは仕事の関係で来ていないが、大体の生徒は親と食べるはずだ。場所もグラウンドの他に体育館が開放されている。まず、屋上に来ようという輩はいないだろうが。

 その意図が分からないまま顔をしかめていると、国木田は自信ありげに、しかしどこか悪戯な笑みを浮かべる。『ここはマルにお任せするずら!!』とか言いながら。ちょっと不安だが……信じてみるか。

 まったく、これではどちらが歳上だか分かりゃしない。

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

 午前の部最後の種目だった全校女子の棒引きが終わり、一時間の昼食休憩となった。ずっと退屈にしていた俺からすれば、待ちわびたこの時間。騒がしい運動場から離れ、落ち着いて過ごせる時間だ。

 国木田に言った通り、俺は屋上にいる。防犯のために教室には鍵が掛かっているし、開放された部屋は生徒が多い。どのみち、ここに来るしかなかったわけだ。

 国木田が何かしらしてくれるようだが、今は特に変わったことはない。無いなら無いで、静かに休憩を取れるからそれも良いか。そんな事をぼんやりと考えながら、弁当を口に運ぶ。

 頭の中を空にしていた俺にとって、それはあまりにも不意打ちすぎた。屋上のドアが開き、こそっと姿を現したルビィ。突然のことに、俺は咀嚼も忘れて呆然と彼女を見つめる。

 

「ここ、こ、こんにちはぁ……」

 

 ドアを開けたものの、入ってこようとはしない。その場に立ち尽くしたまま、こちらの顔色を伺っているかのようだ。だが、俺は何も答えない。というか、口に物が入っていて答えられない。

 このままでは思わぬ誤解を生みかねない。俺は人差し指を下に向けて、自分の隣のコンクリートを指差した。『ここに座れ』という意図を込めて。

 それを見たルビィは、少し表情が柔らかくなった。屋上へ入って来て、俺の差したところにちょこんと腰かける。それでも、人1人分の隙間を空けるといった遠慮が見てとれるが。

 

「えっと、花丸ちゃんに屋上で食べようって言われたんだけど……。お母さんもお父さんも体育祭に来れないので」

「たぶん、アイツは来ないぞ」

「えぇっ!?」

「俺達ハメられたんだよ。アイツは全部知ってるから」

「全部……ですか?」

 

 国木田との会話の意味が、ここにきてようやく分かった。俺に昼食をとる場所を聞いたのは、ルビィも誘い出すつもりだったからか。こんな事を画策していたなんて、案外侮れない奴だ。

 普段から滅多に来客のいない屋上。邪魔物はおらず、ルビィと2人だけの空間。要するに、国木田は俺が謝るための『場』を設けてくれたわけだ。つまり、そこから先はどうにかしろというメッセージでもある。

 ルビィならば、このまま会話を続けることも出来る。曖昧にしたまま関係を保ち続けることも、決して難しくはないだろう。だが、コイツの中に遠慮はずっと残り続ける。そうなれば、完全に今まで通りとはいかない。ここまでしてくれた国木田にも申し訳ない。

 そして何より―――俺が納得いかない。

 

「こないだの生徒会室でのアレ」

「あっ……。あれはその、ルビィが悪いんです!! ごめんなさ……むぎゅ!?」

「いいから。1回しか言わないから、ゆっくり聞いてくれ」

 

 俺が生徒会室での話を切り出すと、ルビィは必死になって頭を下げようとした。やっぱり、結構気にしていたのか。人に対して謙虚なのは、コイツの良いところでもあり悪いところでもある。

 俺はルビィの頬を片手で両方から挟み、下げた頭を上に向けさせた。そのせいで、ルビィは言おうとした言葉を遮られてしまう。その言葉を先に言われてはダメだ。俺が最初に言わないと、何の意味もなくなってしまうから。

 

「あの時は、少し疲れてて機嫌が悪かったんだよ。心にもないことを言った」

「べ、べぼ……」

「黙って聞け。だからさ、その……あの時はスマン。俺が悪かったよ」

 

 精いっぱいの謝罪だった。キチンと、ルビィの目を見て言った。心の底から謝った。最後の方はもにょもにょしていて、しっかりと伝わったのか分からない。ただ謝るだけなのに、それくらい緊張した。

 ちゃんと俺の想いは伝わってくれただろうか。俺はチラリと視線を落とし、ルビィの顔を見る。

 

「うぶ……」

「えっと、なんで涙……?」

 

 未だ頬を掴まれているルビィは、物理的に歪んだ顔からポロポロと涙を溢していた。あまりにも想定外の表情で、さすがの俺も困惑。これは成功なのか失敗なのか。

 もう塞ぐ必要もないよな、と妙に冷静になっている自分に気付き、俺はルビィの頬を掴んでいた手を放す。ルビィはようやく解放されると頬を抑えた後に、涙をジャージの袖で拭い始める。……もしかして、痛くて泣いていたのか?

 

「真哉さんに嫌われてなくて良がっだぁ……。ルビィが失礼なことしたから、怒られたかと思ってて……」

「そんな事か……。さっきも言ったけど、俺が悪いんだからもう気負うな」

「あ、ありがとうございまずぅぅ……」

「泣き虫だなぁ、お前」

 

 指で涙を拭い取り、優しく頭を撫でてやる。やがて泣き止んだルビィが咲かせた笑顔は、本当に嬉しそうなものだった。ここまで気負わせてしまったなら、素直に謝って正解だったと思う。

 ルビィの笑顔を見て、胸の中にあった憑き物がふっと落ちた気がした。ここ数日、少なからず自分の生活に影響を与えていたものだ。涙は流してないが、実はルビィより俺の方が安堵していたのかもしれない。

 先ほどまで人1人分空いていた、俺とルビィの距離。ルビィは、その距離を半分ほど詰めてきた。俺はその分離れることはせず、金網に寄っ掛かるだけ。

 

「また、前みたいにお話してくれますか?」

「いいよ」

「また、一緒にお弁当食べてもいいですか?」

「好きにしろ」

「いまここで!! ご一緒してもいいですか!?」

「しつこいぞお前」

 

 段々と近づけてくるルビィの顔を抑えて、俺は鬱陶しそうに引き剥がす。それでも、どこかルビィの顔は満足そうで。嬉々としながら、弁当の紐をほどき始めた。

 何日か振りの、2人での昼食。話題は当然、いま開催されている体育祭のものになる。自分が出た競技の話をしたり、午後の種目の話をしたり。俺はほとんど聞く側ではあったが、それでも今日1で楽しいと思えた出来事だったのは言うまでもない。

 

 ……午後は頑張るかぁ。

 

 

 

 




最初は善子推しだったんですけど、この作品を書いてるうちにルビィちゃんに傾いてきました。ってのは最近のお話。


【挿絵表示】

ファンアートをいただいたので紹介させてもらいます。書いてくださった方、本当にありがとうございましたm(__)m



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