とある魔本と上条当麻 作:狸舌
昼休みを知らせるチャイムの音と共に、生徒達が勉強道具を片付けそれぞれの弁当を出し始める。
上条当麻も今まで晩御飯の残りを弁当に詰めた男弁当や、日によっては購買へと走り目当てのパンを買うための戦いへ臨むこともあった。
しかし、今日の彼の昼食は違った。
――――女の子の手作り弁当である。
今朝のこと、普段であれば学生カバンのみを片手持ちに登校するのだが同居人である銀髪の少女が、上条が玄関を出るときに渡してくれた紅の巾着。
中に入っていたのは弁当で、美味しいことは日々の食事で既に分かっている。
壊れモノを扱う様に、恐る恐るフタを開ければそぼろと卵の二色ご飯に、醤油の香りが香るから揚げ、柔らかそうな卵焼きに付け合わせのサラダ。
あれ、あの子って魔物じゃなかったっけか?いつの間に料理教室に通っていたのでせうか。
ついそんな感想を抱きながら両手をしっかりと合わせ、まずはから揚げからいただこうかと掴み上げ―――
「どういうことなんやっ、カミやん‼?」
ダンッ‼と机に勢いよく両手が乗せられる。
ポロリと箸から落ち、弁当箱の中へ戻るから揚げを見た上条が迷惑そうに顔を上げてみれば、そこにいたのはやたらと背の高い青い髪とピアスが特徴の男とサングラスと金髪と言った軽薄そうな見た目の男2人。
「その弁当、どっからどう見ても女の子の手作りにしか見ええないんやけど!!」
手をついたままの青髪の男が無理やりな怪しい関西弁を口にしながら身を乗り出し、鼻息荒く上条へと迫るが、負けじと彼も暑苦しい顔を左手で押し返す。
「な、なにを言いたいのか上条さんにはサッパリわかりませんな」
「とぼけるんやないで、ボクには分かる‼その弁当は女の子に作ってもらったもんなんや。カミやんはボクと言うものを裏切り、伝説の女の子の手作り弁当に手を出してしまったんや‼」
「そうだぜい。ついでに言うとその女の子は銀色の髪のそりゃあ可愛い外人さんらしいにゃー」
「なんやて‼?それで他には‼年上なんか、同い年かそれともまさかロリか‼?」
やたらと食いついてくる青髪ピアスを何とか押し返し、疲れた様に息をつく上条だがふと気付く。
「ちょっと待て土御門。なんでお前はそんなこと知ってるんだ?」
「なに言ってんだカミやん。あんな目立つ外見の女の子なんか噂にならないわけないnにゃー。しかもあの子、この前の銀行強盗事件の時に新聞の写真にも写っちまったらしいしな」
言われてみれば確かにそうだ。新聞は見ていないが、確かに彼女は目立つ容姿をしているし紅いリボンも特徴作りに一役買っている。
(警察に補導されなきゃいいけど。とりあえず帰ったら気を付けるよう伝えないと――――)
「でもなーカミやん。どうもその子のことを聞きまわってる怪しいおっさんがいるらしいぜい。今朝も校門でうちの生徒が聞かれたらしい。新聞の切り抜き写真見せながら『この女の子と、こっちに映ってる子を知らないか』ってにゃー」
「なんやそれ、完全に不審者ですやん」
「だからそいつも何も答えず逃げたらしいけど、怪しいってことで担任に伝えたらしいから今頃は警察にも伝わってるだろうにゃー。だからカミやん、そう心配はいらないぜい」
「・・・、どうしたんカミやん?心配なんは分かるけど、警察も動くんやったらそこまで――――」「写真見せたとき、こっちに写ってる子って言ったんだよな。じゃあ、その子って誰の事だ」
「あー・・・すまんカミやん。盗み聞きしてただけだからそこまでは詳しく聞けなかったにゃー」
無性に、上条のなかで嫌な予感が膨らんでいた。
あの日、視界の端で人質となっていた人へのインタビューをしていたのは憶えているが、写真に彼女が写っているとは思わなかった。
しかし分からないものは仕方ないとせめて自宅に電話を入れようとカバンから携帯電話を取り出し自宅へかけながら――――ふと考える。
(うちの学校の生徒に聞いたのは偶然なのか?わざわざ通りすがりの高校生に聞くよりも銀行の周りで聞いた方が確実じゃないのか。銀行が生活範囲に入ってるのは分かってるんだ。つまり、聞き込みはついで、あるいは目的の一つであってもう一つ目的があったとしたら・・・。例えば『こっちに写っている子』がこの高校にいることを確かめたのだとしたら)
ガタンッ‼と勢いよく立ち上がる上条の表情に焦りが浮かぶ。
繋がらず鳴りやまないコール音。
「っ、くそっ。悪い青髪、自転車借してもらえないか?」
「ええで」
即答する悪友に頭を下げ自転車のカギを受け取ると一気に走り出す。
廊下を抜け、階段を下りた辺りで携帯にメールの着信が入る。
〈ついでに小萌せんせーには腹痛でかえった事にしといてあげるわ。心配なんやろ、美少女は世界の宝やからだいじにせなあかんでー〉
恩に着る、と小さく口にして半ば落ちるような速度で階段を下りる。
その途中で「上条ちゃん‼?もうすぐ先生の授業が――――‐」という小学生の少女のような高い声が聞こえたが今の上条に気にしている暇はなかった。
「たまご、たまご、たっまっごー」
商店街からの帰り道。真昼間のためか人影の少ない川沿いの土手の上を鼻歌交じりで買い物袋を揺らしながら歩くレイシア。
昨日とほとんど同じ時間にここを歩く彼女の一日は、割と規則正しいルーチンで行われている。
まずは朝6時に起き、朝食を作り始める。匂いにつられた上条が間もなく起きて来て、手伝う事が無いかと聞いてくるが『まずは寝癖をなおすのが先だよ』と追い返す。
上条が身だしなみを整える間に料理を終わらせ、申し訳なさそうにしている上条にそんなことより早く食べようと笑いかけ一緒に朝食をとる。
上条が家を出ると簡単にだが洗濯と掃除を行い、合間の時間に毎日欠かさず見ている料理番組を見て分からない文字は辞書で調べる。ひらがなもようやく憶えてきた段階であり先は長いが人間界に順調に適応してきていた。
そしてこの時間。週末に安い野菜は買い込むが、せめて一品は新鮮なもので作りたいと商店街へ買い物に行きこの時間に帰る。
―――――故に、彼女を狙う者はこんなに簡単に一人となるタイミングを狙い撃つことができる事ができる。
「―――――――『ギコル』‼」
ズドドドドッ‼と柔らかい地面に大きな何かが突き刺さるような音と共に視界が横へと流れる。
買い物袋は手から離れ、次いで肩から伝わる衝撃にようやく土手に倒れ込んだことに気付く。
だが、すぐに体が土手を転がり落ち始めたため何とか見えたのは透明な何かが先ほどまでレイシアが立っていた場所へ突き刺さっている様子と二人の影。
河原まで転がり落ちようやく止まるが、全身を鈍く走る痛みに立ち上がることが出来ない。
それでも、なんとか立ち上がろうと顔を上げ
「細川。まちがいない、魔物の子だ」
「そりゃ良かった。わざわざ来たかいがあるってもんだ。しかし・・・壊れてないよな。新しい道具をさっそく壊しちまったら最悪だぜ」
青白い肌をしたボロボロの服の少年と、見ただけでわかる高価なスーツを着たサングラスの男。
「・・・まもの、・・・あなたたち、まさか」
ここにきて自分の認識の甘さをレイシアは自覚する。
魔物の戦いは確かに始まっていて、油断をしていれば簡単に狩られてしまう。
どうして敵の手が出しにくい人通りの多い場所を通らなかったのか。
(バカだ‼どうしてこんなにわたしは気をゆるめていたの・・・)
後悔しても、すでに遅い。
「おっと、逃げようとしても無駄だぜ。『フリズド』」
少年の口から放たれた冷気が体を貫くように通り過ぎ、思わず強く目を閉じ――――‐ガチリとまるで磔のように両腕と背中が地面へと固定されていることに今更気付く。
「っ、これは・・・こおり?」
「俺のレイコムは冷気を操るんだ。手前にもあるんだろう、そんな力が?だから寄越してほしいんだ、テメエの本」
「・・・え?」
体を固定する氷を砕くため、両腕を地面から引きはがすように力を込めていた少女の動きが、ふと止まる。
「本を・・・どうするの?」
「開いて呪文を唱えるに決まってんだろうが。兵器として売り払うって手もあるが、自分の武器にして倍稼いだ方が得だよなあ」
本気でそう口にする細川から視線を外し少年の方を見る。意図は分からないが
(教えてない。一人の魔物にパートナーは一人・・・のはず)
少なくとも自分が知っている限りではそうだった。
そのことを伝えれば二人の間で不和が生まれ、逃げ出せる隙が出来るかもしれない。
口を開き、言葉を発しようとした彼女の胸を
「良いから早く話せ。テメエの本はどこにあるんだ?」
体重をかけ、黒い革靴が踏みつける。
肺から強制的に空気が抜け、新しい酸素を取り入れるために反射的にパクパクと口を開くが徐々に体重をかけられ空気を吸うどころか体を動かす事も出来ない。
「素直に話すとは思っちゃいねえよ。こうして頭に酸素が回らなくなるぐらい苦しめばすんなり話す気になるだろうぜ」
視界が涙で歪む。自分が不用意に動いたせいでこんなことになってしまった。もし自分が気を失えば、今度は本を持っている彼が狙われるのではないか。
そんなこと、させてたまるかと銀髪の少女は大きく目を見開く。
「あ、あ・・・ああああぁぁぁあぁぁ‼」
「なっ‼?こいつッ――――」
無理に氷から引きはがした皮膚が切れ、肩や背中からじんわりと血が滲む。
最初に右腕の拘束が外れた。その手で、胸の上にある男の足を掴み
「ガキが、汚ねえ手で俺のスーツに・・・な、にぃ‼?」
次いで剥がれた左腕も男の足をガシリと掴めば、全力で力を込め投げ飛ばす。
子供と侮っていた男の体は数秒間のあいだ宙を舞い、背中から着地する。
荒い息を吐きながら、拳を握り背中の氷を砕くために叩きつける。魔物の作った氷は硬く、すぐに手が血で濡れてくるが手は止まらない。
後ろ向きな彼女には持ちえなかった、自分をかえりみない行動に本人は気付かないまま、最後の氷が砕け鈍い動きで膝をつきながら立ち上がろうとして。
「こ、のクソガキがぁ‼」
重たい音をたてて頭部が黒い革靴に蹴り飛ばされる。
一瞬意識を失いかけ、転がった末にあお向けとなったレイシアが次に目を開けば、視界に映るのは革靴の裏。
「許さねえ、二度と逆らえない様に躾けてやる‼」
投げ飛ばされたときに頭を打ったのだろうか。血も流れていないのに血相を変えて焦るその姿と、骨が折れているかもしれないのに自分を庇い続けてくれた彼の姿があまりに違って。
こんな場面だがおかしくて思わず笑ってしまう。
「なに・・・笑ってんだ‼」
勢いよく靴の底が自分の頭を踏みつぶそうと迫り――――――――
視界の端から入った拳が男の横顔を捉えた。
「ご、あ・・・ッ‼?」
コマの様に体を回しながら視界から男が消え、拳の持ち主が代わりに視界へと入る。
その姿がよく見えず、先ほどまでとは違う理由でボロボロと流れ出す涙が今は邪魔だとレイシアは思ってしまう。
それでも、自分の名前を呼ぶ声だけは確かに聞こえる。
魔界では誰にもほめてもらえなかった自分を肯定してくれた初めての人。
無理に動くなと、寝ていろと必死に口にする彼を安心させるために笑顔を浮かべながら、『後ろ向きな少女』は体を起こして立ちあがり―――――慌てる少年の手に握られていた本が一瞬、強い光を溢れさせた。
上条当麻が見たのは少年を連れた男が、自分の同居人の少女の頭を踏みつけようとしている光景だった。
それだけで、自転車で土手を滑り降り、倒れる自転車から弾かれる様に跳び降り全力で男の横顔を殴り飛ばすには十分であった。
恐らく頭部にも何らかの暴力を受けたのだろう。頭から血を流し、仰向けに倒れる少女の姿はあまりに痛々しく
「っ、動くな。すぐにここから逃がす。だから、無理に動かなくていい」
抱き上げようと手を伸ばす上条であったが、それを避けるように少女は立ち上がろうとする。
「・・・とう、ま。わたし、逃げて忘れようとしてたの・・・たたかいは始まってるんだって。・・・楽しい毎日がはじまってこれからも続くんだって」
ふらつきながら立ち上がった少女は、上条を落ち着かせるように笑いながら上条の顔を見上げその瞳―――強く光る紅の瞳で見つめ返す。
「でも、だめなんだ。今わたしは逃げたくない・・・いまだけの弱い気持ちかもしれないけど、戦いに背中を向けてうしろには逃げたくないの。まえに・・・前に進みたい」
でも、自分一人では勝てないのだいうことも分かっている。彼のような動きも出来なければ判断力は無い。
だから、
「ごめんね、とうま。わたしと一緒にたたかって欲しいの。勝手だし、とうまに何にも返せないかもしれないけど・・・・っ、ぷぁ‼?」
このままでは土下座しそうな勢いであった少女の額を優しく指が撫でる。
「返せないも何も、毎日家事をやってもらってばっかりなんだ。全然返しきれないけど、少しくらい借りを返させてくれ」
だから気にするな、と笑う上条に対しいつの間にか俯き首筋から頬まで真っ赤になるレイシア。
しきりに自分の額を押さえ、感覚をごまかすように指で押さえ。
「その・・・この石はねとうま、かんかくとかけっこう敏感なの。むしろ敏感過ぎるくらいで・・・胸を急に触られたみた――――」
少女の声を誤魔化すように少年の謝罪の声が辺りに響き渡った。
上条に殴られた細川は、うつ伏せに倒れた状態からゆっくりと立ち上がる。
オーダーメイドのスーツは泥に塗れ、ところどころに解れも出来始めている。
それだけで、彼の脳内が怒りに塗りつぶされるには十分であった。
「『ギコル』‼‼」
離れた場所でこちらへ視線も向けずやかましく会話をする二人へ、容赦などなく術による不意打ちを行う。
「もうそんなガキいるかよ‼死んじまえガキども‼‼」
確実に当たる。そう確信した次の瞬間、少年の方が少女の襟首を掴み上げ後退する。
ただそれだけで氷の槍はターゲットから外れてしまう。
気付いていたのかと歯噛みしながら次の攻撃に備え――――
「なああんた・・・一つ聞く。あんたが着てるそのスーツはどこからどう見ても高級品だ。にもかかわらず、なんでその子はボロボロの服を着ているんだ」
その間の抜けた質問に、細川は思わず動きを止めて
「・・・くっ、はははははっ何を言い出すかと思えば服だと‼?こいつら兵器にそんな気を遣う必要はねえだろうが‼コイツがいれば何でもできる‼嫌な上司は病院送りにしてやったし強盗だって楽勝だ、金を稼ぐのなんてバカらしい。奪えばいいんだよ全て‼」
笑う。落ちるだけだった人生に急に現れた転機。無茶を通し自分の欲望をすべて叶えられる力。
すでにその欲望は男の手から溢れ、自分ですら制御できていないのだろう。
だからこそ、人がただ搾取するべき相手だとしか見えないために目の前の少年がなぜあのような表情をしているか察することはできない。
鋼の様に握った拳も、その中で肌に食い込むほど握り込んだ指も当然見えていない。
レイシアから敵の術の説明を聞いた直後であったため氷の槍を避けることはできたが、それは距離があったからに他ならない。
以前戦ったケティの風の様に、妙な力で一定の速度を保ちながら飛ぶ術とは違い今回の敵の氷は最初の加速以外は物理法則に沿った動きをする。
要は放物線を描くように飛ぶ上に速度もそれほど早くないが、距離を詰めていけば避けることはさらに難しくなるだろう。。
再度少年から放たれる氷をかわし、指でレイシアへとサインを送る。
小さくうなずいた彼女から離れ、熱くなりかけた頭を冷やすため軽く首を振り――――
「避けてばかりか‼?反撃して見ろよッ『ギコル』‼」
三度目。今までとは違う、横並びに拡散するように迫るのは4本の氷の槍。
こちらに防ぐ手段が無いと考えているのだろう。ニヤリと笑う細川に対し定位置である背中とズボンの間に魔本を挟め
「『エルク』ッ」
小さく唱える。あらかじめ指示していたのは上条の右手への付与。背中へレイシアを隠れさせ、前方から迫る槍へあえて体を進ませる。
横へ拡散した槍は左右への逃げ場を無くすが、逆に縦方向さえ対処してしまえば危険は無い。
音を立てて眼前に迫る氷の槍の1本を払いのけるように右手を振るえば、『押し退ける』力が容易く斜め後ろへと氷の槍を受け流す。
「馬鹿なッ、人間がレイコムの氷を払っただと‼?」
驚愕に声を上げるその時間は上条が突き進む時間となる。詰めるべき距離は15mほどに縮み、さらに左手に隠し持っていたこぶし大の石を男へ投げつけ『エルク』を付与する。
「なんだ、何をしやがった‼?」
銀の光の粒子を吸収しながら向かってくる石に対し、力の正体が分からない細川は必要以上の対処をしなければならない。
「『フリズド』‼」
ギコルでは衝撃を与えてしまう。そう考え、凍らせて勢いを落とそうと唱えるがその判断は裏目に出る。
凍らせるために放たれた冷気の中を石は淡く光り、外界からの障害を退けながら突き進み『ガヅッ』と細川の左腕へと当たる。
呪文を唱える時間と、痛みに怯む一瞬。
すでに5歩もあればたどり着ける距離に迫った上条に、殴られた頬の痛みが強くなったように感じる。
あの氷を受け流した拳を食らえば自分はどうなるのか。
そこまで考え
「ッ、近寄らせるんじゃねえ‼『ギコル』‼‼」
レイコムの口から一本の氷の槍が放たれる。今まで拡散していたものをまとめたような、もはや氷の柱とも呼べるそれは上条を狙わず、その足元を狙う――――‐
「ぐッ、ぁ――――――」
着弾した氷の柱により爆発したように爆ぜる地面と、衝撃で吹き飛ばされる上条。その背中から紅の本が飛び出し
「とうま‼」
何メートルも弾き飛ばされたその体を、しかし銀髪の少女が受け止め共に倒れそうになりながらも、踏み止まる。
「っ、悪いレイシア。あと少しだった」
「まだだよとうま。あのひと術をうちすぎてるから、このまま術を使わせるのが一番――――」
大きな負傷は無い上条に安堵しながら、飛んできた衝撃でページが開かれたままの本を近くに確認し拾い上げようとして気付く。
「とうま・・・これ、読める?」
赤く色の変わった項目が増えている。
「っ・・・・読める‼まさか、新しい術か‼?」
相手の動向を探るように視線を向けていた上条が振り向き、掲げるように自分へ向けられた文字が目に入る。
確かに読める、が効果までは分からない。
慌てて駆け寄り、少女から本を受け取りながら考える。
第一の術は言ってしまえはモノにバリアを張る呪文。では第二の術はどうなる。
より強いバリアか、それとも
「無駄話とは余裕じゃねえか‼てめえらの弱点はもう分かってるんだよ‼」
今の時間、心の力を溜めていたのだろう。男の手の中で強く光る魔本からは異様な圧力がある。
そして
(さっきみたいに衝撃でこっちを吹き飛ばすつもりか・・・・‼)
エルクをかけた拳で対応できるのは手の届く範囲だ。足元までは防げない。
「っ、距離をとるしか今は出来ない‼レイシア、走るぞ‼」
今引けばさらに接近することは難しい。だが、距離をとらなければ確実にやられる。
レイシアの手を引くために伸ばした手。その手を押さえるように、小さな手が乗せられる。
思わず動きを止めた上条を見上げるのは、先ほど見た輝きを失ってはいない紅の瞳。
ただ、少し不安に揺れるのはただ一点、自分のパートナーに信じてもらえるのかという不安。
「―――――とうま・・・わたしを信じてくれる?」
効果も分からない呪文。失敗すれば死ぬかもしれない、それでも
(あの術はきっと逃げたくないって、そう思えたわたしに答えてくれた・・・)
だからきっといまわたし達に必要な呪文。そうレイシアは感じられるがその感覚は術を得た魔物の子が感じるもの。上条に説明することは困難で、彼女にできる事は自分を信じてもらう事だけ。
死ぬかもしれない、そんな場面で根拠のない少女の言葉を、誰が信じるのか。
そして、果たして彼が信じないだろうか。
「信じる。お前がそんなに勝とうとしてるんだ、俺にも少しは手伝わせてくれよ」
迷いなく、そう言い切った上条に思わず抱き着きたくなる気持ちを押さえ、少女は迎え撃つために体を敵へと向ける。
「勝つぞ、レイシア‼――――出やがれ、第二の術『エルセン』‼」
まず上条は自分の体に変化が起きないか確認する。彼女の第一の術は他の物体に効果を加えるものだったからだ。
しかし、変化が起きた点は無い。
「ととと・・・とう、ま」
明らかに慌てた声に、なにか問題が起きたのかと少女に視線を向け
「・・・はい?」
おろおろと視線をさ迷わせた銀髪の少女がの手に、銀の光で作られたような淡く光る弓矢が握られていた。
「っ、弓だと‼?」
(まさか遠距離攻撃の手段を持ってやがったのか・・・)
だが、見るからに細いあの弓では次の攻撃を砕くことはできない。
自分の勝ちは揺るがない。
「俺様を殴ったクソガキも、使えねえガラクタのガキも―――‐まとめて死ねぇ‼『ギコル』‼」
心の力を強く込められた術は、先ほどの氷の柱よりもさらに一回り大きな柱を生み出す。
氷により視界が奪われる直前、少女が弓を構えていたが細川の頭にはもう結果は見えていた。
「俺の勝ち―――――」
ズッ‼足元からそんな音が聞こえた。
大きく口を開けたまま見下ろせば、そこには地面へ突き刺さった銀の矢。
その矢が一瞬強く輝き、音もたてずにはじける様子に、最後の抵抗も終わったかと顔を上げ
眼前に先ほど放った氷の柱が迫っていた。
反射的にそばにいたレイコムの首を掴み上げ、盾の様に掲げた瞬間
ズドドオオオオオォォ‼と先ほどの比ではない轟音と共に弓矢の突き刺さっていた地点に先ほど放ったはずの氷の柱が突き刺さる。
強い衝撃に体が弾き飛ばされかけるが、後方へ跳ね飛ばされたレイコムに対し子供とはいえ魔物を盾にしたおかげで何とかその場に姿勢を立て直し――――
突き刺さった氷の柱の陰から飛び出した陰に今度こそ、驚愕と恐れに喉が干上がる。
「・・・テメェ、・・・自分のパートナーをなんだと思ってやがる‼」
銀色に輝く拳が迫り、反射的に手に持っていた魔本を盾にする。
鈍い音と共に拳が突き刺さった本は千切れ跳ぶが、それだけで止まるわけもない。
再度振りかぶられた拳。潜るように身を屈めながら少年が懐へ入り込む、ギチリと音を立てて拳が握り込まれる。「そうやって、テメェが自分の欲望のために誰かを傷つけ全てを奪うのが当然だって言うのなら――――‐テメェのふざけた幻想はこの場で欠片も残さずぶち殺してやる‼」
撃ち上げるように顔の斜め下から直撃した拳を更に真上へと振り抜かれる。
容易く浮かんだ体は、彼が盾としたレイコムの体を通り過ぎ、地面を削るように着地することでようやく止まった。
本が形を失い燃え始めたことでレイコムが体を薄れさせていく姿を確認し、ツンツン頭の少年は握りしめていた拳をようやく開いた。
「あー・・・これもダメ。たまごもべちゃべちゃだよ」
ようやく帰ってきたアパートの一室。
戦いの余波で転がっていた買い物袋の中身を取り出しては涙目で肩を落とすレイシアの姿を上条は見つめていた。
(第二の術、『エルセン』。確かにあれのおかげで勝てたけど、なんつーかどうもレイシアの術は癖が強いんだよなあ)
性格とかも関係しているのだろうかと首を傾げながら、あの瞬間の事を思い出す。
敵から放たれた氷の柱に対して、慌てながらも意外なほど素早く弓を構えたレイシア。
小さく息をつき、白くしなやかな指で弦を引き――――銀の弓を放つ。
真っ直ぐととんだ矢は氷の柱と接触し
『えぇぇぇぇぇ‼?ご、ごめ、とうまああああぁぁぁ・・・・』
音もたたず姿を消してしまった。
その結果に涙を浮かべレイシアが上条の方を向けば、すでに上条の姿はない。
レイシアが矢を放った瞬間に彼女を信じ駆け出した彼には、矢が柱をすり抜け―――同時に柱が銀の淡い光を放った瞬間が見えていた。
眼前に迫る氷の柱。
5m・・・2m――――鼻先まで迫った瞬間、グッと氷の柱が上条から逃げるように動いた。
僅かに驚きながらも、上条の足が止まる事はない。
当然、現象へ驚いただけなのだから。この柱を彼女が止めることを彼は何一つ疑ってはいなかった。
巻き戻しの様に戻っていく氷の柱。
徐々に加速するその姿に
(跳ね返す術、なのか?いや、それにしては戻るルートがおかしい)
レイコムではなく男を狙うそのルートに、疑問を持ちながら僅かに速度を落とし右拳を見えるように上げ『エルク』を唱える。
直後、地面に突き刺さった氷の柱に、衝撃を躱すように一瞬遅れて身を隠し――――拳を固め、勢いよくその陰から飛び出した。
(『エルセン』は射抜いた対象を着弾した対象へ引き寄せる術。攻撃呪文に使えそう・・・な気もするけど、どう考えてもサポート呪文に感じるんだよなあ)
帰り道に検証してみると、その術の効果はすぐに分かった。石を射抜き、木に当たった矢と同じ軌跡を描き銀の光を纏った石は木に当たったのだ。
このことから、一つ分かったことがある。今回はたまたま氷の柱の質量が衝撃を生み出してくれていたが、あくまでこの術は矢の速度で引きつけるだけなのだ。
物によって相手に与えるダメージは変わるだろう。
それにしても、と一つ疑問に思っていたことを思い出す。
先ほどまで割れた卵の前で落ち込んでいたが、すでに台所に立ち夕ご飯の準備を始めていた彼女に問いかける。
「なあ、レイシアってもしかして魔界にいた時から弓とか使ってたのか?」
やけに様になっていたし、小さな石を撃ちぬいたりもしていた。
首をかしげる上条に対し、片手に鳥のもも肉、反対の手に包丁を手にしたままキョトンと目を丸くした少女は、しかしすぐに微笑んで
「毎日のごはんは狩りでとってたんだよ」
「かり・・・?」
狩り、だろうか。どうにも鈍くさい少女に似つかわしくない言葉にさらなる疑問が浮かぶが、
「これでも野生のどうぶつの頭を狙い撃つのは得意だったし・・・」
まな板に置いた鶏肉へ、ダンっと包丁を下ろしながら『血抜きも得意だから必要な時は言ってね、とうま』と口にする彼女に、まだまだ知らないことはたくさんあるのだと思わず正座しながら上条は思った。