とある魔本と上条当麻   作:狸舌

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進むための力

「とうまが、パートナー・・・」

呆然と呟くレイシアが、ワンピースの裾をまくりあげ魔本を取り出す様子を見てしまった上条は全力で首を明後日の方向へ逸らす。

敵前で視線を逸らす程度には、たとえレイシアの見た目が中学生ほどであっても健全な男子に刺激は十分であった。

脳内にこびりつく黒い布を忘れるように急いで話すのは先ほどまでの逃走劇でずっと考えていた事。

「パートナーってのはあの男みたいに呪文を唱える役・・・で良いんだよな」

そして恐らくその本がキーになっているのだろうと予想を付ける。

驚くレイシアだが、なにも難しいことを上条が考えたわけでもない。

上条は深読みせず、本が光り次に青年の変な呪文、直後に飛んでくる風の砲弾という流れしか理解していない。

だが現状ではそれだけ分かればいい。

対峙する二人は冷静に、しかし詰めるように情報を共有し始める。

 

 

 

 

放たれた光に一番驚いたのはケティと、彼女からミハラと呼ばれていた青年だろう。

(あり得ないでしょうっ、ここで偶然出会った相手がパートナー!?心の力を消費しているこちらがこのままじゃ不利に―――)

思わず、一歩。褐色の少女は後退りかけて、そして思い出す。

あの女の術はただ魔力を漂わせるだけのものであり、自分が退く理由は無いのだと。

「ミハラ、心の力を溜めなさい。なにが起きても対応できるようにするわ」

あと一撃加えれば人間の方は再起不能になる。すぐにでも吹き飛ばしてやりたい気持ちを抑えるのは、単純な理由。

万が一にも彼女は傷つきたくないのだ。噂の漂うだけの術は自分にだけ効いて肌に傷を作るかもしれない。

保険を置きたがる。

魔界で皆に甘やかされた少女は何者かに歯向かわれることに慣れていなかった。

 

 

 

 

「漂うだけって言われてもなぁ。目の周りに使って視界を奪う、とかはどうだ?」

「えっと、そんなに沢山は出ないから・・・暗い道でちょっと足元が明るくなる、とか」

「確かにこの暗い場所で使えなくもない、けどな」

それでは懐中電灯レベルではないかと、思わず考えてしまったためつい視線を逸らす上条。

少女があなたが悪いわけじゃないとシャツの裾を引っ張っていることも罪悪感に拍車をかけている。

手渡された本をめくり、読めない文字の羅列に顔をしかめていると

「―――――『エル・・・ク』?」

何故か読める一文に上条が首を傾げると。

 

「いやああああぁああぁぁ!?」

甲高い叫び声。思わず顔を上げた先では褐色の少女が右手を振り回し―――その手に纏わりつくのはビー玉程度の銀色の光。

付かず離れず動くそれを引き離そうと走り回るケティだが、吸い寄せられるように光は動く。

(漂うどころか纏わりついて動いて・・・)

その光景に違和感を僅かに覚える。光の玉は纏わりつきながら自分からぶつかるようにケティの腕めがけて動いている。

攻撃と考えるには緩い動き。

そこまで考えて、上条は思い出す。魔界ではないこの世界でも呪文と言えば有名なものがいくつも、創作『ゲーム』の中に存在する。

攻撃魔法、回復魔法に状態異常魔法など他にも様々なものがある。その中で、レイシアの術は何に当たるのだろうか。

某大作RPGの記憶を掘り起こしていた上条が辺りが静かになった事に気付き顔を上げると、そこにはなんとも言えない顔をしたレイシア。

スッキリした様な、悲しむような。

笑いそうな、怯えた様な。

その視線の先を見て彼も頬を引きつらせる。

 

 

 

「――――――笑ったわね。今笑ったわ。私を見て、馬鹿にする様に笑ったわよね彼方達」

蜘蛛の巣の張り付いた顔を憤怒に染めながらゆっくりと立ち上がるケティ。

恐らく銀の光から逃げるために辺りを転がったのだろうが、艶のあった長い黒髪は泥を被ったように汚れており白のコートなど茶色い毛羽立ったバスタオルにしか見えない。

「唱えろぉぉぉ‼ミハラアアアァアァァ‼」

 

怯えながら呪文を唱える青年の声より先にレイシアを抱え、背中を向けて逃げなければ恐らく壁の染みとミンチになっていたと、全力で走る上条は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

取り壊し中の廃ビルに上条が駆け込んだのは、風の砲弾に対し少しでも遮蔽物が欲しいという考えからであった。

すでに一階の天井より上は僅かな骨組みしかない建物だが、そこに目を瞑れば一階の残った壁だけでも隠れ場所としては機能する。

追っ手の足音に耳をすましながら、壁越しに辺りを確認する彼の服の裾が小さく引かれる。

「とうま・・・わたしの術ね、さっきみたいに消えちゃうんだ」

だからきっと、ただの嫌がらせの術なのだ。そう口にする彼女の頭に、傷ついた手が乗せられる。

「何個か試したいことがある。気になった事がいくつかあったんだ」

「ためしたい、こと?」

「気になったのは、光の玉がどうして何度もあいつの腕に体当たりするようにぶつかってたのか。おかしいじゃねえか、確かに嫌がらせにはなったみたいだがそれならわざわざ離れず密着した方がいい。挑発のための術にしては中途半端だ」

眉を寄せ思い出そうとする様に額に手を当てるレイシア。

対する上条は紅の魔本を握りしめて、確実にこちらに近づいてくる足音に覚悟を決める。

「レイシア、よく聞いてくれ。お前の術の効果は分からないままだ。でも、敵は俺たちを待っていてくれない」

実際、あの詰めの甘さと癇癪のおかげで今の時間があるのだ。

いま出来る最大限をやるしかない。まずは

「こいつにさっきの術をかける。光で居場所を晒すことになるんだ、たぶんすぐに奴らが来る」

ここに来るまでに拾えたのは土木作業用のシャベルのみ。武器になるはずのそれを床へ置き、代わりに地面に落ちていた手のひら大のコンクリート片を掴み、レイシアに見せる。

しかし、彼女の表情は優れない。

「魔界でも石とか、木とかいろんなものにためして・・・それでもダメだったの、だから」

「ここは魔界じゃない。条件が違うんだ、試してみる価値はあるんじゃないか?」

というよりこれが成功しなければ嫌な賭けをする必要が出てくる。

それでも他に何か、と未だ迷う少女は少年の呼吸が先ほどに比べ随分と荒いことに今更気付く。

顔色は青白く、時折痛みを耐えるように歯を噛み締める姿に、吹き飛ばされた際に聞こえた枝が折れたような音を思い出す。

「・・・あの子みたいに手を向ける必要は無くて、目で見ていれば狙いは外さないの」

強くこぶしを握りなおした少女がどうして急に考えが変わったのか、もし成功しなければ寄ってきた敵に組み付いてでも彼を逃がしたいと小さな少女が考えていることなど超能力者ではない上条が知ることはない。

ただ、彼もまた同じように考えていた。最善で二人、最悪でも少女だけでも逃がす。

「頼む・・・・『エルク』ッ‼」

ぶわっ、と一瞬でコンクリート片を包んだ銀の光は――――――‐

 

 

 

 

 

「いたわ、いたわよあのクソ共おおおおぉぉぉぉぉ‼」

視界の端に映った紅の光に勢いよく顔を向けたケティ。

羅刹のようなその顔に思わず距離をとりながら、ミハラは事前に言われていたように本を構える。

「もう早く帰りてぇよ俺。頼むからこれでやられてくれ―――――ジキル!!」

「吹き飛べ、潰れろ、グチャグチャニなれえええぇぇぇえぇ!!」

放たれた風の砲弾は一直線に放たれ、進路上にあったコンクリートの壁であったモノを粉砕し進んでいく。

その先で、ツンツン頭の少年がこぶし大の何かを投げる姿が目に入る。

その物体はしかし

なにも反応を見せず風の砲弾の中を通り過ぎる。

無情にも砲弾は少年が身を隠していた壁に衝突し、その衝撃で少年の体は先ほどの再現のように横へ飛ばされ転がった。

泣き叫びながらどこからか銀髪の少女が少年へ駆け寄るが、もう関係ない。三度だ、魔物の術をそれだけ受け立ち上がれる人間などいる筈が無い。

「さあ、終わりよ。本を渡しなさいなんて優しいことは言わないわ。さっきの溜めに溜めた力には及ばないけど、次の術で貴女も潰してあげる。パートナーと同じようになれるのよ、幸せで・・・・しょ、う?」

(待って。確かにさっきの風はあの男の体を捻りつぶすだけの力を込めたはず。進路で壁にぶつかったときに威力は確かに落ちたけれどそんなことで・・・。それにあの最後の壁だって後ろに隠れた奴らごと潰す威力で撃ったはず。あんな所で消える筈が―――――――――)

額から血を流し、少女に肩を借りながらだが確かに自分の足で立ち上がる少年に目を疑う。

タフさなどと言う言葉で片付けられないことだ。

だが、目の前で確実に起きている。

「レ、イシア・・・見たか」

「見た、けどとうまが・・・このままじゃほんとに死んじゃうよ‼」

呼吸は乱れ、カヒューカヒューといったもはや呼吸とも呼べない空気の音が口から漏れる。

視界の先に転がったコンクリート片。それを確認し、今にも折れそうな膝に力を込める。

「っ、・・・作戦通り、頼む」

少女の手から離れ、幸いそれほど遠くへ飛ばされていなかったシャベルを片手で掴み構える。

「――――『エルク』・・・‼」

あらかじめ何かで体に本を括り付けていたのだろう。背中に手を回し、唱えられた呪文に混乱しながらもケティは逆に安堵する。

「何かと思ったらその術?。さっきなんの意味もない事は分かったでしょう、ただ纏わりつくだけの」

無力な術だった。シャベルに纏わりつくように渦巻いた銀の玉はしかし、吸い込まれるように全体の半分ほどから先へへ沈み込んでいく。

呼応するように吸い込まれた部分から淡い光を放たれ、同時にレイシアの額の石が輝き始める。

どちらも色は銀。眩い光に思わずケティが目を閉じた一瞬

強く地面を蹴り、上条が走り出す。

距離は約20m。もつれそうになる足を動かし迫る上条と、そしてシャベルと言う原始的な武器に怯みながらもすぐに褐色の少女も手をかざす。

「なるほどね、目くらましの術とは恐れ入ったわ。でもねぇ、この距離なら」

「術が間に合うだろ余裕で。外さないでくれよな、ケティ」

唱えられた術により放たれた風の砲弾は確実に上条の頭部を狙っていた。

あの足では避けるために跳べば最後、受け身など取れず倒れるのみ。

しゃがめば避けられるが、それではあの震える膝は耐えられない。

上条が苦し紛れのようにショベルを横へ振り

そして破裂音が辺りに響いた。

 

 

 

「――――――嘘よ、ありえない。それは・・・だって!ありえるはずがないわ‼」

目に映った光景が信じられない褐色の少女は強く首を振る。

それほど信じられない事であったのだろう。

少年が横へ払う様に振るったショベルの先が風の砲弾を掻き消した光景は。

呆然とする間にも彼の足は止まらない。あと10歩もあればあの凶器は自分に届く。

干上がりそうな喉にで叫ぶように再度術を撃つよう声を出す。

パートナーである青年も眼前に迫る少年に気圧されながら、何とか呪文を口にするが

弱く込められた心の力では砲弾と呼べる大きさの風は生み出せない。風の弾丸とも呼ぶべき力の塊は、しかし僅かに体を逸らす程度の動きで避けられてしまう。

手で狙いをつけるという特性上、射線は読まれやすい。フェイントや先読みを用いなければ避けることは難しくは無いのだ。

あと、5歩。ジキルは避けられる。ならばとケティは両手を前にかざす。

「2つ目よ!・・・早く‼」

「―――――『ジキルド』‼」

(2つ目の術、だとッ!?)

指示を受けた青年が唱えた呪文に僅かにだが上条の動きが止まる。

その眼前、彼と二人の間。その足元から強い突風が巻き上がる。

(しまっ・・・)

不幸にも、僅かにショベルを持つ手が巻き上がる風へと絡めとられる。

弾かれる様に挙がる腕。その手からショベルが離れ、視界の外で音を立てて地面へ落ちる。

その上条へ、数メートルの距離から小さな手のひらが照準を合わせるように向けられる。

「・・・・本来なら盾の風の流れによる盾の術なんだけど、幸運の風は私に吹いたようね」

血の気の引いた顔で話す彼女にもはや油断は無い。差し迫った恐怖が彼女に冷静さを与えていた。

「おかしな武器はもうなくなってしまった。・・・終わりよ‼あの出来損ないは貴男の後に殺してあげる。私に与えた屈辱は決して許さない。両手両足の指から順番に折って、なるべく苦痛を与えてから殺すわ・・・どうせあの女を待つ人なんて――――‐」

 

 

 

「・・・言いたいことはそれだけか」

何かの合図のように右腕を上げる少年についにおかしくなったかと笑い声をあげるケティ。

「その手でどうするのよ。私を殴る?やってみなさいよ、この距離なら今の私は絶対に外さないわ。私は女王になるの。弱い魔物をプチプチ潰して、力を付けたら簡単よいつの間にか私が女王様!」

青年の持つ魔本が鈍く光り始め、少女の右手の先に空気が流れ込む。

「・・・100人の魔物の戦いだとか、王を決める戦いだとかそんな話はまだこれっぽっちも理解できてない。でも少なくとも、弱い魔物を潰すなんて口にするテメェを・・・アイツの、レイシアの住む世界の王にさせるか・・・」

うわ言のように口にしながら、今日の出来事が走馬灯のように上条脳を駆け巡る。

血まみれの少女に出会い、助けようとしたら風の砲弾から逆に助けられる始末。

パートナーと言われても、実際のところ何をしてあげられるのかも分からず、自分でも自信を持てない仮説をせめて励ますために虚勢を張りながら口にした。

実際、予想は外れていたのだ。

敵に―――魔界の物に効果を及ぼせない力。

 

 

支援魔法。

恐らく、対象の物に魔力を宿らせ何らかの効果を持たせるのだろうが魔力に満ちた魔界の物『者』には効果を及ぼせなかったのだろう。

攻撃力や防御力、素早さ向上のどれかだろうと当たりを付けた石はしかし、風の砲弾を突き抜けるように抵抗なく進み落ちた。

 

 

「―――――――『エルク』」

〈彼女〉に見えるように掲げた右腕の先、手首より先に銀色の光が吸い込まれ、淡い銀の光を放ち始める。消えてしまいそうな意識の中で絞り出した心の力ではこれが限界。

 

 

恐らく、盾に近い呪文なのだろう。あの時抵抗感なく、推進力を保ちながら風の中を突き抜けた石には傷一つつかず地面へ沈み込んでいた。

纏った魔力が続く限り対象を守る、立ち止まるための力ではなく『前へ進むための力』。

魔力を持たないものが対象であるならば自分にも効くだろう――――という考えは賭けのようなものであったが・・・

 

 

ようやく意図を理解した褐色の少女が慌てて術の指示を出すが、止まるつもりは無いと上条の右足が一歩踏み込む。

肋骨の痛みに酸素が入らない。視界はチカチカ点滅し、両足の感覚などとうに鈍くなっている。

少女の右手から放たれた風の砲弾は一瞬で上条の頭部を吹き飛ばすために距離を詰め

上条の右手が、5本の指で削り取るように砲弾へ叩きつけられる。

 

それだけで、指向性を失った風は一瞬強く辺りに撒き散らされるが人を吹き飛ばす力など残らない。

これが炎や雷であれば完全には掻き消せなかっただろうが風という不安定な力であることが幸いした。

あと1歩。強く、上条の左足が地面を踏みしめる。

「はやく、呪文をッ――――――」「――――――弱いなんて言葉でまとめて、自分の目で見ず食い物にする。そんな王がテメェの目指す幻想だって言うのなら」

 

「まずはそのふざけた幻想をぶち殺す‼」

 

ゴッッッ‼と、鈍い音が鳴り響いた。

(・・・・なんで、地面がはなれて・・)

ケティの視界が地面から夜空へと変わり、そして最後に背中全体に強い衝撃が走る。

なにが起きたのか理解でき無いまま、1度大きく目を見開き電球の明かりが消されたかのように意識は闇に飲まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――とうま!!」

額から光が消えると同時に、少女は少年へと駆け寄る。

術のデメリットともいえる効果が1つ。この術を維持するためにはレイシアが術を使用していることを常に意識しなければならない。

本という水源から対象の樽へと水を流す不安定なパイプがレイシアであり、その注意がそれると術は弱体化、あるいは解けてしまう。

ミハラと言う青年は、上条とケティを交互に見つめ怯えた様に後ずさる。

「・・・その本を、置いて行け。あいつみたいに跳びたいなら・・・」

満身創痍だが強く拳を握りしめる上条の言葉と、先ほど見た何メートルも宙を舞う少女の姿が脳内を駆け巡り青年はすぐさま本を投げ捨て、全力で走り去る。

自分が今まで振るってきた魔物の力だからこそ自分に振るわれたときにどうなるか分かってしまうのだ。

実験台にしてきた動物たちの姿が頭から離れず、その足が止まる事は無い。

その背中が見えなくなったことを確認した上条の膝から力が抜ける。

顔から倒れこみかけた上条は、自分を抱きとめる温かな感触に一瞬意識が浮上するが―――

 

 

 

「ありがとう。とうま」

 

 

限界を超えた疲労と肉体のダメージに意識は簡単に落ちていった。




動けるアストロン『幻想殺し』

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