紅魔館の執事長の朝は早い。
朝5時に起きて大食堂へ向かい、竃に火を点ける。
自身の能力を応用して開墾した農園まで野菜を取りに行った帰りに小さな鶏舎に入り、卵を採って若鳥を〆る。
〆た鶏を含めた朝食の材料に下拵えをしたら、能力で劣化スピードを大幅に拡げ、劣化を遅くする。
朝6時に門へと向かい、門番と組手をする。
「おはようございます!」
「おはよう、美鈴」
門番の紅美鈴。紅い長髪に健康的な小麦色の肌の女性。
個人的な趣味を言ってしまえば、浴衣が似合いそう。
「今回は4割増しで組手しようか」
「5割増しでも行けますよ」
「美鈴。君、今日は本調子じゃないのに5割にしたら門番の仕事に万が一があるかも知れなくなる。だから駄目だよ」
「わかりました」
美鈴はちゃんとした理由を説明すればすんなりと納得してくれる。何処かの我が儘お嬢様とは違って。
「合図はいつも通りで良いよね」
「はい!」
私は左袖にある取り外し可能な銀ボタンを外し、右腕を水平に持ち上げ、軽く指を握り込む。そして、人差し指に親指を引っ掛けて、銀ボタンを上空に弾き飛ばす。
落ちてくる時間は決まっており、凡そ5秒となっている。
1
2
3
4
5
「ハァァァァァァッ!」
銀ボタンが着地した瞬間に美鈴が腰を落とし、滑るように走行した勢いを乗せた正拳突きが撃ち込まれる。その拳に対して横から掌で往なし、もう片方の掌で突撃の勢いを殺さずに美鈴の拳を掴み引きながら足払いをして空中に浮いたところを背負って高めに放り投げる。
「ッ!? せいッヤァァァァァ!!」
空中宙返りをして足を曲げて着地した美鈴が、曲げていた足をバネに加速し、飛び蹴りの構えをとる。ギリギリまで引き付けてから、半身で躱し、下腹部のある位置に腕を置き、後頭部にもう片方の腕を添えて、両腕を半時計回しに回転させる。
「ひゃッ!?」
何回か回転した後に背中から着地したところに、首まで一寸程度空けて手刀を落とす。
「ここまで」
痛たたぁ。と腰を擦りながら体を起こす美鈴に手を差し伸べて、美鈴を立たせる。お互いに相手の顔が最低限見える程度まで礼をして、体を起こすと………。
「毎度のことながら、ここまでしますか? 普通」
「やるなら最後までやらないとね」
美鈴からの小言が送られてきた。
「ほら、ご飯にするよ。早く体流してきなさい」
「はーい」
ここで美鈴と別れて、私は大食堂に向かう。美鈴は勿論大浴場だが。
朝6時半に大食堂にて調理を開始する。今日のメニューは若鳥から採れた骨で出汁や採れたての人参等の野菜を入れた鶏ガラスープと採れたての卵と此方は鶏ガラを濃く摂った出汁を混ぜて作ったオムレツ、昨年の秋に採れた小麦や適当の砂糖を練り込んで今朝作ったタネを作っておいたクロワッサンに今朝採れたトマトを使った食後のトマトシャーベットを仕上げる。
クロワッサンが焼き上がると同じくらいに美鈴がシャワーを終えてきたらしく、若干湿った髪で大食堂へ入ってきた。
朝七時に朝食を開始する。
「わぁ。今日も美味しそうです」
「それじゃあ、食べてみようか」
「「いただきます」」
余談だが、『いただきます』と『ごちそうさま』の掛け声は私から始まったものだ。どこぞのグルメ漫画のように壮大な感謝の気持ちなどは持ってはいないが、食材となった生命への感謝の念を籠めて言ってるところを、まだ幼いレミリアに見られ、そこから真似が始まり、今や紅魔館の食の掛け合いへと繋がってしまったのだ。
「やっぱり美味しいです!!」
「それはよかった。それは良いけど、落ち着いて食べようか」
「うっ!」
矢張と言うかなんと言うか、美鈴もこれでも女の子らしく、子供っぽく騒ぐところを誰かに見られるのは恥ずかしいらしい。体の成長は早くても、まだ200歳前半だから、人間で言えば思春期のようなものだ。美鈴を拾ったのは確か美鈴が10歳程度の時だったと思ったが、細かくは覚えていない。それでも、レミリアがやっと100歳に届く位だったと記憶しているが。
「「ごちそうさまでした」」
朝7時半には食器洗いを済ませて、新しくクロワッサンを竃に入れて焼き始める。そして、レミリアお嬢様とフランお嬢様を起こして、着替えの開始を見届けてから大食堂へ戻り、スープを暖め、オムレツを再び作る。
クロワッサンが焼けてから数分後、レミリアお嬢様とフランお嬢様が大食堂に入ってきた。
「パチェとこぁは?」
「研究が山場だからお昼頃に軽食を用意するように言われてるよ」
「おとぉさまー、今日のご飯はー?」
「フラン。今はお仕事中だからアズマと呼んでもらえるかな?」
「東さんの方こそ、そこまで気を使わなくて良いんじゃないの?」
この子達の成長は嬉しいよ。執事としても、親としても。
しかしながら、今は執事として振る舞っているので、お父さんや東さんと呼ばれると困ってしまうのが本音なのだけど。
「わかった。今日だけだよ」
「やったー!」