とある魔本と上条当麻   作:狸舌

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上条語、上条テンション、上条説教難しい。


不幸と幸いと

上条当麻という少年の特徴を3つ挙げるとするならば彼を知る者はこう答えるだろう。

『ツンツン頭』『不幸』『フラグ体質』。

この3つが彼の日常を飾り付けており、そしていま彼が全力でモチノキ町の商店街を走り抜けている原因でもある。

高校の学生寮にて、特売で買った卵で作った卵丼を食べ、浮いたお金でコンビニでアイスを買い満足していると背後から聞こえたのは怒鳴り声と女性店員の悲鳴。が聞こえたのだ。そして―――――

(コンビニ店員に絡んでた奴だけなら挑発して適当なところでまいて逃げられるなー、なんて考えていたのに馬鹿みたいに仲間呼びやがって!あんな顔中ピアスになんであんなに友達がいるんですかー!?)

後日、赤面した黒髪三つ編みメガネっ子のコンビニ店員に電話番号を渡されるところまでがいつもの流れであるが、今はバットや鉄パイプといった凶器を持った5人組からのただの逃走劇である。

「ああああぁぁぁ、不幸だあああああああ!」

「うるせぇ!早く止まれウニ野郎、一緒にそのアイス食ってやるからよぉ!」

「止まるかよ!というかまずはその物騒なバットとかを捨ててくれませんかね!?」

5人に増えた背後からの追っ手に対し怒鳴り返しながら、上条は首ごと大きく視線を右に向ける。

それにつられ、一瞬右へと注意が逸れたピアス達に対して大きく地面を蹴り左の路地へと体を滑り込ませる。

先日閉店した本屋の脇道であり、コンビニに行く際に見かけた通りもう使われないであろう立て看板や木製の簡易的な本棚が置かれていた。

それらに手をかけながら、心の中で元本屋の主人に手を合わせ謝罪し勢いよく倒す。

一瞬遅れで駆け込んできたピアス達の目の前にはどかすには手間取りそうなバリケードが完成していた。

その隙間から聞こえる怒鳴り声を無視しながら、少しでも距離を稼ぐために普段であれば通らないさらに細い道へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ・・・はあっ、もう・・・追っては来ないだろ」

今時夜は二人体制のコンビニがほとんどだ、バックヤードから出てくるだけの時間も稼いだし通報やオーナーに電話をかけて指示を仰ぐ事も出来ただろう。

「それにしても・・・」

完全に路地裏の奥の奥である。民家の塀やビルの陰で光が入らず街灯も無い。尻ポケットに入れた携帯電話の明かりを頼りになんとなく寮のある方角へと足を進め、手の中にあったコンビニの袋が消えていることに今更気付く。

「ああ、不幸―――――だ?」

すでに溶けていたとしてもゴミを放置するのは寝覚めが悪いと、引き返す気持ちを固め足を止めようとして・・・。

ぴちゃり、と水たまりのようなものを踏んだ音がした。

ぞわり、と路地裏につきものである酔っぱらいのあれを想像し、それでも確認しようと足元に視線を向け

(赤い・・・なんだ、錆びた何かに伝った水か?それにしては)

血に似すぎている。

ゆっくりと、その水たまりへ流れる液体の出どころへ視線を向けていく。ビルの壁にもたれかかるように暗がりに何かがある。

携帯電話の画面を近付け、正体を確かめようとしてその何かが浅く呼吸をしていることに気付く。

「っ、おい!大丈夫かあんた、怪我は―――――――っ!」

慌てて駆け寄り、照らされたその正体と姿に言葉が止まる。

(おん・・・なのこ?こんなところに・・・いやそれよりもこの怪我は)

元の色が分からない程に血を吸った服に、元は綺麗であっただろう蒼銀の髪と全身についた泥。そこまで考え、まずすべきことを思い出す。

(考えるのは後ででいい、素人の判断なんかよりもまずは救急車を呼んで指示を仰ぐべきだろうが!)

番号を押し押しながらせめて血の気と熱ぐらいは確認しておくべきだろうと、少女の髪の毛をかき上げ目を見開く。

肌の色は白い。血の気がないことから貧血であることは確かだがもともと日焼けのない白い肌だったのだろう。

それはいい。

問題は眉間の少し上、そこに埋め込まれるようにはまった

「蒼い、石?」

石と呼ぶには透明度があり、水晶と言い換えてもいいだろう。携帯電話の光を照り返すそれに、おもわず電話をかけようとしていた事すら頭から抜け落ちる。

「頭に突き刺さった・・・なら血が流れてないのはおかしいだろ。だとしたらこの石は元からはまっていた事になる、そんな人間――――」

 

 

「聞いたことはないでしょう?魔物ですもの」

路地裏には似つかわしくない少女の声が響く。

不意打ちのように放たれたその声に、上条は反射的に先ほどまで自分が歩いてきた方向へ首を向ける。

「まもの、だと・・・?」

「そう、魔物よ。千年に一度の魔物の王を決める戦い、そのために魔界から100人の―――――」

「なに話してんだよケティ。通報されたらヤベェんだ、はやく口を塞がねえと」

「あらごめんなさい。何も知らないまま大怪我なんて可哀想だからつい話し過ぎてしまったわね」

焦った様子のギョロ目の青年と、そして白いコートを着た褐色肌の少女。その少女の手が上条の顔に軸を合わせるように上げられ―――

 

ドンっと、横から突き飛ばされるような衝撃が走る。

 

上条の視界に映ったのは焦りと涙に表情を歪め、それでも歯を食いしばりながら自分を突き飛ばす少女。

耳に入ったのは青年の放つ聞きなれない言葉、そして車同士がぶつかり合ったような轟音。

着地した背中の痛みに体を強張らせ、気付けば視界は舞い散るコンクリートの破片と粉塵で塞がれ

 

腕の中の重みを担ぎ上げ上条は全力で走り出した。

「は?」

褐色の少女が口調を崩すほどの早さで混乱から抜け出し、さらに脱兎の如く逃げ出した本人の頭の中はそれほど冷静ではなかった。

「くそっ、なんだよさっきの爆発は!・・・火は出てない、見えない砲弾が壁に当たったような」

「―――――放して!早くしないとあなたが殺される!」

肩に抱えた、ちょうど視界の右下に入る銀色の髪。先ほどの何かから救ってくれた少女は泣きながら手足を振り回し、下ろせと叫ぶ。

「おい、暴れんなって!それに、明らかにお前も狙われてたじゃねえか!!」

置いていけるかと続く言葉に、少女はしかし首を振り続ける。

「そういえば、血・・・っ、怪我は大丈夫か!?」

あまりに元気な声色に忘れかけていたが少女は大量の血を流していたのだ、少なくとも大きな傷を負っていることは間違いない。

しかし、同時に気付く。

担いだ肩に湿った感触は無く、そもそも大怪我をしている少女がここまで騒げるものなのだろうか。

「だから、あの子も言ってたでしょ!私は魔物で怪我なんてすぐに治るの。それで、あの子は術・・・さっきの力で王になるために私を狙っているの!だから早く、私を・・・っ」

大きな声を出していた少女はしかし、頭を押さえて口を閉ざす。

その青く染まった顔色を見て上条は顔をしかめる。

(もし、魔物なんて話が本当だとして・・・傷が無くなったところで血は流れてんだ、まともに動けるわけねえじゃねえかっ)

抱え上げた右腕に再度力を込め、走る足に力を込める。放す気がないことに気付いた少女が両手を振り上げ暴れようとしたその時―――――――

 

「ジキルッ!!」

 

先ほど聞こえた謎の言葉だと頭が理解する前に、上条は左へ倒れるように転がる。体のすぐ横を何かが通り過ぎるのを感じながら手から離れかけた少女の体をなんとか腕の中へ抱き込む。

地面と衝突した強い衝撃が左肩へ襲い掛かるが、それを無視し首を声の方へ向け

(っ、緑の光・・・あれは、本か?)

見えたのは青年の手の中でゆっくりと小さくなっていく緑の光と、その中心にある本。

「貴男・・・避けるのがずいぶんと上手ね。本当に人間かしら?」

呆れた様に話しながらゆっくりと歩み寄ってくるのは褐色の少女『ケティ』。

その手は少女を下ろし背後へ庇う様にゆっくりと立ち上がる上条へ向けられている。

「その子から話は聞いたでしょう。庇う理由は無いはずよ、今ならまだ」

「んなわけねえだろうが。二回とも俺ごと狙ってるようにしか見えねえ・・・逃がすつもりは無いんだろ」

「あら・・・正解」

ニタリと少女が笑うと同時に、青年の口から先ほどと同じ謎の単語が告げられ。少女の手から放たれた何かが迫る。

背後の少女が逃げろと叫ぶ声が響くが、避ければ彼女に何かが衝突するのは明白で、そんな状況で上条に避ける選択肢などあるわけがない。

腹部に衝突した何かがぶわり、と一気に膨れ上がり

(か、ぜ・・・?押し上げられるように体が―――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼前で、自分を庇う様に立ちはだかった少年の体から何かが折れるような音が響く。

そして、その体が頭上へ打ち上げられ――背後へと流れ、重い物が叩きつけられる音が聞こえた。

「ああ、あああああぁぁぁ!!」

見たくない、信じたくはないと思いながら振り向き見てしまう。

うつ伏せに倒れた少年の顔の辺りから地面を伝い流れてくる血液。ピクリとも動かないその体は、まるで死体のようで。

「貴女が殺したのよ、出来損ない。貴女が逃げなければ彼は今も生きていたでしょうね。それに、結局私の術は増えず仕舞いだし」

楽し気に、責めるように。しかし、本心から思いながら口にする言葉は容易く彼女の心を突き刺して。

「ねえ、諦めたら良いんじゃないかしら?女王になりたくもない貴女が勝って私たち、99人の魔物にに申し訳ないと思わない?」

「わたしはっ、・・・わたしは、ただ見返したかっただけで・・・この人に怪我なんてさせたくなくて、だから」

「だから?勝手に庇った彼が悪いの?・・・ああ、なんて可哀想」

「ちがっ、違う・・・わたしはただ」

 

 

「誰も貴女になんて期待していないの。見返す?誰によ、貴女を見てくれる人なんて誰も居ないじゃない。・・・気持ち悪い女、後ろ向きな夢を見ながら魔界に帰りなさい」

笑う彼女に呼応するように光を増す魔本。

手を向けるケティに促され、青年が呪文を口にする。諦めた様に笑う彼女の頬を涙が伝い―――――――風の塊が銀髪の少女へ衝突する直前。

グイッと襟首を引かれ、入れ替わるように先ほどまで倒れていた少年が背中を向け

「ぐッ、あ・・・・!!」

気付いた時には少年の腕の中に抱かれていることに少女は気付く。

衝突音。グルグルと回る視界は少年と共に地面を転がっていることを差し、頬にかかる血液は彼が吐血していることを伝えてくる。

何度も何度も転がり、ようやく止まる。

ドクドクと鳴っているのは少年か、それとも自分の心臓の音か分からぬまま

怯えながら、ゆっくりと顔を上げる。

怒っているだろう、自分に関わらなければ彼はこんな怪我をせずに済んだのだ。

だから、彼は

「っ、まものなら・・・お前もにたようなことがっ・・・・できるのか」

想像もしていなかった言葉。そして、無力な自分には辛い言葉。

しかし当然だ。今の状況から逃げるには、あの力と同じものに託すしかない。だが

「わたしは・・・あの子の言う通り出来損ないで、力なんてなくて」

期待に応えてあげられない。悔しさに俯き、守るように体を包む手を避けてせめてもの盾になるために少年の前に立つ。そんな少女の代わりに、上条が動いたことに対する動揺からようやく立ち直ったケティが答える。

「そ・・・そうよ、出来るのは確か・・・何かにふわふわした魔力を纏わせるだけの力。出来損ないのレイシア、術も使えず親も居ないはずよ。誰もその子に期待している人は居ないの。でもね私は違うわ」

大きく両手を広げ、徐々に大きく声を張りながら高揚していく気分のままに言葉を続ける。

「両親は私に期待しているわ。それに・・・そうね友達も頑張ってと送り出してくれた。そんな私の願いは誰にも期待されない貴女の願いに負けて良い筈が無いの!だから!」

そうなのかもしれないとレイシアと呼ばれた少女は強く、血が流れるほど唇を噛み締めながら思う。

(何も出来ないわたしがっ、見返したいなんて・・・そんな気持ちで参加したわたしが悪いのに―――――――――)

ギリっと、強く奥歯を噛み締め、それでも消化しきれない思いを噛み殺したようなそんな音を銀髪の少女は背後から聞いた気がした。

「知るかよ」

「・・・はぁ?」

「お前がどれだけ期待されて、どれだけ偉い夢を見ているかは知らない。こいつが、魔物の中でどんな立場でどんな扱いをされているのかもわかんねえよ」

(そう、さっき合ったばかりでこの人はわたしの事は何も知らない。だから、助ける理由なんて無いから・・・、だから)

「それならなおさら、貴男に彼女を助ける理由は無いわ。合ったばかりの他人を助ける理由なんて無いでしょう?」

(だから、早く逃げて――――――)

「理由ならあるだろうが。名前も知らない俺を一番最初に助けたのはこいつだ!!狙った本人が見てなかったなんて言わせねえぞ」

(っ、ちがう。夢中で、目を開けたらあなたが居て。体がかってに・・・)

「っ、それがどうしたのよ!それだけでその子を分かったつもり?」

「――――さっきの言葉、『確か』だとか『はず』だとか。コイツの事なんか人づてにしか聞いちゃいないんじゃないのかよ。それで、お前こそコイツの何が分かるんだ」

「わ、分かるわよ!聞いたわ、この子の願い。いままで自分を見下してきた奴らを見返したいんですって、なんて後ろ向き、なんて卑屈!そんな女がこの神聖な100人の戦いに混ざって申し訳ないと思わないのかしら?私なら自分で本を燃やして魔界に帰るわね、・・・ああ、自分じゃ燃やせないルールだったわねぇ!」

正しい。彼女の言葉通りだとレイシアは思う。悔しさと無力な自分への怒りの中でそれでも肯定してしまう。

あの日気付いた事、彼女の方が前を向いているのだと。それがどんな夢でも、自分よりは・・・。

「お前みたいな奴らが後ろ指を指すから、後ろを気にしなきゃいけなくなったんじゃないのか。今も俺を守ろうと立ち塞がって、あれだけ血まみれにした相手に正面きって立ってるコイツのどこが後ろを向いてんだ!!」

「なにを言ってるのかしら。立ち位置の話なんか誰もしてないじゃない。私が言ってるのは――――」

ケティの呆れた様な声が響くが、急にそれがどこか遠くなった。今も話し続けているだろう、だがそれよりも彼の言葉が少しだけ気になった。

もちろん、擁護してもらったから。そんな気持ちもあるが、少し違う。

周りの音が遠のき、早鐘のような心臓の音が体の内側から聞こえて、ああさっきの心臓の音は自分の音だったのだと今更気付く。

(わたしは、わたしの事を見てたのかな・・・)

少年の語る自分の姿は勇ましく美化されていて、とても違う存在に聞こえるがそうではないのかもしれない。もしかするとそんな自分も少しだけ居て、見てあげられなかっただけなのかもしれないとレイシアは考え始めていた。

それなら――――――

(わたしの夢も、違うのかもしれない。今はまだ、見つけてあげられていないけど)

そっと、お腹の前に隠した魔本に右手を当てる。この戦いは過酷で、まだ戦っても居ないのに心は折れそうでパートナーすら見つかっていない。それでも

「・・・は。・・・わたしは!!わたしの本当の夢を見つけたい、それが今の気持ち!・・・なの、かも」

急に響いた大きな声に怯むケティだが、声の元が先ほどまで震えていた少女だと気づけば再びあざ笑うような笑みを作ろうとして――――

 

 

「・・・いいじゃねえか、それ。偉そうにしゃべっていたわたくし上条当麻の未来も、大学行くのか就職するのかなにも決まってないんですよ」

自分の術を2発受け、確かに骨を砕いた少年がゆっくりとだが確かに起き上がり、銀髪の少女の横で片膝をつきながら笑う姿に愕然とした表情を浮かべる。

「かみじょー・・・とうま、さん?」

「当麻でいいよ。えーと・・・」「レイシア。・・・えっと、ちょっと覚えにくい名前だから大丈夫っ」

先ほどキティが口にしていた名前が出てこずバツが悪そうな当麻に対し、久しぶりの自己紹介に少し緊張しつつ本フォローするように慌てて話すレイシア。

(まずはここから2人で逃げ切って、・・・もし良かったらパートナー探しを手伝ってもらって)

少しだけ前向きに、これからの事を考えながらお腹の魔本に当て続けていた手にギュッと力を込めて。

「おい、まさか腹に怪我をッ・・・!」

その動作に焦ったのは彼女を庇った上条で、確かめるように右手を少女の腹部に伸ばし―――

 

 

 

暗い路地裏を照らすように、燃えるような紅の光が溢れ出した。


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